Daily Archives: March 10, 2018

ブルースを聴いてみるかい?_2

シャンソンは、いいなあ、とおもう。 chansonって、ただ、歌っていう意味じゃないの? と述べる人がいるに違いなくて、そうなんだけど、フランス人がただシャンソンと述べるときに脳裏に浮かんでいるのはchanson françaiseであって、歌だけど歌じゃないんだよ。 ああ、ややこしい。 翻訳語は常に言語を複雑にする。 音楽からみると、もともとチューンに言葉をのっけるなんてのは邪道もいいところで、それは音楽を詩に跪かせることで、そんなもの音楽と呼んではいけないんじゃないの?という人は、もちろん、いまでも、たくさんいる。 芸術の型としても「歌詞がある音楽」は、詩として定義したほうが、すんなりあっさり決まって、つまりは自由律になってからは、例えばディラン・トマスやT.S.エリオットのような天才しかつかみきれなかった、 言葉に内在する音と意味が、音と意味同士が、かちっと組み合わされることから来る「定型」が、まるで、ずっと昔からそこにあったとでもいうように、突然、読む人間の目の前に可視化されて、それ以外には言い現しかたが存在しない、ゆいいつの言い方として納得される。 エリオットやDトマスの詩が、相当に記憶力が悪い高校生の頭にも、すんなり刻印されて簡単に諳誦されるのは、そのためで、ほかに最適解がない音韻と意味の組み合わせがないのだから、ほかにおぼえようもない。 例えば、 Let us go then, you and I, When the evening is spread out against the sky Like a patient etherized upon a table; Let us go, through certain half-deserted … Continue reading

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