八勺徳利とミサイル

マンハッタンの、特にヴィレッジの辺りを歩いていると、いまではもう錆び付いた核シェルターのサインが、あちこちに残っている。
いつロシアのミサイルが飛んでくるか判らなかった時代の名残で、アメリカ人たちの、巨大なダモクレスの剣の下で暮らすような生活は、1991年のソビエト連邦崩壊まで続きました。

冷戦が続いているあいだも、キューバ危機が終わったあとでは、一般の人間は、アメリカ=ロシア間のホットラインに始まった偶発全面核戦争を防ぐさまざまな仕組みを聞かされて、信じている人も多かったが、あとで明らかになった現実の歴史は、1983年の、公表されなかった「人類を救った英雄」スタニスラフ・ペトロフの事件ひとつをとっても、いままで核戦争が起きなかったのは、どちらかといえばただの僥倖で、特に人類の叡知が増大して核戦争防止の知恵が備わったわけではないことを教えている。

ニュースを落ち着いて読めばわかるとおり、なんだか軍人ばかり増えて中南米のクーデター政権みたいだ、と揶揄されているホワイトハウスのなかで、軽佻なトランプを横目で見ながら、なんとか北朝鮮との戦争を避けようとしている「避戦派」の人々の目標は、同盟国である日本人の視点からいうと、
「北朝鮮の核ミサイル攻撃能力を日本対象に限定させる」ということです。
アメリカが北朝鮮の予想外のミサイル/核技術の進捗にぶったまげて、情報を世界中からかき集めて、ようやく確信に到達した現実は、1 北朝鮮の長距離核ミサイル技術はブラフではなくて実用化に限りなく近い 2 固体燃料ロケットの中距離核ミサイルは、少なくとも姿勢制御技術の精度が甘くてもすむロフテッド軌道によればすでに実用化されている 3 グアム以遠の標的を狙う基礎技術は確立されているが、こちらはまだいくつかの問題、特に大気圏再突入時の姿勢制御の問題が解決されていない
、であるらしい、ということで、簡単に言えば「韓国と日本の二同盟国を灰燼に帰することは出来るがアメリカ本土/領土は、まだ安全である」ということでしょう。

従って、ホワイトハウスの選択はふたつで、「核攻撃が日本に対してまでしか行えないいまの段階で、譲歩して、北朝鮮の生存権を認めて核ミサイルプロジェクトを凍結させる」か、「核攻撃が日本に対してまでしか行えないいまの段階で北朝鮮の軍事能力を破壊する。つまり戦争を始めて早期に北朝鮮を国家として壊滅させる」のどちらかに定まったことになる。

この場合、面白いのは、といって、面白がってはいけないが、興味深いのは、北朝鮮という国が核攻撃に特化した軍事力の国で、アメリカのB1の接近に気が付かなかった防空の失態を恥じて、ミグ21を東海岸に移動させたというが、訓練の燃料代にも事欠く国の貧しさに加えて、通常兵器が骨董品と呼びたくなるような時代物ばかりで、役に立たないので、少しでも事情を知っている人間にとっては北朝鮮の場合に限っては「戦争=核戦争」であることが判っている。
ゆいいつの例外が、北朝鮮から見て、ちょうど東京から鎌倉くらいの距離にあるソウルを壊滅させることに特化してデザインされた榴弾砲群やロケット砲群で、大時代な兵器だとおもうかも知れないが、長崎に落とされた原爆が与えた被害をみればわかるとおり、実はソウルのような都市の攻撃には、この通常兵器群のほうが決定的な効果がある。
もうひとつ、ビンボなので、使えるものは使わないと戦争にならない、ということもあります。
ニュースのなかで、口にだしてはっきりそうとは言わないが、アメリカが韓国への核攻撃を実際には想定しておらず、核攻撃の標的になるのは、いまのところは日本だけだと想定しているのは、つまり、そういう理由によっている。

日本語での議論を眺めていると、混同されているらしいので、念のために書いておくと、北朝鮮は日本を恐るべき・憎むべき敵と考えて、日本を攻撃しようとしているのだと考えている、あるいは、考えているふりをしている論者がたくさんいるが、北朝鮮は固より「敵はアメリカだけ」と決めていて、金正恩は最近、側近というよりも仲良しクラブじみた同世代の取り巻きの人々に「おれはワシントンDCに一発核爆弾を打ち込めれば、それで国ごと亡びてもよい」と述べたそうだけれども、あくまで敵はアメリカで、その仇敵にまでは核ミサイルの腕が届かないので、技術的に可能な日本を攻撃するプランになっているにすぎない。

往来で出くわした力士たちとの喧嘩で、後方に控えるご本尊とやりあうのは無理なので、露払いの太刀持ちで、目の前にいる可愛くないガキをぶん殴ってやる、という理屈と本質的にそう変わらない理屈で、基地攻撃を口実にして、手が届くアメリカの領地である日本を攻撃しようとしている、ということです。
つまり、北朝鮮にとっては日本は独立した主権を持った国ではなくて、単なるアメリカ軍が設営した「陣地」なので、この列島の形をした前方基地を、ゆいいつ効果が期待できる手持ち兵器である中距離核ミサイルで、徹底的に叩く、というふうに見えている。

以前は、中枢である東京が核攻撃の脅し文句に入っていなかったのに、最近は入っているのは、具体的な攻撃プランが検討されて出来上がっている証拠で、仮に日本に住んでいるとすれば、なんとなく、考える度に、空をみあげたくなるような雲行きであるとおもう。
北朝鮮が核プログラムを凍結して、そのままおとなしくしていると考える人は誰もいないので、つまり日本は国として人質に差し出されるのと同じことで、戦争が避けられても、避けられなくても、どっちみち核ミサイルの飛来に怯えて暮らさなければならないのは同じ、という、なんとも表現できない、行き場のない袋小路に日本は迷い込んで、もがいている。

もっかの日本人にとっての微かな希望は、北朝鮮と中国の関係が急速に悪くなっていることで、北朝鮮は戦争になった場合の出口のドアを開けてくれる国をロシアに変更しようとしているが、政治関係が変化すれば、そこにはおもわぬドアが開く可能性があって、多分、そのくらいにしか日本の希望はないのだと思われる。
中国との関係が悪化すれば、ゴルバチョフ時代のソ連とおなじで、ミサイルを飛ばそうにも、制御するための電気代も、軍事車両を動かすためのガソリン代も出ない、というような状況に陥る可能性があって、気が付いてみれば頼みの綱の核戦争を実行するオカネと物資すらなくなっている可能性が日に日に大きくなっていて、そこに期待するくらいが、寝付けない夜をなんとか眠る考えであるのかもしれません。

「世界が尊敬する日本」「世界中が憧れる日本」と日本を挙げて、浮かれて、ベストセラーの半分くらいが「日本人すごい」本で、大騒ぎしていた頃は実際にはシカゴの町で、美術館でぼんやり腰掛けていたら近くに立っていて、話しかけてきたアフリカンアメリカンのおばちゃんが、日本に興味がある人で、東京にいたことがあるんだよ、と言ったら、「日本人は、どうして、あんなに自転車が好きなのだろう?」と述べるので、「SPECIALIZED とか人気があんだよね。割と価格が低いレンジのほうが多いけど」と言ったら、きょとんとした顔で、「あの重そうなダッサい自転車がSPECIALIZED製なのか?」と聞き返されて、なんだか話が行き違っているので、よく聞いてみると、おばちゃんは道いっぱいに広がった自転車の群れの、60年代の北京の通勤風景を東京だと思っていた、ということがあったくらい、都会の一部の人をのぞいては、日本について関心がある人は少なくて、日本人が仮構の「世界」でスポットライトを浴びる自分の姿を空想の世界でつくりあげてはしゃいでいるのに過ぎなかったが、アニメの力や、おそるべし、日本のことで段々知られてきて、日本人の生活のイメージも、理解されるようになってきた。

ラーメン二郎などは初心者が行ってみることを憧れる聖地で、もともとアメリカにいれば、顔が売れていて、あちこちでヒソヒソされるので、繁華街の交差点にぼんやり立っていても、誰も気づきもしない東京が好きになって、内緒で通い続けた結果、日本通になってしまった年季の入ったわし日本大好き友は浅草の大黒で天丼をたべて、神谷バーで電気ブランを飲みたい、などとスカイプで述べている。
築地の岡田でいかフライとかさ、東京のカルチャちゅうのは、なんというか、気がおけなくて、いろいろなものの距離が洗練されて、「間(ま)」がいいんだよ、という。
焼き鳥や鮨のカウンタひとつとっても、客と大将の距離が、ちょうどよくて、遠すぎず、近すぎず、これ以上工夫しようがないくらいの絶妙な距離で、ああいう芸当は、やはり江戸の歴史がある東京でないと無理なのではなかろーか、などと半分夢見心地の顔で思い出している。

それから、いつも判で捺したように、でも、あーあ、福島事故で、今度は北朝鮮の核攻撃だぜ、という。

いったい、日本人たちは、日常以外のなにが欲しかったのだろう?
ビンボでも、あんまり世界が尊敬してくれなくても、人目に立たない町の路地裏で、信じがたいことにシカゴ・モダンジャズカルテットがバックグラウンドにかかっている蕎麦屋で、「おばさん、カレー丼ひとつね!」
おお、あと、ビールもつけてよ。今日は、ぼく、いいことがあったんだ。

たったそれだけのことが出来る都会は、このクソッタレばかりの世界には、もういくつも残っていなくて、東京は、そういう人間が、ひっそり人間らしさを満喫できる、ほとんど最後の砦だった。

いつか、ほら、ふたりで川辺の料亭にでかけて、川面を眺めながら、のんびり酒をのんだことがあったよね。
ガメは、おれが日本酒の飲み方を教えてやる、と、エラソーなことを述べて、自分で盃を満たす奴があるか、手酌といって、そーゆーことは友達と一緒のときは、しないことになっているんだよ。
ダメダメダメ、まだ速すぎる。
酒を飲む速度は文明の速度で、酒の作法は、そのまんま文明の性格なのだから、もともとは稀代ののんびり文明だった日本文明に敬意をもたなくちゃダメじゃないか、と、教師染みて、お説教してたくせに、しばらくすると、自分が酔っ払って、眠ってしまった。
こら、ガメ、おまえはそれでも名門XXの息子か、人前で酔っ払って眠るなんて、なんちゅうとんでもないやつだ。

あのときにね、ぼくは、ああ、ガメは、日本の文明の、一種のだらしなさ、背筋がのびない弛緩したところが好きなんだなあ、と思った。
家の玄関を出ても、日本社会では、まだ家のなかで、どこまでも家で、他人が闊歩する空間が存在しない。

ガメは、きっと、自分が生まれて育った西洋というものに、うんざりしているのだな、と思ったよ。
だから、きみは、あんなにも日本に拘ったんだね。
「西洋ではないもの」が生き延びることを、強く願っていたのだと、そのとき、気が付いた。

核ミサイルは、ダイジョブ、ダイジョブじゃないと言い争っている日本人たちの上に、遅かれ早かれ、結局は飛んでくるに違いない。

福島事故とおなじことで、日本人が口でどんなに否定しても、核を凶器とする国の戦域に入ってしまったことは、日本の文明を、またしても根底から変質させてしまうだろう。

戦争は起きるだろうか?と聞いたら、ガメは、論理が示すことが起きるだけのことさ、と言っていたが、あれはやっぱり戦争は起きるという意味なのかい?

話しているうちに、ふたりとも、すっかりバーボンで酔っ払ってしまって、最後におぼえているきみの科白は、
もう、どうだっていいのさ、
だった。

ある日、多分、よく晴れた午後に、ぼくは唐突に死ぬだろう。
ミサイルにはよらないだろうが、交通事故か、病気か、多分、口にするのも憚られるテキトーな理由で、きみもぼくも、なんだかあっけなく死んでしまうに違いない。
友達たちがやってきて、故人は生前はへらずぐちばかり叩いていて、議論好きで、まことにうるさかったが、いざ黙られてみると、無性に寂しい、とかなんとか弔辞を述べるだろう。
核ミサイルが飛んでくる可能性が増えたからといって、個人の側からみれば、無数にある、しょも無い死の原因が、またひとつ増えただけのことだと言えなくもない。

今度、夢のなかで、一緒にでかけて、昔のように、木挽町の裏通りの、あの、黒ずんだ木の壁の、おおきな暖簾がさがる店を訪問しよう。
八勺徳利の樽菊正宗で、鱒の照り焼きやだし巻きで、日本を堪能しよう。
きみと最後に出かけた夜の次の週に、ぽっくり死んでしまったあの店の大将がやってきて、カウンタの向こうから、身をのりだして、これ煮こごりだけど、食べてみますか、うまいですよ、
住んでみれば、
冥途もそんなに悪いところじゃない。
いつか、遊びに来てくださいよ。

そう言って、あの皺の形がいい笑顔で、にっこり笑いかけてくれるかも知れないね。
東京、なんとかして、生き延びてくれないかなあ。

あの店の、きみとでかけた、あの静かな、楽しい晩に戻る方法があるだろうか?

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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One Response to 八勺徳利とミサイル

  1. 小林らくしゅん慎一 says:

    ブログ記事、消してしまうかもと仰ってたので、気になって読ませてもらいました。
    涙が出そうになりました。
    核兵器への恐怖からでは無く、ガメさんの日本の文明と東京という街への愛に泣きそうになりました。
    こんなに愛してもらったのに、この国が戦争から逃れられない事が、悔しくて悲しくて仕方ないです。
    世界に尊敬せれなくて良い、無理して国際政治で活躍する必要も無い、皆で長閑に穏やかに生きていたい。
    ただそれだけの事が何故そんなに難しいのか?僕にはさっぱり解りません。
    出口の無いこの国に、突破口を作れるのは、この国の人民自身だけなのに。

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