日本語の生活

身に付けた日本語能力を、どうしようかと時々考える。
日本語はツイッタとこのブログにしか使っていない。
あたりまえだが家のなかで日本語はいっさい使われていないし、かーちゃんシスターの夫は日本人で、息子も日本語を話すが、最近はどういうわけかこのふたりとも日本語が混ざらなくなって、英語だけのほうが楽なようです。
義理叔父は日本語のほうが楽は楽なのだとおもうが、英語と日本語を切り替える力業は誰にとっても不自然な頭の働きで、日本語でずっと話せるのならいいが途中で英語に切りかわるくらいだったら初めから最後まで英語のほうが楽だ、ということなのでしょう。

最近は、というほうが正確だとおもうが、町でも日本人同士が、お互いに日本人だと判っているらしいのに英語で話しているのをみかける。
これも理由は簡単に判って、まわりと英語でやりとりしているのに、相手が日本人だと判ったからと言って「日本の方ですか? ああ、そうだとおもいました」に始まって、取り分けほかに人がいるときには、いちいち日本人に話す対象が変わったときだけ日本語に直すのがめんどうなのでしょう。
気持として自然である気がする。

ツイッタや日本語ブログも、以前は日本の人に話しかけるのに使っていた。
柄になく政治や社会についての話題も多かったのは、日本の人がまったく気が付いていないことで、ちょうど日本の社会にとって致命的になりかねないことがどんどん進行しているときにあたっていたからで、まさかブログやツイッタで微かでも日本語社会に影響を与えることなど出来るはずがないのは判り切ったことだったが、日本語をたまたま勉強して、英語ならcommitmentという、関わりがあれば、やらなければならないことが生じるのは、普通の人間ならあたりまえの感覚で、特にはてなとかいう鬱陶しいおじさんやおばさんがたくさん群れている集団には迷惑したが、ニセガイジンだのなんだの「捕鯨はやめたほうがいい」「男女の格差がひどすぎる」「冷戦構造がなくなったことを踏まえないと地政学上、どんどん不利な場所に追い込まれる」、2007年から2014年くらいまでの前半のあいだじゅう、冷笑や罵声を投げつけられまくりながら、何度も書いてきたのは、いま残っているブログ記事だけからみても明らかであるとおもいます。

そういう段階が過ぎた後半になるとアベノミクスという日本の経済構造を根底から覆す世紀の愚策に政府が乗り出したのに驚いて、もともと日本人など頭からケーベツしていて、アベノミクスみたいな他国ではとうの昔に否定された政策理論も、日本のようなやや未開な心性の全体主義社会ならうまくいくかもとちょっとだけ実験動物観察的な興味をもった程度のクルーグマンの「やってみれば」のひとことを「ノーベル賞学者のお墨付き」のように押し戴いて国の運命を賭けてしまうのはたいへんな間違いだと、前後十くらいも記事を書いたりして、そのあとは、日本の人がのんびりしているあいだに、ずんずん進んでいく全体主義化、あるいはそれまでは民主主義の皮をかぶせてあった全体主義の可視化について書いたりしていた。

親愛なるメグ @sakai_meg さんが、今日の朝、こう述べている

このくらいはバラしてしまってもいいとおもうが、メグさんはテキサスに住んでいる人で、アメリカ人のコピーに熱中して、その割にはアメリカ人が信奉する本質的価値は見落としてしまっている傾向がなくもない日本の人のなかでは、珍しいくらいたくさん本を読んで、頭と心のなかに充満した英語の圧力を利用して自分の頭で考えて行動することができる人です。

例えば政治信条に耳を傾けていると「メグさん、過激派なんじゃない?」とからかいたくなったりするが、イギリスでたくさん出会ったうすっぺらで読みが浅い進歩主義政治を信奉する日本移民のひとたちとは、また違って、メグさんの場合はくちにしないだけでアメリカ社会を通してみた人間性への絶望が「世の中をなんとかして変えなければ」という焦慮に駆りたてた結果であるように見えました。

こちとらは、と突然へんな日本語を使うのは、いまちょっと使ってみたくなったというだけで他に何の理由もないが、20歳余くらいまでは社会を変革しなければと考えていろいろと活動して、通りで石はなげるは、討論会で相手が顔をあおざめさせて怒りのあまりぶるぶる震え出すような言葉を述べるは、しまいにはわざわざ大西洋を越えてでかけていって、暴力をふるったりしていたが、こりゃあかんわになって、政治というものがドアの向こう側というかこっち側というかにしか、結局はないものだと考えるに至ってしまったが、メグさんは、希望を捨てていない。

ただ「早くに怒って落選させないと、手遅れになる」と述べたりしてるところを見ると、うふふふ、かわいい、とおもってしまうので、日本はもうすっかり手遅れで、社会が変わっていける点は通り過ぎてしまって、いまさらなにをやってみたところでとっくに手遅れですよ、とおもわないわけにいかない。

別に日本に限ったことではないが、政治的にマヌケな人間というものはそういうもので、日本がうまく立ち回って、狡猾という言葉は外交では褒め言葉だが、アメリカ相手に狡猾な立ち回りを繰り広げて、アメリカに対しては植民地のような顔をしながら、独立国としての実質を維持して、維持どころか、当のアメリカ自体に敗戦国日本に逆に支配されるのではないかと恐怖を与えるところまでいっていたことは、ブログには何度も書いた。

憲法第九条の終わりに
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/04/14/wherepeaceends/

葉巻と白足袋
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/04/27/shigeru_yoshida/

平和憲法という魔法の杖を捨てる
https://gamayauber1001.wordpress.com/2016/07/02/wand/

ところが、そのあいだじゅう、「進歩的知識人」たちは「日本はアメリカの植民地に過ぎない」「日本はアメリカの属国だ」「アメリカの犬」とボロ負けに負けた敗戦国である自国の苦渋と知恵に満ちた外交を罵り続けて、政治議論という一国の社会にとっては最も肝腎な場所を糾弾でわめきちらす声と、その罵りをはぐらかす不正直の応酬の荒野に変えていった。
いざ議論が必要なときには、議論が交わされるべき町は風が吹き荒ぶ不毛の土地になりはてていた。

日本の社会ではタブーになっているが、オカネに眼がくらんで暴力団と結びついて早くから没落した正統右翼よりも、日本社会の天然全体主義ぶりに乗っかって立場主義つまりは相対主義から一歩も出ずに「敵の敵は味方」「人間性はダメでも味方は味方」に終始して大多数の日本人から呆れ果てられて信用を失った左翼の側によりおおきな現在の日本の戦前回帰に責任があるのは、日本から一歩でれば、日本語マスメディアの犯罪性と並んで誰でもが知っている。

はてな人たちの薄気味の悪い集団中傷を十年以上放置しておくことによって、自分たちの「リベラル言論」がいかに質のわるい人間—ほとんどならず者と呼ばれるべきひとたち—-によって担われているか、一緒に歩いてきてくれたひとたちは息をのむようにして見つめて、よく知っているはずです。

そうこうしているうちに、いつごろからと特定すべきか、日本は後戻りできる地点を過ぎてしまった。

いつか我が友オダキンが「どうもガメは、最近、妙にやさしくて怪しい。どうやら日本はもうダメだとあきらめているのではないか」と述べていたが、
ははは、ばれちったか、というか、他の人がこっそりおなじことをつぶやいているのも何人か眼にしたので正直に言ってしまうが、死期が定まった病人に「がんばれば治る」と励ますくらい残酷なことはない。

風来坊のガイジンに「言い過ぎだ」「そこまでのことはありえない」と暢気に述べていたことが悉くほんとうになってしまった時点で、「もう手遅れ」なのは考えてみれば、これも当たり前のことです。

ツイッタではよくドイツが曲がりなりにも再び国際社会に受け入れられたのは、戦後ドイツのアイデンティティそのものを「ナチの否定」「ナチズムの敵対者としての国家」に置いたからだという話をする。
自分はドイツ人だが「あの」ドイツ人とは違う。われわれはかつてのドイツ人とは敵対する立場なのだ、という考えを国民としての主張はおろか、国のアイデンティティそのものとして採用することで再生した。

だからきみがドイツ人で、「そうは言ってもナチにもカッコイイとこがあったよなー」と秘かにおもっている場合は、当時はまだ50万円がとこはした航空券代を払って日本の東京の、渋谷というところにある大盛堂書店の地下にあるミリタリーグッズ店まで、遙々でかけてオリジナルの軍装品を密輸しなければならなかった。

ドイツ人にとっては、彼らにとっての伝説のミリタリーショップが東京にあるのは偶然ではなくて、論理的必然性があることで、なぜなら、日本こそがかつてのナチの「お仲間の国」で、しかも日本のほうは彼らの祖国と正反対に、自分達のアイデンティティを戦前の大日本帝国からの一貫性に求めている。
ドイツ人とはまるで反対に日本人は世界最悪の帝国と言われた大日本帝国が意匠を変えただけで中身はおなじであることをむしろ誇りにしている。

ナチは残酷だったが日本は何万人だかのたいした数でないアジア人を勢い余ってちょっと集団強姦したり処刑したりしただけなので話が異なるのだと驚くべきことをマジメに言い放つ日本の人に何人も会ってぶっくらこいたのをおぼえているが、普通にはナチに勝るとも劣らない残虐行為に耽って自滅したと認識されている大日本帝国は、なぜナチがダメなのにおめこぼしになったかというと、そんな日本人に都合がいい理由ではもちろんなくて、ナチドイツが強大な国で、伝説の、地獄から姿をあらわしたブラックドラゴンそのままの軍事力の強さで、ヒットラーが犯したいくつかの素人っぽいマヌケな判断の誤りがなければ、いまごろはとっくにナチの世界になっていて、アーリア人だけが人間で残りは家畜というナチの夢の世界が実現していたはずなのに較べて、日本はそのドイツの尻馬に乗って「バスに乗り遅れるな」の、いとも品性下劣な標語のもとに各国の軍事力がドイツとの戦場に引き寄せられたあとに出来た真空地帯、インドシナ、インドネシア、東アジア、オセアニアに少しでも分け前を手にしようと火事場泥棒に乗り込んで行ったにすぎない、という事情がある。

アメリカの日本に対する認識は一貫して後年のサダムフセインのイラクやISISに対するのと似た「厄介だが取るに足りない悪の勢力」です。

だからアメリカのホワイトハウスや議会の関心は圧倒的にドイツの戦後に集中していて、日本は、アメリカ占領軍にすべてを丸投げしてすませてしまった。

日本の戦後民主主義の奇妙なくらいの投げやりで荒っぽい構成は、あれはつまりは「軍人が考えた民主社会」なのだとおもいあたれば簡単に説明がついてしまう。
ダグラスマッカーサーには、一国の未来に対するビジョンや洞察などはまったくなくて、ほんの数年先に自分の統治に都合がいい社会制度を採用しておしつけたのに過ぎない。

やっと食っていけるていどの非武装軽工業国家をつくるのが目的だったが、そこがビジョンのない政治の哀しさで、共産主義の圧力が高まり、冷戦が起こり、ついには38度線を越えてコミュニストの軍隊が押し寄せてくるに至って、泥縄に泥縄を注ぎ足して編んで、人材不足の苦し紛れに満州で戦犯として連行した国家社会主義者の一団(例:岸信介)まで無罪放免にして、なんだかヘンなものをつくってしまったのが戦後日本だった。

戦後日本のさまざまな制度上の矛盾、つじつまのあわない社会理念は、つまり、そうやって「出来てしまった」ものだった。

いろいろと表面を覆う夾雑物を取りのけて仔細に眺めてみると、芯のところにあるのは「もともと自由など必要としていない国民に自由を押しつけてしまった」という人間性というものへの理解を根本から欠いたアメリカ占領軍将校たちの態度に行き当たる。
日本人が信じたくないのは当たり前だが、アメリカにとってはもともと戦後日本は、「あんまり本国からオカネをもちださなくてもなんとか食料や軍需製品を自給自足できる国の体裁をとらせた巨大基地」にしかすぎないので、日本人がアメリカ人にはおもいもよらない悪知恵(というのはアメリカ人から見てのことで、日本人からすれば誇りにおもうべきだとおもうが)を発揮して80年代に自国を脅かす強国になったときには、どれほど慌てふためいたか、英語ではいくらでも記録があります。

ところが、かつて自分たちがスパイとして雇って首相をやらせていた人物岸信介の孫が、因果はめぐる糸車、日本の人気がある首相になるに及んで、また日本が自国の忠実な犬として働いてくれることに落着した。
しかも今度は食料と軍需品だけでなくて、兵士の供給もゆくゆくは日本現地で調達できる見通しになっている。

もともとが世界に名だたる好戦性で鳴らした日本人自身も、新しい事態を好感をもってうけとめていて、なんのことはない、全体主義日本とアメリカが共存共栄するためには、こっちの形のほうがよかった、ということに落ち着いている。

冷戦が終わって、新しい安定構造を模索していたのが、安倍政権の明示的な日本帝国の復活が日本人によって支持が表明されるに至ったことで落着したということで、歴史というものはこうなると安定してしまって、なかなか動かすことができないので、「もう日本が1940年代後半に一瞬夢に見た自由社会に戻ることはないだろう」と世界中が判断している。
それを悲しむのは日本にもひとにぎりはいる自由を求めるひとびとだけでしょう。

そうすると、西洋の人間のなかでも際立ってわがままな自分としては、観光に立ち寄るくらいのほかは日本に戻ったりする機会があるわけはないので、原題にもどる、自分が身に付けた日本語はどうするかなあ、とおもいます。

言語は特にある程度上手になったあとでは習得が楽しくはあるが維持するのが難しい能力の代表で、なんとかして機会を見つけて使いつづけないと、あっというまにダメになってしまう。
例が妙ちきりんだがペットを飼っているようなものでもある。
絶えず気を配り、餌をあげて、水をあげて、ときどきは特別な集中力で配慮を向けなければ勝手に病気になって死んでしまう。

せめて読みたい本や映画がたくさんあればよいと願うが、いかんせん、自分で興味がもてるのはせいぜい1960年代くらいまでで、そのあとになると、まるで趣味にかなわない。

困ったなあ、とおもっています。

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1 Response to 日本語の生活

  1. 牧之瀬 says:

    日本には簡単な諦めの誘惑が多々あり、それに何十年も、もしくは開闢以来その調子であったんだろうと思います。また、支配層もそれをよく知っていていいようにやられていると思います。私は隣の人と十分に話していくことしかないと思っています。何十年もかかるかもしれませんが、そうするしかないと思っています。

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