変わりゆく英語世界

時がたつにつれて、トランプ大統領の誕生は、少なくとも英語人にとっては「アメリカン・ドリームの死」と受け取られているのが明白になってきた。
ウォール街のゲートキーパー、ヒラリー・クリントンを嫌ってドナルド・トランプに投票した結果がトランプ大統領の誕生なので皮肉だが、政治では、憎悪のあまり反対の主張をもつ候補に投票した結果が、正気を欠いたドアホな選択になるのはよくあることなので、ものごとが生起する仕組みとして、判らなくはない。

連合王国のファラージュなどは、オチョーシモノらしく、やったあ、これで英語圏は続々と白人至上主義になって、もっともらしく経済やインフラストラクチャへの負荷を理由に、他文化圏からの移民しめだしに動くぞと算段して、毎日、あの下卑た大口を開けて笑いころげていたが、あにはからんや、カナダの可愛げのない御曹司トリュドーは軽蔑の色を隠さず、トランプたちが期待した、期待される資質十分のオーストラリアのターンブルも、まったく同調してくれなかった。

個人的にバラク・オバマの友人であって、選挙中から公式の席でもトランプは嫌いだと述べていたニュージーランドのジョン・キーは、もちろんで、ジョン・キーの盟友で、首相をついだビル・イングリッシュも、トランプへの敬意はまったくもっていないのが、歴然としていた。

多分、本人にとっては予想外の孤立のなかで出発したドナルド・トランプの思想的影響力にとどめをさしたのは、意外なことにフランス人たちで、マリールペンをゴミ箱に捨てて、本質的に極めてフランス的なエリートであるエマニュエル・マクロンを選ぶことによって、フランスの誇りを取り戻してみせた。

われわれは、みなフランス人たちに対して自由社会の産みの親としての強い敬意をもっている。
難産で、自由を産み落とした母親自身は生き延びられなかったが、フランスこそが現代の自由主義社会を産みだした国であることは、誰でも知っている。

マクロンの勝利が決まった夜、「よく頑張りましたね」という調子のイギリス人のインタビュアーに「あなたたちに自由主義を教えたのを誰だとおもっているの?
わたしたちフランス人ですよ!」と誇りをこめて、愉快そうに、高らかに述べているおばちゃんのことを、わしは一生忘れないだろう。

ドイツのチャンセラー・メルケルが臆せず堂々と述べてみせたように、ヨーロッパはトランプの頭の悪さと無責任な人格のせいで、安全保障上の危機に瀕している。
ヘビよりも残忍さと狡猾さの点でたちが悪いプーチンの腕を縛り上げていた縄をトランプが、ほいほいと、と形容したくなるような軽薄さで緩めてしまったからで、
トランプにとってはニューヨークのパーティ会場で出来たお友達たちが出身してきた遠い北の寒い国にすぎなくても、欧州にとっては現実の脅威であるロシアに対して、自分たちだけで対峙して身構えなくてはならなくなったが、引き替えに、欧州は再び自由の灯火として世界の人間が仰ぎ見る位置に登ろうとしている。

欧州の文明が、さまざまな文明史家、哲学者、歴史学者、文学者、詩人たちによって死を宣告されたのは1919年のことだった。
グレートウォーを通じて、欧州がそこに至るまで営々と築いてきた文明は、物質的にも精神的にも隅々まで完全に破壊されてしまった。

奇妙だが判りやすい例をとると、戦争の始まり、ピストルの撃ち合いに始まって、すぐにライフル、機関銃とエスカレートしていった空中戦の終わりには、イギリス・フランス兵とドイツ兵は、ほとんど必ず相手の顔を見にもどって、手振りで挨拶して、お互いへの敬意を表してから銘々の基地に帰るのを習慣とした。

1917年になっても、まだ、リヒトホーヘンの第1戦闘航空団は、リヒトホーヘンとフライングサーカスと呼ばれた、わざと目立つように赤や黄、原色の色とりどりの塗装をほどこした戦闘機に乗って、ほとんど「空の騎士団」の趣を呈していた。

しかし、もうこの頃には、地上では、後の第二次世界大戦と較べても、遙かに悲惨な、人間を殺傷するものなら何でもありの、人間の精神の限界を試すような戦闘が繰り広げられていた。

個々の人間の思惟や嗜好、志操の高さなど問題にしない文明という鋼鉄の爪が、人間性そのものを引き裂いて、戦場をのし歩くようになっていた。

やがて空でも、儀礼もなにもわきまえない「勝てばいいじゃん」「空の騎士なんて気取るのはくだらない」のカナダ人たちがやってくると、空中戦も文明から文明への変化に呼応して、無慈悲なものになってゆく。
リヒトホーヘンがカナダ人やオーストラリア人たちが見守るなかで戦死するのは1918年4月21日のことです。

欧州文明が、普遍性を失って、さすらい始めるのは、だいたいこの頃のことで、代わってアメリカが自由社会のチャンピオンの階段を駆け上がってゆく。

アメリカが産みだした文明の特徴は、まず第一に圧倒的な物質的な冨で、日本の人でいえば、山本五十六という、あとでアメリカを相手に真珠湾襲撃という、相手をあっといわせてひと泡ふかせるだけで、戦略的には殆ど無意味な作戦を指揮したひとは、ニューヨークの下町で、ビールを一杯頼めば、見渡すかぎりの食べ物が無料であるのを発見して、「こんな国と戦争をするのは絶対にダメだ」と肝に銘じたという。

このあとも、ほとんどまるまる一世紀のあいだ物質的繁栄を継続することによって、アメリカ人の「豊かさ」によって形成された精神は、国民性になって、それはどういう感じのものであったかというと、まだわしガキの頃は、田舎に行くと残映が残っていて、例えばシャンパンというイリノイの田舎町に行くと、歓迎の宴がひらかれたレストランで、1kgのステーキの固まりがテーブルに並んだめいめいの前に置かれる。もっと異様な感じがしたのは、イギリスならば一枚か二枚、そっと手にするソビエを、女のひとや子供たちも含めて十数枚わしづかみにして、使うことで、おまけに、なにしろオントレーもなにも巨大な量なので、レストラン中の人間が半分も食べられなくて、どうするのかとおもって見ていると、ドギーバッグもなにも頼まずに、ばんばん捨ててしまう。

いまは、もちろん、環境保護運動や、食べ物を大切にしましょう運動で、まったく異なるが、1990年というようなその頃はまだ、田舎にいけば、「アメリカ的気分」というのは、自分が必要とする量の二倍も三倍もモノを獲得して、過剰な物質にひたりきって、しかも価格など考えないで、どんどん手に入れる、というようなのが「アメリカ文明」の気分だったと思います。

一方では、それとまったく対照的な清教徒的な質素さは、カンザスやなんかに集住していた北欧系移民たちが強く保持していたが、アメリカの、はっきり言ってしまえば「醜い冨」は、もともとアメリカ文明の基盤をなすものだった。

そのなんともいえない卑しさに満ちた物質的繁栄の沼地からドナルド・トランプは現れて大統領になった。

よかったのは、トランプの「白い人がいちばん」の、幼稚で、しかし危険な気分がアメリカの外へ広がっていかなかったことで、連合王国は、多分、左側のポピュリストであって、わし友にいみじくも「結婚詐欺師みたいなやつ」と評されて、わしを大笑いさせたコービンに引き摺られる政治的な痴愚化が起きていることをみても、どうやら経済的な繁栄の終わりの始まりに立っていて、これからまた長い国有化とストによって停止する生活活動と、移民に対する敵意を隠匿した居心地がわるくなってゆくコミュニティの坂道を、ゆっくりとおりてゆくに違いない。
もともと人種差別的な傾向が強い社会なので心配されたオーストラリアとニュージーランドは、トランプが、両国の国民が抱いている「醜いアメリカ人」そのままの人格であることが幸いして、返って、反面教師になって、ほんとうは移民をしめだす機運だったのが、「ああなってしまっては、どもならん」で、冷静さを取り戻している。

もっとも、もともとのお国柄がお国柄なので、口にしないだけで「アジア人は死ぬほど嫌い、無条件に嫌い」な人は相変わらず多いのは判り切っているので、これが反移民運動になって爆発すると厄介なので、もっかは、数年というつもりで、主にアジア人の移民を制限することを目的とした厳しい移民資格制限を設けている。

英語圏はどこに行こうとしているのかというと、国家としてのアメリカは暫くどんどんダメになってゆくかもしれないが、多分、90年代の「ブロークンイングリッシュ文化」に始まったマルチカルチュラル社会が飽和に達して、それに対する悲鳴とでもいうような白人至上主義と国境主義の巻き返しが起きて、これから十年二十年という時間をかけて、いまの、まだこなれない多文化社会を定着させて、なんとか消化して、この平衡を保とうとしていくに違いない。

だいたい、普段の会話では、欧州、豪州を問わず、いまくらいの多文化配合でちょうどいい、というひとから、ちょっとアジア移民やアフリカ移民が多いかなあ、でも自分の生活の範囲では気にはならんね、このくらいは多文化社会をめざせばやむをえないだろう、くらいの広がりで、以前に較べると、「もっとどんどん移民をうけいれるべ」という人はいなくなった。
一方では「移民を追い出すちまうべ」というほうは、極右の怒号としては聞こえてくるが、こちらも普段の生活では耳にしません。

クルマの世話をよくお願いする腕のいい整備工のおっちゃんが、「自分のことしか考えないアジア人たちには我慢ならないねえ。あいつら永住ビザがあったってなんだって、犯罪を起こしたりすれば、どんどん追放して国に送り返せるようになってくれないと、不公平だとおもう。そう、おもわんかね、ガメ?」というので、
「2007年から法律が変わって、もうそうなってるみたいよ」と述べると、あらま、っと云うような顔をしていたくらいがゆいいつで、案外と淡々と暮らしています。
肌の色を問題にしていない、というよりも、気にしてない、いないことになっている、という人も少なくはない。

自分自身についていえば、新しい世代の移民が増えて、食べ物がチョーおいしくなって(←こればっかり)、経済は活性化されて、いままで、のおんびりだった欧州系人もシャカシャカと働くようになって、もっと移民にどんどん来てもらえばいいんじゃない?とおもうが、ま、正直に述べて、わしはチョー少数派で、意見を述べるたびに、「また、ガメはあんな無茶苦茶をいう」という反応でしかない。
そーゆー因循旧弊なことでどーする、とおもうが、人間には肌でなじんだ社会というものがあるので、やむをえないといえばやむをえない。

よく、「ガメ、そんなことばかりいうが、きみは90年以前の、あの、人間のぬくもりがあって、やさしい感じのするロンドンがなつかしくはないのか」と言われるが、幸福な子供時代を与えてくれた、みなが気心がしれていて、おとなたちの笑顔にあふれた昔ロンドンはたしかになつかしいが、そんなもん、いまさらグダグダ言ってても、お亡くなりになってしまった社会なんだからしょーがないじゃん、と考える。

日本語なので、こっそり言うと、オークランドやメルボルンでなくて、クライストチャーチを溺愛していたのは、あの街は実に20世紀の終わりまで昔のイギリスのあたたかみを残していたからだけど、英語では、たとえ口が裂けて、「わたし、綺麗?」のおばちゃんになっても、そんなことは言いません。
このあいだ、あのでかいマスクをした女の人は、貞子ちゃんとおなじ映画のキャラクタだとおもっていたら、ツイッタで相手と話がぜんぜんあわなくて、調べてみたら実在の人で、むかし話題になったようだが、それは閑話休題ネタであるとして、
わしは、こっそりクライストチャーチでイギリスのぬくもりを、ずっと後まで堪能したので、もういいのです。

じっと見ていると、ごく自然に吐き気がこみあげてくる、トランプの、これ以上ないほどの醜い顔と表情をみながら、このくらいなら、英語世界も、まだもう4.50年は保つかもな、とひとりごちてみる。

この次にくるのは、多分、「外国語としての英語で築かれた世界」で、その頃にはナイジェリアをはじめとして、世界に広がりはじめたアフリカ文明人が、バントゥに引き継がれて、「アフリカの世紀」がやってきていることだろう。
そうして、その揺籃は欧州であるはずです。

その理由や歴史的な必然性については、また、今度。

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About gamayauber1001

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3 Responses to 変わりゆく英語世界

  1. nawoto says:

    英語では、たとえ口が裂けて、「わたし、綺麗?」のおばちゃんになっても、そんなことは言いません。  ガメさんの 斯うやって、俯瞰的に世界を見渡すブログは何時読んでもよくできてるね。おいちゃんは割と公平な神の目を感じています。揺れたり戻したりしながら うーんと長いスパンでは、人類は少しづとよくなっていくんでせう。「よくなって」とゆー内容が、老いちゃんの理解を越えているだけで。何しろ マサイ族の皆さんが、老いちゃんもまだ使っていないスマートフォンを自在に操っているんだから・・・。
    英語では、たとえうっかり、「わたし、綺麗?」のおばちゃんになっても、そんなことは「口が裂けても」言いません。   斯う直したほうがよいのでわ??
    でわでわ 核戦争で地球が亡くなってしまいませんやうに ちちんぷいぷい

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  2. momo K says:

    「きみは90年以前の、あの、人間のぬくもりがあって、やさしい感じのするロンドンがなつかしくはないのか」と言われるが、幸福な子供時代を与えてくれた、みなが気心がしれていて、おとなたちの笑顔にあふれた昔ロンドンはたしかになつかしい」というところ、私もわかります。あの時のUK人は14歳の私を受け入れて、分け隔てなく教育してくれました。感謝しています。
    ガメさんが書いている通り、あの世界は消えてしまったのでしょう。今年の初めにロンドンで、そんな印象を得ました。

    そして、アフリカの時代の揺籃の鍵の話し、また詳しく聞かせて下さい。

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  3. Ossan says:

    わしは、こっそりクライストチャーチでイギリスのぬくもりを、ずっと後まで堪能したので、もういいのです。

    この1文ぐう好き

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