Monthly Archives: December 2019

いつもの朝に

怒りんぼベーカリー、という。 主人らしい女の人が、いつも不機嫌な顔で、およそ朝のベーカリー向きでない厳しい態度を保持しているからで、特に店の名前がGrumpy Bakeryというわけではありません。 キューバン・サンドイッチが滅法うまいので、ときどき買って、店でトーストしてもらって、浜辺で食べます。 コーヒーは、このあたりにはおいしいコーヒーを淹れてくれる店がないので、自分たちで淹れていく。 セントヘリオスのようなおおきな有名なビーチにいくこともあるが、まるで神様が宝石を隠しておいたような、内緒の、小さな美しい砂浜に行くことがおおい。 モニさんは小さなひとびとと貝殻を拾いながら波打ち際を歩いている。 モニさんの夫は、なんだか難しげな顔をしてソーラーパネルとコントローラーの数値をにらんでいます。 (PV って、なんだっけ? なんでoffなんだ?) 時々は、にらんでいるうちに寝ちゃったりしていて、庭で転がっているあんまり賢くない仔犬とあんまり変わらないが、今日は、ちゃんと目を開けて数字を見ている。 12ボルトでパネル一枚の一時間発電量が1Ahだから、240ボルトだとして、えーと、と数学をベンキョーしたはずなのに相変わらず数字に弱い頭を軋ませながら回転させている。 ウィーンウィーン、ガリガリガリ、ギギ。 そこに中央アジア人ふうの顔をした数人のひとびとが、影のように、滑るようにあらわれて、小さな浜辺の、そのまた隅っこの、小さな木陰に、ちいさなちいさなピクニックマットを敷いて紅茶とパンを並べている。 一瞬、モニもわしもいないような素振りで、小さな砂浜での朝食というチョーいいグッドアイデアを始めかかるが、気が変わって、こっちを見ています。 目と目があう。 わしは、ほぼ自動的にニカッと笑う。 向こうの数人の首領であるらしい若者もニカッと笑い返している。 改めてみると、家族連れで、男の若者がひとり、作法どおりヒジャブをかぶった若い女の人がふたり、母親然としたひとがいて、合計4人。 天気の話をする。 このパン食べませんか? いや、わしたちは、さっきベーカリーででっかいサンドイッチを買って食べたからいりません。 パンミュアの町にあるイラン/トルコ・ベーカリーを知っていますか? このパン、そこで買ったパンで、とてもおいしいんだけど、一家4人には少しおおい。 ああ。 最近、支店をすぐそばに開いた店でしょう? パンに関してはマヌケな白いひとびとも、あのベーカリーは知っていて あそこには、よくパンを買いに行きます。 おいしいよね。 特に、トルコ風に舟の形をした、みっちりしたやつ。 ひととおり、所定の手続きの会話が終わると、 アフガニスタンから来ました、という。 難民の人です。 アフガニスタンの食べ物の話をする。 アフガニスタンの気候の話をする。 アフガニスタンの歴史の話を、ちょっとだけする。 アフガニスタンの言葉の話をする。 イギリスの話をする。 案外、長々とウエールズの話をする。 通りに人が歩いていないクライストチャーチの話になる。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 12 Comments

では、どうすればいいのだろう? 3

ひさしぶりに日本語twitter世界をのぞきに行ったら、ぶっくらこいてしまった。 なにしろ悪意と攻撃性がこれでもかこれでもかこれでもかあああーと渦巻いていて、それを上手に隠してまともな人間を装ったり、他人を中傷するアカウントを別に複数つくって、全身全霊をこめた秘術をつくしためちゃくちゃな中傷誹謗を繰り返しておいて、本人の実名アカウントは、素知らぬ顔で、背伸びした肩書きにあわせた正常人を装っている。 言語世界として醜悪を極めていて、あんまりびっくりしたので、これもひさしぶりに日本語でツイートを並べてみたが、糞便に交われば糞塗れになるという (←言いません) なんだか折角身に付けた日本語の品位が低下して、神様のQCにひっかかって弾かれてしまいそうな気がしてきたので、英語フォーラムで少し遊んでもどって、さっさと消してしまった。 ついでなので述べると、日本語世界の現下の下品さは果てしがないというか、ツイートを消すと「ほら、都合が悪いから消した」という。 呪詛と悪罵が飛び交うタイムラインから立ち去ると「逃げた」という。 なんのことはない、いかに自分達の品性が下劣か告白しているだけのことで、絵を描いていて、ヘンテコな線をひいてしまえば、パンのかけらを手にとってゴシゴシ消します。 それすら見咎める言葉を書き連ねば気がすまなくなるくらい日本語は救いのない幼稚な攻撃性に満ちた醜い言語になりはてている。 日本語はself-depreciationで遊べない言語で、うっかり英語あたまで、そんなことをした日には、それみたことか、おまえはやっぱりバカだ、自分でも判ってるじゃないか、と嵩にかかって嘲笑する人が必ず現れる。 結果は、どうなるかというと、日本語版イソップ物語の、自分をおおきく見せようとして、空気を吸い込んで爆発してしまう蟇蛙そのまま、アルバイトなのに正社員を名乗るのとおなじことで、パートタイムの大学教師が大学教員のあるべき姿を教授たちに説教して、病院勤務の医師が医学研究者を名乗って、威張っていることで端的にわかるように自分をおおきくおおきく見せるコンピティションが存在して、傍でみていると滑稽なことこのうえないが、なに、本人たちは50代、60代という年齢になって、いいとしこいて、おおまじめに「詐欺でつかまらないんだから悪いわけはない」と言わんばかりの愚行を続けている。 日本の人には、良い評判がある。 「おもしろい人達だ」というのが最も多い良い感想で、 自分の人生の余白にマンガを描いてみたり、そのマンガを少しずつ形を変えて、退屈な授業のあいだじゅう描きつづけて、パラパラと動かしてみると、あな不思議、まるで生きているように、アドビのフラッシュは2020年にプレイヤーの配布を終了するそうだが、日本にはフラッシュよりも遙か前に、「大学ノート」という、考えてみれば哀切な感じがしなくもない名前の、アナログ・ソフトウエアが存在して、その大学ノートの余白から、リボンの騎士やトトロが生まれて来た。 食べ物にも、工夫された、一見はヘンテコだが、食べてみるととんでもなくおいしいものがたくさんあって、酢を混ぜた御飯をてのひらのなかで、ふんわり固めて、その上に切った魚片を載せる、というただそれだけに見える食べ物が、実はひどく難しい調理技術の積み重ねで出来ていることが判るようになってくると、なるほど文明の思想が異なるということは、ものごとを眺める視点がまるで異なることなのだと納得される。 鮨、むずかしいんだよ、あれ。 二年しか続かなかった「外国人向け鮨のつくりかた教室」というものがあって、参加して、トロが握れるようになって、すっかり有頂天で、 鮨の世界では有名な先生の職人さんに「ガメちゃんね、お願いだから、鮨を握るのをおれに教わったというのだけはやめてね」と耳元で囁かれた本人が言うのだから間違いはない。 日本の人には悪い評判もある。 平気で嘘をつく。 あまりにあっさりとためらいもなく嘘をつくので、うっかりすると、話の後先が判っているのに言っていることを信じてしまいそうになるくらい上手に嘘をつきます。 国民的な芸であるとおもう。 他人や他国を貶める目的であることが多いようで、「そういう人間はどの社会にもいる」というレベルではなくて、国民性と看做されていて、捕鯨問題や韓国・中国・東南アジア人を瞞してあるいは力ずくで掠ってきては生きたラブドールとして酷使した性奴隷問題、外交にまで及んでいて、もっとも、最近は「日本人の嘘」はすっかり有名になったので、首相が福島事故は「アンダーコントロール」だと見え透いた嘘を述べていても、誰も腹もたてなくて、未決箱既決箱と並んだ「日本のひとがいうこと箱」にあっさりいれられてしまったりしていて、逆に、日本の人は、自分達が嘘つきだとあんなに簡単に判定されて怒らないのは、やっぱり定評はほんとうだからなんだろう、と若い人に納得されたりしていた。 裃を来て、肩で風を切って歩くようなスタイルが好きで、なんだか世界中で出来損ないのナチSS将校みたいな振る舞いに及んでいる。 日系企業で働いた人は、ほとんど例外なく、退職したあとで、「日本人の豚野郎ぶり」について憤懣をぶちまける。 近所のおっちゃんなどは、20年間、日本人たちに立ち交じって生き延びるために本人がおもってもいない日本人や日本の美点について、心にないお世辞を述べて人格が崩壊したと述べていたが、面白がって、それって、自分が悪いんじゃないの? というようなことを口にすると、頭からビールをぶちかけられそうなほど怒る。 「きみは日本人の陰険さを知らんのだ」という。 知りませんよ。 知らなくてよかった。 ほんとうは、ちょっとだけ日本と日本人のことを知っている。 日本語を勉強してみたからね、というようなことをいうと、ややこしいことになりそうなので、教えてあげないけど。 日本はどうなるだろう? と、ときどき思う。 お友達たちが考えるように「心配している」わけではありません。 母国でもなんでもない国を「心配」するのは人間の気持ちとして難しい気がする。 心配、では誇張表現になりそうです。 言語を身に付けるということは、少なくとも上達してくれば、その言語の社会と関わりが出来るということで、英語にはcommitmentという適切な語彙が存在する。 関わりが生まれれば、最低限なにごとか述べなくてはならなくて、良い悪いではない、言語の習得はcommitmentを果たして初めて完結する。 自分で考えても言い訳にすぎないかもしれないが、この十年間で、言わなければならない、と思い定めたことは激しく反発されながらひとつずつ述べて、日本語を習得したことから来る恩恵(例:北村透谷の文章、鮎川信夫の詩)に対するお礼は述べたことになっている。 日本語ってね、おもしろいんだよ。 … Continue reading

Posted in Uncategorized | 4 Comments