陽だまりに休む権利

冬の寒い朝に、小さな陽だまりをみつけて、そこで暫くじっとしている権利は誰にでもある。
生まれてから、ここまで、自分では懸命に考えて、努力して、精一杯やってきたのに、やり方が下手で、あるいは時宜をえないで、うまくいかずに、疲労困憊してたどりついた場所で、その場所が成功の高みにある場所でも、低迷の窪でも、人間は疲れてしまうときには、疲れてしまうので、やっとの思いで、ベンチに腰掛けて、ああ、ここは暖かいなあ。
ここに、ずっといられたら、どんなにいいだろう、とおもう。

そのベンチに腰掛けることが、そのひとにとって、恥ずかしい事で、不名誉におもえるときも、文明が存在する社会では、道行く人の誰もが、そっと、見て見ぬふりをして通り過ぎていく。
その人が孤独に苦しんで、疲れて、その陽だまりでやっと息をついていることを看てとるからで、その人に「そこは、あなたがいつまでもいていいところではありませんよ」「いまはいてもいいが、すぐ立ち去らなければだめですよ」と述べるのは、人間がやることではなくて、いわくいいがたい、正しさの化け物と呼べばいいか、そういう気味の悪い生き物だけが口にすることだろう。

日本にいたときに、さまざまなニュースを観ていて、最もがっかりしたのは、生活保護を受けているひとたちに対する、ほとんど社会を挙げての、というと「ぼくもぼくの周りの人も攻撃したりはしなかった!」と述べる、日本特有の厚顔ないいわけをしにくるひとがいそうだが、ことの性質を考えれば、怒りを露わにして、通りに出ていかなければ、明日の生活にも困窮する人がいたのだから、ありとあらゆる機会をつかんで、「生活保護受給を自分のオカネを盗むような嘘をつくな」というべきで、いわなければ、この場合は、あの人間としての恥というものを知らない、心をもたない人間たちとおなじ生き物だと言うしかない、攻撃で、
あれほど、日本社会と無関係な人間が見ていてさえ、自分のことのように恥ずかしい気持になることはなかった。

お温習いをすると、生活保護は、もともと、そこまでの一生の試みに失敗した個人に対する慈悲の気持を社会がもって、つくりだした制度ですらない。
理屈は簡単で、たとえていえば、インフルエンザの予防注射とおなじことです。

医学を学ぶ人は、多分、公衆衛生学で、ごく初歩的な考えかたとして学ぶが、予防注射は、個々の人間を救うために実施するわけではない。
いま、平面に、疎に密に、広がっている点を考えて、この点から点にインフルエンザが感染していくことを考えると、感染しない点を増やしていけば、点から点にインフルエンザが伝播する機会が減って、確率的に、感染は減少していく。
点をどんどん増やせば、インフルエンザ自体が、スペイン風邪のような、えらいことになるまえに、終熄するはずで、予防注射というのは、つまり、もともと社会を防衛するための衛生思想に基づいている。

生活保護もおなじで、まるで流砂に足を踏み入れてしまった人のように、もがいても、もがいても、貧困と過剰労働の負のスパイラルから出られなくなった人に、休息と、いくばくかの金銭を与えて、社会の成員として復帰することによって、社会自体を繁栄させようとする制度として機能する。

生活保護を自分のふところに行政が手を突っ込んでオカネをもっていくように感覚する人が、例外なく愚かな人間なのは、つまり、観点を変えて、ものを見るときの足場を変える能力すらもたないからで、頭が悪いということ自体は悪いことではなくて、特に幸福になるためには必要な能力だが、それを悪用して、いまの瞬間に苦難に陥っている人間に向けるのは、愚かというよりも野蛮で、そもそも文明になどは縁がない人であるというほかはない。

人間は、さまざまな理由で、ごく簡単に苦境に陥る。

いつか、英語の世界ではチョー有名な例として、女優のシャーリーズ・セロンの場合について記事を書いたことがある

https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/01/20/survival-kit-e/

エンターテイメントの世界には、実際、自分で「堕ちるところまで堕ちた」と自嘲するひともたくさんいて、表だって語られない、たくさんの、麻薬の売人、売春、
食べるカネに困っての盗みの逸話に満ちているが、人間として堕ちることを拒否して、いっそうの経済上の困難に陥っていった、上のシャーリーズ・セロンや、十代で何年もクルマのなかで寝起きしなければならなかった歌手のJewel、浮浪者用のシェルターで暮らせねばならなかったHelle Berry、過去を悪びれずに話している現在の当人からは想像もつかないような「どん底」を経験している人は、いくらもいる。

なんだ芸能人ばかりじゃないか、というひとのためにいえば、日本人がめざすべき成功物語の典型のように語られるSteve Jobsにしたところで、Reed Collegeをドロップアウトして新しい生活を始めた当初は、公園をめぐって、ゴミ箱を漁って、コーラのボトルを集めては売って、かろうじて、その日の食事にありついて暮らしていかねばならなかった。
帰る部屋など持たないホームレスだったことは言うまでもありません。

貧困には、ちょっと死に似たところがある。
たいていの人間は、自分には起こりえないか、あるいは、起きたとしても長いプロセスを経て、何年ものあとに起きるものだと妄信している。

死ぬときは癌で死にたい、という人は、医学が発達した現代ではたくさんいるが、彼らに理由を尋ねてみると、癌は急死せずに、余命が12カ月なら12カ月で、猶予が与えられて、いわば、ゆっくりと死んでいけるからで、身辺を整理して、英語ではbucket listと言う、生きているあいだにどうしてもやりたかったことのなかから、やれることをやって、愛するひとびとに別れを告げて、死んでゆけるからで、違ういいかたをすれば、「丘のむこうにある死」を人間にもたらしてくれるのは癌くらいのものだとも言えるという、現実が背景にはある。

アパートの、ヨーロッパ式にいきなり通りに踏み出すように出来ている玄関を出た途端にクルマに跳ねられるひと、いつものようにlaunchに乗って釣りにでて帰らなかった人、工事現場で手際の悪い縛り方をされていた鉄材がクレーンから崩れておちて、下を歩いていて死んだ人、人間はさまざまな理由で、あっけなく、あっというまに死んでしまう。

貧困も、現実を観察すれば、意外なくらいに、たいていの場合唐突に訪れる死とおなじで、似ていて、例えば、オバマケアがまた廃止に向かいそうで、国民保険制度がどうしてもうまくつくれないでいるアメリカならば、重病に陥った瞬間に死よりも先に貧困が待っている。
実際、アメリカ合衆国では、自己破産の原因の一位が医療費であるのは、なんども報道されるので、知っている人も多いとおもいます。

日本は言うまでもない。
女の人にとっては最も離婚がしにくい社会で、世界的に有名で、いわば「離婚の自由」がひどく制限された日本社会でも、それでも人間なので、我慢には限界があって、まるで追いつめられて高い断崖から自分の跳躍を吸収してくれる深度があるかないかも判らない海に飛び込む人のようにして、離婚すると、今度は圧倒的に女の人に不利な職業社会が待っていて、子供がいれば、どうかすると月20万円にもみたない収入で、新生活を始めなければならなくなる。
その結果は、統計が存在する国のなかでは最高の貧困率で、数字を見ていると、いったいこんな収入で、どうやって暮らしていけるというのだろう、と、一応の生活についての知識をふりしぼって考えてみても、まったく見当がつかない。

子供のときから、日本の町のなかでは鎌倉に縁があったので、鎌倉に、60年代に出来た和風洋式建築としか呼びようのない面白い家を買ってもっていたが、あの町の市役所は、生活保護の申請窓口を、故意に掲示板で隠して塞いでいた。
生活に困って市役所を訪れたシングルマザーの女の人は、途方にくれたはずで、なんども、近所の人間が混じっていそうな市民が屯するロビーをうろうろしたあとに、最も人目が立つところにある、件の、案内カウンターで、顔を真っ赤にして、目の前が暗くなるような思いをしながら生活保護の申請にはどこに行けばいいのか、声にだして訊ねなければならなかったはずです。

週末に鎌倉にいくたびに、居酒屋で顔をあわせて、そのうちには仲がよくなった市役所の人がいて、その人の「唐竹を割ったような」人柄のよさと、野蛮で陰湿な残虐さをもった市役所の生活保護受給者への仕打ちと較べて、日欧混血の子供への差別や、貧困、在日コリアンへの差別、どの話題でも、ごく普通の日本の人が、
「え?ガメさん、考えすぎですよおー。わたしのまわりに、そんな人、ひっとりもいませんよ。なあんかインターネットとかで、おかしなことを吹き込まれて日本に偏見があるんじゃないですかあ?」と明るく述べる日本社会のからくりが判るような気がした。

生活保護の受給者は「弱い者」なのではない、社会制度や、運や、病気や障害によって、いまたまたま負けが込んで、というと言い方として下品だが、ほかに表現がおもいつかないので、知らぬ顔でつかうと、負けが込んで、ここでどうしてもひと息つかなければならなくなったひとたちの「陽だまり」で、そんなものひとつ用意できなかったり、吝嗇と残忍な本性を発揮して、意地悪い言葉を投げつけるようなものを「社会」とは到底呼べないだろうとおもう。
そういう人間は「社会はなんのためにあるのか?」という最も根本的な問いをわすれている。

社会は、もちろん、個々の個人のためにある。

陽だまりには、また、生活保護ではなくて、魂を保護するためのものもある。
性的被害のトラウマや、ディプレッションとの戦いで、旗色が悪くて、負けかけている人がいる。

なにもする気が起きない、どこへも出かけたくない、という若い人と話してみると、本人が気が付いていないだけで、鬱病であることが、びっくりするほど多いのは、別に、よく話題になるポーランドや韓国や日本に限らず、世界中の国に蔓延する病で、ひとびとは必死に戦っていて、ニュージーランドならば、パブやレストランで給仕してくれるウエイトレスの女の人の手首の内側に小さいセミコロンの刺青が見えることも、珍しくない。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/07/23/project-semicolon/

「それは大変だね。でも、若いんだから、もっとがんばらないと」というような、おっそろしいことを言わないですむために、鬱病についてのひととおりの知識を身に付けておくことは、いまの世界では、もちろん、愚にもつかないテーブルマナーなどよりは、遙かに大事な身に付けるべき常識になっている。

ぼくのところにも、よくツイッタのタイムラインやなんかで話題になる「はてなから来ました」の、やたらと他人をくさして攻撃するのが大好きなおっちゃんたちが来るが、あそこまで病的な人びとは別にしても、日本語社会は、もともと攻撃性が強い社会で、しかも、攻撃している本人は、見ていると、自分が他人にとってannoyanceになっているということすら自覚していなくて、いわば会話の習慣のようにして、たとえば「子供はつくらないの?」という。

「早く結婚しなくて、だいじょぶなの?」と、おでん屋のカウンターで中年のやたらと身なりに気を使った上司らしい男の人が若い女の人に述べていたりするのを聴かされると、まるで無関係な外国人にすぎないこちらが、「おまえこそ、頭、だいじょうぶか?」と聞いてみたくなる。
日本の人には、言われて不愉快なおもいをする当人以外は実感がまるでないらしいが、なんだか社会ごと失礼であるような、奇妙な社会で、なにしろ文化の比較が趣味のようになっていて、しかも最近は病膏肓に入っているのではないかと自分でも疑いだしている人間としては、こんな社会、ほかにあったかなあー、と、マイクロネシアの島社会のあれこれを思い浮かべてみたりするが、いわば、通りで知り合いに出会うと、おもいきり相手の頬をひっぱたくのが挨拶の習慣になっているようなもので、見ていて、茫然とする。

日本は訪問するには最高に楽しい国だが、住むのは、やっぱりちょっと無理だよね、と納得する契機に、よく、なっていた。

冬の寒さがゆるんで、あたたかくなってくると、社会全体が陽だまりのようになってゆく。
自分の一生のなかでは、立ち直りかけてはいたが、まだまだやることなすことヘマばかりだった、90年代のニュージーランドがそうだった。

小さなことです。
本屋のドアを開けて入ろうとする。
向こうから、女の人がやってくる。
横にどいて、ドアを開けて待っていると、女の人が、世にも陽気な声で、
「まあ、なんて素敵な紳士なんでしょう!」と明るい笑顔で、述べてゆく。
紳士だと呼ばれた10歳の子供(←わしのことね)のほうは、なんだかおとなになったような気がして、すっかり浮き浮きしてしまう。

あるいは、世紀の変わり目に近い頃になっても、横断歩道で、えんじ色の制服の小学生たちのグループのためにクルマを止めると、もちろん止まるのはクルマのほうが、あたりまえのことであるのに、みなが手をおおきくふりながら「ありがとう!」と口々に叫びながら渡ってゆく。

そのころは、なんども書いていて、ニュージーランドに気の毒だが、ものすごく貧乏な国で、まるで国がまるごと失業しているようなていたらくで、PhDを持っていてリンゴ拾いのアルバイトをしたり、大繁栄をしている日本に行ってなんとか稼ごうと考えて、時給350円のアイスクリーム工場で働いたりする女の学生がたくさんいたりして、遊びにきたアメリカ人の友達たちが、失礼にも、あまりの惨状に大笑いするくらい貧しい国だった。

ニュージーランドは、むかしから貧乏とは縁がある国で、なにしろスタートレックテレビシリーズには世界から遙かに離れて罪人を島流しにして隔離する世界連邦の国まるごとの刑務所として登場するくらいで、他の文明世界から遠く離れているのが禍して、若い人間のキャリア上の希望は、なんとか渡航費をやりくりして、稼いで、オーストラリアか他の英語国に行ってカネを稼げるようになることしかなかった。

いっぽうの連合王国の人間として、ニュージーランド人をうけいれる側からみると、ニュージーランドのイメージは、失礼なので、まさか口にだして言ったことはないが、ウエイター/ウエイトレスで、20000キロ離れたところから見ていても、ニュージーランドという国が、食うや食わずのドビンボ国なのは、よく判った。

ところが、この貧乏な国は、一方では、世界のなかで、そこにだけ、ただ一箇所太陽の光が射しているような陽だまりだったのですよ。
みんなが貧乏で、助けあって、食べ物が買えない人には、必ず誰かが食べ物をもってきて、一緒に食べていたし、少しでもオカネがあるような様子をみせるのは、考えてみれば良いことか悪いことかわからないが、最も恥ずべきことだと考えられていて、あの貧しさのなかで、やってきはじめたアジア系の移民が収入を偽って生活保護を不正に受給しているというニュースに怒ったりしながら、それでも生活保護を正当に受給する人間を蔑ろに見るようなメンタリティは想像の外だった。

ニュージーランドは連合王国の労働者階級が文明的な生活をすることを夢見て、遙々危険な航海をしてやってきて作った国で、「これは自分たちがつくった社会なのだ」という強い誇りがあったからだと思います。
いまは失敗している仲間も、たまたまうまくいっている仲間も、みな同じ仲間ではないか、という強い意識は、失敗した者をみくだすような態度を軽蔑させる。
連合王国には、うようよいる、強者の驕りをみせて振る舞う人間にうんざりしてやってきたのに、自分達の国でまで、そんなものを観たいとおもわない。

かつては訪問する外国人たちに「まるで天性の人民戦線主義者のようだ」と言わせた日本は、繁栄と、強者と弱者を生みだす社会に変容することによって、どうなったか。

いまの日本社会をつくったひとたちは、なんだか、みなが天を向いて掌をさしだしているというか、オカネもなにも、自分が言われたように暮らしていることの代償として、空から降ってくるのだと信じているような所があって、案外と、自分は社会の外側にいて、自分と社会とは交渉的な関わりしかないのだと考えているように見えることがある。
そのなかで高いところからオカネを撒く人の気持ちを最も汲んで、「模範的な支配のされかた」を演じてみせたものが社会の強者として振る舞うという不思議な習慣をもっている。

「え?暮らせない?あなた、社会に言われたように暮らさなかったんじゃないの?」と役所の福祉課の窓口で言われそうな、怖いところがある。

いつのまにか陽だまりを失って、凍えるひとびとを、突き刺すような視線でにらみつけるようなところがある。

その睨みつける視線が、いったい、どこから来たのか、なにに由来するのか、これから、考えてみようとしているところです。

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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One Response to 陽だまりに休む権利

  1. キラキラ大島 says:

    小学4年生のとき、僕の居場所は校庭の隅にある鉄製の藤棚の、四隅の柱を登ったところだった。柱といっても梯子のようになっていて、10歳の子供にも容易に登ることができた。高さ2.5mほどのその場所に登って、昼休みの間ずっと、校庭で遊んでるクラスメイトたちの姿を眺めていた。

    とある理由で囃し立てられるようになり、それはクラス中に広がり、彼らと一緒に遊ぶことはしばらくの間できなくなっていた。それが、当時の僕のひだまりだったのでしょうか。今なら安全上の理由とかなんとかで、登るの禁止になって、登ることで避難しようとする子供は引き摺り下ろされ、逃げ場を失ってしまったのかもしれません。

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