新年、おめでとう

今年も1年間、付き合ってくれてありがとう。
ぼくの日本語の先生は、ガメ、日本語ではね、お礼の言葉は、立ち止まって、唐突にふり返る人のように言うのが、いちばんカッコイイんだよ、と言っていたけど、あれは、日本語には限らないのではあるまいか。

大町のローソンから、折れて、友達の家へ向かうんだ。
もう10年も前のことだけどね。
鎌倉の駅で降りて、裏駅のわきの小さなコーヒー屋でコーヒーを飲んで、御成通を歩いて、左におりて、大町へは行くんだよ。
途中に和菓子屋さんがあってね。
波乗り饅頭というヘンな饅頭があるの。
ここの主人は、とてもいい人で、…と言っても、会ったのはぼくが子供のときにいちどきりだったけど、仕事の人ではないようなやりかたで、
折りをつくる手を休めて、「きみは、どこから来たの?」と言う。
なんとはなしにイギリスと言いたくなかったので、「うんと遠くから」と答えたら、しばらく天井をみるようにして考えていて、「うんと遠くから、って答えはとてもいいね」と言ってくれて、ぼくは、多分、あのときから、鎌倉という町が好きになったんだとおもう。

西脇順三郎先生が、戦時下、憤懣を噛み殺して歩きながら
「学問もやれず絵も描けず」と、大層芸術的な愚痴を述べたのは、あの道をずっとずっとまっすぐ行ったところにある切り通しで、むかしは浄明寺にあった親切な鮨屋のひとびとが、「ぼっちゃん、もう夜だから、あの切り通しを通って帰ってはいけませんよ」
「あそこは、怖い幽霊がでるからね」と述べて、でも、ぼくはローソンに寄っていかなくてはならないし、森が好きだし、なによりも外国人だから日本の幽霊はでないとおもう、と、いま考えてみるとあんまり論理的でない理由を述べたら、心配して、若い衆をつけてくれたのだった。

そうだよ。
ぼくは1年の最後の日で、昼間からお酒を飲んで、心が柔らかくなっているので、述べると、ぼくは日本という国が大好きだったんだよ。
多分、日本人であるきみよりも好きだったのではないかと思っています。

ぼくが初めて日本にやってきたときは、田舎ではまだ外国人の子供は珍しかったのか、奈良の定食屋で、オムライスを頼んだら、給仕するおばあちゃんの手がガタガタ震えていたのをおぼえている。

90年代が目の前の日本で、そんなはずはない、といつか言われたけど、鎌倉や横浜では顔つきが日本人と違っていても、ふつうに扱ってくれたけど、田舎では、というよりも、東京やなんかではまだ「ガイジン」のアイデアは残っていて、あんまりここに書いてもしかたがないから書かないが、あとで笑い話になるようなことがたくさんあった。

カンザスのアメリカ人の女の人で、日本語が信じられないくらい上手な人がいて、弘明寺や横浜でときどき一緒に遊んでもらって、冗談がうまい、カッコイイ女の人だったが、あるとき、ほとんど涙ぐむようにして、
「ガメ、日本に住もうとおもったりしちゃダメだぞ。日本人は絶対に外国人を仲間とは認めない。絶対に、心を開いたりはしない。
日本に住むのだけは絶対にダメだぞ」と言う。
いつも咄嗟の反応がマヌケなぼくのことで、(多分、口を半開きにして)びっくりしてなんと言えばいいのか判らないまま、見る見る涙があふれてくるカンザス人のヴァイオレット色の目を見つめていた。

多分、ぼくは、こんなふうに言いたかったのではなかったか。
「ぼくはガイジンのままで、いいんです。
自分の母国でもガイジンでいたいくらい。
ぼくは、この世界が、あんまり好きではないのかも知れません。
友達は好きだけど」

原宿でおりて、ハンバーガーのウエンディーズに向かっていたのだとおもう。
表参道の坂をおりて、なんだか圧倒的な数の人の群れを見ていた。
土曜日だったのかも知れません。
隣を歩いていたのは誰だったかも、もうおぼえていないが、日本語や英語ではなくてフランス語で話していたのをおぼえている。

群衆は何のためにあるのか。
人間の生命は、どんな場合でも等価であると言えるか。
数とおおきさは生物の集団に対して予想外なほどのおおきさの影響を与えることが知られているが、それが人間に対してだけは適用されないのはなぜか。

早熟な、ませガキだったぼくは、隣の人とちょっと話さないで黙ったまま歩くと、ろくなことを考えない。

そうやって歩いていたら、突然、日本に対する「愛情のようなもの」が、噴きだすようにこみあげてきて、困った。

(閑話休題)

ぼくはきみの国を再訪することはないだろう。
旅行自体に興味がなくなってきたし、それでも出かけようと決めている場所のリストには、故郷を別にして、サンセバスチャン、マルメ、ウィーン、トロントと決まっていて、生活圏といったほうが判りやすいメルボルンを別にしても、まだ出かけるならばプライオリティが高い町がたくさんあって、どう数えても、ストップオーバーならばともかく、きみの国の町を再訪する機会はないように思えます。

松江という町に行きたかった。

https://leftlane.xyz/2017/11/11/odakin2/

別府にも松山にも行ってみたかった。

でもなんだか、ぼくにはぼくの言葉で、「きっともうあの懐かしい日本には行かないだろう」と判る。

誤解しては困るが、放射能とかミサイルとか、まして、地震は関係がない。
嫌いになったわけでも、興味がなくなったわけでもない。
でも、いまもある国なのに、過去のなかに立っている国であるような気がするの。
ぼくがどんなに行こうと考えても辿り着けはしない、遠い過去に存在する国であるような気がしているのだとおもいます。

ぼくは、やがて、日本語という言語を忘れるだろう。
日本語で話しかけられれば、答えるていどには、死ぬまで言語能力として残っているだろうけど、いま、こうやって、血が通って、きみの父祖が、きみの先祖が、笑いながら、あるいは憤怒のなかで、思惟した言葉としての日本語は、ぼくの脳から去っていくに違いない。

ときどき、それは英語母語人としての防衛反応なのではないかとおもうこともある。

一日に話している時間はフランス語がいちばん長いが、でも母語は英語で、日本語は、なんだか隙さえあれば、時間が余る度に必死に書いていないと忘れてしまう。

語彙の喪失から始まって、外国語を無理して準母語なみにしようと考えた人間に襲いかかってくる症状を、自分の言語能力に観察しています。
だって、まわりに日本語を話す人がいないんだもの。
義理叔父は、いまでも日本語で話しかければ日本語で答えてくれるが、従兄弟は、もう日本語を捨てていて、日本語で話しかけても、英語でしか答えてくれない。

だから、ぼくの日本語はもうすぐ死んでしまうだろうとおもうが、もう1年でいいから、日本語を書いて遊んでいたい。
日本語でしか言えないことがある。

この感情を精確に理解できるのは、ぼく自身以外には、存在するわけがないわけだけど。

いま、時計をみたら年が明けているので、大好きな国の友達にあらためて挨拶を送ります。

明けまして、おめでとう。
今年もいい年になるといいね。
2018年も、きみやぼくは人間でいられるだろうか?
やさしい心をもっていられるのかしら。
この世界に起きていることは、きみやぼくを明らかに試しているが、
それはどんな意味において試しているのか。

ほんの数秒後の未来へ向かって手を差しのばすと手首から先が消えてゆくような気がする。
通りを渡ると、自分の姿が、霧のなかに消えて、向こう側には着かないような気持になる。

いったい、ぼくたちは、どこへ向かっているのだろう?

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6 Responses to 新年、おめでとう

  1. mocokomocoko says:

    あけましておめでとうございます。
    こちらでは年明けにはまだ1時間半程早いですが。

    ブログを胸が締めつけられる思いで読みました。
    私事になりますが、今まで何も考えずにのほほんと半世紀余り生きてきた結果、心を病む一歩手前まできてしまいました。(きっかけは仕事面のことですが、親や自分の老化、さらには日本社会や世界情勢も多少影響しているかもしれません)
    今は土俵際で踏みとどまっている状態で、今後自分自身がどうなるか皆目見当がつかない状態です。
    2018年も私達は正気でいられるのでしょうか?
    たとえ日本社会(既に狂っているか)や世界が狂ってしまったとしても、それに抗って正気を保つ事が出来るのでしょうか?
    (あえて抗わずに背中を向けて不貞寝した方がいいのかも)

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  2. A says:

    いま日本で「現代詩」というとほとんど誰もが「現代史」と思って「わたしも現代史は興味があって」と三時間くらい現代史の話をされたあとに、すみません実は詩や小説の方の、文学の、poetryの方の詩のことだったんです、と述べるとちょっと気まずくなって、それは勘違いで失礼、それならちょっと一句詠んでくれませんか、などと言われるのが当たり前なので、
    このブログで現代詩について書かれているのを初めて読んだ時とても驚いて、嬉しかったです。
    それからブログ内の「現代詩」という言葉が出てくる記事をひとつひとつ読んでいくうちに、これはただ事ではない、ということがわかって、ガメさんという人と、それから言葉と知性への畏怖で、それまでの小さな世界のなかの思い込みがすべて吹っ飛ばされるようでした。
    生まれてからずっとこの国にいる自分の日本語への浅い理解が情けなく、でもそれよりガメさんの言葉を読むことが出来たことの喜びは、例えられないくらいです。
    何者かはわからなくても、現代詩について書かれているのを読めば、どんな尊い心を持った人なのかは十分知ることができるように感じました。
    もしかしたら同じ学年かもしれないので、いまでは神保町に行くたびに、ガメさんもここで信号待ちをしてたのかな、十代の頃にすれ違っていたこともあったりして、と不思議な気持ちで歩いています。

    このブログを知ったのは数年前ですが、それからほとんど毎日読んでいます。頑張るぞ、という気持ちのときも、眠れないときも、ガメさんの言葉を読むと、光がさしてくるような気持ちになるので。
    どんな書き出しではじまるときも、たいていそんな気持ちになりましたが、今日の

    https://gamayauber1001.wordpress.com/2017/12/31/happynewyear-2/

    からは、これまで一度も感じたことのない、お別れの時がついに決まってしまったんだ、というような寂しさが広がってきました。
    もう一年でいいから、というのが、実際には一年じゃなくてもっとずっと長く続いてほしいと願わずにはいられませんが、「だって、まわりに日本語を話す人がいないんだもの。」という一文を見たら軽々しくなにかを言うことも憚られてしまいます。

    いつか詩の同人誌を作りたくて、そのときはガメさんに執筆依頼を出したいと妄想していました。その夢は叶うかわからないけれど、いつか本当にガメさんが日本語をやめてしまっても、こんなすばらしい日本語の文章があったことずっと忘れません。ありがとう。

    A happy new year.

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  3. momo says:

    あけましておめでとう。
    うるっとしました。
    新年、やさしい気持ちでいられますように。

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  4. monyop says:

    新年早々よいものを読みました

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  5. アイドル says:

    カリフォルニア在住です。年が明けるまで、あと15分です。息子には日本語を話せるようになってほしいと思っていますが、どれくらい親として努力すべきか悩んでいます。私にとっては日本語でしか伝えられない、話せないこともあるので、ぜひとも頑張ってほしいというのが本音です。しかし息子にとっては日本語が彼の人生においてどれくらい役に立つのだろうと考えると、あまり私が無理にやらせるのもどうなのだろうと考えてしまいます。一日は誰にとっても24時間しかないですし、もし息子がもっとほかのことがやりたくなったらどうするんだろうと。

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  6. いまりん says:

    なんだか、「さようなら。」を言われているみたいで、とっても寂しい。
    ガメさんのブログを読むと、
    蝋梅の香りがするチーズを食べたような、バラの香りがするお惣菜を食べたような、思いがけなさ、驚き、なにこれ?うふふふ・・・。そんな、楽しみを私に与えてくれている。
    馥郁として栄養がある。
    ああ。もっと読みたい。ずっと読みたい。
    論理的で、かつ情がある。そういう異国の人の感性と言葉を、日本語で読める楽しみ。
    使わない言語を忘れていくのは、仕方がないことかもしれないけれど、お願いです。書いて下さい。

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