Daily Archives: December 21, 2017

空を見上げる若い人への手紙3

英語から日本語の世界を訪ねてみると、政治への怒りや、社会的不正義への怒りが渦巻いている。 憲法9条を改正するとはどういうことか、歴史修正主義を許すわけにはいかない、日本は、このままではダメになる。 日本語の世界に住んでいると気が付かないが、あるいは日本の外に住んでいても、日本語との色が濃い縁を保っていれば気が付かないが、それは、とても英語世界の日常とは異なる風景で、良い悪いではなくて、社会や政治について強い関心を持つ国民性を持った日本の母語である日本語社会と、音楽や絵画、食べ物や、自分が夢中になっている人のほうに遙かに関心がある英語社会との違いだろうと思います。 東京でタクシーに乗ると、面白いのは、どの運転手さんも、政治に対するひとかどの政治評論家のような自分の識見を持っていて、あのひとたちも当のアラブ人やアジア人にあんなことばかり言うとは思えないが、イーストエンドからチェルシーにもどるまでのあいだじゅう、アジア人観光客の悪口や、ロンドンはいまやロシア人が売春宿に払うカネと、アラブ人が飲み屋で払うカネだけで食ってるんでさあ、というような話に終始して、柄も悪くて、識見のかけらもないロンドンのタクシードライバーとは、知的レベルが根本から異なる、という印象を与えられる。 ぼくは、きみたちが国会議事堂前に集まって、おもいおもいに、てんでに声をあげるニュースを観るのが好きだったんだけど、ときどき、きみたちは居酒屋で夜と触ると政治の話をするだろうか、と考えて、そうではなくて、いま流行っている音楽や、欧州の新しい思潮について話している、と想像することのほうを好んだ。 理由ですか? 理由なんてものはなくて、きみたちが糾弾することばかりを能にして、肩で風を切るひとびとでないと思いたかっただけだとおもいます。 きみたちは石を投げたりはしなかったが、ぼくたちは、かじかむ手に石を握りしめて、迫ってくる警官隊に投石した。 悲壮な気持や、あまつさえ、体制への怒りというようなものではなくて、ぼくは、「体制に向かって石を投げるのが好きだった」と述べたほうが、より現実に近いと思います。 体力にすぐれていたので、友達の女の人を引き倒して、物陰に連れ込んだ警官たちを見咎めて、物陰で、他の場所からは見えないのをいいことに、警官たちをこっぴどく殴りつけることもあった。 それも、もちろん、正義心に駆られてではなくて、なんというか、語弊がある言い方をすれば、スポーツのようなものだった。 多分、国家という絶対暴力がライオットポリスの姿でみせた片鱗に対して、自分自身の個人としての暴力が、どのくらい有効か、たしかめてみたい気持があったのだと思います。 SEALDs、って言うんだっけ? きみたちが始めて、タイミングが悪かったけども、正当にも、解散した運動は、日本訪問をやめてしまったあとの、日本の政治社会に対する、ほとんどゆいいつの「良い記憶」で、表札だけは民主制の、天然な全体主義社会である日本で、ぼくが見た、ゆいいつの自由の影であったとおもっている。 石を投げたって、世界は変わらないんだよ。 まして、みなで正当なことを述べても、世界が変わるわけはない。 暴力についていえば、世界が変わるような暴力は、パンの値段が暴騰したことに怒って、バスティーユの、政治とはあんまり関係がない門衛たちを襲って、台所からもちだしたクリーバーでクビをちょん切って、納屋から持ってきた鋤に挿して、安いパンを寄越せと行進する、パリのおかみさんたちの暴力だけが世界を変えうる。 あるいは不当な税金に怒って、 One if by land, and two if by sea と述べた植民地人が手に手にもった旧式銃だけが世界を変えうる。 そういうことどもを、異なる方角からいうと、政治に関心を持つ人間には政治を変える力はない。 政治に無関心な人間の団結だけが政治と社会を変えてきた、という人間の皮肉な歴史があるのだとおもいます。 最後に話したとき、きみは、「オープンマリッジの講習会に行くのだ」と述べて、ぼくを笑わせた。 笑ったのは可笑しかったからではなくて、きみが、なんというくだらない人間になったのだろう、と考えたからでした。 端的にいえば、きみが、自分とガールフレンドの関係にまで政治性をもちこんだのを感じとったからです。 人間と人間の関係のなかへ、原理をもちこめると考えるきみが、ぼくには、とても疎ましかった。 きみのまわりでパターナリズムとかなんとか、判ってもいない、くだらない用語を弄ぶ、とうに中年を過ぎたおじさんたちがSEALDsの「軍師」になっていたりして、なんだ、そういうことか、とぼくはがっかりしたのでもあった。 世界は「経験」の悪い息で濁っている。 おじさんやおばさんたちは、なぜ自分たちが狡猾にも、この世界を生き延びてきたかを、ちゃんとおぼえていて、その成功体験を、より若い世代に伝えようとする。 こうすればいいんだよ。 こういうときには、こんなふうに考えればいいんだよ。 こんなふうに言ってやれば、こういう右翼的な考えは黙らせることが出来るんだ。 … Continue reading

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