猫の幸福

カウチで、どべっと寝転がって顔を背もたれの気持ちのよい表面ですりすりしていたら、
「ガメは、つくづく猫だな」とモニさんが、いっそ、しみじみした口調で述べている。
体長が2mを越える猫って、それは誇りも高い虎かライオンなのでわ、とおもうが、それを口にして大笑いされると自分の気持ちが傷つきそうなので、ぐっとこらえている。

灼熱のマレーシアから帰ってくると、ニュージーランドは、わし最適温度とでもいうべき11〜12℃で、なんだかニコニコしていて、ゴロゴロして、猫だと言われてなくても、喉をならして、みゃあみゃあ鳴きたいような気持ちになります。

近所のパブに行ってステーキを食べる。家族連れが多いパブで、腕のいいシェフがいて、食べ物はなんでもおいしいが、特にアイフィレステーキがおいしいので、よくここにやってくる。
欠点は、いつも賑やかなことで、わしは平気だが、モニさんは大きな声をだすのが苦手なので、話がしにくそうです。

「大きい声を出す練習をすれば?」
「どうやるの?」
「のどの深いところから声をだせばいいんですよ」

モニさんが、やってみると、なんだかおとなの男の声をマネしようとしている子供のようになって、鼻の下に付けひげをつけた少女のような印象の声になってしまう。

ウエイトレスがやってきて、アイフィレの焼き方はどうするか、聞く。
このパブではミディアムレアがちょうどいい。
ピンクで、血が滴らないくらいの、ミディアム。

付け合わせは何にしますか?
「チップスとコールスロー」
「わたしはシーザーサラダとマッシュドポテトにしてください」
ソースは?
「ペッパーコーン」
「わたしもペッパーコーン」
バロッサバレーのシラズを頼んで、シメシメ、今日は楽しい夜になりそうだ、と考える。

ステーキが来ると、モニさんが、「シーザーズサラダって、コールスローのつもりで言ったんだけど、まあ、いいか」とひとりごちている。
モニさんは、頭のなかで、言葉が不思議に変換されて、イメージと言葉が一致しないことがあるので、聴いていても別に驚きはしません。

ソースがマッシュルームソースなので、ウエイトレスに合図をして来てもらうと、
「ペッパーコーンソースと聞くとマッシュルームソースと書いてしまうのは、どういうことなのだろう?」と首を傾げている。
モニさんは、なんだかニコニコしてウエイトレスを見上げている。
もしかしたら前世では姉妹だったのではなかろうか。
そう思って、見直すと、すらりと背が高くて、整った顔の、美しい女の人です。

ニュージーランドに帰ってきたなあ、と思う。
三ヶ月くらいヨーロッパに出かけていても、以前はこんなふうに思わなかったので、マレーシアが熱帯のアジアの国でニュージーランドとは違いすぎる国だからか、それとも、モニもわしも歳をとったのか。

パブで、隣の人がでっかいスペアリブを食べているので、「ずいぶん大きいね」と軽口を利いたり、モニはモニで、やはり隣のテーブルの女の人と久しぶりに見たミルクシェークについて冗談を述べあっている。

日本はゼロトラレンスなのでパブでワインを飲んで運転して帰るというわけにはいかなかったが、ニュージーランドは出来ないことは法律にしないので、二杯くらいまでならワインが飲めるように法律をつくってあります。

外に出ると、そよ風がふいて気持ちがいいので、クルマを置いて、少し散歩する。
まわりの家を眺めながら、ヘンなデザインの家だね、
あの家の玄関はカッコイイな、と言って、ふたりで無責任な論評をする。
なんだか、とても幸せで、人間なんて、この程度の幸せがときどきあれば、十分生きてきた価値があると思えるものなのかも、と妙なことを考えます。

ほら、あそこ、とモニが述べている。
小さく指さしたほうをみると、舗道で、70代くらいの男の人と女の人が、立ち止まって、抱き合ってキスをしている。
よくある光景、と言えば、それだけのことだけど。

若い時から、ずっと一緒に苦労を共にしてきた夫婦なのか、一生の終わりになって再婚した同士なのか、そんなことは知らないし、もちろん、どうでもいいことです。

人間が人間であって、出来ればわがままに暮らして、夕暮れ、一緒に歩いていける程度には健康で、話しているうちに愛情がこみあげてきて、立ち止まって、抱擁して、唇を合わせている。

眺めていると、人間には、要するにそれ以上のことなどは何もなくて、富貴も、地位も、おまけというか、余計なことで、こうやって、モニさんとふたりで、あと何十年いられるか判らないけど、ふたりでいたい、と突然、思い詰めるような気持ちになってしまった。

ガメ、シャツにステーキソースが付いてるぞ、とモニさんが言うので我に返った。

でも、見ると、モニさんの、女神みたいと形容したくなる、あのやさしい顔で、微笑んでいて、どうやら、わしが何を考えていたか、すっかり知っているようでした。

毎日毎日が過ぎて、もっと若い時なら、平穏すぎて退屈だと思ったに違いないが、
いまは平穏に退屈を感じるのは、要するに自分の頭のなかの文明が未成熟だったからだと判っている。

そうして、それが判るようになったのは、モニさんと出会ったからだった。
ひとの運命なんて、たったひとつの邂逅に一生が依存している。

モニ、大好き。
わしは、なんて幸せな猫なのだろう。

Meow!

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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One Response to 猫の幸福

  1. テツ says:

    ぶらぁぼ!

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