爪先立ちの世界

地下鉄をおりて、ゆるやかな坂道をあがっていくと、バルセロナでいちばんおいしいハモン屋があって、冬の朝、でっかいコートを着込んだ近所のおばちゃんたちが、舗道にだしたテーブルで、蜂蜜を塗ったクロワッサンとカフェコンレチェでの朝食を前に、話し込んでいる、おいしいパンを焼くベーカリーがあって、その先の急坂を右に曲がってしばらく行ったところにぼくがバルセロナで初めて買ったアパートがある、という話を前にもしたことがある。

だだっ広いテラスがある屋上の家で、夏に暑いのでバルセロナのひとたちはペントハウスのピソ(アパート)など買わないのだと知ったのは、ずっと後のことだった。
そのテラスに、テーブルを出して、パンコントマテをつくって、「バルセロナでいちばんおいしいハモン屋」のおっちゃんが、裏のハモン庫へ連れて行ってくれて、この豚がいい?これは、脂は多いが、とてもおいしいんだよ、と一個ずつ説明して売ってくれたハモンイベリコを皿に並べて、カバを開けて、もみ手をしながら遅い朝食を摂ったものだった。

遠くには、まだその頃はクレーンが3基か4基、まわりに立っていたサグラダファミリアが見えていて、テラスの手すりの近くのほうまで歩いて行って右をみると、遙か遠くに丘のうえに立つ携帯電話用の中継塔が見えた。

おもいだすと、なつかしいなあ、とおもう。
考えても、信じがたいことだが、最後にバルセロナにでかけてから、もう4年が経っている。
病みつきになるVichy Catalanをやまほど積み上げて、飲んで、Cavaやワインを一日中ちびちび飲む生活から、ずいぶん遠いところに来てしまった。

あのピソはグラシアといっても、ほんの下町で、近所の人はやさしい人情家ばかりで、毎日楽しい暮らしだった。
すぐに顔をおぼえて、ずいぶんスペイン語が上手になったね、グラシアは気にいりましたか?
今度、広場の近くにできたバーに行ってみた?

ああ、あの頑としてカタロニア語しか喋らない人間たちのレストランのことだね。
気にしなくていいんだよ。
あのひとたちは、いわば過激派で、外国人とみれば仇のように考えるひとたちだからね、と述べて片眼をつぶってみせたりしていた。

ときどき、なぜいまこの瞬間に自分はバルセロナで暮らしていないのだろうと訝しくおもう。
なぜ、生まれてからずっとおなじで、もうとっくの昔に飽きがきている、退屈な英語社会で、庭師たちのブロワやヘッジをトリムするチェーンソー、あるいは掃除の人たちの高圧放水機の音、延々と芝を刈る芝刈り機の音を繰り返し聴いて暮らしているのか。

育児に専念したかった。
北半球は、どうもおかしい、turmoilが来そうなので、連合王国や北米は離れて、オーストラリア/ニュージーランドに拠点を移すのにしくはない、と考えた。
まだ生きている海があって、ハウラキガルフに潜ってみれば帆立貝がカーペットをなしていて、水面近くを泳いで陽光にきらきらと輝いている魚群の下を、キングフィッシュが、ゆったり泳いで交叉してゆく。
海の美しさは息を飲むようで、これほど美しい海は、もうここにしか残っていない。

理性的な理由はいろいろあるが、感情はまた別で、モニとふたりでワインを飲んでいても、バルセロナの革命広場でフランス国歌を歌っていたフランス人のホームレスのおっちゃんや、多分日本人の、画家風の、何十年もバルセロナに住んでいる人の足取りで、あきらかに酒に酔って赤い顔をして、ふらふらと広場を横切ってゆく、背の高い老人のことをおもいだしては、なつかしいね、どうしてこんなに懐かしいのだろう、とふたりで不思議がることがある。

いっそ魂も肉体もふたつあれば、片方はヨーロッパにいてもらって、片方は南半球で、それぞれのよいところを楽しんで暮らしてもらえる。
大陸欧州とオーストラレイジアという、いまの世界の、ふたつの楽園で、つつがなく遊び暮らして、楽しい一生をまっとうできる。

ところが、モニにしても、自分にしても、肉体も魂も1セットしかないので、難儀をすることになる。

時間とオカネが両方ふんだんに欲しかった。
富貴の増大をゲームにして、興奮によって働きづめに働いて成功の快感にひたって暮らしたり、逆に時間をたくさんつくるために、つつましい生活を心掛けたりするのは、どちらも趣味にあわなかった。

人間には、もうひとつ知識欲という厄介なものが若いときには特にあって、やむえをえないので極く若いときは、阿片に中毒した人のように数学ばかりにのめりこんで、自分がめざした小さな発見に到達するまで大好きな勉強に埋没していた。

数学などは30歳になっても「感じ」がつかめない人はダメで、さらにいえば自分が狂っていた分野などは、はっきり言って20代のうちになんらかの新しい価値に邂逅しない人間は、ぜんぜんダメなただのシューサイで、研究ではなくて研究者の肩書き付きの生活そのものや、大学の教員をめざすのならともかく、ふつうはそんな生活に魅力を感じないでの、ちょうどよいというか、驚く友達や先生を尻目に、人よりもだいぶん若かったのをよいことに、さっさと足を洗って、第二回戦で、20代でなければ出来ないことをやろうと考えた。

居直って述べると、オカネは別に自分でつくらなくとも、親にゴロニャンをすればいいだけでも手にはいったとおもうが、偶然の幸運で、転がり込んで、慌てて凍死術を勉強して、途中で目がさめてしまうとエイリアンに襲われるのかもしれなくても、世間目には「凍死家」というものに化けおおせることにした。

やってみると実はこれは罠で、投資というものはゲーマー魂に訴えるところがあって、意馬心猿の人生になりそうで危なかったが、モニさんという聡明な魂に出会って、世の中には細部の光に満ちた生活という人間の一生で最も面白いものがあるのを教わった。

つまりは、ここまでが、いわば前段の粗筋で、これからどーしよーかなあーと思ってる。
先週、きみに話したとおり、ぼくはこれから2025年くらいまでの世の中に、よい展望をもっていない。
下余地、という、経済の指標ひとつとっても、不景気を恐れすぎた結果、世界中の経済が背伸びをする結果に陥っていて、例えば英語世界では未曾有の失業率の低さが話題になっているが、そしてそれはもちろん良いことだが、誰でも知っているとおり、失業率が低いことの一般的な問題は、実は失業率がそれ以上低くなる余地がないということのほうで、なんだかマンガじみているが、歴史上の大きな不景気の直前は、低失業率であることが多かった。
金利もおなじで、アメリカも日本も、かつては20%を超えていた金利が、どんどん下がってきて、いまは0%に限りなく近付いて、地を這うような金利で、これももう下げる余地がない。
そうやってひとつひとつみていくと、株式のPEでもなんでも、壁におしつけられたような余地のなさで、いわば爪先だちでぐらぐら揺れている経済繁栄のなかで、きみもぼくも暮らしている。

そこにさまざまな理屈をつけて「xxxだから大丈夫」と言っているが、きみもぼくも、よく承知しているように、それはただの気休めで、累卵と言う言葉を連想させるいまの経済繁栄の危なさは、ソフトランディングを望める状態は、とおの昔に過ぎてしまっている。

そして、この、世界中で積み上がる、すさまじい借金!

オカネに患わされるのが嫌なので、ぼく自身は借金をしたことがない。
同業の友達には、ガメは原始経済のひとだから、と笑われるが、借金ほど不可視で危険なものはない。
銀行人が聞けば卒倒するだろうけどね。

きみもよく知っているとおり、いまの金融クレジット理論をつくったのは、きみもぼくも個人としてよく知っている、彼らだったが、いろいろな人間と議論を繰り返して彼らは数学的な理論として組み上げていったが、ウォール街あたりで、知ったようなタームをふりまわしている猿みたいな金融のひとびとは、そんなこと、実は何も理解していないんだよ。

例のCDOが典型だが、自分達が犯罪に手を染めたことすら理解していない。

そういう金融人たちの頭が悪い上に浅薄でおそるべき無責任な体質と、中国を流れの中心、しかもブラックボックスで中身がまるでみえない中心としたオカネの奔流との組み合わせでプロパティマーケットがどうなったかというと、例えばニュージーランド人のホームローンの総額は、バカバカしいことにGDPの二倍を超えている。

一方で、核戦争に情報共有と寡占化の圧力をかけまくって、21世紀初頭には、廃絶が考えられるところまで来た核兵器の脅威は、よく考えれば簡単な理屈で、「技術開発をどんどん進められる自信があれば、他国のいうことなど聞かずに進めてしまえば誰にも止められない」理屈を発見した指導者や独裁者の手によって、どんどん進められて、まず北朝鮮の手によって日本は戦域化された。
多分、いまの動きを見ていると真珠湾が核ミサイルで攻撃される可能性がはっきりしたところで、アメリカは韓国と日本の、初めの24時間で、国境に展開する12000門を数える重砲の通常弾頭による砲撃だけで のソウル近辺に限定しても42000人の死傷者だっけ?
それに短距離ミサイルによる在韓基地周辺と、核ミサイルによる東京と在日基地への攻撃で、いったいどれだけ人が死ぬのか判らないが、トランプにとってはアジア人の犠牲とハワイへの核攻撃では較べるのもめんどくさいことで、太平洋の防衛線をアチソンラインに戻すことを覚悟して、北朝鮮との全面戦争に乗り出すに違いない。

このシナリオ、どっかで見たことあるとおもったでしょう?
ぼくは何を思ったか日本語でも書いたことがあるんだよ。

ヒラリー・クリントンの奇妙な提案
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/01/24/hillary-clinton/

つまり、アチソンラインに戻すのは、ヒラリー・クリントンが国務長官だった頃に、日本の捕鯨を利用して反捕鯨を南太平洋関係諸国の精神的な核にまとめ上げた、巧妙な「将来のための万が一外交」で、これは図にあたって、それまでアメリカとは軍事国交断絶といってもいいくらいで、かろうじてオーストラリアとのアンザック同盟を通じてアメリカと軍事的な連絡を保っていたニュージーランドと、正常な軍事外交を回復することに成功した。

いまでは、アメリカの最も機密性が高い情報収集は最も安全なニュージーランドで集中して行われていることは公然の秘密であるとおもいます。

それやこれや、いろいろなことを考えていると、北半球は危なすぎて、南半球を根拠地にすることは当面は変えられないことにおもえてきて、モニに聞いてみると、はたして大喜びで、どうも仕方がないとおもう。

オーストラリアやニュージーランドの政府の人間や政治家たちと話して見ると、問わず語らず、国ごとゲートコミュニティを目指しているのかと揶揄したくなるくらいで、当面は移民を大量受け入れする成長よりも社会の保障らしい。
中東の人やアジアの人には、どんどん敷居が高くなって、また退屈な社会に逆戻りしそうにみえなくもない。

書いてきて、くたびれたので、もうこの辺にします。
なんだかヨーロッパに戻りにくくなってしまったよ。
一年のうち、3〜4ヶ月はいるだろうが、そのほかのときは、オーストラリアとニュージーランドで、ふらふらしていて、ときどき2ヶ月くらい、タヒチ、フィジーやニューカレドニア、サモアやトンガへ、たまにはヨットでも出かけてヘロヘロしているくらいではないだろうか。
こっちからあっちへ行くのは、素人みたいなヨット乗りでもいけるが、帰ってくるのは難行なのはきみも知っているとおりで、業者に頼むといくらかかるんだろうと見積もりをとったら二万ドルだって。
バカにしてるよね。

さっそくトンガの人と会って、話を聞いたら、「トンガは魚は釣れませんよ。海の水が綺麗すぎて、魚を釣ろうとすると目があっちゃって、お互いを見つめ合ってるうちに逃げちゃうんですから」と言うので笑ってしまった。

これから暫く、世の中はたいへんそうだけど、お互いに、落ち着いて観察して、ダメ頭を回転させて考えれば、なんとかなっていくものだろう。
きみがいつか言っていたように、どうせお互いにたいした人間ではないのだから、せめてもお互いをおもいやって、同じときに地球に乗り合わせたもの同士、文明の力に頼って、やっていくよりほかにない。

そうだそうだ。
このあいだきみが言っていたペリカンの新しいインク、すごくよかったんだよ。
ゴールデンなんちゃらとかいう。
オレンジ色がとてもよくて、この次のモニさんへのラブレターはあれで書くつもり。

パーカーの見た目は万年筆だけど、ほんとうは新発明のヘンテコな筆記具もすごくよかった。

今度、オークランドに来たら、アマナでプロセコをおごるよ。
もうすぐマレーシアとシンガポール、それと例のあの国に出かけるけど、10月の終わりには帰ってくるつもりです。
空港まで、正式に販売が始まるので今度はテスラで迎えにいけるかもしれない。

では、また。

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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