裂けた星条旗 

フィッシャー・ブラックやショールズたちがデリバティブの理論をつくりあげたときには、彼らは、まさか、自分たちの「それまでは群衆心理のふらふら歩きにすぎなかった」経済に初めて数学理論の裏付けを与えた仕事が、将来、自由主義と民主社会を破壊するとは思っていなかっただろう。

それどころか、Terri Duhonたち、すぐれた数学の才能をもった若い一群のひとびとが確率微分方程式をツールとした数学の手法を用いて、プライシング理論を洗練させ、金融機関の信用力を一気に増大させたときでさえ、その後10年間で、人間の社会が育んできた社会的財産である自由主義を、ここまで完璧に破壊するだろうとは想像もしなかったに違いない。

簡単に、おおざっぱにいえばデリバティブという金融思想は、人間社会の身の丈よりも数倍おおきい信用力を創造することによって、人間が幸福に暮らせる社会の可能性を木っ端微塵にしてしまった。

数学科の学生がブラック=ショールズ方程式を見て考えることは、確率微分方程式の形として単簡で美しいが、よく考えてみると、根拠が薄弱なんじゃない?
なんだか話全体の前提がテキトーだけど、オカネの話なので、まあ、こんな感じになるしかないでしょうね、くらいかもしれない。

たしかに公理にあたるはずの現実の根拠がヘンテコで、ほんまかいな、というところがあるのはほんとうだが、おもしろいことに、みながこのプライシング理論に飛びつくことによって、俄然、ほんもの科学らしい理論になってしまった。

理論はのちのち批判されて、新しい理論に改変されてゆけばよいので、それはそれでよいとして、Terri Duhonたちにとって予想外だったのは、全然数式を使わないで理論を理解した、・・・というのはつまりもっと判りやすく言うと、まったく理解しなかった、という意味だが、・・・自分たちのボスの銀行家たちが、「これをやってもダイジョブ」という結果だけを口々に述べながら、金融信用が増大した前提で、無茶苦茶な荒稼ぎを始めてしまったことで、やがてこれはS&Pやムーディーズ、フィッチのような信用格付け機関と問わず語らずに癒着していくことで、
世紀の経済犯罪思想CDO Collateralized Debt Obligation

https://en.wikipedia.org/wiki/Collateralized_debt_obligation

に結びついていきます。

この信用度が低いジャンクのホームローンを証券化して再パッケージ化することで優良債券化するという錬金術をおもいついたウォール街が、一気に中流以下の大衆から財産を吸い上げ、末端の銀行員に至るまで、いやあ、儲かって儲かってかなわんわ、のお祭り騒ぎに酔って、2008年の信用収縮の至ったのは、おぼえている人もおおいに違いない。

当時から数理に明るい人には警告する人がいたし、金融界の内部でも、あれが経済犯罪そのものであることに気付いていて、罪の意識に戦いている人もたくさんいた。

現にほぼおなじ経済犯罪が行われたアイスランドでは30人以上が逮捕された。
対照的に、ウォール街ではただひとり、しかも御丁寧にアラブ名前の男の人が逮捕されただけでした。

それどころか、ウォール街の自らのオチョーシをこいた大失敗に対して、アメリカ社会は、最も古典的、つまり基本的なキャピタリズムのルールを適用しなかった。
誰でも知っているとおり、自由経済の最低の基本は、「敗者は退場する」ということです。

ジェシー・リバモアは頭を撃ち抜いて自殺することによって退場したし、21世紀に入ってからでもエンロンは企業として解散し、ジョージ・ブッシュ大統領の盟友として知られたCEOのケネス・レイは有罪評決を待ちながら、心臓発作で死亡した。

ところがウォール街に対しては、追及側に十分な数学的な理解力がないことと、「つぶすと影響がおおきすぎる」という、田舎の町の信用金庫と地場企業の関係をそのまま全世界経済に適用したような理屈で、税金を大量に投入して市場への再出場権を保証してしまう。

この事態の収拾の仕方を見て、最も怒ったのはアメリカ内陸部の農場主たちでした。
このブログの前のほうへ遡るとでてくるが、アメリカの農場主達は、例えば養鶏場を例にとれば30万ドルというような大金を無理に貸し付けて、返済をしながら食べてはいけるが、決して完済はできない買い取り金額を設定して、農場を食品工業の一環として支配してきた。
無論、そのパートナーは銀行です。

その銀行がみずからの無知と非倫理性による暴走の結果、経営に失敗して、到底贖えない大損失を蒙ると、今度は、税金を投入して助けてくれと言い出して、結果は、その通りになってしまった。

わしはアメリカの田舎を旅行するのが好きなので、例えばシカゴからシャンパンを通って、メンフィスというようなお気に入りのコースがいくつかあって、人口が1000人というような小さな町で、ダイナーに寄り、ステーキレストランで地元のおっちゃんやおばちゃんたちと肩を並べて、よもやま話にふけりながら、でっかいグリルを囲んで、立ったまま肉を焼いて、そのあとは、たいていテーブルに誰かが呼んでくれて、「ニュージーランドって、オランダの隣だよな?」というような質問に答えたりしながら楽しい夜を過ごすのが旅行の定番になっていた。

そのときに感じたことは、ウォール街人や東部エスタブリッシュメントへの怒りの深さと、治癒不能な瞋恚が彼らの精神をすら蝕み始めていることで、冗談ではなくて、これはこのさき、アメリカはふたつに分裂していくかもしれない、ジョン・タイターの預言は案外ほんとうだったりして、と思ったりした。

いくらなんでもジョン・タイターは冗談で考えたにすぎないが、リンカーンが統一したアメリカは、ウォール街人の倫理ゼロの態度に寄って、また分裂に向かっているのだかもしれない、としきりに考えた。

ヒラリー・クリントンが民主党の候補になったときに、「これはまずいことになった」と思ったのは、わしだけではありませんでした。
早い話が、その頃はもう字数制限に四苦八苦しながら日本語twitterで遊んでいたが、アメリカに住んでいる日本の人たちでも、ものをちゃんと考えられる人は、トランプとヒラリーでは、ヒラリーなら4年後にまともな候補者を選ぶ機会があるが、トランプでは4年後にアメリカがいまの形で存在するかどうかも判らない、という根拠で、ヒラリーに投票するしかないが、しかし、こんな最悪な選択はアメリカ市民権を取ってから初めてだ、と述べていた。

アメリカというのは、そういう嫌なところがある国で、エスタブリッシュメントにはエスタブリッシュメントの文化があり、立場があり、日本の人が通常イメージしているよりも、ずっと集団主義的です。
欧州人には「アメリカ式全体主義」と言って、むかしからバカにしている人がたくさんいるが、そう言われても仕方がないところがある。

ふり返って見ると、年中アメリカに行っていたわりには、大統領選挙期間中にアメリカに滞在していたのは、まだ小さい(5歳?)頃にマサチューセッツのケンブリッジにいて、HBS(ハーバードビジネススクール)の学生たちと、なぜかロースクールの教員たちと一緒にマイケル・デュカキスの演説を見ていたおぼろげなというのも愚かしいくらいぼんやりした記憶がある。

読んでいる人がわかっているとおり、ゲンブリッジはハーバード大学の町で、デュカキス一色で、意識的にも無意識的にも、自分の東部エリート層のイメージは、そのときのアメリカンファシズムと呼びたくなるような熱狂のイメージで出来ているのではないかと考えることがある。

ケンブリッジには縁があって、そのあと何度か行っているが、印象はおなじで、圧倒的に親切で、いつも歓待してくれて、無茶苦茶忙しいのに手分けして楽しませてくれようとする。
一方ではチーム主義で、仲間意識が強くて、自分達のリベラル価値観から一歩でも外れる発言を激しくブーイングする。

なぜケンブリッジの話などしているかといえば、これがアメリカのエスタブリッシュメントの核で、例えば移民してやってきて、知的でありたいと願って、なんとかアメリカ社会に地歩を示したいアジア系のひとたちには、ひどいことをいえば、みっともないくらい彼らの生活スタイルや、思想、身の処し方、言い方から、身振りにいたるまでコピーする人が多いことに気が付いていった。
ここで名誉白人になりたいのか、というような言葉を投げつけるのは酷で、なにしろアメリカに憧れてやってきて、ほかにどうしようもないのだから、その態度を冷笑するわけにはいかない。

ヒラリー・クリントンの支持者は、この白人エリート層の徹底的な模倣者が多いことは事実で、容易に想像できることにバラク・オバマに対して憎悪を抱かなかった保守主義者も、ヒラリーに対しては、ウォール街にまっすぐつながる憎悪を抱く人が多かった。

ここで日本の人相手なので注意を喚起しなければいけないと感じるのは、ドナルド・トランプの支持者がうだつがあがらないプア・ホワイトであるというのは、半分しか本当でない、という実感です。
あれは正確にいうと「口にだしてトランプを支持するのは貧しく教育がない白人層だ」というだけのことで、例えば、わしの親友と呼んでもよい年長の友達に、ダラスのデザイン会社の社長がいるが、この人は一流大学を出ていて、学歴だけではなくて、現実にも知的な人です。
人種差別的なところはなくもなくて、いちどクルマがどれか好きかという話をしていて、少し話題がずれてきて「だって、ガメ、アメリカ人で運転免許をもたない人間なんているわけがないだろう」とテキサス人らしいことをいうので、JJという共通の友人のガールフレンドがクルマを運転しないことを思い出して、「JJのガールフレンドはクルマを運転しないから、いつもJJに拾ってもらいにカフェで待ってるじゃん」と述べたら、「だって、あれはアジア人だから」とJJの韓国人のガールフレンドの背景について、おもわず口走って、
ごく嬉しそうな顔をしているわしの顔をみながら、バツが悪そうにしている、という程度には人種差別的な部分はある。
この人などは、誰に投票したか聞いた事はないが、長い付き合いなので、判り切っていて、「嫌な野郎だな」と思いながらトランプに投票したに決まっている。

口にするにしろ、しないにしろ、トランプを支持している人に共通しているのは、「ヒラリー・クリントンが代表していり欺瞞」への憎しみで、少なくとも知的なレベルが高い、内緒でトランプに投票している人々たちは、トランプがウソツキで、破廉恥漢で、支離滅裂なオポチュニストだとしても、そんなことはどうでもよくて、とにかくいまのアメリカ東部を支配している力を破壊してくれればいいと願っているように見えます。

60年代のアメリカを考えると、デトロイト郊外の自動車製造工場に勤める職工は、10年ローンで一戸建ての家を買って、専業の妻と子供ふたりを養い、当時、次から次に登場する、生活を便利にする家電を毎年買いそろえてゆくことが出来た。
アメリカの戦後の土地の値段は、超長期に渡って安定していて、ジョージ・ブッシュの在任中に、一気に暴騰を始めるまで、「まじめに働けば幸福な家庭生活が営める」豊かな国でした。

当時のアメリカの特徴は、富裕層と下層で、生活に質的な差が小さいことで、そのことは貧富の差の小ささによって保証されていた。

ところが、それがデリバティブという言葉が普通の日常で口にされるようになった1990年代くらいから怪しくなりはじめ、ベアリングス銀行が倒産した1995年くらいを境に、まったく別の社会になっていく。

このベアリングス銀行の倒産当時のことを聞くと、ベアリングスのニック・リーソンが滅茶苦茶をしていたのは業界の誰も知っていて、当の、19世紀然とした管理体質のベアリングス幹部だけが事態を知らなかったと口を揃えていたが、世界がビンボ人に対して容赦のない、苛酷な世界に姿を変えていくのは、ここくらいで起点であるように見えます。
先述したTerri Duhon がMITを卒業して、JPMorganに入社するのが1994年。

信用創造爆発と呼びたくなるような金融能力の爆発的な増大が起きるのが、ちょうど21世紀への変わり目の辺りです。

ここで、人間社会のニーズを遙かに越えて膨らんでしまった「オカネの世界」は、ビンボ人からストローで吸い上げるようにオカネを吸い上げて、人類は、これまで見たことがない激しい貧富の差がある社会を目撃することになる。
目撃するだけではなくて、99%の人類は、オカネモチたちの贅沢を垂れ流すように流し続けるテレビやインターネットの映像の洪水のなかで、大企業の秘書でも給料日の前には公園のゴミ箱をこっそり漁るような世界を生きていかねばならないことになる。

自分のことを考えると、コンチネンタル航空の操縦士やスチュワーデスたちが、乗客が残した残飯を食べている映像をテレビで観たのが、たしか1995年で、それが「貧しい階層」といっても現代では、オリバーツイストの世界とは異なるのだと認識した初めだった。

なんだか長くなってしまった。

アメリカの農場主たちがトランプの破壊に期待しているのはなにか、これから後のアメリカがどんな道を歩いて行くのか、そうして世界は結局どうなっていこうとしているのか、というようなことは、この次にしましょう。

例によって例のごとく、書けば、ということだけどね。

もしかして、次はやっぱりめんどくさいからやめるわ、という場合に備えて、ひと言だけ書いておくと、人情の赴くところ、ごく自然に、アメリカでも日本でも、トランプの次は「まともな大統領」が選ばれてゆりもどしがくるとおもっている人が多いが、そんなことは起きないとおもう。

理由は簡単で、トランプを当選させたひとびとは、別にトランプを選んだわけではないからですよ。
彼らは破壊を選んだ。

彼らは不正義にうんざりして自分たちも不正義に拠ることにした。
彼らは真実が一顧だにされないことに怒って、自分達も真実を顧りみないことにした。

ウォール街人たちが生んだ、アメリカ人の破壊への渇望は、十年や二十年で消えるものではなさそうです。

あ。そーだそーだ。
前にも二度ほど紹介したが日本の人がトランプを大統領にしたアメリカ人たちのイメージをつかみにくければ、こういうのを観ればいいんじゃないか、と考える映画があります。

別にアメリカマスメディアが描写したがるような箸にも棒にもかからないアホなひとびとでないことが納得できるのではないだろうか。

Hell or High Water
https://www.imdb.com/title/tt2582782/

という。

こういう物語の背景に一貫して流れるアメリカ的な情緒を東部エリートたちは冷笑して、それに追従笑いをするように青色のウォナビーエリートも、攻撃性までも模倣して頭から軽蔑したような口を利くが、それがいかに病んでいるか、自分の魂が瘴気に冒されている証拠であるか、ベスト&ブライテストと、そのマネッコ人たちが心から理解するまで、アメリカは自己破壊の道を驀進していくだろうと思っています。

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1 Response to 裂けた星条旗 

  1. Hell or High Waterは、Netflixに「最後の追跡」という邦題で日本語字幕付きでありました。観てみて、確かにガメさんの書いていた状況がわかった気がします。でもそれよりも、相手が強盗だからと、じいさんや自警団が何のためらいもなく発砲する、アメリカ南部の状況の方が、より現実味を持って怖かった。

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