Monthly Archives: April 2020

災厄日記 その8 4月17日 闇の中の出口

来週の月曜日になるとニュージーランド政府は難しい決断の発表をすることになっている。 昨日(2020年4月16日)の新規感染者数は15人だが、まるでモニター数のように国民が「あ、もう大丈夫かな」とおもうと、数人分、ピンッと数字が跳ね上がる。 一方で回復者数の増え方は勢いがついているので、今朝、台湾は「新規感染者数ゼロ」のニュースに沸き返っていたが、うまくいけばニュージーランドも台湾に追いつけるかも知れない。 台湾に先に新規感染者ゼロを達成されて、くやしがっている人も、もしかしたら、当の台湾系キィウィのなかにはいそうだが、競争であるよりも、ニュージーランドは、集団免疫と寝言を言っていた連合王国や、なあに、こんなものはただの風邪ですぜ、と述べていたアメリカの西洋諸国には目もくれず、初めからアジアの台湾と韓国を先生にすると決めていた。 アーダーン首相自身は、メルケルやTsai Ing-wenのような学究出身の指導者とは異なって、科学的なバックグラウンドを持ち合わせないが、若いということは便利で、「自分には知識がないが、科学者としてどうおもうか?」と虚心坦懐に訊くことができた。 自然の猛威なのだから科学に頼るほかはない、と述べていたそうです。 レベル4のロックダウンはうまくいった。 たいへん厳しい、徹底的なもので、ツイッタで話しかけてきたウェールズ系のニュージーランド人で、ノースショアに住んでいる素晴らしい日本語を使う人が「わたしの家の近所では、みなビーチや公園の散歩はいいことになっている」と述べていたが、リミュエラのわし家近所では、半径500メートルの散歩は禁止、と信じられていて、わし自身は、せいぜい庭を片付けたりして、庭と家のなかでトントントンと動き回って、前に日本の主婦が妻にばかり過剰な家事の偏りがあるせいで、家から一歩も出ないまま一日にいかにたくさん歩くかという記事を読んだことがあったが、 その伝で、家のなかだけといっても、一万歩は歩くもののようでした。 もっとも歩数カウント自体がApple Watchのチョーええかげんな歩数カウンタによっているが。 スーパーマーケット以外は、食料品店でも営業を許されず、ニュージーランドではたいへん普及しているUber Eatsもダメ、持ち帰り、Takeawaysもダメで、わずかにdairyと呼ぶ、牛乳やパン、卵を売っている店が営業を許されるだけだった。 レストランやバーは、もちろん御法度です。 スーパーマーケットにしても、いちど、クルマのバッテリー充電をかねて偵察にでかけてみたが、ラインが描いてあるのでしょう、きっかり2mおきにポツンポツンと立つ人の列が、ぐるりと、普段は人気のない、そのカウントダウン(←オーストラリアのウルワースがこの名前でニュージーランドでは営業している。ロゴはおなじ)の支店の、駐車場のまわりをぐるりと取り囲んで、後で訊いてみると入店もひとりひとり許可されたものだけが入店できて、カップルで楽しく買い物、などは夢のまた夢のありさま。 びっくりしたのは、世界に名高いテキトー国民のニュージーランド人たちが意外にマジメに、真剣にロックダウン・ルールを守り抜いてきたことで、もちろんなかにはマヌケなおっさんがいて、例えばクライストチャーチでは、スーパーマーケットで、わざと他の客や棚に向かって咳き込んでみせて、自撮りしたビデオのなかで「おれはCOVID-19に罹っているんだ」と述べた40代の男の人が逮捕されて、結局は保釈も取り消されて数ヶ月監獄にぶちこまれることになった。 アーダーン首相は演説のなかで、この男を「大馬鹿者」と名指しで非難して、政府がその手の人間を絶対に見逃したり容赦したりしないことを国民に印象づけることになった。 高名の木登りといひし男、人を掟て、高き木に登せて、梢を切らせしに、いと危く見えしほどは言ふ事もなくて、降るゝ時に、軒長ばかりに成りて、「あやまちすな。心して降りよ」と言葉をかけ侍りしを、「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。如何にかく言ふぞ」と申し侍りしかば、「その事に候ふ。目くるめき、枝危きほどは、己れが恐れ侍れば、申さず。あやまちは、安き所に成りて、必ず仕る事に候ふ」と言ふ。  あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、難き所を蹴出して後、安く思へば必ず落つと侍るやらん。 と兼好法師が徒然草で述べている。 兼好法師なる卜部兼好は、人間は早く死んだほうがカッコイイのだ、と述べて、ずっと後生の本居宣長に、そんなこと言って、自分は70歳近くまでへろへろ生きていたではないか、と笑われたりして、なかなかカッコがつかない人だが、ベンジャミン・フランクリンみたいというか、漢意(からごころ)の割にはプラクティカルな知恵に感心する能力があった人で、上の、木登りでいちばん危ないのは、自分でも危ういと感じる高みにいるときではなくて、仕事が終わって、するすると下におりて、もうすぐ地面におりたつというときがいちばん危ないのだ、という記事のように、いまでもサバイバルマニュアルに加える価値がある記述も残している。 いままさに地表に降り立とうとしているニュージーランドが、最大の難所にあることは、つまり、14世紀初頭の日本人でも知っていたことになります。 経済からいうと、言うまでもない、例えば試算によれば、初めの予定どおり4週間で終われば失業率は10%だが、もう4週間のばすと26%になる。 既存経済は、この4週間でも、おおざっぱにいって半分が吹き飛ぶ計算で、もう4週間となると計算のしようもない。 繰り返すと、ニュージーランドは、小国ながらいつもの果敢さで、経済優先の諸国の「専門家」たちが、「ウイルスは根絶なんてできない。共存するしかない」と述べるたわごとに耳を貸さず、「経済よりも国民の生命がすべて」と述べた国の専門家たちに耳を傾けて、賭けに勝った。 それがアーダーン首相にとって、いかに難しい決断であったかは、いったんは「必ずやる」と述べたクライストチャーチのモスク襲撃の追悼集会を取り止めにすると発表したのが前日であったことにもあらわれている。 あとでふり返って、専門家たちが、あそこで追悼集会をひらいてもいいと政府の姿勢を示せば、たいへんなことになっていた、としみじみ述べていたが、コミュニティの結束や経済を優先するか、生命を徹底的に優先するかは、むしろ指導者の哲学の問題で、アーダーン首相は、結局、自己の年来の主張「国家は人間性に依拠すべきだ」で自分自身とニュージーランドという国全体を救ったことになります。 おとといは、83店舗を展開する Burger King NZが倒産するというニュースがあった。 初めの決断はうまくいったが、今度は、ながびけば3倍になると言われている自殺者数や、見当もつかない増え方だろうと言われる生活の不安から鬱病になる人の数、あるいはこの3週間のロックダウンだけで22%増えたアルコールに起因する病気を発した患者、「ウイルスを避ける生活によって引き起こされる生命の危機」の問題と向き合うことになった。 ひとつだけ救いになるのは、ニュージーランド人全体が、労働党支持者も、不支持のひとびとも、アーダーン首相が積み重ねた難しい局面での判断を支持していることで、危機をのりきるリーダーとして、全幅の信頼を寄せている。 いまは、国民みんなが息を潜めて、月曜日のアーダーン首相の決断を見守っているところです。

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災厄日記 その7 夜のもとで防御もなく

山中伸弥さんがつくったCOVID-19サイトが安んじて信用できるのは、このひとの実績よりも、篤実で知られる人柄よりも、思考の過程が、どんな迂闊な人間にも判りやすいように書いてあるからでしょう。 https://www.covid19-yamanaka.com/cont7/main.html 数学でいえば「たしからしいこと」を出発点に、まず、それが疑いもなくたしかであることを前提として出発すればよいが、この人は医学(基礎医学)の人なので、たしからしさの基準にevidenceがどれだけあるかを持ってくる。 しかも簡明に理解させるためにevidence自体は、流布された話の信憑性のランキングのページからは省かれている。 自分の名前が持っている世間からの信用を善用している。 福島第一事故のときは、なにしろ当初は日本だけの災厄と意識されたので、日本のアカデミア文化の悪いところがもろにでて、 アカデミアの側から出た言葉は「おれたちは、なんでも知っている。真実がわかっている。おまえたちは無知なのだから文句を言う前に勉強しろ」ということで、子供をつれて逃げたかった東北の若い母親たちを土地にしばりつける最もおおきな力になった。 あとで、ニュージーランドに逃げてきた当時福島県に住んでいた若い母親から、あのとき、なぜ政府は「あなたが安全だと判断しても、万が一安全でなかったときに困るからこの土地から立ち去れ」と言ってくれなかったのか、とりわけ学者たちは、なぜ「自分達にもわからないことが、たくさんあるから、いまはとりあえず逃げましょう。わかってから戻って来ても遅くない」と言わずに、「怖がるのは、おまえが無知だからだ、もっと核について勉強してから怖がれ」と述べたのか、 わたしは、どうしても、日本の政府と科学者たちが許せないんです、一生許せないとおもうと、具体的な名前をあげて述べていた。 今度は、様相が異なる。 災厄が世界規模で、世界中の人間が均しく脅威にさらされているからで、「専門家にもCOVID-19を引き起こすSars-CoV-2が「わからないことだらけだ」ということがまず前提にされていた。 こういう場合、最も生存の確率が高いのは「まず逃げる」ことです。 福島第一のときに多くの人が爆発する原子炉のそばで「逃げるべきどうか」「メルトダウンではない」と議論していたが、生存の確率を高めるためには、なにか自分の辞書に書かれていないことが起きた場合には、いったん、なにもかも捨てて、思考を停止して、一心不乱に逃げるのがよい。 ところが今回の場合は、なにしろウイルス禍なので、逃げる場所がなくて、単純にどの程度の段階にまで感染の状態が広がっているかの濃淡の違い以外にはないので、逃げても、感染が「濃い」ところから「淡い」ところへ感染者が多数いる集団が拡散していくだけの結果になるのはわかっていた。 それでもロンバルディアからシチリア、というふうに、地獄があらわれた場所から逃げたい気持は、人間の自然の気持で、逃げて、案の定、感染の拡大スピードを速くしただけでした。 例が悪いが戦争の例をつかえば、では逃げられないときはどうするのが次善の策かというと、準備をする時間が与えられないときは、foxhole、日本語では、やや奇妙な感じをうける「たこつぼ」という言葉を使うようだが、ちょっと自分の語感にしたがってfoxholeと呼ばせてください、foxholeにうずくまって、押し寄せてくる敵を待つことになる。 円匙が歩兵の最高の武器だと言われる所以です。 現実の戦争ではfoxholeで押し寄せてくる敵を挫折させうることはほとんどない。 最後はうずくまって、守備側部隊の何分の一かが失われて、頭上を敵が通過して、次の掃討部隊がくるまえに、穴から這い出して、あさっての方向へ逃走する。 準備期間がある場合には、foxholeの代わりに塹壕を掘る。 塹壕というのは、ただ敵に対して横に掘ってあるわけではなくて、食堂があり、医療所があり、司令部も、補給庫もある、持久性をもった防御線です。 この塹壕線があっというまに崩壊したのが1918年に始まったSpanish fluの医療崩壊だった。 医療従事者がまずウイルスの犠牲になってしまった。 その結果、最小の見積もりで1700万人、多い見積もりでは1億人におよぶ死者を出した。 世界中の指導者が、というのは、いまの世界の指導者たちのなかでは最も社会主義的な考えをもつニュージーランドのアーダーン首相から、右翼のごろつきじみたトランプ大統領まで、みながCOVID-19禍を戦争と呼ぶのは、実際に、本質的にCOVID-19禍が未知の、人類が免疫をもたないウイルスの侵略による戦争だからで、比喩であるよりも現実を描写しているに過ぎない。 トランプのような気まぐれで途方もなく頭が悪い老人ですら、ときどき正気にもどったようにまともな危惧を述べて、まともな施策を実行したりするのは、つまりは自分を第二次大戦中のフランクリン・ルーズベルトと自分を頭のなかで重ねて、そのドナルド・ルーズベルトをアメリカ国民に印象づけたいからに過ぎないが、戦争のときにどうすればよいかはアメリカ国民は他国民に比してもよく判っているので、その点では、いいことなのかもしれません。 戦争には国境があるが、自然の力であるCOVID-19には国境がない。 もっとも2020年にもなって、いまだに国権国家を営業している人類は、世界の人間が衆知を集めて強制力のある命令を発令できる国際防疫センターをもたないので、やむをえずに国単位の対応で、現在たしか5つ確認されているSars-CoV-2のうち、最も強力なタイプが、人間と人間の親密を基調にした社会習慣に乗ったのか、そうでないのか、いまは分明でなくて、そんなことはあとで考えればいいなんらかの理由で、すさまじい勢いで拡大した北イタリアをもつイタリアは、気の毒に、たったひとりで、圧倒的なちからを持つ自然の破壊者の勢力と戦わねばならなかった。 マスメディアではキューバや中国からやってきた医療救援隊がイタリア人を感動させた美談として報じられていたが、そんなものはマスメディアがつくった「おはなし」であることは、直ぐに直感されることで、EUはひとつだ、といつもブリュッセル合唱隊が歌っていたのに蓋をあけてみると、イタリアが初めに叩いたドアの家の主であるドイツは「医療器具?そんなものの余裕があるわけはない。 おとといおいで」と応えて、他のEU諸国も、いっさい援助の手をのばしてはくれなかった。 文明の違いに原因して、西洋人の目からは、恩着せがましく、尊大にしか見えない、大声で会話する中国人医師たちを眺めながらイタリア人の感じた惨めさは想像するにしのびない。 欧州の「兄弟たち」は、いったいどこに消えたのか? なぜ誰も助けに来てくれないのか? 戦争なので、当然、指導者の能力が、あぶりだされるように明然となる。 際立っていたのは台湾の蔡英文と選挙で選ばれた議員はたしかひとりもいないトップ・スペシャリストとトップ・テクノクラートで固めた内閣で、世界中ぶっくらこいちまったぜ、というか、鮮やかとしかいいようがない対応で、中国との結び付きが、香港とならんで、他のどんな国よりも深く、強く、社会の心底まで中国とつながっているのに、いわばエリート特殊部隊を繰り出して敵の心臓部を破壊するように、ITの力と、政府自体、他国のほとんどが政府の持つ力を「規制をするパワー」だとおもっているのに政府のちからは「規制をなくすパワー」だと定義しなおすことで、例えば必要なデータがあっというまに必要なプロジェクトに公開されて、民間でも遠く及ばない速度でCOVID-19に立ち向かって勝利した。 韓国は台湾のような敏捷さはもてなくて、初動がやや遅れたが、この国の特徴は次から次にアイデアが出てくることで、特にドライブスルー検査のアイデアは、世界中の国が即座に有用性を看て取って、いっせいに模倣に走った。 ただビデオをみてマネッコできるというものではないのはもちろんで、ニュージーランドのようなちっこい国にも担当がついて、懇切にノウハウを教えてもらったのだと聞いています。 それまでは、ひとりの患者を検査するのにえっちらおっちら防護服を身につけて、組織サンプルを採取しおわると、またぞろ、えっちらおっちら防護服を脱いで、捨てて、やれやれ次の患者をみるのにまた新しいえっちらおっちらなのか、とうんざり疲労困憊させられていた検査が、ドライブスルーに変えることによって手袋を変えるだけで必要十分な安全が保たれることになった。 一日にがんばっても10件、ひどければ1〜2人しかできなかった検査が、これによって、十倍の数をこなせるようになった。 … Continue reading

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災厄日記 その6 4月2日 菜園が教えてくれたこと

ブラックスワンに備えるのは愚か者のすることだ、という。 オカネの世界の話です。 世界戦争や地震、疫病パンデミックなどは「起こらない」と前提することで資本主義経済はなりたっている。 予想を越えた、とんでもないことは、起きてから心配することになっていて、いまのように現実にブラックスワンがもたらされると、現実は、結局、いいとしこいたおとなのカネモチやリーダーたちが右往左往することになっている。 家庭菜園拡充計画について、主にツイッタでなんども述べたので、おぼえている人もいるとおもう。 だいたい去年のあいだに計画は完了して、モニも小さいひとびとも、「自分の割り当ての区画」があります。 ぼくは2mX2mX0.8mのマルチで満たした、花壇に似た、完全に地面からもちあげられているブロックを6個、自分用に持っている。 家のひとびとが興味をもたないアジア系の野菜などは、みなここで育てる。 長ネギがあって、コリアンダーがあって、唐辛子がある。 それとは別に、マイクログリーン、カイワレやもやしをキッチンの隅で育てている。 ブラックスワンが起きた時の救荒野菜のつもりだったが、やってみると、新鮮な野菜を補う当初の目的より、毎日、水をやって、いろいろな生命が、少しずつ育ってゆくのを見るほうが主眼になってしまった。 自分だけのオタク菜園区画を別にしても、玄関の脇にあるオリブの木がびっしりと実を付け、なかなか結実しないライムが、たった一個だけ、それでも立派な実をつけると、収穫して、恭しくコロナ・ビールにいれて「やっぱり自分の庭でとれたものは味が違う」とひとりごちる。 自分の庭でとれたって、プロが栽培したって、コロナビールにいれて使うくらいで、ライムの味の違いなんてあるわけがないが、そうやって簡単に理性を失って愚かにも有頂天になれるところが、自分で菜園をもつ楽しみなのであるとおもわれる。 鶏も飼う予定だったが鶏舎を購入して、裏庭に設置したところで、めんどくさくなって放っておいているうちに、今回のパンデミックが来てしまった。 これも庭でとれた、でっかいお芋さんを輪切りにして、天ぷらにしたのを頬張りながら、これでしばらく「新鮮な卵」の夢はついえてしまったではないか、と、がっかりする。 ただし、そこで自分の怠惰を責めたりしないところが、テキトー人生のこつであって、なりゆきまかせというか、自分の場合、人生における最大の不確定要素は自分自身の気まぐれだが、それはそれで、与えられた初期条件ということになっている。 スーパーマーケットに人が押し寄せて、隣国のオーストラリアではトイレットペーパーの取り合いで殴り合いになったふたりの女の人の動画が世界中に流布されて、「やっぱりオーストラリア人は流刑人のなれのはてだけあって粗暴である」と連合王国人たちを喜ばせていたが、次の週には、ロンドンで、ふたりの人の殴り合いどころか、トイレットペーパーの奪い合いで、十数人の集団が入り乱れての乱闘が伝えられて、今度はアメリカやダウンアンダーのひとびとに無上の娯楽を供したりしていた。 我に返って落ち着いてみると、せっかく競争者を殴り倒して手にしたトイレットペーパーを使用するためには、まず食べることが必要で、考えてみると、トイレットペーパーの備蓄はあっても、食べ物の備蓄は心許ないので、今度は、またも延々と行列して、食料を買い出すことになった。 トイレットペーパー騒ぎがおさまると、パスタが真っ先に売り切れたようです。 そのつぎが、世間をちょっと驚かせたことに、米。 ロングライス、ミディアムライス、ショートライス。 バスマティ、ジャスミン、ジャポニカ。 本来、米を食べない人が米を買ったからでしょう。 炊飯器まで売り切れている。 多分、まっさきに売り切れると予想された小麦粉は3番目で、多分、ライフスタイルがいつのまにか変わっていて、パンを焼くという時間が普段の生活から消滅してしまったせいではないかと推測される。 いまは小麦粉が見事なくらい棚から消えてしまったので時間差だけで、やっぱり必需品なのが判ったが当初は買い占められなかったのは「パンはベーカリーで買うもの」ということに、なってしまっていたのかもしれません。 英語ではnosyという。 隣家から話し声が聞こえると、さっと二階の部屋にあがって、カーテンの隙間から、隣をのぞきみて、おやおや夫婦で口論しているな、旦那のジョンに若い愛人でもできたかな、第一、奥さんのアイリーンはこのごろだいぶん太ったようだ、ジョンの不倫のストレスだろうか、というようなことをやる人を「nosyな人」といいます。 ロックダウンちゅうだがスーパーマーケットだけは行ってもいいことになっている、という屁理屈をこねて、モニと一緒にスーパーマーケットへ「偵察」にでかけた。 駐車場をゆっくり走りながら、見たものは、多分、一生、光景として忘れられない。 若い人も、年寄りも、でっぷり太った人も、ガリガリくんに痩せた人も、足下にマーカーが描かれてでもいるのか、きっかり2mの間隔をあけて、じっと長い入場順番待ちの行列にたちつくしているひとたちで、いざとなると、最近のチャライ風潮から我にかえって、伝統のドマジメな姿をみせるKiwiたちの姿を見て、もしかしたらニュージーランドは意外と早くCOVID-19が終熄するのではないか、と述べて、モニさんに「ガメは、あまい」と笑われたりした。 ふと思い出してみると、菜園を始めたときは、つまりはコモ湖の周辺に暮らす人たちが、花などには見向きもせずに、トマトやカボチャ、実用に徹した野菜の栽培に庭のすべてを使っている記憶で、イタリア人のまねっこで始めただけのことで、芽がでても、育っても、トマトの赤い色につられたTuiやマイナーバード、ブラックバードの鳥たちが食い荒らしたときに腹がたったくらいで、感情が菜園に向くことはなかった。 ところがパンデミックの渦中では、生命が芽吹くことの、なんともいわれない美しさに心が動いて、「大地のめぐみ」というような陳腐な表現まで頭に浮かんでくる。 なんだか、自分でもびっくりしてしまうが、大地から生命が生まれることに感動している自分を発見する。 意想外なことに、菜園は、新鮮な野菜よりも心の健康のために最もよかったわけで、自分の生命だけではなく、人間という存在の無条件な生命への愛情の強さが実感される、という不思議な結果になった。 もともと1年分程度の食料の備蓄はある家で、その上に買い足したものができたので、 もっかはウォークイン冷凍庫も、チェスト冷凍庫も、冷蔵庫も食物でいっぱいで、お菓子の家に住んでいるみたいというか、家自体が食べ物だらけで楽しいが、報道を読んでいると、「収束に向かうまで2,3年はかかりそうだ」という予想も出ていたりして、なんだ1年分なんかじゃ足りなかったのか、と、いまさらながら「えらいこっちゃ」と呟いたりする。 ニュージーランドはアーダーン首相が比較的に頭がしっかりした人で、適切と国民が納得する決断を毎日つづけて、それがこのひとの特徴で、断固として、妥協のない態度で徹底的に実行しているが、 なんども書いたように、パンデミックには国境などない。 物理的に人口過密な地帯から遠いので、やや有利だが、欧州からが多い、数千人の帰国者がおおく感染していて、医療施設に負荷がかからないように、個々の良心に信頼した自宅隔離に任せているのでわかるとおり、ニュージーランドも感染の洪水を免れるわけにはいかないでしょう。 … Continue reading

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災厄日記 その5 4月1日 明日は我が身

見たいものしか見ない。 新聞記者ですら、取材する前に、初めに自分の頭のなかでストーリーをつくって、それにあわせて現実を編集する。 恣意と現実が濃厚接触している日本の人の国民性を考えると、統計にあらわれる数字を誤魔化していないと考えるのは、たいへん難しい。 だが誤魔化しなれているというか、通常は誤魔化しの主体である霞ヶ関ゴマカシ団は、未来に起きるブラックスワンについては震災被害予想を50万人から5000人というように、大胆にゼロをいくつももぎとってしまうと過去に当時の通産省から某庁に出向していた人から直截に聴いたことがあるが、現に目の前で起きていることについては、少なめに少なめに見えるようにもっていくという、subtleな通好みの誤魔化しを専らにしているようです。 ロンバルディアやニューヨークを見ていると、COVID-19の死者がおおすぎて、処理に困って、冷凍車に次から次に放り込む、プラスチックで密閉した死体を、穴にまとめて落とし込む、で、数字を誤魔化せても、現実がそこまでいってしまえば、いくらなんでも隠し通せるものではない。 日本がCOVID-19の拡散が遅い国のひとつであることは、だから紛れもない現実で、 簡単にいって、「がんばってね」と述べる以外は、なあんにもしない政府や自治体の、エンドウマメの神様でも腰を抜かすような無対策・無能ぶりはすでに世界中に報道されているのに、それなのに、なんでCOVID-19に罹るのはおれたちで、あんたたちじゃないの?と世界中の人が訝っている。 研究者の論文や、啓蒙文章、USA Todayやテレグラフのようなテキトー新聞に至るまで、JapanJapanJapanと拾い読みしていくと 1  日本で広まっているのは初期の中国型で欧州で猖獗しているものとはウイルス型が違うらしい 2 握手をしないで、離れた距離でお辞儀をしあう習慣 3 皆が皆、マスクをしてあるく、日本名物マスク軍団 4 普段は安倍の馬鹿野郎、麻生のおたんこなすと威勢がいいが、いざとなると、しおしおと政府の言うことに従って、居酒屋も行かず、エッチもせずで、言われたとおりに行動する天然全体主義 というような理由が考えられている。 程度がどの程度かは別にして、日本は感染症がすすみにくい社会であるのは、むかしから知られていて、理由は比較的明瞭で、だいたい70年代くらいから、日本人は清潔であることを志しはじめて、清潔で衛生的であることを現代的であることの指標としてきた。 バルセロナに初めて滞在した人がぶったまげるのは、ホテルに泊まれば、ホテルは外国人観光客用に出来ているので気が付かないが、普通のピソならば 例えばトイレには、トイレットシートの隣に箱がある。 蓋がマジメに閉じてあります。 なんだろう、これは?と開けて見ると、あっというまにおじいさん、なわけはないのであって、なんだか黄色や茶色がべったりついたトイレットペーパーがつまっている。 メキシコやなんかとおなじで、下水管がトイレットペーパーを受け付けない。 だから、ばっちい紙がゴミとして箱のなかに犇めいている。 あるとき、グラシアから坂をおりて、ディアグナルを歩いていたら、向こうからやってきた会社員風のおっさんが、ぐっしゃああん、とくしゃみをする。 カタルーニャの人はくしゃみをするときに手のひらで口を覆う習慣をもたないので、つばの飛沫が、ぴゅんととんで唇についたのがわかる、という珍しい経験をした。 効果覿面、次の日から高熱が出て、寝込んでしまって、一週間ピソで寝ることになった。 一緒にいて懸命に看護してくれたモニも倒れてしまって、ふたりで、このままグラシアで儚くなるのか、とマジメに覚悟しました。 友達ができると、今度は小さなテーブルをはさんで、手をのばせば届く距離で、毎晩、談笑する。 イタリアの人やスペインの人は、とにかく気心の知れた友達と集まって、わいわい言って遊ぶのが好きで、特に週末に限らず、平日でも、なにしろ、バルセロナ人は夕食を午後10時くらいに摂るが、午後9時ころになると住宅地からレストラン街へ向かって「夕飯ラッシュアワー」で混雑するほどで、普通のひとは、そういう身近な社交を生き甲斐にしている。 別れの言葉を述べあって、家路に着く前には、抱き合って、頬に口づけして、またすぐに会うのだけれど、また思わず抱き合ってしまって別れを惜しむ。 ウイルスからすると「しめしめ」な習慣で、あれで流行できなければウイルスとして失格で、神様にお仕置きとしてRNAを抜かれて、殻だけにされかねない。 そうやって考えていると、やはり日本の人の孤独な生活が奏功しているのだとおもえなくもない。 でも、「いいことばかりはありゃしねえ」と忌野清志郎も天国で歌っている。 まず満員電車がある。 ずらっと居並んでいるひとは皆マスクをしているとはいっても、ほら、そこのきみ、そう、吊革につかまっているきみです。 その吊革やポールでCOVID-19を引き起こすSARS-CoV-2は72時間、生き延びている。 隣の同僚がすぐそばに座っていて仕切りで囲ってさえいない職場の席がある。 嫌なことをいうと、きみが席を立っているあいだに、電話片手の急ぎのメモ書きに、隣の、症状は出ていないがすでに感染している同僚がちょっとボールペンを拝借して、そっと戻しておいたかもしれない。 全体に、日本は空間が小さい。 わしなどは古い地下鉄の駅で、天井の配管に頭をしこたまぶつけるという、にわかには信じがたい痛い思いをしたことさえある。 天井が低く、ドアが小さく、全体に狭小な空間にあわせて家具もミニチュアサイズで、家具と家具の間隙も小さい。 … Continue reading

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