初めての光

英語ではbraided hairという。
日本語では「三つ編み」というみたい。

三つ編みが似合う人は男でも女でも少ないのに、遼さんはとっても似合っていて、にんまりしてしまった。

この「にんまり」には、多分、遼さんとぼくにしか判らない秘密の匂いがあるはずです。

どこか遠く離れた町で、共通した店を知っていて、よく通ったりしていて、そのことにあるとき気が付いて知り合った人と「おおっ!」になる、どんな時でも楽しい瞬間が誰にもあるけど、遼さんとぼくの場合は、それがZinc Barだった。

Zinc Barがまだビレッジの外れの地下にある小さなバーだったころ、マンハッタンにいれば、必ず毎週通っていた。

大雪の日に、ひざまで埋まる歩道の雪に足をとられながら、酔っ払って、良いジャズのライブ演奏が聴きたくてZinc Barまで歩いていったら、 客がひとりだけ来ていて、それがリチャード・ボナだったことがある。

客がいない、小さな店 (←当時のZinc Barは20人も入ればいっぱいだったのではないかしら)のカウンターで、演奏の合間に話していたら、ぼくが東京を知っていることがわかって、「日本人って、まったくいいよね。知ってるかい?
アメリカのジャズがいまでもあるのは、日本人たちのおかげなんだ。

アメリカ人は昔はジャズのファンでも、ニューヨークに住んでいてすらなかなかジャズにオカネを払ってはくれなかったが、80年代90年代を通じて日本人たちはジャズとブルースに大金を実際に払ってくれた。

実のところ、好きでいてくれるのとオカネを払ってくれるのとでは、えらい違いだからね!」

と述べて、その声が美しいベーシストは愉快そうに笑っていた。

Zinc Barは、そのころからZinc Bar なんだよ!

なんだかジャズ先端技術研究所みたいな店で、その日はブラジルのビッグバンドが出ていて、11人だったかな?
狭い店の演奏スペースから大々的にはみだして、どう見たって客が満員でもペイしないんだけど、店の空間ごと、そんなことは意に介していなくて、あとから入ってきたカップルと、あと数人の客で、
ジャズの密度が高くなって空気がぎゅうぎゅうになったような店のなかで、あっというまに時間が経ってしまった。

東京にいたり、ロンドンにちょっともどったり、スペインやイタリアをふらふらクルマで歩いていたりして、それからモニと結婚して、オークランドにいて、テレビに映る非現実的な東北の黒い水の津波を茫然とながめていて、いったいどうなってるんだ、とおもいながら、オークランドからマンハッタンに戻ったのは、だから福島第一事故の直後で、遼さんは、その頃ちょうどアメリカに引っ越してきたんだ、と述べていた。

よく考えてみると、ぼくのいつもの迂闊さで、というよりも現実に近づけた日本語表現をつかうと、うすぼんやりで、いったい遼さんがなんでアメリカに引っ越したのか知らなかったのでネットで見たら、ボストンのバークリーに留学したんだね

そうすると、ふたりで盛り上がって話したTwo BootsやGarageのあるあたりでうろうろしていたり、いまのワシントンスクエアに近い店に、広くなって引っ越した、新しいZinc Barのステージでサックスを吹いてバイトしていたのは、きっとボストンから、オカネがともかく無くて週末の贅沢にときどきステーキハウスでハンバーグを食べたと書いてあったから、ビンボだったはずで、飛行機ではなくて、Amtrakかバスでニューヨークに来て友達のアパートかなにかに泊まっていたのでしょう。

マンハッタンで、夜更けにうろうろしていたところがぴったり重なっていて、Village Vanguadの側の、どぎついピンクの照明のアダルトグッズショップの話をしていたら「ぼく、オカネがなかったので、あそこでよく棚を眺めて時間をつぶしてた」というので、大笑いしてしまった。

内緒でいうと、あの時はね、十年ネット上でつきまとっていた大学講師を中心とした「はてな」というたいへん日本的な、「村」を凝縮したようなサイトに巣くうインテリ気取りの人間のクズみたいなひとびとが日本のネット社会のバックオフィスで延々とやってきた悪事を可視化して日本語をやめようとおもっていたときで、やめるのだから、どうでもいいや、と思ってはいたものの、自分達の積年の悪事をばらされた腹いせの復讐がたいへんなもので、日本が途方もなく嫌いになりかけていたところなので、遼さんと話したことで、とっても救われた気持になっていた。

おおげさだと言われるかも知れないが、まったく救いのない日本語世界のなかで、なんだかそこだけ光が射しているような会話だった。

そのときに「いまアルバムつくっていてスタジオに籠もっているんです」と書いてあって、しまった邪魔をして、えらいことをしてしまった、とおもったのをおぼえてるが、そのアルバム!

https://tower.jp/item/4947717/Temporary

聴いて、びっくりしちゃったよ。
こっちが、しょうもない日本語おじさんたちを相手にして、だんだん相手にあわせて頭が悪くなっていた同じ瞬間に、遼さんたちは、こんなものすごいものをつくっていたのか、と自分が恥ずかしくなりました。

音楽性が高い、歌詞が現代詩の観念の高みにある、頭のなかでダサい日本語の「批評語」がぐるぐるまわるけど、聴けばわかるというか、良い音楽を言葉で褒めるくらい難しくて、虚しいことはない。

ずっと昔、初めて遼さんのアカウントをtwitterで見つけて、ああ、あの天才の人だ、ツイッタやってんだ、とおもってフォローしたら、あろうことか反応してもらって、おいらは田舎の高校生なのか、あの、ぼくCRCK/LCKSの大ファンなんです、小西さん天才だとおもってますと述べたら、「天才」という言葉が、なんだかものすごく嫌そうで、ま、そりゃ素人に天才と呼ばれて喜ぶプロのジャズプレーヤーはいないよね、と、またしても迂闊な自分が呪わしかったが、
ジャズプレーヤーなだけではなかったし、やっぱり天才だった。

(怒っていけません)

倫理を捨て、一億人の軍隊のようにして、どんどん地獄の様相を呈する国になりながら、お互い同士に向けられた憎悪の炎で火だるまになりながら、日本という国が歴史のなかを進んでゆく。

ちいさいときに短いあいだ住んでいたのと、日本語を習得した縁で、ちっぽけな存在なりの、おおきな関わりを日本と持ってきたぼくは、少しずつ日本の世界から立ち去って、十年経ったいまはどんな国だったかもちゃんとおぼえていないが、それでも、旅先の知らない町で出会った、「このひとと友達になれたらよかったな」とおもう人の芳しくない動静を聴く人が微かに「心配」と呼べる気持をもつように、日本の評判を聞きながら心配して、いったい、そんなふうになってしまった国には、どんな形で希望が訪れるのだろう、と、おおげさにいえば暗澹とした気持になることもあったけど、
遼さんたちのアルバムを聴いて、なるほど光は、こんなふうに射してくるのか、と考えました。

Leonard Cohenが、

There is a crack in everything.
That’s how the light gets in.

と言っているでしょう?

そのlightを見たような気がする。

日本語の世界に初めて射して来た光が音楽だったなんて、とても日本らしいと思いました。

素晴らしい音楽体験をもらった人間として、もっと感謝を述べたり、驚きを述べたりするべきなんだろうけど、ぼくは、なんだか、ホッとした気持が先にたって、うまく言葉が出てこない。

ああ。

そうそう。

遼さんに、アルバムに狂ったぜ、と述べていたら、なんと!
朋美さんからツイートが来て、ところが、素晴らしい歌詞を書いた、春の風のなかできらきらしている光のようなボーカルの「小田朋美さん」が、ぼくのspotifyプレイリストに一曲だけ入っていた日本の人がつくった曲の大好きなWinter Seaのコンポーザーの「Tomomi Oda」とおなじひとで、またまた、ぶっくらこいてしまった。

ご返事のなかで、その偶然と光栄におもう気持を述べたら、朋美さんはきっと音楽理論を学んだ人なのでしょう、言葉にして言いはしないが、「あのくらいの音楽で感動してもらえたんですか」という基礎建築が盤石な作曲の人らしい空気が伝わってくる答えが返ってきて、
しかもしかも、そのあとに、
自分がつくったアルバムを送ってくれたんだよ!

こういうの、ダッサイ日本語では「盆と正月が一緒に来たような」って言うんだってさ。
もちろん、朋美さんには、これとは別に手紙を書きます。
あのひと、すごい天才だもの。(また、言ってしまった)

もう、なんだか、ものすごく幸せになってしまって、シャンパンを飲むのも忘れて、みっともなくも目に涙を浮かべて、鼻をすすりあげながら、CRCK/LCKSと朋美さんの、ふたつのアルバムを朝まで聴いていました。

こういうときには、やっぱり他には日本語がないんだな。

ありがとう!!

ぼくは少し意見が変わって、日本は案外はやく立ち直って、「世界のどこにもない不思議な光が射している国」に戻るのではないか、といまはおもっています。

この記事、ほんとうは、「初めの光、最後の闇」というタイトルで、
知性も美もかけらも感じられない薄っぺらい声を張り上げてバンザイ三唱を唱えてみせた宰相や、ゴロツキとしか呼びようがない左翼人、その左翼人を支持する人間を増やすためにおおいに貢献したネトウヨ、というようなことを書こうと思っていたんだけど、
遼さんや朋美さんのことを考えていたら、そんな気持がどこかへ行ってしまいました。

素晴らしい素晴らしいアルバム。

なんだか、すごいものをつくったね。

ほんとに、ありがとう。

では

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1 Response to 初めての光

  1. mikagehime says:

    なんだかとても嬉しい😆
    私からもありがとう。
    今日の東京は大雨で真っ暗だけど
    光の射す朝な気がします✨

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