東京十味 その1 うなぎ

マオリ族にとっては鰻は、神の使いであって、食用なんてとんでもない、神様を蒸したり、串に刺して焼いたり、ばちあたりで、まして照り焼きソースを塗りたくって、蒸したうえに焼いて、はふはふするなんて、とんでもないことだった。

子供のときは、珍しい食べ物で、ニュージーランドでも連合王国式に、ジェリーにつかった輪切りが缶に入って、変わったものを扱う小型スーパーで売っていたが、
日本食ブームで、eelのライスのせ丼というようなものが出回りはじめると、
初めこそ、うにょおおー、と顔を顰めて、人間の食い物ちゃうやん、をしていたが、食べてみると、おいしくて、これがほんまに缶カラで煮こごっている、ぶっといのと同じもんでっか?ということになって、最近は、どこの街角にもあるbento屋のメニューには、ほとんど必ず載ってます。

寿司種としても、サーモン、照り焼きチキン、ツナマヨ、エビマヨの次くらいには一般的である。

ずっと義理叔父につれられていった麹町の秋本が初めに行ったうなぎ屋だと記憶していたが、最近、子供のころの日記を読んでいたら、やはり義理叔父につれていってもらった「野田岩」が初めだったと判明した。
東麻布の店で、「う、うなぎって、そんなもん食べたら死ぬんちゃうか」とおもって緊張して店に入ったら、店のいちばん目立つところにイギリス人のおっちゃんがひとりで座っていて、日本人式にうな重を「かっこんで」いて、入ってきた子供わしをみてニカッと笑うと、

「きみ、ここのはうまいぜ。運がいいじゃないか!」と述べたので、案外、抵抗なく食べられてしまった。

eelと呼ぶからダメなのでunagiと呼べばいいのだ、と悟って、それからあとは、英語でも、だいたいunagiと呼号している。

「野田岩」には横浜にも支店があって、こっちは東麻布の店主の弟がやっていて、メニューもやや異なれば、味も変えてある。
生意気なことを述べると、どうも、こちらのほうが本店よりもおいしい気がする。

一軒屋になっているほうよりも、それも、駅ビルのなかにある支店のほうが好きだった。
そう、あの高島屋のなかにあって、鮨「青柳」の隣にあるやつです。
青柳程度の鮨は銀座のそこいらじゅうにあるが、野田岩クラスの蒲焼きは少ないので、両店の前に立つと、自然と右側にある野田岩に入ってしまう。
たいてい、手には有隣堂で買い込んだ日本の本を抱えていたとおもいます。

おとなになってから横浜に行くのは、たいていクルマだったが、電車ででかけると、西口で蒲焼きがぎっしり載ったうな重を食べて、横浜駅の東口に出て、水上タクシーで、終点の中華街まで、どんぶらこと海風に吹かれながら行く。

あんな楽しい公共交通機関は珍しいというか、水上タクシーは移動手段であるよりも、つかのま、海を楽しめる娯楽で、日が落ちるのが早ければ、横浜の夜景を見ながら、さて中華街に着いたら、どの店でたらふく食べようか、聘珍樓か北京亭か、と算段する楽しみは、横浜にいるときの醍醐味だった。

帰りは、ギリシャバーによってウーゾを飲んだり、いくつかあるジャズバーに寄ったりして、常連らしいアメリカ人たちと夜更けまで飲んでいることもあった。

美しい畳の床が広がった千住の尾花や、麹町の秋本、銀座の竹葉亭、考えてみると子供のときから、鰻屋はたくさんでかけていて、枚挙にいとまがない。
竹葉亭などは、銀座の歌舞伎座のそばにある支店が、まだ木造のころに何度かでかけていて、かーちゃんは歌舞伎は好きだがうなぎはあんまり好きでなかったので、記憶があいまいだが、多分、義理叔父と一緒だったのではあるまいか。
二階から、行き交う人やクルマを眺めて、なにもかも、あまりに異なるので、
ほんとにここは同じ地球のうえかしら、なんだか魔物にだまされて、銀河まで別の、見知らぬ惑星に来てしまっているのではなかろーか、でも、楽しいから、別に現実でなくたって、なんだっていいや、と考えたりしたのをおぼえている。

おなじ竹葉亭は取り壊されてしまった丸ビルの裏口にもあって、のれんをくぐると、失礼なことを言えば、みんな同じ顔、同じ髪、同じ服のサラリーマンのひとびとが、会堂と呼びたくなる広い、天井の高い店内をうずめつくしていて、しかし、その画一性が少しも嫌でなくて、アンディ・ウォーホルは、ここにきて、例の「誰もがみな同じ人間の群衆」というパラダイスをおもいついたのにちがいない、というのは冗談でも、記憶のなかでは、全体に知的な雰囲気で、ああ、近代小説に出てくる「丸ノ内のサラリーマン」、岡田隆彦が

それから僕は旅に出る
 そこは平たい太陽が今も覆いかぶさっているだろう
 砂ぼこりのたちこめるその里で
 ジンとサンチマンへの抵抗力を作って
 いっぱし月給取になり
 自信に満ちて二等車から丸の内に降りるだろう
 もう君は愛してくれないだろうから

と述べた、「丸の内」は、こういう場所のことだったのだなあ、と考えたりした。

余計なことを書くと、取り壊された丸ビルは、文章や映像では伝えられない生きた近代日本文明の重厚さを伝える生き証人のようなビルで、
文明堂にのぼってゆく、幅の広い大理石の階段は、日本が戦前にたどりついた文明が、到底、西洋で言われるような「モノマネ西洋」などではなくて、独自の高みに達していたのがわかる質感をもったものだった。
おなじことを言ったら、あんなん、ロンドンにいくらでもあんじゃん、と義理叔父が笑っていたことがあったが、おっさんは観察と理解が浅薄なので、「だいたい似てればおなじもの」程度の杜撰な理解力だからで、第一、たどりつくパーラーにあるべきスコーンがカステラな文明が、ロンドンと似ているわけはない。

あれを壊してしまっては、後からやってくる日本人は、そーか日本人はモノマネ民族だったのね、と納得して、プライドもなにもズタズタになって、やけんのやんぱち、自暴自棄で、そうなれば、文化の継承などは、そこで止まってしまう。
一冊の本で、伝わることと伝わらないことがある。

欧州の人間が古い建物や町並を残すことに固執して、ドイツ人に至っては、いったん瓦礫になってしまった町を、忠実に昔の形に復元するのは、長崎ハウステンボスに感銘を受けたからではなくて、本や映像では伝わらないものが文明というものの核心には存在するのをよく知っているからでしょう。

吉行淳之介には、たしか、兄妹の近親相姦夫婦が切り盛りしていることを暗示する、うなぎ店の小説がある。
うなぎには、ぬめっとしたところに、精神的な不潔をおもわせるところがあって、
いちど、切り捌くところをガラス越しに見ていたら、顔をしかめたくなるような気持になって、それから微かに吐き気がしたことがあった。

おなじ魚が、一般にポリネシアでは神聖な神の使いとされて、西洋の文明では、いざとなれば食べてしまえる、間に合わせでポンコツなタンパク源で、日本では精緻な照りを見せつけて白いご飯の上に鎮座する極めて芸術的な食べ物で、三者三様の世界観が、水槽のなかでくねくねしているのを、小さすぎる椅子に座って、ぼんやりと眺めているのが、東京での生活の一部をなしていたことを、なつかしく思い出します。

もっとも、うなぎに人間の心理の陰翳を投射する言語の冴えをみせるのも日本の文明なら、おなじものをすさまじい勢いで食べつくしてしまって、女将、世界くん、もっとくれ、今度は白焼きでわさびがいい、鯨のコロ食べたときみたいにいちゃもんつけないでくれよ、と述べて地球じゅうの魚ごと食べつくしてしまいそうな勢いをみせているのも同じ日本の文明で、ほんとうは、こっちが真の日本の姿なのかもしれないけど

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3 Responses to 東京十味 その1 うなぎ

  1. ほっち says:

    横浜高島屋に入っていた野田岩も、壊される前の丸ビルも、亡くなった母が好きでよく出かけていた所なので、読んでなんだかしんみりしてしまいました。
    東麻布の野田岩も、今の住まいからほど近く、銀座の竹葉亭は職場が移転して目と鼻の先になり(まだ行ってないけど!)なんだかとても親近感の湧く文章でした。というか素晴らしい文章。
    竹葉亭の近所ということは、必然的に築地の近くであって、毎朝ターレが疾走するなかを通勤していたのが、ひっそりしてしまって毎朝心の中で泣いていたので、温かい文章が心に沁みました。ありがとう。

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  2. sona says:

    そういえば昔、「うなぎ」って映画(監督 今村昌平、1997年)を観たことがあり、そこでも、うなぎが、心理描写に使われていたなあ、と思い出したりしました。ブログ冒頭のお写真の、お品書きの字体が、うなぎに見えます。にょろにょろー。お写真も、いつも楽しみにしています。

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  3. anonymous says:

    たいへん面白く読みました。つまらない指摘で恐縮ですが、横浜の本屋は「有隣堂」でしょうか。typoで丸ビルのくだりで「やけのやんぱち」、吉行淳之介の小説は「兄妹」の近親相姦ですね。また、冒頭のeelのライスのせ丼のあたりで「顔を顰めて」、吉行淳之介のあたりで「顔をしかめたくなる」とあります。「(眉を)ひそめる」と同じ漢字なので、むしろひらいた方が良いでしょうか。失礼しました。

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