初心者のペナン_2

ジャラン・シントラの豆腐屋さんの店内を眺めながら、ふと、この光景はどこかで観たことがある、とおもう。
思いだしてみると、それは数限りなく持っている幕末以来の日本の写真集のひとつで、昭和30年代の豆腐屋さんを撮ったものであることに気が付きます。

シンガポール人のおっちゃんたちは「自分が子供の頃のシンガポール」を懐かしんでペナンの町に来るという。
日本のおっちゃんたちが、「タイに行くとね、おれが子供のときの貧しかった東京がそのままあるんだよ〜」と嬉々としているのとおなじでしょう。

「貧しかった頃の日本とおなじ」と言われてタイ人が嬉しいわけはないが、そういうことまでは気が付かないのが、まさに「貧しかった社会」で育った世代の人々だということなのかも知れません。

ペナンは見ようによっては町全体がデパ地下のような町で、シンガポールのものよりも遙かに面白いリトルインディアがあって、すぐそばには中華中華中華な通りと路地の一画がある。
イギリス統治時代のコロニアルなジョージタウンが縮退して痕跡器官化したような建築がならぶ一角があるとおもうと、イスラムの屋台が軒を連ねていたりする。

オークランドのように若い多文化社会は、「さあ、これからは多文化でいくぜい!」という意気込みがあって肩に力が入っているが、ペナンの多文化社会は、古びて、落ち着いて、自分から見て異文化であるものが、そこここにあることに慣れていて、見ていて安心できるところがある。
最後にムスリムと中華人たちの激しい衝突があったのは、たしか1960年代の終わりであったはずで、それ以来、お互いの違いを認めて、落ち着いて相手を眺めてみれば、なあんだおなじ人間なんだね、きみがスカーフをかぶっているのが嫌だったんだけど、こうして話してみると、きみとぼくの違いは、ぼくと同族のいけすかないXXとの違いよりずっと少ないみたい、と気が付いて、仲良くするということはお互いの違いを理解することなのだ、同化しようとしたり同化さようとしたりするのは仲良くすることの反対なんだという単純な真理に目覚めてから50年が経つ先輩多文化社会の貫禄のようなものがある。

英語人客用にデザインされたごく一部のアジア料理屋を除いて、オークランドではアジア料理屋で、わしとおなじ白い人を見かけることは少ない。
英語も通じない、そーゆー料理屋は、なんだか3,4軒しか店がない、さびれた町の一角にあって 3割がたも安い値段で、何倍もおいしい中華料理やベトナム料理が出てくるが、そういう店に、いつもとおなじヘラヘラした顔で入ってゆくと、たいてい初めは店の人がぎょっとしたような顔で、「なにか御用ですか?」というような表情をする。
これも毎度おなじみなチョーでったらめな中国語で、テーブル、ひとりなんだけど、と述べると、おお、客なのか、物好きなという顔で案内してくれます。

そういう店は二度目三度目になると、逆に「おおっ、来たね!この頃見なかったじゃないか」という顔になって、いそいそとテーブルを仕度して、心持ち多めの量が載った皿が出てきて、頼んでもいない付け合わせが出て、キョトンとしていると、「食べてみろ。うまいぞ。おごりだ」と威張っている。

あるいは「こんにちは」のつもりで、長い間、ずっと「さよなら」と述べていたシアワセな韓国語で、挨拶してテーブルにつくと、初めはなよなよとした葉っぱだけのキムチだったのが、あんまりいつもしつこくお代わりをするものだから、のっけから「どさっ」と音がしそうなくらいキムチを大量に盛った皿を置いていく。

ペナンではタミル人が中華料理屋にあらわれたり、中国系人がパンジャビ料理屋に現れたりするのは普通のことなので、そういう異文化交流の出来事すらなくて、異なる文化が共存していることが通常の、ふつーの状態で、スカーフをした女の人達が、白い人や、中国系人やマレー人たちに混じって、Koay Teow Th’ng 、豆腐や揚げ豆腐、カマボコや魚丸の具を一個ずつ選んで、最後に麺の種類を選んで食べるスープを、スマホの画面に見入りながら食べているだけです。
時々、お互いのスカーフにくるまった顔を見合わせて、「うん。ここのはなかなかおいしいね」というように頷きあっている。
ロンドンやメルボルンやオークランドで、文字通り、社会を挙げて大騒ぎして、何年も議論に明け暮れて、やっと決まったことが、ここでは、そのずっと以前から当然のこととして行われている。

最後にシンガポールに行ったとき、招いてくれたシンガポールの友人たちが「シンガポールは、いま中国人たちや中国化の波と戦っているところなんです」と述べて、述べている二人自身が李さんや劉さんで、ファーストネームは英語名だが、白い人の杜撰な目には中国人としか見えないので、しばらく何を言っているのか判らなくて、シンガポール人のアイデンティティはとっくのむかしにシンガポール人であることに変わっているのだということに気付くまで数秒を要して、内心、恥ずかしかったが、中国化が激しく進んだシンガポールと較べて、マレーシアは、遙かに文化的多様性に富んでいて、その豊穣な事実が、経済の成長にプラスになるか、もともとマレーシア人が不得手な政治のボロさに足を引っ張られて、四分五裂の要因となるか、まだ予断を許さないところがあるように見えます。

文化の違いは、だいたいどの社会でも、思いもかけないところにくっきりと現れて、まだ滞在の初期にしか過ぎないが、すでに、おお、これはすごい、とおもうのはマレーシア人の「音」の感覚で、こんな音の感覚は観たことも聴いたこともない。

クルマ好きの人はマレーシアの自動車会社「プロトン」の名前を、例えば長い間ロータスの親会社をしていて新世代のエランを作った会社として知っているとおもうが、このプロトンの警告音は、とってもヘンで、いまどきのクルマなのでバックするときに障碍物があるとセンサーが察知して警告音をだすが、その音が「キピピピピッー!」というような、なんというか、金属ねじが断ち切られて絶命する寸前に、断末魔の絶叫をしているような音です。
町中の諸音も、うまく言えないが、音の選択や音程があきらかにヘンで、町全体が突拍子もない音で溢れている。

いっちゃんぶっくらこいたのは、Dunkirkを観に行った映画館で、まず時間5分前に劇場内へ入ると、誰もいなくて、しいいいーんとしている。
広告や予告編はおろか、BGMもなにもなくて、まるで夢のなかの映画館の椅子に腰掛けているようです。

白いおっちゃんと、若いアジア人の男の人のゲイカップルが入ってきて、定刻になったとおもうと、どっかああああーん、とすごい音がして、気の毒にアジア人の若い男の人は文字通り飛び上がっていたが、大音響どころではなくて、マジメに鼓膜が破れるのではないかと心配しなければならないすさまじい音量で映画が始まってしまった。
ついでなので述べると、しかも、映画が始まっても、なぜか館内の照明はついたままで、こちらは「あり?マレーシアの人は照明をつけたまま映画観るのかな?」と思ったが、こちらは、単なるミスで、すぐに消えてもらえた。

大音量のほうはそのままで、モニさんとわしはたまたまイアプラグとコンパクトなノイズキャンセリングフォンを持っていたので、イアマフ代わりにノイズキャンセリングをオンにしたヘッドフォンを付けて映画を観て、事なきを得たが、後にも先にも、といって「後」のほうは二度目は勘弁してほしいという願望にすぎないが、耳栓とノイズキャンセリングフォンをして映画を観るのは初めてのことでした。
結局、20人くらいは観客が入って来て、大音響のなかで容赦なく急降下爆撃で殺されるイギリス兵や、燃料が切れて、浜辺の低空を優雅といいたくなる静かさで滑空してゆくスピットファイアを観ていたが、マレーシアの人達は、殺人的大音響で映画を観るのに慣れているもののよーで、なんだか不思議の観念に打たれてしまった。

ペナンにいる、といっても、たいしたことをやっているわけではなくて、というよりも、なんにもしない毎日を過ごしにやってきたようなものなので、プールサイドで寝転がって、本を読んだり、午寝をしたりで、もう少しマジメに観光をしなければとおもうが、相変わらずのめんどくさがりで、仕事の人の招待でカッチョイイレストランに出向くと、いい町ですねえ、などと述べているが、ほんとは、内実はナシレマクがすげーうまかったんですよ、と思っているにすぎない。
ダメな観光客の典型で、なにしろリトルインディアがあるのを知らないままやってきたくらいダメな観光客なので、ほんとうはこーゆー人がペナンについて書いても仕方がないのかも知れません。

朝の7時半、夜が明けたばかりの通りを散歩していると、小学校の、学期の初日でもあるのか、それともただの毎朝の光景なのか、子供達を学校に送り届けた母親たちが、三々五々、あちこちに小グループをつくって立ち話をしている。
スカーフをかぶったおかあさんと、褐色の肌の背が高いおかあさんと一緒に中国系のおかあさんが、何事か楽しそうに話して笑っています。
2002年だかに「インターネットの時代は終わった!」というベストセラーが出た日本の人らしく、Brexitとトランプの大統領当選で、「これからは移民なしで、一国一民族の時代に戻るのだ」とトーダイなんちゃら研究所だかの「研究者」が述べていて、いつものケーハクとはいえ、ふきだしてしまったが、なんちゃら研究所の部屋で、一生懸命空想力を働かせて賢い結論にたどりついたつもりのおっちゃんの頭のなかにはどんな世界があるのか不分明でも、ペナンの町の朝の光景ひとつを観ても、世界は異なったものが手をつないで歩いてゆくほうに変化して、しかもその変化は、国際結婚や、異文化の親友が出来て行くことによって十分に不可逆化していて、いまはおおきな流れに錯覚されても、トランプやファラージュなどは、人間の文明の進化についていけない愚か者が、一時の反動にのって得意になっているにすぎない。
賭けてもよい。
トランプ政権やBrexitは彼らが言挙げする問題をなにも解決できないまま、返って悪化させて終わるでしょう。
現実をみない思い込みの政策など、どんな時代でも、うまくいった試しはない。

証拠は、どこにあるのかって?
きみはニッポンジンだのい。

証拠は、ほら、あそこで、学校の鉄柵の塀ごしに、身じろぎもしないで、新入生の教室に消えていった息子を見つめている母親がいるでしょう。スカーフでメガネをかけて、ローブを着たその母親は、さっきからもう5分は経っているのに、あそこで、じっと遠くから息子を見守っている。

息子を見守る母親の気持ちは、そのまま社会の未来の平和と繁栄を願う気持ちでしょう。
母親たちが未来へ向かって祈る気持ちは、強くて、研究者の思いつきなど、つけいるすきはないとおもう。

あの母親が息子の将来を祈る気持ちは、そのまま社会の善が実現される人間の強い意志に通じている。

そうして現代社会が急増する人口に耐えながら共に繁栄していくためには、多様性を許容して、お互いに相違を、議論の力で細部まで突き詰めて理解して、自分の正しさを相手に押しつけない態度にしか可能性はない。

あの母親の祈りが神に通じるまで

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About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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One Response to 初心者のペナン_2

  1. DoorsSaidHello says:

    最近、ガメさんのブログを読むのが苦しい。

    過去のガメさんの日本語ブログ集大成のようで、日本語で繰り返し述べてきたことの一つ一つを確かめて、箱に入れて名前をつけているみたいだな、と思いながら読んでいる。ガメさんのブログは、日本語ブログでは類を見ないほど話題が多岐にわたり、ざっと思いつくだけでも学術、文化、外交、経済、観光、軍事、差別、貧困とあらゆるジャンルを出たり入ったり結びつけたり飛んだりしているので、集大成を終えるにはまだしばしの時間がかかりそうではある。だがどうしても、これが終わったあとのことを考えてしまう。これは世にも丁寧なお別れの手続きではないのだろうか。

    この間、夢を見たんだよ。
    私はたくさんの人々と一緒に列に並んでいる。みんな同じ無地の粗末な服を着せられている。安っぽい事務テーブルの向こうには厳めしい顔をした人が座っていて、書類にサインをしてピアスを受け取るように、と言う。周りの人々は流れ作業のように諾々とサインをしてピアスが配布される机に向かう。私はサインをして、ふと係の人の顔を見る。彼女は私を見返して「質問?」と聞く。私はいいえ、と言いかけて気を取り直し「質問です。ピアスをつけたのち、自分の意志で外すことはできるのですか」と聞く。「いいえ。決して」と彼女は答えた。私はピアスの配布される机を伸び上がって見た。ピアス! それは耳につけるにはあまりに大きな、コートのボタンほどもある重い機械だった。脳神経にコードが食い込んでしまうのだろうか、それとも外そうとすると爆発するような仕組みが入っているのだろうか。私は自分の頭を吹き飛ばされるか、自分の子どもを手に掛けるかを選ばされる時が来るのだろうか。その時まで怯えながら生きながらえるのと、ピアスを拒否して今死ぬのとどちらを選ぶべきなのだろうか。

    私の意志などもう問題ではないのだと考えたところで夢は終わった。午前五時。私の意識と無意識がランデブーするいつもの時刻。

     …私がツィッタをほぼ止めてしまったのは、もうガメさんに書く返事がないからだ。日本の命運は尽きた。そして日本に生息する限り、自分の意志はどうあれ自動的に天然全体主義の一部として、全体を支える部品にされてしまうのだ。私は明白に、ガメさんの「敵」になるのだ。いま私に述べられることは自己弁護だけなのだし、それは見苦しい言い訳にしかならない。だから今はもう黙っていたい。本当に、もう日記くらいしか書けることがないんだ。優れた日本文学がどれもこれも日記文学なのは、それ以外の発言が許されなかった証左じゃないのかとこの頃は思うんだよ。

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