Monthly Archives: June 2019

slack crawl

slack crawlの途中で、天神橋商店街、という言葉に行きあって足が止まる。 なつかしいなあ、とおもう。 あそこは、日本で最後に大好きな「モーニングセット」を食べたところだった。 煮染めたような色のコーヒー。 ゆで卵に、千切りしたキャベツが入った、ちんまりしたサラダ、一個だけついているウインナーに、「厚切りトースト」! モーニングサービスは日本を代表する思い出だと言いたいくらい好きだった。 多分、日本のほうが起源ではないかとおもう。 いまは、マレーシアの、例えばPappa Richにも台湾系の、もっか西洋世界で大人気のバブル・ティー・カフェにも厚切りトースト、あるけどね。 Pappa Richのモダンで明るい、品目すべてにカラーの画像が付いたメニューから、ロティチャナイへの思いを断ち切って注文する「厚切りトースト」は、なんだか別のものであるよーな気がする。 おお。 slack crawlって、なんだ? というひとのために説明する。 都会の楽しい遊びのひとつにpub crawlがあります。 お気に入りのパブからパブへ、大学町、あるいは歩いて移動できるほど店が蝟集するロンドンや東京、ニューヨークのような町では、重要な生活の楽しみであるとおもわれる。 バーと呼ぶ店のほうが多いニューヨークでは、当然、bar crawlと言いますね。 居酒屋が多い銀座なら、izakaya crawlだろう。 実際、東京の不良外人コミュニティには存在する表現です。 わしは有料外国人、じゃないや、優良外国人だったので、あんないけないことや、こんなおまわりさんには言えないことに耽っている不良外国人コミュニティのことはよく判らないが。 そこのきみ。 何をニヤニヤしておる。 わしは、ほんとに知りませんよ。 多分。 twitterが、どーしても、こーしてもビジネスモデルがつくれないので、ついに、 有名人路線に走ることになった。 フォロワーが100万以下は、その他おおぜい、業界用語でいえば、ゴミ。 ゴミは寄らしむべし知らしむべからずという方針で、公式にはおもいっきり否定して、おもいっきり嘘なのがばれたshadow banなどの細かいコントロールを導入する一方で、トランプのような大物のバカタレには「ガタガタ言うと核ミサイルをぶちこんじゃるぞ、このクソが」くらいのツイートなら大目に見ることにした。 その結果、起きた事は教訓的で、少なくとも英語世界ではtwitterは見事なくらいテレビ化してしまった。 有名人のアナウンスが主体で、 「わたし、今朝、4万ドルの指輪を間違ってシャワーの排水溝に流してしまったわ。うふっ♡」 というようなツイートが実に2週間ぶりにツイートされると、1万というような数で「いいね」がつく。 排水溝を漁って一攫千金をねらうエジプトネズミたちが、探索指令のためにRTを連打する。 そのネズミの集結を察知して、ニューヨーク中の猫がRTと「いいね」をつけまくる。 もうひとつの副作用として、トランプ以降、ツイートはすさまじく政治的なものが増えていった。 … Continue reading

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Cogito ergo sumの終わり

ときどき歌舞伎町に行きたいとおもうことがある。 日本にいたときは、新宿は広尾から軽井沢に向かう途中に寄るだけの町で、世界堂へ行ってモニさんが絵を描いたり彫刻をつくったりする材料を買って、デパートの地下で、当夜の夕食を買ったりして、そのまま大泉学園から関越自動車に乗る高速をめざした。 ツイッタで会ったセーラーメルセデスというセーラームーンが大好きで、セーラームーンの世界に住んでしまいたいとまでおもいつめるミネソタに住む友達が独身最後の旅行に歌舞伎町にでかけてゴジラが首から上をだして覗いているホテルに泊まって楽しかったというので、たいへん羨ましかった。 歌舞伎町という町には、どこか、町の端っこを持って、メリメリと引き剥がせそうなところがある。 あの、ものが余すところなく剥がれる快感で町ごと剥がしとったあとには、聖なる土地が広がっていて、遠くに小さな教会が一軒だけ建っていて、その後ろには地平線が見えているのではないか。 風俗案内の看板も、好奇心むきだしで案内の男たちをからかおうとしている高校生の女の子たちを、それをニヤニヤしながら見つめているサラリーマンたちも、みな誰かの夢が投影された幻像にすぎなくて、ほんとうは、あんなネオンの洪水の町は現実ではないのではないか。 年齢をへて、注意深くものごとを観察する習慣がついてくると、現実はおもったほど確かに存在しているわけではないことに気が付く。 Abel Tasman Coast Trackという。 https://www.newzealand.com/int/feature/abel-tasman-coast-track/ ニュージーランドで、多分、最も有名なトランピングのコースで、観光客に「トランピング」と述べても意味が通じないので、いまは、トレッキングとかなんとか、そういう言葉を使っているはずです。 だいたい5日間にわたってガイドと一緒に森を抜け、尾根から尾根を伝って歩いていく。 途中、カヤックで移動する日もあって、このコースは何度も歩いているのに、いちどは油断して顔の半分が日焼けで焼けただれてしまったこともある。 カヤックは水面に近いので紫外線の反射が厳しくて、晴れた日は冗談でなくて文字通り生命に関わるのを忘れていた。 最後に歩いたときは、イギリスから移住したきたばかりの若い新婚のカップルと歩いて、夢中になっておしゃべりしながら歩いていたら、ガイドが困惑した顔で、 「すみません。もういちど、数えます」と述べていた。 なんど数えても7人いるのだという。 このパーティは6人の筈なので、黙って参加している人は仰ってください。 名前を読み上げる。 全員が返事をする。 でも、数えてみると、やはり7人いる。 このときは上級コースで、しかも条件が悪いトランピングで、困憊してもいたので、そのまま目的地点まで行ってしまったが、すっかり友達になったイギリスからやってきたカップルと話していても、やはり話題になる。 話題になって、推測する。 推測はいろいろにしてみるが、やはり未だに謎は解けません。 あるいは追分の森を夜更けにフランスからやってきていた友達と酔っ払って歩いていて、右に折れて坂をおりていけば佐藤豆腐店という追分宿の豆腐店に出るはずの径で、下りて行くと、墓地を抜ける径になっている。 そこは御影用水の手前に、径の左側の森のなかに、地元のひとたちが口を揃えて、むかしの売春婦たちの亡霊がでるという墓地があるはずのところで、千メートル道路から真っ直ぐにおりてくる直線の一本道が墓地を突っ切っているはずはない。 酔っ払いというものは幸せなもので、「あれ?来たときと一本道なのに風景が違うな」で終わって、おおきな声では到底言えない酔っ払い運転で軽井沢に帰ってしまったが、次の日の朝、こればかりは滞在する客にどうしても見せないわけにはいかない、朝の、カラマツの森の木立を抜けてくる、壮麗としか表現のしようがない木洩れ陽のなかを歩きながら、あれはなんだったんだろう、と訝しみあった。 幽霊に対してゆいいつの可能な、現実としか考えられない体験と物理法則との妥協は「認識のゆがみ」だが、そのゆがみは、多分、人間の脳内だけで起きるものではないだろう。 こういうことがある。 義理叔父はもともと幽霊など目の前に立って裸で踊っていても気が付かないくらいの人で、僅かに子供のとき葉山で夜中にトイレに小用に立ったら、窓から見えている闇の奥から隣家のおばあさんらしい人とその孫の会話が聞こえていて、ずいぶん遅くまでおきていられて隣家の子供はうらやましいと考えて、翌朝になって、トイレの向こうは断崖で、隣家など存在しないことに気が付いて、ゾッとした。 そのくらいが最大の経験で、幽霊などはこの世界にいるわけがなくて、科学を専攻したのはやはりいいことだと考えていた。 ところが秘書に後年まで付き合いが続く、お相撲さんのような体格の青年を雇ったら、途端に、まず第一週目に鎌倉山の頂上に近いところで、赤い靴をはいた足がヘッドライトのなかを横切るのを見た。 長谷で酒を飲んで海岸通りという長谷の近代文学館の交叉点から以前は消防署があったところにつづく一本道を歩いていたら、ほんとうは一回しか横切るはずがない江ノ電の線路を三回横切った。 「おれは、そこまでは見なかった」と強がっているが、同行の人達、というか酔っ払い仲間によると、このとき二回目に踏切を渡ったときは左側に見えるはずがない和田塚の駅が見えていて、いわゆる駒、ロバのように小さな馬にまたがったより甲冑の武士と、その従者らしい一団が見えたそうです。 なんだか、そんなことばかりで、その上鎌倉に新しく借りた家に越して来た件の秘書の人は、夜毎、目がさめると、天井から女の人の顔が自分の顔に向かって落ちてきて、うわああああっとおもって気を失って、正気に返るとなぜか稲村ヶ崎の海辺のベンチにちゃんと背広を着て座っている。 どうも認識の歪みは伝染するのではないか、と述べていた。 現実とはなにか? ということを考えると、つまり認識を現実と呼んでいる。 … Continue reading

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シェークスピアに名を借りて

Groundlingsという。 ステージの前の土間で立って舞台上で演じられているドラマを見上げて追っているひとたちのことで、もともとはRedlion、The Rose、Globe Theatreのような17世紀につくられた劇場に 集まるビンボ観客たちについて使われた言葉だった。 いまでも使われます。 なんでかって? ロンドンの有名な悪徳不動産投資家Thomas Brendからロンドンの内外のそこいらじゅうにあった不動産をひきついだ息子のNicholas BrendからリースされたSouthwalkの敷地に、新しく劇場がつくられて、この劇場がGlobe Theatreという名前なのだけれど、この劇場は楽しいつくりで、かぶりつきがいちばん安いチケットを買ったひとびとが案内される区画になっていて、でも椅子なんかはなくて、土間に立って観るシステムになっていた。 演劇好きのビンボ人たちは、こぞって劇場に通って、この土間に犇めいて立って、 エールを片手に、シャイロックにブーイングを飛ばしたり、Henry Vのスピーチに涙をぬぐったり、名前を呼ぶことも不吉なThe Scottish Playにさぶいぼをつくったりしていた。 精確なサイズや構造はわからなかったが、なにしろ周りにペダンティックで詮索好きな人間が山ほどいるシェイクスピアなので、だいたいどんな劇場か判っていて、 1997年に初代の構造を再現した三代目Globe Theatreが開場すると、Groundlingsたちも復活する。 それで、ね。 ニュージーランド人たちは、ビンボ国ニュージーランドの伝統の知恵で、ブリキと鉄パイプのscaffoldingで仮設Globe Theatreをつくってしまったらどうだろう、と考えたもののようでした。 2016年に、一回限りのつもりでCBDの、そのまたど真ん中に忽然とGlobe Theatreが現れます。 そのときのことをよくおぼえている。 アオテアセンターの横でなにかの工事をやっているのは知っていたが、ある日、普段はあまり出向かないCBDに友達夫婦に会いに出かけてみると、そこには忽然とロンドンの冬を嫌ったGlobe Theatreが地球の反対側に避寒旅行にやってきていた…わけはなくて、近付いてみると、ブリキでつくられた、なつかしいGlobe Theatreがある。 すっかり喜んでしまったぼくは、$10のチケットを買って、黒ビールを手に入れて、土間に立って、南半球にいるとは到底おもえない出来のA Midsummer Night’s Dreamを観てました。 そのときに、いまは多文化社会だが、ついこのあいだまでは連合王国人だらけだった国の人間たちらしく、あるいはまだまだ連合王国人まるだしの人々もいっぱいいて、もう会話のなかでGroundlingsという言葉が使われていた。 主宰者のおっちゃん自身が、「どうせ一年でオカネを使い果たして終わりですから」と述べていた仮設劇場Pop-up Globeは、あにはからんや、たいへんな人気で、初めのうちこそ空席があったものの、後半は超満員で、土間に文字通り立錐の余地もなく犇めく観客をかきわけて、観客たちと冗談をとばしあいながら、ステージへ向かう俳優たちも、日に日に自信を深めて、仮設劇場の身軽さ、次の年からEllerslieという、住んでいる家からクルマで10分くらいのところに引っ越していまでも毎日シェークスピアをやっている。 それどころか、メルボルンにも劇場をつくって、こちらも盛況らしいが、行ってみると、カンパニーの演者が足りないのか、いまはまだオークランドのほうが質がいいようです。 2016年、2017,2018と足繁く通ったが、別に嫌になったわけではないのに、今年はほとんど行っていない。 今年はアルコールが入っていると出来ないことをたくさんやっているので、ビールやワインを飲みながら観るという習慣になってしまっていて、シェークスピアとホロ酔い気分が不可分で、ドライな気持では行く気が起こらないのか、それとは関係なく、今年は、まあいいや、という気持がどこかにあるのか、そもそも自分がやることの理由を詮索したことがないので、判りません。 幕間に野外にしつらえてあるバーで、知らない人とテーブルを囲んで、ワインを飲みながら世間話をする。 家の猫のうちRの名前は、サセックスから来たという女の人が名付け親で、猫さんが眠っているぼくの頭を踏み台に窓の桟へジャンプして、失敗してこけて大騒ぎをしたりするたびに、その人が述べた連合王国の惨状のことをおもいだしたりする。 … Continue reading

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海のむこうの友だち

日本語社会が、もう20年以上、変わろうとしているのに、どうしても変われない社会なのだということは、すっかり有名になっていて、どうかすると高校生たちが学校の帰りに屯するバス停のそばを通りかかるときに聞こえてきたりする。 例えば、Google でjapan lost scoreくらいの検索語でも、ずらずらと、主にはLost Decadeから10年以上経ったが、まだ続いているので付け加えておきます、というような投げ槍な形で書かれた記事があらわれる。 他国の議会で「日本のようになってしまったら、どうするつもりか」とまで、最大の侮辱の言葉として使われて、日本と同列に扱うとは何事かと首相を激昂させたりしていて、日本こそ、いい面の皮である。 しかもLost Decadeは、いつのまにかLost Scoreになって、世が世になれば、Lost Centuryになるだろうと、ごく普通に信ぜられている。 そのことには、たくさんの理由がある。 あるいは、後で述べるひとつの理由しかないのかも知れないが、少なくとも表層では、無数の理由がある。 日本はもともと明治時代の昔からマスメディアがジャーナリズムとして機能していない国であることは、このブログで何度も述べている。 メディア鏡 https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/12/08/mirror-2/ 鏡よ、鏡 https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/12/18/mirrorx2/ そのために、日本の人が乗り合わせた列車の車窓から眺めて、「案外、日本と似たようなものだね」 「あっ! あんなに一生懸命手をふってくれている! やっぱり、世界中の人が日本に憧れているんだね!」 と楽しい気分にさせてくれる「海外」という風景は、書割というか、背景っぽく見せてある人工的な動画にしかすぎない。 政府のほうも心得たもので、マスメディアという魔法の箱を使えば、どんな「現実」もつくってしまえるのを知っているので、福島第一事故は完全にコントロールされていることになり、お隣の韓国は一方的に言いがかりをつけてくる国で、「我が国は毅然として対応している」ことになり、国債を国内調達にほぼ限定するという個々の国民に対する悪意そのもののような異常な財政政策によって、(当たり前だが)、気息奄々にまで追い込まれた国民ひとりひとりは、戦後最大の好景気を享受していることにされてしまっている。 では、希望はどこにあるか? どこの国でもインターネットがマスメディアの機能が失われた場合のゆいいつの希望なのは、よく知られているが、 ところが、ところーが。 日本では、このインターネットがうまく機能しなかった。 言論多様性発生装置であるはずのネットが、逆に、相互監視装置として働くことになった。 半七捕物帳は、岡本綺堂が書いた、滅法おもしろい推理小説だが、この「目明かし」という職業なような職業ではないような、余得だけで暮らしてるんじゃないの?と疑いの目を向けられるような私設警察は、現実であれ非現実であれ、長屋の差配と組んで町内の相互監視に眼を光らせていたことになっているが、日本語ネットは、その大規模化された「相互監視お化け」のようなものになってしまった。 国民性とのケミストリが悪かったというか、なんというか。 その上に例えば「はてな」という会社などは、多分、トライポッド世代のコミュニティモデルにヒントを得たのでしょう、ビジネスとしてコミュニティモデルを採用してしまったので、いよいよ日本語を覆う巨大な「村」を出現させてしまって、集団bullyingの出撃基地のような奇妙なことになってしまった。 日本語にだいぶん飽きてきてしまったのだとおもう。 日本語記事を書こうとおもってiMacに向かっているのに、いつのまにかスペイン語の友達と話し込んでいる。 中国語のサイトに溺れて、中国語の勉強を始めてしまっている自分を発見する。 そもそも英語の世界は、もう飽きたとおもって N’importe où! n’importe où! pourvu que … Continue reading

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冬のひかり

冬の太陽の光がてんでに反射する海の向こうからレザークラスのヨットがこちらを目指して進んでくる。 ときどき、ふらっとして、ハッとさせるが、だいたいは安定して、スピードを出しすぎもせず、滑るように、でもゆっくりと帆走している。 レザークラスというのは、長さが4mくらい、幅が1.4mほどの最小に近いヨットで、ひとりで操艇します。 馴れないひとは10mもいかないうちに転覆してしまうが、なれてしまえば操艇しやすいのでヨットで手軽に遊ぶのによい。 地上でいえばeScooterがいちばん似ているかも知れません。 ちょうどスキーでスラロームをまわるようにしてbreakwaterをまわりこむと、まるでほっとして息をはく人のようにフラットな調子になって、滑り込んでくる。 「うまくなったね」というとウエットスーツのモニさんが水を蹴りながら歩いてきて、子供のときからちっとも変わらない「ニッ」という笑顔でこたえている。 「ガメの水準まで、もうちょっと、かな」 真夏でも水に落ちて15分もするとショックで心臓が止まるほどニュージーランドの海水は冷たいので、モニがひとりで出かけるといつも岸辺に立って見つめながら少しだけ心配する。 陽光の乱反射のなかへ消えてゆく艇体をみつめながら、大丈夫だろうか、と考える。 モニはむかしはそうやってなんでもかんでも心配されるのをたいそう嫌がっていたが、このごろは諦めたのでしょう、嬉しそうな顔はしないが、怒りもしなくなった。 もしかしたら沖合から素っ頓狂で滅茶苦茶なスピードでもどってきて岸辺の近くでたちあがってロデオのマネをしたりしている、あんまり頭がよくなさそうなオットー1世の、2世がいては困るが、案外な腕のよさに、自分でヨットをやってみて気が付いたのかもしれません。 オークランドは、どんどん変わってゆく。 ハウラキガルフも一度、持っているボートのなかでいちばんおおきなボートの船底の掃除に潜水夫のみんなと潜ってみたら、海底には鮮やかな緑色のヘドロがあった。 ふざけて立ってみるとくるぶしが埋まる。 ニュージーランドなどは、世界でも珍しい、まだ死んでいない綺麗な海だけが取り柄なのに、このまま行くとオーストラリアのグレートバリアリーフみたいに死の海になりかねないと述べていた海の汚染を嫌ってクイーンズランドからニュージーランドに移住してきた友達の顔をおもいだす。 PCを開いてみると日本語が並んでいる。 「正義を相対化できてない感じがするんだよね、あの手の人たちって」 と友達が書いてきている。 「研究者だったら、自説が批判を受けて間違っているかもしれないっていう後ろめたさというか、そういう可能性を常に考えながら、少なくとも自分の専門について語るべきだと思うんだけど、自分は唯一の正解を語っているのだ、という風になるとああなる気がする」 「哲人さんという人も、なんというか断言の質が違うよね。 やっぱり研究者の人の発言だと思うもん。 突っ込みを受ける余白を残してあるというか。 オダキンという人もそうだね」 「ガメさんの英語のツイート見てたら普通は気づくものではないかと思うのだけど、まあそういう感じでもないのかな。 英語でツイートしようとしたことがある非ネイティブなら誰でもわかると思うんだけど」 それからぼくらは新しいゴジラ映画 Godzilla II:King of the Monsters の話をした。 シンゴジラはゴジラ映画の文法を守っていないからダメだった。 ゴジラ映画の文法って、なんだろうね? 最低でも核兵器のメタファーになってないとゴジラではないのかも。 日本の社会のありかたを肯定するも否定するも、好きも嫌いも、まして親日だ反日だなんて、 日本語を通じてできた友達の数が多すぎて、なにを言われてもピンとこない。 「日本」は例えばオダキンという友だちが持つ国籍としてだけ存在する。 日本の人はそれがどれほど異常なことか知らないが、自分が「この人は自分の友だちだ」と感じた友達のために、「友だち」という言葉をたよりにして、苦手な争いごとに次々と飛び込んでゆく日本人の友達たちを見ていると、 … Continue reading

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