Bonnie and Clyde

Hoodieを着て、フードを目深にかぶって、耳には白いケーブルのイアフォンを突っ込んでいる。

雨のなかで、傘もささずに、おもいつめたように道路の水たまりを見つめている。
別れたボーイフレンドのことを考えているのかも知れないし、この世界を破壊したいと願っているのかもしれない。

若いんだなあ、とおもう。
抱きしめてあげたい気がするが、同時に、そういう気持になるということは、まあ、つまりジジイだよね、と30代のおっさんになってしまっている自分に嫌気がさす。

見知らぬおっさんに抱きしめられたら、災難で、日本の電車のなかなら「この人、痴漢です!」だよね、と取り止めもないバカなことを考えながら眺めていたら、突然、ポケットからスマホを取りだしてイヤホンごと道路にたたきつけて、まだクルマが往来している道路を走ってわたっていってしまった。

まさか内心の声が聞こえたわけではないとおもうが、若い人間と自分との観念の高みの差をおもいしらされて愕然としてしまう。

十代の自分が、三十代の、いまの自分をみたら唾を吐きかけたくなるだろう。

人間であることの「痛み」は自分を守ろうとする自己保全の本能に起因する。

仕方がないんだよ。
眼の前にゲームが呈示されれば、与えられたルールで、どうすれば勝てるかの手順くらいは人間は20年も生きていればすぐに判るようになる。
人間の社会のサバイバルゲームは、あんまり数が多くない定石で出来ている。
「これはやっても仕方がない」「こういうときにこうしてもうまくいった例はない」と本にでも雑誌にでも至るところに書いてあって、それがひととおり頭に入ってしまえば、あとはチェスを指すのと同じことなので、いろいろな経験を要するもののなかでも人間の一生を恙なく生き延びるのには、そんなに年齢を重ねることを必要としない。

だから、人間は自分が生きていくということを自動化してしまうのであって、眼の前の人間を信用すべきか否かというようなことに至るまで、なれてくると、別にいちいち考えているわけではなくなる。

具体的には、第一、だいたいのことは顔つきだけでわかるようになってしまう。
まさか相手に言ったりはしないが、頼み事をされても内心では「あなたの、その酷い顔ではダメですね」と考えている。

美人でもハンサムでも、ひどい顔の人はひどいので、中国の公安警察は独自のグーグルグラスをつくって公安のブラックリストにある人間の顔が明色のフレームと嫌疑に囲まれて表示されるそうだが、特にそんなものはなくても、なれれば、
「この人はダメだな」とすぐ判るようになる。

おとなになるということは、つまりはそういうことなので、くだらないというか、
気が滅入るというか。

日本でも「俺たちに明日はない」という、なんとなくバカバカしい気がする邦題で伝記を脚色した映画が流行したことがあるらしいBonnie and Clydeには、いくつか(多少でも知的関心がある)アメリカ人が普通に知っている背景があって、例えばEminemが、あれほど、このアウトローのカップルにいれこむのは、もちろん理由がある。

20歳になったClyde Barrowが初めて19歳のBonnie Parkerに会うのは1930年のことで、極貧家庭に育ったふたりは、ひとめで恋に落ちて、朝から晩まで夢中でお互いの魂のなかにもぐりこみあうような数週間を過ごす。

大恐慌のさなかで、ときどき雇い主の都合だけで出来たゴミのような労働環境の仕事にありつくが、そんな仕事が長続きするわけもなくて、その頃、アメリカの田舎にはたいへんな数で存在した他の貧しい若者たちと同様に万引きから自動車泥棒までなんでもやった。

自動車泥棒は、特に、若い人間たちには人気がある犯罪で、このことにはこの頃フォードが世界で初めて大量生産のV8エンジンを装備したクルマを売り出したことが深く関係する。

例の、英語国の貧困家庭にはよくある、黒いタールで煮染めたような壁の小さなアパートに住めればいいほうで、テントを買うためのオカネをつくるために数ヶ月も激しい労働をしなければならなかった当時のアメリカでは、若い人びとの夢は、ある日、突然自分の心に「勇気」が宿って、当時のすべてのパトロールカーより速度が出たVフォードを盗みとって、とばして、州境を越えることだった。

ひらたく言えば、まるで神様が純粋な魂をまちがって箱から取りだしてしまったようなふたりは、1930年のアメリカの田舎にはどこにでもいる、「ワルガキ」たちの一組だったわけで、あとにコミックで描かれてベストセラーになるように、葉巻をくわえて機関銃をぶっ放す大胆な若い冒険者だったわけではなかった。

1930年、会ったばかりでBonnie との恋に夢中になっていたClydeが自動車泥棒の罪状でつかまって、警察と裁判官のはっきりした「ダメな若者」への悪意によって悪名高いEastham Prisonに送られることで、ふたりの運命は、それまでとは、まったく違う性質のものに変わってしまう。

この刑務所でClydeは、(男同士であるのに)誰かを強姦することで子供をつくりたいという奇妙な妄想に駆られたひとりの囚人に毎晩のように繰り返しレイプされることによって、最後のひとかけらのように手に握りしめていた世界への希望を完全に失ってしまう。

ある日、自分に襲いかかる男の頭を鉛管でぶち割って叩き殺したClydeは「新しい人」になります。

暴力は、小柄で、どちらかといえば内気だった少年を解放する。

恋人を助けるために刑務所に武器を隠し持ってやってきたBonnie Parkerと刑務所を脱走したりもするが、発見され連れ戻されて、結局、彼を刑務所から解き放ったのは、嘘と他のインメイトに頼んで切り落としてもらった足指のおかげだった。

刑務所から出たあとに起きた一連の出来事は、いろんな映画や本になっていて、そのまま殆ど脚色のないことなので、興味があれば、見てみるといいかもしれない。

死んだときBonnie Parkerは53発、Clyde Barrowは51発の警官隊の銃弾を浴びて、ふたりとも肉体の原形をとどめない襤褸切れのようになっていた。

オーストラリア人たちにとってのNed Kellyと同様に、アメリカのインテレクチュアルたちの、たいていは明るい知性的な笑いを伴った、自分達の国の国民性を論じる、冬の暖炉際の恰好の話題になったこのふたりは、でも、時を超えて、いまでも、まるで魔法のちからでもあるかのように、ある種のひとの手が触れると、ふたりの、あるいは当時の若者たちの遣り場のない怒りと絶望をそのまま、少しも整理もされず、整形もされないで伝えるちからを持っているもののようです。

どうやら、もう何度目の映画化になるかわからない、このふたりの物語を自分の手で映画化したい気持を持っているらしいEminemは、あきらかにBonnieとClydeを念頭において、こんな歌詞をつくっている。

You could make me a believer
Even if that shit ain’t true
You gon’ make me commit murder
Baby, I’d kill for you
In my eyes
Even if you are wrong, you are right
Even if there is a terrible crime
It’s alright, ’cause I got your back, and I know you got mine
I belong to the church of your name
Sing a song, ’cause I worship the ground you walk on
If I pray for you, I know you’ll be there
You gon’ make me a believer
Even if that shit ain’t true
You gon’ make me commit murder
Baby, I’d kill for you

In my bed I believe every word that you’ve said
Just a kiss and you make me forget
All the bad, the battles we lost, the bodies we hid
You don’t know, just how far I’d be willing to go
You put the cracks into my moral code
So you can count on me to always be there
You could make me a believer
Even if that shit ain’t true
You gon’ make me commit murder
Baby, I’d kill for you
Oh, Lord, forgive my weary hands
And for what they may do
I’ll carry out his evil plans
If he wants me to
In your dream, you’re drowning, I just waltzed in and saved you
I’m your alternate escape route, the altar you pray to
Your ultimate savior, your behavior is altered
Ain’t your fault ’cause I made you
Brainwashed and persuade you
Gibraltar, you’re faithful, never falter or waver
When you causing the danger I’m your guardian angel
Nobody can tell you shit, you’ve already made your
Mind just follow me, babe, you
Won’t be sorry you stayed, you
Always ride, whatever the plan is
To the end, even if I led us into an ambush
Even if we robbed the First National and cops caught us redhanded
They’re coming at us, and we’re trapped, put our backs up
Against the wall, and it’s too tall
You catapult me or hold the ladder for me
Stay back to get captured, take the fall
You make it all worth it
Baby doll, you’re perfect the way you are
Accidents happen
All I know is you love me, that’s really all that matters
And any who cross our paths are just collateral damage
At your side, got your lateral, back, your front, diagonal Backwards, blackbirds, we attack like animals
When they threaten what we have it’s a natural reaction
You lay a bitch flat on her back in a second flat for me
Who tries to take your man from you
It’s blasphemy, another casualty, you’ll go whatever route
Whatever you have to do, you blast for me
I never doubt
That you
You could make me a believer
Even if that shit ain’t true
You gon’ make me commit murder
Baby, I’d kill for you

およそ時代に逆行して、恋人への盲従(Eminemは、「洗脳」という言葉を使っている)を賛美したこの歌はSkylar GreyのNatural Causesのなかの一曲として2016年にリリースされて、たいして注目されることもなく商業社会の十分に照明をあてられてもいない目立たない舞台を横切って、すぐに忘れられてしまった。

その、たいして出来がいいわけでもない曲を、スマートフォンを道路にたたきつけて、まだ信号が赤の、しきりにクルマが走っている通りを、左右を確かめもしないで走って渡っていった若い女の人を見たらおもいだして、それからずっと歌詞が頭のなかで鳴り出して止まらなくなってしまったんだよ。

Hoodieを着て、フードを目深にかぶって、耳には白いケーブルのイアフォンを突っ込んでいる。

雨のなかで、傘もささずに、おもいつめたように道路の水たまりを見つめている。
別れたボーイフレンドのことを考えているのかも知れないし、この世界を破壊したいと願っているのかもしれない。

彼女はなぜぼくではなかったのだろう?
なぜぼくは地獄を通行しないですんでしまったのだろう。

彼女がぼくではありえなかったことの「痛み」を、いつから忘れていたのだろう?

そのことが、ぼくを悩ませる。

笑うなよ。

え?

暴力で他人の生活を破壊して殺人まで繰り返した狂犬のような人間たちに共感するようなことを書いていいのかって?

スタッフがおぼえていた、同じことを言われたEminemの言葉があるから、それを日本語になおして答えておきます。

うるせえ。

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3 Responses to Bonnie and Clyde

  1. tohma Q says:

    素晴らしい。
    Just graceful.
    Just beauty is this.
    Just …. moving.
    For me.

    Now , for me , like something beyond description.

    Thank you writing.
    And letting me reading and meeting this article .
    感謝する。

    がめさん、あなたに感謝する。

    感謝するよ。

    Like

  2. Hideyuki Goda says:

    一時的かもしれないけど、復活させてくれたこと、どうもありがとう。
    日本に辟易としているガメさんに、こんなことをお願いするのは、ほんと厚かましいとは思うけど、どうかブログはいつまでも残してもらえないだろうか。
    今はまだ幼い子供達に、数年後、このブログを読ませてあげられるように。

    いつもありがとう。

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  3. momo says:

    やさしいひと。私は決して笑わない。共に悩んでくれるんだね。私たちの怒りを、痛みを想ってくれるんだね。魂が混じる感覚は覚えがある。彼に出会えて私はようやく人の形を取り戻した。怒りを、痛みをようやく自分たちのものにした。彼は私から産まれて、私も彼から産まれたの。あんなに傷ついて悲しいひと初めて出会った。彼も私と出会ってそう思ったのかもしれない。私たちは救われないと知っている。だから生き延びてやると思っているよ。世界が壊れるか、こっちが死ぬか。それしか残された道はないと感じているから。

    やさしいコメントが溢れるブログに場違いなコメントごめんなさい。拙い言葉でもあなたに魂の叫びを聴いてほしくて甘えてしまいました。ここまで追い詰められた若者に手を差し伸べてくれたのはガメさんの暖かい言葉たちでした。一緒に悩んでくれてありがとう。共に怒ってくれて、しくしく泣いてくれてありがとう。感謝してもしきれません。その恩を返せるよう、懸命に生きていきます。

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