団結しろ万国のまよなかの白痴ども
きみらのことは誰も詩に書かない
なぜかというときみらが詩だからだ
詩なんてものには詩でないことが書いてあるのだ
枕を撒き畳を叩き壁にかぶりついて
してやられたと男はわめく
きのうより今日は割がよかった
せっかく割がよかったと思ったのに
あしたになればそうじゃねえんだ
いくら勘定しても どこへ逃げ出しても
このピンはねには果てがねえんだ
夢には物が詰まっていて入れない
夢の袋なんか屑屋に売って金に換えるぞ
きのうへ 今日へ 昼間へ 夜へ
押し出された夢の中味はばらばらに飛びちり
とつぜん友達があらわれけだものが搔き消え
その夢だらけの朦朧たる世界へ踏みこむんだ
ここもあそこもにせもののまぼろしだけで
あなたの仕事やたべものにはなんらの意味もないと
自分で自分を殴ってでも納得すること
それがピンはねに対抗する唯一の道の始まりだ。

この詩を含む岩田宏の詩集「いやな唄」が出版されたのは1959年だが、
たったいま書かれた詩なのだといわれても疑う人はいないだろう。

日本は不思議な国だ。
20年前に、「これでは決定的にダメだ」と判って、政府の中枢にいる最も頑迷な老人でさえ、「きみ、こんなことでは我が国は滅びてしまうではないか」と述べて、
閣議から、局長会議まで、侃々諤々、審議官たちが額を寄せ合って、侃々諤々、
経団連でも、昨日の水揚げのいとおしい快感を股間に残した老人たちが、侃々諤々、青年商工会議所の面々も、「お持ち帰り」した台湾の女の人の滑らかな肌をおもいだしながら、侃々諤々、ネットでも、大学でも、居酒屋でも、侃々諤々、
20年間も国民をあげて議論に議論を重ねて、あー、せいせいした、くたびれたけど、
これで明日からまた精一杯仕事できます。

どんなに議論を重ねても、重なった議論は、ガラガラと崩れて、結局現実は何も変わらなかった。

ここまでの20年間で社会として発揮された才能が「現実を変えずに議論しつづける能力」なのだから、これから20年間でなにか変わると期待するほうが、どうかしている。

岡目八目、という。
こういうことは、傍からみていたほうがよく判るので、なぜ議論が有効にならないかは、こうすればああすればと言い続けたが、20代の若気の至りで、日本人の
「なにもしないためならなんでもする」、不屈の根性が予想よりもずっと根深いものだとは知らなかった。

そうこうしているうちに手遅れになってしまった。
世界は日本を置き去りにして、どんどん先へ行ってしまった。
この世界には「commitment」という言葉が存在して、自分が他人よりも日本語が出来るはずだと自惚れれば、日本の文明や社会に関わらないわけにはいかなくて、
ぼくは、偉大な文学や視覚芸術を生んだ、日本を信じてきたが、きみが心配して言ってきてくれたように、もうそれも限界に来てしまったのだろう。

岩田宏といえば神保町で、日本にいた頃、きみがあちこち案内してくれたことを、なつかしく思い出します。
「伊峡」や「いもや」、夜が遅くなると、重い本がいっぱいはいった包みを床において、タクシーを拾って家に帰る前に、三幸園だっけ? 交叉点に近い店で餃子とビールで、日本文学の話をしたでしょう?
日本の人は酔っ払えば、きみやぼくとおなじ人間に化けの皮が剥がれて、好奇心もあれば親切な心も隠せなくて、
「おや?おにいさん日本語上手だね?本が好きなの?」と述べて、まあ、一杯やりねえ、おいらはこの先の明治大学という大学の教員でさ、と自己紹介をして、文学論をぶったりするのだった。

ぼくは、日本のことを考えるたびに、とてもとても懐かしいんだよ。
ほら、ニート&タイディて、いうやん。
日本の人たちも、自分で。
その通りで。

いいところは、多分、ほかの文明よりも遙かにおおきくて、最近の日本人の、ほんとうは自分たちの文明の高さをぜんぜん理解していない層が、あてずっぽうで述べている文明の高みを、ほんとうに持っている。

ところが、日本の文明には重大な欠点があって、邪悪なものや社会の悪意を自力で排除できないのね。
自分たちの文明を腐敗に導いている患部を外科切除できない。
ぼくの観察では、それは日本人が強い口調でNOが言えないからです。
どうしても、自分達の価値を脅かすものにNOが言えないでいるあいだに、日本はどんどん悪意に浸蝕されて、ここまで来てしまった。

人間の一生は限られている。
言葉を飾ることをやめると、ぼくが日本と日本の社会と日本の文明を見限ったのは2010年だった。
畸形な文明は難しいものだった。
うまく、よいところが育っていかない。

日本の人は歴史を知らない。
だから古代ギリシャ諸都市がどんなふうに滅んでいったかをしらないし、自分達が、おなじ轍をたどっているのも知らない。
でも、それを日本の人に「得体のしれない外国人」が、どうやって伝えればいいというのだろう!

きみがいつも皮肉めかして言うように、ぼくには「やらなければならないこと」は、あんまりたくさんないんだけど、「やりたいこと」はいっぱいある。
所帯くさいことを述べると、自分で決めた子育て休暇が終わったのでなおさらです。

ぼくは英語の世界には、別に謙遜ではなくて、ぼくよりすぐれた人間をたくさん友人として持っている。
でも、ほら、きみも、さっき言っていたでしょう。
おどろくべし、日本語でも、部分的にはうまくいったんだよ。

あたりまえといえばあたりまえだけど、日本語の世界にもすぐれた人はたくさんいて、ただ、日本語は悪意の松明をかかげて、どこかに攻撃する対象はないかと鵜の目鷹の目の人間が、うんざりするほどたくさんいて、またそういう人間は強烈な嫉妬心に支配された憎悪の人間が多いものだから、彼らはいつも気を付けていて、
能ある鷹は爪を隠してうつむいている、目立たないようにしていたんだね。

だから、ぼくは、得たかったものは、もう得てしまったのだとおもっています。

3年前だかに、こっそり日本に立ち寄ったでしょう?
国内の移動はすべてヘリコプターで忙しい旅だったけど、モニもぼくも、とてもなつかしい気持で、楽しい旅だった。

でも、モニが「ガメ、もういいの?」と聞いていたけど、そう、もういい。
ぼくは、もう好い加減に、子供のときのパラダイスから始まって、いままで続いてきた日本趣味を、あとにしなければ。

日本語を書いたり、明治より古い文学を読むことに限らなければ。

インターネットを通じて出来た友達がいて、もうそれでいいのではないだろうか。
それ以外には、もうあんまり興味もないみたい。

日本語には「峠」という不思議な言葉があって、この言葉が大好きなんだけど、ぼくは、いま峠のてっぺんに立っているのだと思います。

ふり返ると、日本は、あんなに遠くにあって、少しだけ靄がかかっている。
まだ現実に、あの場所にあるのかどうか、わからないけど。

ぼくが、とても好きだった国。
日本。

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5 Responses to

  1. MB Da Kidd says:

    思わずこれを読んで、コメントしないわけにはいかず。

    ガメさんのこのブログは、僕が20年前に考えていたことでもありました。
    でも自分は、事故に遭ったから、日本から離れることができず、いまもまだ、この国にいるわけで。

    そして、排除できない悪意と毎日、闘っています。
    ネットの世界ではありませんけれども。

    議論できない、人のコメントの言葉尻を捉えて、勝った勝ったと騒いだり、人を貶めたり、ということを繰り返している連中を面倒臭いなと思ってネットの世界から身を退いたのは、2004年でした。
    でもそれは、現実の世界に身を移したからといって、状況が変わったわけではなかったです。

    日本人で、議論をきちんとできる人を探し出すのは本当に難しいです。
    僕は1998年から2004年まで、僕は野球をテーマにしていた掲示板を運営していて、そこでは成功していましたけど、2004年にブロードバンドが一般化してからは、その緊張感といい雰囲気を維持できなくなりました。

    だから、僕は2004年以降のネットコミュニケーションのトレンドを活かしきっていなくて、twitterでの悪意との戦い方や、自分の土俵以外のSNSでの戦い方を理解していない。
    なので、ガメさんが攻撃されたときも、どうやって守ったり、援軍を出してあげたりできるかがわからなかった。
    力になれずにごめんなさい。

    > ぼくが、とても好きだった国。
    > 日本。

    思わず、この言葉にぐっと来ました。
    いもやのこと(今年の3月でなくなってしまいました。僕もときどき行ってましたけど)、神田のこと、同じ場所にガメさんがいたんだなと思うと、何だか切ないですね。

    ガメさんが日本にもう来ない、ということは、日本にとっての損失だと本当に思います。

    Liked by 3 people

  2. なんだか切ないブログだなと感じました。
    今の日本の未来は確実に良くないことが分かっているのに、議論をするというパフォーマンスに終始し、若い人の芽を摘んでしまうという状況を多く見ます。
    特にSNSを通じての罵詈雑言は目に余るものがあり、、、。
    ガメさんが書かれている「峠」日本はこの峠をとうに過ぎており引き返すことが出来ない状況なんだなと思う次第です。
    最後に、ガメさんたまには日本に来てほしいな、、、。神保町でもよいので、、、。

    Liked by 2 people

  3. Hisako Suzuki says:

    何もしない為には最大限の口舌の努力は惜しまない。 これは山で遭難した時の心得その一が
    大いに役立っているのではと思う。 状況の改善を求め一歩二歩三歩と踏み出すのは愚かな
    決断ではないのか? 無用心の上にフラフラと歩き迷えば 同じ様にすきっ腹で状況の
    改善を求めている熊に追いかけられるは必定 バラバラと逃げ惑った挙句 崖からの
    一人 二人 三人と崖からの転落の憂き目 留まるが吉。
    ここは何もしないで死ぬのが正しい。 最悪でも皆と一緒に死ねるのだからね。
    皆と一緒!

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  4. lightcyan says:

    初めてここにはコメントします。 来週はフィリピンでITを教えるという仕事の面接です。
    妙に給料が良いので不安ですw 今日はtwitterで予告?した英語で書く詩を完成させないとという。

    「日本語は悪意の松明をかかげて〜」のくだり、本当にそう思います。
    相手が友人でも刺し違えるのがせいぜいで、というより向こうは
    痛みもないようです。正しさなんて二の次でもいいという感じで、
    でもいつも二の次で、だから永久に正しさなんてないようです。

    こういった人間とは運命を共にしない事、
    という以外に選択肢はないんでしょう。とても悲しいことです。

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  5. yokofski says:

    どんなにカラカラに磨耗して脆くなっても真善美にしか価値がない

    ガメさんは、日本語の死にかけた善や優しさや正義などのことばを蘇生してくれた、と思っています
    たとえ余命がそうないとしても

    なんだか今日は習い事の送り迎えでも涙が流れてしまって
    帰ってからもこれを読んで胸がすこし苦しい

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