国とは、なにか

ジャシンダ・アーダーンは今日(3月29日)はマオリのクロークを身に付けて現れた。
モスク銃撃を生き延びたムスリム人が、コーランの朗唱をいくつもはさんだスピーチをしたあとだったので、息をしやすく感じたニュージーランド人もおおかっただろう。

ハグリーパークをぎっしり埋めつくして見える聴衆は、でも、ハグリーパークを知っている人なら誰でも判る、どんなに人が集まっても、あの広大な芝生の上では頼りない人間のパッチにしか見えない。

圧倒的で莫大な緑とほんの少しの人間、という構図は、ニュージーランドの原風景で、都会のまんなかの公園でも、やはりおなじことです。

アーダーン首相という人は、びっくりするほど素晴らしい演説をする人で、ボロ負けに決まってると言われた労働党を率いて選挙に臨んで、「ジャシンダって、だれだ?」と言われながら、与党国民党に肉薄する票を集めて、国民党の勝利宣言を横目で見ながら排外的な右翼大物政治家ウィンストン・ピータースと手をにぎって、
国民もマスメディアもあっと言わせる大逆転で権力の座についたことにも、この人の「言葉の力」が大きかった。

誇張しすぎなのではないかという人が現れそうだが、近代の政治家でジャシンダ・アーダーンほど演説の言葉の力によって人を動かせる政治家はウィンストン・チャーチルくらいしか思い浮かばない。

首相に就任したばかりのときは、百戦錬磨のベテラン政治家ウィンストン・ピータースに手のひらの上で踊らされて一年もたないのではないかと危ぶむ人がおおかったが、蓋を開けてみると、マオリのクロークを着て訪問した連合王国からはじまって、まず外交でびっくりするような成果をみせ、今回の多文化主義社会ニュージーランドのコミュニティ間の分裂を生んで不思議がないモスクでの銃乱射事件のあとでの一連の演説は、分裂どころか、ニュージーランド人の結束を強める結果になった。

剛腕というか、すさまじいほどの政治力で、アメリカ人や連合王国人がニュージーランド人に対して、あんな大政治家が小国の首相ではもったいないと失礼なことを述べるところに来ている。

むかし、冬の連合王国を離れて、天国のような夏のクライストチャーチにやってくるたびに「この国は素晴らしい国だが、若すぎてアイデンティティがまだない」と妹と兄とで言い合った。

思い出してみると、まったく可愛げのないガキたちだが、実感でもあった。
子供という生き物はバカなので若さよりも歴史をありがたがる。

なにしろ、そのころのニュージーランド人たちと歴史の話をしていると、ニュージーランドの歴史を話していたのがいつのまにか連合王国の歴史になっていて、いったい自分がイギリス人なのかニュージーランド人なのか、自分でもあんまりはっきりしていない人が多かった。

空間的に遠いだけでなくて、時間の上でもゆっくり過去を進行している南半球のイギリス、という意識だったと思います。

ぼんやり考えると、なんとなく「イギリスの田舎みたいな国」だったニュージーランドが、ところが、ジャシンダ・アーダーンの言葉によって、ほとんど日毎に国としてのアイデンティティをつくってゆくのを同時的に目撃するのは、心地よい楽しい経験であると言わないわけにはいかない。

アーダーン首相の演説の特徴は、感情を隠さず、弱さも隠さずに、そのまま言葉にして述べることで、銃撃直後の演説は特に、ジャシンダ・アーダーンの怒ったときのボディランゲージが全部盛り込まれていて、この人の、身体を震わせるような、「自分たちの仲間」が殺されたことへの、すさまじい怒りが伝わってきて、アーダーン首相を個人のつながりや私的な小さな集まりで知っている人間たちにとっては、怒りの深ささえ、よく判るものだった。

われわれはみな、個人個人が幸福になるために、この国へやってきて根を下ろした。
その幸福の基礎はhumanityでなければならない、とアーダーンは繰り返し述べる。

そんなにビンボ人の福祉にオカネを注ぎ込んだら国民は税金でたいへんなことになると述べる国民党の政治家たちに対しても、移民を制限するべきだ、このままではニュージーランドは我々の国ではなくなってしまうと述べる旧い世代の移民である国民たちに対しても、あるいはイスラムの教えにしたがって寛容社会をつくろうと呼びかけるムスリムのリーダーたちに対しても、計画経済政策を成功させてきた歴史を誇りにする労働党の社会主義リーダたちに対してさえ、ジャシンダ・アーダーンはおなじ言葉humanityを繰り返してきた。

人間を人間として扱うことが国の基礎だ、と強い口調で述べてきた。

安価な住宅の供給、世界的にも五指にはいるオーストラリアに対して高いとは言えない賃金の是正、次々と打ち出す政策は、つまりは
「人間が人間らしく暮らせる社会環境をつくる」という点で一貫している。

友達も自分自身も、ジャシンダとは反対の政治的立場にいる。
これを書いている本人は、もともと「政府なんか、いらん」という立場で、そんなものは最小にしておいて、さっさとブロックチェーンの検証理論とAIによってカバーできることはカバーする新世代の政府をつくったほうがいい、という意見です。

実際、ニュージーランドは他国に遙かに先駆けて、そうなってゆくとおもう。
いまの「国家」のイメージとは凡そ似ても似つかない国になっていくのでないと、第一、おもしろくない。
幸いなことには、ニュージーランドに集まって来ているIT研究者や事業家はAIエキスパートが多いので、例えば、ちょっと理由があって名前はかかないが、Viaductにある聡明な女の人が社長の某会社などは先端的なAIサービスを始めたところです。

生活のレベルでもアバターを使って、AIと音声認識を組み合わせた顧客サポートは、すでに現実化されていて、一部の銀行ではもう始まっているのだったか、始まるところか、話を聴いているときに酔っ払っていたので時期をちゃんとおぼえていないが、コスト削減のためにインドやフィリピンにつなげる電話サポートのようなマヌケなサービスの時代は終わって、顧客がサイト側に用意されたビデオフォンのアイコンをクリックすると、現実の人間と区別がつかない、実際にはAIが生成したサポート担当が顧客の質問を音声認識で聴き取って、AIが返答する。

ニュージーランドという国は、ド田舎時代ですらカラーテレビネットワーク放送が世界でいちばん早かったので判るとおり、変わるとなったら、あっというまにガラッと変わる国なので、図書館やカウンシル、政府のサービスも争っておなじスタイルのサービスになるのは目に見えている。

だから、まあ、つなぎにテキトー政府をはさんで政府なんてなくしていいんじゃない?というのが考えで、ジャシンダ・アーダーンが率いる「強力な政府」は迷惑であるし、経済について、内輪や公的な場での発言を聞くかぎり、この人が首相のあいだは経済は不景気で決まりだな、と他の投資家や会社のCEOたちと、あんまり品がよくない冗談を言ってなぐさめあったりしている。

それでも、一緒にジャシンダ・アーダーンの国民が力をあわせてひとりひとりの国民が幸福な生活を送る国にしよう、
人種差別は相変わらず存在するが、この国では歓迎されない。
あらゆる種類の暴力と差別は歓迎されない。
この国から排除されるべきものだ、とアーダーンが訴えるのを一緒に観ていて、
日頃はオカネの話に夢中のおっちゃんたちが涙を浮かべて聴き入っている。
声を詰まらせながら、「首相は経済政策はアホだが、人間としては、いいな。尊敬に値する」と強がっている。

投資家友達が「まあ、もういいや。ジャシンダのあの古くさい社会主義経済的な考えじゃ何年かオンボロ経済になってビンボになるだろうが、国ができるためのお代だとおもえば仕方がない」と述べていた。

すかさずオーストラリア人の同業者の友達が、「この人、こんなこと言ってるけど、シンガポールとオーストラリアに大金移動させてんだぜ」と言って笑っていたが。

国が個々の国民個人のためにある、というのはニュージーランドでは昔からあたりまえのことでした。
オークランドやウェリントンにいると判らないが、ニュージーランドの背骨は、あくまで農場の国だからです。

1000ヘクタール(300万坪+)を越える土地の農場を持ち、カウンシル、あるいは政府ですら相談しなければ物理的な土地に関わる事業(例:貯水池)がなにも出来ない農場主たちが蟠踞する国では、実感として政府は非力な存在で、農場主たちのほうでは政府や国会議員に対して「なんだかウェリントンやオークランドで議論しているのが好きな連中」くらいの意識しかない。

日本やアメリカ、インドや中国のような国権国家意識が強い国からやってきたひとたちが、なかなか理解できないのは、このニュージーランドの「国家の弱さ」で、ないと不便だから国家をやっていると言わんばかりの政府で、有名な例でいえば正当防衛を保証する法律もないくらいで、法律も不備といいたくなるくらい数が少ない、常識からすれば奇妙な国です。

その「個々人のための国家」という以前から漠然と意識されていた国の性格が、アーダーン首相によって、言語化され、国民ひとりひとりに急速に意識化されている。

そのうち数字になって公表されるとおもうが、ほとんど有無を言わさない形で、ニュージーランド人の賃金は急激に上昇した。

こちらは別に数字を見なくても、ぼやきまくる企業主たちの愚痴を日常的に聴いているので、オーストラリアとおなじか近いレベルまで賃金が上昇してしまっていることは肌でわかる。
むかしのアメリカにおけるグーグルやアップルのように突出してイノベイティブな産業が育つまでは、ただでさえ産業に競争力がないニュージーランドが、国際市場で暫くずるずると敗退していくのは、ほぼ自明のことにおもわれる。

でも、まあ、いいか、というのが感想です。

えええ!なんという無責任なことを言うんだ!
と叫んだ、そこのきみ、きみがそう考えるのはもっともなんだけどね。

30年近く前の、物心ついたときから、ドビンボなニュージーランドを見慣れた人間としては、みなが等しく人間としてあつかわれて、女をものとしてみたり、肌の色が異なる人間を見下したり、宗教が異なる人間を胡散臭いと考えたりする習慣がない社会では、ビンボもまた楽しで、案外楽しくやれるんです。

ロンドンに帰ったときに、銀器店をやっているバックグラウンドが似た友達カップルに「ガメは、なんで、あんな若い国が好きなんだい?」とからかわれたが、まさに歴史がないからで、みんなで毎日のべあったり、暮らしのなかで気が付いたことが、そのまま直截、国づくりに反映されるのが判るからです。

ムスリム人も、クリスチャンも、無神論者も、男も、女も、頑なに社会に溶け込もうとしないようにみえる中・韓・日の東アジア人も、白い人も褐色の人も、
個々の人間が社会から意識されていると感じれば、個人個人がちからをあわせて社会をよりよくしようという善意志が生まれる。

善を実現しようとする意志が顕在化した社会では、自分たちひとりひとりが幸福であるという意識が「国」という形になる。

言葉を変えていえば、ほかにはなんにもなくて、「自然」が大の自慢だったニュージーランドという若い国が「自然と人間」がふたつの自慢の国に生まれ変わるところなのでしょう。

国や社会は、個々の人間を幸福にするために存在すると、どのニュージーランド人も漠然とあたりまえだとおもっていたことが、いま演説の形で、ひとびとの魂に根をおろして、おおきな木に育ち、その一本一本の木が、国家という森林をつくろうとしているところだとおもえば、ちょうどいいかもしれない。

ほんのちょっとだけ映ったジャシンダのマオリクローク姿に目を潤ませるマオリ族の長老たちは、自分たちが南の彼方に見た青い空にたなびく雲が、いま、ニュージーランドの魂になろうとしているのをよく知っている。

ニュージーランドは、先住民を優遇しすぎると隣国のオーストラリアはもちろんアメリカのブッシュ大統領をはじめ、各国の首脳から歴史を通じて抗議と反発を受けてきたが、魂を優遇しすぎると言いに来るひとびとが、どんなタイプの人間かは自明なので、ニュージーランド人が抗議を聞き入れたことはいちどもなかった。

モニがニュージーランドの市民権をとったとき

https://gamayauber1001.wordpress.com/2016/05/18/2passports/

最も暖かい祝辞を述べたのは、最後に壇上にあがったマオリ族の大長老だったが、
その小柄な人は、ごく自然に、ニュージーランドを自分たちの国、客人たちによって繁栄をむかえた自分達のマラエだと感じているようでした。

ジャシンダ・アーダーンについて連合王国の政治評論家が「あの人の隠しもしない弱さこそが強さの秘密なのだ」と述べていたが、まったくその通りだとおもう。

地球上で最も面白いことが起きている国に、たまたま居合わせたことを喜んで

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1 Response to 国とは、なにか

  1. いまりん says:

    善を実現しようとする意志が顕在化した社会
    いいなぁ~~。
    経済政策が苦手な首相でも、美しい心映えが有って、羨ましいです。そういう人を首相に選ぶニュージーランドも。
    日本は、トホホ。つまり、虚脱するほど情けない状態です。善にウンコをなすりつける痴呆のものが我が物顔に闊歩している。

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