太陽が昇るとき 3

上手に焼けたパンケーキが皿に山積みになっていて、オーブンでカリカリに焼いたベーコンがその上に載っている。
フライにしたバナナや、ブルーベリーが脇にあって、バターを薄く切って、パンケーキとパンケーキのあいだに、溶けたときの分布を考えて慎重に配置する。
仕上げにはカナダ産のシロップをベーコンやパンケーキの上から、大々的にかけて、舌なめずりをする。

家の料理の人は、慣れたもので、この家の人間はラテを飲んでいたかとおもうと突然アルグレイを飲みたくなったり、わがままなことを言い出すのが判っているので、初めから、コージーをかぶせたでっかいティーポットもテーブルの上に載っている。

このあいだ、きみが、「人間の幸福とはなにか?」と書いて寄越したときに、考えていたのは、要するにそんなことでした。

いまの欧州の混乱が、1914年に文明が消滅したことの直截の結果なのだ、というきみの意見は、おそらく正しい。
百年を経て、そのあいだ、ひらたく述べればジタバタして、結局、どうにもこうにも文明の維持をする見通しが立たなくなったのがいまの世界なのでしょう。

子供が欲しいとおもった瞬間に、思い詰めた顔で、ガメ、オーストラリアとニュージーランドに本拠がつくれないか、と述べたモニは、いつものことで、とても勘がよかったのだとおもう。

文明の相克、ということを考える。
このあいだ、こういうことがあった。
日本語のツイッタで、最近、ようやく東京大学とハーバード大学なら、ハーバードのほうが良いに決まっている、というようなことを言い出した日本の母親たちが、例の、ハーバードのアジア人に不利な点数の傾斜を不公平だ、と述べて怒っているの。

これほど明らかな人種差別をハーバード大学のような一流の大学がやっていいのだろうか。

とうてい、わたしたちには許すことが出来ない。

マサチューセッツのケンブリッジのような町にも、ちゃんと白人至上主義者文化は育っていて、もう何年も前から、fraternitiesやsororitiesの残党のようにして集まった学生たちが、
「われわれが苦労して築き上げた教育システムを盗みに来るアジア人たち」というような意見を述べている。

アジア人は、ネズミのように勉強して、ただガリ勉で、人間的にはまったく何も学ぶことなしに点数を上げにかかっているだけではないか。
あんなものが知性と呼べるのか。
教え込まれた芸を正確に再現できるだけの猿ではないか。
われわれはアジア人の盗癖、虚言癖、要領の良さ、薄っぺらい知性を到底ゆるすことはできない。

ぶきー。

きみとぼくと、あのときボストンにいて、おもしろがって会場にでかけて、ペールエールをなめながら、これは、あれだな、この、ものすごく偏狭でケチくさい文化は、どうしたってアングロサクソン文化で、なるほどここには我々の伝統が純粋に生き残っているわけだな、と大声で笑ったら、なんだかデイビッド・ボウイに似た顔のリーダー格に、すごい顔でにらまれたのだった。

人間は、どうして、こうバカなのか、ときみがため息をついていたのを思い出す。
あれはブッシュが湾岸戦争で勝利宣言をだして、イラクの占領政策は日本方式でいく、あの日本人たちでさえ平和主義になるほどうまくいく政策なのだから、うまくいかないわけがない、と述べたときのことだから、相当むかしのことだね。

ぼくはきみの向かいの席に座っていて、薄いガラス板を二枚貼り合わせて、そのせまい空間で営巣した蟻たちが、自分たちの生活のなにもかもを見せてしまうようにして、華氏100度の夏、どの部屋にも冷房なんかないニューヨークの売春宿で、窓を開けっぱなしにして、営業に勤しんでいる勤勉な売春婦達の絵を描いていた。

あれ、きみは気に入ってくれて、オカネを払ってもいいから是非自分に売ってくれ、実家の礼拝室に飾るからと言っていたけど、家に持ち帰って、絵の中のビルの、というのはつまりbrothelの、建物の屋上に腰掛けて、売春婦たちと客たちを祝福する、キャリコドレスの天使達を描き足して、そのまましまいこんでしまったのだった。

いつかモニが掃除の途中で見つけて、この4階の男と女はクリントンとモニカルウィンスキーに似ている、と述べておもしろがっていた。

そのほかには、この壊れた世界を説明するには、どんな象徴があるだろうか。

きみがよく知っている通り、ぼくの叔母の旦那は日本人で、まったく洋化した人格の部分と、日本人のままの部分の、融合しきれなかったアマルガムのような人だが、一緒に中西部を旅していたら、ある日、
「ガメと一緒にでかけると、怖いからいやだ」と冗談めかして述べたことがあった。
冗談めかしてはいるけれども、眼が案外と真剣だったので、どうかしたの?と聞き直してみたら、
「だって、ガメ、きみは気が付かないのかい?
どこの国でも、きみが好んでいくところは、色がついた人はひとりもいなくて、白い人ばっかりじゃないか。
ニュージーランドやイギリスでは、それでも、まだいいけど、テキサスなんかで、きみの趣味を発揮されると、おれは撃ち殺されて死ぬかもしれない」と言う。

なにをおおげさな、と思って笑ってしまったが、その話をあとでモニにしたら、
こともなげに「うん。ガメは土地や店への趣味がレッドネックなところがあるとおもう」と楽しそうに言われたので衝撃をうけてしまった。

そのときは、Criminal Mindsで捜査官たちが使っているのとそっくりのGMのSUVで、ダラスの郊外にある有名なBBQの店に行った。

いつもは、そんなことを考えないんだけど、ドアを開けて、テーブルに案内されて、広い店内を見渡すと、なるほど白い人ばかりで、
かーちゃんシスターとモニとわしと、やっぱり白くて、義理叔父はただひとりのアジア人で、なるほど、今度からは考えたほうがいいのかと、そんなふうにしか考えられなくなっていた。

でも、もっと、ものすごいことが起きたのは、そのあとなんだよ。
ものすごいことが起きたというか、ものすごいことに、なにも起きなかったというべきなのだろうけど。

店内は白い人ばかりと書いたが、中国の人か日本の人か、アジアの人のカップルが店に入ってきて、別にまわりの客がちらちらと視線を送ったりすることもなくて、なんだ、やっぱりギリオージは考えすぎで、いまどき、人種差別なんて、ありゃしねーぜ、と考えた。

21世紀になっていたからね。
人種差別なんて、家のどこかにはあっても、テキサスでも、ワードローブの奥深くにしまい込まれているわけだ、と独りごちていた。

ところが。

ギリオージが余計なことを言うものだから、ときどきちらちらとアジア人カップルに視線を向けていたぼくは、嫌なことに気が付いた。
誰も注文を取りにいかないんだよ。

金曜日の忙しい夜で、いかにも、やることに追い立てられて、なかなか真ん中のテーブルまでは手が回らないらしいようすだった。

メニューが来ないので、男の人のほうが、じれて、立っていって、バーからレストランのメニューを、ふたつ、取ってきていた。

そう、そう。
きみも行ったことがあるんだったよね。
そのQです。
あのレストランは、地元では大変な人気で、カウボーイハットにカウボーイブーツで、背が高い若い健康な感じの女の人ばかりを店員に揃えていて、広い店内を、赤いスカーフをクビにまいて、金髪をなびかせて、広い店内を「闊歩している」と言いたくなるようなやりかたでトレイを片手に歩きまわっている。

ところが、そのアジア人カップルが座っているテーブルだけは、うまい具合に見過ごされて、誰も注文を取りにいかない。

ぼくたちのテーブルにウエイトレスがやってきて、なにも追加に頼むものはないか、不足はないですか?と聞きにきたときに、義理叔父が、「余計なことだが、あのテーブルのひとたちは、さっきから注文する機会を待っているのだとおもう」と述べたら、ウエイトレスは、びっくりした様子で、
ああ!ありがとうございます! 忙しいので、サービスが行き届かなくて、まったく恥ずかしい!
と言った。

その次に起きたことは、賢明なきみのことだから、すぐに判って、なんだか、ニヤニヤしながら、この手紙を読んでいるのではなかろーか。

そう。
そのとおり。
その気の毒なアジア人カップルのテーブルには、その後も相変わらず誰も注文を取りにいかなくて、なんどかアイコンタクトで、ウエイトレスの人達は、うなずいて、にっこり笑っているのだけど、到頭、さいごまで忘れられたテーブルで、カップルは、納得がいかない様子で、立ち上がって、店を後にした。

 

 

上手に焼けたパンケーキが皿に山積みになっていて、オーブンでカリカリに焼いたベーコンがその上に載っている。
フライにしたバナナや、ブルーベリーが脇にあって、バターを薄く切って、パンケーキとパンケーキのあいだに、溶けたときの分布を考えて慎重に配置する。

ふと、ホストファミリにこれと全くおなじブレックファストを出されたタイ人の女の留学生ふたりが、手もつけずに、食べなかった話をおもいだす。

腕によりをかけたホストファミリの「おかあさん」役の人が、「あら、あなたたち、食べないの?おいしいのに」と言うと、
ふたりとも、ええええー、というように身体をよじって、手を出さないでいる。

おどけて「人間の食べ物じゃない」っちゅう調子だね、と述べると、
マジメな顔で、「そうです。こんなものはタイでは人間の食べ物ではない」と言った。

ホストファミリーの「両親」は明るく笑って、それじゃ仕方がないわね、と述べて、シンクの下のゴミ箱にパンケーキを捨てていた。

 

 

われわれには解決があるだろうか?

ちょうどロンドンオリンピックのときに、日本語世界では大層な人気がある、ロンドン大学の教員だかなんだかと結婚した日本人の女の人が、「いまこそオカネがある日本人はイギリスの家を買い漁るべきだ」とツイッタで述べていて、
まわりの、4万を超えるフォロワーの日本人たちは、口々に「オカネさえあれば」と述べていた。

われわれには解決があるだろうか?

ウォール街で働いてコガネを貯めた女の人は、「ウォール街はわたしに日本では与えられなかったチャンスをくれて感謝している」と述べるくらいはよかったが、実際、ぼくも、なるほど、おとなになってから日本からやってきて英語世界で成功するのはたいへんだったろうなあーと考えて、えらいのお、と考えたりしたが、
CDOの犯罪的な時代のウォールストリートを、なぜなのか、自慢しだしたので、それは酷いのじゃないかと述べたら、「素人は黙ってろ」
おまけに、そのあとがあって、マヌケ日本人の決まり文句の「ニセガイジン」で、
衆を糾合して、日本人のニホンジンたるところを遺憾なく発揮しだした。
なんだか、まるで、アメリカのトランプサポーターたちが述べるアジア人のカリカチュアで、げんなりして、なんとも言えない寂寥にとらわれることになった。

いま、この瞬間で、最も深刻な議論は、欧州人の「多文化主義は失敗だったのではないか?」という議論であることは、言うまでもない。

北米を例にとれば当のアジアの人たちは信じないだろうが、憎悪の種類が異なるアフリカ系人たちへの感情と異なって、ほっておけば、ゆっくりと、だが着実に「アジア人排斥」まで行くだろう。

その背景は、「人種差別」とアジアの人が気楽に述べるようなことではなくて、あいいれない文明への憎悪で、魂の、最も深いところから来る「違和感」のようなものであるに違いない。

「人種差別はダメだから、なくそう」というわれわれの耳になじんだ意見が、どうしても届かないところで、問題は起こっているのだとおもいます。

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3 Responses to 太陽が昇るとき 3

  1. “欧州人の「多文化主義は失敗だったのではないか?」という議論”

    ヨーロッパを見るとき、僕は「外人」だし、教養も薄くて、わずかにちょうど「ヨーロッパ」が「EU」になる1990年代から何度か旅をした時の強い印象と、要点だけの学校での世界史のお勉強をかいつまんでの印象からしか、述べることができません。

    その頃にもっとも印象に残っているのは、ベルリンの壁の崩壊の端緒を作ったと言われている
    https://en.wikipedia.org/wiki/Pan-European_Picnic
    の出来事と、たぶんそういうのを受けて、U2の、Bonoが、漫画っぽく「EU」の誕生を僕たちに見せてくれたライブでした。

    まだその頃は彼らは日本にもツアーに来てくれていて、東京ドームに観に行ったライブの印象は鮮烈で、このYouTubeの、Bono本人が現れる瞬間までの映像と音のコラージュと、こぼれ落ちる「EUの星」。
    そして、そこからの彼のダンス。勝手に歩き回る足を抑えられない頭、誰かに振り上げる自分の拳を抑えようとするもう片方の自分の手、爆発する観念についていけずに悲鳴をあげる肉体・・・みたいのが全部込められていて、この数分間の体験は、僕の一生の中でも指折りの濃厚な経験でした。

    「ZOOROPA」という造語で彼らが見せてくれた戯画(漫画)は、僕にとって、
    「ヨーロッパはこれから、ものすごいことを試してみる。結果がどうなるかはわからんんけど」
    というメッセージでした。
    コワイ感じと、ワクワクする感じがせめぎ合っていたのを覚えています。

    そして、4半世紀経って、このエントリーでガメさんが持ち出す、
    “欧州人の「多文化主義は失敗だったのではないか?」という議論”
    に直結します。僕の中では。

    「1914年に文明が消滅した」
    という視座はおおむね的を射ていると思うし、だとすると、その文明のピークは、19世紀末のウィーンなどにあった、あれらなのではないか…と思う。
    してみると、そこから100年以上を経ている私たちは、SFの描写にありそうな、自分たちが文明を失ったことに気づかないまま、前世紀の遺跡や遺物をさも自分たちが作り出した自分たちのものであるかのように、まるで文明人であるかのように振る舞っている、「ゆっくり滅びゆく者たち」なのかしら。とも。

    「人種差別」どころではない、「人類の生存の(ひとつの)危機」なのだとしたら、その予兆のスケッチとしては、すべてが肚に入ってくる感じはあります。

    Liked by 2 people

  2. キラキラ大島 says:

    夜中に新しいブログを書いたというツイートを見て、でも眠いので明日にしようと思って、でもでも明日には無いとかいうのでやっぱ読もうかと思ったけども寝落ちして……。

    で、どうせ無くなってるよなと思って翌日は見に行かなくて。翌々日になってやっぱり無いよなと思ったら、ありました。ありがとう。

    大学生の頃にライブや演劇を片っ端から見に行った僕は毎週のようにチケットを買う列に並んで良い席を確保して。本当に良い席ばかりだから一緒に行くヤツも大層感謝して。それでも一緒に行くヤツが行けなくなったということもたまにあって、それで当日券を求めて会場の窓口に並んでる人に売っちゃおうかと武道館に行って声をかけたら近くにいたコワモテのオニーサンに声をかけられ「こら、お前なにやっとるんじゃ。それは違法行為だぞ、やっちゃいけないことなんだぞ」と字面の100倍恐い言葉遣いで脅され。ようするにダフ屋のオニーサンです。おいおい違法行為を日常的に生業にしている人に言われたくはないわと心の中で思いつつも言いません。コワいので。言いませんけどこっちも退く気は無くて。困った顔をしつつ睨み返します。そうしていたらそのオニーサンに近寄ってくる中年おっさん。「なにしてんだ」「へい、こいつが、その」「(僕に向かって)おい、チケット余っとるのか。見せてみろ」と言ってくるので渋々見せます。「定価で買ってやる。それでいいだろ」「(オニーサンが)えええっ、そんな!」「いいんだ、オレの道楽だ」といって、中年おっさんが僕の武道館アリーナ最前列のチケットを定価で買ってくれました。こちらも最初から当日券目的の素人に定価で売ろうとしてただけなので、まあいいですけど。あのチケットは何十倍にもなって売られたのでしょうか。

    ダフ屋さんにはまったく怖れなくなった僕はその後ニューヨークに遊びに行き、マジソンスクウェアガーデンでマイケルジャクソンのBADツアーが行なわれるということを当日に知ります。これはどうにかして行けないものかと思ってMSGに近寄ると、周囲で「マイケルジャクソンチケット、マイケルジャクソンチケット」と呟いて立っているオニーサンの姿がちらほらと。全員黒人でした。そのうちのひとりに声を掛けて買う意志を示すと、地下に連れて行かれて。やり取りの現場を見つかるとヤバいのか、地下のコインロッカーの裏手のような場所に連れて行かれて。ほうほうこういうところでやり取りするんだなと思っていたら物陰のあちらこちらから30人ほどの黒人の人たちが現れては何やら叫びます。どうやら「オレから買え」と言っているようで。日本のダフ屋システムは全員がひとつの組織に所属した売り子で、だからダフ屋同士での客の奪い合いはないのですけど、どうやらNYではそんな組織はなくて全員個人のダフ屋のようで。それが客(僕)を奪い合おうと目を血走らせて迫ってくる。単純に、恐かったです。黒人だったから恐かったのかどうかはよくわからないけれども、その現場にいるチケットを買えの人たちが迫ってくるのは、単純に恐かったのです。白人でもアジア人でも、やっぱり恐かったのでしょうか、よくわかりませんけど。

    異国の異文化の異人種の、そういう人と友達になれば人種差別が愚かというかバカらしいというか自分はヤだねという気持ちが、理屈ではなくて感情のレベルで自分のものになるけれども、そういう経験がなければなかなかそういう想いに至らないというのはあるのかもしれません。

    後日またニューヨークに行ったとき、今度はマジソンスクウェアガーデンでニックスvsブルズの試合があると知り、おお、マイケルジョーダン見たいなと思ってまたダフ屋さんを探し、無事に購入。今度もまた黒人のダフ屋さんでした。チケットを手に入れた僕は試合開始直前に会場に到着し、受付でチケットを見せると奥から責任者みたいな人がやってきて、目の前でチケットを破り捨ててしまい。「これはニセモノだ。悪いこと言わないからこのまま帰れ。グダグダ言うと警察呼ぶことになるぞ」みたいなことを言われてかなりショックでした。うん、ダフ屋からチケットを買ってはいけません。あれ以来ダフ屋からは距離を置くようになり、もう25年近くが経ってしまいました。

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  3. Hideyuki Goda says:

    魂の深いところからくる違和感。悲しいけど、それがうまく言い表しているように思った。
    それが両方の側にあるもので、避けられないもので、理性や智慧では勝てないかもしれない、と言っているのも悲しい。

    僕も昔カナダでホットドッグ屋さんに無視されたことがあって、今ガメさんの文章を読んだことで、彼女の行動が何か理由があって私を嫌っていたのではなく、本能的な嫌悪感によるものであったかもしれないと考えると、それでも幾分気が楽になった。ありがとう。

    あと、元日本人らしき人がガメさんに大きな失礼を働いたこと、日本人として申し訳なく思います。ネットだとなぜあんなに攻撃的になるのか、わかりませんが、それも日本人の深いところからくるのかも知れません。

    距離が縮まり、つまり狭くなってきた世界にある、理由のある嫌悪と理由のない嫌悪。後者は、今のところ解決できないかもしれない。でもそれを知ることが、その先に進むことにつながるといい。そう思いたい。

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