十七歳

どう言い逃れをしても、だれかが20歳まで、この腐った世界を生き延びるということは、その人間が、なれきって、欺瞞に対して不感症になってしまっていることの証拠でしかない。

少なくともおれは20歳になってしまう人間を信用しない。

きみが地下鉄の駅の構内で、やにさがった、目つきが気に入らないおやじをぶん殴ると、おまわりがやってくる。
おやじが威丈高なことをいって、おまわりさん、こういうカスがいまの日本を悪くしているんだ、おもいきり厳罰に処してやってください、とかなんとか言っている。

めんどくさいから、このおやじがおれの尻に触ったんですよ、と告げてやると、おまわりは突然ひるんだ顔になって、「まあ、とにかくあなたたちでよく話しあって」という。

「よく話しあって」。
なにを?
見ず知らずのクソおやじとおれがなんの話をすればいいというのだろう。
おれがあくまで、おやじにおれの尻にさわりやがって、訴えてやる、おまえの家庭をめちゃくちゃにしてやるからそう思え、というと、おやじは50代の汚い中年男の顔をくしゃくしゃにして泣きだしやがった。
きみは、わたしがそんなことをしなかったのを知っているじゃないか。
どうして、きみはわたしをそんなにいじめたいんだい?

いじめる?
おれが、おまえみたいな薄汚いおやじを「いじめる」のか?
カンにさわるので、おまえの頭がどうかしちまっただけで、てめえはたしかにおれのケツにさわったじゃねえか、この変態野郎、という。
まったく不愉快なやつ。

朝から、ろくなことがない。

人間には人間同士で通じる言葉などありはしない。
疑うのなら、家に帰って、自分の親が自分をどのていど理解しているかやってみるがいい。
あいつらが知っているのは、きみではない。
ドラマでみたり、結婚してから話しあった子供のことはよく知っているが、それはきみ自身じゃないんだよ。
それは自分の所有ラベルがべったり背中に貼り付けてあるかわいい息子や愛らしい娘で、きみとはなんの関係もない親の願望にしかすぎない。

世界と意志を疎通するのに言葉に頼るのはばかげているだろう。
第一、 おれには世界とコミュニケーションをもつことの意味がわからない。
無意味だろう、そんなこと。
世界がきみを理解して、きみが世界を正しく解釈してやって、それでどうなるというのだろう。

和解するのか?
一日の終わりに、世界ときみはお互いの関係が壊れずに無事だったことを祝うのか?

どうしても世界と意志を通じたければ、ナイフを持って町にでかけるというのはどうか。
誰でもいいから、刺してみればいい。
世界は突然よそよそしい顔を捨てて、きみとのあいだで感情の血液を循環させはじめる。
言葉はお互いをわかりあうためにあるわけじゃない。
言葉はお互いを疎外するためにある。

おれはきみになんか興味がないことを伝えるために言葉を使う。
なぜかって?

きみが生きているからだよ。
おれは生きている人間には興味はない。
もっともらしいことをしゃべって、下卑た眼で、なあ、そうだろう?
きみにもぼくがいうことがわかるだろう?とこちらをうかがう生きた人間が、おれは嫌いなんだよ。

死んだ人間は素晴らしい。
もう死んでしまった人間には、少しも卑屈なところがない。
もう世界になにも求めてはいないからね。
死は人間を高貴にするとはおもわないか。

おれは死体を自分の部屋にひとつ欲しいといつもおもっている。
腐って、耐えられないほどの臭いを放って、ぐずぐずに崩れ落ちる屍。
力なく肘掛けにおかれた手のひらの甲からは、まるで洗ったような白く光る骨が見えている。

死体がそばにあれば、もしかしたら、おれにも世界が愛せるのではないか。

桜木町のバッグ屋で万引きをしようとして失敗したことがある。
財布を、うまく鞄に落とし込んで隠したとおもったが、店主のおやじにみとがめられた。

そいつはね。
警察につきだすとわめきだすかとおもったら、猫なで声で、下手にでた声で、
きみは綺麗だねえ、と言い出すんだよ。

結局、おれは、店の二階の、誰もいない冷房もない部屋で、そのおやじのあれをくわえさせられることになった。
強くかむな。
もう少し舌をひっこめてつかえ。
やさしくしろ。

さんざん注文をつけられて、30分くらいも、顎がいたくなって、あとで感覚がなくなるまでなめさせておいて、最後は髪の毛をつかまれて、頭を前後にゆらせてのどまで突っ込みやがった。

財布をもらった。
終電に近い桜木町の高架のプラットフォームのベンチに腰かけて財布をだしてみたら、なかに新品の1万円札が3枚はいっていた。

おれは泣いた。
あたりまえだろう。
めちゃくちゃに泣いた。

気が付くと、どっかの会社の制服を着たクソババアが、あなた、だいじょうぶ? と顔をのぞきこんでいた。

葉山に行きたい。
おれは葉山に行ったことがないんだよ。
いつか学校をさぼって、図書館でインターネットを観ていたら、いまどきお目にかかれないような、古い、クソ日本語で書かれたブログにでくわした。
いまどきジジイでも使わないような古くさいクソ日本語は、でも、おれには気にいったんだ。

プロフィルをみるとイギリス人だと書いてあったが、そんなのウソに決まってる。
日本語で育たなかった人間が、あんな日本語を書けるわけはない。
けっ、インチキ野郎め、とおもって読んでいたら、引き込まれてしまって、結局、午後のあいだじゅう読んでしまった。
世の中には、じっさい、いろんなヘンな野郎がいるもんだよな。

ところで、そいつが子供のときの日本の思い出として、葉山の、長者ヶ崎や鐙摺の海に迫る山や、その鐙摺の頂のうしろからあらわれる輝かしい白さの積雲のことを書いていて、それから、おれにとっては葉山は頭のなかで聖地のようになってしまった。

切符を買って、横須賀線に行くのでは、おれはきっと、あのインチキ野郎が書いた葉山には着けっこない。
そんな行きかたではダメなんだよ。

もちろんクルマで行ったってダメだし、最近は大学生たちがよくやるように自転車で行ったって、あの葉山には着くわけはない。

おれはボロボロで、もうあんまり生きるちからが残ってない。
もともと20歳になるまで生きているような狡猾で自分にウソをつくのがうまい人間じゃないから、きっとこんな感じになるだろうとはおもってたけど、それにしても、こんなふうに、立つのもやっとな気持になるとはおもわなかった。

頭を毛布がおおっているみたいといえばいいのか。
どんよりと頭のなかが曇っていて、なにもする気が起こらない。
机に向かって、なにかしようとなんとか腰掛けても、自分はなんてダメな人間だろうという気持がこみあげてきて、涙がとまらなくなる。

なにもしたくないし、なにもできないんだよ。

でも葉山にいって、あのインチキ野郎が述べたように、沖にでて、低い山を振り返れば、また生きていけるのではないか。
そうしてみることには、自分が20歳を越えて生きていくためのなにかがあるのではないか。

いつも、そうおもうんだけど。

でも、もう間に合わないかもしれない。
ファミレスの窓際の席に座って、大通りの向こう側をぼんやり観ている。
あの交叉点に立っている人間たちは、なんだって、信号が変わって、通りを渡りだしたあとも、渡り出す前の自分とおなじだと、あんなに自信をもって、疑いもしないで歩いていけるのだろう。

おれは、違う。
おれは通りを渡ることひとつにしても、どこかに行きたいからわたるんじゃないんだ。

サイレーンの声。
誰かがおれを呼んでいるような気がするから通りをわたるんだよ。
おれは、まるで人間のような顔をして、もう20歳をすぎているのに、腐った人間でないふりをして、いつかあの通りをわたるだろう。

でも、ビルの影から射してきた夕陽があたったとたんに、冷たい空気のなかに、ふっと消えてしまうにちがいない。
知ってるんだよ、おれは。
自分がそんなふうに、この世界からいなくなることを。

おれは、そのとき、はじめて自分がやすんじて人間であると感じられるにちがいない。

きみのところにやってきて、そのとき、さよならが言えるかどうかはわからないけれど。

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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1 Response to 十七歳

  1. meiyou says:

    ここにコメントを残せば、記事を消すことを思いとどまってくれる
    というのをどこかで聞いたことあるので、届いてくれたら嬉しいです。

    消さないでください。

    こうやって毎日を生きていることの汚らわしさ、自分が発したばかりの言葉のうそくささ、
    強がって希望に満ちた言葉をのべようとしても、陳腐なその叙述に腹がたつ。

    ここにたどり着いてなんとか生きながらえている友人がたくさんいることは容易に想像ができます。
    でもこれ以上言葉を信じることはできません。

    ただ、
    消さないでください
    と伝えたかったのです。

    いつもありがとうございます。
    恩返しがしたいけど、どうしたらそんなことができようかといつも考えています。

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