見知らぬ文明

最近は、日本語で日本のことをなにか書いてみよう、と思っても、なにしろ最後に訪問してからまるまる7年たっているので、断片的な記憶以外は、ほとんど何もおぼえていない。

3年前だったか、2年前か、数日、ストップオーバーで立ち寄ったことはあるが、京都の尾張屋という名前の蕎麦屋さんの蕎麦がおいしかったことと、東京の贔屓だったおでん屋さんがなくなっていてショックをうけたことくらいしかおぼえていない。
両方とも食べ物であるところが情けないが、ほんとなのだから、仕方がない。

やむをえない世の中の趨勢で最近は連合王国人もニュージーランド人とオーストラリア人も、成田を経由せずに、ドバイやドーハを経由してロンドンへ行くことが多くなった。
便数が多くて成田経由より安い上に、機材も、A380やなんかで、成田経由に比べると遥かに楽チンだからで、特にフルフラットベッドの完全導入すら覚束ない成田ロンドン間に比べると、合理的で、空港のラウンジも快適なので、最近は成田経由よりも、シンガポールか、ドバイまたはドーハを経由して欧州へ行く人がぐっと増えたと感じる。

むかしは旅客機の航続距離が短かった頃の名残で、例えば子供のころは、まだ、
ニュージーランドからロンドンへ帰るのに、クライストチャーチ→オークランド→ホノルル→東京→ロンドンという経路が残っていた。
両親にロンドンからシカゴに行く用事があったせいで、ときどきシカゴへお供していたが、オヘア空港はユナイテッドのハブで、マイレッジがどんどんたまって、
しかも当時は例えばビジネスクラスで一度どこかの国へ出かけると、エコノミークラスの同距離が無料になる、という調子で、大盤振る舞いだったので、マイレッジが使いきれないほどたまって、じゃあ、ハワイ経由で東京まではいけばいいね、と家族内の上下議会で衆議一決することが多かった。

どういう理由に拠っていたのか、トランジット扱いになっていなくて、ホノルルでいちどパスポートコントロールを通過することになっていた。
おかげで、ホノルルで数日を過ごすのが習慣になって、兵器について学習するのが好きで、次期首相になるのかどうか、石破(いしば)っていたぼくは、そのたびに戦争博物館、正しくはアメリカ陸軍博物館、に寄っていたものだった。
この戦争博物館とダイアモンドヘッドの裏側にあるレンタルビデオ屋と、生まれて初めて「スパムおむすび」という異様な食べ物を見て戦慄したABCストアが、ホノルルと言われると思い出すみっつの場所で、ほかのことはあんまりおぼえていないのだから、ハワイの人が聞いたら、情けながって、怒るのではないかとおもう。

世界中どこでも40分で行けるようになる、イーロンマスクのスペースXが普及するころには、この、26時間だかをかけて移動していた日々も、笑い話になるのだろうが、慣れてしまえば、あれはあれで楽しいもので、特にフルフラットベッドが普及した21世紀に入ってからは、例えば成田からオークランドに向かうにも、夜の8時に離陸して、機内で夕食を食べて、ワインを飲んで酔っ払ってぐっすり眠ると、朝の10時に着く、という具合で、11時間かかることで返って幸いして、時差が3時間しかないことも手伝って、ロンドンからニューヨークへ行くよりもずっと疲労が小さかったのをおぼえている。

数年、ひとりでロンドンとクライストチャーチを往復していたころには、世界一周チケットで行き来するのに凝って、行きは東京を経由するが、帰りは大陸欧州を経由してニューヨークによって、ロサンジェルスに滞留して、というのをやっていたことがあるが、二十代の体力だからなんでもなくそんなバカなことをやれたので、
例えばパリ→ニューヨークは9時間で、ニューヨーク→ロサンジェルスは5時間半で、食事はいりませんから、と断っても、ついつい映画を一本観てしまったりすると中途半端極まりなくて、結局は酔っ払って不機嫌な、見るからに胡乱な若者として入国管理官の前に立つことになる。

欧州と東アジアに戦乱の雲があらわれて、その上に、海外旅行をする人が毎年毎年空港や宿泊施設のキャパシティを超えて増えて、友達にあっても最近旅行した友達は不愉快な経験をしたひとが多くて、エコノミークラスで旅行するのは論外であると述べている。

モニさんと相談して、旅行を減らして、出来ればメルボルンとオークランドを往復して、あとは週末にウエリントンに出かけたり、クライストチャーチへ飛んで昔からの友達たちと夕食を楽しんだり、なぜか昔からアメリカ人に人気があったタウポに変わって俄然富裕なアメリカ人たちに人気が出たクイーンズタウンに招かれて出かけたりのほかは、あんまり出かけないことにすればどうだろう、ということになっている。

ひとつには、友人たちも、戦争の世紀にそなえて土地鑑をつけるためか、こぞってオーストラリアとニュージーランドに、たびたびやってくるようになったので、向こうへいかなくても、こっちにやってきてくれる用事が増えた、ということもある。

案外と暢気に構えているので拍子抜けする人もいるようだが、例えば投資家などは、決算の結果や、CEOの1年の業績報告、あるいはある月に取引された住宅の数やリースの成約率のようなものには、まるで臆病なウサギのように敏感に反応するが、戦争のようなおおきなイベントは、例えそれが避けられなくなったように見えても、ほとんど反応しない。

なぜかというと、極端な、市場を根底から覆すようなイベントは投資の世界では
「考慮しない」ことになっているからで、素人の人は、決まってそんなバカな、と述べるが、習慣であるだけではなくて、よく考えてみると、市場原理に従うかぎり、ブラックスワンや、それに準じる事態は、おおげさにいえば数学的に述べても、無視したほうが合理的であることが理解できると思います。

オーストラリアではシドニーにメルボルンから本拠を移そうとおもったことがあったが、シドニーは南カリフォルニアとおなじ散在型の都市で、アクセスがよいとは言えなくて、いやいやいや、せっかく日本語で知り合ったお友達たちを念頭に書いている日本語ブログなので、正直に書くと、メルボルンの、あの狭っこい「傾いた四角」に、ぎゅっ、と詰まった滅茶苦茶おいしい料理をだす欧州系レストランやバーの魅力を見限ることに失敗して、シドニーは廃案にされて、サウスバンクから北の河岸に、本拠を移すだけのことにしてしまった。
要するにワインを、そこで一杯、あそこで二杯と飲んで、タパスやなんかを食べて、ふらふら歩いて遊びたいだけなんじゃない?と失礼なことを言う友達がいたが、その通りで、東京にいた頃の銀座の代わりで、今日はHardware Lane明日はSpring Streetで、モニさんとふたりで歩いていると、東京やマンハッタンをおもだして、楽しい。

ニュージーランド人は、最近は、寄ると触ると、ほかの世界から離れていたよかった。
信じられるかい?
おれたちは、世界でただひとつ安全な国にいるんだぜ、と真顔で述べあっているが、そうは問屋がおろさないというか、問屋はつぶれちゃうのよ、といったほうがいいのか、世界の経済は密接に連関していて、赤道の向こう側で戦乱が起きても、戦争自体はやってこないのは、それはそうだろうけれども、もともと22フィートのヨットで島影のないブルーウォーターのまんなかを航行しているような、文字通り吹けば飛ぶような国力のオーストラリア/ニュージランド・マーケットがただですむわけはなくて、よくて沈没、悪くすれば岩礁にたたきつけられて終わりだろう。

ぼくは、英語社会では生年を聞かれることはあっても会社員でもなければ年齢を聞かれることはないので、ほんとかどうか判らないが、1983年生まれなので、いま数えてみると多分、34歳だが、子供のころに見たビンボ時代のオーストラリアとニュージーランドをよくおぼえている。
子供のときラムチョップがおいしいのに惹かれて連れて行ってもらった、クライストチャーチの、ハイストリートのパブで、ランチを買うオカネもなくて、壁際の席に座った若い失業者たちが、いちように半パイントのビールをじっとみつめて、一時間も二時間も、それこそ身じろぎもしないで下を向いていた姿や、オーストラリアのサーファーズパラダイスで、身なりがいい日本人観光客たちが楽しげに闊歩する大通りから一歩裏にはいった、ステーキパイがおいしいベーカリーがある狭い通りに入ると、何日も洗濯していない汚れたTシャツで、見るからに貧困に喘いでいる若い母親や、希望を持てずに麻薬に手を染めていそうな、おなじく薄汚れたシャツにジーンズの男達が通りのあちこちに屯していたのをおもいだす。

例えばニュージーランドでいえば、この17年間に及ぶ急成長した経済で、新聞で「巨大化した」と表現されるくらい成長したニュージーランド経済だが、日本で言えば三重県とおなじ規模だった経済が静岡県と同規模に昇格したところで、どのくらい小さな経済かというと、むかしでいえば国内最大銀行のBNZは神奈川県の湘南信用金庫よりも規模が小さかった。
いまはどうなったか知らないが、湘南信用金庫が朝日信用金庫になったくらいの程度ではなかろーか。

国際市場の煽りで経済があえなく破綻して、そのうえに、いまでも白い人ばかりが集まるとヒソヒソと話しているように、「中国人が多すぎる」なんて了簡が狭いことを述べているようでは、どっとなだれ込むに決まっている移民の増大に耐えられるわけがない。
実際、肌の色ばかり気になるおっさんおばさんたちの妄想だけではなくて、オーストラリアでもニュージーランドでも、教育、医療をはじめ、インフラストラクチャーは、いまですら、一面では限界に達している。

このあいだ、インターネットで、いつもの仲間内だけの閉鎖的なフォーラムでなくて、あちこちのフォーラムを、渉猟して、眺めて遊んでいたら、「トランプはプーチンがアメリカに送り込んだ刺客なのだ」という意見の人がいて、おもしろかった。
すべては経済が、だいたい韓国と同規模で、どちらかといえば小国に過ぎないロシアが旧ソ連圏回復を目論むための新思想による戦争努力で、アメリカは、その第一ラウンドで負けたところだという。
読んでいるうちに、自分の外交が専門の友達が書いているのでないかという錯覚が起きてきたが、ま、酔っ払って読んでいたので、邪推が起きたのでしょう。

しかし、ある時期から、安定して繁栄していたアメリカとイギリスの世論が不安定になりだしたのは事実で、イギリス人などは、政治が理解できない国から移民を受けいれすぎたから、われわれの自由主義社会が自爆してしまったのだ、と述べる人がおおいが、ほんとうは移民には知的な人間が多いので、土着民の白い人がパブでパイントにパイントを重ねて、フットボールを肴にゲハハハハと下品に笑い転げているあいだに、ネットサーフィンやSNSに浸っていて、リベラルの皮をかぶったロシアのサイバー世論誘導部隊に頭をやられてしまったのかも知れないし、あるいは、もちろん、その両方ともが虚妄で、単に「繁栄に飽きた」結果なのかも知れません。

累卵の危うき、と言う。
いまの世界はそのまま、つみかさねた卵が、なんとかバランスを保っている状態だが、あと、この枠組みで、何年、政府同士、市場参加者同士、これまでの「情報を共有する」という破局の回避方法だけでやっていけるのか、ロシアが、市場の大暴落を避け、核戦争を避けるために20世紀の後半に人類が編み出した「情報の絶え間のない共有」に目をつけて、逆手にとって、新しいサイバー戦略の柱に「共有される情報を支配する」毒を盛って成功を修めた以上、ちょうどいまのアメリカ人に典型的に見られるように、fake news、マスメディアもインターネット情報もウソばかりなのだと考える人間の数が急速に増大した以上、もう情報の絶えざる共有という安全保障の要は効能をほぼ失いつつある。

久在樊籠裏
復得返自然

と述べたのは陶潜だが、世界の文明のフェーズが決定的に変わったのはたしかで、きみもぼくも、いままでの延長で思考をすすめても、ただ崖から転落する運命を避けられなくなってしまった。

都度ごとに自分の頭で考えないと、つつがなく生きてゆくことすらできない、難儀な時代になったものだと思っています。

モニさんは、世界がまるごとダメになったら、ガメとふたりで庭で畑を耕して暮らすからいい、
楽しい生活ではないか、と気楽なことをいうが、1年の半分を欧州で暮らそうと画策していたぼくは、眩しいほど美しいモニの顔をみながら、ま、日本恋しやのジャガタラお春も、真実はまったく異なって、日本のことなんかすっかり忘れて、インドネシアでの生活を死ぬまで愛していたというけどねえ、と、このあいだ読んだばかりの日本語の本のことをおもいだして、そっと呟いてみる。
陶潜も、述べている。

帰園田居
少無適俗韻
性本愛邱山
誤落塵網中
一去三十年
羈鳥戀旧林
池魚思故淵
開荒南野際
守拙帰田園

南側は、ここでは太陽が当たんないんだけどね。
ははははは。

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1 Response to 見知らぬ文明

  1. 私の知る場所全て どこもかしこも大きく変わっていく。イギリスもアメリカも知らないけれど、世界中の変化がいくらなんでも早過ぎて、人間は変化に適応しきれず、なんだか分からないまま違和感やストレスを感じて不安定になるのではないかしらと漠然と思う。
    ニュースを追ったり、心配したり、全部辞めて遠くの山でも見ていたいのに、その都度考えるには辞められないのですね。
    私も庭畑を耕して、2人で暮らせたらそれが良いし、それが田舎で、馬にでも乗れるなら、それ以上の幸せはないと思う。
    私は小さい鳥籠は出たけれど、その外にまだ大きい鳥籠があって、それを出るまではもうしばらく足掻かないとならないらしい。どうせ大変なら開墾が良かった・・・

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