Monthly Archives: August 2017

マレーシア独立60周年に考えたこと

ちょうど午前0時ぴったりに、花火というよりは砲撃音のようなすさまじい音で、いっぺんに花火が打ち上げられて、あちこちの高層ビルのガラス壁面に反射して、CBD全体が万華鏡のようになった。 独立60周年記念、道路を行くクルマもクラクションを盛んに鳴らして、子供たちも目を輝かせて走り回っている。 熱帯の国の独立記念日。 ニカブの人も、ショーツに袖無しトップの欧州系人も、並んで、ベンチに腰掛けて、眩く輝く明るく照らされた空を見上げている。 アイデンティティがない国だという。 独立以来、マレーシアは、「マレーシアとは、なにか?」 どんな性格の国なのか、ということに悩み続けた国だった。 マレー系人と話していると、中国系人への敵意のおおきさにびっくりしてしまう。 「あいつらを追い出さないかぎり、この国はほんとうに独立しているとはいえない」という人さえいて、ペナン島出身のリークアンユーが、人気を博して、シンガポールという独立国をつくったことの背景の一端がわかります。 6年前だったかシンガポールに行ったとき、ちょうど出発の直前に、象徴的な事件があった。 シンガポールの共働き夫婦は家事を滅多に行わないので、インドネシア人の家政婦さんを雇うことが多い。 日本でいえば2DKの小さいアパートに、住み込み専用のトイレよりは少しおおきいくらいの小部屋が付いているのはシンガポールでは比較的ふつうのことです。 中国系シンガポール人の夫婦が、数週間の休暇旅行に出かけるのに、いったいどういう考えをすればそういうことになるのか、カップラーメンの山と一緒に、インドネシア人の若い家政婦を、この畳いちまいあるかないかの部屋に閉じ込めて、鍵をかけて出かけてしまった。 窓のない小部屋で、冷房も切られたまま監禁されたインドネシアの女の人は、気の毒に、暑さと換気の悪さのせいで窒息死してしまいます。 インドネシアの英字紙記事は「これは決して特殊な例ではない。シンガポールでは、われわれの同胞が、年々、奴隷としてこき使われ、使い捨てにされている」と述べている。 インドネシア人の怒りはすさまじいもので、口から口に噂は広まり、やがて事実であることがわかると、国民的な規模でシンガポールに対する怒りが爆発して、コンクリート材料の輸出の停止から始まって、一時は、冗談ではなくて、ほぼ国交が断絶しそうなところまでいってしまった。 あるいはシンガポールの市内をマレー系のドライバのタクシーで走っていたら、急な割り込みをするクルマがいる。 運転手の怒り方は、ロンドンの悪態ばかりついて柄が悪いタクシー運転手になれているわしから見ても、やや常軌を逸したもので、吐き出すような口調で、「ちくしょう、中国人ドライバーめ!知ってますか?中国人ってやつらは、みんな、ああなんだ。自分のことしか考えない。決まりを守らない。これがおれの国なら、クルマを止めて、みんなで取り巻いてぶち殺してやるんだが」と怖いことをいう。 最後に中国系人とマレー系人の大規模な衝突が起きたときには、たしか800人だかの中国系人が一方的に惨殺されたはずで、タイの人もそうだが、マレー系の人も、いつもは親切でおだやかなのに、いちど怒りに火がつくと、悪鬼のようになる。 あるいは2007年だったとおもうが、12月31日にシンガポールにいて、翌朝、新年のお祝いを述べたついでに、ホテルのレセプションのマレー系の女の人に、「シンガポールは春節と、年に二回お正月のお休みがあっていいですのい」と、いつものごとくノーテンキな軽口を述べたら、いつも親切で受け答えがやわらかいこの女の人が、ぶっくらこくような怖い真剣な顔で、「あれは違法です。中国人たちは、まったく決まりを守らない。わたしは許さない」と述べたので、話の収拾がつかなくなってしまって、まあ、とにかく、とかなんとか、ぶつぶつと言いながら、そそくさと引き揚げてきたことがあった。 マレーシアの支配層(←嫌な言葉)の人間と話していると、ひとくちにいえば「混迷しているのだ」という印象をうけます。 まだ統一がうまくいっていないのだ、ということもできる。 ペナン島が、あれほど落ち着いた雰囲気なのは、島であることが奏功して、マレーシア一般とやや別の「中国系社会」として安定しているということがあるようでした。 経済的には西欧型の金融とイスラム金融の汽水域になっていて、おもしろいことがたくさんあるが、ここでは、そんな話をしても仕方がないので、やめておくとして、たんなる旅行者としてのマレーシア滞在は、楽しいものでした。 中近東の食べ物が大好きなモニとわしとにとっては、おいしいものがたくさんある天国で、ひさしぶりに、新鮮な香辛料に浸かった、ラムやチキンの、身体中がぽんわり宙に浮いてしまうようなおいしさの、陶酔的な食べ物ばかり食べて、それだけでも、もう、とてもとても幸福で、クアラルンプールはいい町だなあ、とおもう。 ドバイやカタールの有名店の支店があったりして、オークランドにも中東料理店はいくつもあるとは言っても、やはり味の深みと冴えが違う。 ロンドン以来、ひさしぶりにペルシャ系人の友達が嫌うというよりも蔑んでいるアラブの支配層とゆっくり話ができたのも、たいへんよいことで、同席したイギリス人とも話したが、これからの西欧世界とアラブ世界の目立たないような交渉は、これまでのようにロンドンではなくて、だんだんとクアラルンプールのようなところが舞台になってゆくのかもしれません。 ニュージーランドでは妙におおきな声で話して、まわりのひとをびっくりさせたり、甚だしきにいたっては、「写真を撮らせてください」と若い女の人に声をかけて、いきなり抱きついてタイホされたりして、奇矯な行動がめだつ日本のひとたちは、マレーシアでは、うまく社会に溶け込んで暮らしているように見えました。 日本のプレゼンスはとてもおおきいのに、そっくりかえることもなくて、「なんだ、やれば出来るんじゃないか」という感想をもった。 クアラルンプールではマレーシア人に日本人の感想を聞きはしなかったが、聞けば、多分、よい印象の答えが返ってくるのは、別段、実際に聞いてみなくても、町でみかける日本人たちの姿をみていれば、なんとなく想像がつきます。 奇矯な行動、を見たのはペナンのファイブスターホテルだけだったので、観光客と住んでいる人の違い、ということなのかも知れません。 一方では、わが同胞の白いひとたちは、てんでダメで、あらあー、こんなのもあるんだとSuriaというモールのなかのホーカーズで、いいなあーこれ、と思いながら眺めていたら、ストールに近いテーブルに陣取った若いアメリカ人の男のふたり組が、店のカウンターのなかにいるマレー人の店員に、クイッ、クイッと音がしそうなものを飲む手真似で、カウンターのペプシコーラの缶を指さして、手のひらで手招きして、それをここへ持ってこいとジェスチャーしている。 とんでもない、大失礼な仕草で、このバカなアメリカ人ふたりは、21世紀になっているというのに、いまだに白人は少なくともアジア人の主人であると考えているのがわかって、不愉快というか、 ぼーぜんとしてしまうというか、ただひたすら、店のマレー人が、失礼は感知しても、失礼の度合いは感じないでいたことを願った。 だいたい、どこに行っても、アジアの国では、白い人同士は、お互いでかくて白くて、なんとなく間が抜けていて目立つので、リフトはもちろん、道端ですれ違っても、目配せで、やあ、と述べあうことが多いが、クアラルンプールでは、だいたい暑さでボロボロになっていて、顔色が悪いうえに目の下に隈までつくっている人が多くて、ゾンビが熱中症になったような姿で、蒼惶と歩いていて、お互いに目配せをする気力もない。 マレーシアは特に小さな人が多いので、ところどころ、でっかい道に迷って町にさまよいでたクマさんみたいなのが、よろよろと歩いているところは、いかにも東南アジアの国には不向きで、トランプのようなオオバカタレに対する国家安全保障としては、この暑さがいちばんなのかも知れません。 シンガポール人との付き合いは、子供時代からのもので、長いどころではないが、仕事の上では、ここ数年はシンガポール人がよく述べるように、世界中から、コバンザメ商売というか、なんとかシンガポールの成功者にお近づきになって、繁栄のおこぼれにあずかりたい「起業家」がたくさん押しかけていたりして、もう天井に頭をぶつけて繁栄がジタバタしている段階に至ってひさしい。 シンガポールの英語圏と中国語圏の接点という役割は特に金融において変わらないが、物理的には近い、クアラルンプールとシンガポールの、人間の交流においての意外なほどの距離の遠さを考えると、今回はたくさんの人間に会いすぎてぶちくたびれてしまったが、土地鑑とお友達ができて、まあ、よかったかと思っています。 あと一週間くらい、のんびりして、プールで泳いだり、涼しい夜には屋台をひやかしたりして、ミドルイースタン料理をたらふく食べて、予定よりは早いが、メルボルンかオークランドにいったん戻って、ぐーすか眠って、今度はどこかニューカレドニアかタヒチかフィジーで、来年以降の生活について、ろくでもない計画を策謀しようと考えている。 さて、ロティチャナイでも食べにいくかな。 … Continue reading

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2025年の日本をめざして_2

歴史は繰り返す、というが、繰り返さない歴史の典型が戦争で、戦争は、ほとんど一度も過去の形態を繰り返したことがない。 むかしは死刑囚は斧でクビをちょん切られるものと定まっていて、いっぺんでクビが切断できればよいが、なかなか頚部切断の勘所に当たらないので、頭にあたったり肩にあたったりクビのまわりがギタギタになって死そのものよりも斧で痛めつけられる苦しみのほうを虜囚は恐れた。 この非人道的な死刑に野蛮を感じたのがギロチン博士で、はずれなしにスパッとクビが切断できるように工夫したのがギロチンです。 戦争における戦車の発明も同等の発想にたっていて、若いときから戦争好きの右翼おやじだったウインストンチャーチルが戦車を発想したのは膠着を常とした当時の塹壕戦を打撃力のある「フィスト」で打開するという、子供のときから人形を使った戦争ごっこばっかりやっていた戦争オタクのチャーチルらしい考えだったが、これが高級将校たちに広汎に支持されたのは、近代塹壕戦があまりに悲惨で、人間の限界を越えて、発狂する兵士は数知れず、生き残った復員兵も廃人同様が続出したので、なんとか塹壕戦をなくさないと、多少でも文明的な戦争はやれなくなってしまう、という理屈だった。 リデルハートが目を付けたのは、戦車の打撃力のある機動性で、打撃力があって機動力があるのなら、これを集団で使用して、ちょうど艦隊のように運用すればよいのではないかと考えついた。 この冗談じみて単純な考えは、思考の飛躍が苦手なイギリスにおいては採用されなかったが、リデルハートの著作を読んで感銘をうけたドイツ陸軍のハインツ・グデーリアンによって現実化されます。 戦車を集団使用して、とにかく敵の抵抗線の最弱部を突き抜けて反対側に行ってしまう。そこから後方の(軍隊にとっては神経組織にあたる)通信網をずたずたにして、各所に点として孤立した敵を、無防備な想定外の方向から攻撃して破壊する。 元祖のリデルハート、グデーリアン、フランスのドゴールのような戦術オタク以外には思いもよらなかった、あとで「Blitzkrieg」と呼ばれることになる、この戦車の集団使用によって、兵器と兵員の質・量ともに圧倒的にドイツを上廻っていた世界最強の兵力を誇っていたフランスは、あっというまに陥落してしまい、最も重要なことは、それまでは「愚かな左翼」を黙らせるために道化としてエスタブリッシュメントが操っているにすぎなかったアドルフ・ヒットラーが、三段跳びで一挙に神韻を帯びたゆいいつ絶対の独裁者「フューラー」として君臨することになってしまった。 昨日まで支配層にとっては冗談のタネだった菜食主義者で偏執的潔癖さをもった 狂人じみたおっさんが、いきなり絶対支配者になったことが、いままでの世界の歴史で最大の危機であったナチの時代を生みだしたのでした。 今度は、どうやら核ミサイルの応酬という新しい戦争を目撃することになるらしい。 前にも書いたが、子供のころ、原爆を生みだしたオッペンハイマーの有名な「I am become Death」のビデオを観て、「60年代は核の不使用どころか、全面核戦争の危険がある時代だったのだなあ。なんという恐ろしいこっちゃ」と考えたことがあったが、冷戦の終わりとロシアの国家破綻を起点にして、ついに「核使用をためらわない」と公言するトランプの登場に至った現代の世界の根底的な問題は、核という絶対暴力が自分達の文明を根こそぎに破壊するものだという認識を人類全体が再び失ってしまったことです。 キューバ危機の頃、たとえばサルトルたち、当時の哲学者は核の暴力の規模があまりに圧倒的なので人間の言語からは真理性と意味とが失われてしまっていることを認識していた。 暴力と言語に代表される認識と思惟の内面意識とは、相対立するもので、暴力が支配する世界においては言語は意味をもたない叫喚程度の意味しかもちえない。 文学などは圧倒的な暴力の下では芸術として無効なのではないか。 人間はそこに戻ってしまったわけで、北朝鮮の核開発は、実際には、その核という暴力が人間の文明の底で息を吹き返して人間の文明から意味を奪い始めたことの歴史的あらわれにしかすぎません。 歴史は、つねに一見連関のない事柄が互い協力するようにして、世界をひとつの方向にひっぱってゆくが、いま日本がメルストレエムの渦巻きに呑まれていくように、核攻撃に向かって一歩一歩あるくことになった理由の根源は、ブッシュのイラク攻撃にあります。 お坊ちゃん学校に行った人間ならおなじみのある、一種の人間味に似た、かわいげのある表情の悪魔であるブッシュは、父親をオカネの入り口にあたる顧問にして戦争で利益をうける各社につけると、アメリカの脅迫に屈して核開発をあきらめたイラクめざして雪崩をうって地上軍を突進させた。 アメリカの国益に敵対する各国の独裁者の面々は、この「惨劇」をじっと眺めていました。 父親の死後、独裁の地位をついだ金正恩が、この過去の歴史から学んだことは、「自分も核を捨てれば必ずアメリカに殺される」ということだったでしょう。 金正恩は結局、アメリカの脅迫をシカトして、核開発に国力全体を注ぎ込み、ミサイルと弾頭の開発に成功して、現状は、衆目の一致するところ、この外交的賭けに完全に勝利した。 北朝鮮が活路をみいだそうとしているのは、大雑把にいえば中国が歩いて来た道のりであることは言うまでもありません。 核とICBMの開発を強行して、とにかく持ってしまえばアメリカは手出しを出来なくなる。 その段階に至れば手近な韓国と日本への攻撃を材料に恫喝することによって外交的な戦果をあげながら、経済を発展させて、世界経済のなかに自国を組み込み、アメリカが一方的に自国を破壊するという目論見を思いとどまらせることが出来る。 世界中に北朝鮮を近い将来の投資先として考えている投資家は、たくさんいます。 勤勉で従順な国民、ほとんど資本主義を知らないウブな市場…投資家にとっては、「わたしを使って稼いでください」と言わんばかりに目の前に身体を横たえている国を前にして食指を動かさない投資家はいないでしょう。 実際、北朝鮮は、いったん国が安定すれば、ありとあらゆる投資機会にあふれていることで知られている。 しかも指導者は残酷性の強い独裁者とはいえ、経済の発展のためならどんな便宜も供与しようとすることが間違いない、しかも先が長い若い指導者であると来ている。 前回述べた絶体絶命の危機から日本が逃れ出る道もここにあって、現実の問題として、北朝鮮に核開発を黙認して、経済発展を積極的に助けるほかには、北朝鮮とアメリカ、といっても戦争になったときの実態は北朝鮮対日本・韓国の戦争を避ける方法は、多分、ほかには存在しないとおもわれる。 問題は、現実に北朝鮮の暴発防止プログラムに入る場合の北朝鮮のスタンスで、いまの状況であると、北朝鮮にとって深刻な問題がおきれば北朝鮮は日本へ小型核弾頭のミサイル攻撃をおこなって、それにアメリカが反応して自国を攻撃する姿勢をとれば、とっておきの大陸間弾道弾でグアム・ハワイ、ひいてはアメリカ本土を攻撃することをちらつかせて抑止する、というシナリオになっている。 つまりは、頭にくれば右手に握りしめた核ミサイルの剣で、おもいっきりアメリカの盾である日本をひっぱたいて、それでアメリカが激昂するようならアメリカ自体の頭上をめがけて剣をふるうと脅す、ということでしょう。 トランプが日本との軍事同盟に基づく義務を結果としてでも最後まで誠実に履行する確率は、1割、あるかないか。 このブログでは何度も出てくるように、中国の特徴は、ひとくちに「中国」といってもひとつではないことで、やや政治力が衰えてきているとはいってもいまだに独立した勢力である人民解放軍と習近平が率いる政府のふたつの勢力が中央にあって、その中央に面従腹背する存在としての地方がある。 中国という国は水滸伝を読めば得心がいきそうな国民性の反映で、世界のなかでも飛び抜けて統一を保つの難しい国で、顔を近づけて仔細に検討してみると、なんだかもう無茶苦茶といいたくなるような内情で、いまのところ統一が保たれているのは、要するに「儲かっているから」という単純な理由によっている。 儲からなくなれば、どうなるかというと、それぞれが自分の相対的な面子の上昇と利益の増大に向かって、他勢力はおかまいなしにふるまいだすわけで、日本にとって切実な問題でいうと、人民解放軍の悲願である「対日戦勝利」に向かって挑発を繰り返しだすのは、まず間違いないところだとおもいます。 そうやって考えると、トランプ大統領や安倍首相がいま向かいだした政策は、バカまるだしなことをやっていて、つまりは習近平を困らせて人民解放軍を助けようとしているようにしか見えないことになる。 習近平からみると、「なんで安倍やトランプは、そんなに戦争がやりたいんだ!」と叫びだしたくなるような事態でしょう。 … Continue reading

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2025年の日本めざして

宇宙好きの子供の悪夢のひとつに、ふらふらと群を離れたおおきめな小惑星が地球に向かい始めて、ある日、科学者が軌道を計算してみると、正真正銘、地球と真っ向から衝突する、というのがある。 北朝鮮と日本の対立は、これと似ている。 政治的諸条件を計算してみると、いまのところ、北朝鮮とアメリカの衝突は不可避で、アメリカと北朝鮮が衝突すれば、最大の標的は、表面は日本が最も好戦的な言辞を述べていたことによって、本音は、いまの北朝鮮の核ミサイル技術の水準で現実に軍事兵器として信頼しうる破壊が行えるのは日本までで、グアムになればもう大気圏への再突入の問題や、GPS誘導を欠いた精度が低い飛翔を余儀なくされることによって、戦争にならないので、日本に核ミサイル攻撃を集中することによって外交的な勝利の端緒をみいだすしかないという理由によって核攻撃は日本を標的にしたものになるだろう。 もっかの状態は、核弾頭とミサイル筐体の量産体制を築きながら、トランプと安倍の愚かさによって手に入れた初期外交勝利を保持して、アメリカ国民に「おまえたちの頭のうえに核を落とせるのだぞ」と恐怖心を植え付けることで、ちょうど60年代の中国とおなじように核の力に守られた独裁社会のなかで、これも中国的な経済発展を目指している。 金正恩は、アメリカとの戦争が、そのまま北朝鮮の破滅であることをよく知っている。 そのうえ、曲芸師的なオポチュニストで、オモチャじみた核・ミサイル技術をちらつかせては外交的妥協を引きだして、長期ビジョンのある経済政策はまったく行わなかった、簡単に言えば遊び人の父親金正日とは異なって、北朝鮮の自己の政権が生き延びる道は躍進的な経済の発展にしかないこともよく判っている。 では、戦争の危険などないではないか、という人がいそうだが、なぜそれでも戦争が不可避なチキンレースの一本道を日本と北朝鮮が段々と距離を詰め合いながら向かい合いに歩いているのかは、日本の人にはアメリカ人にはまったく理解不可能な「圧迫されたもののメンタリティ」が、戦前の行動を思い起こせば、簡単に得心がいくはずで、いったん民族的な怒りに火がついてしまえば、日本人と心性が似て、日本人以上に徹底的な半島人の血がたぎって、誇張ではなく最後の一兵まで戦うだろう。 日本は本土にアメリカ軍が上陸するオリンピック作戦に怖じけづいて、呆気にとられるほど淡泊に手をあげてしまったが、なにしろ、北朝鮮は朝鮮戦争をみれば、国土が完全に蹂躙されて、寸土も余さないほどアメリカ軍に徹底的な敗北を喫しても、まだ戦う意志を捨てなかった国で、ヒットラーのドイツみたいというか、民族として辱められるくらいなら滅亡したほうがマシという国です。 しかもアメリカの大統領はトランプで、この頭が悪い、他者や他文化への想像力をまったく欠いたおっさんは、ディメンシャなのではないかと医学者たちが目下真剣に疑って危惧するほど、おもいつきで破滅的なことを始める癖があって、いよいよ国民の人気取りのために始めたアフガニスタンでの戦争がにっちもさっちもいかなくなれば、「じゃ、北朝鮮」というくらいの気安さで、戦争を始めかねない。 しかも前に何度か書いたように、アフガニスタンは「紙の上では楽に勝てそうにみえるのに、いざやってみると必ず泥沼化する土地柄」の典型で、ソ連の退役将校たちが「アフガニスタンは、やめたほうがいい。あそこは地図上の作戦と戦争の現実が異なる土地の典型だ」と述べているのに、アメリカの将軍たちは「われわれとあなたがたの軍隊とではテクノロジーの次元が違う」と鼻で嗤って、ものの見事にアフガニスタンという巨大な罠にはまってしまった。 しかもアフガニスタンと関わりを持つことは常に、歴史を通して、ロシアとの火種を抱え込むことで、オバマの政権が迂闊に戦争規模を拡大できなかったのもそのせいだが、まわりの軍事専門家がいくら説明しても、トランプの頭には入っていかないらしいが、トランプほどの粗忽さならば、ロシアとの全面対立に発展する可能性もおおきく存在する。 北朝鮮が盛んに中国を非難したりしているのも、中国と事を構えたいのではなくて、中国を可視的に巻き込んで、自分の国とアメリカの対立を中国とアメリカの対立にすりかえようという目論見だが、トランプはこちらも理解していないのは明らかで、この単純で知的能力に劣る老人の目には、中国がいよいよ北朝鮮と対立しはじめたと、なんだかその辺にころがっている政治好きのおっちゃんみたいな理解でいるらしい。 いまのホワイトハウスのボスたちの顔ぶれを見ると、自己クーデター政権というか、求心力の中心は軍人、つまりは軍人内閣で、どこにも自由主義国家らしい片鱗はなくて欧州人たちの失笑を買っているが、いうまでもなく軍人は戦争を嫌う。 あれほど好戦的だった参謀本部が呑んで戦争の拡大を収拾しようとしたトラウトマン工作を蹴ったのは近衛内閣のほうで、軍人は常に戦争についての具体的想像力を持っているので、戦争を簡単に始めたがらない。 ところが総司令官であるドナルド・トランプは戦争への想像力はゼロでしかないのが言動から判っていて、自分の都合が悪くなれば、北朝鮮への先制攻撃に走って、安倍政権もおおよろこびで参戦するのは確実なので、切羽詰まった文大統領は「朝鮮半島を戦場にされるのは、お断りします。やるなら日本との同盟を頼ってやれ」という破天荒な演説をおこなった。 その演説に対する日本社会/マスメディアの反応は「怖じ気づいた韓国の醜態」「敵前逃亡」「卑怯者」というようなものだったので、遅かれ早かれ、やはりミサイルは飛んで来て、当たるも八卦当たらぬも八卦、PAC3では、どんなタイプの核ミサイルも防ぐのは無理だが、せめてTHAADとイージス艦の防空能力に期待して、開戦があとになればなるほど増えてゆく核弾頭の、例えば百発という数のミサイルいっせい射撃のうち、何発落とせるか、星に願うくらいしかやることは残されていないのかもしれません。 最終的に戦争が起こらない僥倖があるとすれば、金正恩政権が倒れるかトランプ政権が倒れるか、あるいは北朝鮮に核開発計画の進行を認めて、おおきく妥協するか、その三つがいちばん可能性があるが、三つとも直ぐに起きる可能性は低い上に、仮に金正恩政権が倒れると、中国が一種の非武装地帯を鴨緑江沿いにつくることになって、アメリカとの対立が飛躍的に高まることになる。 北朝鮮におおきく譲歩すると、核戦争の危機が一気に遠のくが、遠のくといっても、どっかに行ってしまうのではなくて、やはりチキンレースの一本道を、十数年という向うがわに遠のくだけで、すぐに戦争になる可能性がないかわりに、より破滅的な戦争の危機が内包されて、しかも、この路線の最大の障害は、実際には「日本の核武装が確実」になることです。 アメリカの極東政策の基本は、このブログには何度か登場した、いまでは公開されている周恩来・キッシンジャー会談のときから、変わっていない。 「空前の好戦民族である日本を封じ込める」ことで、「日本を守る」という口実で居座っているアメリカ駐留軍の第一の目的は「巨大な軍事力を日本そのものに置くことで日本の軍事化を防止する」ことであるのは、アメリカ軍将校にとっては常識で、キッシンジャー自身が、言葉にして述べている。 中国との軍事的な黙契の大底をなしているのが、この「日本はアメリカが責任をもって封じ込める」という約束で、最近、人民解放軍が、政府の意向にさからって「跳ね返り行動」を取り続けているのは、人民解放軍がアメリカの約束の真実性を疑いだしているからにほかならない。 アメリカ軍が日本を守ってくれる、などという幼児の願望に等しい日本の人の願いとは別の次元で、戦争における自分の足場、いわば極東における真珠湾/グアムとしての日本という名前がついた列島を、敵が仮に上陸してくれば防御線と規定している現在のアメリカの太平洋戦略は改訂されつつあって、日本の重要性は薄れているが、ここに政府としておかれている日本政府が核武装をするとなると、中国にとってだけではなくて、ロシアやアメリカにとってもたいへんなことで、周・ニクソン以来の東アジア和平の枠組みが根底から壊れてしまうので、誰にとっても、そんなことを許すわけにはいかない。 一方で、北朝鮮がどんどん核武装の量と質を拡大していって、いまですら歴史的な好戦性を剥き出しにしつつある日本人が、黙っているわけはない。 紆余曲折を経ながら、どこかで、まったく異なるパースペクティブが得られない限り、極東の核戦争危機は煮詰まっていって、日本が列島ごと廃墟になる可能性は、残念ながら、かなり高いだろうとおもわれる。 どこで、この不可逆的にさえおもえる政治状況ができてしまったのだろう?と考えて振り返ると、日本の人が民主党政権の極端な無能さに苛立って安倍政権を選んだ時点で事態は固定されてしまった。 政治では、ダメなものとよりダメなものがふたつ列んでいるときに、比較的にマシだからという理由でダメなものを選択してしまうのは、よくあることではあっても禁忌で、そこが選挙を媒介にした民主制が生き延びていけるかどうかの要というか、ダメと、よりダメを比較している自分の視座のほうを動かすしか方法がない。 選挙の前に、仮に自分が投票しなかったとして選挙後の政治地図がどうなるかを予測して、それが少しでも自分が「こうなって欲しい」と願う政治地図になるために投票行動をとることを「戦略的投票」と呼んだりするが、到底そんなことで追いつかなければ、急激な俯瞰の転換を求めて、通りにでて叫び、事態が絶望的な場合は暴力革命を志すことすらある。 もっとも自由主義革命の母であるフランス革命が無惨な失敗に終わったことでも判るように、革命がうまくいく可能性はひどく小さくて、歴史上ゆいいつ上手くいった革命はアメリカの独立革命で、これは圧政者がイギリスという外国だったからうまくいったのだが、図式をあてはめると、日本が中国に支配される事態が起きれば、そこには革命がうまく成し遂げられる可能性もあるのかも知れません。 日本の場合は、歴史的にも、文化の本質においても、世界に例をみない、「骨の髄まで」と言いたくなるほどの天然全体主義社会で、民主的に日本を運営していくチャンスがあったのは実像とは似ても似つかない「頭がおかしい宰相」にされてしまったせいもあったが、やや理想主義的に官僚の利権と正面から衝突して、たちまち弾き出されてしまった鳩山首相くらいで、頑張って踏み止まって、政権を支持しつづけるくらいのところに日本に民主社会が実現される可能性があったのだろうが、ちょうどその頃日本にいた自分の経験からいうと、現実には到底起こりえなかったことで、やはり民主制みたいなものを軍人が他国の社会に鋳型として押しつけても、肝腎なところでうまく機能しない。 表面の型をなぞって、その根底にある精神に至るのは、難しいというか、つまりは不可能なのかも知れない。 そうやって考えると、いまの日本が迎えている危機は、要するに寸法の直し方すら教えてもらえなかったお仕着せの服が、身体にあわなくなって、社会ごともともとの全体主義的文明に回帰する過程で生まれた必然なので、考えてみれば当たり前だが、日本人が自分の頭で考え直した自分たちの社会へ作り直していく以外には、戦争の危機回避も含めて方法はないのかもしれません。 中国の若い人などは言葉にしてはっきり「西洋のモノマネしか出来なかった国の悲劇」だと日本のいまの状態を論評していたが、おかしなことをいうと、この人は天才的な頭脳の持ち主だが文学も美術も興味がないひとで、日本の文学と美術とから日本に近付いていったこちらとしては、全面的には肯定できないところがあるとおもう。 そのときは、相手が美術と文学にはまるで関心がないのを考慮して、日本の数学者たちの仕事を例に日本文明の独立性について説明したが、納得したような、しかねるような、曖昧な顔をされて終わってしまった。 やっと日本語で意味が通じることが書けそうな程度に日本語学力?が回復してきたので、ここから、だいたい2025年くらいまでの日本をめざして、日本がダメになった理由、日本がどうすればまた独立性をもった文明として繁栄していけるか、日本語学習者として考えた事をここに書いていこうとおもっています。 うければ、どんどん書くし、うけてないなとおもうと中断して、お話しがどっかへ行ってしまって、本人は遊びにいってしまうのは、いつものことなのだけど

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クアラルンプールで

1 英語ニュースがトランプだらけなので、うんざりして、日本語ニュースをぼんやり眺めていたら、スピナーが日本でも流行りだしたという記事があって、人気の理由のひとつは自分でも組み立てられることだ、と述べている。 記者も組み立てに挑戦してみました。 そこで目が止まる。 組み立てに「挑戦」する。 日本語がうまく話して書けるようになって「日本人なみですね。いや、もしかしたら日本人よりもうまいかもしれない」と言われるようになった頃は、でへへへと喜んでいるばかりで、なんとも思っていなかったが、だんだん日本語の深みにはまってくると…あ、いや、理解が深まってくると、この「挑戦」が、読んでいてひっかかるようになってしまっている。 むかし東京の目黒で、コンビニの若いバイトがやめてしまったかなにか、なんらかの事情で、70代くらいのじーちゃんたちが3人で、いかにも覚束ないやりかたで店員をやっているのに出くわしたことがある。 肉まん評論家なので、東京にいるときにはよく肉まんを食べて、維新號や神楽坂五十番が好きだったが、別段コンビニの井村屋でも嫌ではなくて、そのときも肉まんを買おうとしていたのだったとおもいます。 ところが、支払いの列でひとり前の大学生の弁当で、「あたためてください」と言われたので、じーちゃんたちはパニックに陥っていたのだった。 驚くべきことに、このじーちゃんたちは、店の電子レンジの使い方が判らないらしくて、客の大学生が、こーするんです、あーするんです、と説明するのを懸命に聴いて、やっと弁当を暖めることに成功する。 「挑戦」という言葉を観ると、そのときのじーちゃんたちのねじり鉢巻きをしてフンドシを締め直しそうな勢いが思い出される。 この生硬な、日本人が意味不明なchallengeの使い方をする原因にもなっている古色蒼然とした表現が、いまだに多用されることの背景には、日本の文化のどこか奥深いところにある、ものに臨むときの生硬さ、気負いがあるのでしょう。 映画を「鑑賞する」という。テキトー日本語学習者の目からみると、これも「ど、どーしたんだ」と、ちょっと上半身を引く体勢になりそうな言葉で、映画を「鑑賞」という感覚は、日本語が判れば判るようになるほど、違和のある、判らない感覚と感じる。 ご趣味は? AV映画の鑑賞ですけど、というような会話を思い浮かべてしまう。 まあ、ワイルドなご趣味でけっこうですわね。 それで流派は、どちらの? 日本ですか? それともアメリカ? 最近はpornhubのようなお下品なものが出来て、まったく嫌ですねえ。 外国人は、つくづく、陰翳のある、もののあはれがわからない。 「鑑賞」されては、くすぐったい映画はたくさんあるとおもうが、それでも映画は「鑑賞する」ものだと日本語教科書が教えているのは、実際に頻用されるからで、 この表現が陳腐化をまぬがれて生命を保っているのも、やはり、その背景には日本人の気持ちのどこかに映画を観てなにごとかを学ぼうという制服を着て畏まった気持ちがあるからなのに違いない。 別に悪くはないし、第一、たとえヘンテコだと感じても外国語にめくじらを立てるつもりもなくて、そんなヒマがあれば「めくじら」は目のどの部分にあたるのかを辞書で調べたほうが教養の増進に役立つと思われて、目のヘンなところがおったってしまうと剣呑なことになるのではないかと考えたりもして、思考材料としても有益だが、その生硬さが、日本文明のなにかの部分の本質につながっているような気が、いつもしている。 答えはないのか、って? 答えはないんです。 ずっと読んでくれている人はみんな知っているが、このブログは疑問が出てから、波頭のあいだに「?」が沈んで、数ヶ月を経て、海面に浮上して、また潜航して、 あーでもない、こーでもない、何年もたって、やっと暫定的な解答らしきものがあらわれる息の長さで、なにしろ「ビンボ生活サバイバルその1」が出て、おお、常には非ず面白いのでは、とおもって待っていると、その2は四年後だったりする。 名曲「やぎさん郵便」よりも、ひねもすのたりのたりのたりなブログなので、聴けばガチャポンにご託宣がおりるオラクルのようなわけにはいかないのです。 第一、 アポロンの神殿の祭壇の石の体積を2倍にするのは無理だったではないか。 2 Batu Ferringhiという浜辺のリゾート地で、ホテルのてっぺんのテラスから、夕陽を背景にパラグライディングするニカブ姿の女のひとたちを眺めて数日を過ごしていたらスティーブ・バノンがホワイトハウスをおんだされたというニュースが流れてきた。 近来にない良いニュースで、これでやっと人間に、というよりももっと特定して述べると白いひとびとに、自分たちの思想と哲学を再検討して、マニンゲンになる時間の余裕が出来た。 前に書いたがバノンなる人は、報道されているよりも実像はもっと怖い人で、述べ続けてきたことを追ってきたほうからいうと、簡単にいえば思想家です。 ビンボな家で、暴力おやじにぶちのめされながら育ったバノンは、やがて憎悪をエネルギーに変える、というお決まりと言えばお決まりのパターンで自分を鍛えてゆく。憎悪を核エネルギーのごとく反応させると巨大な力がわくが、一方では、憎悪の言葉が自分の脳髄を不可避的に支配することのほうは、この手のひとたちのご多分にもれず気が付かなかったようで、誰がみても、ホワイトハウスのなかに入り込めば実現可能なプランであるところが怖かった。 もう何度も書いたので、ここでは繰り返さないが、ひとことでいえば世界の最終破滅戦争を起こして、その核の巨大な破壊の炎のなかから「覚醒した白人種」が立ち上がって再び世界を支配する、という戸塚ヨッットスクール思想で、なんてふざけてはいけないが、コンジョナシが主な欠点な白人文化に喝をいれちゃろうという怖い思想で、トランプなどはどうでもよいくらい怖いおっちゃんだった。 そのバノンがホワイトハウスを出たので、手に入るいちばん良いシャンパンを持ってきてもらって、モニとふたりでお祝いしました。 まるでヴィイに出てくる地の霊のようになんでもよく見える哲人どんが述べていたように、日本に北朝鮮の核ミサイルが飛んでくる可能性は変わらないが、というよりも、北朝鮮が核のナイフを日本の喉首に突きつけたかっこうなのを是認してアメリカが自分の外交的全面敗北を認めて譲歩するか、金正恩が大好きな日本料理を食べ過ぎて頓死するかしなければ、いまのままいけば外交論理的にのべて遅かれ早かれ飛んでくるに決まっているが、世界規模にならない以上、日本の人にしても逃げるところもあれば、第一、北朝鮮の核は向こう20年がとこはキロトン級なので国土が廃墟になり、汚染されても、ま、福島第一事故みたいなもんだからということにして、なんとか被害をまぬがれた地方に住み続けることも出来るかもしれない。 … Continue reading

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マレーシア

マレーシアは中東のイスラム・ペルシャ世界とアジアの文明が浸潤しあっている、おもしろい国だとおもう。 ニカブ姿(頭から黒い布で踝まですっぽり覆って、でもよく見るとおなじ黒の色で一面に美しい刺繍が施されている!)の女の人達が、たくさん歩いていて、めいめい、グッチやシャネルの紙袋をさげて、楽しそうに笑い合いながら午後を楽しんでいる。 くだらないことで喜ぶ、と言われそうだけど、昨日はニカブの女の人に道を訊かれたんだよ! 残念なことに、知らないビルだったけど、知っていたら、ニカブのひとの手をひいいて一緒に歩いて案内していたのではなかろーか。 知ってるかい? ニカブの女のひとたち、食事のときは顔の布を外して食べるの。 あのyoutubeでバイラルになった、ローマの広場のベンチで手づかみのスパゲッティを高くもちあげて顔の布の隙間から食べている、優雅とはいいかねる動画の印象とはまるで異なって、ナイフもフォークも使い方が堂にいって、とても上品なんだよ。 もちろんニュージーランドにもニカブ姿の女の人は、たくさんいるけど、なんだか緊張して、交差点に立っている姿が暗然としていて、アラブの女の人は抑圧されているからだろーか、と思っていたが、こっちがバカタレなだけで、リラックスしたニカブ人たちは、快活で、品がよくて、あたりまえだと言われてしまうだろうけど、きみやぼくと変わりがない、普通の人達だった。 あのニカブ姿のままでパラグライダーをやるんだよ! それもひとりやふたりでなくて、人気があるらしくて、何人も行列しているの。 黒い裾をひるがえして、沈みかけた太陽にさしかかる姿が映画のETみたいで、無知なわしとしては、超現実的な、幻想的な光景に見えました。 ジョージタウンは、おいしい店は全部屋台で、冷房も何もない露天にあるという意地悪な町で、すっかり夏バテになったモニとぼくは、バトゥ・フェリンギの、着いてみるとなんだか途方もない数の日本人がいるホテルに行った。 テラスにいると海風が気持ちがいいホテルで、ルームサービスで三食を摂って、あんなひとにいえないことや、こんないけないことばかりしていました。 やっと機嫌がよくなって、落ち着いて町を眺められるようになると、供給過剰なコンドミニアムや点が面に拡大していけない都市化経済が目に付いて、どうやら、たくさん解決が難しい問題があるようでした。 日本人であるきみには、よいニュースもある。 マレーシアは日本のプレゼンスが、ぶっくらこくくらいおおきいんだよ。 クアラルンプールには、例の超高層なツインタワー(といっても本当は3つのビルで出来ているそうだけど)の足下のモールからパビリオンという新しいモールまで歩いて行ける冷房がある遊歩道があって、暑さにコンジョナシのぼくは、夜になるとこの遊歩道を行ったり来たりして過ごしていたんだけど、一風堂があって、バリウマがあって山頭火があるラーメン屋をはじめとして、CoCo壱番屋があって、北海道なんちゃらチーズケーキがあって、コールドストアレジという普通なスーパーの棚から油断して商品を買うと、説明もなにも日本語の商品をそのまま買うことになったりする。 シンガポールみたいに伊勢丹デパートメントストアがあって、伊勢丹の制服を着た書き割りの女の人がエスカレーターの脇でお辞儀して立っていて、モニが「なつかしいね」と笑っていました。 おおきなスーパーマーケットには、どこも日本コーナーがあって、アメリカでいえばミツワみたいというか、イオンみたい、おお、そういえばペナンのクイーンズベイという新興住宅地にはイオンそのものがあって、軽井沢から佐久や上田のイオンによく出かけていたモニとぼくは、顔を見合わせて「日本にいるみたいだね」とにっこりしてしまった。 マレーシアに来てから、もう5週間か6週間になるのではないかとおもうけど、なにしろモニとぼくには気候が暑すぎるので、毎年、ニュージーランドの冬に来て遊ぶのは無理じゃないかなあーと、昨日もモニとふたりでカクテルを飲みながら話していたところ。 アメリカが、あんなふうになってしまって、このあいだトランプが選ばれた直後にカリフォルニアに行ったときに、やっぱりそれはそうだろうな、とおもったとおり、普段の生活には影がさしていなくて、誰が大統領でも変わりゃしないんだけど、ひとつだけ面白かったのは、いつもなら当然政治の話を口にするべきひとたちまで、まるでトランプという名の大統領などいないかのような素振りで、誰も話をしたがらなくて、無視する形で、影がさしているのだといえなくもない。 それでも遠くのオーストラレイジアから見ていると、到底正気の国には見えなくて、アメリカ人のオカネモチ友達からは年中家を買うための問い合わせが来ていたりして、どうにもアメリカまで遙々、寝心地の悪い飛行機のベッドに揺られてまで行く気が起こらない。 欧州も、なにごとによらず終始楽観的なかーちゃんやとーちゃんと話しても、あんまり芳しい話はなくて、あれほどもういいかげんに帰ってこいと言っていたのに、この頃は、ニュージーランドに根拠をおいたまま長旅を我慢してあちこち行くのもいいかもしれない、なんて言うんだよ。 マレーシアには地震がない。 地面が揺れない社会らしくて、ひとびとは落ち着いて、のんびりしていて、「まじめなのにのんびりしているって、いいなあ」と思ったりしています。 これは面白いなと考えたことのひとつに、スーパーマーケットの店員が、自分の裁量で、お釣りをおまけしてくれたりするということがある。 些細なことだけど、よく考えると、おそるべきことで、文化の違いが、こんなに強烈にビジネスにあらわれている例は珍しいと思いました。 テキサスでは$5ランチの店のChili’sが、ここではやや高級なレストランで、普通のマレーシア人にとってはフトコロが痛いけど、窓外に公園の噴水を見ながらデートするためには出費もやむをえないとまなじりを決したおにーさんがチャドルの女の子を誘ってやってきたりするのだけど、ファヒータを頼んだら、ここでも店員の裁量で色々なものをタダで持ってきてくれる。 日本だって、そういうのあるよ、というだろうけど、上手く言えないけど、ちょっと違っていて、ここでも「店員の裁量がおおきい感じ」がはっきりしている。 残念なことに、ぼくの観察では、よほどの市場のタイミングと運に恵まれないと、マレーシアが目論見どおりシンガポールに取って代わるのは難しいだろう。 アジアのイスラム金融の拠点になるかどうかが鍵だが、いまのところは、ちょっと難しいんじゃないかなあーという冴えない感想でした。 きみらしく、マレーシアに住むと、日本軍の残虐行為のせいで嫌なおもいをするのではないかと心配していたけど、多分、安倍政権がみせた居直りのせいで、残虐行為を歴史の靄のなかから顕在化させて、はっきり可視化させようという動きは、特に若い世代にあって、日本軍の苛酷というのも愚かしいくらいの、どう考えても不必要にすら思われる残虐な行為の数々を生き延びた老人たちにインタビューして、動画に残したりしているけど、アジアの人の生来の善良さなのか、日本人だから憎む、というようなことがあるとは思えません。 普通に応対していれば普通に応対が返ってきて、モニとぼくは、「テリマカシー!」だけは、絶対に気を逃さず、隙があれば言うんだけど、マレーシアの人の反応は、なぜか、まず吹きだして、大笑い(←外国人に言われるとなんとなく照れくさいらしい。日本の人の「笑い」に似ている)してから「サマサマ−」という。 そういう調子で、日本の人に対してもおなじじゃないかなあ、と想像します。 さっきアメリカ人ともだちに「おい、ここは一風堂のラーメンが世界一安いんだぞ」と書いて、くやしがらせようと画策していたんだけど、円に価格を翻訳しようとすると一杯が27リンギで、ということは9NZDで、ということは700円くらいのはずで、2500円だかで、その上に2割のチップを払うマンハッタンの一風堂に較べると、四分の一以下の値段だということになる。 だいたいなんでもかんでも日本やニュージーランドの四分の一から五分の一で、マレーシアのひとは安い安いと言われるとふて腐れてしまうだろうけど、でも日本人にとっては、物価の面でも暮らしやすいのは事実ではなかろうか。 MM2Hビザも取りやすいそうだし、年金制度が盛大に轟沈することが予想されて、こちらは比較的には健全だったのに、無理矢理連結しているせいで、一緒に心中でご臨終になりそうな保険制度を抱える日本で、あんまりオカネもないんだけど、ということでも、なんとかなりそうな老後は、案外、この国にあるのかもしれません。 ほら、マレーシア政府からAOLのおっちゃんが買い取ったエアアジアもあるでしょう? ツイッタで誰かに聞かれたので見たら、羽田⇆クアラルンプールの安い航空券は往復369リンギ、日本円で1万円だった。 アコモデーションは世界一チェーンのホテルが世界一安いのだというから、偵察に来てみるのにいいかもよ。 … Continue reading

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