Daily Archives: August 21, 2018

新しい友達に 1 一色登希彦

アイコンは、かなり早くから気が付いていました。 三等身の男の人が、なんだかあられもない、お尻をもちあげた、切ないかっこうで俯せに、頬を床につけて眠っている絵柄で、よく見ると、白いほうにはA面と書いてあって、黒いほうにはB面と書いてあって、ふたつのアカウントがある。 何をしている人なのか、どんな人なのかも、少しも判らないので、フォローしたり、話しかけたりするのはずっと遠慮していたが、あなたのほうは、頓着せずに、こちらが、フォロワーが3万だとか4万だとか、日本の良民に人気がある「インフルエンサー」の皆さんのアカウントの鈍感と失礼と倫理感の欠落やなんかにむかっぱらを立てて、ぶわっかたれめが、自分のケツの穴に顔つっこんで窒息して死にやがれ、というようなことを述べて、大顰蹙を買って、当然の帰結として、フォロワー数が500とか1000とかいう単位でゾロッと減っているときでも、 やっぱりA面もB面も、なにごともないように淡々とフォローしていて、 ただ黙ってフォローしているだけでも、ここまで来ると変人なのではなかろーか、と考えて、くすくす笑ったりしていたのをおぼえている。 一色登希彦 @ishikitokihiko という名前の人がマンガ家なのだとわかっても、マンガに疎くて、「パタリロ」や「プレイボール」、「すすめ!パイレーツ」くらいしか読んだことがない人間としては、「マンガ家」という言葉が「マンガを描く人」という意味しかもっていない。 あなたが屋台の品だなかだったんだか、なんだったかの画像を載せていたのをきっかけに話しかけることになって、マンガを描くことに精魂つかいはたした人が描いたマンガを読まないのはトンチキというもので、読んでみたら、その「日本沈没」というマンガは、描いた人の体内から彷徨いでた魔神(デーモン)が作者の腕を、ワシとつかんで描いたていのもので、小松左京の、どこかにバブル時代の日本の甘さがある原作とは、まったく異なっていて、まるで記憶のなかの未来を思い出しながら描いている人のように、福島第一事故の不正直な処理を起点にして、どんどん、文字通り精神的文明的に沈没していった日本の姿を記録しているのを見ていって、ぶっくらこいてしまった。 吉本隆明はいかにも、晩年、中島みゆきを「日本語最高の詩人」として絶賛するに至る、愛すべき感情過多情緒過多の抒情詩人だった人だったらしく、 「もっと深く絶望せよ」というようなことを、よく口にして、たしか大江健三郎には「もっと深く絶望しなければダメだ」と公開書簡にして書いていたとおもいます。 いまよりは、数段劣っていた日本語読解力の頃に、読んで、もっと深く絶望せよ、とは、さて、どういう意味だろうと、よく考えたが、深い井戸におりて、絶望の底をもっと掘り進めば、やがてそこに自分の姿を映す水が湧いて、自分の必死の形相の後景には太陽の光が燦然と輝き渡る青空が映っているはずで、その輝かしい円形にめざめよ、という意味であることを悟ったのは、ずっと後のことでした。 ここでは、その「日本沈没」の話をしない。 一色登希彦の、そこまでの一生の全エネルギーが、そっくり移転したような「日本沈没」という空前の思考を刺激する構造やアイデアに満ち満ちたマンガを読んで、マンガにすっかり興味がわいて、マンガが分野として苦手な日本の古書店の手下(てか)に号令して、マンガを集めさせているさいちゅうで、 このあとに、嫌がっても、同族として、やっぱり登場してもらうしかなさそうな南Q太さんのマンガとともに、無謀にも愚かにも、愚神のそそのかしに乗ってマンガについてブログ記事とは少し異なる英語のスタイルの評論を書こうとおもっているからで、こっちは「げ。ガメがやる気をだすこともあるのか。そんなもん本にするに決まっているではないか」というギョーカイの友達もいて、少なくとも英語ならば本にしてツイッタという、場末のやくざなダンスクラブみたいな場所で知り合った何人かの友達たちに贈呈できるからです。 この「日本沈没」という名前で、一色さんは、損をしてしまったに違いなくて、ださくても「新・日本沈没」(は、いくらなんでも、ひどいか)でもなんでも小松左京の原作とは異なる思想に基づいた、たとえばおなじ事象を再現した実験から異なる理論を導き出してみました、とでも言うような、あるいは、マクベスの物語としてのデザインのなかで「蜘蛛の巣城」という、いまだにこれを越えるものがない、最高のシェイクスピア映画をつくってみせた黒澤明に似て、パラレルワールドをつくってみせて、二重に暗示された世界を呈示してみせた自分の努力を、「日本沈没」という題名によって不可視にしてしまったが、それは、ちょっと一色登希彦という人と、ちょっとでも言葉を交わしてみればわかる、一色登希彦という人の本質的な奥ゆかしさで、なんだか、見ているだけで、涙ぐんでしまうような、羨ましい気がする。 では、まるで作者が全身全霊を注ぎ込んでしまったような作品の話をしないで、なんの話を、ここではしようとしているかというと、人間を創造に駆りたてる魔神的な力(デモニッシュな力)の話をしている。 数学にしろ、絵画にしろ、マンガにしろ、作曲にしろ、演奏にしろ、創造の世界を駆け抜ける人の原動力を「自己顕示欲」なのだと述べる人がいるが、それは「ゲスの勘ぐり」というべきで、自己顕示欲自体は本当は悪い欲望でなくても、そういうことを言いたがる涎が端についていそうなしまりのない口元の人の唇からもれてでる場合には、やはり下衆の勘ぐりとしか言いようがない。 そうではない。 この世界には、たくさんの、「絵を描けなければ家に放火するしかなかった人間」や、「演奏しなければ、誰かを拳銃で撃ち殺していたに決まっている人間」がいて、それはなぜそうなるかといえば、普通の大半の人間は、つつがない人間のリズムで暮らしているのに、この種族だけは神様の突拍子もないリズムで生きているだけで、視覚芸術でもいい、文学でもいい、数学でも音楽でもいいから、とにかく、ちゃんと神様と糸電話で直通ホットラインのリズムが伝わってこないと生きていかれない。 いけない告白をすると、一色さんのことを考えると、いつも、 いま向いのアパートから女の子が “お月様”とさけんでいます」 そうぜんとした秋 おれはおまえから 臨月のような平叙文をもらう だが おれはあまりに豊かな歌を聴きながら わいせつな少年のように 不安な義眼をはめて おまえのいない裏街を通りぬけてくる という岡田隆彦の詩の一節をおもいだす。 普段の一見、表面は平静な生活そのものが「臨月のような平叙文」でしかない、 日本語人を発見して、ほんとうはよく考えてみれば当たり前なのだけれども、 こんなに離れて、遠い国にも、仲間がいるのかと息を呑むような気持になります。 表現は一色さんを焼き尽くしてしまうけれども、同族が、灰になって、ためいきをついている一色さんのまわりに集まって祈祷すると、あな不思議、灰であったはずの一色登希彦は、ふくよかな、あのアイコンのような肉体を取り戻して、豊穣な絵と言葉を紡ぎはじめる。 正体を明かさないまま、こんなことを述べるのは狡いが、わしにはわしの言葉で、ちゃんと、それがあらかじめ判っています。 ドマジメ人間だった滝沢馬琴の「里見八犬伝」には、実は、最も現実から離れたところで、最も普遍的なリアリティがあるのですよね。 こんなところで、言ってしまっていいのかどうか判らないが、一色さんは、わしが例によって例のごとく、 「このクソ日本人が、てめえのペニスを噛み切って死にやがれ。誰が、こんなクソ言語にもどってきてやるものか」と述べていたら、ダイレクトメールで、 「日本語やめちゃうの?友達になれると思っていたのに残念だ」と述べに来てくれたのでした。 この世界のあらゆる事情をもう知っているのに、そういうことをわざわざ無防備に述べに来る人は、もうそのときから、わし親友と決まっているのです。 … Continue reading

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タウポ

タウポにときどき出かける。 オークランドから南に300キロくらいくだったところだが、と書こうとおもって、いまたしかめてみたら、275.4キロだそうだが、まあ、クルマでのんびり行って4時間くらいのところです。 儀式のようなものであって、まずワイカトに入る前にマクドナルドに立ち寄る。 モニさんは何によらず夫をあまやかすのが趣味のような人で、そのうち、猫をじゃらす糸の先に子ネズミのおもちゃがついた棒をもって、 「ほらー、ガメー、きゃっ、きゃっ」と遊んでもらえそうな気がするが、それはともかく、食べ物の安全だけは厳しい人で、助手席で、あ、マクドだー、おなかすいたなー、食べたいなー、と述べても、知らん顔で通り過ぎてしまう。 にべもない。 ワイカトのこのマクドナルドだけが例外で、いかにもちょうどいいところにある上に、日本でいえばサービスエリアで、駐車場が広いので、らくちんだからでしょう。 そこからハミルトンを通って、ケンブリッジを抜けて、タウポへ向かう。 ハミルトンの手前までが高速で、そのあと、ハンフリーからはオープンロードだが、最近は新しいオープンロードが整備されて、制限速度が100km/hから110km/hに上がった。 そのまま、ずんずん南へくだっていくと、タウポに着きます。 タウポには、家族用の露天風呂がある。 鉄の引き具で、ぐがっと栓を開けると、日本式に述べれば天然掛け流しの鉱泉がドバッと出てくる。 日本にいたときも、なにしろモニさんが大層温泉好きなので、行きたかったが、わしがむかしから、あの有名な秋の風物「チンポコ潜水艦」をして背泳ぎをするのが好きだった箱根も、湯河原も、男女に分かれていて、モニとふたりでお盆を浮かべて熱燗というわけにはいかなかったので、どうしても温泉に行きたくなれば福井まで出かけていた。 そこには家族用の温泉風呂があって、ときどき出かけてはキャッキャッと喜んでいたが、なにしろ遠いので、難儀でした。 タウポは、男女が一緒に入るのは西洋温泉なのであたりまえだが、そのうえに、塀や植え込みで周囲の視線から遮蔽されているので、裸で、うふふふが出来る。 さらにさらに。 タウポの湖畔をちょうど5000歩あるいていくと、タップのギネスをいれるのが滅法巧いバーテンダーのおっちゃんがいるパブがあって、ギネスは嫌いなモニさん用にベルギーのビールもあるので、温泉で火照ると、冬ならば冷たい風をついて、ほっぺを赤くしながら歩いていきます。 顔なじみのおっちゃんに「やあ」と述べて、黙っていれば、ちゃんとギネスとベルジアンビールが出てくる。 ベラボーにおいしいリブアイステーキを食べて、3パイントも飲む頃になると、すっかりいい気分になるので、えいこらせと腰をあげて、また5000歩、もと来た道を戻ると、あたりまえで、戻らなかったら困るが、ちゃんと部屋にもどって、また温泉につかれます。 タウポはアメリカ人が多い町だが、休日は、もともとテイクアウェイで過ごすニュージーランド人とは異なって、レストランで団欒をすごす人が多いので、料理屋もちゃんとしている。 テーブルが準備されるのを待つあいだ、あちこちから聞こえてくるRの音がおおきいアメリカ訛りの英語を聞いていると、ああ、タウポだなーとおもう。 なんとなく、幸せになる。 最近、悪い癖がでて、またぞろ新しいボートが欲しくなった。 言うと、モニさんに呆れられそうな気がするので、何隻目かは、ここにも書かないが、先手を打っていいわけをすると、カタマラン(双胴船)は食わず嫌いだったのが、カタログを見ると、どうにも広くて居心地が良さそうです。 何のことはない普通のラウンジが、そっくりそのまま船の上に乗っていて、キッチンも広々している。 本来はカタマランといえど、そこまで広々しているはずはないのだけれど、ボートスタジオに工夫があって、どうやら、もともとはレース用のヨットだった船体をディスプレースメントに改造したらしい。 ディスプレースメントというのは、簡単にいえば、おっそおおーいけれども、乗り心地がいい、一週間くらい船上で過ごしてもへっちゃらなボートのことをいう。 ふにゃあ、これはいいなあ、とおもって、ゴロゴロしながらカタログを見ている。 このレース用のカタマランをディスプレースメントに改造する、というのは、ボートに乗るのが好きな人なら直観的にわかる「グッドアイデア」で、カタマランの欠点は高速時にピッチングが起きることだが、ディスプレースメントは、なにしろ、ゆっくりしか走らないのでピッチングの心配はない。 問題は、ある。 長さの45フィートは良いとして、幅の15フィートは、広すぎて、バース(停泊桟橋)が甚だしく限られてしまう。 ディスプレースメントはオーストラリアの海には向いていないので論外だとして、ハウラキガルフがあるオークランドには、東から、パインハーバー、ハーフムーンベイ、OBC、オラケイマリーナ、ウエストヘーブン、ヴァイアダクト、ホブソンウエスト、ベイズウォーターとマリーナがある。 ブルーウォーターを越えてやってくる外国籍ヨットと観光ヨット用のやや特殊なヴァイアダクトを別にすると、7つマリーナがあることになるが、このうち最も大きくて有名なウエストヘーブンは月極になってリースは出来なくなった。 残り6つのうち、サイモンという事業家がもっているパインハーバー、ハーフムーンベイ、ホブソンウエスト、ベイズウォーターは、なにしろ長いことボートやヨットに乗っていればわかるが、とにかく評判が悪い人で、このあいだはバースの持ち主たちにひとり新規工事分費用をひとり頭20万ドルを負担させようとして、とうとう、みっともないことにバース所有者の組合ができて、訴訟の準備に入ったりしていた。 家から最も近いのはOBCとオラケイだが、オラケイは、夕方になると中国から来た観光客が無断で観光地として立ち寄って、最近は日本の観光客などよりずっとマナーがいい中国観光客といっても、田舎からの人達なのでしょう、トイレは汚すは、どうかすると勝手にヨットに入りこむはで、それまでは考えられなかった施錠をするボートも増えた。 OBCが、家からも近いし、クラブも上品でいいが、いかんせん、橋をくぐってハウラキガルフに出なければならないので、曳汐でも、おおきな船は難しい。 そうすると、オークランド湾の北にあるノースランドのマリーナということも考えなくてはならないが、今度は、そうすると家からクルマで、たださえ渋滞が多い橋をこえて、どうかすると二時間はかかりそうです。 つまり、そういうことを考えて、タウポのホテルで、うだうだしている。 タウポはスーパー火山で、巨大な湖と見えているものは、実は火口です。 初めの頃はぜんぜん判っていなかったが、オークランドからこの辺りは火山の密集地で、うかつにも、Mt … Continue reading

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