Monthly Archives: March 2020

災厄日記 その4 3月31日 ビンボの跫音

オーストラリアのWoolworthsは、かなり早くからオンラインショッピング宅配サービスを止めていたが、Woolworthsがニュージーランドで展開するスーパーマーケットチェーンCountdownも、到頭、3月31日でオンラインショッピングをやめることになった。 70歳以上のひとびとや障害があって買い物に出られないひとが、あまりの需要のおおきさに買えなくなってしまったからで、たしかに、先週くらいからは見ていると、午前0時を回った途端に、サーバーが極端に重くなって、あるいは停止して、配達時間のスロットが数秒ですべてうまる、ということを繰り返していたので、無理もない。 予定通りの4週間か、あるいは8週間に延長されるか、悪くすれば、更にその先まで続くのか、ロックダウンが終われば、また増強されたサーバーで再開するというが、さて、どうなるか。 スーパーマーケット以外の小売店はすべて営業禁止で、イスラムの友達に訊くと、案の定、スーパーで売られているごくわずかのハラルミート以外は手に入らなくなったので、ひどく難儀しているようでした。 世の中というのは致し方のないもので、人間の世界の理(ことわり)、ダメな人は何をやってもダメで、巧くやっていける人は何をやっても巧くやってしまう、顕著な傾向があるが、こういう非常な事態になると、そういうことが一層顕著に顕れて、右往左往、たいした考えもなく、ストレスに駆られて、おもいついたことを次々にやっては、本来なら罹患しなくてもよかったのにCOVID-19で苦しいおもいをしたり、悪ければ生命をなくしたり、終いには耐えがたくなって、些細なことで、そこはそういう人の常として自分よりも弱そうな人間に向かって怒鳴り散らしたり、精一杯に工夫した嫌味を述べる。 日常では遭遇しないが、やはりそういう人間もどこかには存在しているようで、新聞を開くと、といってもこういう時なので物理的な新聞ではなくてオンラインのNew Zealand Heraldだが、そもそもビーチのすぐそばに住んでいて、ロックダウンルールの範囲で砂浜を散歩していた家族が、イライラおっさんに「ロックダウンなのに、ふらふらしていてはいかんではないか」と、余計なお世話で注意されて、それは、おっさんのほうが誤っているのだと母親が述べると、激昂してしまう。 記憶を比較すると、ニュージーランド人は、声を荒げる人間を激しく軽蔑するので、オーストラリア人アメリカ人や日本人に較べて、あまり声高な口論という場面を公の場では目にしない。 それでも、自己隔離の毎日がだんだん心に来て、それを他人にぶつける人が、これからは、もっと増えていくのではなかろうか。 自分はいつまで仕事についていられるのか。 職を失ったら、ホームローンは猶予されるのか。 教育ローンは、クルマのローンはどうなるのか。 ひとによっては発狂しないのが不思議なほど思い詰めているはずで、ときどきは、まあ、怒鳴るくらいで少しは気が晴れるなら、怒鳴ってみればいいよ、おもわなくもない。 オーストラリアやニュージーランドでは不動産バブルと経済好況の双子の好景気が20年以上も続いているので、例えば39歳のアーダーン首相は、大学を出てから不景気というものを見たことがない。 オーストラリアなどは、クレジットクランチもほとんど影響しなかった30年近い好景気なので、社会の中核をなしているおとなのほとんどが「不景気」というものをイメージできない。 メルボルンで、自分が持っているビルや住宅の管理をお願いしている会社でミーティングを持ったときに、管理会社の、おおきな会社で社長も居並ぶ役員も高等教育を受けた分別があるひとびとであるはずなのに、なんとはなしに、需要が高いからといって、そうそう家賃を上げるつもりはない、という文脈で「これはバブルだから」と述べたら、すかさず担当重役の切れ者で鳴る30代の女の人が、 「われわれにとっては、素晴らしいことではありませんか」と、艶然と、形容したくなる大きな大輪の笑みを浮かべたので、茫然としてしまったことがあった。 これから、あのバブルの申し子の、あのひとびとが大恐慌時に似た不景気を乗り切っていく主勢力なのかとおもうと、暗澹どころではなくて、やれやれ、これはマッドマックス的な世界になるのではないか、とさえ考える。 日本は、古色蒼然として、20世紀的な構造のまま21世紀に移行してしまった、時代遅れの産業国家だが、それでも、日本の人がどう言っても、実際には、単に「上に立つ」ひとびとがマヌケで無能なだけの、優秀な人材もたくさんいる、地力がある産業大国なので、COVID-19のあとの、不景気の、ハードパンチにも、ダウンしないで立っていられる見通しがある。 そういうことは、なにしろ、それが職業なので、はっきり言ってしまえば、経済数字を並べて「日本はもうダメだ」と断言したがる素人のひとびとや、教授や助教授の肩書きで、もっともらしくオオウソを並べる経済学者芸人のひとびとよりは、こちらのほうが、よく判る。 ダメはダメでも腐ってもゾンビなのだと言われている。 屍になっても、まだ、カクカクカックンと世界を歩きまわる経済力をもっている。 日本は、アベノミクスで根底からボロボロにされてしまってはいるが、本来は不況に強い国なのです。 それには従順に従っているふりをしながら、内心ではオカミを信用できずにfrugalなライフスタイルが身についた国民性がおおきいのでしょう。 ニュージーランドなどは経済的には、文字通り吹けば飛ぶような国で、日本が巨大なタンカーだとすると、こちらは25フィートのヨットで、おなじく世界経済のブルーウォーターの荒波を越えていっても、ちょっと油断すると横転する。 それでも70代より上の層は子供のときのホームローンの金利が年24%だった頃の、すさまじい不景気をおぼえているはずで、主に心の健康をたもつスキルにおいて、どうすればいいか判っているが、40代くらいのひとびとになると、あるいは移民してきて20年も経たないというような新移民のひとびとは、 見たことも、想像したこともない、地獄をめぐることになる。 生命がかかっているときに経済の心配をするのは、愚か者のすることで、いまニュージランド人たちが、ただ生き延びることに集中しだして、オカネのことは、生き延びたあとに心配すればよい、という態度でいるのは正しいが、オオガネモチの老人たちを相手にしてよもやま話をしているとき以外は、唇を結んで、ひとことも言わないことにしているが、ビンボ社会のイメージさえ持たないバブル経済のなかで育ったひとたちが、これからどんなふうに難局をのりきっていくのか、あるいは乗りきれずに溺死するのか、楽しみ、では語弊があるが、興味を持っている。 ちょっと今日も、のんびりと長居をしてしまったようです。 モンテーニュのエセーは、なにかに似ているとおもっていたが、根岸鎮衛の「耳袋」に似ている。 そろそろ読み終わりそうです。 宅配の中止でもワインは死ぬまで飲み続けられるほどあるが、気が付いてみるとギネスは6本しか残っていない。 どおりゃ、一本あけて、ずっと昔に予約注文をしていたのをすっかり忘れていて、ほっぽらかしにしていたら成約してしまって、¢250で買って、もっか株価が¢90のAir New Zealand株の燦然と赤く輝く含み損額を眺めて遊ぶか。 それとも、また、グラフィックが気が遠くなるほど美しいAge of Empires II: … Continue reading

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災厄日記 その3 3月30日 政治

元気ですか。 と書いてから考えたが、この「元気ですか?」という挨拶が実質的な意味をもつ世界になってしまったんだね。 ニュージーランドも、だんだん欧州とおなじ様相を呈してくるのは判っているが、それでも、後から地獄に飛び込む者は、先に業火を通行したひとびとの後ろ姿から学ぶことが出来るので、少しは荷が軽いようです。 他国の人はジャシンダ・アーダーンを択んだニュージーランド人に敬意をもつ、と言ってくれるが、ニュージーランド人であれば誰でも知っている、アーダーン首相は、ニュージーランド人が選んだというよりは、あのひとの稀有な政治人としての駆け引きの才能を発揮して、当時の与党ナショナルが勝利宣言を出しているあいだじゅう政党間の交渉をして、極右政党のニュージーランドファーストと連携するという、いわばイギリス人的なえげつなさを発揮して、首相の座についてしまった人でした。 ジャシンダ? Who? と誰もが訝しんだ。 権力を手に入れた手腕は見事だが、半年も保てばいいほうではないか、とクラブやパブでは、皆が述べあっていた。 だが見るからにうつけじみたサイモンよりは、ジャシンダのほうが、対外的な印象はいいだろうさ。 その意見を一挙に塗りかえてしまったのが、モスク襲撃事件で、この28歳のオーストラリア人が起こした銃乱射事件で51人が殺された事件のあと、世界中の政府をぶっくらこかせて、憤慨させたことには、イスラム式にスカーフをして、いまこそ、すべてのニュージーランド人が人間性を基礎にして、団結するべきだ、という素晴らしい演説で、ジャシンダ・アーダーンは一挙に国民の心をつかんで、「若い女の首相」ではない、「われらの首相」に変わっていった。 ニュージーランドは、もともと、プラグマティズムの国で、現実主義的でない人間は相手にされない。 労働党は、日本の共産党などより遙かに左翼的な政党で、冨の再分配を中心とした過激といってもよい思想をもっているが、なにしろ現実として対処できない考えには見向きもしない国民性なので、むかしから、政策だけをみると、保守党であるナショナルと、いったいどちらが資本主義政党なのかと見紛う政策がおおい。 ジャシンダの前に労働党出身の首相として国政を改革したヘレン・クラークは、もともと通りに出て反政府の活動を行っていた人で、 日本ならば過激派みたいなひとだが、いざ政権につくと、やったことは国のシェイプアップで、すさまじいリストラや無駄を削る予算案の嵐で、国は疲弊して、国民は50万人、15%に近い人口が外国に逃亡した。 だがナショナルのボルジャーと、そのコピーと保守派には悪口を言われたクラーク首相との二代で、ニュージーランドは広汎なアジア人移民を受けいれる国として生まれ変わって、かつて望めなかった生産性を獲得していった。 一連の、他国なら「革命」と呼びそうなラジカルな構造改革と白いひとの午後の微睡みのような国の文化から、変化が激しいマルチカルチュラル文化への急激な社会の変化を再構成してみせたのが、もとはメリル・リンチ本社の外国為替部長だったジョン・キーで、 ニュージーランドは、この人のもとで、急速な発展を遂げた。 「いいかげんに首相をやめて、ちゃんと父親として家庭を守りなさい」と奥さんに説教されたという、いかにもニュージーランド人な理由でジョン・キーが、「これからはもっとクルージーに生きないと奥さんにも子供達にも見捨てられてしまうので勘弁してね」とニュージーランド人なら誰にでも納得できる理由を述べて首相をやめると、ビル・イングリッシュがあとをついだが、このひとは極端なくらいのアスペルガー体質で、言葉によって説明するのが下手で、国民のなかでも愚かな層に言葉が届かないという欠点をもっていて、選挙の結果、天才的な政治的テクニシャンであるジャシンダ・アーダーンにしてやられてしまった。 ところが、このひとこそは危機に対処するために生まれてきたような人で、モスク襲撃事件に続いて、こんどはCOVID-19の国家的な危機で、政治家としての明瞭な才能をみせて、国民の、もういちだんの、尊敬を勝ち得ている。 Be strong, be kind, we will be OK. と、この首相は述べた。 ここにbe kindと述べられるところが、この人の政治家としての天才たる所以で、出来そうで、なかなか出来ないことだとおもう。 アジア系の移民で、ニュージーランド人の心性がよく判っていない人たちは「ジャシンダは貧乏クジを引いたのだ。難局に対処して不満を一身に負って政治から退場する」というが、とんでもない見当外れで、英語人は、危機に際して自分たちを率いてクリアで強い姿勢を示した指導者を決して忘れない。 アーダーン首相は、まるで挙国一致の戦時内閣を率いるウインストン・チャーチルのように、すでにして、ニュージーランドの、女の人なので国父ではなくて国母だが、単語の意味するところからいえば、やはり国父としての地位を確立してしまったのだと思います。 このあと、経済はボロボロになる。 投資家たちのオンライン会議で、不動産会社のひとびとが、 利息はより低くなって固定だし、現況、オークションでの販売は歴史的な好調であるし、ビジネスセクタがへばっても、プロパティセクタは不調になるわけはない、とおめでたい予測を述べていたが、 いかにもバブルのときは愚かな人間ほど成功するという言い伝えどおりで、アホはアホで、そんなことが真実であるわけはない。 ちょうど戦後経済のように、オーストラリアもニュージーランドも、自分達ではちゃんと意識していないが小国なので、小国ほどダメージがおおきい不況の法則に則って、数年は蝗害にのみつくされたような荒地経済が続くだろう。 ニュージーランドは、またまた貧乏地獄の底にむかって落ち込んで居いくのが、100%わかっている。 でもね。 ぼくは、ここにいます。 このニュージーランド経済にとっては死刑宣告のようなCOVID-19禍で、もっとも分明になったことは、自分がいかにこの若い、取り柄がない国を好きか、ということだった。 … Continue reading

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通りと番地

1 名前がついていない通りがいくつもあるのに、坂にはみんな名前が付いているなんて、なんてヘンな町だろう、と、よく考えた。 暗闇坂 狸坂 仙台坂 南部坂 家から、あちこちに散歩するのに、よくモニに得意になって説明したものだった。 行人坂 権之助坂 魚藍坂 幽霊坂 日本人の友達に西洋では通りには全部なまえがついている、と述べると、疑わしそうな顔で、 「そんなことがありうるんですか?」という。 怪訝そうな顔です。 たった20メートルしかない通りでも、もちろん名前がある。 Victoria Ave Peach Parade Adison Place Johnson St 片側には奇数の番地で、もう片方には偶数の番地がついている。 「ひゃあ、それは合理的ですね」 というが、合理的もなにも、そうでなければ、どうやって家を特定する事が出来るのか。 坂はシステムではない、ところが面白い。 別に幽霊坂18番、という住所があるわけではないようでした。 ただ名前がついていて、ゆるやかな坂道に情緒が与えられている。 坂から坂へ。 南部坂をのぼって、暗闇坂をおりて、鳥居坂をのぼって、またあのレストランへ行く。 東京に住むためには、西洋的な合理を、いったん捨てる覚悟がいる。 2 グラシアの、名前がない坂をのぼりながら、東京のことを考えていた。 誰かに軽蔑されても仕方がない言い方をすると、日本語は、ガールフレンドの母語ではないのに、おぼえた、ただひとつの言語だった。 自分にとっては、それは初めから亡霊たちの言葉で、 筒井筒、井筒にかけし わが恋は われながら、なつかしや、 装束のこすれる音や、異常で、美しい歩き方や、 誰がどう観ても哀しみに歪み、慟哭しているようにしか見えない面が象徴する、死の世界の言語だった。 … Continue reading

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災厄日記 その2 3月28日

ミラノにヒロシさんといつも呼んでいる日系のデザイナーの人が住んでいて、イタリアのCOVID-19の猖獗は生活習慣に拠るものではない、と述べている。 ヒロシさんという人は、考えるための頭も、観察する眼も、しっかりしている人で、しかも猖獗の中心ミラノに、毎日神経を研ぎ澄まして住んでいるのだから、その意見は尊重されねばならないが、それでも「やっぱり生活習慣がおおきいんじゃないかなあー」と南半球の絶海の孤島に住む唐変木(←わたしのことです)は考える。 イギリス人やニュージーランド人と異なって、アメリカ人はよく握手をする。 やたらと握手する、と言い換えてもいいほどです。 而して、くしゃみをあわせた両手のひらで口を覆ってしたりする。 その同じ手を、後刻、洗いもせで、ぬっと突き出して、にこやかに握手します。 NYC、分けてもマンハッタンはアメリカの他都市に較べても、人間と人間がひっついて暮らしている。 カフェやレストランでも、例えばシカゴのレストランに較べて、おおまかに言って三分の一くらいの距離で、手をのばせば届く距離に隣のテーブルの客が座っている。 東京に住んでいるひとは「テーブルのちっこさも、席と席の距離も銀座の今出来の店とおなじくらい」と言えばわかりやすいかもしれません。 しかもしかも。 21世紀になったくらいから、誰かが東京の居酒屋や蕎麦屋で観て空間のデザインに感動したとかでコミューナルテーブルが、どんどん流行りだした。 communal tableちゅうのは、つまりは長椅子で長机ですね。 かき氷屋さんなんかで、「じゃ、相席でお願いしますねえええ」などと言われて、むさくるしいおっちゃんやおばちゃんの隣で、泣きたい気持になりながらウジミルキンを食べることになったりする、あれです。 神田の「まつや」は万事江戸式の、良い蕎麦屋で、よく天丼を食べにでかけた。 蕎麦屋なんだから蕎麦を食べに行かないとダメではないか、という声が聞こえるが、蕎麦は室町砂場か赤坂の支店なので、まつやは天丼だと決まっていた。 ひとつだけ難点があって、まつやは相席と決まっている。 まあ、いいや、今日は相席でも「まつや」で天丼の上だ、と決めて、たいてい秋葉原で電子部品を買った帰り途にでかけたものだった。 日本の相席は、同席の人に対して知らんぷりをするのが礼儀で、知らぬ同士でちゃんちき天丼は礼を失しているのだと「まつや」で学習した。 ところがですね。 概形だけを日本から輸入したマンハッタンのコミューナルテーブルの店では「相席」そのものの性格ががらりと変わって、見知らぬ他人の隣の人とよもやま話をする習慣になっている。 知らない人と愉快な話をするために通ってくる人までいる。 そういうマンハッタンの生活様式をおもいだして、「アメリカは、うまくやった。スマートにコロナウイルスを抑え込んだ」というドナルド・トランプの演説を聴きながら、 あまい。 うつるぜ、ベイビー と、ひとり呟いていた。 ニュージーランドでは、年寄りは、アメリカ人なみの頻度で握手をする。 若い世代と、どういうわけか、習慣が異なる。 だいたい、いま70代後半〜80歳くらいの人は、やたらめったら握手したがる。 農場主たちも握手する。 でもおおきな町では、握手をするのはなんだか他人行儀なので、流行らない習慣になっている。 どうしても、なにか親愛のボディランゲージを示したければハグをする。 ガメ・オベールという人のように、いきなりhongiというマオリの挨拶をする人もいる。 鼻と鼻をくっつけて挨拶するんです。 ことのほか、この挨拶が好きである。 普段使いにしている。 等々。 などなど。 とうとう。 うんぬん。 … Continue reading

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災厄日記 その1 3月26日

小さい人たちをみていると、「自分が判っていないということを判っている」ことが叡知の第一歩であることが手に取るようにわかる。 いちど家の小さい人のひとりが、いまよりももっと小さかったときに、 「どうも自分はコウノトリに運ばれてきたのではないような気がする」 と厳粛な顔で述べたことがある。 「そうですか。では、どこから来たのだと、きみはおもうの?」 と訊くと、ふたたび厳粛な顔になって、しばらくジッと沈思に耽ってから 「判らない。世界は謎だらけだ」 と言って、ホールウェイをトコトコと立ち去っていった。 見るからに頭のなかの「未決箱」にいれて、ほかの、たくさんのたくさんの「自分には判っていないこと」の仲間入りをさせたのであって、 父親としては、どうも、やっぱり、おれよりは頭がいいようだ、とニンマリしてしまった。 判りもしないのに、結論めいたことを考えつかないところが、聡明さの萌芽をなしている。 例を挙げても、判らない人には判らないのだから、これ以上例なんか挙げやしないが、専門家が往々にして自分の専門のことについてバカなのは、自分が専門のことについては「判っていない」ということを認める回路にロックがかかっているからだと思われる。 そこに罠がある。 ニュージーランドは、昨日、24日の午後11時59分から国家緊急事態宣言とともに国ごとロックダウンした。 時間が妙に中途半端なのは英語ではmidnightが分水嶺のどちら側に属するか曖昧な単語だからです。 3月26日が始まった瞬間には、もうロックダウンに入っているんだからね、という意味です。 現実主義の知恵は英語文明の国ならどこの国の国民でも持っている、というわけではない。 むかし、第二次世界大戦の前にイギリスの海軍士官がノーフォークで入港してくる軍艦を観ていたら、両舷にでっかく数字が描かれていて、 アメリカ人は海軍軍人の癖に艦艇の名前もおぼえられないのか、と内心で可笑しがったが、いざ戦争になってみると、同型艦がたくさん製造されて、あれとこれを区別するのにたいへん便利で、なるほど現実主義の知恵とはこういうものかとおもった、という話が本に出ている。 疑い深いことをいうと本に書いてあるからほんとうだとは限らないが、イギリス人よりもアメリカ人のほうが遙かに現実をうまく処理するための知恵に満ちているのは、ほんとうです。 アメリカ人の現実主義には、ずっと長いあいだ豊かな国でありつづけてきたことからの「音楽性がある」と呼びたいくらいの小気味よさがある。 今回のCOVID-19禍でも、中国が土臭いドコンジョを発揮してブルドーザーとディガーの大群を並べて病院を急速建造してみせれば、アメリカは、さっさと札束を用意して、ホテルやモテルを買い漁って病院に改装する。 ここで念の為にいうと、躊躇せず、まして「お国のために安く貸し出してくれ」などと言い出したりせずに、バババッと買い取ってしまうスピードが現実主義の現実主義たる所以で、現実主義の根幹は現実に対処するスピードであることは、台湾のAudrey Tangが率いるチームの活躍を観てもあきらかなことでした。 現実主義というものには、根に、聡明さがあって、その聡明さは叡知に根ざしている。 その叡知には「自分には判っていないことを、判っていないのだと明瞭に知っている」という核がある。 これから、出来れば毎日(←ほんとですか?)、この世界的な災厄である相貌がだんだん明らかになってきたCOVID-19禍に席捲されつつある世界を記録していこうとおもうが、まずは出だしにおいて、 対策がうまくスタートした国と、のっけからあさっての方向に歩き出してしまって、「集団免疫」だのと大衆心理をまるごと失念した絵空事を述べたりして、おおきく出遅れてしまっている国を岐ったのは、「自分に判っていないことを、判っていないと、ちゃんと意識していたかどうか」であることは是非書き残しておきたい。 早急に結論を出したがるのは、いわば人間の思考の癖なので、いかんともしがたい、というか、やむをえないことだが、怖がってから正しく考えればいいものを、正しく怖がっていては、いったい何人余計に死ぬことになるのか、想像したくもない。 正しく怖がるためには、怖がる対象を判っていなくてはならない。 判らないことは正しく怖がりようがない。 専門家は「いや、ぼくには判っている」という。 なんという嘘つきだろう。

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パンデミック

いったんベッドに入ったら、COVID-19の話は禁止という非常時命令がモニさんからくだっているが、守るのがなかなか難しい。 報道も一面COVID-19禍のトピックで埋まっている。 北半球の友達たちも南半球の友達たちも、skypeで話題になるのはCOVID-19禍のことばかりで、しかも、身から出た錆、悪ふざけが好きな友人ばかりなので、ありとあらゆるデマ、陰謀説をアーカイブして、お互いにだましっこをやっている。 そのうちのいくつか、というよりも、大半は、インチキとは言っても専門知識を駆使した巧妙きわまる説なので、いくら日本語で、しかもブログにしか過ぎないといっても、ここに書くわけにはいかない。 自由主義世界の攪乱を狙うKGBでも憧れをもちそうなほどの出来です。 陰謀論やデマで頭をいっぱいにしながら、何をしているかというと、本ばかり読んでいる。 日本語もあります。 最近、書籍編集者の友達に教えてもらってツイッタでフォローしている、「森の人」と呼んでいる、まっすぐに聳える大樹のような人がいるが、本を書いて生きてきた人なのに、その人の本を読んだことがないのでは情けないので、集められるだけ集めてもらって、まとめて送ってもらった。 アマゾンジャパンが海外への本の発送をいっさいやめてしまったので、セカンドハンドでしか入手できない本と一緒に書店で買える本も送ってもらう。 アンドレ・ブルトンの「ナジャ」は英語世界では微妙な本で、なにがどう微妙なのかというと、なあんとなく、この本はフランス語で読むことになっている。 いま思い出してみても、英語版のナジャを観た記憶がない。 もっとも記憶自体がないような人間が思い出しているので、あるんだかないんだか、頼りにならないが、少なくとも自分の友達たちは全員がフランス語で読んでいたと思います。 日本語は、簡単に想像がつく、翻訳の格として小笠原豊樹や上田保を思い起こさせる素晴らしい訳で、読んでいるうちに、まるでフランス語で読んでいるような錯覚を起こさせるのは、つまりは翻訳をしている森の人が、この物語を深く愛しているからでしょう。 もうひとつ、いつものことだが、日本の人の幸運さをおもわずにはいられなくて、ずっとブログを読んできてくれた人は皆が知っているように、日本の「翻訳文化」には、21世紀の世界を流通する情報や知識が瞬時に共有される時代にあっては致命的な所があるが、それでも、さっき妹や母親と家庭の団欒において離していた言葉で、この質がめっちゃ高い訳で、ナジャが読めるのは、日本の人が営々と築き上げてきた文明の上に咲いた、信じがたいほどの僥倖というほかはなさそうです。 なにごとによらず集中力が40分しか続かないウルトラプーなので、40分を超えると、脳裏のライトが赤く点滅しはじめて、気が付くとジュワッチになってカウチに寝転がってラップトップを開けている。 英語の記事をだらだらと読んで、そこから飛んでウイルスの構造についての、ほんの少し専門的な解説を読んだり、疫学の概説みたいな学術よりの記事や、疫学の数学モデルをお温習いしたりして遊ぶ。 家のなかをぶらぶらと歩いていって、モニさんにチューしたり、小さいひとびとにご挨拶を述べに行く。 わし家は礼儀正しい家なので、猫さんたちも、一日にいちどは、必ず挨拶にやってきます。 午前6時に寝室にやってきて元気な声で挨拶するのはやめてほしいとなんどお願いしても人語がわからないふりをして、聴いてもらえないが。 雨が降ったので、折角の機会、ベジガーデンのブロックをデザインしなおすことにして、グリーンオニオンはここ、おお、雑草だとおもったらお芋ちゃんではないか、素晴らしい、ではここは全面的にスウィートポテト地帯にしましょう、カボチャはここ、ビートルートは随分立派なのが出来るので、これも拡張しましょう、と見て回る。 庭の隅のベンチに腰掛けて、大空を観て、ふと、隔離された病室で、誰にも看取られず、愛するひとびとに別れを告げることすらできずに、孤独な死を死んでいく、何万というひとびとのことを考える。 文明世界の、特に都市に住んでいる人は、時に、自然の残酷さを忘れてしまっている。 自然はやさしいものだと信じ込んで、そのまま一生を終えるひとたちすら存在する。 冬に、十日間でもトランピングに出れば、自然の苛酷さ、容赦のなさは簡単に実感できる。 まして25フィートのヨットで陸影のないブルーウォーターを行けば、もうダメだ、このままぼくは自然に殺されて終わりだと観念することは幾度もある。 40フィートを越えるヨットを出しているときでさえ、晴れて凪いだ午後に、水平線の向こうがわずかに膨らんでみえて、いったい、あれはなんだろう?と訝しんでいると、平穏な海の、そこだけ意志をもってつくったような巨大な三角波がこちらに向かってきて、必死で逃れる、持ち合わせの自然への知識で金輪際説明がつかない事象に見舞われたことがある。 例えば連合王国には、人の手が入った自然以外はいっさい存在しない。 有名なシャーウッドの森も種を明かせば人間の手による植林で、それ以前は沼沢でしかなかった。 ニュージーランドの南島には、いまでもモアがひそかに棲息しているという根強い噂がある人跡未踏の原始林があって、そこにいけば、本来の自然が、いかに人間に対して敵対的なものか肌でわかる。 気が弱い人は、自然と地球の人類に対する明瞭な嫌悪感と敵意を受け取るでしょう。 COVID-19は、津波と地震とは形が異なる自然の厳しさの表現で、だから、イタリアでは、韓国では、と国境で区別して話をたてたがる人間たちを嘲笑するように、パンデミックになっていった。 医療従事者や政府の対策立案者がつねに考えては、頭から振り払って、考えないことにしているのは、「結局、なにをやっても時間の問題なのではないか」、自然の巨大な力を前にした人間の無力感です。 自然は常に圧倒的で、人間の側の「この社会の握手やハグをしない習慣のせいで、われわれは幸運にも災厄を免れた」「ITの力で迅速に対処できたのが惨禍を最小に出来た理由だとおもう」 インドの人々は、つい先週まで、自分達は手を使って食事をする習慣に、こんなに感謝したことはない、おかげで我々にはCOVID-19の洪水が及ばなかった、と述べていた。 あるいはグローバリズムのせいだ、と説明する人は、1918年のパンデミックは第一次世界大戦中で、グローバリズムどころか、正反対の国権主義のただなかの出来事だったことを忘れている。 現実は、それぞれが属する集団の、国民性や文明の特性によって、ひたすら大丈夫と決め込んで、なぜ大丈夫かという説明を懸命に探したり、あわてふためいて、品物もあろうにトイレットペーパーを買い占めてみたり、はては、奪い合って殴り合いを演じたり、つまりは、自然の、人間の想像力を遙かに越える、巨大な冷酷さ、容赦のなさに、人間の魂のほうはショックを受けて茫然としているだけなのかもしれません。 疫学的な予見においては世界で最も頼りになると思われているLarry Brilliantは、COVID-19のパンデミック化による死者数を1億〜1億6500万人と見積もっている。 アメリカのCDCはBrookingsがもたらす知見をベースにして見積もっているように見えるが、Larry Brilliantよりもずっと控えめな数字で、2020年末までに6000万人が死ぬだろうと見積もっている。 … Continue reading

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死ぬことと見つけたり

人間の一生は陽炎に似ている。 生まれて、太陽が昇るように成長して、やがて崩れ落ちるように老いて、土に帰る。 そのあいだに、たかだか数種類の言語をおぼえ、オウムのように話し、森の賢者オランウータンのように沈思して、真実を求め、意味のない感情に駆られ、ときには嘘をついて、人間の知力の限界から来る愚かさの海を必死に泳ぎ渡る。 たいていは、途中で力尽きて溺れてしまうのだけど。 夏の午後、近所のクリケットグラウンドで遊んでいる十代のひとびとを観ていたら、一瞬、ふっと半分、透きとおってみえたような気がした。 まるで目の前でクリケットに興じているひとたちが、電波で不安定になって、ふらっと揺れる、粒子も粗い映像のように見えた。 人間のフィジカルな存在を稠密な肉体として認識する感覚は、そもそも間違っているのではないか、と無意味なことを考えた。 考えてみれば直ぐに判るが「現実」とは認識のことで、認識だけが現実であることを、もう近代の人間は知っている。 そして、しかも認識は上下、前後というような基本的な感覚さえ曖昧で頼りない、信頼がおけないものであることは、例えば黄昏どきに小型飛行機を飛ばしてみればすぐにわかる。 ちょっと油断すると、重力というものがあるから判りそうなものなのに、空と海の区別がつかなくなる。 自分が通常の姿勢で飛行しているのか、裏返しの姿勢で飛んでいるのか、降下しているのか、上昇しているのかすら判らなくなることがある。 それはつまり、自分の存在という確からしさのなかでは最大のものですら、ほんとうかどうか判らない、ということを意味している。 日本語の文明では、ひとの一生において最も確からしいことは自分が生きて存在していることよりも、自分が死ぬという現実のほうにあった。 日本人の思想は「死から見た生だけが真実の生なのだ」と主張して、生を軽んじて、たいしたことがない仮の姿だとみなして、旅の恥は掻き捨て、生きているあいだのことは、多少のさもしさや卑しい行動もおおめにみるべきだとされてきた。 日本のたいそう根が深い全体主義思考や、他者に対するempathyの欠如は、要するに、生を軽んじることから帰結している。 日本文明はマヤ文明以来、と言いたくなるような死の文明で、死者が常に生者よりも尊敬され、死者への悪口は宗教的な禁忌であって、人が称賛されるのは死後のことであるのが普通の社会を築き上げた。 近代日本の問題は、死の側に立って生を見る、この独特の文明が現実の間尺にあわなくなってしまったことで、日本文化の西洋化の最も深刻な影響は、そこにあるように思える。 日本人も生を楽しみたくなったが、歴史を遡っても、例えば江戸時代の商人や職人、「江戸庶民」のような、倫理が完全に欠落した野放図な享楽文化以外にはロールモデルが存在しない。 イザベラ・バードが書き遺した「昼間から酒を飲んで酔っ払って小博打を打つ」町人たちの姿くらいしか見あたらない。 社会の側からいえば言うまでもなく、「市民の形成に失敗した」と形容することが出来て、それがいまの、民主主義を標榜する日本の苦しみになっている。 日本の人は、自分を幸福にするためには、いままでの現実でありえない死の文明に立脚した価値観を覆さなければならないだろう。 現代の日本を見渡すと、死の文明が生みだした価値観を最も声高に主張しているのは武士道の名残を信奉するひとびとで、責任を取れの強調が「切腹しろ」「腹を切れ」で、観察では、人間的に卑しい人ほど「武士は食わねど高楊枝」「武士の情け」というような表現を愛用しているように見えます。 よく見ると、同じ人たちが面白いように、判で捺したように「馬脚をあらわした」とも述べるので単に頭のなかで蠢いている語彙が古くさい右翼壮士風の言語で、思考そのものがクリシェ化しているだけなのかもしれないが、そうであったらそうで、結果は同じなのは、人間の意識が言葉そのものである以上、あんまり説明する必要がない。 そう。 異なるいいかたをすれば「言語の潜在意識の隅々を浸している武士道を正面から否定すること」が、いまの日本人には必要なのかも知れません。 西洋の社会全体の屋台骨を支える倫理の概念に激しいコンプレックスと畏怖を感じた新渡戸稲造が、ようやっと「武士道」に抗弁の道を見いだして以来、日本の人は、近世武士道を西洋の倫理の体系に対抗しうるものとみなしてきたが、その選択は、ほぼ自動的に、根深く、揺るがない民族全体にしみついたような全体主義思考を生みだすことになった。 滅私奉公、忠誠、俘囚の辱めを受くることなかれ….等々 いずれも近世武士道の教えから来ているが、おもしろいことに、近世武士道はサラリーマン化したあとの、朝から酔っ払って登城していた武士が山ほどいた江戸時代の武士の世界を背景につくられたせいで、本来の、というのは室町時代までの、武士の生死観や、哲学とはまったく正反対というほど異なっている。 現実の強度テストを受けていない机上の観念なので、考えて観ると、この近世武士道を日本人が信奉するようになって以来、日本人の考えがうまく有効に働いたことは一度も無い。 ただただ個人としての人間を不幸にするだけで終わっている。 人間の一生は陽炎に似ている。 人間の存在の儚さは、およそ知性がある者ならば誰でも感得している。 なんということはない一日の日常のどこかで、自分の肉体が、すうっと透きとおって消えるビジョンを持った経験がないひとは少ないだろう。 だが、その儚さは人間の生への愛おしさにつながっている。 まるで掠れた音楽のように、途切れ途切れに奏でられて、突然終わる、その調べを、誰かが死んでしまったあとに涙と一緒におもいだす人間の良い習慣は、その儚さの意味を知っているからだとおもう。 死の側に立った生では、その儚さの代わりに投げ槍で不貞不貞しい、マナーの悪い旅人としての生があるだけで、短い一生が終わってしまう。 刀をおいて、180度、向きをかえて、生の側から自分と静かにむきあう。 そこからしか日本語人の一生は始まらないのかもしれません。

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