Monthly Archives: December 2017

新年、おめでとう

今年も1年間、付き合ってくれてありがとう。 ぼくの日本語の先生は、ガメ、日本語ではね、お礼の言葉は、立ち止まって、唐突にふり返る人のように言うのが、いちばんカッコイイんだよ、と言っていたけど、あれは、日本語には限らないのではあるまいか。 大町のローソンから、折れて、友達の家へ向かうんだ。 もう10年も前のことだけどね。 鎌倉の駅で降りて、裏駅のわきの小さなコーヒー屋でコーヒーを飲んで、御成通を歩いて、左におりて、大町へは行くんだよ。 途中に和菓子屋さんがあってね。 波乗り饅頭というヘンな饅頭があるの。 ここの主人は、とてもいい人で、…と言っても、会ったのはぼくが子供のときにいちどきりだったけど、仕事の人ではないようなやりかたで、 折りをつくる手を休めて、「きみは、どこから来たの?」と言う。 なんとはなしにイギリスと言いたくなかったので、「うんと遠くから」と答えたら、しばらく天井をみるようにして考えていて、「うんと遠くから、って答えはとてもいいね」と言ってくれて、ぼくは、多分、あのときから、鎌倉という町が好きになったんだとおもう。 西脇順三郎先生が、戦時下、憤懣を噛み殺して歩きながら 「学問もやれず絵も描けず」と、大層芸術的な愚痴を述べたのは、あの道をずっとずっとまっすぐ行ったところにある切り通しで、むかしは浄明寺にあった親切な鮨屋のひとびとが、「ぼっちゃん、もう夜だから、あの切り通しを通って帰ってはいけませんよ」 「あそこは、怖い幽霊がでるからね」と述べて、でも、ぼくはローソンに寄っていかなくてはならないし、森が好きだし、なによりも外国人だから日本の幽霊はでないとおもう、と、いま考えてみるとあんまり論理的でない理由を述べたら、心配して、若い衆をつけてくれたのだった。 そうだよ。 ぼくは1年の最後の日で、昼間からお酒を飲んで、心が柔らかくなっているので、述べると、ぼくは日本という国が大好きだったんだよ。 多分、日本人であるきみよりも好きだったのではないかと思っています。 ぼくが初めて日本にやってきたときは、田舎ではまだ外国人の子供は珍しかったのか、奈良の定食屋で、オムライスを頼んだら、給仕するおばあちゃんの手がガタガタ震えていたのをおぼえている。 90年代が目の前の日本で、そんなはずはない、といつか言われたけど、鎌倉や横浜では顔つきが日本人と違っていても、ふつうに扱ってくれたけど、田舎では、というよりも、東京やなんかではまだ「ガイジン」のアイデアは残っていて、あんまりここに書いてもしかたがないから書かないが、あとで笑い話になるようなことがたくさんあった。 カンザスのアメリカ人の女の人で、日本語が信じられないくらい上手な人がいて、弘明寺や横浜でときどき一緒に遊んでもらって、冗談がうまい、カッコイイ女の人だったが、あるとき、ほとんど涙ぐむようにして、 「ガメ、日本に住もうとおもったりしちゃダメだぞ。日本人は絶対に外国人を仲間とは認めない。絶対に、心を開いたりはしない。 日本に住むのだけは絶対にダメだぞ」と言う。 いつも咄嗟の反応がマヌケなぼくのことで、(多分、口を半開きにして)びっくりしてなんと言えばいいのか判らないまま、見る見る涙があふれてくるカンザス人のヴァイオレット色の目を見つめていた。 多分、ぼくは、こんなふうに言いたかったのではなかったか。 「ぼくはガイジンのままで、いいんです。 自分の母国でもガイジンでいたいくらい。 ぼくは、この世界が、あんまり好きではないのかも知れません。 友達は好きだけど」 原宿でおりて、ハンバーガーのウエンディーズに向かっていたのだとおもう。 表参道の坂をおりて、なんだか圧倒的な数の人の群れを見ていた。 土曜日だったのかも知れません。 隣を歩いていたのは誰だったかも、もうおぼえていないが、日本語や英語ではなくてフランス語で話していたのをおぼえている。 群衆は何のためにあるのか。 人間の生命は、どんな場合でも等価であると言えるか。 数とおおきさは生物の集団に対して予想外なほどのおおきさの影響を与えることが知られているが、それが人間に対してだけは適用されないのはなぜか。 早熟な、ませガキだったぼくは、隣の人とちょっと話さないで黙ったまま歩くと、ろくなことを考えない。 そうやって歩いていたら、突然、日本に対する「愛情のようなもの」が、噴きだすようにこみあげてきて、困った。 (閑話休題) ぼくはきみの国を再訪することはないだろう。 旅行自体に興味がなくなってきたし、それでも出かけようと決めている場所のリストには、故郷を別にして、サンセバスチャン、マルメ、ウィーン、トロントと決まっていて、生活圏といったほうが判りやすいメルボルンを別にしても、まだ出かけるならばプライオリティが高い町がたくさんあって、どう数えても、ストップオーバーならばともかく、きみの国の町を再訪する機会はないように思えます。 松江という町に行きたかった。 … Continue reading

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生活防衛講座その4_ビットコイン篇

1BTC(ビットコイン)が2万ドル(AUD)を超えた、というので大笑いしてしまった。 いまは調整が働いて、半分くらいになったようだが、それにしても誤解に誤解が重なって、ビットコインが投機の対象になった上に、普段は投機に狂わない人たちまで、家を売り、クルマを売り、奥さんや子供を売った話は聞かないが、そういう人までいそうなくらい、夢中になってビットコインに狂っていくようすは、いっそ古典的なバブル現象で、黒いチューリップか、あるいは南海の泡沫か、21世紀になっても、こういうことは起きるのだなあ、と感心してしまう。 ブロックチェーン理論に興味があったので、そこから派生したビットコインについて、日本語でも、2010年頃から、ツイッタやなんかでいろいろな人と話してきたのをおぼえている人もいるだろう。 ビットコインの側から興味を持ちだしたらしいセツ@seapolloさんから始まって、哲学者らしくブロックチェーン理論の側に興味を示して議論に加わった哲人どん@chikurin_8thまで、いろいろな人が集まって、マストドンやツイッタで、あーでもないこーでもない、と話しあうのは楽しいひとときだった。 買ってみないと判らないよね、というので、ぼくがビットコインを面白がって買ってみたときは、おおよそ1bitcoin=1US$で、暫くはコーヒー屋でコーヒーを飲んで、支払いのときにみるとビットコインのサインがあるので、 「もしかして、ビットコインで払えるとか?」 「ええ、払えますよ」 で、大喜びでウォレットを開いて払ったり、ビットコインで買い物が出来る機会があるたびに、興味津々で使ったりしていたが、そのうち、飽きてしまって、仕事のほうでは会計処理がめんどくさいこともあって使いそびれて、ブロックチェーン理論のオベンキョーは続行したものの、教材として買ったビットコインは、大半、というよりも殆ど、そのままほっぽらかしになってしまった。 それがバブルというものは、恐ろしいもので、例えば仮に1000ドル分、1000ビットコインをウォレットに入れっぱなしにして、飽きてしまって、そのうちに忘れてほっぽらかしていた人は、今年になって、ビットコインの大騒ぎが報道されて、ウォレットを開けてみると、2000万ドル弱、20億円ほどに換金できるのを発見したわけで、実際、英語世界では、むかし大好きだったボーイフレンドに言われて、2000ドル分買っていたのが、40億円になって、ぶっくらこいてしまった若いウエイトレスや、酔っ払って買ったのはいいが、本人によれば10億円を超える価値があるはずのビットコインの、コードが思い出せなくて、というか記録していなくて、目の前の大金が引き出せなくて輾転反側、身悶えする地獄の日々を送っている会社員、文字通り、悲喜こもごも、もっかバブルに踊る英語社会を、そのまま体現したような喜劇が繰り広げられている。 ビットコインは、もともと投機や、まして投資の対象として向いていないことは、チューリップの球根が投機に向いていないのとおなじことで、言うまでもない。 ところがバブル社会の心理はおもしろいもので、ひねくれた言い方をすれば、投資に向いていなければ向いていないほど、かつての欧州人がチューリップの球根に巨額の資金を注ぎ込んで破産していったように、ビットコインにも多額の資金が注ぎ込まれている。 https://en.wikipedia.org/wiki/Tulip_mania 投機対象としてのビットコインの笑い話じみた市場に触れたついでに、投機対象としてのビットコインそのものについて述べておくと、おおかたの投資会社の予測は、これから8000ドルくらいまで落ちていって、そのあたりで落ち着くだろう、というものです。 予測をしているのは投資会社であっても、このブログでは明瞭に区別しようとしているように投資(investment)と投機(speculation)というふたつの、ほとんど正反対の行動のうち、ビットコインの売り買いは、明らかというのもアホらしいほど明らかにspeculationで、おいおい説明していこうと思っているが、例え初っぱなに元カネが10万円で10億円稼いでもダメなものはダメで、投機は人間をおぼれさせてビンボにする。 もっとも、それではぼく自身が「ビットコインなんて泡沫の最たるもので、最後はチャラよ、1ビットコインが1ドルに戻るのよ」と思っているかというと、そんなことはなくて、多分、2年か、10年か、30年か、時間軸の遙か遠くを見る視線への漸近線では、10万ドルくらいのところで落ち着くと考えています。 だから、どうしても投機がやってみたくて、途中のハラハラドキドキ、ぐわああああ、いええええーいの感情のローラーコースターに耐えるコンジョがあれば、ずっと持っていれば、なんとかなるよーでもある。 ビットコインには違うオモロイ側面があって、miningが出来る。 なんのこっちゃ、と思う人は、悪いことは言わないから、これからオベンキョーしてみればよい。 他人が気張らしに書いたブログなんか読んでも、ほんとに面白いことは何もわかりません。 実務的なことについて、ブログ程度の長さと気楽さで書かれた文章は、入り口やヒントにはなっても、そこから何事かをちゃんと学ぶということは出来ないので、ああ、そういうことがあるのか、で自分でドアを開けてみないと、なあんにも始まらない。 PCゲーマーコミュニティの人間は、みなおぼえているはずで、ビットコインは登場した2009年には、「もしかしてゲーマーのパートタイムジョブとして最適でわ?」と、ゲーマーたちが色めき立って、ほんとはfpsが稼げるGPUを手に入れたいだけの本心を隠して、ぶわっか高いグラフィックカードを買う資金をおとーさまやおかーさま、あるいは、旦那や奥さんから調達するための口実にした。 やってみると2枚差しくらいでは遅くてどうにもならないので、結局は、物置にいっぱい余っている旧式PCパーツを動員して、専用コンピュータをつくる羽目になる。 miningにめっちゃくちゃな計算量が必要なせいで、マルティプルGPUで並列処理したほうが効率よくビットコインをmining出来るからで、AsrockのH110PRO BTC+ https://www.asrock.com/microsite/H110ProBTC+/ のようなグラフィックカードが6枚挿さる、チョーへんてこなマザーボードを買って、ぶおおおおおーん、騒音と、冬でも室内温度が30℃を越える、暑熱地獄に耐えて、えっさほいさとビットコインを採掘した。 当時のPCマガジンや、ゲーム雑誌、ゲームフォーラムを見ると、こんなに苦労しても全然収入にならねーじゃん、という、ゲームソフトを買う時間とオカネをひねるだすためには、結局スーパーマーケットの店員やなんかで、身すぎ世すぎしなければならなかったPCゲーマーの悲嘆の声があふれている。 それが1BTC(ビットコイン)が1000ドルを超えだして、PCのほうもmining に特化されたAntminerシリーズ http://bitmain-miner.co.uk/?gclid=CjwKCAiA4ILSBRA0EiwAsuuBLbyuWthPT-t606PLLfvpXw2XLjNqG0RiP9NM337tTJ_9EpFwEBwukRoCn_wQAvD_BwE が主流になった頃から変わってきて、いまでは個人ベースの採掘はもちろん、ビットコインファームがあちこちに出来ています。 ブロックチェーン理論からの当然の帰結で、ビットコインが採掘は時を経るにつれて難しくなっていく。 ちょっと考えでいうと一定量のビットコインしか埋蔵されていないのに参加者がどっと増えたのに加えて、例えば、ふたりのminerがおなじブロックを同時に発見した場合、短いほうのチェーンは破棄されたりする頻度がおおくなるからだと思いますが、実際には、いまの時点で、どの要因がいちばん強く働いているかは、ぼくには判りません。 いまインターネットで、ちょっとだけ眺めていると、個人の片手間の小規模採掘で、うまくやっている人で月60万円、平均して20万円/月くらいの利益をあげているのが普通の姿のようですが、英語社会では、ビンボゲーマーの楽しみで、案外、一日採掘専用化した元ゲームPCの画面を眺めて、「おお、今日は1200円もうかったやん」をやっている人も多いように見受けられて、これは、なんとなく楽しさが判るような気がする。 90年代、インターネットがまだネットスケープナビゲーターベースで、ずー、ぴー、ずずずずー、がががががあー、ぎゃあああー、というモデムの音とともに、ずるっ、ずるっ、ずるっとwebページが出ていたりしていた頃には、 「ロトの当たりナンバーを予測するサイト」というものが、たくさんあって、コンピュータだけは持っている英語国の田舎のビンボニンは、数学を必死に勉強して、なんとか独自の「ロト数字組み合わせ確定理論」を見いだそうとしていたものだった。 そんな理論、できるわけはないが、ヒマに明かせて、牛や羊の面倒を見ながら、そんなことばかりやっている「ダメゲーマー」ビンボニンは、多かった。 彼らの至福は、大量に時間を費やして夢をみることで、到底、現実の一攫千金ではなかったように思います。 ビンボの幸福、というのは、往々にして、妄想からやってくる。 ぼく自身は、「ビットコイン2万ドルに近づく」の「おバブル」なニュースを聴いて、持っていたビットコインは、アホらしくなって売ってしまった。 … Continue reading

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空を見上げる若い人への手紙3

英語から日本語の世界を訪ねてみると、政治への怒りや、社会的不正義への怒りが渦巻いている。 憲法9条を改正するとはどういうことか、歴史修正主義を許すわけにはいかない、日本は、このままではダメになる。 日本語の世界に住んでいると気が付かないが、あるいは日本の外に住んでいても、日本語との色が濃い縁を保っていれば気が付かないが、それは、とても英語世界の日常とは異なる風景で、良い悪いではなくて、社会や政治について強い関心を持つ国民性を持った日本の母語である日本語社会と、音楽や絵画、食べ物や、自分が夢中になっている人のほうに遙かに関心がある英語社会との違いだろうと思います。 東京でタクシーに乗ると、面白いのは、どの運転手さんも、政治に対するひとかどの政治評論家のような自分の識見を持っていて、あのひとたちも当のアラブ人やアジア人にあんなことばかり言うとは思えないが、イーストエンドからチェルシーにもどるまでのあいだじゅう、アジア人観光客の悪口や、ロンドンはいまやロシア人が売春宿に払うカネと、アラブ人が飲み屋で払うカネだけで食ってるんでさあ、というような話に終始して、柄も悪くて、識見のかけらもないロンドンのタクシードライバーとは、知的レベルが根本から異なる、という印象を与えられる。 ぼくは、きみたちが国会議事堂前に集まって、おもいおもいに、てんでに声をあげるニュースを観るのが好きだったんだけど、ときどき、きみたちは居酒屋で夜と触ると政治の話をするだろうか、と考えて、そうではなくて、いま流行っている音楽や、欧州の新しい思潮について話している、と想像することのほうを好んだ。 理由ですか? 理由なんてものはなくて、きみたちが糾弾することばかりを能にして、肩で風を切るひとびとでないと思いたかっただけだとおもいます。 きみたちは石を投げたりはしなかったが、ぼくたちは、かじかむ手に石を握りしめて、迫ってくる警官隊に投石した。 悲壮な気持や、あまつさえ、体制への怒りというようなものではなくて、ぼくは、「体制に向かって石を投げるのが好きだった」と述べたほうが、より現実に近いと思います。 体力にすぐれていたので、友達の女の人を引き倒して、物陰に連れ込んだ警官たちを見咎めて、物陰で、他の場所からは見えないのをいいことに、警官たちをこっぴどく殴りつけることもあった。 それも、もちろん、正義心に駆られてではなくて、なんというか、語弊がある言い方をすれば、スポーツのようなものだった。 多分、国家という絶対暴力がライオットポリスの姿でみせた片鱗に対して、自分自身の個人としての暴力が、どのくらい有効か、たしかめてみたい気持があったのだと思います。 SEALDs、って言うんだっけ? きみたちが始めて、タイミングが悪かったけども、正当にも、解散した運動は、日本訪問をやめてしまったあとの、日本の政治社会に対する、ほとんどゆいいつの「良い記憶」で、表札だけは民主制の、天然な全体主義社会である日本で、ぼくが見た、ゆいいつの自由の影であったとおもっている。 石を投げたって、世界は変わらないんだよ。 まして、みなで正当なことを述べても、世界が変わるわけはない。 暴力についていえば、世界が変わるような暴力は、パンの値段が暴騰したことに怒って、バスティーユの、政治とはあんまり関係がない門衛たちを襲って、台所からもちだしたクリーバーでクビをちょん切って、納屋から持ってきた鋤に挿して、安いパンを寄越せと行進する、パリのおかみさんたちの暴力だけが世界を変えうる。 あるいは不当な税金に怒って、 One if by land, and two if by sea と述べた植民地人が手に手にもった旧式銃だけが世界を変えうる。 そういうことどもを、異なる方角からいうと、政治に関心を持つ人間には政治を変える力はない。 政治に無関心な人間の団結だけが政治と社会を変えてきた、という人間の皮肉な歴史があるのだとおもいます。 最後に話したとき、きみは、「オープンマリッジの講習会に行くのだ」と述べて、ぼくを笑わせた。 笑ったのは可笑しかったからではなくて、きみが、なんというくだらない人間になったのだろう、と考えたからでした。 端的にいえば、きみが、自分とガールフレンドの関係にまで政治性をもちこんだのを感じとったからです。 人間と人間の関係のなかへ、原理をもちこめると考えるきみが、ぼくには、とても疎ましかった。 きみのまわりでパターナリズムとかなんとか、判ってもいない、くだらない用語を弄ぶ、とうに中年を過ぎたおじさんたちがSEALDsの「軍師」になっていたりして、なんだ、そういうことか、とぼくはがっかりしたのでもあった。 世界は「経験」の悪い息で濁っている。 おじさんやおばさんたちは、なぜ自分たちが狡猾にも、この世界を生き延びてきたかを、ちゃんとおぼえていて、その成功体験を、より若い世代に伝えようとする。 こうすればいいんだよ。 こういうときには、こんなふうに考えればいいんだよ。 こんなふうに言ってやれば、こういう右翼的な考えは黙らせることが出来るんだ。 … Continue reading

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2017年を振り返って(その1)

新年の迎えかたは、日本式のほうが好尚にかなっている。 イギリスやニュージーランドでは、ご存知のとおり、人がおおぜい集まってきて、広場で、カウントダウンを唱和して、年が明けると、ドドオオオーン、ヒュヒューで花火が盛大にあがって、大好きな人と、あるいは単に隣り合わせた人と、キスをして、シャンパンで飲んだくれて盛り上がる。 オークランドでは派手さが足りないので、橋ごとブオオオオンと花火に包まれるシドニーまで出張る人もたくさんいる。 わしは性格が温和でおとなしいの(そこのきみ、なにを笑っておる)大騒ぎは嫌いで、ふだんの日にしかやらなくて、わざわざ年が変わった次の刹那までバカ騒ぎをしようとはおもわない。 いちど、高いビルのペントハウスから年を迎えるバカ騒ぎを眺めていたことがあったが、若い衆は、屋根の上にのぼって、ビールを飲みながら、花火を眺めている。 観ていると、エッチしてるやつまでいる。 あんなタイミングだと姫終わりと姫初めの二度に及ばなくてはならなくて、新年早々大義である、とおもうが、本人たちは辺りに人目がなくなればのべつまくなしにイチャイチャモンモンしているだけで、特に新年とは関係がない通常行為なのかも知れません。 日本のお正月はドラマや映画で観るだけで、実態というか内情が判らないが、ひとに聞くと、紅白歌合戦というベラボーな長寿番組を観て、行く年、来る年をみて、永平寺には雪がふっていて、鎌倉ならば、ごおおおーんごおおおーんと鳴り渡る除夜の鐘を聴いて、おめでとうございます、と述べあうのが正統であるらしい。 そっちのほうが、ぜんぜんカッコイイじゃん、とおもう。 いちどだけ飛行機のなかで新年を迎えて、1月1日をシンガポールで迎えたことがあったが、ホテルの受付のマレー系のねーちゃんに、いつものごとく、アホな軽口を利いて「シンガポールは洋式と春節と二回正月があって、いいですね」と言ったら、ものすごく怖い顔で、「あれは中国のやくざもんたちが、勝手にやっているだけで、違法です。我が国には正月は今日一日しかありません」と言われたのを明瞭におぼえている。 2017年はトランプで始まってトランプで終わる年だった。 あの見るからに頭がわるそーな、巨大なエゴと、貪欲と、四六時ちゅう欲望がおっ立った醜悪な老人の顔を毎日みることになったのだから、もうそれだけで世界の人間の悲劇は底が知れない。 スティーブ・バノンが去って、これで、まあ、なんとかなるべ、後はアメリカ国内の問題だから、アメリカ人が勝手に沈没すればええわ、と考えたのは浅慮で、気まぐれと、玉突きのごとく右往左往する感情とで、テキトーに巡航ミサイルをぶっ放したりする老人の考えは、予測するということが出来なくて、当初は、そもそもトランプの雇い主なんじゃないの?と疑われているプーチンですら、当惑が隠せないのが見てとれた。 近所のおおきな家を買った中国の富豪だかなんだかという噂の人が買って、貸家にしたことがあって、賃貸管理会社がええかげんで、11人くらい集めて来た店子がとんでもないやつばかりで、なにしろ毎晩遅くまでパーティでどんちゃん騒ぎを繰り広げていたことがある。 いま考えてみると、あれはPパーティで、「P」というのは覚醒剤のメタンフェタミンのことだが、このフェニルメチルアミノプロパンで、すっかりいかれて、ある日曜の朝などは屋根の上で20人くらいが踊り狂うというくらいひどかった。 ふだんは、お互いに姿を見かければ手をふって挨拶するだけで、「近所づきあい」は年に1回くらい一緒に夕食を食べにいく程度しか行わないのがニュージーランド式だが、あんまり無軌道でうるさいので、だんだん通りで近所の者同士が寄ると触ると噂を述べあうようになった。 結局、近所人が列席して、ミーティングを開いて、弁護士が雇われ、中国の人の所有だというのはアジア人への反発をうまく使った偽装で、マフィアだかなんだかだと判明した家主の正体を事務弁護士が突き止めて、出ていきなはれ、と勧告して、追いだしてしまったが、この「無軌道で、なああああーんも考えてない、欲望のみにしたがったケダモノじみた若者たち」が、トランプと行動パターンがそっくりであることには、近隣のひとびとは皆気が付いていて、近所迷惑事件以来、不思議にもお互いを誘ってパブやなんかに行くことが多くなったテーブルで、よく話題になっていた。 なにしろ、頭のなかに論理や未来への展望というものが存在しないので、やることに予測がつかない。 欲望のまま、あの野郎は黄色い野郎だから虫がすかねえ、と内々に言っていたかとおもうと、オカネニンジンを目の前にぶらさげられたとかで、突然、習近平って、いいやつじゃん、と言い出すというデタラメさで、2017年は、アメリカが、ここまで積み上げた、自由だの平等だの、アメリカンドリームがうんちゃらで、希望の国なんだぜ、ここは、のソフトパワーが一気に化けの皮が剥がれて、ゼロになって、ゼロの床も突き抜けてマイナスになって、あっという間に「ふつーの国のなかでいっちゃん強い国」というだけの存在に変わっていった。 日本の人に判りやすくいえば、バブル絶頂期の日本と似た存在で、世界でいちばん繁栄していて、うらやましいとはおもうが、誰も尊敬しない国になった、ということです。 トランプの大統領職への当選は、ビンボ白人パワーの炸裂ということになっているが、それは見かけだけのことで、だんだん調べていくと、構造的には例のCollateralized Debt Obligationを手品にしたウォール街人たちの犯罪を、訳はわからないなりにインチキを嗅ぎ取って、北欧州ならば絶対に大量の逮捕者を 出して、犯罪性が詳細に追究されるべき事態であるのに、野放しにして、末端のヘータイに至るまで別荘を手に入れ、ウハウハウハ、だからアメリカンドリームは好きなのよおー、儲かっちった、ビンボ人の犠牲? 負け犬がガタガタ言ってんじゃねーよ、あんたに複雑な金融が判るわけないでしょ、をしている醜悪な人間たちを見て、「これがアメリカであるはずがない」と考えて、ラッダイト運動に似た破壊行動に出たのがトランプへの支持、というよりもヒラリー・クリントンへの激しい拒絶と不支持の原因だった。 ラッダイト運動である以上、トランプがダメ男であるのは承知のうえで、これまでヒラリー・クリントンが象徴するエスタブリッシュメントやバラク・オバマが象徴する理念を完膚ないまでに破壊する人間なら誰でもよかったわけで、マスメディアの予測とは異なって、次期大統領も、昼ご飯に、ビッグマックふたつとフィレオフィッシュふたつ、山盛りチップスを特大コーラで流し込むトランプが元気ならば、75歳のならず者が再選されるだろうし、もうこりゃボロくなって使いものにならねーな、ということになれば、もっとひどいのが大統領になるだろう。 つまりは「オバマまでのアメリカ」の理念が瓦礫の山になるまでは、止まらないのではないかという気がする。 通俗版バノン戦略みたいなことになっている外交は、これも滅茶滅茶で、国務長官時代の実績をみれば外交の勘がよかったヒラリー・クリントンならば、とっくの昔に世論を誘導して、「アメリカの大義」を盾に周到に準備して北朝鮮と開戦しているだろうが、ツイッタを使って罵りあいをするという、あんた高校生ですか、な挙にでて、どんどん「偶発戦」の可能性が高まって、その結果、どういうことになったかというと、あっというまに中国に東アジア全体のヘゲモニーを握られて、それまでは戦域から一衣帯水の、隣に位置し続けることによって弥栄に栄えてきた日本は、戦域下の国になってしまった。 もっとも、副産物としてひとつ1000億円を超えるミサイル迎撃システムをいくつも買わせたり、一発1億6千万円の巡航ミサイルを、これから先どんどん仕入れさせる、F35も、ま、おひとついかがですか、お代はリボルビング払いで結構です、という軍需商売に、日本政府はホイホイ払ってくれるのが判ったので、運がいいというか、いまのトランプの頭にあるのは、時期を見計らって、日本に北朝鮮と代理戦争をやらせて、アメリカは「忠実な同盟国として支援する」という黄金シナリオでしょう。 この方式であると、北朝鮮が例えば大気圏への再突入技術を確立していないのでまだダイジョブをしておけば、国民が不安になることもなく、先延ばしをして、韓国と日本に地上軍を編成させて、アメリカ軍はその指導にあたって、ベトナム方式で、例え、いまはあっというまに敗北するだろうということになっている北朝鮮のゲリラ戦に特化した部隊が意外に強くて長期化しても、地上戦も経営してゆくことが出来る。 核の標的も日本なので、日本が「平和国家でいたい」と言い出すと困るが、その心配はなさそうなので、どんどん兵器を買ってもらいながら、戦争当事者をアメリカから日本にすり替えるチャンスが増えてくる、という考えなのでしょう。 トランプと周囲を固めた軍人内閣みたいなヘンテコなホワイトハウスの浅慮から生まれた新しい東アジアの情勢の最大の変化は、アメリカと日本の側から見るかぎり「日本の戦域化」だが、実はほんとうになにが起こっているかは、外交・軍事でいえば、太平洋の西側を南北につなげて見ている習近平のほうから眺めないと、うまく理解できない。 習近平は、どうやら十九大後の動静を見ていると2022年頃までに台湾を併合するつもりでいるらしい。 あいだの説明をとばして言うと、これには意外な意味があって、しかも日本にとってはおおきな意味があって、一面、アメリカとの直截対峙の第一歩を踏み出したことになる。 やってみて手強ければ、手を緩めて、米中直截対話型の和平で時間を稼ぐだろうし、一気に西太平洋に覇権を確立して、太平洋の西側を「中国の海」にする可能性がある。 日本人からすると、最も恐ろしいのは金正恩でもプーチンでもなくて、習近平で、この強運に恵まれた政治家は、国内にライバルがおらず、経済は躍進して、人民解放軍にも伝統の独立性を維持しうる人材がいない、という好運に恵まれて、十九大で高らかに宣言したように、いまや鄧小平を越えて、毛沢東にほんの僅か足りない権威を持ったと自覚している。 次に目指すのは毛沢東をはっきりと超えた権威を持つことで、台湾併合は、そのためにどうしても必要な外交成果と考えているもののようです。 日本が遅かれ早かれ戦争に巻き込まれることを、このブログでは何年も前から書いて、それに対する日本の人の反応は「誰の得にもならない戦争なんて起こるわけねーじゃん、頭おかしいw」から、「マジかも」に変わってきた。 だから、もう、「危ないんちゃう?」と述べる時期は終わったのだとも言えて、これから日本が入ってゆく戦乱の世紀を、多分、その頃には安倍政権を選択したことの非を悟っているはずの日本国民が、どう舵をとってゆくか、遠くから眺めていこうと思っています。 肝心要の経済を、ここから書かなければならないが、いつものことで、ぶちくたびれてしまった。 また回を分けて書きます。 … Continue reading

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ビンボ講座_その3

いまなかだいすけは、もともとは全然知らない人で、疲れ果てて、会社をやめて、蒼惶として通りを歩いたというツイートひとつで、すっかり気持ちをつかまれてしまった人だった。 真実は胸をつく、というが、なんだか真実が途方もなく少なくなって、糾弾の言葉や、嫌らしい感じのする謙遜や、本人が思っているほど遠回しでもsubtleでもない、しょもない自慢や、よくよく動機を突き詰めれば嫉妬でしかない相手への嫌悪の言葉に埋もれて、実りのない、燦めくかけらもない、ただ泥濘の海のような日本語のなかで、無防備に書かれただいすけさんの、かつて経験した空から太陽が消えたような、絶望の思い出が心がつかんで放さなかった。 だいすけさんは、鉄ちゃんで、あんまり言わないことにしているが、わしも9mmゲージな鉄ちゃんなので、ちゃんと趣味の符丁もあっていて、多分、いまもフォローしているはずだが、ツイッタで話したりする。 ときどき、書いたほうはとっくの昔に忘れているブログ記事を拾ってきて、道端で拾ったフライヤーを裏返してみるようにして読んで、これは面白かった、と述べている。 そのうちのひとつに「ビンボ講座_その1」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/04/15/binbo_1/ というブログ記事があって、いつものこと、書いた当人はすっかり忘れていたが、読んでみると、おもしろくなくはなくて、おお、ビンボ講座その2を読まなくては、と探したが見つからない。 くっそおおおー、いいかげんなブロガーだな、こいつ、とおもってビンボ講座_その2と題して書き始めたら、ビンボ講座_その2読書篇というのが、実は筐底に埋もれていて、じゃ、2を3に直して題名にしちゃえばいいよね、と書いているのが、この記事です。 そーゆーことなので、もしかすると、どっかにビンボ講座3もあるのかもしれないが、そのときは旧3と新3ということにして、おだやかで寛容なおとならしい気持を保っていてくれると、とても助かる。 森野夏が、いまなかだいすけのツイートのあとに、ぶつぶつと独り言を述べていて、「インターネットが速いほうがオカネがなくならないというが、その速いインターネットをひくオカネがないんだけど」と言っているので、よしでは消極策はやめて、なんとかオカネが増えるほうで、考えてみよう、と考えて、この記事を書いています。 さようであるから、森野夏も、だいすけさんと並んで、正座して読むように。 ふたりとも、ドマジメなので、念の為に述べると、冗談だが。 オカネモウケといえど、人間の思惟のうちなので、思想をもち原則を立てて臨むことは大事で、1000円を1年で1200円に増やすのでも、「これは絶対にやってはいけない」「これは、つねに自分で努めなければいけない」と明快明瞭に意識しなければ、たいていはうまくいかない。 まずだいだいだい初心者が、よくおぼえておかなければいけないことを書いておきまする。 1 speculation (投機)と investment(投資)を、はっきりと区別する。 株なら株を買って、100万円が99万円になるのであっても、そういう投資をする人は「結果としてオカネが減ってしまう」だけであっても、投資に手をだすべきではなくて、投資の絶対の前提条件は「投じた資本は1円たりとも失わないこと」です。それが守れない人は投資はいさぎよくあきらめて、労働して、貯蓄が消費をうわまわるように努力するしかない。 ミセスワタナベ、という業界用語で、これは、投機世界の一大勢力を成している日本人の素人FX投機家を総称したあだ名だが、FXは、どんなに頑張って数学的に理論化しても投機で、まして個人で手をだすのは、ばかげている。 いま、これを書いている瞬間に、むかし、2007年だかに、友達たちにbitcoinを投資としてではなく、 「持ってみる」ことを経験するために買ってみたほうがよい、と述べて、そのときbitcoinを購入した人は、十万円買ったとして、いまはそれが140億円だかなんだかになっているはずだが、bitcoinはそもそも投資対象になりうるようなものではなくて、決済手段なので、いまの高値は、もう2,3年は続くと「専門家」が口を揃えて述べているが、続いたって続かなくたって、バブルはバブルで、誤解に誤解が積み重なって出来たアブク銭なんか手にしていても、先行きろくなことはないので、この辺で、さっさと売り飛ばして、その分の現金は、意識の上でないことにしたほうがよい、と最近は答えまくっている。 最も身近なspeculationは「宝クジ」で、「投じた資本は1円たりとも失わない」どころか、オカネが戻ってくるほうが稀なので、夢を買うといえば聞こえはいいが、つまりは、最もアホな投機で、オカネの神様に宝クジ購買の列に並んでいるのを目撃でもされた日には「こんなフマジメな野郎には、未来永劫1円も儲けさせてあげません」とゆわれるに違いない。 通常の世界であれば、最も頭を使わなくてもすむinvestmentは定期預金で、例えば1990年代のニュージーランドでは、1年定期預金の金利が年利10%だったりしていた。これが、だんだん低金利時代になるにしたがって、9%になり8%になり、毎年毎年低下して、いまは3.5%くらいではないかとおもうが、ではこれで食べるためにいくら原資が必要かというと、(原資)x0.7x0.035=50000 として、2ミリオンダラーは現金がないと、最低生活が営めない。 それでは効率が悪いうえに、現金も現代世界では商品で、安定が悪いので、だいたい1年で初心のうちは10%のリターンを目標に投資を工夫するのがよいと思います。 ビンボなうちは、というのは投資で食べられないうちは、収入から生活に必要な出費を払って、なんとか残ったオカネを(ここが案外大事だが)まったく別の口座にのけて、そのオカネを年利10%で増やすことに専念するのが、レッスン1としては最もよい。 投資でオカネモウケは、極端にいえばアホでも出来るというか、誰にでも出来るが、頭がいい人ほどオカネをバカにする気持が強くて、たいして勉強もしないまま、FXのようなspeculationに走ってしまう。 ビギナーズラックと言う、ぼくの若い医者の友達も、やめたほうがいいよ、というのに、ぼくから聞きかじった知識をもとに、「数学理論を駆使して」FXを初めて、一年後には「3億円でけてしまった」と喜んでいたが、その後3年会っていないけども、いまはマイナス5億円になっていなければいいが、とおもうだけです。 Speculationの心理学は賭博と似ていて、1億円ブラックジャックで稼ぐ人は1億円ブラックジャックでするので、speculationへの禁忌を自分の頭のなかにつくっておかないと、何百億円持っていてもおなじことで、世の中には金鉱や油田や、夜も眠らずに考えて検討しても、絶対に損はなさそうな「投資話」は無限に存在して、しかもオカネモウケというものは、純粋にゲーマー的な行動なので、10億円稼げば次は100億円稼ぎたくなるが、天網は恢々にして、だいたい、どこかで素寒貧になることになっていて、それを防ぐためには租税回避の悪用なりなんなり、順法ではあっても神様に許してもらえないことに手を染めなければ結果を温存できないので、あんまりそっちへ踏み出してまともな一生が送れるとはおもえない。 投資の勉強は投機の勉強とは異なって、楽しいもので、例えば株投資ならば「どんな人が社長をやっているかなあー」と調べるのは、たいへん重要なことで、彼の言行や、なかんずく1年に一回発表しているはずの会社としての報告は、読んでいて、「ああ、この人はこういうところがダメなんだな」「おお。このひとのこういう考えは面白いな」がたくさんあって、ふつうの知性があれば飽きない。 数字もPEから始まって、面白いといえば面白くて、やっぱり飽きないが、気を付けなければいけないのは「チャート理論」のようなものは、数学的に検討すれば学部生でもわかる、血液型性格判断のようなものなので、「窓があいた」とか言い出すと、だいたいは、ほんとうに開いているのは自分が立っている床の戸で、あっというまに奈落に落下、ということのほうが多いとおもう。 2 なにが投資でなにが投資ではないか をはっきり区別することも、やはり大事で、よく間違えることでいうと、自分で住んでいる家や、ふだん運転するクルマは資産のうちに入らない。 もう少し精確にいうと資産に勘定しない習慣をつけたほうがよい。 簡単というか、自分が住んでいる家や自分のクルマはオカネを生まないからで、ぼくの友達には親から借金して買った高級住宅地の家に、8人の店子を住まわせて、自分も一緒に住んで、家賃を徴収している人がいるが、自分の家を多少でも資産に数えたければ、そういう自前フラットメイト制度を採用するしかない。 同様にクルマでもuberかなにかに使うしかなくて、オークランドにはベントレーでuber をやっているおっちゃんがいるそうだが、副事業としては、やっぱり赤字なのではあるまいか。 さて、これからときどき原則を書いていこうとおもうが、「そんなこと、言ったって、ガメ、わたしは1000円、2000円という世界を生きているのだぞ」と森野夏などは、ぼっそり言いそうだが、初めにやりたいのは「オカネを正面から考えて理解する」ことなのだから、別に、「いま架空にここに10万円あるとして」で、架空に投資をしていくのでも、将来にはおおきく自分を助けてくれるのではあるまいか。 まず、生活用口座と分けて維持費ゼロのプランから「投資用口座」をつくって、そのオカネを増やすことから初めて遊べばどうか。 と、ここまで書いてきて、突然思い出したが、日本語で公開でこういうことを書いていると、例外なく世にも不愉快なトロルおやじたちが湧いてきて、そもそも、それが理由でオカネの話はやめることにしたのだった。 どうするかな。 … Continue reading

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テキトー生活の楽しみ

ロティ、と言っても直径10センチメートルくらいの、小型ロティで、冷凍した状態でスーパーマーケットで売っている。 製品のあちこちに手作りであるらしい痕跡があって、多分、供給が間に合わないのでしょう、いつもあるというわけにはいかないので、見つけると、ラッキーとつぶやいていっぺんに10袋くらい買ってきます。 どうやって食べるのかというと、フリーザーから出してきたトーストブレッドとおなじ要領で、トースターにいれて、おなじみの押し下げレバーを押して、冷凍ボタンをピッと押しておくと、「ガシャンッ」、しめしめ、良い匂いがして、もみ手をしながら、あっちっち、お皿の上にだしてバターかベジマイトを塗って食べる。 どういう秘密があるのか、冷凍のロティなのに、フレッシュ・ロティとおなじで、パリパリでサクサクで、食べるとしみじみおいしい。 小皿くらいのカレーソースが3種類付いて、ちぎっては食べちぎっては食べて、Roti Canaiになっていればもっとよいが、そういうことまでお願いすると料理の人に過重労働を強いることになるので、やや欧風に堕落した食べ方で、バターを塗って、エスプレッソと一緒に食べるだけで我慢する。 あるいは伝統的なブレックファストならば、ブーゲンビリアをやめて、葡萄だなに変えたテラスのテーブルで、贅沢な旅行になれている人は、なんちゃらスパ&リゾートの朝食を思い浮かべればよい、コージーをちゃんと被っているティーポットがあって、コーヒーがあって、目の前の大皿には、ベーコンとチョリソとポーチドエッグがふたつ、焼いたトマトとブラウンマッシュルームがあって、お腹がすいていれば、それにアイフィレを焼いたのがついている。 バスケットに入ったパンに、お願いすればフレンチトーストやパンケーキも出てくる、マジメな朝食を摂る。 このマジメ朝食の欠点は、食べていると、むくむくとシャンパンを飲みたくなっているところで、朝からシャンパンを飲むと、どうせ白ワインになって、牡蠣の天ぷらやフライもお願いして、わははは、楽しい、今日はいい天気だなあーをしているうちに赤ワインになって、ふと気が付くともう夕方になっていて、夕餐を平らげて、ブランデーを飲んで、はなはだしければスコッチを飲んで、気が付くとコンピュータの前に座って、デルの40インチスクリーンでNetflixを観ながら、正面のiMacで日本語でトロルのおっちゃんたちに悪態をついていたりするので、やや生産性にかけるところがある。 モニさんと一緒に暮らしていることは、いちめん、いっちゃん仲良しのお友達がおなじ屋根の下にいることなので、フラットメイトみたいというか、ふたりとも調子がよいときには、ホールですれ違うときにハイファイブをしたくなるような気持ちになるが、夏で、ふたりともシャンパンを飲んだりすると、子供が入れない区画で服を脱いできゃあきゃあしているので、やや危ない雰囲気になるのでもあります。 ふだんは静かな家だが、いまは初夏で、初夏であれば雑草もヘッジも芝も、がんがん容赦なく伸びるので、芝刈りの人々が現れ、ヘッジの上に仁王立ちになって借りまくるヘッジ部隊がギュワンギュワンゆわせながらヘッジを刈り込み、1930年代の地中海イタリア空軍のマッキ戦闘機そっくりの音でエンジンをまわして、雑草を刈るスピナーがまわる。 家の反対側ではウォーターブラスター部隊が、高圧放水で壁を綺麗にしようと試みている。 家がまるごと発狂したような騒ぎの騒音だが、小さい頃から馴れていると、初夏というものは、そういう騒音とともにあるもので、「おお、夏だなあー」という、よく考えてみると、ヘンテコな、「夏が来たぜ」の感覚になります。 あるいは、夏を感じるための開発刺激なのだと言い直してもよい。 労働党のジャシンダ・アーデンが首相になって、新聞を広げると隣国のオーストラリアが「ニュージーランドはコミュニストを首相に選んだ」と書いている。 オーストラリアの難民のひどい扱いに抗議して、ニュージーランドに全員引き取らせてくれ、いくらなんでもあれでは酷すぎるとオーストラリアを訪問して述べたら、最近はバブル景気でブイブイ言わせていて、もとからやや躁病発症時のニーチェのような傾向がある国民性が全開で、オーストラリア人の威丈高の尊大な国民性が炸裂して、 「Mind your own business」というようなヘッドラインが踊っている。 むかしから疑惑の目で見られているキャピタルゲインタックスについて聞かれても、税金は増えるとおもうが内容は教えてあげない、などと経済音痴全開なことを述べるので、経済指標が少しずつズブズブズブと沈みはじめていて、17年続いたバブル景気も、不動産市場から始まって、だんだん、落ち目になってくるもののよーです。 ニュージーランドという国の最大の特徴は、経済がちょっとでも傾くと、「国民がいなくなる」ことで、ヘレン・クラークなどは1999年だかには、ヤケクソで、 「ニュージーランドの最大の輸出品は人間である」と国会で述べて、ニュージーランドドルの価値が急落して、対円でいえば65円から39円まで暴落した。 いまでも国民の17%がオーストラリアに住んでいるというお国柄で、ニュージーランドの平均的な若い人の夢は、「オーストラリアに行って稼いでオカネをためてニュージーランドで楽しく暮らす」です。ニュージーランドに住んでいて給料があがらなくなると容赦なく他の英語国に出奔する。 政府がつねにマジメに仕事をしないと国民は、いつも簡単に愛想をつかしていなくなってしまうので、日本の政府みたいにウソさえ上手ならアホでもできる気楽なお仕事というわけにはいかないよーです。 むかしでいえば、連合王国からニュージーランドに移住すると、シティ勤めならば収入が5分の1になると言われていた。 それでも激減する収入をものともせずに、延々と、引きも切らずイギリス人がニュージーランドにやってくるのは、来ればわかる、ここは自然と平和が国中にあまねくある国で、人間って、もしかして、あんまりオカネがなくても幸福なんじゃない?と気が付いてしまえば、海に浮かべたヨットの冷蔵庫からカベルネソヴィニヨンをだして、後甲板のベンチに座ってインターネットで遊びながらヒラマサや鯛釣りに淫していられる生活ができるニュージーランドは文字通りの「最後の楽園」なのだと言えなくもない。 例えば、むかしから遠洋航海の船乗りのあいだでは「町が似ていてバンクーバーと区別がつかない」と言われるオークランドは、人口をみると、しかし、たった140万人で、都会のミニチュアのような町だが、ハウラキガルフのほうから眺めると、この世界でたったひとつ生きている海だという、まだ下町の桟橋から出て5分もいかないうちに、シャチが雄大なジャンプをみせる湾に、付随している町なのだとみることが出来て、「都会生活もついてくる海」なのだとおもえば、ニューヨークがひっついたタヒチみたいなものだと言えなくもなくて、テキトー生活を楽しむのに 、こんなに良い国はない。 もっと敷衍していうと、ニュージーランドという国自体が「文明もついてくる大自然」なので、英語国であることを利して、例えば欧州人からみると、ポリネシアのその向こう側に忽然と小欧州が現れるという、ジョン王の王国伝説じみた錯覚が起きてコーフンしてしまう。 モニさんがずっと前に考えたことは気味が悪いほどあたって、北半球はあんまりイスラムですらない過激イスラムの嵐が吹いて、このブログが始まったときから書いてきたとおり、アメリカが「もうひとつの顔」を露わにして、トランプアメリカはネイティブアメリカンをぶち殺して歩いていたころのアメリカに戻っている。 聞くところによると、日本で明治時代のドラマがあって、日露戦争を考えるためのキーワードのひとつに「イロコイ族」を挙げてあったそうだが、そういう初期植民政府のかつてのやり口を知っていれば、トランプの目には日本人全体がイロコイ族と映っているのではないかと連想するのは、ごく自然な考えの流れでしょう。 これから10年という単位で考えると、北半球は動乱と戦争の時代になるのはほぼみえていて、1930年代初期の思想潮流が、一個の破壊運動を終えて、世界の枠組みが変わるまで15年を要したことを考えれば、だいたい2030年代初頭まで動乱と旧世界の枠組みが変わるための破壊とが続くことになる。 最近、ニュージーランド人が寄ると触ると話すのは、「北半球から遠くてよかった」で、顕著な、もうまたビンボでもいいや、平和がいちばん、ガメ、来週はクリケットマッチやらない? とパブで述べる近所人の目は、口にださないだけで、 「もう移民も、これ以上の繁栄もいらん。しばらくは門を閉じて、自分達の生活を大切にすべ」と書いてある。 まーテキトーでいいや、というか、生まれてからこのかた、ずっとテキトーなわけだけど、むかしから華やかな見かけとは反対に内面はドマジメなモニさんが、いみじくも「ガメを見ていると、マジメに暮らしてもテキトーでも、あんまり効率には関係がないような気がして頭にくる」と述べていたが、いろいろな人が見ていて頭にくるらしいのは知っているが、テキトーな人はテキトーがいいので、急にマジメになると不幸が襲ってくるのではあるまいか。 蔓をのばすタイプの野菜を育てるのに、蔓がからみついていけるようにまわりに立てるびよよおーんと縦に長い鉄製の塔をオベリスクというが、最近ミニトマトのためにオベリスクを買いに行って、トマトはオベリスクではダメでトマトケージと呼ぶ、オベリスクがえっこらせと逆立ちして、4本の足をピャッとひらいたようなかっこうのタワーでないとダメだということを学習した。 視覚に訴えて愛でるほうの庭は、テキトー主人の家といえどランドスケーパーがいて庭師がいて、オベリスクもなにも、専門知識で支えられているが、庭の一角のベジガーデンは、モニさんとわしと小さなひとびとの楽しみのために、自学自習で自分達で面倒を見ることになっているので、新しい発見が毎週のようにある。 主に小さなひとびとのために、という言い訳で、実は蕎麦をつくったときの卵が欲しくて鶉を飼うことにして、もしかしたらおとーさまは、自分たちの目を盗んでつくねにして食べようとしているのではないかしら、という疑いの目を背中に感じながら鶉小屋をつくったり、猫さんや犬さんとコロコロして暮らしていると、一日はあっというまに経ってしまう。 芝の上のラウンジャーに寝転がって、あっというまに午後8時を過ぎて、ようやく沈み始めた太陽のほうを眺めながら、人間の一生は短いなあーと心から思います。 … Continue reading

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