Monthly Archives: November 2019

日本という精霊

ふり返ってみると、日本語が自分ではかなりうまく書けるようになったと考えて、どんどん文章を書いて、ますますいろいろなことについて書けるようになっていって、楽しくて、有頂天で、はてなの集団トロルに襲いかかられて、すっかりうんざりして、幻滅して日本を離れるまでの2年くらいが、いちばん楽しかった。 すべてのよいことには終わりがある。 日本との蜜月の終わりは、たしか2010年、だったのではないかとおもう。 英語世界にあきあきしていたぼくは、子供のときにパラダイスだと思い定めて、毎日毎日が楽しくてしかたがなかった日本にやってきて、まるで故郷に帰ってきたように感じていた。 わかってくると、日本にも日本の人自体にも、さまざまな問題があるのは、当然と言えば当然で、世界にあるいろんな国のひとつ、という印象になっていったが、一方では、夏に鐙摺の山の後ろに聳え立つ巨大な積乱雲や、新潟の鎮守の森、軽井沢の発地のホタル、セミの声でさえ、日本語的な受け止め方が出来るようになっていって、日本語という歴史的な意識が、風土とすれあってできる陰翳といえばいいのか、おなじものであっても日本語を媒介にすると異なってみえる様々なものの「見え方」に惹かれて、楽しめるようになっていった。 最盛期は、ではいくらなんでも言い方としてヘンだが、頭のなかではぴったりくるので臆せず使うと、最盛期は、赤地に「氷」と書かれた、かき氷のサインが風に揺れているのさえ、美しいと感じたりしたものだった。 日本には、どことなく「私的」なところがある。 光も、山も、流れ落ちる水でさえ、私(わたくし)の気持のありかたによって、見え方が異なるところがある。 セミの声を例にあげれば、日本語を媒介しなければ騒音にしかすぎないが、芭蕉の句を挙げるまでもない、むかしの映画に出てくる麦わら帽子の少年や、夏の陽射しのなかで、空を仰ぐ1945年・夏の広島の人たちの映像が、その騒音に情緒を吹きこんで、透明な意味をもつ「声」に変えてゆく。 何度も、しかも一回に数ヶ月という長さで滞在したので、次第に、風景を対象として眺める位置から、風景のなかに入って、溶け込む位置に変わって、日本をとばぐちに世界と和解しているような気持になっていった。 いつまでも、そうして「日本」のなかでたゆたっているわけにいかないのは判っていたが、もうすこし、もうすこし、という気持で、毎年のように日本を訪問したものだった。 「国」というものは不思議な制度で、イタリアから国境を越えてフランスに入ると、まったく異なる世界に変わる。 南仏にはいる国境には、ちょうど国境近くに、イタリア側にもフランス側にも日本でいうサービスエリアがあって、なにかの拍子に両方にはいったことがあったが、言語だけではなくて、人の様子がもう異なっていて、食べ物もパンもサンドイッチに挟まっているものも、つくりかたも異なっていて、その際立った対照をおもしろがったことがある。 スペインとフランスの国境は、ピレネーの側は、ちょうどフランスからイタリアに入るようにポーから出て、バスクのオンダビリアで、がらりと変わるが、地中海側は、案外となだらかな変わりかたで、こじつけて、カタルーニャという土地は、やはり強烈な独自の文化を持っているからだろうか、と考えてみたりする。 フランス側にも、フランコの内戦を逃れて移住した、たしか50万人を越えるカタロニア人が住んでいるからです。 国は、どの国も、びっくりするほどお互いに異なっている。 まして、本来ボスポラス海峡からガンジス川までが定義だったアジアの、そのまた東に広がる漠然と「中国の世界」と意識される東方アジアの、さらにその東に位置する極東アジアにある日本などは、室町くらいまでは、臓器や性器の位置まで異なると主張する人間がいたほどの別世界だったわけで、現代でも、それは本質的にかわらなくて、びっくりするほど異なっているどころか、まったく異質な世界で、だからこそ日本は魅力に富んだ国だった。 「都会は都会で、どこもおなじだ」と両親が述べていたことがあったが、ある程度は真実で、日本でもやはり田舎がいちばん楽しかった。 子供のときから日本のおおきな町ではもっとも気に入っていた奈良は中国をお手本につくったといっても、奈良は奈良で、日本でしかありえない町で、いまはどうなのか、むかしは柵もなにもなくて、国宝だという興福寺の五重塔の階の下に座って、夜更かしの鹿たちと一緒に、皓皓と輝く、いたずらっ気をだして岡田隆彦の表現を借りれば臨月のようなお月さま、満月を眺めてうっとりとしていられた。 鎮守の森が好きで、よく知られているように、南方熊楠の激しい反対運動にも関わらず、明治の政府は、鎮守の森を全国で破壊してしまったが、京都は政府の命令などどこ吹く風と受け流して、その京都に憧れをもっていた地方では、どこも内緒で鎮守の森をいかしておいた。 そのひとつの松之山に入る途中の鎮守の森は、むかしの日本の静寂をそのまま保存していて、名前もなにもない社に向かって、長い急峻な階段をのぼってゆくと、古代の神々がそのまま、そこに立って会合をもっているかのような杉の巨木が聳えている。 みあげると、まるで杉の木たちのほうでも、こちらを見下ろしているようで、日本には神がいないのではなくて、神がいらなかったのではないかとおもえてくる。 自然のなかに、すでに畏怖がはいりこんでいたからです。 日本は、ひとことでいえば霊の国で、霊的な大気が満ちていて、死者が必ず立ち寄って、そこから恐山に向かうという立山をみあげていると、なるほど日本は、こういう国なのだ、とわかってもいないのに、わかったような気持にさせられたものだった。 日本は信じがたいほど下卑たところと、これも信じがたいほど崇高な部分がないまぜになった国で、士農工商の士と商であるとか、日本の長い孤独な歴史であるとか、これまでにもさまざまな説明がなされてきたが、どの説明も肯綮にあたるものはない。 日本は、ただ、不思議で名付けようがなく、表現する言葉もないありかたで日本で、ただただ美しく、ただただ醜く、いままでも、これからも、日本でありつづけていくのでしょう。 いちどモニと寺泊を日没に通りかかったら、日本海の鈍色の海の、水平線に夕陽が沈むところで、その、日常とは到底おもわれない美しさに、びっくりしてしまったことがあった。 海で、水平線なのだから、世界の、西側に海がある、ほかの土地の、例えばカリフォルニアのカーメルから見える夕陽と同じ様子でありそうなものなのに、まるで、異なる惑星にやってきたようで、血が通って、言葉で世界を意識しているとでもいうような、その夕陽の、人間的な赤光(しゃっこう)に息をのんだ。 ときどき、日本は日本語であるよりも、そのほかのなにごとかによって日本なのではないかと疑うことがある。 きみが聴いたら、ふきだしてしまうような理由で、ここには書くわけにはいかない。 ほんとうは、いまは、すっかり、そう信じているのだけれども。

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では、どうすればいいのだろう? 2

英語に限らず、他言語のネットをぶらぶらして歩いてから日本語インターネットにくると、情報量が圧倒的に少ないので驚く。 理由を考えると、多分、小さくいえば明治以来の翻訳文化、おおきく時間の幅をとれば、そもそも日本語がそのためにデザインされて発生した中国大陸の文化を翻訳する文化が、IT革命(どうもかっこわるいね、この言葉)によって、文字通り桁違いに増えた情報量に追いつけなくなってしまったのでしょう。 英語人(アメリカ出身)と話していて、肝腎の日本人からはなぜミン・ジン・リーのパチンコの感想が出てこないのか、あいつらは文盲なのか、とひどいことをいうので、いやいやいや、そうでなくてね、まだ日本語版翻訳が出来ていないそうで、出ていないのよ、と述べたら、なんだかボーゼンとしていた。 オリジナル英語版出版から3年近く経っても正に自国の本質的な歴史に触れたベストセラー物語の翻訳が出ないって、そんなバカな、という。 いや日本語でツイートして、「出ないね」と書いたら、直截日本の出版社の人からツイートのご挨拶があって、「たいへんな良書なので慎重に訳しています。どうか、ご理解の上で、お待ちください」ってさ、とおぼえているかぎり、ツイートの内容をそのまま述べたら、今度は、爆笑していた。 爆笑の意味は、気の毒なので、ここには書きたくない。 去年だったか、たまたま聴いていたBBCのインタビューでは、作者のミン・ジン・リーさんは、もっとずっと早く出る、もうすぐの「いつ」を具体的に述べて、予告していたので、ずいぶん遅れていて、本人もびっくりしているのかもしれません。 インタビューで述べていた時期がとっくに過ぎても出ないので本人に尋ねてみたら、延びて2019年の秋になったらしい、と応えていたが、その「秋」も、もう過ぎてしまった。 他の本でいえば、世界中で、と言っていい規模で話題になって、例えばISISの問題についての学生たちのパネルディスカッションに顔をだすと、Home Fireがよく下敷きに使われるが、いつだったか、どこが日本語訳を出しているんだろうね、とおもって、ネット上で検索してみると、なんと、日本語訳がない。 本棚の本の背表紙を見ながら、Teju Cole、Mark Strand…. と日本の人が好みそうな本を選んで見ていっても、Teju Coleの、件の日系文学批評家のミチコ・カクタニが引退前の去り際の振り返りざまの機関銃射撃のようにしてNYTにボロクソにこきおろして書いていったOpen Cityが新潮社から2000円(英語版の、ほぼ2倍)という、どえりゃあ価格で出ているくらいで、なんと、日本の人ふうにいえば「現代世界を考えるために読んでおかねばならない」ほかの本はいっさい日本語訳がでていなくて、ぶっくらこきました。 念のためにいうと、「読んでおかねばならない本」なんて、世の中に存在しないんだけどね。 万事スローな紙の単行本の出版の世界で、2017年のベストセラー、しかも日本の人が評判を聞きつけて、インターネットの至るところで、「いまかいまか」と待ち焦がれていて、アメリカ在住の女の人が、「日本人必読」というようにして新聞にも書いていたらしい本が3年近くたって、まだ出ていないことは象徴的であるかもしれなくて、そのうえさらに、政治や外交の分野で、あきらかに選択したうえで握りつぶされるニュースもたくさんあるように見受けられます。 英語社会で若いひとびとと話すときにProject Semicolonといえば、自殺の衝動と戦おうという運動を指していると、誰でも知っている。 観察していると、街角で、そっとセミコロンのタトゥーを見せて、なにごとかを見知らぬ人に囁いている人がいる。 https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/07/23/project-semicolon/ ところが、日本の若い人には、さっぱり通じないので、困ったことがある。 例えば日本語ではゴシック文学の概念そのものが欠落していて、ゴシック? 建築ですか? ああ、ドラキュラって、あのおばけの、怪奇小説ですよね、ゲゲゲの鬼太郎ってアニメご存知ですか? あれ、すごく面白いんですよ、タハッ、なトンチンカンな会話になってしまうのは、また別の問題で、風土の違いでゴシックみたいな、いわば悪天候文学は日本のように雨が空からしか降ってこない国では判りようがないので、情報量とは関連がないが、ポップミュージックになると、音楽が好きな40代後半くらいの人なのでKylie Minogueとか好きかなあ、とおもって話してみると、ああ、ガメさんって、オルターナティブ・ファンなんですね、という反応で、えええっ?になるくらいずれている。 海外の事情というようなことになると、アメリカ合衆国に20年住んでいるというような人が、日本語の「アメリカ生活ガイドブック」に書いてありそうなことを述べていたり、いつかは、ファラージュが台頭する直前のころに「連合王国では人種差別がまた擡頭している」とツイッタで述べたら、30年ロンドンに住んでいる、イギリス人と結婚して20年ロンドンに住んでいるというひとたちに、「いったい、いつのイギリスの話をしているんですか? いまのイギリスには人種差別なんて、まったくありません」と相当侮蔑的に冷笑されたりしていた。 中国系のロンドン大学助教授の女の人だか女の人の母親だかが騎馬警官にツバを吐きかけられて、「てめえの国に帰れ、この黄色い豚めが」と言われたとかなんとかな事件があった数ヶ月前のことなので、どうやったら、そんなに街角のあちこちで当時の連合王国でみながヒソヒソしていた話題を知らないで暮らすということが出来たのだろう、とおもうが、疑うと、これも、たとえば英語で暮らしている人であっても「翻訳文化的な観点から相手の国の社会を見ている」のではないか、とおもうことがある。 つまり、おもいきって、どおんと端折って言ってしまうと、日本の人が自分で見てわかっているとおもっているのは、単なる妄想に近いもので、現実の世界は、まったく異なる様相で、立っている位置と、日本国内にいる場合には日本語化される段階で、極端に少なくなっている情報量とで、いわば映画の書割のようなものを見ているだけではないか。 日本は骨の髄から翻訳文化で出来た国で、たとえば近代日本語の建設者のひとりである二葉亭四迷は、ツルゲーネフの小説の翻訳語として、あのいまでも普通に読める日本語をつくった。 「睫毛はうるんでいて、旁々の頬にもまた蒼さめた唇へかけて、涙の伝った痕が夕日にはえて、アリアリと見えた。総じて首つきが愛らしく、鼻がすこし大く円すぎたが、それすらさのみ眼障りにはならなかッたほどで。とり分け自分の気に入ッたはその面ざし、まことに柔和でしとやかで、とり繕ろッた気色は微塵もなく、さも憂わしそうで、そしてまたあどけなく途方に暮れた趣きもあッた」 なんちゃっている日本語は、エヘン、上級日本語学習者として述べると、いまのブログやなんかの日本語よりずっと読みやすいくらいで、なにも変えないのが大好きな日本の人の面目躍如、そのころ、こう書くと戯作っぽくなりすぎだし、漢語が多いとこちこちだしと、ぶつぶつ考えて、透谷や二葉亭四迷が、「ありゃさっ」と一朝にしてつくった文章が、そのまんま近代日本語になってしまった感があります。 もともとは漢文の読み下し語として発達した日本語は、なにしろ本来の機能が他国の文化の模倣と消化なので、あんまり自分の考えをもつのには向いていない、と、多分、そんな失礼なことを言うやつはイギリス人に決まっているような気がするが、誰かが述べていたが、中国の「新漢語」の語彙を豊富に持ち、古代以来の漢籍に通じていて、そのうえで、専門研究者として、たしかウイリアム・クレイグだかに直に教わって、英文学にも通じていた夏目漱石は、日本人が西洋の考え方を日本語で考えられるように、思考の要請にしたがって、どんどん語彙をつくっていった。 なにしろ日本語世界なので、いやいやいや、それはきみが間違っておる、夏目漱石はそもそも簡単を単簡とオイニー(匂い)でケーサ(酒)しただけで、造語は鴎外のほうが多かったんですとかなんとか、トリビアがゲームでない悲しさ、あさっての方角の路地につれこまれて、ねちねちと説教されそうになるが、じゃ、漱石「たち」ならいいの? 漱石たちが、つくった「無意識」「価値」「新陳代謝」「討論」「健康」「抑圧」は、いまも、日本語が西洋のパラレルワールドをつくるのに役立っている。 大学でパートタイム教師として「哲学」の授業をもっている自称哲学者(現実の学歴はフランス語科で4年制の学部を卒業はしたらしい)と、その「サイト狩り」グループがネットの鼻面を引きずり回してきたことは前回も述べた。 日本のネットがネトウヨとネトサヨが信じがたいような低い議論(というよりも罵り合い)のレベルで拮抗して、堂々巡りを続けて低いところを胸まで泥につかりながら低廻するおおきな原因になった人達です。 特権をちらつかせるような気がするからでしょう、そういう類のことを口にすることそのものが大嫌いなオダキン @odakin が、珍しくも、この自称「研究者」の、在日コリアンを好きなように罵って、本職の哲学教授には、もういっかい哲学を勉強して出直してこいと言わんばかりの態度をとる「はてな左翼」のスターだと自他ともに認める人の傲慢に、たまりかねて、いかにも言いたくなかったことを吐き出すように「あんなのインチキで、大学教員とはいわない。非常勤講師は大学教員ではありません。おれはあんなのと一緒くたにされたくない」(註)と怒っていたが、不満老人を収容した老人ホームみたいなコミュニティのバカ仲間を集めて、また自分の身に起きた例をあげると「ガメ・オベールは白人をコーカシアンというから英語がわからないニセガイジンだ」と大騒ぎするので閉口したことがあったが、じゃ、あんたはなんでわし母国を「イギリス」というのかね、わし国は、そんな名前じゃねーよ、というか、日本語では白色人種は小金井良精の昔からコーカシアンと呼ぶことになっていて、日本語でも「白人」「黒人」には差別的な色彩がついてきたので、わしガキの頃は、普通に誰でも、White、Blackと呼んでいたのが、最近は、特にアメリカのアフリカ系人から「Blackと呼ばれると嫌な気がする」と言われるようになって、差別の定義は差別される側が差別とおもうかどうかなので、Caucasianと呼ぶことになってきて、それに対応した日本語を択びたいが、良精先生から始まって、軍部や学界で引き継がれたコーカシアンがよいだろうと考えて択んだら、なぜかこのひとの頭の中ではカタカナ外国語はすべて英語由来で、あれはコーケージアンだ、知らないのか、と大騒ぎされる。 そんなこと、言うのもあほらしい、知らないわけないが、あまりにバカなので相手にしないでいたら、「ほおら、なんにも言えないじゃないかおまえ」で数年間大騒ぎできるくらいバカな人間の集まりなので、いま思い出しても不愉快だが、日本の人は、ごみんだけど、日本人の言語の理解力なんてその程度で、コーケージアンという、人間の言葉の響きがしないカタカナ語とCaucasianがおなじ言葉だとおもえるくらい言語的な痴呆であるのは、よく得心されました。 … Continue reading

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Nothing else matters

小さなひとたちやモニとみんなで実験してみるためのソーラーパネルがやってきたので、みんなで浮き浮きしながら包装を解いていた。 1m x 1.5mくらい。 小さなひとたちがDHLのデリバリのおっちゃんから受け取って、真剣な面持ちで、そおっとそおっと、モニさんに手伝ってもらいながら、ふたりでテラスまで運んできた。 いや人間の手助けが好きな猫のRも、やはり真剣な面持ちで一緒に持ってきたので、3人と一匹か。 それとも、猫さんも人間扱いして4人と呼ばないとpolitically incorrect だろうか。 知ってるかい? 太陽光での発電のキーはコントローラーであって、これにはMPPTとPWMの2方式があるのであーる。 簡単にいえばMPPTのほうが現代のたいていの用途には向いている。 過剰電圧を電流に変えるという曲芸もできます。 https://aasolar.co.nz/MPPT%20VS%20PWM.html トランピングやピクニック用の、例の、リュックサックの背に展開する式の折りたたみポータブルソーラーパネルには、ちいさああああい字で「パワーパックを充電して、パックを媒介して携帯電話等は充電してください」と書いてあるが、そうしないとiPhoneやなんかを直かにパネルのUSB出力端子につなぐと、電池を傷めて、悪くすると電話を壊してしまう。 最近、油断するとすぐにふさふさと生えてくる細くて密生したヒゲがのびて顔が半分ひげに埋まっていたりして、ややむさくるしくなってきたおとーさんはエラソーに講釈しているが、なああーに、とーちゃんの顔を立てて真剣な顔をして、六つの燃えるような緑の色の目で見つめて、頷きながら聴いていても、ほんとうは、そんなことはとっくに学んでいるのです。 初夏の光のなかで、輝く芝生の上で、ソーラーパネルをたてかけるスタンドを自作したり、途中で、BGMにかけていた音楽にあわせて3人で踊り出したりしているのを見ながら、なんて幸福な午後だろう、と考える。 この生活は100%、モニさんのデザインによるもので、モニと会わなければ、この生活と巡り会うことは出来なかった。 ゲームというものが大好きで、ゲーム理論はおろか、この世のありとあらゆるゲームの理論を身に付けていて、ゲームを始めれば、人間であることもいっさい忘れて、ただゲーマーとしてゲームに勝つことに夢中になってしまうぼくは、出会ったころは、モニみたいな人間が存在することの不思議さに打たれて、今度は、そっちのほうに夢中になってしまった。 波打ち際で美しいチューンをつくる貝殻の破片たちが奏でる音楽を聴くことや、冬が終わって少しずつ少しずつ割れてゆく湖の氷のびっくりするような美しい音楽を教えてくれたのもモニだった。 人間にとっては良い配偶者/パートナーに巡りあうことは決定的な意味を持っている。 その機微を「戦友」に譬えるひともいるし、プラトンのように、integrityの「失われた片方」と述べる人もいるが、実態に最も近いのは、自分が立っているのが地上ではなくて宇宙なのだということを唐突に認識させてくれる神様の息吹のようなものだとおもう。 人間は、各々が、しばらくのあいだ、この世界に射して揺らめいている陽炎に酷似するが、その陽炎は神がうらやむ、物理的な感覚器をもっていて、この世界に触れて、感覚して、身体の芯から痺れてゆくような官能や、深い水の底から激しい光が射す水面へ一気に息をつめて駆け上る悦楽を知っている。 人間は、だから、あんまりたいしたことがないのに、自分ではすぐれていると自惚れている叡知や、世界をうまく関連付けて説明してみせていると妄想している知性よりも、愚かさによってこそ存在することに意義を持っている。 なんのことかわからないって? 明日、通りにでて、R&Bにあわせて踊ってごらんよ。 自分の肉体がどれほど躍動において美しくて、魂も追いついていけないほどであることがわかるから。 このつぎ恋人にあったら、世界を説明しようとする彼女/彼の唇をやさしく手のひらでおさえて、そっと口づけして、抱きしめて、いつでももどかしい、あのぎくしゃくしたやりかたで、おおいそぎで服をぬいで、感覚の爆発に向かって一緒に飛んでいく、自分達の肉体が、そのたびに新しくなって、世界などどうでもよくなっていく、小さな死を死ぬこと。 恋人がきみの目を見つめて、 It hurts to love you と言う。 でも、それでもあなたを愛していて、だからこそ生きていけるのだ、と述べている。 人間は、だから、あんまりたいしたことがないのに、自分ではすぐれていると自惚れている叡知や、世界をうまく関連付けて説明してみせていると妄想している知性よりも、愚かさによってこそ存在することに意義を持っている。 光に包まれているのさ。 愚かさによって 小さなひとたちやモニとみんなで実験してみるためのソーラーパネルがやってきたので、みんなで浮き浮きしながら包装を解いていた。 … Continue reading

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では、どうすればいいのだろう? 1

何度も書いたが、子供のとき、日本に住んだ記憶は楽しいものばかりで、わしの日本に対するhaloが射している薔薇色のイメージの根幹をなしている。 やたら親切な店員さんたちがいるデパ地下や伊東屋やキデイランド、天賞堂のような店が大好きだったせいもあるが、なにしろ、もともと甘やかされて育って、ちやほやされるのが大好きな性分で、いちど女の高校生のひとびとに取り囲まれて、「わあああー、かわいいいいー」という嬌声とともに、おれはチワワか、それともチャウチャウ犬か、というあつかいで、なでられたり、さわられたり、怖かったことがあったが、それは例外ちゅうの例外で、おおむね適切な手段によって甘やかされていて、ニシムラも千疋屋も、おごってもらうには、ごく早くから、どのパフェが最もおいしいかメニューなどなくても注文できて、メニューを見て考えるふりをするのがたいへんだった。 書いていて、ぜんぜん関係ないことをおもいだしたが、日本のメニューは写真がついているところが秀逸であるとおもう。 のみならず、入り口のショーケースに、むかしはワックスで、いまはなにが材料だったか、忘れてしまったが、ほんものにそっくりのサンプルがずらっと並んでいたりする。 いつか高坂のサービスエリアのレストランだったか、おっちゃんが、憤懣やるかたない表情で、いかにも、こんな不正が許されてはいかんのだ、という瞋恚のほむろがみなぎった目で、表のサンプルよりもとんかつがちいさい、と怒鳴りまくっていて、店員さんが、軽蔑を必死に押し隠した顔で、 表のものはサンプルで御座いまして、と陳弁している。 それからしばらくして、おなじ食堂に寄ったら、「サンプルは実際の商品と異なる場合があります」と書いてあったから、きっと、ああいうおっちゃんはひきもきらず、自分が人生で認めてもらえなかった鬱憤や理不尽な上司にいびられる日常の憤懣をとんかつのおおきさや、御飯の盛を材料にレストランの修正主義を非難しにくるのだとおもうが、どうも、最近は、日本のことをおもいだすと、「おっちゃんたちが、ろくでもないのだな、あの国は」と考えることが多くなったので、薔薇の話を書いていても、おっちゃんのすだれはげとものほしげな目が浮かんでしまう。 すまんx2 なんの話だっけ? おお、そうだ。 子供のころは、そうやって、薔薇色の、これは「しょうび」と読むのであってバラとは読みませんと日本語の先生が述べていたが、そういうことはどうでもいい、毎日が楽しくて、失神してしまいそうな、もうひとつだけ全然関係のないことを唐突に書くとマグマ大使の妻役のひとは、應蘭芳というもともとはイギリス人として生まれた人で、満州国籍に変わって、最後は日本国籍になった人だが、蒐集した古雑誌を読んで調べて見ると、当時はエッチをするたびに失神に至る「失神女優」というのが売り文句の人で、黄金でできた巨大なロケット人間とエッチして失神して暮らすなんて、SFポルノファンの夢の生活を実地に生きていた人であるようにおもわれるが、ともかく子供のころは楽しくて楽しくて、毎日浮き浮きして暮らしていたが、それでも子供心にも、「この国は、最後には亡びるのではないか」と考えていた。 おとなたちが日本の実業家のおっちゃんを家に連れてきたときに、一緒に、なにを見ていたのだったか、プロジェクターで映像を観ていて、みなが大笑いするところで実業おっちゃんも笑っているのだが、日本のひとには判りにくいはずのところで、さも楽しそうに笑うので、おとなたちのひとりが、不思議におもって、好奇心に駆られて、「いまの、どこが可笑しいかわかったのですか?」と訊ねたのに対して、困惑したように「いいえ」と答えている。 一事が万事で、日本のひとは、付和雷同で、仲間第一で、自分の判断などは、せいぜい食べ物の好みくらいでしかしないように観察されたからでした。 どうも、ヘンな国だな、と考えた。 当然のことながら議論などは、まったく存在しない国で、後年、もういちど確認にもどるつもりもあって日本に「5年間11回の十全外人日本遠征」と称する滞在を繰り返すころになると、どうやら日本という国は、アメリカに押しつけられた民主社会がまったく身の丈にあわなくて、表面は民主制で運営しているように見せかけているが、その実は国民ひとりひとりが個人の自由さえ望んでいない、まるで天然に生成されたような全体主義社会であることが判っていった。 だから他人事だとおもって聴いていると、聴きすごしてしまいそうな、猛烈に奇妙なことがたくさんあって、たとえば「民主的な社会では、参加者のひとりひとりが十分に納得するまで徹底的に話しあうことが重要です」と、いいとしこいたおとながマジメな顔で述べている。 なんだか、こうやって書いていても、えっ?それが民主主義じゃないんですか?」と言う人がいそうで、怖い気がする。 全員が納得することを前提にするのは、過半数が決めたことを真理とみなすのと同質の誤りなのは言うまでもない。 いずれも「絶対」が欠落していることに原因するが、それは次の回の話題にします。 全員が納得するまで話しあう、というアイデアのいかがわしさは、「そんなことは現実には起きないから」で、少なくとも民主制の前提になっている社会の成員が個々にまったく異なる個性や人格をもった「個人」である社会では、全員が納得してしまうのは、全員が狂気にとらわれたときであるのは論理的に当然だとおもわれる。 では、狂気をめざして夜を徹して「議論」するのが民主制の基礎になりうるだろうか? それは、どちらかといえば全体主義社会をめざしているのに過ぎないのではないか? 「いじめ」は、どんな社会にも存在するが、日本の場合は、おとなが徒党を組んでいじめを楽しむ点で、特殊であるとおもう。 おとな同士のいじめは、英語社会ならば、無視か、男性から女性に対する性差別か、たとえば白い人からアジア人への人種差別と決まっている。 日本の場合は、異常なくらい強い加虐性が社会に充満していて、ほとんど、やむにやまれないような趣で、生意気であるとか、ひとりだけ幸福そうにしやがって、とか、外国人のくせに、とか、なにごとか自分達と異なる「個人」を発見すると、わっと群がるように加虐性を発揮して、しかも、なにしろ子供のときからスキルを磨いているので、ほとんど芸術的なでっちあげや嘘中傷の腕の冴えをみせる。 他人の例を出すと気の毒なので自分の例をだすと、たとえばこのブログのごく初期に捕鯨がいかに、当のクジラのみならず日本人全体の将来にとって有害であるかシリーズで記事を書いたら、はてなと2chの、と言ってもいま考えてみると、おなじひとたちなのかもしれないが、ひとびとがわっと寄ってきて、この記事を英訳してみせろという。 バルセロナのアパートに滞在していた頃の話だから、2008年かな? カバやハモンの楽しみを中断して単純に善意で英語に訳してやったら、おそるべし、いつのまにか「こんな英語は、日本人が和文を英訳しただけの下手な英作文だ」と「はてな」というコミュニティの内部で喧伝して、だって自分達で和文を英訳してみろというのだから和文英訳なのだから、魚拓という、議論よりも釣果をめざす、いかにもないやらしい薄気味の悪い名前をつけたハードコピーにとって、それだけが英語記事であるようないいふらしかたをする。 はっきり述べて、この「おまえは英語ができない」トロルおじさんたちは、いままでも散々わし友のうち英語を母語とするひとたちが彼らに直截述べてきたとおり「英語が母語かどうか」という考えへの執着自体が英語人が持たない発想で、多分密接に人種差別意識と結びついた日本人に独特のものだが、しかも自分達のほうこそ、まったく英語が判らないひとたちで、英語の記事なんて見せるだけ受験英語というのか、極めて特殊な英語を題材としてパズルの定石を縦横に駆使してみせる技術を大学受験のときに身に付けたらしくて、トンチンカンで噴飯ものの「構文解析」をやってみせて、もっともらしく母語人の英語をくさす材料にされるだけなので、まあ、「魚拓」もあまさずとってあることだろうし、うんざりなので全部削除したが、もともとのトロルたちの集団攻撃で嫌気がさしたせいで(トロルたちが現実には英語がまったく読めないのが判っているいっぽうで、当時の日本語友だちの大半は職業柄、英語が理解できる人がおおかったので)訳すというのではなくて、英語で書き直した捕鯨記事だけは、ひとつだけ残してあるのは、10年経っても、まだしつこく英語がただの英作文にすぎないと中傷を続けているからで、匿名のままつきあっていきたい英語+日本語の英語が理解出来る若いバイリンガル友たちにある種の日本人の中身のない傲慢と失礼を理解してもらうために「見ればわかるのに」という気持も、まるでないとはいえない。 Wailing about whaling https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/06/05/wailing-about-whaling/ 2chから「はてな」、はてなからtwitterと移動してきた、このトロルたちは、どうやら、はてなidをもつ少数のおなじひとたちで、twitterではひとりでいくつものアカウントを使い分けて、彼らの言葉をそのままつかうと社会における「勢力」をつくろうとしているもののようでした。 安倍政権は、外国人投資家にとってはオカネをばらまいてくれるのはいいが、ちょっと外国人たちが日本に関心を抱いて瞥見するだけで、一目瞭然、ぶっくらこいてしまうほど無能な政権で、それどころか、日本の基礎である、例えば個人の預金であるとか年金、向こう50年は特に「役に立つ」心配が皆無の学問(例:カミオカンデ)、自衛のための軍備の整合性、あらゆる日本を日本たらしめていた体系、社会の建築基礎を破壊して、それはそれは箸にも棒にもかからない政権ではあるが、 ではそれが日本の本質的な問題かというと、そんなことはなくて、「結局は安倍政権を長期化させた国民の体質」のほうに問題があるのは、誰にでもわかる。 都合がわるいことはいっさい存在しないことにして目に入れないのが日本の伝統でもあって、それが社会全体の習い性であるのは、たとえば政治の右も左も関係がなくて、一緒にみてきたとおり、「慰安婦」問題の糾弾者たちは、現実には匿名アカウントで在日コリアンを嘲り、徹底的にバカにして、 被害をうけたほうは、剥き出しのモラルの欠如と、さらに悪いことには、自分達在日コリアンを最も低劣で卑怯なやりかたで苦しめて、実際に体調を壊して仕事をやめざるをえなくなったり、起きてから寝るまで、一日中自殺を考えている、とわしなどに書き送ってきたりするところまで追いつめた本人たちが、いっぽうでは、「慰安婦」問題でコガネ稼ぎをして、品の悪いいいかたをすれば飯の種にも足蹴にする石ころにも在日コリアンは使えて二度おいしい、と言わんばかりにせせら笑っているのをtwitterなどで眼前に見ているのに、平然とそういう人間たちを支持している日本人全体に対する怒りで、声が震えているのがわかるようなツイートを繰り返している。 前にも在特会デモのことで書いたが、差別が始まった当初の年は、「あれは一部の日本人で、わたしは彼らとは異なるので文句を言われても困ります」で澄ましていられても、それが年を経ても変わらないのは、日本人全体の責任であるとおもう。 こういう社会の素顔にあたる部分は、露見しても、世界の人間に伝播するのは十年以上はかかって、タイムラグがあるのが普通だが、いまではもう日本の人といえば、ああいう人間達の集まりだから、と内心でみんなが考えるようになったのは、不正を見過ごすことが不正者に加担することであるという、誰にでも明瞭な事実を知らないふりをしてきたことのconsequenceで、 品性の悪さや嘘、集団加虐的な体質というような日本人に一般的な特徴は、たとえば自分の身の回りでいえば日本をふりだしにすることが多いフィリピン系のナースたちの口から、ことあるごとに洩れて、血液検査や健康チェックで病院に行ったりするたびに、スモールトークの最中や、あとで、「日本」という単語が出てくるたびに、一緒になって聴かされることになっている。 … Continue reading

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ブルースを聴いてみるかい? 断章篇 (小田朋美さんに)

1 ピアノという器械は「神に近い器械でも複雑でありうる」ことを示した点で歴史的であるとおもう。 神に近付きうるものは、単純な勁い線で描かれている、という、それまでの世界の公理に反していた。 あれだけの複雑な機構をもった楽器はクラブサンのような通俗な音をだすのに相応しいが、鍵盤をたたいてみればわかる、あのダサいほど複雑で無理矢理な器械からは天国の音楽を奏でるのに相応しい音が出る。 ジャン・クリストフでなくたって、音というものへの感覚があれば弾いたりせずに、ひとつひとつ鍵盤をたたいていて、一日があっというまに経ってしまう。 2 現代詩の過半が「歌詞のある音楽」に移行して随分たつ。 シェークスピアやT. S. Eliotを読めば簡単に判る、不動産契約言語とフランス人たちが可笑しがる英語ですら、言語自体としてチューンやリズムを持っていて、言語の旋律に音楽の旋律を重ねることには定型に定型を鋳型する、途方もない無理がある。 だから、歌詞は普通、それだけでは詩をなしえない言語で書かれている。 もっともフランス語は例外で、どういう理由によるのか、あれだけカッチンカッチンの音の定型を持つ言語でありながら、旋律をつけると、ちゃんと音楽になってしまう。 Mon amour qui plonge dans ton regard bleu あなたの青い瞳に飛び込むと、ぼくの唇も青くなってしまうのだ、なんて岡田隆彦みたい、は冗談だが。 3 Lana Del Reyは歌手であるよりも詩人であるとおもう。 冷笑しようとおもえば、こんなに簡単に冷笑しうる人もめずらしいのは、ラナさんが友達たちと書いた曲の音譜を見ただけでわかる。 ほんとに、これをライブコンサートの舞台でやるんですか?という類のステージで歌うには難しい曲です。 スペイン人たちのフラメンコの伝統と似ているというか、Lana Del Reyは世間の冷笑的な知性に挑戦している。 そして、わしは、あのひとは、いつも成功していると考えています。 Fine Chinaは、けっきょくリリースされない曲でした。 “Fine China” I wore diamonds for the … Continue reading

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友達たちへの手紙 2

ハサミを持って、玄関脇のローズマリーから枝を5,6本切り取ってきてくれとモニさんに頼まれる。 ようやっと骨折がなおったのが嬉しくてたまらないのでしょう、なんだか一日キッチンに立って、お菓子をつくったり、小さなひとたちと一緒に裏庭でレーシング用のマルチコプター・ドローンを競走させて飛ばしたりして遊んでいる。 午後になってお腹がすいたと述べると、おやつにパタタスブラバスをつくってあげよう、と言ってエプロンをつけている。 パタタスブラバス、知っていますか? カタルーニャのどこにでもある料理で、小さめに切って、ローズマリーを散らしてオリリブオイルをかけてローストしたジャガイモにピリッと辛いブラバスソースをかけて食べる。 あ。あれっ?ローズマリーを一緒に焼くのは、わし家方式かな? いま気が付いたが、バルセロナのタパスバーで出てくるパタタスブラバスにはローズマリーないね。 ローズマリーが大好きな自分の好みに合わせて勝手にレシピを改変したのを、モニさんも踏襲しているのかも知れません。 たしかもともとはマドリードの料理だが、タパスバーで人気があるせいで、記憶の中ではバルセロナの町と結びついている。 卵を優遇して上席をあたえるスペイン料理の常で、たいてい、なんだか恭しい感じで、目玉焼きが上にのっかっている。 半熟のそのまた手前の黄身をぶちゅっとつぶして食べるおいしさときたら! パタタスブラバスをグリル料理と書いてある本を日本で見かけたことがあるが、パタタスブラバスは分類したければロースト料理です。 グリルとローストは、どう違うのかって? オブンにいれて、上から焼くのがグリルで、下から焼くのがローストですねん。 定義はほんとは、いろいろあるのだが、西洋の人間は子供のときに簡単に、オブンの熱源の上下でおぼえて、頭のなかで定義になっている。 でも、グリルのイタリア語にあたるalla grigliaは網焼きで、下から火をいれますよね、とか難しいことを言わないよーに。 そういう頭の働きをするから漢唐訓詁の清は細かな字義に凝って、日本は撥ねがちがう、足し算の順番が文意と異なると述べて社会が堂々めぐりに衰退していった。 人間、テキトーが肝腎なのだとゆわれている。 枚挙に耐える厳格を求められるのは科学研究者だけですよ。 ひどいことをいうと、PhDすら持たない人間が、疑似科学だのエセ史観だのとエラソーを述べても、所詮は素人のへのこじまんで、なにしろ本来の思考手順が頭に入っていないので、ピントがずれたところで、重箱の隅をつつきすぎて穴を開けるだけであるとおもわれる。 ほんとは研究者でもなんでもないのに、大学でバイト教師をしているのをいいことに、笠に着て、学者っぽい肩書きをでっちあげて、おまえは歴史修正主義者だ、先週まではまんなかで分けていた髪を、横分けにして、顔を誤魔化そうとして居るではないか、真の学問的方法は、教科書に書いてあるとおりだ、正しい放射能のこわがりかたを知らないんですか、素人であることに甘えていないで、被曝だって自己責任でしょう、…って、自分の頭の中に拵えた説教壇で背伸びするのは、かっこわるいとおもうよ。 かっこわるいだけでなくて、関東大震災で在日朝鮮人のひとびとを辻つじで尋問して、虐殺したニセガイジン審問官たちをおもわせる。 本質的におなじことだから似てしまうのはあたりまえなんだけどね。 ただの差別中毒症者なのではないか。 日本語でCMSのコミュニティをつくってみようと考えていたが、サイトトップをつくってみると、CMSと日本語はどうもデザイン意匠的な相性がわるいようです。 結局、某欧州語でやってみることにして、遊んでいたら、いろいろな人達がつくったものを持ち寄って参加できて、描いた絵や、ビデオ、つくった曲を載せたりして楽しそうなので、なるほどこっちのほうがいいんだな、と納得しました。 一生のあいだに起きるすべてのこととおなじように正しい方向にすすむときには、びっくりするほど抵抗なくスムースにものごとがすすむ。 ちからをいれてガジガジすすまねばならないときは、やっていることと始めた角度がまちがっているので、ガッコの先生が述べていたように、なにごとによらず「女神が手引きしてくれているように」すらすらとすすむのでなければ、初めの考えが誤っている。 普段はアジア全般のことに(言いはしないが)興味をもてないらしいモニさんと珍しく日本の話をする。 いや、ブログは、書く気がするあいだは書きます。 日本語、身の回りの人間は誰も読んでないから、いよいよ他人の目の影響がまったくなしに自分が考えているらしいことを文字に出来るしね。 日本語で書くときには日本語で考えているらしい人格ができていて、そのひととぼくとは、だいぶん異なる人格でもあって、ちょっとジキル博士とハイド氏みたいな楽しみもあるんです。 日本のひとは、多分、よっぽど外国語を習得しようとおもうことがないらしくて、「嫌ならやめたほうがいいとおもいます」と、おっそっろしいことを、あっさり言いにくるけどね、あたりまえだが、ひとつの言語を身に付けるには、一日にちょっとずつだと言っても、トータルでは膨大な労力がいるわけで、努力に関しては取り分けて吝嗇なぼくとしては、やや日本語ごとゴミ箱に捨ててしまうのは、もったいない。 え? 記事の人気ですか? 人気はないですよ。 前半は、まばらで、ときどきのオンアンドオフだといっても、かれこれ12年くらいやっていて、9年前にはてなトロルたちの嫌がらせで、いったん削除したあとに再開したいまのブログで475万PVだかなんだかだもん、中小ブログどころか、いまにも消えそうなロウソクみたいなブログなんです。 日本語は嫌なことばかり多い言語だったけど、友達もできたし、まあ、こんなものではなかろうか。 珍しく日本の話をして、日本のひとが聞きたくなさそうな近い将来に起きることの予測をのべて、モニさんと二時間くらいも話をしていたら、突然、まあ、こんなものだろう、という気がしてきて、句点ができてしまった。 … Continue reading

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友達たちへの手紙

英語ではwalk in wardrobeという。 ドアを開けて、なかに歩いて入っていける、服や靴、装飾品が置いてある小部屋のことで、日本ではどうなのか、英語圏の国では別に贅沢というわけではなくて、普通に家にあるものです。 むかし軽い気持ちで付き合いはじめたばかりの女の人で「walk in wardrobeがある家に住むのが夢だ」と述べた人がいて、気持が昂ぶっていたのか、それともほんとうは、そのひとに恋をしていたのか、おもわずに涙ぐんでしまったのを隠すのがたいへんだったことがあった。 そのひととは、だいたいにおいて素性を隠して付き合っていた頃のことで、言いはしないまでも、なあんとなくビンボ人のせがれのような顔をして会っていたが、「それじゃ、頑張って働かなくてわ!」と危険な隠顕を帯びた冗談を口にするところまでも付き合ってはいけなかった。 ただ「walk in wardrobeがある家に住むのが夢だ」と聞いた瞬間の、おもいがけない、切ない気持だけをおぼえている。 胸を衝かれる、という言葉が日本語にはあるけれども、きっと、ああいう気持のことを言うのだろう。 少し豊かな家になるとwalk in wardrobeとman caveは対で、後者は言うまでもない、その家の夫であったり父親であったり、両方であったり、両方ともに失格であったりするひとが、中世のものだと言われて騙されて買ったスペインの甲冑や、江戸時代の名匠のものだと信じて大枚をはたいた、太平洋戦争中に軍刀として粗製濫造された日本刀、タミヤのラジコン・キングタイガー、壁一面の根付けに、秘密めかしたキャビネットに大量に隠匿された浮世絵の春画、 はては実銃の鍵がかかったキャビネットまで、「男」という社会文化上の病にかかった結果の、ガラクタが文字通りの洞窟部屋に所狭しと並んでいる。 自分の部屋のwalk in wardrobeを片付けていたら、緑色の、なつかしいステットスンの帽子が出てきた。 結婚する前にモニが「ガメみたいに帽子が似合う人間は珍しいな」と述べたので、すっかり有頂天になって、なかでもモニのお気に入りの、ツバが昔ふうに広い、骨董帽子店で買ったステットスンの帽子をよくかぶっていたので、自然、そのころのこのブログの記事にもよく出てきます。 https://gamayauber1001.wordpress.com/1970/01/01/haruno/ この帽子をかぶって、モニとふたりで、バルセロナの買ったばかりの、だだっぴろいテラスがある、遠くにサグラダ・ファミリアが見える安アパートを出発して、Gironaやフィゲレスに寄って、Avignon、ニースを通って、フィレンツェに出かけた旅行をおぼえている。 上に引いた「春の雪」という記事は、たしか階下にイギリス人と日本人のカップルがいたフィレンツェのアパートで書いたものでした。 若い、ということは、どんな人間にとっても表現するのが難しい時期で、薔薇色であったような気もすれば、深い霧に包まれて、疑心暗鬼、不安に苛まされていたようでもあって、人間の一生のなかでも最も正体不明の時期であるとおもう。 自分で言うと、なんだかヘンな人だが、連合王国という全く反省のない階級社会の、途方もなく恵まれた家に生まれついて、知能は大学でギニアピッグやサルの代わりに観察対象にされるくらい高く、容姿にも恵まれて、というのは、いいですか、心して聞くように、ハンサムで、他人の嫉妬に悩まされるくらいが嫌なことのすべてで、何不自由なく、したがって騙されやすく、やや下卑た日本語におちるが、脇が大甘で、見るに見かねるのか、いつもこれ以上は望めないほど善人ですぐれた才能をもつ友人達に囲まれて、ひょっとするとガメは世界で最もラッキーな人間なのではないか、と言われながら、本人は、得体のしれない、姿がみえない不安で、夜明けまで眠れずに、まんじりともしないでサンルームの窓際に腰掛けていることがあった。 社会と軋轢を起こさずに、社会に辟易せず、他人に嫌われずに、他人を嫌いにもならずに生きていくコツは、「距離をおくことだ」とアリストテレスの昔からたくさんの社会と個人の関係についての省察が好きな人間が述べている。 地上におりて、道路に出て、手が届きそうな距離で、他人に話しかけてはいけない。 3階の窓から通りを行き交う人々を眺め渡すように人間の社会を見ることこそ望ましけれ。 愚かな人間と関わって、自分まで愚かなことを述べるようになるのは、なんと愚劣であることか。 賢人というものは厄介なもので、いちいち言うことに頷かせられるので、なんとなく、どこかがヘンだと感じながら、頷いてしまう。 距離をおく。 なるほど。 距離をおいて他人を見るひとは、言われてみれば地面の6フィート下で眠るようになっても、なお、他の人の評判がいい。 あのひとは穏やかな、良い人だった。 ものがわかって、世界をいつもやさしい視線で眺めていた。 社会と距離をおいて付き合う方法を身に付けたひとびとは、死後に至っても、なお評判がよいのが普通です。 しかし、それが詐術であることを理解することでしかリアルな人間の一生は始まらない。 「だまし」なんだよ、あれ。 人間にとって、最も大事なことを欠いている。 … Continue reading

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