川奈まり子さんへの手紙

まり子さん、南青山に住んでるんだったね。
「南青山問題って、なんだ?青山墓地からおばけが大量発生してゴーストバスターズの映画に出てくるおばけが渉猟跋扈する町になったのか?」とおもって、みたら、児童相談所ができるとか、その児童相談所がビンボの象徴なのでオカネモチでオジョウヒンな「地域の住民」が反対しているとか、お化けが跋扈するよりも非現実的な話だったので、ぶっくらこいてしまいました。

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こどもの城や国際連合大学があったあたりは、建築が出来る、さらにその前は消防庁の演習場という名前がついた、でも滅多に使われない広大な野っ原で、義理叔父は大学生の頃、野球部の友達とふたりで、よく「ふたり野球」をやりに行っていたそうでした。
ちょうど神宮球場とおなじくらいの野っ原に、いいとしこいたガキンチョがふたりで、彼らふたりだけに見えている架空のチームメイトともに、野球の試合をする。

義理叔父の友達は、球速は150km/hあって、でもコントロールがでたらめなのでプロからはお呼びがかからなかったという人ですが、実際にコンクリートの壁を背にした義理叔父に向かって投げて、バットで打つ。

カーン!

「いまのはセンター前の二塁打だな」
「ばあーか、なに言ってんだよ、セカンドゴロじゃん」

と罵り合い、言い争いながら、試合の決着がつくまで思う存分走りまわって、日が暮れて、くたびれはてると、近所の「三河屋」というカツカレーがおいしい店で、カレーを食べて、

「どこで飲む?」と相談して、決まると、衆議一決!
いそいそとビールを飲みに行く、という日々だったようです。

後年、やはり同じ義理叔父の奨めで「楡家の人びと」という、トーマス・マン的世界への憧れに満ちた、歌人斎藤茂吉と、その家族をモデルにした、ゆったりとした物語を読んでいたら、どうやら茂吉が病院長をしていたはずの「青山脳病院」は、その広大な野っ原に面して建っていて、「楡家の人びと」を書いた茂吉の息子の小説家が盛んに「東京は原っぱの文化の町だ」と述べている、その「原っぱ」と義理叔父が、ある年などは150試合フルシーズンを戦ったというアホな消防演習地とは、同じものだと発見して、行ってみたが、その頃にはもう「こどもの城」や他のいろいろな建物が建てこんでいて、頭のなかでさえ原っぱを復元することが困難になっていた。

ついでに言うと、もの書きに転業したまり子さんは知っているはずだが、あそこには中村書店といって、東京でも十指に入る、すぐれた在庫を持った古書店があるのですよね。
植草甚一という名前の、不思議な人の本を、子供のとき、ウェリントンのマーシャルアーツショップで見つけて、日本滞在の薔薇色の思い出が気に入っていたぼくは、おもわずボロボロなのに3ドルもしたその本を買って、その当時の日本語読解力では五分の一も読めなかったが、一箇所だけ、中村書店で買い物をして、重たい本の束を両手にぶらさげて渋谷のトップ珈琲店で、たらこのサンドイッチを食べるところがあって、不気味におもって食べたことはなかったが、自分が、おとなに連れられて一回行ったことがある珈琲店に、たしかにたらこのサンドイッチがあったのを思い出して、なんだか胸のなかに太陽がのぼってくるような、なつかしさに駆られたことがありました。

あるいは、ずっとあとで、日本語の本を、意地になったように次から次に買い求めては読んでいたころ、もう誰の本か忘れてしまったが、正宗白鳥が宮益坂をおりてくるのに行きあって、ああきっと、白鳥先生も中村書店に出かけておられたたのだな、と書いた人が嬉しくなってしまう箇所があって、電車で向かいに志賀直哉が座っていて、こういう目は怖い目だとつぶやく小林秀雄や、あるいはもっと身近に、青山の、あとでツインタワーが出来るあたりから都バスに乗った義理叔父が、岸田今日子というぼくも大好きな女優さんに乗り合わせて、なぜかその女優さんが、初めてあったひとなのに、微笑みながら、ずっと、ぶしつけという表現ではすまないくらいジッと義理叔父の顔をみつめていて、それどころか、ぶったまげたことには、ふいに起ち上がって近寄ってきて、
「あなた、頑張りなさい。きっと、いいことがあるわよ」と述べて若い義理叔父をボーゼンとさせたというようなことを、都会のたのしさと考える習慣を持っていたぼくは、中村書店や隣にあったという茂吉の息子を夢中にさせたに違いない昆虫採集店や、あの一帯に残っていたらしい、「やまのてぶり」を想像する手がかりになった一角でもある。

あそこから高樹町のほうへ曲がると、骨董街があるでしょう?
京都の寺町に較べると、だいぶん高めの値付けなのだけれど、あの業界の言葉でいう「わるいもの」は少ない町で、冷やかすには楽しくて、ブルーノートに行ったりするときには早めにでかけて、のぞいてみたりしていた。
それから小原ビルの地下や、名前をもう忘れてしまったがうずらがおいしいフランス料理屋で夕食を食べて、ブルースを聴いて、バーに行く。

過剰包装で東京にいる外国人たちの笑い話のたねによくなっていた紀ノ国屋スーパーマーケットや、アンデルセンで、日本の人達のイメージがつくられているのは知っているが、どこといって変わったところのない、ただのハムが20ドルだったり、この頃の英語社会の町ならば、どこにでもありそうな中国系ベーカリーそっくりの店に、あんまり行く気は起こらなくて、ぼくにとっては南青山は、これといって都会的なところはない、でも、根津美術館やブルーノートがある点で出色の「居心地のいい町」です。

東京、というと、自分の頭の浮かんでいるイメージは青山なのだと、今回の騒ぎで初めて気が付いた。
記事には高級だ高級だと、えらく高級を書き立てているけど、まり子さんが知っているとおり、別に普通だよね。

小原ビルの地下にあるアグニの支店のインド料理店にゴールドマンサックスのおっちゃんと一緒に行ったことがあったが、そのときもふたりで1万円も払わなかったような気がする。
おっちゃんは分厚い財布の持ち主なので、しまった、もっと高級なところに行けばよかった、と、オカネモチにおごらせることを大切な趣味のひとつに数えているぼくはおもったので、よくおぼえています。

トーダイおじさんたちのなかには青南小学校出身者が白金小学校出身者と並んで多くて、二大派閥をなしている。
このあいだも青南小学校派がメーリングリストで、白金小学校出身者に較べて青南小学校出身者には何故巨根児がおおいか、という考察をしるした長いemailを回覧に供していました。

でも特に上流階級出身でもオカネモチでもなくて、普通の会社員の息子たちが多いのですよね。

ぼくの目には、今回の奇妙で些末な騒動が、日本がめざした市民社会をつくりそこなって、でも昔は山の手があって、そこでは小津安二郎的な家庭が営まれていて、と「良き日本人」が信じたかった過去の世界が、ついに「そんなものはなかった」という現実に圧倒されて、時間のなかへ消え去って行く、最後の断末魔の、いちばの滑稽な寸劇に見えました。

誤解してはいけない。
冷たい気持で述べているのではなくて、その反対で、悲しい、なんだかやるせないような気持で述べている。
ぼくは、小津映画が大好きで、おなじくらい初期と大森一樹以降のゴジラ映画も好きで、そこから現代詩を読むようになって、北村透谷や漱石になじんで、到頭、病膏肓にいたってからは筑摩の近代文学全集と岩波の古典文学大系を全巻読んでしまって、そのうえに、岡本綺堂や内田百閒の全集を手に入れて読んで、言語習得上の暴走をして、そのうえに五年間十一回に及ぶ日本訪問をして、十全外人と号するに至った。

そうそう。
それで、まり子さんたち、風変わりな日本のひとたちにも、ネットを通して会うことになったのね。

グーグルストリートって、あるでしょう?
地図のアイコンの、ちょっとホープレスな感じのするコビトをつまみあげて、通りにおくと、なつかしい風景のまんなかに自分の記憶が立っている。

ぼくが南青山で歩くすがたは、あれに似ている。

その辺の与太者よりもひどい日本語で悪態をつく「日本の高級住宅街の住人」が現実なのは判っていても、それを認められないで、よく考えてみれば車道のまんなかに立っていても轢かれもしないのだから、とっくの昔に現実の存在ではなくなっているのに、あきらめがつかなくて、いまだに「パラダイスの東京」を信じようとしている。

もうぼくが知っているつもりだった日本なんてどこにもなくて、あの相手を怒鳴りつけて非難することに自分で酔ってしまっている品性も知性のかけらもない怒号こそが日本だと、頭では理解しているのに、いまだにあきらめがつかなくて、まだ日本語の世界から立ち去れずに佇ちつくしている。

哀れな影、非望の自転。

無明のひと。

まり子さんは、児童相談所って、どんな仕事をするところか知っていますか?
ぼくは、よく知らないけど、児童相談所が出てくるドキュメンタリを見たことがあって、もう英語だったか日本語だったか忘れてしまったドキュメンタリは、団地の高層階から飛び降り自殺をした子供についてのドキュメンタリで、虐待され、無視されて、何日も満足に食べさせてもらえなかった子供が死ぬ前に残した言葉は「おなかがすいた。カレーがたべたい」でした。

そのドキュメンタリーの最後に児童相談所の所長だという人が出てきて、
インタビュアの「何十という隣近所からの、あの家の子供を助けてやってくれ、という嘆願が来ていたのに、助けに動かなかったのはなぜですか?」という問いに、

「あなたたちには判らないでしょうが、児童相談所というのは、親族ですらない方から言われたからハイわかりましたと動けるものではないんです。両親から依頼があるとか、そういうことでないと動けない。不確かな情報で動くわけにはいかないんです」と答えていた。

そんなものを南青山におくわけにはいかないって。

人間は視界の正面にいてこちらを向いているときよりも視界のすみでこちらを伺っているときのほうが遙かに残忍な顔をしている。
「おれは、黙っていてやっているが、その実、おれはおまえのことをなにもかも知っている。おまえがどこから来て、なにをしてきたかおれはすっかり知っているのさ。だから、せいぜい、こうべをたれて、足下を見て生きていくんだな」

児童相談所に足早に向かう母親の背中に注がれている視線は、きっとそういうものでしょう。
南青山の悪態男と、それに拍手を送っているひとたちは、まり子さんが感じているとおり、実は自称どおり南青山に住んでいるのではなくて、悪意に見下されない場所にいて、悪意を送りつける側に住んでいる、というだけのことが事実なのであるのに違いない。

とてもとても日本的な話で、なんの論理的なつながりもないけど、ぼくは、
「ああ、これで、二度と日本に住むことはなくなったな」と脈絡のないことを考えた。

そういうことを手紙にしたいとおもって、考えたら、まり子さん宛てにするのが、いちばんいいのではないかとおもったんだけど。
これで、仲良しの放蕩息子美術商とバー「ステア」のドアを開けてはいったら、まり子さんがいて、すぐにわかって、「あなた、ほんとにゴジラのTシャツを着ているのね」と言ってもらえる夢はついえてしまった。

ざんねん。

About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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One Response to 川奈まり子さんへの手紙

  1. キラキラ大島 says:

    この件で僕が知人の「玉袋筋太郎云々」のツイートをリツイートして、それに大庭さんがニューヨークが云々」というコメントリツイートをされてて、ああ、なんか面倒なことにならなきゃいいのになと思ったりしました。でも杞憂でしかなかったのですけどね。玉袋筋太郎ツイの知人は過去のツイート情報によれば新宿区生まれ新宿区育ちで、新宿区といっても紀伊國屋書店があるような都心ではなく東中野という都心の下町です。墨田区のようにホンモノの下町とは違う、山手線内側の都心の下町。そういうところで物心ついた人の気持ちは如何ばかりなのかなどとつい考えたりします。東京でもおしゃれな街並みで憧れの街ベスト5には必ず入るようなところと、東京在住者でも降りたことさえない人がほとんどという知られざる下町と。それぞれが持つプライドのような心持ちが、都会居住者の精神の殻を構築しているような気もするのです。

    僕自身は福岡市に生まれ、東京で一人暮らしを始め、20年以上暮らして京都にやってきた。1番長く暮らした東京が、1番土地勘が薄いです。何故なのかを考えると、そこに暮らすという観点が薄かったからでしょう。そこそこの街には必ずある学校。学力で輪切りにされる日本社会では学校というのは人のプライドを端的に表すアイコンのようなもので、生まれ育った福岡市の中学高校については、そのひとつひとつにある特徴がすべてわかる。誇りや悲哀がすべての学校に染み付いているし、住人がどんな思いでそれらを見ているかもわかる。しかし育っていない街では、それがわからない。交通機関をどう乗り継げばどこに行けるということはそこに1年も暮せばわかりますが、学校に染み付いているアイコンの意味は、育たなければわからない。

    もちろん街の特徴は学校だけにあるのではなく、様々な要素で染み付いたものがあるのでしょうし、南青山にある何かの気配に憧れて目指して人生を賭してきた人は、その気配というものを盲信して集ってきているのでしょうし、だからそれが変えられる動きには、愚かにも心根の奥の方で抵抗してしまうのではないかと思っています。

    京都に詳しくなりたいと思い、京都検定なるものにトライして勉強などしていますが、僕が京都に詳しくなるのは、そんな勉強からではなく、あと数年で息子が進学するようになり、親子で志望校をどうするかなど考えたりする経験からの方が大きいのではないかと今から思っています。

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