夏、日本

「氷」の赤い文字の旗が風に揺れていて、空には、低い、けれども海に迫った急峻な山を前景に、濃い青色の空と真っ白で垂直な、巨大な積乱雲が立っている。
きみがいる日本が夏のさなかであることを考えていたら、ふと、子供のとき、あれほど大好きだった葉山のことをおもいだしました。
長者ヶ崎の、砂浜はびっしりと人で埋まっているのに沖合には誰もいない海や、森戸や一色の、少しいけば岩礁がある、楽しい海のことを思い出していた。

暑いのは苦手なのに、日本での楽しかった記憶を思い出すと、子供の頃のものはたいてい夏で、おとなになってから再訪した日本のほうは、冬の記憶ばかりなのを、不思議な気持で考える。
子供のころは、暑さに強かったのだろうか?

日本の夏には、思い出がたくさんある。
妹やぼくにとっては食べるものではなくて料理の素材なので、その上にいろいろなものをかけて食べるかき氷が珍しくて仕方がなかった。
もちろん、西洋でも食べる人がいるのは知っていたが、日本の「かき氷屋さん」は、あたりまえだが、独特で、なんだか質素なテーブルと椅子でかき氷を食べているひとちが、全員、ほんとうは人間ではなくて精霊であるような気がしたものでした。

きみは、日本のあの途方もなく暑い夏が、常に「死」の連想と結びついているのに気が付きましたか?

西方浄土、という。
死んで、立山に集まって、恐山に向かって、そこから西方に去っていった死せる人間の魂たちが、お盆になると、逆の道のりをたどって帰ってくる。

また、そんなバカなことを言って喜んでいる、と笑うきみの顔が見えそうだけど、あれには案外なおもしろいところがあってね。

日本語で書かれた本には怪談が無数にあるのだけれど、そのなかで実話と銘打っているもののなかには、ちょうどアイルランドの悪霊のように決まった空中の通り道をとおって、彼岸と此岸を往還する魂の往還路を遮ってアパートを建ててしまって、部屋のなかを通り抜ける亡霊に悩まされる住人の話がよく出てくるが、場所がわかるものに見当をつけて、日本地図の上に記しをつけていくと、案外立山と恐山を結ぶ線の上に点在していたりするのです。

やってみればいいよ。
やってみろ、と言われても、おれが日本語が判らないのを見越していっているんだろう、と言われそうだけど。

世界の奇習のひとつに数えられそうな、日本の、「夏に怪談をして涼む」習慣は、もちろん、お盆のせいだろうけど、例の精霊流しもあって、奇妙な現実感にあふれている。
そして、死の季節が死を呼び込むように、広島と長崎の原爆をもちだすまでもなく、日本の人にとっては、歴史的にも、輝かしい太陽が高天に燦然とのぼる夏は、同時に、ぞっとするような死の季節でもある。

里帰りをした夏、橋をわたって、夜更けに、祖母におぶさって散歩に出たひとの話を聞いたことがある。
そんな夜更けに祖母が幼かった自分をつれだすわけはないので、つれだした祖母がほんとうに祖母だったかどうかも、よくわからないと、その人は述べていた。
橋をわたるときに、川下に赤い光が灯っていることに気が付いたので、
「ばあちゃん、あれはなに?」と訊いたら「電話局の電信塔の灯りだよ」という。
ところが、川上にもおなじ赤い光があるので、「じゃあ、あれも電話局なの?」と訊くと、今度はなにもこたえてくれなかった。

気が付くと、寝床にいて、朝で、みんなにその話をすると、「夢をみたんだろう」と笑われた。
釈然としない気持で朝ご飯を食べて、部屋にもどろうとしたら、廊下ですれちがった祖母が、「他人に言うなと、あれほど言ったのに、おまえはほんとにダメな子供だな」と押し殺した声で述べたそうです。

あるいは子供のときに、むかしの日本式に一本櫓で漕ぐ舟をもっている人がいて、乗せてやるから遊びに来いと言われて葉山に遊びに行った人がいて、夜中にトイレに起きて、用を足していると自分の背よりも高い窓から、年寄りの女の人と孫であるらしいふたりの会話が聞こえてきて、どうやら夕食の仕度をしているらしくて、
ずいぶん遅い夕飯だなあと訝しくおもった。

次の日、その別荘の主人である例の和船の持ち主のおじさんに、隣の家は随分遅くまで起きている、と言ってみたら、
「なに言ってるの。この家は崖に立っているの、きみも知っているでしょう?」
と言われて、トイレで聞いた声は空中から聞こえたものであることに気が付いて、ぞっとしたという。

日本の夏には、そういう話があふれていて、ただ生命の繁栄と輝き渡る森や草原の美しさが氾濫する、きみやぼくが生まれた国とは異なるらしい。

精霊に満ちた日本という日本のイメージは、ラフカディオ・ハーンが奥さんのセツさんと合作した、まぼろしのような日本で、ほんとうには存在していなくて、
夜中に追分の森を歩いていて、きみとぼくが感じた精霊たちの存在は、迷信というよりも、もしかしたら、いっそ偏見なのかも知れません。

でも、ぼくの頭のなかでは日本は、そういう国で、その不可視の美が、いまでもしつこく日本語をやっている理由である気がする。

ほら、六本木の、いまはred areaという名前になっているらしい、ガス・パニックがある路地があるでしょう?
あの裏は六本木墓地で、Tがロシア人の女の人を「ひっかけて」、あんなに家が多いところでエッチしてたりしていたけど、フリョウガイジンたちがいなくなると、墓地は墓地にもどって、静まり返って、そこだけが日本に還ってゆく。

日本の墓地は少しもこわくなくて、ぼくは大好きで、夜中に鎌倉の妙法寺の丘を墓石をぬってのぼっていって、腰掛けてスキットルからウイスキーを飲んで、ぼんやりと考え事をするのが好きだった。
こわくないといっても、墓地は墓地なので、よくなぜ日本には死が充満しているのか考えた。

ときどき日本人は文明を死者の視点から観ているのではないかとおもうことがあります。
よりよく死ぬ、ということではない。
そうではなくて、日本の人にとっては死だけが重要で、それが救済であって、此岸に生活することは、一種のテンポラリイな、その場限りの時間なのではなかろうか。

日本と付き合いが長くなると、このあいだきみが手紙に書いていたように、「日本人は真剣に生きていない。ただ生きている時間を無駄なことに使うためにすごしている」印象をもつことが、たしかにあります。

意地悪なことが大好きだったり、悪意をもって、誰かを集団でおとしいれたり、のけ者にしたりする企画に、手もなく熱中する国民性も、もしかしたら、「生きる事に真剣でない」ことから来ているのではないか。

死こそが日本人の故郷なのではないか。
生は日本の人にとっては、真剣にやってみるのに値しない仮の姿にしかすぎないのではないだろうか。

いや、きっと、日本の夏を満喫しているらしいきみの楽しそうな手紙が、うらやましくて、ヘンなことを考えているだけかも。

軽井沢だと、諏訪神社で盆踊りがあるよ。
花火大会は矢ヶ崎の公園に行くのがいいとおもいます。
貯水池のところ。

あんまり行かないままになっているので、ときどき、日本自体が彼岸にあるような気がする、というのは、やっぱり、あんまり良い冗談ではないのでやめておきます。

軽井沢でも暑いときは、クルマで菅平にいくと、涼しいかもしれません。
あそこにはオールブラックスのファンもいっぱいいるんだよ。
日本で、シルバーファーンが、あんなにあちこちにある町はないんじゃないかしら。

発地のホタルが、とてもなつかしい。
ときどき、日本語を知らないままでいたほうが、いまより日本を好きでいられたかもしれないと淋しい気持になることがあります。

犬さんは人間よりも幸福か?という問題にしかすぎないわけだけど。

来週はロールストンに行くんだよ。
ジョニーが、また酔っ払ってショットガンで羊の頭をぶっとばしたって、おくさんが激怒していた。
みんな、きみが帰ってくるのを楽しみにしています。

では

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