破壊せよ、と神は言った II

世界が、また壊れ始めている。
社会を支配する層のやりかたが巧妙になるにつれて、枠組みががっちりして、情報の交換が速度においても量においても数百倍になり、自分達の支配の体制を維持するための定石もつみあがって、容易なことでは世界は破壊されなくなっていた。

何年に一回だったか、もう忘れてしまったが、ヴィクトリア朝時代には、黄河の氾濫のようにして、数年おきに市場が崩壊し、恐慌が起きていた。
繁栄の頂点にある経済人は没落し、混乱を利用することに長じた若者たちが、社会の壁にかけられた、炎に包まれた階梯を駆け上って、次の世代の支配層になっていった。

ポール・ボルカーくらいを最後にして、支配層を知的な腕力で抑えつける力をもった財政家はいなくなった。
後任のアラン・グリーンスパンを見れば明らかだが、銀行家を中心とする、いまの病んだキャピタリズムに阿諛追従して、少しでもおこぼれを預かるだけの人間が、「東部エスタブリッシュメント」の実体になっていった。

繁栄は安定すると冨の不均衡を生む。
オカネをつくることに達者な人間が手足を伸ばして、のびのびと悪辣なプランを実行するようになれば、オカネの理屈に疎い人間などは、ひとたまりもない。

子供のころ、ニュージーランドの新聞のトップニューズで、日本でいえばNTTだろうか、テレコム(いまのスパーク)のCEOが年収1ミリオンを超えて、これは日本円に換算すると、6000万円弱だが、「会社の社長が、そんなに高給をとっていいのか」と社会問題になったことがあった。
一方では、両親の友人たちには、年収が数億円に満たない人は少なかったので、子供心に、ニュージーランドは、なんて良い国だろう、とおもったことがある。

そのビンボ人王国ニュージーランドでさえ、21世紀に変わる頃から、どんどん豊かになり、一方では、貧富の差がどんどん開いていって、近所の商店街の交差点に立っていると、ポルシェやレンジローバー、なぜかニュージーランドでは人気があるマセラッティが洪水のように通りを埋めていて、隣のおばちゃんのスーパーへの買い物ぐるままで、いつのまにかBMWからポルシェに変わっているが、30分もクルマで南へ行くと、あちこちにトンガの国旗が翻る通りに、昼間から酔っている若い男や、半ば公然とドラッグを取引している中国系人の売人とポリネシア系人の顧客の姿があって、貧富の光と影は、歴然としている。

ニュージーランドは1900年代から、1930年代くらいまでは、ひとりあたりの年収が世界で1,2位を争う、豊かな小国だったが、宗主国イギリスの没落とともに経済の基盤が弱くなって、70年代になると、経済崩壊という呼び方が正しいような経済の状態になっていった。
80年代になると、隣のビッグブラザー、オーストラリアと共に、ドビンボになって、日本へ出稼ぎに出たりして、かろうじて食べていくことが出来るていたらくだった。

余計な事を書くと、その頃から、いくらなんでも日本に経済を依存するのは、まずいんじゃないの?というひとはたくさんいて、と書くと、え?そんなの人種差別じゃないか、と早速、身体を乗り出すようにして文句をいうひとがいそうだが、そうではなくて、なにしろ、観光客の懐をあてにしてカジノを開いてみると、客は日本人だらけで、普通の日本人ならばいいが、ハイローラーは、暴力団ばかりで、負けるとテーブルに飛び乗って、褌ひとつになって刺青をみせてすごむは、椅子を蹴り上げて負けた金を返せと喚きだすは、しまいにはオランダ人の女のマネージャーに、「おまえと一発やらせれば、許してやる」と言い始めるはで、日本人のカネモチといえば、「とんでもない人」というイメージが出来ていたので、どうもあの国はオカネはあるけれども常識の持ち合わせはないらしい、あんなのについていくと、ろくなことはない、と額を集めてヒソヒソしだした。

いつものこと、というべきで、アングロサクソンの、常に変わらぬ命題、
「オカネは欲しいが、異人種・異文化人を見るのは、鬱陶しい。なんとか、オカネだけをまきあげて、国にお帰り願う手はないか」と鳩首を集めて談合しても、なかなか妙案は出なかった。

そのうちに、50年代のフランス人くらいが盛んに警告しだした、
「諸君、知っておるかね、このままいくと、人口は減少して、しかも老齢化していく。別に人間が減ってもいいけどね、並ばなくてすむし。
でも、減少の過程では地獄の不景気が待っていると予測される」
人口減少問題が予測されるようになって、出生率の統計を見れば、なるほど60年代になると、ぽっちゃりした釣り鐘型の人口ピラミッドになるのはアホでも判るので、慌てて対策を練りだした。

いま考えると、笑ってしまうが、当時のフランスは、まだ避妊が違法行為で,
英語諸国と異なって主な避妊方法は経口薬だったが、この経口薬を含めた避妊が合法になるのは1967年です。

それなのに、簡単に想像がつく手術器具のカチャカチャいう音を連想させる不可視の闇が介在することによって、出生率は減少の一方だった。

誰かが、「もう、こうなったら移民を受けいれるしかない」と言い出したが、
欧州人は、なにしろ人種差別の総本山なので、抵抗が強かった。

じゃ、おまえは褐色の人間を見たくない一心で我々の偉大な祖国が滅びてもいいというのか、野蛮人か、おまえは、というような議論が、町のあちこちで、侃々諤々、家庭のなかでも、諤々侃々、議論のはてに、やむをえないから移民への門戸を開こう、ということになっていまに至っている。

フランスが嚆矢で、あの人種差別主義者ぞろいの尊大なフランス人でさえやれたというのは、たいへんな先例で、英語国は揃って移民政策による人口問題解決に傾いていった。

やーい知能が足りないアイルランド人、とアイルランド人の流入が続く間じゅう罵り、今度は続いて大流入を始めたイタリア人を見て、おまえらはそれでも人間か、おまえらの油でべったりした髪をみると、ゴキブリみたいで胸くそが悪くなる、
新しい移民集団が入ってくるたびに律儀に差別しながら、もちろん、60年代には移民王国になっていたアメリカは、最後の移民グループである東欧諸国人をのみ込んだくらいのところで、WASP時代とは異なる、新しい支配層を築き始めていた。

なんだかチョーおおざっぱだが、そのくらいのところを出発点としているのが、いまの支配層の文化で、だいたい東アジアを除外した世界の多文化を受け入れる、というのが正直な内面からみたルールだったでしょう。

そういう流れのなかではアフリカン・アメリカンは興味深い存在になっていって、アメリカの伝統の核のようなものは、実は、アフリカン・アメリカンが正統的に受け継いでいった。

例えば、シカゴへ行くでしょう?
デパートの売り子さんが、わざわざカウンターのなかから出て、ドアのところまで広いフロアを横切って一緒に歩いて来てくれて、ドアを開けて、
「寒いから、風邪をひかないように気を付けないとダメよ。
今日は、わたしがすすめたセーターを買ってくれてありがとう」という。

あるいはマンハッタンの、いまはない安売りチェーンのLoehmann’sで、コートを買って、「ああ、いいよ、そんなに丁寧に畳まなくても、いま、ちょっと着ていくのに買っただけだから」といっているのに、
まるで母親であるかのように、
「あら、ダメよ。こんな素敵なコートじゃない。もっと、大事に扱わないとダメですよ」と述べて、まるで愛おしそうに、丁寧に丁寧に畳んで紙袋にいれてくれる。

そういう小さな仕草のようなことから、生活に対する堅実な考え方まで、いまではアメリカの伝統文化はアフリカ系人が受け継いでいる。

破壊は、おもいもかけない方角から来た。
もう世界中の誰もがよく知っているように、最も安っぽい人種差別主義者とでも表現すればいいのか、こともあろうにテレビタレントの借金王が大統領になることで破壊が始まった。

ヒラリー・クリントンについて「女でなかったら大統領候補にもなれなかっただろう」と述べて、文字通り袋だたきになった人がいたが、内心、ヒラリー・クリントンには大統領たるに相応しい人間性が欠落しているのではないか、と疑っている人は、むかしから数多く存在する。

簡単にいえば人間性に乏しく、integrityを持たない人間なのではないか、という疑いを長いあいだ持たれている。

自分の友達でも、大統領選の当時でも、トランプが共和党候補になったときに、「これで、似た者同士の対決になったな」と笑っている年長の友人がいたが、この人は東部の有名な大学の政治学者として、ヒラリー・クリントンが個人としての知り合いである人なので、びっくりしてしまったことがある。

表で言われることのないヒラリー・クリントンへの評価は「integrityのないプラグマティスト」であるとおもう。

注意して聴いていると、とんでもないことを言うことがある人で、この記事では多くは書かないが、アメリカという自由社会を保障している「手続き主義」が生んだ鬼っ子とでもいえばいいのか、ついこのあいだも、欧州諸政府が移民を阻む防壁をつくらずに来たことは無責任だ、と述べて、欧州人を唖然とさせていた。

「あんなん、トランプでも言わんわ」と友達がぼやいていたが、そのとおりで、わしのほうは日本の人と縁があるので、「ヒラリー・クリントンが大統領になっとったら、やっぱり日本は北朝鮮の核攻撃で焼け野原になっておったな」と、改めて考えて、日本人のおもいがけない幸運をおもった。

つまり、破壊はおもいもかけぬリアリティ・ショーの画面からやってきたが、
前にも記事

「世界を救いにきたマヌケ」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2018/07/22/idiot/

に書いたように、どうもいまのところは、少なくとも白い人々以外には到底うけいれがたい人種差別思想にこりかたまって、おまけに下品を絵に描いたような、アンドリュー・ジャクソンの再来じみた、やけのやんぱちな大統領だが、なんだか、やることなすことの滅茶苦茶さが現実政治世界においては奇妙な具合に働いて、少なくとも、核攻撃で民族ごと消滅の危機に直面する事態をもたらしだだろうヒラリー・クリントンが大統領になった場合よりも、マシなほうへ世界は動いている。
もしかしたら、金融を通じて、世界を恒常的に支配しかけていた支配層をも、
デタラメな経済政策を棍棒にして、破壊してしまうかもしれない。

少なくとも、きみが、若い、これから世界に出て行く人間であるとすれば、支配層が練りに練ったプランでデザインした、水も漏らさないようなエリート支配層の巧緻な装置のような世界よりも、幼児の頭と老人の変わりやすい気分で、気まぐれなデタラメを大統領命令として連発している人間が、ほとんど粉々にしかけている世界のほうが、息がしやすいし、第一、企みを実現しやすい。

トランプやバノンが、もともと夢見ていたのは、世界が核戦争の地獄の業火に包まれて、その破壊の炎のなかから、白人種が、いまのように、妥協的で通俗な堕落した姿から、本来の、英雄的なありかたを取り戻して、世界の主人として再び君臨する、という、ナゾー教団ふうの、アメリカンコミックを読みすぎたとおもわれる世界征服の夢だったが、その破壊の衝動が、農民や工場労働者のウォール街へのすさまじい怒りと一体化して、不思議なネオ・ラッダイト運動のようなものになっていくのかも知れません。

ナスダックやダウ・ジョーンズが暴落して、トランプの政府が、今度こそウォール街の犯罪人たちを税金で救済しなければ、それこそ滅茶苦茶になるに違いないアメリカ経済の廃墟のなかから、おもいもかけない光がさしてこないとも限らないところが、現実政治というものの、おもしろさなのかも知れません。

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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