災厄日記 その3 3月30日 政治

元気ですか。

と書いてから考えたが、この「元気ですか?」という挨拶が実質的な意味をもつ世界になってしまったんだね。

ニュージーランドも、だんだん欧州とおなじ様相を呈してくるのは判っているが、それでも、後から地獄に飛び込む者は、先に業火を通行したひとびとの後ろ姿から学ぶことが出来るので、少しは荷が軽いようです。

他国の人はジャシンダ・アーダーンを択んだニュージーランド人に敬意をもつ、と言ってくれるが、ニュージーランド人であれば誰でも知っている、アーダーン首相は、ニュージーランド人が選んだというよりは、あのひとの稀有な政治人としての駆け引きの才能を発揮して、当時の与党ナショナルが勝利宣言を出しているあいだじゅう政党間の交渉をして、極右政党のニュージーランドファーストと連携するという、いわばイギリス人的なえげつなさを発揮して、首相の座についてしまった人でした。

ジャシンダ? Who?

と誰もが訝しんだ。

権力を手に入れた手腕は見事だが、半年も保てばいいほうではないか、とクラブやパブでは、皆が述べあっていた。

だが見るからにうつけじみたサイモンよりは、ジャシンダのほうが、対外的な印象はいいだろうさ。

その意見を一挙に塗りかえてしまったのが、モスク襲撃事件で、この28歳のオーストラリア人が起こした銃乱射事件で51人が殺された事件のあと、世界中の政府をぶっくらこかせて、憤慨させたことには、イスラム式にスカーフをして、いまこそ、すべてのニュージーランド人が人間性を基礎にして、団結するべきだ、という素晴らしい演説で、ジャシンダ・アーダーンは一挙に国民の心をつかんで、「若い女の首相」ではない、「われらの首相」に変わっていった。

ニュージーランドは、もともと、プラグマティズムの国で、現実主義的でない人間は相手にされない。

労働党は、日本の共産党などより遙かに左翼的な政党で、冨の再分配を中心とした過激といってもよい思想をもっているが、なにしろ現実として対処できない考えには見向きもしない国民性なので、むかしから、政策だけをみると、保守党であるナショナルと、いったいどちらが資本主義政党なのかと見紛う政策がおおい。

ジャシンダの前に労働党出身の首相として国政を改革したヘレン・クラークは、もともと通りに出て反政府の活動を行っていた人で、
日本ならば過激派みたいなひとだが、いざ政権につくと、やったことは国のシェイプアップで、すさまじいリストラや無駄を削る予算案の嵐で、国は疲弊して、国民は50万人、15%に近い人口が外国に逃亡した。

だがナショナルのボルジャーと、そのコピーと保守派には悪口を言われたクラーク首相との二代で、ニュージーランドは広汎なアジア人移民を受けいれる国として生まれ変わって、かつて望めなかった生産性を獲得していった。

一連の、他国なら「革命」と呼びそうなラジカルな構造改革と白いひとの午後の微睡みのような国の文化から、変化が激しいマルチカルチュラル文化への急激な社会の変化を再構成してみせたのが、もとはメリル・リンチ本社の外国為替部長だったジョン・キーで、
ニュージーランドは、この人のもとで、急速な発展を遂げた。

「いいかげんに首相をやめて、ちゃんと父親として家庭を守りなさい」と奥さんに説教されたという、いかにもニュージーランド人な理由でジョン・キーが、「これからはもっとクルージーに生きないと奥さんにも子供達にも見捨てられてしまうので勘弁してね」とニュージーランド人なら誰にでも納得できる理由を述べて首相をやめると、ビル・イングリッシュがあとをついだが、このひとは極端なくらいのアスペルガー体質で、言葉によって説明するのが下手で、国民のなかでも愚かな層に言葉が届かないという欠点をもっていて、選挙の結果、天才的な政治的テクニシャンであるジャシンダ・アーダーンにしてやられてしまった。

ところが、このひとこそは危機に対処するために生まれてきたような人で、モスク襲撃事件に続いて、こんどはCOVID-19の国家的な危機で、政治家としての明瞭な才能をみせて、国民の、もういちだんの、尊敬を勝ち得ている。

Be strong, be kind, we will be OK.

と、この首相は述べた。

ここにbe kindと述べられるところが、この人の政治家としての天才たる所以で、出来そうで、なかなか出来ないことだとおもう。

アジア系の移民で、ニュージーランド人の心性がよく判っていない人たちは「ジャシンダは貧乏クジを引いたのだ。難局に対処して不満を一身に負って政治から退場する」というが、とんでもない見当外れで、英語人は、危機に際して自分たちを率いてクリアで強い姿勢を示した指導者を決して忘れない。

アーダーン首相は、まるで挙国一致の戦時内閣を率いるウインストン・チャーチルのように、すでにして、ニュージーランドの、女の人なので国父ではなくて国母だが、単語の意味するところからいえば、やはり国父としての地位を確立してしまったのだと思います。

このあと、経済はボロボロになる。

投資家たちのオンライン会議で、不動産会社のひとびとが、
利息はより低くなって固定だし、現況、オークションでの販売は歴史的な好調であるし、ビジネスセクタがへばっても、プロパティセクタは不調になるわけはない、とおめでたい予測を述べていたが、
いかにもバブルのときは愚かな人間ほど成功するという言い伝えどおりで、アホはアホで、そんなことが真実であるわけはない。

ちょうど戦後経済のように、オーストラリアもニュージーランドも、自分達ではちゃんと意識していないが小国なので、小国ほどダメージがおおきい不況の法則に則って、数年は蝗害にのみつくされたような荒地経済が続くだろう。

ニュージーランドは、またまた貧乏地獄の底にむかって落ち込んで居いくのが、100%わかっている。

でもね。

ぼくは、ここにいます。

このニュージーランド経済にとっては死刑宣告のようなCOVID-19禍で、もっとも分明になったことは、自分がいかにこの若い、取り柄がない国を好きか、ということだった。

モニが、それまでは強硬に主張していた「ガメは北半球に移りたいというが、わたしは反対だ」という意見を、ここ最近は言わなくなったのは、このCOVID-19禍と、ぼくの反応を知っていたからだとしかおもえない。

我妻ながら、モニには、そういう神秘的なところがあるのは、きみも知っているとおりです。

きみが家に来たときに呆れ返っていたとおり、ぼくの家は常時、1年分のストックが常備されている。

COVID-19禍が起きたのは、家の電力をすべて太陽光でまかなおうとするプロジェクトの第一段階に踏み出したときだった。

モニとぼくの眼には、この世界は、もう何年も前から乱調で、先行きをあんまり心配する習慣がない、モニとぼくにも、このくらいは手を打っておかないと困ることになるだろう、とおもわせるところがあった。

まさか、SARSバイルスで、変わるのだとはおもっていなかったが、これから10年で起きるはずの変化が、もうニュージーランドでは起きてしまっている。

現実は仮想世界におおきな領域を割譲して、学校の教育はオンライン化され、スーパーのショッピングもオンライン化されて、人間と人間が会うのは、それこそ直截のヒューマンタッチを感じたいときだけになっている。

アーダーン首相が述べたように、われわれは人間性という基礎をもとに社会を再構築しようとしている。

ドライブウェイを、ぶらぶらと歩いていって、郵便箱を見にいったら、「おい、ガメ。聞こえるか?元気か?」という声がしたので、声の方向を見やると、近所のイギリス人おっさんが、バルコニーに立って、呼びかけているところだった。

「なあ、ガメ、ジャシンダに言われて、きみもぼくもオートマティックライフルは警察に売り飛ばしてしまったが、こうなってみると、内緒で一、二丁は隠しておいたほうがよかったとは思わないか?」と言う。

この人は、たまたま近所に住んでいるが、性格的に、ケミストリから言って、ぼくの友達で、仲がいいが、おもいませんよ。

もう半自動ライフルの時代は終わったんだよ、と叫び返す。

不服そうな顔で、その気持ちは判るけれども、新しい時代は、いつも良い理由で幕を開けるわけではない。

もう、神を揺り起こしに来るひとも、稀になっているのだから。

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1 Response to 災厄日記 その3 3月30日 政治

  1. Tomotada Yamamoto says:

    今回の文章、何かガメさんっぽくって僕は好きです。

    時代って、思わぬところから変わるなぁと感じていますが、いまの日本を見ていると、昭和がようやくおわりを迎えつつあるのだなと思います。
    今日の志村けんさんが亡くなった件は象徴的ですね。

    NZの感覚に日本が追いつくのはいつごろでしょうか。

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