死ぬことと見つけたり

人間の一生は陽炎に似ている。

生まれて、太陽が昇るように成長して、やがて崩れ落ちるように老いて、土に帰る。

そのあいだに、たかだか数種類の言語をおぼえ、オウムのように話し、森の賢者オランウータンのように沈思して、真実を求め、意味のない感情に駆られ、ときには嘘をついて、人間の知力の限界から来る愚かさの海を必死に泳ぎ渡る。

たいていは、途中で力尽きて溺れてしまうのだけど。

夏の午後、近所のクリケットグラウンドで遊んでいる十代のひとびとを観ていたら、一瞬、ふっと半分、透きとおってみえたような気がした。

まるで目の前でクリケットに興じているひとたちが、電波で不安定になって、ふらっと揺れる、粒子も粗い映像のように見えた。

人間のフィジカルな存在を稠密な肉体として認識する感覚は、そもそも間違っているのではないか、と無意味なことを考えた。

考えてみれば直ぐに判るが「現実」とは認識のことで、認識だけが現実であることを、もう近代の人間は知っている。

そして、しかも認識は上下、前後というような基本的な感覚さえ曖昧で頼りない、信頼がおけないものであることは、例えば黄昏どきに小型飛行機を飛ばしてみればすぐにわかる。

ちょっと油断すると、重力というものがあるから判りそうなものなのに、空と海の区別がつかなくなる。

自分が通常の姿勢で飛行しているのか、裏返しの姿勢で飛んでいるのか、降下しているのか、上昇しているのかすら判らなくなることがある。

それはつまり、自分の存在という確からしさのなかでは最大のものですら、ほんとうかどうか判らない、ということを意味している。

日本語の文明では、ひとの一生において最も確からしいことは自分が生きて存在していることよりも、自分が死ぬという現実のほうにあった。

日本人の思想は「死から見た生だけが真実の生なのだ」と主張して、生を軽んじて、たいしたことがない仮の姿だとみなして、旅の恥は掻き捨て、生きているあいだのことは、多少のさもしさや卑しい行動もおおめにみるべきだとされてきた。

日本のたいそう根が深い全体主義思考や、他者に対するempathyの欠如は、要するに、生を軽んじることから帰結している。

日本文明はマヤ文明以来、と言いたくなるような死の文明で、死者が常に生者よりも尊敬され、死者への悪口は宗教的な禁忌であって、人が称賛されるのは死後のことであるのが普通の社会を築き上げた。

近代日本の問題は、死の側に立って生を見る、この独特の文明が現実の間尺にあわなくなってしまったことで、日本文化の西洋化の最も深刻な影響は、そこにあるように思える。

日本人も生を楽しみたくなったが、歴史を遡っても、例えば江戸時代の商人や職人、「江戸庶民」のような、倫理が完全に欠落した野放図な享楽文化以外にはロールモデルが存在しない。

イザベラ・バードが書き遺した「昼間から酒を飲んで酔っ払って小博打を打つ」町人たちの姿くらいしか見あたらない。

社会の側からいえば言うまでもなく、「市民の形成に失敗した」と形容することが出来て、それがいまの、民主主義を標榜する日本の苦しみになっている。

日本の人は、自分を幸福にするためには、いままでの現実でありえない死の文明に立脚した価値観を覆さなければならないだろう。

現代の日本を見渡すと、死の文明が生みだした価値観を最も声高に主張しているのは武士道の名残を信奉するひとびとで、責任を取れの強調が「切腹しろ」「腹を切れ」で、観察では、人間的に卑しい人ほど「武士は食わねど高楊枝」「武士の情け」というような表現を愛用しているように見えます。

よく見ると、同じ人たちが面白いように、判で捺したように「馬脚をあらわした」とも述べるので単に頭のなかで蠢いている語彙が古くさい右翼壮士風の言語で、思考そのものがクリシェ化しているだけなのかもしれないが、そうであったらそうで、結果は同じなのは、人間の意識が言葉そのものである以上、あんまり説明する必要がない。

そう。

異なるいいかたをすれば「言語の潜在意識の隅々を浸している武士道を正面から否定すること」が、いまの日本人には必要なのかも知れません。

西洋の社会全体の屋台骨を支える倫理の概念に激しいコンプレックスと畏怖を感じた新渡戸稲造が、ようやっと「武士道」に抗弁の道を見いだして以来、日本の人は、近世武士道を西洋の倫理の体系に対抗しうるものとみなしてきたが、その選択は、ほぼ自動的に、根深く、揺るがない民族全体にしみついたような全体主義思考を生みだすことになった。

滅私奉公、忠誠、俘囚の辱めを受くることなかれ….等々
いずれも近世武士道の教えから来ているが、おもしろいことに、近世武士道はサラリーマン化したあとの、朝から酔っ払って登城していた武士が山ほどいた江戸時代の武士の世界を背景につくられたせいで、本来の、というのは室町時代までの、武士の生死観や、哲学とはまったく正反対というほど異なっている。

現実の強度テストを受けていない机上の観念なので、考えて観ると、この近世武士道を日本人が信奉するようになって以来、日本人の考えがうまく有効に働いたことは一度も無い。

ただただ個人としての人間を不幸にするだけで終わっている。

人間の一生は陽炎に似ている。

人間の存在の儚さは、およそ知性がある者ならば誰でも感得している。
なんということはない一日の日常のどこかで、自分の肉体が、すうっと透きとおって消えるビジョンを持った経験がないひとは少ないだろう。

だが、その儚さは人間の生への愛おしさにつながっている。
まるで掠れた音楽のように、途切れ途切れに奏でられて、突然終わる、その調べを、誰かが死んでしまったあとに涙と一緒におもいだす人間の良い習慣は、その儚さの意味を知っているからだとおもう。

死の側に立った生では、その儚さの代わりに投げ槍で不貞不貞しい、マナーの悪い旅人としての生があるだけで、短い一生が終わってしまう。

刀をおいて、180度、向きをかえて、生の側から自分と静かにむきあう。

そこからしか日本語人の一生は始まらないのかもしれません。

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3 Responses to 死ぬことと見つけたり

  1. ワトウヨシノリ says:

    うまく言葉にできないけれど、その通りだと思う。うまく言葉にできないというのは怠慢ですね。人生は短いのに。
    能を見ていて時々悲しくなる、その気分を思い出す。こんなものじゃない、これで良いはずがない。

    いつも鋭くて味わい深い文章を、ありがとうございます。

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  2. りりー says:

    美しく静謐で深い日本語表現をありがとうございます。ガメさんの新しい思考や感性に触れられると精神が生き返るような気持ちになります。

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  3. Oniku says:

    ガメさんこんにちは。感想羅列してみます。古武術習っていて死の技術は生を大事にすることからと教わるし気づくけど、そういう真剣さがどこからいい加減になっていったか…考えたことなかったよ。直感的には国家神道の下地が近世にできていくのとリンクしてるだろうか??
    (そういえば私の祖先(たぶん)は初めて刀を持って戦死したお公家さんらしいよ)
    あと患者やってて医療問題やってて、日本は「息してればいいじゃん」と生の価値がすげー低いのガビーンだったし死だって、なんか脳死ってあるってよ、じゃ脳死も死で!みたいな軽すぎるノリ、まあ何人か死んでもいっかってのがガビガビーンで文化は変わらんもう疲れるしやめよと関わるのをやめてしまいました。(病院もよっぽど急性期じゃないといかない)
    今回はいろんな課題や構造が一気に出たね。
    関係ないけど、写真はスーラの点描のようですね。牛さん?

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