ツイッタの友だち

ジャック・ダーシーが満面の笑みを浮かべて安倍首相と握手している写真を見て、げんなりしてしまった。
ダーシーのことだから、なにか日本政府に用事があって、首相に会えるなら会って話をつけてしまうのがいちばん早いと考えたのかもしれないが、カーター大統領と会って胸をそらせて握手する写真を撮らせて悦にいる中松博士じゃあるまいし、アホらしい、という気持が起きる。

twitterは子育ての友だった。
子供がよじのぼるジャングルジムの役が育児における主要な役割だったが、髪の毛を引っ張られてイテテテをしたり、股股さんをおもいきり膝蹴りされたりしながら、日本語の勉強をかねて、日本の社会の問題や、だし巻の作り方について侃々諤々と議論するのは、なかなか楽しかったと言わざるをえない。

頭のなかでは、日本語ツイッタはコンピュータで、英語の種々のSNSはスマートフォンでやることになぜかなっていて、習慣化して、1970年代の日本語ならば「ながら族」と言ったのだと思うが、いちばん多いのは傍らの40インチスクリーンでiTunes、Netflixやamzon.comの映画配信を見ながら、とつおいつ、あるいはだらだらとツイッタに書き込む、というパターンだった。

いま見ると2012年の7月からツイッタをやっていることになっているが、その前もアカウントを開いて、フォロワーが1000人になるとアカウントを閉じる、というのを何度かやっていたので、その1年ちょっとをあわせると、8年くらいもツイッタと付き合ったことになる。

日本語インターネットコミュニティの常で、時間が経つにつれて、やっと使い方が判るようになるのかなんなのか、ばーかーな人たちが流入して、品性が卑しい人間を見るのがなにより嫌いなので、うんざりさせられたり、友達と日本語で話す楽しみはあるにしても、こんなアホな人間たちが視界に入ってくるような地獄を通行させられるくらいだったら、やめちゃったほうがいいよね、という気持になったりしたが、twitter社の勧めに従って、どんどんブロックすることにして、
だいたいブロックが3万人を越えるころから、あんまり嫌なことに遭遇しなくなって、落ち着いて友達とよもやま話が出来る環境になってきた。

ついでにいうとSEALsの頃には、ネトウヨの人がたくさん来て、当時はブロックリストなるものを導入して、もっとブロック数も多かったが、最近は、ついにネトウヨのみなさんにも呆れられてしまったものと見えて、ご無沙汰なので、ブロックリストも外しているが、あのブロックリストというのは、友達も入っていたりして、それなりに不便なところもあるものでした。
あんまり、よいものではなかったような気がする。

3万人もブロックしているとカッコワルイので、ときどき見直して、ブロックを解除するが、いったんブロックされたのに話しかけるのが難しいのは人情というもので、ああなったりこうなったりして、これから先もくちを利く機会がない人は4万人を越えているのではないかと思います。

意図したわけではなくて、たまたまだが、フォロワーが1万人を越えるような人は、あるいは、もともとこちらが期待するからかもしれないが、たいていブロックしているので、おもしろいのは、わし友がなぜかチョーよいことを述べて、おお、と考えてRTしても、だいたい300くらいまでしか数が伸びない。
ほとんどコピペなんじゃない?というような、おんなじツイートを他の人がやると3000というようなRTになるのを見たことがあるので、友達には悪いね、というか、ちょうど疫病のワクチンを大量の人間に接種しておくと、個々には見えにくくても、社会全体としては疫病の流行が抑えられるのと同じ理屈で、RTが失速する。

ブロックをしない場合と異なるのは、しかし、そのくらいで、ブロックを大々的に増やしたことによって得られた快適さとは比べものにならない。

いま、この記事を書いている時点ではフォロー数が、いつもよりずっと多くなっていて、40人を越えているが、これはだんだんROMに変えていくための実験中だからであって平常な状態では20人内外です。

もともと正気を保つためにフォローしている何人かの英語人の友達は、まったく変わらなくて、5人くらいいる。
作家、英語教師、大学教師という顔ぶれで始めて、初めは10人くらいいたが、大学教師のひとたちは、あまりに文学上の意見が異なるので、めんどくさくなって全部フォローをやめてしまった。

差し引き、日本語アカウントでいつもフォローしているのは15人くらい。
見ると判るが、あんまりツイートしない人ばかりなので、なんだか夜更けの竹藪をフォローしているようなものです。

こちらは、見れば判るが、英語アカウントにいちばん多い、お友達アカウントに直截宛てた形の、よもやま話アカウントになっていて、ずいぶんスタイルが違うんですね、と言われたことがあったが、英語では極く標準的なスタイルのツイッタの使い方で、日本語ツイッタのように、ややカラオケステージ風というか、あんまりたくさんの人にいっぺんに話しかけるというスタイルを採らない。
見ればすぐに判るが、多数の人間の目を意識してツイートするのは、英語では殆どの場合、自分が有名人であるという自覚がある人のアカウントで、現に、自分の友達で有名人というカテゴリに入る人達を見ると、複数アカウントを持っていて、
こっそりやっているほうではWOWのギルドについて話して喜んだりしている。

よく「フォローを増やさないと様々なタイプが違う人と意見を交換できないではないか」と昔は言われたが、考えてみると、自分の生活でも、さまざまなタイプの人と話したりするのは億劫なので、なぜツイッタで「いろいろな異なった意見」を聞かねばならないのかピンとこない。

そもそも、普段の生活では、なるべく人と会わなくてすむように、なるべく友達の数が増えないように、念願して暮らしているのに、日本語ツイッタでだけ、方針を変える必要もないような気がする。

いまからもう、笑おうとひきつけの準備にかかっている、そこのきみ、
笑ってはいけません。
わしは、生来、すごい人見知りなのでもある。

Twitterという新しい窓を壁にしつらえてから、だいぶん経つので、日本語ツイッタを通して見知っているひとたちの境涯も随分変化している。
靴下をはいたら右と左が違っていたことまでツイートしているので、ヘンな人だなあーとおもってフォローしはじめたもじんどん @mojin は、スイスのチューリッヒ工科大学から、ハワイ島へテンモンな職場が変わっている。
このあいだまで22℃にもなると夏だと言って喜んでいた同じ人が、おなじ22℃で「寒い」ぶるるっ、と述べている。

正義心の強い編集者だったミナ @MinaMaedaは、たしか、退職した頃に会ったとおもうが、
たったひとりで小田急だったかの駅の改札脇に立って、安倍政権に抗議していたりしたが、自分の生活のデザインをまるごと変える決心をして、Grosgrai(グログラン)というmillinery(帽子デザイナー?)の会社をつくって、いまは居住ビザをとってオーストラリアのアデレードに住んでいる。

ブログを読む人のほぼ全員が、これを書いているやつは頭がおかしいのではないか、と確信していた頃から、ずっと暖かい気持で読んでくれていた一色登希彦 @ishikitokihiko さんは、「日本沈没」というマンガで描かれた預言の書のような不思議な本を書いたが、いまはマンガを描く道具をおいて、四国でカフェを自作自営する悦びに浸っている。
でも登希彦さんが、隠しようもなく持っている創造への内圧から見て、こういう余計なことをいうと本人は怒るだろうが、どうせまたマンガか文字か、たいへんな本を書くに違いないのではなかろうか。

やはり、終始あたたかい気持で接してくれて励ましてくれて「おれたちは仲間」とまで述べてくれた南Q太さん @murasakibashi は、本人はなんだかあっさり決まったように言っているけれども、ほんとうは、めちゃくちゃな難関であるアーティストプログラムでビザをとって、ベルリンに引っ越していった。

ベルリン、知っていますか?
文化からいうと、ベルリンは世界の中心も中心、まるで新しい文明が火口から噴き出すようになっている町です。
ニューヨークなどはオカネオカネオカネオカネの、日本のケーベツ語でいうイナカモン(田舎の人ごみん)が集住して退屈な人間のゴミためみたいな町になりつつあるが、そのかわり、ベルリンやサンセバスチャンに文化の女神は引っ越して、世界の明るさを取り戻そうとしている。

Q太さんは、そのまんなかに腰掛けている。
羨ましいというかなんというか。

なにしろナマケモノなのと、ヨットやローンチの海から離れられないのと、だって乗馬はどこでやるの?テニスは?ゴルフ高いんじゃないの?
ステーキパイあるの?
で、「なにもしないためならなんでもする」病の初期症状を見せて、なかなかオーストラリア/ニュージーランドから動こうとしないが、Q太さんを見ていると、
「書いては読者に教えられ」とブログの神様の諺がいうとおり、ベルリンかモントリオールか、せめて、どっちかに越すか、あるいは最低いちねんの半分は住まないと、だんだん世界の様子が判らなくなってきてるんじゃないの?とおもわなくもない。

当たり前と言えば当たり前だが、なんでそんなにわしに興味があるのか知らないが、この10年つきまとう、はてなのおっちゃんたちは、百年一日という、相も変わらず悪意とうぬぼれと嫉妬の泥沼を這い回っていて、毎年あきもせずに堂々巡り生活の同じことの繰り返しで、彼らに悩まされながらも、なんとか日本語をあきらめてしまうのだけはやめようと考えて、日本語世界にとどまってきた友達たちは、自分たちの生活を構築して、誰でも初めは半透明で、世間の光が透きとおって、ぼんやりした「自己」が明瞭な輪郭で見えるようになって、
見ていて、こうやって世界とまるごと拮抗する「自分」「自分の生活」というものが出来ていくのだなあ、と考える。

わしは粉茶を、東京の外国人特派員協会からもらったでっかい寿司屋湯呑みに淹れて、また、ツイッタとブログで会ったお友達たちに手紙を書こうと思っています。

拝啓

元気ですか?

人類の希望なんて、そんなにおおげさなことではなくて、ひとりひとりの人間が、自分が幸福になるためには、こんなふうに生きるのがいいだろうと工夫したデザインの一生を企画して、そこに向かって一心不乱にすすんでゆくことなのだと教えてくれてありがとう。

ここまでは夢中のロッククライミングだったけど、
ときどきは岩だなで休んで、ザイルを巻いて、遠くの地平線を見ながら、バカ話をして遊ぼうね。
きみと会えて、ほんとうによかったとおもっています。

きみが、うまくいかなくて、twitterのアカウントからアカウントへ、顔も知らない友達同士で励まし合っていたのを、じっと見ていました。
失敗を自分のことのようにくやしがったり、理不尽ないいがかりを自分のことのように怒ってトロルに向かっていったり、「信者」「擁護者」のような品性も知性もない幼稚な罵りを投げつけられて、青ざめて怒っているのが透けて見えるような言葉を述べていたり、いろいろ嫌なこともあって、言葉を交わし合うなんて、みんな「無駄」なことだけど、
もしかしたら無駄のほうが無駄じゃないことより大事なんじゃないかと、そればかり考えていた。

この頃は、こうやって見ていても、みんなが、だんだん自分の一生に、自分が幸福になることに集中し始めたのが判ります。

素晴らしいことなのではないか。

うまくいって、跳び上がってよろこぶ、きみの姿。
みんなが、あんまりわがままなので、わがまま人間の取り柄で、友達も自分も区別がつかなくなって、自分のことのように一緒によろこぶ姿。
やったぜのハイファイブで、空中でぶつかる言葉の手のひら。

笑い。
涙。
怒り。
満面の笑み。

いつか、

『その「種族」は国籍を超え、言語を超え、人種も性別も超えて、世界中に分布している。
特別な名前は付いていないが、お互いにそれと知っている。』

https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/04/28/itsuka/

と書いた、その「種族」が三々五々、姿をあらわして、目の前で言葉を交わしている。

日本語がくれた、最高のプレゼント。
なんて楽しいんだろう。

About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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One Response to ツイッタの友だち

  1. 土井 says:

    ガメさんに憧れて私もニュージーランドに飛びでてみました。日本でなにも持ってなかったので身軽なものでした…これからのことは分からないけど、日本にいるより元気です。いつも明るい気持ちにさせてくれるブログをありがとうございます。これからもガメさんの優しい日本語が読めること願ってます。

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