空を見上げる若い人への手紙3

英語から日本語の世界を訪ねてみると、政治への怒りや、社会的不正義への怒りが渦巻いている。
憲法9条を改正するとはどういうことか、歴史修正主義を許すわけにはいかない、日本は、このままではダメになる。

日本語の世界に住んでいると気が付かないが、あるいは日本の外に住んでいても、日本語との色が濃い縁を保っていれば気が付かないが、それは、とても英語世界の日常とは異なる風景で、良い悪いではなくて、社会や政治について強い関心を持つ国民性を持った日本の母語である日本語社会と、音楽や絵画、食べ物や、自分が夢中になっている人のほうに遙かに関心がある英語社会との違いだろうと思います。

東京でタクシーに乗ると、面白いのは、どの運転手さんも、政治に対するひとかどの政治評論家のような自分の識見を持っていて、あのひとたちも当のアラブ人やアジア人にあんなことばかり言うとは思えないが、イーストエンドからチェルシーにもどるまでのあいだじゅう、アジア人観光客の悪口や、ロンドンはいまやロシア人が売春宿に払うカネと、アラブ人が飲み屋で払うカネだけで食ってるんでさあ、というような話に終始して、柄も悪くて、識見のかけらもないロンドンのタクシードライバーとは、知的レベルが根本から異なる、という印象を与えられる。

ぼくは、きみたちが国会議事堂前に集まって、おもいおもいに、てんでに声をあげるニュースを観るのが好きだったんだけど、ときどき、きみたちは居酒屋で夜と触ると政治の話をするだろうか、と考えて、そうではなくて、いま流行っている音楽や、欧州の新しい思潮について話している、と想像することのほうを好んだ。

理由ですか?
理由なんてものはなくて、きみたちが糾弾することばかりを能にして、肩で風を切るひとびとでないと思いたかっただけだとおもいます。

きみたちは石を投げたりはしなかったが、ぼくたちは、かじかむ手に石を握りしめて、迫ってくる警官隊に投石した。
悲壮な気持や、あまつさえ、体制への怒りというようなものではなくて、ぼくは、「体制に向かって石を投げるのが好きだった」と述べたほうが、より現実に近いと思います。

体力にすぐれていたので、友達の女の人を引き倒して、物陰に連れ込んだ警官たちを見咎めて、物陰で、他の場所からは見えないのをいいことに、警官たちをこっぴどく殴りつけることもあった。
それも、もちろん、正義心に駆られてではなくて、なんというか、語弊がある言い方をすれば、スポーツのようなものだった。
多分、国家という絶対暴力がライオットポリスの姿でみせた片鱗に対して、自分自身の個人としての暴力が、どのくらい有効か、たしかめてみたい気持があったのだと思います。

SEALDs、って言うんだっけ?
きみたちが始めて、タイミングが悪かったけども、正当にも、解散した運動は、日本訪問をやめてしまったあとの、日本の政治社会に対する、ほとんどゆいいつの「良い記憶」で、表札だけは民主制の、天然な全体主義社会である日本で、ぼくが見た、ゆいいつの自由の影であったとおもっている。

石を投げたって、世界は変わらないんだよ。
まして、みなで正当なことを述べても、世界が変わるわけはない。
暴力についていえば、世界が変わるような暴力は、パンの値段が暴騰したことに怒って、バスティーユの、政治とはあんまり関係がない門衛たちを襲って、台所からもちだしたクリーバーでクビをちょん切って、納屋から持ってきた鋤に挿して、安いパンを寄越せと行進する、パリのおかみさんたちの暴力だけが世界を変えうる。

あるいは不当な税金に怒って、
One if by land, and two if by sea
と述べた植民地人が手に手にもった旧式銃だけが世界を変えうる。

そういうことどもを、異なる方角からいうと、政治に関心を持つ人間には政治を変える力はない。
政治に無関心な人間の団結だけが政治と社会を変えてきた、という人間の皮肉な歴史があるのだとおもいます。

最後に話したとき、きみは、「オープンマリッジの講習会に行くのだ」と述べて、ぼくを笑わせた。
笑ったのは可笑しかったからではなくて、きみが、なんというくだらない人間になったのだろう、と考えたからでした。
端的にいえば、きみが、自分とガールフレンドの関係にまで政治性をもちこんだのを感じとったからです。
人間と人間の関係のなかへ、原理をもちこめると考えるきみが、ぼくには、とても疎ましかった。
きみのまわりでパターナリズムとかなんとか、判ってもいない、くだらない用語を弄ぶ、とうに中年を過ぎたおじさんたちがSEALDsの「軍師」になっていたりして、なんだ、そういうことか、とぼくはがっかりしたのでもあった。

世界は「経験」の悪い息で濁っている。
おじさんやおばさんたちは、なぜ自分たちが狡猾にも、この世界を生き延びてきたかを、ちゃんとおぼえていて、その成功体験を、より若い世代に伝えようとする。
こうすればいいんだよ。
こういうときには、こんなふうに考えればいいんだよ。
こんなふうに言ってやれば、こういう右翼的な考えは黙らせることが出来るんだ。

判った、あなたたちの言うことは判ったけど、
でも、誰もぼくのことを判ってやしないじゃないか!!

かつて、バーダーマインホフの頃、欧州では、そのひと言で、政治的なおとなたちは沈黙することになった。
なぜ政治を良くするために参加する人間が、個人として人間でなくてはならないのか、彼ら政治的人間には理解できなかった。
いまの欧州の、すべての有効な社会運動は、その経験と反省に立っている。
政治の本質が非人間的なものであるという、共通の理解に立っているのだと思います。

ぼくが、この短い、余計な記事を書いてみようとおもったのは、きみがデモのあとに空を見上げた、という、ただその行為にかかっています。
どんな青年が、政治的なデモのあとで空を見上げるだろう、と考えて、きみたちのSEALDsという運動の正統性を理解した。

きみは、いまごろ、「オープンマリッジの講習会」にガールフレンドと出たあとで、なにを考えているだろう、とおもう。
もちろん、ぼくにとっては、結婚と新車の購入とに分明な区別がつかなくなったアメリカ人の詭弁にしか過ぎない「オープンマリッジ」などは、意匠も意匠、須臾の間にあらわれたやくざな考えにしか過ぎなくて、そのこと自体は問題ではないが、
そういう行動が自分を救うかもしれないと考えたきみの、傷ましい「浅さ」のことを考えた。

その浅さは若いことから来たものではない。
その浅さは、とっくの昔にこの世界に絶望した、悪んだおとなの頭に由来している。

ほんとうは、シェイクスピアでもよければ、近松門左衛門でも世阿弥でもよい、古典に親しめば、人間の意匠と真実の区別は、簡単につくようになります。
理屈で考えようとすると、必ず踏み込むことになる迷宮から、古典の作者たちはきみを救ってくれる。

なぜ政治的人間であることがダメなのか。
どうやって意匠にすぎない思想を、本源の思惟と見分けるのか。
もっといえば、人間の真実はどこにあるのか。

その程度のことは、古代ギリシャくらいですでに完結的に述べられていて、そうした真実を、笑いや、感動の涙のなかで理解したければ、比較的新しい叡知であるシェイクスピアでも、事は足りる。

文明の歴史に照らせば、日本語も日本語社会も、必ず立ち直るに決まっているが、あと最低でも50年はかかる話で、これからの日本語社会は、自ら招き寄せた戦乱の世紀や、財政の崩壊や、経済の世代替わりを経験していかねばならない。
考えてみると、きみのような20代の日本人にとっては、苦難の一生が、先達によって準備されてしまっているわけで、市井の投資家おっちゃんであるジム・ロジャーズが何度も繰り返し述べているように、まるでありとあらゆる苦難に晒されるために生まれて来たような世代です。

タイミング、ということだけど。

いまは、あんまり見るべきものがない日本文明も、また復活するときが来るだろう。
いっぽうで、経済や「国力」が回復することはないだろうとおもう。
日本人が行った最悪の選択は安倍政権への支持で、この選択は、例えば財政的には日本を経済世界で盤若な存在にしてた基礎的な国富を破壊してしまった。
産業を育てるという地道な努力にはいっさい興味をもたずに、机上のおもいつきでアベノミクスと名付けた「秀才のマヌケな考え」をあますところなく体現したプランを、あろうことか国家の財政基本プランにもってきて、ここまでの近代日本を支えてきた国家の基本となる財政性格を変えてしまった。
いわば、「美しい国」の政治的主張だけではなくて、国家の実質においても、世界中の人の鼻つまみ者だった、戦前の軍事大国/経済小国に、日本は後退しつつある。

さっき書いたジム・ロジャーズは、あの人は日本が大好きな人なので、日本の若い人達に対して親切心を発揮して「いますぐに国を離れろ」「どうしても、それが出来なければ農業をやって生き延びることを考えよ」と述べている。

そうして、それは、そのままほかの世界中の投資家の日本への意見であると思います。

「このままでは日本はダメになる」という意見をツイッタやなんかで見かけるたびに、ぼくは日本人の暢気さに息をのむ。
まるで、癌の予防本に読み耽る末期癌患者のようです。

いつか、どこかで会えるといいね。
ぼくは、ますます人に会うのが嫌いになっていて、あんまり公の場に出かけないが、相変わらず自分でシルクプリントでつくった赤ゴジラのTシャツを着ていることが多いの。
投資家の会合でも、ひどいときは、ショーツと赤ゴジラで出かけてしまったりする。

でも、人間が人間に邂逅するときは、最も予期しない形でも会うという。
そして、ぼくは、とてもきみと会うことになるような気がします。

そのときのために

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2 Responses to 空を見上げる若い人への手紙3

  1. oniku says:

    ちょうど図書館で「雇用なしで生きる」というオルタナティブなシステムを作るというスペインでの実践のルポを借りたところです。(https://www.elblogalternativo.com/2012/10/23/vivir-sin-empleo-entrevistamos-a-julio-gisbert/ この本が元になっている。)オキュパイ運動なんかも全く違うシステムをやってみる実験の側面もあったのだったと思い出し、日本でもやっている人もいるんだろうけど、小さいコミュニティ内で実践してみる、ってことをとりあえず目指してみようかなと思う今日この頃です。

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  2. お山のパン屋 says:

    琉球大学理学部の先生だったMYさんからガメさんのことを教えてもらって以来、折に触れて読んでます。先生だったと書いたのは、一昨年突然お亡くなりになったから。

    辺野古の埋め立ても止められず、奄美から与那国まで自衛隊のオンパレード。トランプオヤジとキム坊に乗せられて、放射能たっぷりの我らがクニは何処へ行く。

    山奥に土地を得たので、来春は水を引き、家を作り、米を育て、来るべきカタストロフに備えよう。ガメさんにもいつか会えるかも。メリークリスマス、そしてよいお年を❤

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