2018年へのメモ

1 課税攻勢元年

金融機関ハ本令施行ノ際現二存スル預金其ノ他金融業務上トノ債務ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノ (以下封鎖預金等卜稱ス)ニ付テハ第三条第二項ノ規定二依ルノ外其ノ支拂ヲ爲スコトヲ得ズ

という第一条から始まる「金融緊急措置令」が発せられたのは1946年2月17日のことでした。
日本政府は、このとき「戦争が起こした社会の疲弊によるハイパーインフレ解消のために新円に切り替えるため」と説明して国民は納得したが、おもしろいのは、現実には預金封鎖を必要とするほどのハイパーインフレは、当時の日本のどこにも存在しなかったことで、ほとぼりが冷めた2015年には、NHKの特集番組のなかで、証言が公開されて
福田赳夫が「通貨の封鎖は、大臣のお考えではインフレーションが急激に進みつつあるということで、ずっと早くから考えていられたのでございますか?」と問うのに、預金封鎖当時の担当大臣澁澤敬三が
「いや、そうではない。財産税の必要からきたんだ。まったく財産税を課税する必要からだった 」と、あっけないくらいに、ものすごいことを正直に述べている。

もちろん、資産そのものに課税するのは世界中見渡しても前代未聞(*)で、課税というよりは国家の徴税権を利用した国家権力の恥も外聞も無いなりふり構わぬ国民からの富の強奪でした。

この預金封鎖は、このあと2年間続いて、世帯主で月300円、世帯構成員が1人100円に引き出しが制限される。

いまの日本円におおざっぱに換算すると、月に引き出せるお金が世帯主が10万円ちょっと、家族ひとりあたりが35000円から36000円か、そんなものではないでしょうか。

日本の国債は国内の国民から借りているから財政破綻は起こりえない、とチョーしあわせな意見を述べる人がいるが、それは取りも直さず、政府が破綻するよりも先に個人の生活が破綻することを意味していて、ダメ押しの事実を述べれば、政府が財政的に破綻してしまえば国民の政府に対する請求権は消滅するが、おもしろいことに、というか、あんまりおもしろくないのかもしれないが、財政が破綻しても、国家が存在するかぎり徴税権は消滅することなく存在して、1946年の例で判るとおり、生活は生存に必要な最低生活しかできない預金引き出しの制限をかけても、収入に対しては増税して強制的に課税を増やして財政の再建に注ぎ込むことは出来る。

もうひとつ、この預金封鎖の頭がよかったところはインフレ対策に見せかけながら「資産そのものに重課税する」という荒技、というより反則技を使ったところで、知っているかぎりにおいては、堂々とこのタイプの資産課税をおこなった近代国家は、戦後日本だけであるとおもいます。

そんなひどい、とおもうかも知れないが、当時の日本人は、いまの23〜4万円にあたる「月500円生活」に比較的満足で、家計簿が大流行し、節約の知恵がもてはやされて、案外、ビンボを楽しんでいたもののよーでもある。

悲惨を極めたのは、戦前には厳然と存在した日本の「上流階級」で、現金資産はそのまま政府に没収されてしまったのも、おなじで、この預金封鎖令とGHQによる農地解放で、階級ごと、あっけなくふっとんでしまって、跡形もなくなってしまう。
日本の大衆社会の淵源がこれで、「カネモチは自業自得」で終わりにできるお国柄で、ほぼ不問に付されてしまった。

もう何年も前からブログに書いているとおり、日本の財政は危機を通り越して、ナイアガラの滝の瀑布の突端で、爪先だって踏ん張っている状態なので、どんなにもっても2020年まで、日本社会らしく、あーでもないこーでもない、ありとあらゆる、さーきーのーばーしーの秘術をつくして、がんばりまくっても2025年までには100%オダブツの見通しなので、株価をあげればなんとかなるさのアベノミクスに、株がさがれば公金をつぎこんで株価をあげて、なけなしの国民が貯め込んだお金を外国人投資家に貢ぐ結果になった事にもあえて目をつぶって、つぎこんですっからかんの国の財布は、経済がなんだろうが政府の手にしっかりと握っている徴税権で奪った金で膨らませる以外に方法は残っていません。

だから、多分、増税につぐ増税で、それも日本の政府のいつものやり口を考えれば
ステルス税を増やし、おおめにみていた交際費をしめあげ、あそこにもここにも課税して、どんどん増税して、ひょっとしたら呼吸するのにも課税を始めるかもしれません。
はい、息を吸ってえー、吐いてえー、ちゃりーん、一回5銭なので、本日は22000回で、1100円の課税になりますー、まいどー、なのではなかろうか、
というのは冗談だが。

経済に較べると、財政は普通の国民には不可視で、いまの安倍政権に至っては、もともとオカネに弱い人なので、首相そのひとが財政と経済の区別がついていないのではないかしら、という発言もよくあるが、破綻するまでは実感できないものの筆頭で、非難できるものでもないが、危ないものは危ないので、財政の専門家たる財務省の役人たちは、いくらなんでも、もう危ないとわかっているので、どんどん増税するのは判っている。

2018年から始めないと間に合うわけがないので、今年が増税元年になることと、もうひとつは、1946年もそうしたように、人民戦線主義的というか、「カネモチは悪だ。なんか悪いことをやってるから儲かったんだ」が浸透している国民性を考えると、そろそろ富裕層の狙い撃ちが始まるのではないかとおもっています。

日本は富裕層も、案外のんきで、「安倍ちゃんは、勝ち組の味方だから、でへへへ」で、安心しているのかも知れないが、日本政府は牙をむきだすと、実績から言っても富裕層に容赦する、ということはありえない。
むしろ逆で、大多数の国民は富裕層が破滅しても「いい気味だ」くらいにしかおもわない国民性を熟知していて、初めの大攻勢は富裕層に向かって行われそうな気がします。
日本に住所がある人は根こそぎだとおもうんだけど

 

 

2 習近平の黄金夢

 

アメリカの大統領がトランプになったときには、まだ半信半疑だったのが、重い腰をあげて、本人に会ってみて、現実離れした幸運が実際に身の上に起こったのだと理解したとき、習近平はコーフンで眠れなかったに違いない。
とんでもないマヌケがアメリカの大統領になるという見果てぬ夢を、いったい何人の中国共産党指導者は視てきたことだろう!

中国の外交には癖があって、相手がちょっと油断すると、そそそくさくさくさと、躙(にじ)り寄るように地歩を獲得する。
むかし中国とソ連が国境問題で緊張していたとき、夜中にソ連兵がコーヒーを飲みながら国境線を望見していると、先週はたしかに黒松の向こうにあった鉄条網が、木のこっち側にある。
あれ?と思って双眼鏡をかまえなおして目をこらすと、なんと、夜闇にまぎれて、匍匐した数百人の中国兵が、そっと鉄条網の杭を抜いて、数メートルずつソ連領内へ動かしている。

いや、そんな70年代の古い例をもちださなくても、短気な日本の人ならば尖閣の、寄せては返す、中国流の領土拡張戦術に、やりきれないおもいをかみしめて、うっかり石原慎太郎の尖閣棚上げを台無しにする、辛抱のない暴挙に喝采して、あまつさえ、いったい何をどう考えたら日本側の主張の正統性を根本から破壊する、野田佳彦の尖閣国有宣言に頷いてしまった人もいそうな気がします。

「アメリカ・ファースト」と述べることは、そのままアメリカがグローバル・リーダーとしての地位を放棄したことを意味している。
アメリカが世界の王で、他の国は王からの権力の簒奪を狙うにしろ、王を支持するにしろ、王が揺るがしようもなく座している王座をめぐって外交を展開する、という従来の枠組みを、なぜかアメリカのほうからおりて、これからは強い者勝ちの乱戦でいこうぜ、といいだしたわけで、そのアメリカの愚行によって起きるのは、アメリカの拡大していた力の縮退です。

アメリカは、トランプがツイートするたびに縮んでいる。
欧州はすでに愛想をつかして、NATOそのものの枠組みを見直し始めている。台湾は見るからに悲壮な決意を固め、イランはペルシャに立ち返って、サウジアラビアの擡頭をおさえて中東世界の王たろうとほとんど無意識のように蠢動しはじめている。

もともと力の真空ができやすいアフリカ大陸に至っては東のソマリアから西のマリまで、北アフリカからレソト・南アフリカに至るまで、あちこちに真空地帯が生じて、アフリカ専門家は、どもならんわ、おれ、もう知らんと述べていた。

習近平が毛沢東をこえる権威を身に付けるチャンスを見逃すはずはなくて、中国でその手の箔をつけるためには、

1 台湾を武力併合する
2 日本に対して戦勝する

のふたつが最もてっとりばやい。

北朝鮮が核をバランス棒にして綱渡りを続けてこられたおおきな理由は、まず第一に中国がアメリカの属国(と露骨に言われれば韓国も日本も怒るに決まっているのでアメリカの呼び方にならって、礼儀正しく、同盟国、と呼んでもよいが)と直截国境を接することを外交上のタブーとして、北朝鮮の存続を全力をあげて支持してきたからだが、もともと金正恩と個人としての反りがどうしてもあわない習近平は、ここにきて、覚悟をきめて、アメリカ軍抜きならば韓国軍をも含めた国連軍の監視下においてもよい、と例のまわりくどいやりかたで述べている。

オバマ政権が縮小したアメリカ軍は、もっか戦線正面を一個半しか持つ能力がない。
「半」はとっくの昔に解決してしまったはずのアフガニスタンに釘付けなので、仮に朝鮮半島で戦端を開いてしまうと、中東も東欧もガラ空きで、そうなると習近平は南シナ海の例の人工要塞島をてこに、どんどん圧迫を強めて、拠点基地であったはずのグアムを戦域化して、ダーウィンと直截対峙するところまで行くだろう。
陸軍や空軍とことなって、海軍はつかいものになるまでには30年はかかるが、圧迫を強めるためだけのためならば、空母を数隻浮かべておけばいいだけなので、ソマリア警戒のときのような、みっともないスキャンダルを起こさなければ、中国海軍の「威容」を保っていける見込みがついている。

アメリカ軍は早々と北朝鮮が日本をミサイル攻撃する拠点となる、山脈北側に点在して秘匿された基地に手をつけずに、アメリカ本土に届くおそれがある長距離ICBMのローンチパッドと弾薬デポだけに攻撃目標を限ると半ば公式に表明してしまったが、この「日本を守るのはあきらめました」といわんばかりの作戦は、つまりは、北朝鮮に地上戦の戦線をひらく能力をアメリカ軍が持っていなくて、戦争が長引いて、北朝鮮が初めの一撃で早期に瓦解しない場合は、要するに、韓国軍と日本軍であとを引き継いで戦争してね、ということでしょう。
実際、アメリカ軍のいまの実力では、ほかに戦争の始めようがない。

周到に周到をかさねた準備をしていたところに、アメリカのほうからグローバル・リーダーの地位を放棄してくれたのだから、ここで勝負にでなければ習近平は返ってメンツを失うことになる。
トランプが生んだ真空が中国を危険な国変えてしまったのだ、といってもいいようにおもいます。

3 ツイッタ戦争

第一次世界大戦は1914年6月、オーストリア・ハンガリー二重帝国の嗣子、フランツフェルディナントが暗殺されたことによって始まった、と教わって、そーですか、と納得してしまう人は、そもそも歴史のセンスがまったくないので、よっぽど自分の歴史に対する姿勢を考え直したほうがよい、とよく言われる。

ほんとは、そんなことで世界大戦が始まってしまっては困るからで、むかしの物理学者たちが考えたエーテルではないが、目に見えない何かが歴史的な大気に充満してしていなければ、そんなことで戦争になるわけがない。
戦争へと向かう起点ではありえても、発火の原因にはなりえない事件でした。

これで、どう、誰が考えても戦争をして得なことがあるわけがないので戦争は起こらない、というのは、昔からあんまり現実を顧慮しない人間がすがりつくように信じた妄信の典型で、現実には計算によって戦争を起こした例は、少なくて、戦争はほとんど不合理な理由によって起きるもので、例えば1941年にアメリカと戦端を開いた日本のように、社会をおおいつくす不燃性の圧迫感に堪えかねて、理屈にもならない理屈で、いわば「スカッと」するために自暴自棄的な開戦をした例もあれば、キューバ危機がもう少しで世界を灰にするところだったり、スタニスラフ・ペトロフが間一髪で世界を救ったりした事件を仔細に見ていけば、いまでもまだ世界が存続しているのはラッキーだっただけで、ラッキーなうちに直通電話をひいたり、情報を共有したり、誤解がつみかさなる余地をへらして、偶発戦争の確率を漸減させてきたのがいまの世界だった。

ところが、アメリカに戦争の現実感に乏しい、リアリティショーと現実の区別がついていないらしい大統領があらわれ、中国は一時の貿易損失を計算にいれても、十分に採算があう、自分が世界の覇者たりうるチャンスが来たと知悉している、しかも国内にライバル政治家がいない指導者にひきいられて、そこに軍事的虚勢を張り続けることによってしか未来をみいだせないビンボ国が核をにぎりしめて眉を逆立てている。
その北にはロシアという韓国とおなじ程度の国力しかないが、軍事力だけは膨大な国が、KGBの陰謀戦のエキスパートに率いられて、世界地図を眺めている。

まるで1960年代に書き散らされた三流SFが、そのまま地球の上の現実に引っ越してきたようなお膳立てで、世界は、去年、誰かが外交専門フォーラムで述べていたように「これで偶発戦争が起きなければ不思議」という状態にある。

昨日(1月3日)、去年の4月18日に北朝鮮のIRBM(中距離戦略ミサイル)KN17が打ち上げに失敗して, 순천시 (順川)市に落下して被害をもたらした経緯が
The Diplomatの記事になっていたが、では、このミサイルが福岡に落ちていたらどうなっていたのか?
あるいは、ソウルに落ちていたら、どうなっていただろうか?

純粋な偶発に加えて、偶発戦争が起きれば願ったりかなったりの人民解放軍は、日本の電子戦能力調査から一歩進んで、東京を目標とした模擬爆撃の爆撃機編隊を飛ばして演習しているが、随伴の戦闘機は、プロらしくない、まるで暴走族の若者のような挑発を空自やアメリカ軍機に対して行うことがよくある。
この挑発に、気が短い空自パイロットが乗って場合は、どんなことが起こるか?

火薬庫のうえで、煙草を喫いながら毎晩博奕を打っていれば、いつかはなんらかのきっかけで引火して誘爆するのではないかと考えるのは、わりあいに普通の心配におもえます。

世界は、ほとんど「戦争をのぞんでいる」ような相貌をみせていて、このことには、つまりは富の偏在からくる世界的な社会のフラストレーションが背景にあるが、それはまた今度述べるとして、2018年は、戦乱の世紀の嚆矢になる可能性が極めて高いということくらいは、頭にいれておいたほうが、いいよーな気がします。

4 火も、また涼し

日本人なのだから、日本に残っていて悪いわけはないが、財政の逼迫に起因する重税国家化にくわえて、もうひとつ頭にいれておかなければいけないのは、日本列島の物理的位置は数十センチしか変わっていなくても、地政学上の位置は、北朝鮮の核ミサイルテクノロジーの長足の進歩と、アメリカ軍の日本駐留の意味が日本の軍事大国化抑止から、前線基地へと変わってきたことによって、おおきく変化してしまっていることで、日本の人が最もイメージしやすいものでいえば、日本は、すでに中東の人工国家イスラエルとおなじような位置になっている。
軍事技術が停滞していた過去100年でいえば、朝鮮半島の位置に日本は移動しているので、すぐに始まるか数年後か、いまの政治地図がブラックスワン的に壊滅的に変わらなければ、ほぼ確実に戦争に巻き込まれる。
なんども書いたように、この戦争不可避へのコースに舵をとったのは、特殊な地政学的条件と自分が加害者であった歴史条件を逆手にとった妙手であった平和憲法下の戦争放棄を捨てた安倍政権と、それに圧倒的支持を与えた日本人自身に他ならないが、いまさら、そんなことをいいつのっても、仕方がないので、日本はみずから開いた地獄の門から飛び出してくるものと正対して、民族として、国として、生き延びなければならないでしょう。

もう少し事態が逼迫すれば、悪い冗談のようだが、今日あたりは危ないから横須賀には出かけない方がいいかも知れんな、と頭の隅で計算したり、向こう五年は住むとなると、沖縄への栄転は断ったほうがいいかもな、と打算したりする生活が普通になるかも知れません。

自分が日本人で、あのときツイッタで会った友達なら、どうするだろう、とよく考えてみるが、案外、ビンボで気楽な境涯なら、外国になど行かず、なれた町に住み続けて、

五月雨、五月雨、ときどきミサイルがふってくる東京
と戯れ歌を歌いながら、放射能がいっぱい入っていそうな羽田のアナゴを食べに、銀座を歩いているかもしれない。

それはきっと、常住坐臥、安静な心というようなものでなくて、心のどこかに、いつもやけくそみたいなところがあるからで、理屈よりも、感覚を優先するからでもあるでしょう。

ビンボなら増税といったって、月3000円で、酒と煙草をやめる口実になっていいんだよ、くらいの減らず口はたたきそうな気がする。

ほんとは、ただ自信がないからだけなのかもしれないが、でも移住して新しい町に住むなんて、めんどうなことはやりたくねえ、と言うのではないかしら。
東京から大阪に引っ越すだけでも、文明が異なりすぎて考えとしてゾッとするのに、メルボルンなんて、くるみ餅もねえところに引っ越せるかよ、と思うに違いない。

まことに愚かなことだが、愚かであるほうを、理屈だてて正しいことよりも選ぶ人間の心根に従って、多分、東京に住み続けて、夜の高い空でキラッと光るミサイルを眺めながら、「綺麗だなあ」とつぶやいて、死んでいくのではないかとおもいます。

いつから、おれは、人間でなくなったんだろう、と訝りながら。

 

(*)現金資産対象の資産課税をキプロスが2013年にやっている、と@newarrowcomのご指摘がありました。

 

About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out /  Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out /  Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out /  Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out /  Change )

w

Connecting to %s