静かな場所

日本語には、どこかしら静かなところがある。
あるいは静かさを希求するところがあるとおもう。

夏の、葉山の、山肌を縫う裏道を歩いて、濃い青色の空の下を、ときどき顔をのぞかせる海を見ながら、そこまで行けばもう横須賀に入る、長者ヶ崎に向かう。

セミの声があたりに満ちて、ひたすら暑いが、そういう日の午後には必ず起ち上がって、にょきにょきと成層圏に届く、純白に輝く入道雲をみあげながら、ああ自分は、このために日本語を学んだのだ、と考える。

「西洋人はセミの声の良さを理解できない」と何度も言われたが、セミがただうるさいだけなのは単純に日本語が判らないからではないだろうか。

アブラゼミでは、さすがに願いさげだが、奇妙だとおもわれるかもしれないが、オークランドのセミは、からだが小さいせいだろうか、とてもやさしい声で鳴いて、あたり一面がセミの声で覆われると、一面の雪景色と効果はおなじなのだと述べればわかりやすいかどうか、沈黙があらわれて、音がない場所よりも静かになる。

この世界での日本語という言語の存在は、それに似ている。

近代日本語で最も美しい日本語を書いたのは西脇順三郎だろう。
西脇の日本語の美しさは、西脇の頭のなかでは日本語は外国語として仮構されていたからであるのは、一目瞭然、と言いたくなるくらい明瞭であるとおもう。

あの愉快な、諧謔に満ちた活発な知性をもっていた詩人は、言語学者でもあって、大事なことを述べると、西脇順三郎は、言語学者の自分と詩人の自己を別々の独立した存在だと見做していた。

いちど日本人で言語学者の人と、一緒にお茶を飲んでいて、西脇順三郎の話になって、「禮記」や「穣歌」はいいですよね、と述べたら、感心した顔をして、「おや、西脇先生は、詩も書いておられたのですか」と言うので、びっくりしてしまったことがあった。

学者バカ、という乱暴な言葉があるが、この人はほんとうに西脇順三郎が詩人であることを知らないもののようでした。

詩を書いていらしたのは知らなかったが、あの方は言語学では、たいへんな人なのです。

カツシカやシバマタから、オイモイ!と悲哀の声をあげながら、プロヴァンスへアンドロメダへ大股で歩き渉って、短頭の哀しみから長頭形の悲しみへ、次第に透明になってゆく日本語を、詩人は楽しんだ。

「透明でこの静かなポセイドンのような
この百姓は鳶色の神からうまれた
いまは山国にあるアンズの国への
旅を考えているそこで牧人たちを
集めて夏期大学を開こうと
考えていたのであった
西国人の心についてかれの笛のような思想を
東方人に語ることを考えていた
ところでかれは存在するものと
存在しないものを象徴する男だ
大地のようにだまりこんでいる天人だ
彼自身啓示的な一つの石だ」

長い散歩には心の昂揚という効果があるが、西脇は、柴又の堤を歩いて、目黒からメグロに歩いて、ヘオルテの祭りを通り過ぎて、アサガヤからテーレウーに至るころには、西脇先生の足は少しく宙に浮いて、よく見ると地面よりも2インチくらい上のところを歩いている。

初期には

「シムボルはさびしい
言葉はシムボルだ」

と説明をこころみていたが、年齢をかさねて説明的な表現は、最も説明の目論見から遠いと悟ったのでしょう、シンボルのさびしさを音で表現するようになってゆく。

すべての言語が沈黙をめざしているかといえば、そんなことはなくて、例えば英語やドイツ語は永遠をめざしている。

絶対を指向し、永遠をめざす言語群と、相対の精霊のあいだを縫って、歩き続けて、沈黙に至る日本語には、翻訳という作業を拒絶する、おおきな懸隔がある。

懸隔、というより、異なる地平にあるのだといったほうが実情に近いかもしれません。

西脇順三郎は日本におけるシュルレアリズムの紹介者なのだ、といろいろな本に書いてあるが、本人は、シュルレアリズムよりも言語の美にたどりつくことのほうに、ずっとおおきな興味を持っていたでしょう。
現実と角突き合うシュルレアリズムよりも、遠くのものをむすびつけた瞬間、ときに、激しく火花をあげる、その美しさのほうにずっと強烈に惹かれていた。

シュルレアリストである生々しさと衝迫には耐えられない人であったように見えます。

母語であるはずの日本語を「薔薇色の脳髄」のなかで、無理矢理外国語とみなしたのも、母語のままの日本語では言語の美として具合がわるかったからではないだろうか。

日本人が死という沈黙にむかって労働して、やがて、どこか、静かな場所に自分の身を横たえて息をひきとるために生きているように見えることには言語的な理由がある。

日本にいるときでさえ普段の会話に用いられることは殆どなくて、ただ読むために魂が乗り込む乗り物としてあった趣で、いまは、まったく会話には使われない言語であるせいかもしれないが、日本語は、自分にとっては沈黙を眼前に呼び寄せるための言語で、日本語で考えていると、いつも、彼岸から此岸を眺めているような、奇妙な気分に捕らわれる。

塵埃が地面におりて、どんな小さな可視の粒子もなくなった冷たい冬の大気に、光が射すようにして日本語の表現があらわれてくる。

静かになって、空が静まり、地が静まって、あれほど耳をすませた、遠くからの幽かな叫び声、精霊たちがささやきあう、聴き取りにくい声も、もうそこでは聞こえなくなっている。

ぼくは、どこへ行くだろう。

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4 Responses to 静かな場所

  1. Makoto Takahashi says:

    ガメさんから教えていただきました詩人。透谷、鮎川信夫。透谷は頭から胸に響き、鮎川信夫は詩の優しさやにホロっとします。このブログを読み西脇順三郎の詩集を読みたくなったので、早速Amazonにて購入しました。どうでもよいのですが、NZの帰国のたびに思い立つようにビーチに行くのですが、その時詩集を携えていくようになりました。なんか詩って色々振り返るのにいいなぁって思うようになりました。詩の素晴らしさを教えていただきましたガメさんに感謝です。

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  2. niitarsan says:

    「セミの声があたりに満ちて、ひたすら暑いが、そういう日の午後には必ず起ち上がって、にょきにょきと成層圏に届く、純白に輝く入道雲をみあげながら、ああ自分は、このために日本語を学んだのだ、と考える。」

    近頃は新海誠さんが描く空と雲が好きだったりしますが、心の故郷である盛岡へ久しぶりに帰る機会があると必ず一頻り空を見上げて雲の形を楽しみます。岩手山が雲に隠れずに山頂まで見えれば尚良し。ふるさとの山はありがたき哉

    蝉しぐれ我が耳の内にて絶えず鳴りにけり 故に外界の蝉しぐれも容易に静寂の源となる

    西脇順三郎さんの本を借りてみます

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  3. hana says:

    ガメさん、はじめまして。静かな美しい言葉を連ねた、かつちょっと尖って意地悪で、でも香り高い文章が読みたいなあと思う時、ガメさんの日記を読んでました。
    が、それにしてもあまりに色々が酷すぎるこの頃、なんだか詩が読みたいなあ。。と思っていたら、この日記。自分が西脇順三郎のギリシャ的抒情詩が大好きだったのを思い出しました。
    あまりにも、苦しい出来事が多いと、自分が好きだったものまで忘れてしまうことがあるみたいです。それを思い出させてくれた、ガメさん、ありがとう。
    早速、本棚をひっくり返してみます。

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  4. mikanaho says:

    日本の人は、本当にまっすぐ「NO」を言えるんでしょうか。
    それも、(集団で)矯正してしまえと、する気がします…。
    でも、だから子供や弱った老人や、配偶者に暴力を振るう一因になるんですね…。しんどいですから。
    ガメさんたちのTwitterを読んで、一端を考えられました。ありがとう。

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