ビンボ講座_その3

いまなかだいすけは、もともとは全然知らない人で、疲れ果てて、会社をやめて、蒼惶として通りを歩いたというツイートひとつで、すっかり気持ちをつかまれてしまった人だった。
真実は胸をつく、というが、なんだか真実が途方もなく少なくなって、糾弾の言葉や、嫌らしい感じのする謙遜や、本人が思っているほど遠回しでもsubtleでもない、しょもない自慢や、よくよく動機を突き詰めれば嫉妬でしかない相手への嫌悪の言葉に埋もれて、実りのない、燦めくかけらもない、ただ泥濘の海のような日本語のなかで、無防備に書かれただいすけさんの、かつて経験した空から太陽が消えたような、絶望の思い出が心がつかんで放さなかった。

だいすけさんは、鉄ちゃんで、あんまり言わないことにしているが、わしも9mmゲージな鉄ちゃんなので、ちゃんと趣味の符丁もあっていて、多分、いまもフォローしているはずだが、ツイッタで話したりする。
ときどき、書いたほうはとっくの昔に忘れているブログ記事を拾ってきて、道端で拾ったフライヤーを裏返してみるようにして読んで、これは面白かった、と述べている。

そのうちのひとつに「ビンボ講座_その1」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/04/15/binbo_1/

というブログ記事があって、いつものこと、書いた当人はすっかり忘れていたが、読んでみると、おもしろくなくはなくて、おお、ビンボ講座その2を読まなくては、と探したが見つからない。
くっそおおおー、いいかげんなブロガーだな、こいつ、とおもってビンボ講座_その2と題して書き始めたら、ビンボ講座_その2読書篇というのが、実は筐底に埋もれていて、じゃ、2を3に直して題名にしちゃえばいいよね、と書いているのが、この記事です。

そーゆーことなので、もしかすると、どっかにビンボ講座3もあるのかもしれないが、そのときは旧3と新3ということにして、おだやかで寛容なおとならしい気持を保っていてくれると、とても助かる。

森野夏が、いまなかだいすけのツイートのあとに、ぶつぶつと独り言を述べていて、「インターネットが速いほうがオカネがなくならないというが、その速いインターネットをひくオカネがないんだけど」と言っているので、よしでは消極策はやめて、なんとかオカネが増えるほうで、考えてみよう、と考えて、この記事を書いています。
さようであるから、森野夏も、だいすけさんと並んで、正座して読むように。
ふたりとも、ドマジメなので、念の為に述べると、冗談だが。

オカネモウケといえど、人間の思惟のうちなので、思想をもち原則を立てて臨むことは大事で、1000円を1年で1200円に増やすのでも、「これは絶対にやってはいけない」「これは、つねに自分で努めなければいけない」と明快明瞭に意識しなければ、たいていはうまくいかない。
まずだいだいだい初心者が、よくおぼえておかなければいけないことを書いておきまする。

1 speculation (投機)と investment(投資)を、はっきりと区別する。

株なら株を買って、100万円が99万円になるのであっても、そういう投資をする人は「結果としてオカネが減ってしまう」だけであっても、投資に手をだすべきではなくて、投資の絶対の前提条件は「投じた資本は1円たりとも失わないこと」です。それが守れない人は投資はいさぎよくあきらめて、労働して、貯蓄が消費をうわまわるように努力するしかない。
ミセスワタナベ、という業界用語で、これは、投機世界の一大勢力を成している日本人の素人FX投機家を総称したあだ名だが、FXは、どんなに頑張って数学的に理論化しても投機で、まして個人で手をだすのは、ばかげている。
いま、これを書いている瞬間に、むかし、2007年だかに、友達たちにbitcoinを投資としてではなく、
「持ってみる」ことを経験するために買ってみたほうがよい、と述べて、そのときbitcoinを購入した人は、十万円買ったとして、いまはそれが140億円だかなんだかになっているはずだが、bitcoinはそもそも投資対象になりうるようなものではなくて、決済手段なので、いまの高値は、もう2,3年は続くと「専門家」が口を揃えて述べているが、続いたって続かなくたって、バブルはバブルで、誤解に誤解が積み重なって出来たアブク銭なんか手にしていても、先行きろくなことはないので、この辺で、さっさと売り飛ばして、その分の現金は、意識の上でないことにしたほうがよい、と最近は答えまくっている。

最も身近なspeculationは「宝クジ」で、「投じた資本は1円たりとも失わない」どころか、オカネが戻ってくるほうが稀なので、夢を買うといえば聞こえはいいが、つまりは、最もアホな投機で、オカネの神様に宝クジ購買の列に並んでいるのを目撃でもされた日には「こんなフマジメな野郎には、未来永劫1円も儲けさせてあげません」とゆわれるに違いない。

通常の世界であれば、最も頭を使わなくてもすむinvestmentは定期預金で、例えば1990年代のニュージーランドでは、1年定期預金の金利が年利10%だったりしていた。これが、だんだん低金利時代になるにしたがって、9%になり8%になり、毎年毎年低下して、いまは3.5%くらいではないかとおもうが、ではこれで食べるためにいくら原資が必要かというと、(原資)x0.7x0.035=50000 として、2ミリオンダラーは現金がないと、最低生活が営めない。

それでは効率が悪いうえに、現金も現代世界では商品で、安定が悪いので、だいたい1年で初心のうちは10%のリターンを目標に投資を工夫するのがよいと思います。

ビンボなうちは、というのは投資で食べられないうちは、収入から生活に必要な出費を払って、なんとか残ったオカネを(ここが案外大事だが)まったく別の口座にのけて、そのオカネを年利10%で増やすことに専念するのが、レッスン1としては最もよい。

投資でオカネモウケは、極端にいえばアホでも出来るというか、誰にでも出来るが、頭がいい人ほどオカネをバカにする気持が強くて、たいして勉強もしないまま、FXのようなspeculationに走ってしまう。
ビギナーズラックと言う、ぼくの若い医者の友達も、やめたほうがいいよ、というのに、ぼくから聞きかじった知識をもとに、「数学理論を駆使して」FXを初めて、一年後には「3億円でけてしまった」と喜んでいたが、その後3年会っていないけども、いまはマイナス5億円になっていなければいいが、とおもうだけです。
Speculationの心理学は賭博と似ていて、1億円ブラックジャックで稼ぐ人は1億円ブラックジャックでするので、speculationへの禁忌を自分の頭のなかにつくっておかないと、何百億円持っていてもおなじことで、世の中には金鉱や油田や、夜も眠らずに考えて検討しても、絶対に損はなさそうな「投資話」は無限に存在して、しかもオカネモウケというものは、純粋にゲーマー的な行動なので、10億円稼げば次は100億円稼ぎたくなるが、天網は恢々にして、だいたい、どこかで素寒貧になることになっていて、それを防ぐためには租税回避の悪用なりなんなり、順法ではあっても神様に許してもらえないことに手を染めなければ結果を温存できないので、あんまりそっちへ踏み出してまともな一生が送れるとはおもえない。

投資の勉強は投機の勉強とは異なって、楽しいもので、例えば株投資ならば「どんな人が社長をやっているかなあー」と調べるのは、たいへん重要なことで、彼の言行や、なかんずく1年に一回発表しているはずの会社としての報告は、読んでいて、「ああ、この人はこういうところがダメなんだな」「おお。このひとのこういう考えは面白いな」がたくさんあって、ふつうの知性があれば飽きない。
数字もPEから始まって、面白いといえば面白くて、やっぱり飽きないが、気を付けなければいけないのは「チャート理論」のようなものは、数学的に検討すれば学部生でもわかる、血液型性格判断のようなものなので、「窓があいた」とか言い出すと、だいたいは、ほんとうに開いているのは自分が立っている床の戸で、あっというまに奈落に落下、ということのほうが多いとおもう。

2 なにが投資でなにが投資ではないか

をはっきり区別することも、やはり大事で、よく間違えることでいうと、自分で住んでいる家や、ふだん運転するクルマは資産のうちに入らない。
もう少し精確にいうと資産に勘定しない習慣をつけたほうがよい。
簡単というか、自分が住んでいる家や自分のクルマはオカネを生まないからで、ぼくの友達には親から借金して買った高級住宅地の家に、8人の店子を住まわせて、自分も一緒に住んで、家賃を徴収している人がいるが、自分の家を多少でも資産に数えたければ、そういう自前フラットメイト制度を採用するしかない。
同様にクルマでもuberかなにかに使うしかなくて、オークランドにはベントレーでuber をやっているおっちゃんがいるそうだが、副事業としては、やっぱり赤字なのではあるまいか。

さて、これからときどき原則を書いていこうとおもうが、「そんなこと、言ったって、ガメ、わたしは1000円、2000円という世界を生きているのだぞ」と森野夏などは、ぼっそり言いそうだが、初めにやりたいのは「オカネを正面から考えて理解する」ことなのだから、別に、「いま架空にここに10万円あるとして」で、架空に投資をしていくのでも、将来にはおおきく自分を助けてくれるのではあるまいか。

まず、生活用口座と分けて維持費ゼロのプランから「投資用口座」をつくって、そのオカネを増やすことから初めて遊べばどうか。

と、ここまで書いてきて、突然思い出したが、日本語で公開でこういうことを書いていると、例外なく世にも不愉快なトロルおやじたちが湧いてきて、そもそも、それが理由でオカネの話はやめることにしたのだった。

どうするかな。
その4以降は非公開にして、どっか違うところで、ブログ番外編にして続きを書いたほうがよさそーです。
最近は、トロルの相手をするのがめんどくさいので、日本語のお友達に会いに戻ってくるだけだが、隣のテーブルの柄のわるいおっさんが突然話しかけてくるというか、訳の判らない勘違いおっさんに悪態をつかれるのが、あまつさえ、おっさんが突如テーブルに立ち上がって「このひとはウソツキですよおおおー」と突然店内に触れ回るというような異常なことが必ず起きるのが日本語というものの運命で、くだらないので、なるべくアホなおっさんが避けられるように工夫しようと思っている。

ちょっと、算段します。
だいすけさんと森野夏には、せっかく正座してもらったんだけど、
膝をくずしてもらって、もう案外長いつきあいになったよね、とツイッタで述べあって、一緒に、ピノノアールでも飲もう。
あ。日本は冬だから、日本酒のほうがいいかな。
立山、このあいだモニとふたりで、「おいしいねえー」と言ってのんでたら、1本のんじったので、もう八海山しか残ってないんだけど。

友達同士でしか酔っ払えないやりかたで、酔っ払って話をしよう。
たいせつに思っている者どうしで。

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