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時間という価値

ミラ・クニスやキャメロン・ディアスはオンラインゲームが大好きなので有名で、二人とも、ゲームに熱中するあまり撮影の仕事をすっぽかした前科を持っている。 ふたりともWOW(World of Warcraft)のファンで、起きると、そのままコンピュータの前に座って、用事がなければ、またベッドに戻って眠るまでずっとミッションをこなしたり、モンスターを殺しまくったりして、一日中、快哉を叫んで暮らしていたもののよーです。 ふたりの時間あたりの労働単価を考えると、とんでもない高価な遊びだが、もちろん、ふたりとも意に介さなくて、最近になって、セラピストの治療をうけて、我慢出来るようになるまでは、まったく無軌道に筋骨隆々の蛮族になりすまして、血しぶきの雨のなかを颯爽と駆け抜けることに人生の意義を見いだしていた。 インタビューを聴いていると、ふたりとも、オカネを湯水のように使うことに飽きて、時間を湯水のように使うことの恍惚に身を委ねていた、という趣があります。 時間が最も高価な、人間の一生で価値のあるものだ、という考えは、21世紀においては特に強い意味を持つようになった。 勤め人の身分では、無論、そんなことは許されないが、ボス同士ともなると、相手からemailが来ているのにシカト、などはふつーのことになって、20世紀の人が聴いたらショック死しそうな非礼だが、「用事がなければ返事もしない」というのは、予想に違わず嫌なやつから、だんだん社会に浸潤して、最近では自分の友達でも、かなり悪い習慣が身についてしまった人が多い。 仕事での音声による電話は、なおさら少なくなって、電話がかかってきても、ちらと名前を見て、出ない人が殆どではないだろうか。 「まともな人間はテキストで要件を伝えてくる」という頭があるので、テキストはもれなく読んでいても音声のほうはまずほったらかしにしてある。 「電話なんかで、いちいち話をされては仕事の時間だけで半日が埋まってしまう」という社会的なコンセンサスが出来ているので、出なかったからといって、お咎めがあることはありません。 まったく音声で話をしないかというと、そんなことはなくて、例えば恋人からの電話は出る。 忙しい午後に、のおんびり話をします。 通りを歩いていると、地下鉄の出口で、あるいはベンチに腰掛けて、世にも嬉しそうな顔で、笑い声をあげたりしているのは、あれは、もちろん夫や妻や、ボーイフレンドやガールフレンドと話をしているからで、あけすけに幸福なので、見ているほうも、なんとなく楽しくなってくる。 昨日、またぞろ、例のかつては大繁栄をしていたが、いまは、ひとり去り、ふたり去って、すっかり寂しい数の集団になりはてたらしい、はてなのトロルおじさんがひさしぶりに鬱陶しい姿を現して、タイムラインで、ひとしきり話題になった。 なんだか言うことも、やりかたも、彼らが工夫に工夫を重ねて、過去には百戦百勝であったらしい、いま振り返るとマンガ的に姑息な「戦術」も、十年という月日のなかで色あせて、同じことの繰り返しなので、飽きられて、「見慣れた光景」になってしまったので、タイムラインでも盛り上がりを欠いて、すぐに話題としての生命が終わってしまったが、話をしながら、また、あの同じ疑問、「なぜ、このおっさんたちは、他人を不愉快にするためだけの行為を他人に嫌悪忌避されながらでも何年経っても倦まずに続けられるのだろう?」と考えた。 自分の体験で言うと、いまだにからみつく、おっさんトロルたちが、なんだか一斉攻撃みたいなことを始めてから8年弱たっていて、英語社会でなら完全な偏執性の狂人だが、日本語社会では、割とふつーであるらしい。 こちらから見ると、どう見てもありあまる悪意の余り発狂したとしか思えない人達が、日本社会では受けいれられているのはなぜだろう、と考える。 英語でもトロルは、ネット世界に遍く存在して、グヒヒヒと陰に籠もって笑いながら、ネチネチ絡みつく人間はいっぱいいるが、英語人の飽きっぽさが禍いして、一週間以上おなじ人間に絡みつくしつこさはない。 少なくとも、目撃したことがない。 日本語社会では、8年どころか十年選手もたくさんいて、あちこちで絡みついて、原動力は、われらの賢者、哲人どん @chikurin_8th が述べるとおり嫉妬なのかもしれないが、それにしても、当たり前だが8年10年と経つあいだには、こちらはみな生活がどんどん変化したり伸展したりして、ミナは遂に念願をかなえて、サウスオーストラリアのアデレードに帽子デザイナーとして移住することになり、だいすけさん @cienowa_otto はおとーさんとして子供と一緒に成長し、と、どんどん変わり、あるいは積み重ねているのに、顕著な対照として、トロル側は、どうも、生活自体にまったく変化がないらしい。 トロル専業、他者糾弾専業のような趣です。 そーかそーか、待てよ、もしかしたら、そーかも知れないね、と思って、ブロックしてあるアカウントをもの好きにも覘いてみると、ふつーのアカウントと、このトロル族の最も明らかな違いは、発言している人の背後にあるはずの生活がまったく感じられないことで、よく考えてみると、これは、たいへん面白いことです。 「結局、警察に電話してもらいました」というような報告は、emailやダイレクトメールでも、よく来る。 トロルは、シャブ中やアル中やなんかと同じ依存症なので、やっているうちに止められなくなって、だんだん過度な刺激を求めて、語彙もますますoffensiveになって、遅かれ早かれ自分の生活を破壊するところまで行きつく。 これは、ちょっと危ないかなあーと思っても、自制が利かなくなるもののよーです。 「そういうことは、したくなかったんだけど、職場の庶務課にまで電話してくるようになると、先生、なにかこういう人たちと関わりがあるんですか?とまで言われるようになって、仕方がなかったんですよ」と、言い訳している。 それでも止められなくて、逮捕される人もいる。 他人を不愉快にさせたい一心で前科者になるなどは、たいへん日本的だと思うが、本人は、案外、本望なのかも知れません。 なんだか、家を売って、砂漠のトレーラーハウスに住み込んで、朝から晩までポーキーズ(スロットマシン)に入れ込んで、文無しになって、人生まるごと破滅して、せいせいした顔で自殺するラスベガスのギャンブラーに似ていないこともない。 依存症、中毒というのは、行きつくところまで行きつく、破滅願望が、その正体だからでしょう。 このトロル依存症が日本社会で特に蔓延しているのは、と言っても誤解されるといけないので、念の為に述べておくと、例えばニュージーランドでも、オンラインのいじめは深刻な社会問題で、どうやって防止するか、年中話しあわれているが、面白い違いがあって、英語社会のトロルは自分が間違っていて悪いことをしているのを知っているが、日本語のトロルのほうは、往々にしてリベラル知識人を自称していたりもして、自分のほうが正義に立っていると錯覚している、重大な違いがある。 自分こそが正義だと、外からみる人にとっては、とんでもないとしか言いようがない思い込みに立っているからトロル行為に十年も打ち込めるので、そこのきみ、笑ってはいけません、あれで、自分では信念に燃えて持続的に正義の戦いを戦っているくらいに思っているのよ。 言っててもアホらしくもあり、信じがたいが、どうやら、そう思う以外には説明がつかない。 ことがここに至る理由は、日本語社会では生活が安くて、時間は安物の、というより殆ど価値のないものとして流れている、ということなのでしょう。 普通の人間は、他人を不愉快にするためにわざわざ時間を使ったりしないのは、自分の手持ちの時間の価値を知っているからで、ミラ・クニスのように、それが夕陽を浴びた草原での蛮族との一騎打ちであっても、他人を不愉快にするために時間を使うような惨めなことをやらないのは、やればやるほど自分が惨めになってくるからで、日本語では、どうも、そう思わないらしいところを見ると、結論はひとつだけで、そもそも自分の時間に価値を認めていなくて、その価値の裏付けになる生活が自分の一生から欠落しているという結論以外は出てこない。 実際にも、いちど、トロルおじさんたちの現実の生活を見てみたことがあるが、まさか名前は書かないが、 東大理科三類(←医学部進学課程ですのい)に合格して有頂天になったものの、それがほんとに頂点で、気の毒なことに本人の資質には向かない研究者を志して、論文も書けずに、そのまま日本の社会がかつての秀才に憐憫してお情けでつくってあげたようなポジションで給料をもらって悶々と暮らしている人や、自己の研究実績としての論文リストを開いて見ると、「研究論文」の提出先がほとんど「週刊金曜日」という雑誌である不思議な「学者」、あるいは会社にこきつかわれて、日本社会の仕組みそのものに踏みつけにされているような過剰な労働で生活もなにも、生きてオカネを稼ぐのがやっとの人、というような面々で、それ以来、気の毒で、書いてあることを見るのも彼らが考えているのとは別の意味で苦痛になっていった。 そう思って注意してみると、「まともな学者ならば、こんなことは言わない」というような文言があちこちにあって、なんだか、見ていて傷ましいような気持ちになります。 ここで大事なことは、彼らが首尾良く、例えば研究者の道を歩いていたとしても、自分自身の考え方が災いして「生活」は実は生じなかったのではないかということで、その原因は、いつかまた違う機会に拠りたいが、多分、子供のときからの「効率主義」や「時間をつかいつくす」毎日の姿にあるでしょう。 … Continue reading

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