メディア幼年期の終わりに

 

すべてはブログに帰る。

ヒントをくれたのは、またしてもjosicoはんで、どんどん参加者の程度が悪くなって、いまや「はてな」コミュニティなみの程度の悪さになったツイッタでの応酬をみていて、

と述べているので、わし「似た育ち同士英語人友」がそうしているように、外に向かっては閉じたフォーラムをつくると言っているのかとおもったら、そうではなくて、自分のブログをつくって、中学生のように交換日記をしようというのだった。

わしはネット悪意人がよく使う「厨二病」諸事が大好きなので、それはいいね、よい考え!と思います。
自分のブログをつくっておいて、コメント欄をつかって、よもやま話をすればいい。
ワードプレスにはプラグインでフォーラムをつくる機能もあるので、ブログといっても、かつてのブログではなくて、自称もCMS(コンテンツマネジメントシステム)なんちゃっていて、やる気を起こせば、SQLとつなげたりして、なんでんかんでん出来るようになっている。

普段SNSを使っていたりしているときは、どうしているかというと、デスクの前に座っているときは、目の前に27インチのiMacがあって、右側に40インチのデルモニターがある部分が不動の体制で、残りは、そのときどきで、モニターアームに30インチがふたつついたのが壁から出っ張っているとか、趣味だあー趣味だあーと言いながら、とっくの昔に日本語でいえば億の単位になってしまっている株式の売買の、クライマックスであると、ピコピコ動き回っている画面を見ながら、
なんでだー、そこでなんでさがるんだー、とぶつぶつ言いながら、売り買いをしたりしていることもある。

ビデオ会議は専用の部屋があって、これは同業者はスタンダードだと思うが、というか、同業でなくても、近所のグーグルに勤めているおばちゃん1号や、マイクロソフトで仕事をしているおばちゃん2号もおなじで、新しいシステムに変わると、うれしそーに自慢しにあらわれて、見に来いというので行くと、チョーかっこよくて、「ガメも、仕事なんだからマジメに投資しないとダメだぞ」という。
わしは、ビデオ会議、嫌いなんだけどね。
第一、 あれは、暑い日などは、男も女もマジメなスーツで机の上のPCを見ながら、深刻なたたみかけるような調子で話しているが、
「うふふ。でも、きっと机の下の見えないところは、ニッカーズやアンダーパンツだけで、もしかしたらフリチンだったりして、扇風機があたっているのでは。
『ちょっと立ってみて』とかゆっちゃおうかしら」などと余計なことを考えるので、気が散って、商売上の決断に失敗する可能性がなきにしもあらず。

自分の用事などはスカイプですんでしまうので、なんだったら電話でもいいぞ、とおもうが、最近の人は、投資家やビジネスマンが颯爽と活躍するテレビドラマの観すぎで、それはなんとなく釈然としないものであるらしい。

twitterは、そういう、スカイプやスプレッドシートや、データベースや、算数の計算に使っているソフトやなんかの、いろんなソフトの画面が散らかっているデスクトップの端っこに、ブラウザで、notificationsやlist、homeと、いくつか画面が開いていて、タイムラインが、ぞぞぞっと動いて、応えたければ応えるし、応えたくなければ応えない。

ついでにいうと、iPhoneは英語以外は、欧州語も日本語もいっさい禁止にしてあるので、英語しか呼びにきません。
ほんど全部テキストメッセージで、
「会議、また忘れてるじゃん」とか
「今度、診察日をさぼったら、ぶっとい注射を予約しておくぞ。GPより」
とか、緑色のメッセージが乱れとんでいて、あの合間合間に、ラウンジかスタジオか、夏ならば庭のガゼボかにいるモニさんから、
「ガメ、大好き♥」
「xxx ○○○」
メッセージが入っていて、知らない人のために親切心を起動すると、
xxxはキスキスキス、○○○はハグハグハグ、という意味です。

ときどき、「ガメは一日中ツイッタをにらみつけているのではないか」、と思っている人がいるが、別にそれでもいいのではないかとおもうが、現実とは異なっていて、
ほかのことをやりながらツイッタをやっているから、起きているあいだは、クルマを運転したり食事をしているのでなければ、のべつまくなし五月雨式にツイートがでてゆく。

そこのきみ、
「あっ!だからツイートが、あんなにいいかげんなのか!!」
と膝を打って納得しないように。

twitterは外国語の習得に向いているとおもう。
140文字時代は英語母語人にとっても、やや苦しい文字制限だったが、ちょうど日本語二バイトの140文字と同じくらいで、現在の280文字は、英語の練習にはぴったりではないだろうか。
これも日本語と同じで、長い文章のほうが平明な英語が楽に書けるが、逆に、英語らしい表現や、汎用性は狭いがその箇所に適切な単語が思い浮かんだりして、かえって楽しいかもしれない。

欠点は、なにしろツイッタなどは年々年々参加者の質が低下していることで、言語によらず、ふつうの人間がふつうに暮らしていれば絶対にお目にかからずにすむ、
部屋にひきこもって世間への憎悪に包まれて悶悶としている人や、ろくすぽものを考える習慣をもっていないのに、どこかで聞きかじった「自分の意見」を、連想ゲームなみの反射で並べてぶつけたい人がSNSの世界には充満していて、
日常生活では経験しない愚かな人間の相手をさせられる「ムダ」に遭遇する。

このあいだなどは、最近はよくあることだが、日本で食いつめて祖国に帰る可能性がなくなったイギリス人にまで絡まれて、UK人はむかしから悪意ばかりのバカが多いが、到頭、ここまで堕ちたかと、なんというか、やるせない気持にさせられてしまった。

わし友の晩秋が

Yep. Some of his English responses sounded like a Nova teacher who spent way too much time in Japan.

と述べていたが、そのとおりで、日本の経済低迷が罠のように働いて、祖国にもどれないでいるうちに、日本と祖国の経済の差がどんどん開いてしまって、「ドツボに嵌まる」という、そのお下品な表現どおりになって、
「このJames F. という人が、ほんとは日本人じゃなくて英語人でも、おもったのと違ってましたと謝ればすむことだ」
「ネトウヨにも、いい人はいる」と、ははははは、と力なく魂から空気が抜けそうな発言を連発して、タイムラインにいる人間全員を呆れさせた頓狂な日本人と結婚して、考えてみれば、いったいこういうカップルは、この先、どうなっていくのだろう、というよりも、日本風に発想すれば、この先、いったい何百人の人に迷惑をかけて生きていくだろうか、というような人間たちまで出てくるようになってしまった。

気が付いた人もいたはずだが、この日本人の女の人のほうは、自分がなにをやっているか、まったく自覚がない点において、はてなのおやじトロルとそっくりです

今回で懲りずに、このあともなにかあるようなら、当然、もっと厳しく考えなければならないが、あまりに気の毒なので、この嘘とはったりで世間を渡っているカップルの名前は書かないが、どうもこりゃ、ツイッタの使いかたは、そろそろ考えないといかんな、ということになった。

以前には同じ理由でマストドンに移住しようと考えたが、500字の日本語の負担というものはすさまじいもので、到底つづけられなかった。

500字という長さは日本語では、たいへん都合が悪い長さで、ツイートのようにテキトーに書いていくということが出来ない一方で、いざ文章として組み立てるとなると、身近すぎて、エンジンがかかる前に字数制限が来てしまう。

SNSそのものが、知識レベルの高い、いわば出来上がった人間同士が話すのでないと、というのはつまり、そこまでに現実世界での読書や講義や議論の積み重ねがあって、その上澄みのところで話ができる人間でないと、「ええええー。また、こんな初歩的なことから全部説明するのかよ。勘弁してくれ」というような単純な徒労から始まって、悪意のアイデアだけは豊富にある人間の侵入からタイムラインのひとびとを守る工夫まで、くたびれるだけなので、ちゃんとした議論そのものには、向かないようでした。

長く続けてきたことなので、良いことももちろんあった。
ブログを読んでくれる人は、気が付くとおもうが、現実世界では、どうも本人に訊かないとわかんないよね、とおもうと、伝手があるので、世間的には偉くてあえないことになっている人にでも、のこのこと会いに行く。
もしかして、そのたびに握手してカメラのほうを向いて笑って写真を撮っておけば、笹川良一のように、写真をずらりと並べて博物館にして、入場料で稼いでもいいのではないかとおもうが、ツイッタでも、自分が匿名でやっているのをすっかり忘れていて、本人に直截ツイートしてしまうことが時々あった。
日本の「著名人」はチョーえらそーに構えているだけで、右耳からのぞくと左耳の向こうがわに広がる景色が見えそうな人もいたりして、まさか日本語ではやらないが、英語では、ついいつもの調子で、聞いてしまう。

日本の大臣だか元大臣だかが、「大英博物館は少し前に学芸員の大量解雇をやった」と公の席で述べていたので、うっそおおおーんとおもって、「ほんとうに解雇したんですか」とツイッタで聞いたら、子供のときから大好きだった大英博物館から、すぐに返事が来て、「そんなことは絶対にありません」と返事をもらったときは、単純に嬉しかった。
子供のときの夢を裏切られないですんだ気がした。

ついさっきも、最近英語で読んだ本のなかでは、最もすぐれた本だった「Pachinko」を書いたMin Jin Leeがアカウントを持っているのに気が付いたので、たまらなくなって、ツイッタを通じて短いファンレターという以外に呼びようがないものを送ったら、返事をくれただけでなくて、しばらくして、ふと見ると、フォローしてくれている。
大喜びで、こちらもフォローする、ということがありました。

Min Jin Leeは、いま英語で書いている作家のなかでは、多分、実力最高の作家で、
地歩がゆっくりで、遅咲きの感はあるけれども、日本のマスメディアのインタビューで3枚くらいは格落ちの作家村上春樹と対等だと(言った記者のほうは、おそろしいことにほめたつもりなのだとおもうが)言われても、よく見るとやはり頬がひきつっていたが、対して腐りもせずに、光栄です、なんていっていたカズオ・イシグロの後をおそう存在になると考えられている。
なにしろ、大作家として絶頂期の川端康成に芥川賞を授賞するようなものなので、カズオ・イシグロに委員会がノーベル賞を授与したときには「その手があったか」と世界中の文学関係人がぶっくらこいてしまったが、Min Jin Leeの才能は、もしかしたらそこまでいってしまうのではないか、と思わせるところがある。

その当人からフォローされたので、いえーい!と、ぎょっとしたような顔の猫の前で踊ってしまったが、なにしろ、わしツイッタ友達は、みんな知っている、ときどき、ぬわんだとおおおー、になって、
「ケツの穴から手えつっこんで奥歯ガタガタいわしたるぞ、こら」なので、
いつまで続くか、糠喜びなんじゃないの?という気がするが、糠が臭くても嬉しいものは嬉しいので、ファンというのは、そういうものです。

そうやって楽しいこともあるのだけれども、やっぱりブログに帰るのが正しいのではないだろうか。
ツイッタはやめるというほどのことはないので、英語だけにさせてもらって、日本語で話したい人はブログのコメントやフォーラムに来てもらって、知らない人ともシェアしたいチョーかっこいい発言があればツイッタにもばらまくとか、なんだか、そんなんがいいような気がする。
ひとつには、最近は、哲人どんや、南Q太、不破大輔や一色登希彦、三田村光土里(全員敬称略)というような新しいお友達がやってきて、むかしからの友達(例:josicoはん、オダキン)とあわせて、例え明日ツイッタがなくなっても、自分がしたい議論やよもやま話に困らないようになった。

一方で、ちょっと、大ファンとしては、Min Jin Leeの前で、「こおーの嫌韓野郎が、タクアンにしてトントントントンッと切り刻んでやるから、そこに直れ」と述べたりするのは、ややかっこわるいし、いまタイムラインをみても、Min Jin Leeが知的に微笑んでいる顔のすぐ近くに、人間として尊敬している勝負師ウルフ村田の

という、わしがRTしたツイートが並んでいて、自分でRTしたくらいで、もちろんツイートとして悪いわけはないが、なにがなし、釣りあいが悪くて調和に欠ける感じがする。

いろいろ、やってみて、ツイッタの使い方を変えようとおもっているし、ブログのほうも、だんだん旧来のブログからCMSの機能群を加えていこうとおもっています。
多分、いまはやっていないコメントへの返信を、返って、しかも過去に遡って、充実させていくとおもう。

そろそろ日本語で生みだされたものにもおとなになってもらわなければ。
その過程で、一部の人が疑うような虚構ではないが、ある種類の言葉が出やすいように、やや性格を下品でエクセントリックに変えてある大庭亀夫氏にかわって、わし自身が前面にでて、英語世界のお友達たちも加わって、な、な、な、なんだこれわ、のカーニバルみたいになってしまうかもしれないが、それならそれで別にいいや、とおもう。

日本が物理的に遠くなってから、8年が経って、なんだか日本語世界全体にリアリティを感じなくなってきたからなのかもしれないけど。

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5 Responses to メディア幼年期の終わりに

  1. 一色登希彦 says:

    (「ガメ”さん”」という呼び名が、なんとなくムズムズした居心地になってきました。さん付け取って、「ガメ」で良い?
    僕は、日本語以外の人にも俺は「一色”さん”」と呼ばれるんだなあと苦笑いしているんだけど、数少ない近しい人間は「トッキー」って呼んでくれているので、「トッキー」と呼んでくれるとキュートで良いです。
    出だしから何を言っているんだ。)

    「SNSから、ブログの方に戻り直すと良いのかなあ・・・」というのは、ガメとは違う理由や同じ理由さまざまで、僕もここのところずっと思っていました。
    そもそもはブログがこの世に登場する以前には、「職業:漫画家」という立場のはしくれとして、キャリアには少し不相応な高額の予算をかけて、自前のホームページを設けました。
    SNSどころかブログも存在していなかった、十数年前の漫画家・漫画業界の内情を少し書き添えておくと、一部の、誰でも名前を知っているクラスの漫画家や、「少年ジャンプ作家」クラスの少年漫画家を除くと、読者から直接の「ファンレター」なんてものをもらうことは、ものすごく希なことでした。漫画家は、読者からの手応えを覗き見たり感じたりすることもできないまま、暗闇の中でひたすら創作を続けていたんですよ。今思い返すと信じられないな。
    で、そんな時代にホームページを設けて、メールアドレスも公開した。(メールアドレスに関しても、そんなものを公開している漫画家はほとんどいなかったので、編集者にものすごく心配というか反対された)
    そうしたら、周囲の予想に反して、そして僕の期待どおり、ものすごい数のメールをもらって、そのことごとくが感動的に感動な内容で、そのことに励まされて仕事を続けることができた面があります。今だったら、SNS上で、そういう「読者さんとのやり取り」が発生するなんて当たり前のことなんですけど。
    同じ頃に、現在みたいな「ライブ配信」とか夢のようだったけど、ウェブカメラ設置して、「執筆風景のネット配信」みたいなこともやってみて、一部の人にはものすごく面白がられた。
    なんだか全部いつも、技術が無料同然の一般化をする前に、手がけるのが少しだけ早すぎるんですよね。

    話が長くなっちゃった。
    だから、世の中に「ブログ」が登場した時は驚いたというかすぐにそちらに移行したし、ツイッタが出た時も驚いたし、さらにFacebookへという感じで拠点を移していきました。
    でもそこから先は、多分、ガメが現在ツイッターの治安に関して述べていることと同じで、SNSはずいぶん質の悪い泥沼みたいなってしまった。
    みんなもう忘れかけているかもしれないけど、そして日本以外でどうだったのかは知らないけど、ツイッタは初期は、みんな、実名や実名に近い名前(一色登希彦みたいなね)で、正体の同定が可能、あるいは少なくとも責任主体が今よりももう少し実態を伴っている感じでみんな利用していて、今のような「誰やねんお前」というアカウントが好き勝手に喋ったりバズったりしているコミュニティとはちょっと違っていて、そこが魅力だったんですけどね。

    ツイッタの空気の変質の分水嶺は日本では間違いなく3.11で、これは以前も書いたけど、あの時、「誰が逃げるか」「誰があっち側に行って、誰がこっち側に留まるのか」という、「ネット隣組」、相互監視システムの機能が、フルに発動して、空気が一変したんですよ。糸井重里が「こういう時こそ穏当な喋り方のほうを信用する」と言い、東京を離れるという名もなき人に向かってホリエモンが「2度と東京に戻ってくるんじゃねえぞ」と言い放ったことが多く拡散されたことで、それが決定的になった。

    僕も、だから、そこから先、ツイッタとFacebookの岬の突端に立ったまま失語している感じになって、最近まで、過ごしていました。

    SNSは21世紀の自警団とか隣組みたいになっちゃったね。

    Facebookは、付き合いの長いリアル友人が、ネトウヨならぬネトサヨみたいになってしまって、半世紀前なら浅間山荘まで行ってしまった人みたいに、「今、権力批判をネット上で公言しないあなたはおかしい」みたいに手当たり次第にリアル友人に噛みつき始めるみたいな地獄を垣間見てしまって、「あんた広告サイト上の投稿で何やってるんすか?」と呆れ果てて、ちょっと我に帰った感じです。

    だから、見てもらった通りで、思い立ったように古いブログのホコリを払って、久しぶりに更新し始めたのも、ガメが、「ツイッタ以外の場所を作っておいた方が良い」ということをしきりに述べていることに同調している部分があります。
    ツイッタやFacebookは、撤退ということではないにしても、期待の仕方や使い方を少し改めて、自分のベースは、広告媒体(ツイッタやFacebook)ではなく、せめてブログ(ブログだって自分の「外側」の資本によってドライブされているものだけど)などに戻して、自分の道具として取り戻して、友人とのコミュニケーションの仕方を更新して、ここから先にちゃんと使えるコミュニケーションを確保しておいたほうが良いような気がしています。

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    • 人間が普通の生活のなかで、いちばん実感できないことは、「この世界には自分が知らないことや知らない人がいっぱいある」ということではないだろーか、と考えることがあります。

      オークランドは、人口がたった150万人の都会ですが、いちど会った相手は、親切にしてもらった人も、ぶん殴った相手も、不思議なくらい再び会うことはない。

      繰り返し会うのは、例えばマリーナのクラブや、テニスクラブや、投資家の集まりや、要するに何かひとつの属性のある集合で、半分以上の若い人間は半径30mの生活圏にいる人間と結婚するのだとなにかの雑誌に書いてありましたが、要するに、そういうことなのでしょう。

      SNSは、多分、「素材化」してゆくのでしょうね。
      Twitterで述べたことや、Face Book、Instagramに投稿したもののなかから、いまで言えばJoomla!やWordPressのようなCMSを使って個人が統合してゆくようになるのだとおもっています。

      ただ、いまは、あれ、作っているほうは簡単なインターフェースのつもりなんでしょうけど、普通の生活者にとってはユーザー・インターフェースがめんどくさすぎて、まだ普及が難しい。

      マンガならマンガ、小説なら小説を、自分のCMSを使って売るのに、そんなにめんどくさくなるまで2年、普通になるまで、あと5年くらいはかかるだろうと思っています。

      もうひとつは、例えば膠着語(例:フィンランド語、日本語、韓国語)と孤立語(例:欧州語)や抱合語間の自動翻訳が、ちゃんと出来るようにならなければならない。

      自動翻訳は、いまのところ、見ていてふきださずにすむのは、英語仏語間くらいのもので、あとは酷いとしか言いようがないところにとどまっていますが、これが解決すれば、例えば日本の人は、紙のような旧媒体は補助的なものと意識して、いっせいにサイトベースに移行するとおもいます。

      いまのSNSは原始的すぎて、そのうえに知的努力をしない人間に必要以上に門戸を開こうとした結果、なんのことはないカウチに腰掛けてテレビを、だらしなく口をあけて、げははは、と見ている人間たちが大量に流入して、視聴率を競うだけのものになってしまった。Twitterのフォロー数やフォロワー数はテレビ思想そのもので、いつだったかメイロマさんという人が村上憲郎に向かって「自分とわたしのフォロワー数の違いを考えたことがあるのか。フォロワーが4万人いる人間に向かって、えらそうな口を利くな」と述べていて、読んでいて大笑いしてしまったが、だから、そうやって、堕ちてきてしまったのですよね。

      でも、きっと、もうちょっとの我慢ですよ。
      すぐにCMSが個々の人間にとって名刺でなくて家になる日がくるとおもっています。

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  2. 一色登希彦 says:

    たしかに。
    「SNSはこんな程度のレベルのもの。もう、元の穴倉に戻ります」という決めつけで終わってしまっては、VHSの録画予約が出来ないことでテクノロジーの進化との二人三脚を諦めてしまったお父さん(僕のお父さん)のようになって止まってしまいますね。
    現在のレベルのSNSが、いちど、インターネットに触れることが可能な誰でも彼でも全員に、撒き散らされて、「世界にはこういうもの(前の時代だったらテレビ)が、当たり前に存在する」と、認識される必要があったのでしょう。
    僕が自分でも書いたような、インターネットの登場〜ホームページ自作〜ブログの登場〜ツイッタ〜Facebook・・・までの急激な変動を考えれば、「SNSはこれで終了」という見切りは早計だし、言ってくれたように、「もうちょっとの我慢」で新しい局面が見えると思う。
    それが見える時に、こちらの目が見えなくなっちゃっていないようにしないと。

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  3. ガメさんこんにちは。私はガメさんのブログやTwitterを読み、時には少しお話をさせてもらって色々とモノの見方や考えが変わりました。それは今では私の財産(プチNZ情報も含め)となり感謝してます。ブログを通じての発信は賛成したいと思います。
    個々人のメッセージが手軽に発信できるツールとしてはTwitterは便利なのですが、日本語(主に日本人同士)世界において、大変ひどい言葉が使われているのを目にして嫌だなと思うこともしばしばです。ガメさんがブログや過去のTwitterを通じて現代の日本語世界に対して警鐘を鳴らしていたを思い起こすと、Twitterというやや匿名性を高いことを良いことに、日本語世界及び日本人は危ないところへ行ってしまいそうな気がします。
    「新しい局面」が見えるのを楽しみにしつつ、自分の道も模索していきたいと思います。

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  4. ガメやん、ガメさん、ガメ、大庭君、Mr. James。どう呼ぶべきか。
    ここに書くべきかどうか、そもそも書くべきでないのか、迷いました。
    僕なりに考えて、こちらに書いてみることにします。
    個人的にあなたに宛てて、という事だけではなく、この日本語練習帳というものに対してずっと言いたかったことや、このブログのエントリーに絡めてみんなに考えてみてほしいというテーマも僕なりに含めてみたいからです。
    これが最後なので、できれば、我慢強く読んでみてもらえたらと思います。

    まず、僕は大庭君にたくさん謝らなければならないと思います。謝って許してもらえるなどとは思っていません。

    もう当該のTwitterの書き込みはどこかに行ってしまったみたいだから、他の人達に分かるような詳しさで書くことはしませんが、僕はせめて、改めて誤解を解いておきたいと思います。
    ご自愛を、と僕が(迂闊にも)気安い軽口を放ってしまったのは、たくさんのブロックを解除して門戸をまた大きく開くことで、招かれざる客がまた増えて、日本語なんかやるんじゃなかったと嘆いて辛い思いをすることを繰り返しながら、どんどん君の心が疲弊してしまうのではないかと思い、心配したからです。

    僕も含めて、日本語人のくせに日本語に対してまともな理解もなく、向き合いもしない日本人だらけですが、日本語を、その文化的背景への理解も含めて、その辺の日本人は足元にも及ばないくらいに血と肉にしてしまった大庭君にとっては、言葉を通じて入り込んでくる悪意から受ける悪い影響が、そんな寝ぼけた日本人が受けるそれの何倍も強くなるのではないかと、無自覚な悪意を振り向けてくる人々に対してのみならず、群がるトロルにでさえひとつひとつ応対する大庭君を見ていて、いつも心配になるのです。老婆心と言われればそうでしょう。

    もちろん、心配してどうなるものでもないし、心配していると表明したところで、大庭君のことを決めるのは大庭君であることも、よく分かっています。
    思ったこと、考えたことを正確に伝えられずに、大庭君を不愉快にさせてしまったのは、ただ僕の、言葉というものや、大庭君に対する理解のなさ、甘さなどが招いたことです。悪意として伝わってしまったら、それはトロルたちの振りかざす本物の悪意とそう変わらない。
    ごめんなさい。

    大庭君が、言葉の汚い人間とは関わりを絶たねばならないという旨の事を、Twitterで連投していたことがあったのは、かなり前のことなのでさすがに覚えていないかもしれませんが、その時僕は、自意識過剰かもしれませんが、これは僕のことを言っているのだろうと感じました。
    その後から僕なりに考えて、Twitterに関わる時間を大幅に減らして、議論の形を借りて毎日繰り広げられる下らない罵り合いにも関わらない、巻き込まれないよう努めました。それは大庭君のために、ではもちろんなくて、自分の中のくだらないものを、少しでも善い方に変えてみようと考えたからでした。

    大庭君はかつて僕のことを、友達じゃないか、と言ってくれました。今では君はその事を深く後悔しているかもしれませんが、大庭くんが言葉の汚い人間と関わりを断つと言ったあとを含めてさえ、僕が覚えているだけで、三度はそう言ってくれたと思います。
    正直に告白すると、はじめは、また調子のいいこと言っちゃってからに、くらいにしか受け止めていませんでした。大庭君が友だと言ってくれることの意味と価値の大きさに、その時気づくべきでした。

    父親が亡くなって今月で六年目になります。亡くなった時にしたInstagramの投稿をTwitterにも流すようにしていて、その亡くなった父親とまるで入れ替わるようにして、大庭君が突然現れて、その文章をやたらと褒めちぎってくれたことをよく覚えています。その後の大庭君との、死についてのちょっとした議論は、僕にとって意義深いものでした。
    彼は、血の繋がりのない、いわゆる義理の父親でした。しかし、成人してからそれなりに時間は経っていた僕の父親となってからの十数年間、彼は間違いなく、僕の「本当の」父親であり続けました。真に、父親でした。
    真に父親であるかどうかに、遺伝的、生物学的な関係性がどうであるかなどは全く問題ではないという、そんな当たり前の事を、自分が経験してようやく理解することができたのです。

    だから、大庭君が、どこの生まれで、どんな権力と歴史の象徴にゆかりのある人物なのか、そうでないのか、オカネモチなのか、違うのか、そんな事は本当はどうだって良いことです。ネットの向こうから、何やら謎めいていて、生まれも育ちも背負った文化も何もかもがどうも僕とは異なるようだが、確かに存在する一人の人間が日本語を話しながら現れて、血の繋がりのないたったひとりの「真の父親」の死に直面した僕の自分なりに真剣に紡ぎ出した言葉を理解してくれて、そして友達だと言ってくれた瞬間、確かに、お互いにとって真の友達だったはずなのです。その事をその時に僕が理解できなかったのは、僕が言葉を、つまり人間を、大庭くんを、侮っていたからに他ならないのだと思います。
    なので、それでも、僕はこれからも、願わくば、大庭君の友達でありたいと思っているし、持たざる者でしかない僕が、大して持てもしない言葉を無理に振りかざすことで友達をこれ以上痛めつけるような真似は望んでいないので、大庭君に話しかけることは、これで最後にします。

    ブログに戻ってゆく、という事について。僕も少し前から似たような事をぼんやりと考えていました。
    大庭君たちがintegrityの事や、言葉と現実の乖離の問題についての議論を目にした時に、僕はふと、日本語を立て直すことは、本当はそこまで難しくないのではないか、と思いました。手紙を書けばいいんじゃないか、ある種の運動として、手紙を書く習慣を、少しずつでも何かの形で広めていくことはできないか。そのように考えました。「手紙を書く」という習慣を日本人がほぼ完全に失ったことは、日本語社会にとって、計り知れない大きな意味と破壊力を持っていると思うのです。
    その時に大庭君に提案してみようと思ったけど、あまりにも思いつき過ぎるバカバカしい話だと思われそうだったので、引っ込めてしまいました。

    今あるブログのほとんどは、「ブログの文体」と言うべき独特の体裁があるように感じています。当然それらは手紙からはまるで程遠く、「パンフレットに記載されている説明文」か、下手をすれば「国会答弁」のようでさえあり、文章としては整っているという体裁だけが際立っていて、そこにあるのはただ、「有用な情報」を効率よく読み取れるものであり続けられるか否かやその情報の量の競争であって、読む側もそこに価値を求めているだけの状況のように思います。

    手紙を書くという事は他ならず、否応なしに自分の内なるものと向き合う事なので、嘘の無いようにするということも含めて、一つ一つ注意深く言葉を選んでいくもののはずですが、「ブログ文体」の体裁のものの中でそうしているように思えるものは、ほとんど無いのではないでしょうか。
    なので、ブログへ回帰するにしても、それを試みる人たちに提案したいのは、誰かに手紙を書くようにブログを綴ってみて欲しいということです。

    どんなにトロルが押し寄せてこようとも、大庭君の日本語練習帳に惹かれる日本語人があとを絶たないのは、それが他ならぬ手紙であるからだと思います。
    ある時は明確に特定の誰かに向けて、ある時には宛先は誰ともないものとして書かれるこの使い込まれた練習帳は、いつの間にかまるで他人の手紙を盗み読みしているような錯覚と背徳感に陥ることさえある、素敵な練習帳です。
    それは何より、読んだ者が言葉の上っ面の美しさを追う娯楽として消費するためのものなどでは決してなく、言葉の向こうに間違いなく存在するひとりひとりの人間の姿そのものに目を向け思いを馳せずにはいられなくなる、それが大庭君の日本語練習帳であり、まぎれもなく手紙ということだと思うのです。説明や答弁でしかない数多のブログとは、まるで異なるものです。

    手紙のようなブログが他にもどんどん増えたら、それだけでも日本語は、日本人は、案外あっという間に変われるんじゃないか、本気でそう考えます。
    ネット普及の圧が生み出したに違いない新しいコミュニケーションの様式が、日本語の崩壊を促進して決定的にしてしまったのであれば、再生もまた可能なのではないだろうか。頭の悪い僕の単純な思いつき程度の話かもしれませんが、でも、あながち的外れでもないと思うのです。
    だから、ブログへの回帰を試みる人々には、手紙を書いてみて欲しいと、そう願うのです。

    今ではすっかり死滅してしまった「文通」を僕が活発にしていた頃、一つの言葉や文章を、書いた後になって、何か違うなと感じて考え込んでしまって、同じところを消しゴムで消しては書き直し、を何度もやって、あげくそこに大穴が空いてしまったり、そもそも便箋が便箋の形を成さなくなってしまったりして、また初めからまるまる書き直し、を繰り返していました。そうしてなんとか仕上げて出した手紙に、何日も、時には何十日も経ってでも、長い(長くなくても)返事が返ってくるのは、とても嬉しいものでした。その時僕は、おそらく相手も、手紙を通して互いの姿を見つめながら、そのうちに、例えばさらにお互いの目を通して、何日もかけて一緒に、知らない同じ空を見上げる事ができていたんだと思います。

    そんな事を思い出しながら、これで書き終えます。
    手紙にはまだ、日本語世界を善きに変える力が残っていると、信じています。

    ガメやん、まさか、本当にここまで読んでくれたのか。
    ど田舎の、相変わらず客の少ない小さなハンバーガーショップで、いい歳をした一人のくたびれた安っぽい男が、これまた安いコーヒーとチョコ菓子を片手にノートPCを広げて、昼間っから半泣き面で鼻水垂らしながらこれを書いているんだぜ。
    この世のものとは思えないおぞましさと滑稽さで、想像するとなかなか笑えるんじゃない?
    もし笑えたら、それで許して欲しい。

    新しい時代の手紙文化が生まれますように。
    ありがとう。

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