Fine China

いつものように私書箱へ行ってみると、事務的な白い封筒のなかに、あなたからの手紙が混ざっていました。
ジャンクメールを選り分けたり、自分宛のではない郵便物にしるしをつけて局の専用ポストに投函したりするために設えられているテーブルで、なんだか家に持って帰るのを待ちきれなくて、読んでいた。

薄い青色の、みおぼえがある、ロンドンの文房具店でおなじみの封筒が、ニュージーランドの、強い西陽をあびて、薔薇色に輝いている。

I wore diamonds for the birth of your baby
For the birth of your son
On the same day my husband to be
Packed his things to run
Was bittersweet to say the least
One life begins one comes undone
I’ve always been a strong woman of faith
Strong like a tree but the unlucky one

I’m going down, now
With all of my

Fine china and fresh linen
All of my dresses with them tags still on them
Fine china and dull silver
My white horses and my ivory almonds
I guess they really got the best of us didn’t they?
They said that love was enough but it wasn’t
The earth shattered, the sky opened
The rain was fire but we were wooden

I wore diamonds for the day of our wedding
For our day in the sun
On the same day my mother to be said she wouldn’t come
It’s always been that way with me
No time for change no time for fun
It’s always been that way it seems
One love begins one comes undone

I’m going down, now
With all of my

Fine china and fresh linen
All of my dresses with them tags still on them
Fine china and dull silver
My white horses and my ivory almonds
I guess they really got the best of us didn’t they?
They said that love was enough but it wasn’t
The earth shattered, the sky opened
The rain was fire but we were wooden

All of my all of my fine china
All of my all of my fine china
All of my all of my fine china
Blue uh, blue

All of my all of my fine china
All of my all of my fine china
All of my all of my fine china
Blue uh, blue

Fine china and fresh linen
All of my dresses with them tags still on them
Fine china and dull silver
My white horses and my ivory almonds
I guess they really got the best of us didn’t they?
They said that love was enough but it wasn’t
The earth shattered, the sky opened
The rain was fire but we were wooden

Fine china, fine china, fine china
Fresh linen, fresh linen, fresh linen

Lana Del Reyの決して発表されることがなかった曲は、あなたとぼくが、共通に好きな曲のひとつで、その理由が、あなたとぼくの、グループの、女の友達が、毒を仰いで死んだあとに、自分の16年の生涯について書きとめて、向こう側から送ってきたとしかおもえない歌詞であることであるのを、日本語なのだから、ここには書いておいてもいいのではないだろうか。

ぼくは、あんまり自分で自分の生命を絶つことを悪いことだとは、おもっていない。
きみやぼくは、いつも、自分たちは「間違った時代に生まれてきた」と感じてきた。

もちろん、きみとぼくの自分が生まれた国での「恐竜的な立場」から生まれた感想でもあるのだけど、それだけではない。

危ない村もあるから、という理由で、ダラスの、床屋の奥に事務所がある、女のひとばかりで運営する旅行エージェントで、テキサス人たちと小さなグループを組んでくれて、メキシコの田舎めぐりに送り出してくれた。

20歳のぼくは、あのツアーで、40代の女の人の高校教師となかよくなって、ツアーのあいだじゅう、いろいろな話をしていたんだけど、もう教師は今年でやめるのだというので、なぜですか? と聞くと、生徒たちが年々「vicious」になってきたからだ、と答えた。

そのことは、いつまでもぼくの頭に残っていて、そう述べたときの、その、
アメリカ的な善意にあふれた女の人の、言語では到底表現しがたい、
世界への絶望と疲労に満ちた表情を思いうかべる。

ぼくのオークランドの家の隣には、ニュージーランドでは少し名前が知られた富豪のひとが住んでいてね。
このひとが犬を飼っているのだけど、いつだったか、彼の気立てはいいが、少し頭が足りないアーサーという名前の犬さんが、モニとぼくの家に生け垣をぬけてやってきて、その頃、モニが故国の料理のために飼っていたクエール(日本語では「うずら」かな?)の小屋を壊したことがあった。

この隣家とは当然、ニュージーランドの表面第一主義の伝統に従って表面は仲が良いが、夫は、ぼくを上廻ってテキトーな人なので、NZにおける、こういう場合の定石にしたがって、アニマルコントロールにemailを書いて、こういうことが二度は起こらないようにしてくれ、と述べたら、モニといまでもワインを飲んでは、きゃっきゃっと笑い合っておもしろがるが、300ドルの罰金を払わされて、塀をつくることを余儀なくされた。

彼もぼくも、モニさんも、朝、でかけるときに出くわしても、そんなことはなかったような顔をしているのは、世界がviciousになったのを知っているからだよね。

多分。

あるいは仕事上知り合った55歳の社長が、自分の会社を売りたいと述べて、
調べてみると、よい会社だったので、のんびり、買収交渉を進めていたことがあった。

居住用の不動産や商用ビルの賃貸ばかりやっていても退屈だからね。

ところが47歳の奥さんが、21歳の社員と駆け落ちしてしまったんだよ。
訴訟を起こして、会社の権利の半分は自分のものだと主張して、認められて、
買収話は潰えてしまった。

ヘンテコな事態のせいで、入り組んだ法的な交渉をしなければならないことになって、ぼくは、あの頃、年柄年中アメリカに行っていたわけだけど、目の下におおきな隈をつくって、あの社長は、世界がこんなにviciousになるとは思わなかった、と述べていた。

人間は、なんて愚かなんだろう。
モニさんは、よく述べている。

人間さえいなければ、この地球という惑星は素晴らしい場所なのに、と、あなたが書いている。

 地球は、まるで家畜列車のようだ。

あなたもぼくも、この愚かさで充満した列車のなかで、呼吸して、活動して、喜んでいたり、失望したりして、ときに怒りで身体が燃え尽きるようにして、あるいは歓喜で、身体が重力の束縛を逃れるようにして、生きている。

すぐれた装飾の洪水のようなヨーロッパから、なんだか社会全体が清潔な病院のような英語の新世界にくると、ときどき自分が人間であることを忘れて、最近開発された有用な薬品であるような気がしてくることがある。

いったい、いつまで、このくたびれはてた世界にきみやぼくは住んでいられるのだろう?
いま、この瞬間でも自分が呼吸していられることを訝っている。

 まだ、生きていたいと思っているのに。

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2 Responses to Fine China

  1. koichi oda says:

    いくつか思い出したことがある。15年くらい前に僕を引っ張ってくれた教授が、学生たちがとても失礼になってきて教える気力がなくなったと言いながら退職した。寛容ということが、どちらの側にもなくなってきた頃のように思うし、信頼関係が想定できなくなり始めたころとも重なると感じる。その頃から、日本は止まってしまっているようだ。その少し前からだ。焼け石に水の感覚で打ちのめされるけれど、気がつく人もいるし、感じる人もいる。自分なりに生きていきながら、自分なりに礼のわかることとはなんなのか、礼とはどうつくっていくものか、どうすればよくいきられるかを周りと一緒に考えながら、自分の中にあるもの形を探っている。ひどい事をするものだと感じることは多い。ひどい事を減らしていくにはどうすればいいのかな。良い行いを増やすにはなにをすればいいのだろう。

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  2. 李ヨシュマド says:

    生きていたい

    か。

    日本は死の国だと呼ばれていますが、
    私は、生への執着の強い人間で、
    死という無しかない「安らぎ」に甘んじているよりも、
    生という、苦しみもあるけれど、
    喜びや、感覚の存在するこの世界が、愛しくて、極限まで離れていたくない思いが、ありますわ。

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