Monthly Archives: January 2019

ある欧州人への手紙

「母親が部屋に入ってきたが、そこに私がいることには気が付かないようでした」 母親は、私を見ているのに、私の姿が見えないのです。 おかあさん。 私はここにいるのよ。 あなたの娘は眼の前にいるの。 なぜ、私をちゃんと見てくれないの。 なぜ….. 「わたしは娘がそこにいるのを知っていました。 でも、娘がいることだけがわかっていて、どこにいるのかは判らなかった。 娘がなぜ自分がどんな姿でいるのか見せてくれなかったのか、理由は判りません。 わたしは娘の名を心のなかで呼んでみましたが、娘は答えてはくれなかった。 …それからですか? 私はドアを閉じて、部屋を出て、そのまま家をあとにしてきたのです」 おぼえている会話はそれだけで、B級ホラー映画ということになるのだろうが、その会話だけを妙にはっきりとおぼえているのは、脚本家が意図していなかったはずの、親子というものの姿が、よく描かれているとおもったからだろうとおもう。 そんなヘンな映画の見方があっていいものか、ときみは笑うだろうし、実際、この世界は、世界の意味性というコンテクストのなかで生きているきみの言う通りなのだろうけど、ぼくはきみがよく知っているとおり、現実の世界よりは遙かに断片化された世界に生きている。 日本にいるとき、なぜ自分がこれほど能楽にひかれるのか理解できなかった。 母親も妹も父親も、歌舞伎のほうがずっとおもしろいと述べていたし、言いたい事は判らなくもなった。 歌舞伎の華やかさや物語の合理性は、とてもわかりやすい娯楽で、まるでよく利くマッサージのように気持をほぐしてくれるからね。 ところが、ぼくときたら能楽のほうが百倍も千倍も好きだったんだよ。 好きこそで、例えば、面を片手で覆う仕草が能楽では号泣を意味しているのだというような約束事も、説明される前から知っていた。 知っていた、というよりも、ほかに受け取りようがないではないかとわざわざ解説する人の顔をまじまじと見つめてしまったりしていた。 いまならなぜ自分が、たったの十歳の子供にしかすぎないのに、歌舞伎よりも能楽のほうがずっと気に入っていたか判る。 能楽のほうが自分が生きている世界のコンテキストに近かったからだろう。 歌舞伎や物語のように、起承転結があって、ひとつづきに現実が生起する世界にぼくは生きてきたことがない。 ぼくは刹那から刹那への飛び移る時間を生きていて、はたして自分が現実であるのか亡霊であるのかもはっきりしない意識のなかで、まさに、能楽のなかの、この世に未練を残して死んだ霊魂のように生きてきてしまったのだと思います。 霊魂が死んだら、なにになるのかって? それは形を失った時間のすみずみまで広がった、緊張のない、いわば句点のない文のような生の広がりになるのだろう。 形がない生命。 人間の精神には耐えることができない、緊張も物語もない、ただの茫漠とした意識の広がり。 あるときからずっと、ぼくは自分が世界から意味性をすっかり抜き去って見ていることに気が付いていた。 どんなふうに言えば、うまく言えるだろう? 猫が見ている世界のようなものだと言えばいいだろうか? 哲学者は世界を考察するために生きているが、彼らの最大で致命的な欠点は、自分が「言語」を使って考えていることの恐ろしさをちゃんと判っていないことなのではないかとおもうことがある。 子供向けの伝記本にはガリレオはピサの斜塔から鉄球と羽根を落としたり、軽い球と重い球を落下させて落下速度の違いは空気の抵抗によるので、質量は落下速度に影響しないと見いだしたことになっているが、それは初めにその話をつくった本の書き手がワインを飲み過ぎた二日酔いでめんどくさかったか、〆切りに追われていたかしていたからで、現実にはもちろんガリレオ・ガリレイは、そんな杜撰な実験をしたわけではなかった。 角度がゼロの斜面からすこしずつ角度N(N<90)度の斜面を考えていって、直観的にもわかりやすい、傾斜を転がって同時に終点にいきつく球が90度になった場合が落下なのだと考えたのだった。 これは現実に実験したのですらなくて、すべて思考によったのだけど、ここで使われている言語は哲学者たちが使う言語と、おなじ自然言語であるのに明らかに異なっている。 いわば現実が直輸入された言葉で、現実そのものは「猫が見た世界」と少しも変わらない。 それが「言葉が存在しない世界」になれた自分には、よく判るのだといえば虫がよすぎるだろうか。 なぜそんなことをおもいついたかというと、小さな子供の頃から旅行ばかりしていたぼくは、まったくなにを言っているか見当もつかないひとたちがたくさんいるところで、でも文字通りちやほやされて、言葉というものを音として聴くことになれて、意味などはずっと優先順位が低いものだったからではないかとおもうんだけど。 時間に始まりがあって、それがリニアかつシーケンシャルに現在をつらぬいて未来へ向かっていくものだというのは、むろん、仮定にしかすぎない。 … Continue reading

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韓国と日本と

韓国人と日本人の違いが、よくわからない。 違うのは判るが、その異なりかたは、スコットランド人とイングランド人よりは小さいのではないか。 日本の人のほうが5年間11回にわたる大遠征とかなんとか、いまも軽井沢の森のなかに昂然と建っているはずの十全外人碑にしるされているとおり、何度か長期滞在をしているので、より近しく感じられるが、映画やネットフリックスのテレビシリーズでみると、韓国の人はなんだか日本の人のようである。 もちろん、わしくらいぼおおおっとしていても、目に付く違いはある。 韓国の人は日本の人に較べて、感情が激しやすいらしい。 上司が部下を叱っているうちに、だんだん感情が激してきて、ほっぺを張り飛ばすシーンは、韓国の映画やテレビには、すごくよく出てくる。 いけいけである。 どんどんいっちゃえ、というところが韓国の人にはあるらしい。 ビジネスにおける投資では東芝が5円を100回投資しているあいだに、サムソンは500円を元手に5000円を借りて、一挙に全部半導体の新工場に賭けてしまったりしていたのは、誰でも知っていることである。 余計なことをいうと、東芝も富士通も日立も、日本勢は、「あんなイケイケ投資をやっていれば必ず失敗する。韓国が半導体から撤退する日は近いだろう」と冷笑していたが、潰れたのは自分たち日本勢のほうだったのは記憶に新しい。 …新しくもないか。 むかしアップルの新しいコンピュータを買ってくると、なかを開けてメモリとハードディスクがどこのものかを見るのが、真っ先にやることだったが、最後に日本製を観たのは、子供のときに買ってもらったIIciではなかったか。 こっちは民族性の違いというより歴史性の違いではないかとおもうが、韓国の人は観察していると、戦前の日本人って、こういう風だったのではないか?とおもうことがある。 いつかクライストチャーチのゴルフレンジで、いえーい、タイガーウッズ打ちじゃあーん、これはリディア・コーと叫びながら、やくたいもない、いろいろなプロゴルファーのスウィングをマネして遊んでいたら、隣のケージのおっちゃんが、なぜか韓国語で絶叫している。 ダメ、ダメ、ダメ! そんな打ち方ではダメだ!! おれの教えたとおり打たないとダメじゃないか! というようなことを述べているらしい。 やおら起ち上がって、会社の部下とおぼしき青年の、なかなか色っぽくなくもない細い腰に手をまわして、「ほら、こうだよ、こう!」と腰のひねりかた、動かしかたを指導しています。 なにがなし、他人の閨房をのぞいているような気分になって目を逸らさないといけないような妖しい雰囲気である。 honchoという。 歴とした英単語で、いまMerriam-Websterでみると、 BOSS, BIG SHOT と意味が書いてある。 グーグルでは、 A leader or manager, the person in charge なんて書いてあります。 日本語の「班長」がもとなのは、言うまでもない。 戦争中に捕虜収容所における日本兵のヒエラルキイの観察から、どうやら「班長」が現場の実権者であるらしい、というGIの観察によって生まれた。 いつもの悪い癖をだして、余計なことをいうと、この「班長」はしかし、戦後日本語の「班長」とは意味が微妙にずれていて、戦前の語義語感どおりの「班長」は例えば経産省の役職名のなかに残っている。 韓国版honchoさん、熱血です。 … Continue reading

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新年の手紙

千鳥がほんとうはフランス語で書く童話作家なのだと知って、ああ、なるほどな、と腑に落ちたのをおぼえている。 ツイッタの日本語タイムラインで出会った、日本で生まれて育った人が、フランス語の本をつくって出版することによって生計をたてているのを知って腑に落ちるのはいかにも奇妙だが、千鳥の場合は、なんだか、だいなかよしの静かで風変わりな日本人の友達の生業として、ぴったりだと考えたのをおぼえています。 初めは、どんなふうにして、お互いを認識したんだっけ? ぼくがおぼえているのは、その頃はクロマニヨン人たちの洞窟だということになっていて、ずっとあとになって、実はクロマニヨン人だけでなくてネアンデルタール人もいたのがわかったスペインの洞窟、Cueva de El Castilloに出かけたときの記事 https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/07/21/cueva-de-el-castillo/ を書いたら、「ブログ記事を読んで行ってきました。いいところだった」という千鳥のツイートがあって、ぶったまげてしまったことがあった、あれが始まりだったのだろうか。 千鳥らしく、なんだかあっさりとなんでもないことのように言うけど、行ってみればわかる、あの洞窟は、とんでもない田舎の不便なところにあって、モニとぼくはBilbaoからクルマで行ったが、それでも遠くて、1時間半くらいだとは言っても、田舎道で、くたびれて、例のでっかい源氏パイがおいてあるロードサイドカフェで休んだりして、やっと着くような山のなかにある。 ぼくは内心で自分をヘンケン博士と呼んで、ふざけてあそぶくらいで、偏見をふんだんに持っている。 偏見って、思考を節約するためには便利で、 気取り屋?ああ、あのひとイギリス人だから。 ズケズケ言いすぎる? だって、あのひとドイツ人だもん、で、なにも考えないで判断がくだせるので利便という点ですぐれている。 考える、という世にもめんどくさいことをする手間がはぶける。 人間の判断なんて、めったにあってることはないので、正しく観察するべく調整しても、一生懸命考えても、偏見による直観的な判断と有意な差があるとは到底おもわれないが、ともかく、ぼくには日本の人は電車とバスみたいな公共機関でしか移動しないという偏見があるので、ビルバオからまっすぐに行く電車もバスもないのに、いったいどうやっていったんだろう、と考えていたら、 「バスを乗り継いで行ったんだ」と応えて、恬淡としていた。 あの洞窟がある山はね、もっと上にのぼってみると、そこに3畳敷くらいの平らなところがあるのさ。 そこで、まわりの景色を眺めて、ぼんやりしてきたよ、と書いてあって、道がなくて、そんなところがあるなんて考えてもみなかったぼくは、軽い嫉妬を感じました。 あんたは、ほんとうにニホンジンか、と訝った。 日本人が、そんなルールから外れたことをするだろうか。 ほんとは、わし両親の密命をうけたMI5のスパイなのではないか。 千鳥には顔と顔をあわせて会ったことがないし、年齢がいくつのひとかもしらないし、既婚なのか独身なのか、もしかしたら童話がベストセラーになって積み重なった黄金の延べ棒の山の一部を処分してつくった後宮(ハーレム)に美女をはべらせて、近代では許されない、あんないけないことや、こんな新聞にでたら道を歩けなくなるようなことをしているのかもしれないが、だいいち、このあいだコンピュータ雑誌を読んでいたら、World of Warcraftの参加者の少女たちは調査してみたら八割が中年のおっちゃんだったと出ていたが、逆に、おなじWorld of Warcraftの熱狂的なファンで、中毒になって、昼夜を忘れて熱中のあまり撮影をすっぽかして罰金を取られたりしていたMila Kunisは、ずっとむきむきな中年男になりすまして、パーティのなかの暴力男として畏怖されていたそうで、千鳥だって、真実の姿は、20歳の絶世の美女かもしれないし、数えてみると足が八本あるかもしれなくて、それはそれで、オンラインでしかしらない友達を持つたのしみなのだとおもいます。 現実世界の友達のほうが真の友だというのは、友達をもたない人の幻想にしかすぎない。 世の中にはオフライン会というものがあって、普段はオンラインでしか付き合いがないひとたちが、現実に顔をあわせて、一所にビールを飲んだりして交友を深くするものであるらしいが、千鳥は知っているとおもうが、 ぼくは、友情というものに興味がないんだよ。 むかしから友達はたくさんいるし、親友というべきひともいるけれども、それはやむをえない事情によって友達になってしまったのであって、できれば友達でないほうがよかった。 友達というものは厄介で、何年もあっていなくても、それどころか言葉を交わしていなくても、考えていることが手にとるように判ってしまう。 不幸も幸福も伝染する。 苦しみが通電されたように伝わってきて、自分のものでもない困難のせいで息が苦しくなる。 オンラインでもおなじことがあるようなんだけど、こっちは社会通念がネット友達という、つながりが軽い響きの言葉の影響を受けているので、いきなりブロックして、しらばっくれてしまえば、向こうは、なんだこいつ、と考えて嫌いになって忘れてくれます。 だから、楽であるとおもう。 むかしは、さんざん駆け出しのワカゾーのくせに偉そうだと言われて、最近は、あれはああいう人だということになって、うまいことにそれでいいことになってしまったが、仕事でも仕事以外でも、他人がぼくに会うことは至難だということになっている。 謎の首領ナゾーで、ビデオ会議でまで声だけだったりして、自分でもいったいおれはなにを考えているんだろうと呆れる。 … Continue reading

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