災厄日記 その5 4月1日 明日は我が身

見たいものしか見ない。

新聞記者ですら、取材する前に、初めに自分の頭のなかでストーリーをつくって、それにあわせて現実を編集する。

恣意と現実が濃厚接触している日本の人の国民性を考えると、統計にあらわれる数字を誤魔化していないと考えるのは、たいへん難しい。

だが誤魔化しなれているというか、通常は誤魔化しの主体である霞ヶ関ゴマカシ団は、未来に起きるブラックスワンについては震災被害予想を50万人から5000人というように、大胆にゼロをいくつももぎとってしまうと過去に当時の通産省から某庁に出向していた人から直截に聴いたことがあるが、現に目の前で起きていることについては、少なめに少なめに見えるようにもっていくという、subtleな通好みの誤魔化しを専らにしているようです。

ロンバルディアやニューヨークを見ていると、COVID-19の死者がおおすぎて、処理に困って、冷凍車に次から次に放り込む、プラスチックで密閉した死体を、穴にまとめて落とし込む、で、数字を誤魔化せても、現実がそこまでいってしまえば、いくらなんでも隠し通せるものではない。

日本がCOVID-19の拡散が遅い国のひとつであることは、だから紛れもない現実で、
簡単にいって、「がんばってね」と述べる以外は、なあんにもしない政府や自治体の、エンドウマメの神様でも腰を抜かすような無対策・無能ぶりはすでに世界中に報道されているのに、それなのに、なんでCOVID-19に罹るのはおれたちで、あんたたちじゃないの?と世界中の人が訝っている。

研究者の論文や、啓蒙文章、USA Todayやテレグラフのようなテキトー新聞に至るまで、JapanJapanJapanと拾い読みしていくと

1  日本で広まっているのは初期の中国型で欧州で猖獗しているものとはウイルス型が違うらしい

2 握手をしないで、離れた距離でお辞儀をしあう習慣

3 皆が皆、マスクをしてあるく、日本名物マスク軍団

4 普段は安倍の馬鹿野郎、麻生のおたんこなすと威勢がいいが、いざとなると、しおしおと政府の言うことに従って、居酒屋も行かず、エッチもせずで、言われたとおりに行動する天然全体主義

というような理由が考えられている。

程度がどの程度かは別にして、日本は感染症がすすみにくい社会であるのは、むかしから知られていて、理由は比較的明瞭で、だいたい70年代くらいから、日本人は清潔であることを志しはじめて、清潔で衛生的であることを現代的であることの指標としてきた。

バルセロナに初めて滞在した人がぶったまげるのは、ホテルに泊まれば、ホテルは外国人観光客用に出来ているので気が付かないが、普通のピソならば
例えばトイレには、トイレットシートの隣に箱がある。
蓋がマジメに閉じてあります。

なんだろう、これは?と開けて見ると、あっというまにおじいさん、なわけはないのであって、なんだか黄色や茶色がべったりついたトイレットペーパーがつまっている。

メキシコやなんかとおなじで、下水管がトイレットペーパーを受け付けない。
だから、ばっちい紙がゴミとして箱のなかに犇めいている。

あるとき、グラシアから坂をおりて、ディアグナルを歩いていたら、向こうからやってきた会社員風のおっさんが、ぐっしゃああん、とくしゃみをする。

カタルーニャの人はくしゃみをするときに手のひらで口を覆う習慣をもたないので、つばの飛沫が、ぴゅんととんで唇についたのがわかる、という珍しい経験をした。

効果覿面、次の日から高熱が出て、寝込んでしまって、一週間ピソで寝ることになった。

一緒にいて懸命に看護してくれたモニも倒れてしまって、ふたりで、このままグラシアで儚くなるのか、とマジメに覚悟しました。

友達ができると、今度は小さなテーブルをはさんで、手をのばせば届く距離で、毎晩、談笑する。

イタリアの人やスペインの人は、とにかく気心の知れた友達と集まって、わいわい言って遊ぶのが好きで、特に週末に限らず、平日でも、なにしろ、バルセロナ人は夕食を午後10時くらいに摂るが、午後9時ころになると住宅地からレストラン街へ向かって「夕飯ラッシュアワー」で混雑するほどで、普通のひとは、そういう身近な社交を生き甲斐にしている。

別れの言葉を述べあって、家路に着く前には、抱き合って、頬に口づけして、またすぐに会うのだけれど、また思わず抱き合ってしまって別れを惜しむ。

ウイルスからすると「しめしめ」な習慣で、あれで流行できなければウイルスとして失格で、神様にお仕置きとしてRNAを抜かれて、殻だけにされかねない。

そうやって考えていると、やはり日本の人の孤独な生活が奏功しているのだとおもえなくもない。

でも、「いいことばかりはありゃしねえ」と忌野清志郎も天国で歌っている。

まず満員電車がある。

ずらっと居並んでいるひとは皆マスクをしているとはいっても、ほら、そこのきみ、そう、吊革につかまっているきみです。

その吊革やポールでCOVID-19を引き起こすSARS-CoV-2は72時間、生き延びている。

隣の同僚がすぐそばに座っていて仕切りで囲ってさえいない職場の席がある。

嫌なことをいうと、きみが席を立っているあいだに、電話片手の急ぎのメモ書きに、隣の、症状は出ていないがすでに感染している同僚がちょっとボールペンを拝借して、そっと戻しておいたかもしれない。

全体に、日本は空間が小さい。

わしなどは古い地下鉄の駅で、天井の配管に頭をしこたまぶつけるという、にわかには信じがたい痛い思いをしたことさえある。

天井が低く、ドアが小さく、全体に狭小な空間にあわせて家具もミニチュアサイズで、家具と家具の間隙も小さい。

「えええー。ガメは、そういうけど、おいらの家の家具はスペイン製ですぜ」と、きみは言うであろう。

ところが、ところーが。

あれはですね。
日本市場向けに小さいサイズを工夫してつくっているのです。

むかし、初めて日本に長期滞在を画策したときに、当座に住む場所として、「高級」マンションを賃貸で借りたことがあったが、
ニュージーランドからもってきたデスクは、な、な、なんと、部屋いっぱいがデスクで、ベッドは寝室が全部ベッドで、入り口からいきなりベッドにあがりこむという不思議な生活になって、1ヶ月で早々に退散することになった。

写真で見ても、実家のラウンジのドアの横にたって上品な微笑みをたたえているわしの横にあるドアは、わし背丈の2倍は軽くあるが、日本では特に天井が高いアパートを買ったにも関わらずドアとわしが背比べしている。

日本にいたあいだ、やったあー、と小躍りしては頭をおもいきり天井にぶつけたりしていたわけである。

義理叔父に頭を天井にぶつけた、と述べると、おまえはシャチか、と言われたが、わしがシャチなのではなくて部屋がチャチなのです。

自分で読んでも、ひどい、センスのないダジャレだが、これもウイルスの蔓延のせいだと言わざるをえない。

そうやって、いやほんとにあのときは痛かったなあ、銀座駅のバカヤロウとおもいながら世界の危機についておもいをめぐらして、日本の状況を憶測すると、多分、「社会習慣によって折角拡散が遅れているのに、それを政府が活かせないでみすみす感染爆発が起きるのを待っている」くらいの状況なのではなかろーか。

twitterで、いまはなにを述べても、日本の人には実感をもって理解されたりはしないことが判っている。

マスメディアに眼を転じると、ひどい人になると、「インフルエンザみたいなものじゃないの?インフルエンザのほうが、たくさん人が死んでるじゃない」というタワケまでいる。

このあいだも、ついうっかりタイムラインの友達のリンクを押してしまって、元テレビディクターで、いまは大学で教師をしながらオピニオンリーダーをやってるんだかなんだかの、ケーハクな老人が、もっともらしい言葉遣いを工夫して、英語世界では「素人さわるべからず」と本人たちが注意喚起しているオックスフォード仮説の集団免疫を「日本では、これがすでに実現しているから、心配しなくてもいい」という、とんでもない無責任な説を述べていた。

社会習慣と国と物理的な位置、それと、ここでは内容を述べないがゼノフォビアとで生まれたチャンスを活かすことはできなかったが、それでも他国よりも数歩おくれて感染が拡大していることには、イタリア人やアメリカ人たちの成功と失敗から学ぶ、ということは出来て、これは巨大な幸運です。

ぼ、ぼ、ぼく、英語が読めないんです、どうしよう?と周章てる人がいるかも知れないが、なにもCOVID-19の情緒やニュアンスを理解する必要はないのだから、こういうときこそ、グーグルの、世界になだたるマヌケサービス、グーグル・トランスレーションを使えばよい。

懸命に読んでいけば、読んだぶんだけ、生存の確率があがってゆくことになります。

だいたい日本の人のなかで慧眼の持ち主とおぼしき人たちが述べていることを読んでいると、「アメリカの三週遅れ」という意見が多いようだ。

感染者数が増え出したことを欧州型が入ってきたせいではないか、と考えている研究者もいるようです。

このブログ記事には「自分という最も大切な友達」がよく出てくるが、今回は、そのきみの最愛の友の生き死にの問題になっている。

すべてを捨てても、まず生き抜くことだとおもいます。

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4 Responses to 災厄日記 その5 4月1日 明日は我が身

  1. TWICE says:

    すべてを捨てても生き抜く覚悟はあるか。ガメさんのブログにしては強い語気の締め言葉だったように感じた。すべてを捨てても命を救おうと行動している世界に日本人は気付いていますか?と。

    日本の天然全体主義はマスク着用率を高めるが、学校再開や満員電車をもたらすので感染症には有利とは言えないと想像するが、要因分析は後世に任せればよく、今はすべてを捨てても生き抜く覚悟を持つ個人が増えることを願う。日本がスゴイ理由探しをしてしまうのは、天然全体主義ゆえの、個人と国家あるいは中間集団との溶け合うような濃厚接触だが、この機会にsocial distancingを学び、個人の時間を生きることを学び、最愛の自分という友達の生存と幸福追求を果たしてほしい。お子さんにも個人の時間を伝える良い機会だ。

    霞が関が数字を誤魔化すのは公然の秘密で、公文書も基幹統計も周知の通り。それでも死亡数を誤魔化すのは難しい、というのは厚労省の内部で聞いたことがある。厚労省内部の分析班は検閲を経た資料しか発表できないので、まあ、そういうこと。霞が関が韓国に学ぶことは想像できなくとも、USやドイツのマネをしないのは異常であり(米、英、仏、独あたりを参照国とする慣習)国内固有の理由があるということか。利権ないのかも。国庫も個人もすっからかんやし。

    今回は検査数を抑制しつつ陽性件数だけメディアに載せることで国内感染者が少ないように見せた。テレビ有名人から夜の店というクラスタを強調し行政の不作為による感染拡大という印象を消し去ろうとしているように見える。3月上旬に海外渡航していた大学生を掌返しで非難し始めたのも同じ目的で、いつものマーケティング仕事だろう。今後も弱いものいじめのようなクラスタ叩きをトップダウンで繰り出す可能性がある。厚労省や都庁がクラスタ対策に成功しており行政の不作為がないように見せるために弱者や個人の人権が犠牲にならないことを願う。

    日本は4/1時点で市中感染、院内感染が蔓延している状況であり、クラスタ対策の段階を過ぎている。

    それから、英語が読めない読者向けに紹介として、日本人のいち個人としてgoogle transよりDeepL Translator(https://www.deepl.com/translator)が翻訳した日本語が読みやすかった。ここに以下のような英語ニュースやサイトの英語をコピペすると日本語に翻訳される。誰かの参考になれば幸い。
    ・英語ニュースの一例として、ガーディアン誌(https://www.theguardian.com/international)があり、連日COVID19の記事で一面が埋め尽くされている。
    ・アカデミアのまとめサイトの一例(Johns Hopkins Coronavirus Resource Center:https://coronavirus.jhu.edu/)

    以上。

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  2. kaz184 says:

    危機に際しては無能も悪意も区別が付かないということのようだ。

    3/4に感染研の疫学調査分の検査数が突如報告され、全国陽性率が急激に減少した。これは感染研や厚労省の隠蔽体質を疑われる出来事であった。3/19に専門家会議が提出した資料には公表日ではなく発症日によるエピカーブが記載されていたが、最近これを有志が公表された膨大なPDFから復元し、専門家会議の提出したエピカーブと殆ど一致することを示した。これは厚労省に近いはずの彼らであっても公表されたデータ以上を把握していないことを示している。

    中国が提出するデータの信憑性は1月末時点でかなり高いものになっていた。それは現地の混乱と不安が、些細な不正すら全く許容しない空気を官民問わず共有させていたからであって、中央政府や専門家の介入はそれに拍車をかけ、当時それほど深刻ではなかった周辺の都市に同じ空気を伝搬したに過ぎない。日本でも同様の傾向であろう。悪意を挟み込む余地すら無いほど追い詰められる事によってのみデータの信憑性は保証され、管理者の無能がデータの不整合を引き起こす。

    J&Jは2月半ばに「ワクチン開発には1年はかかる」と述べていたが正確であったようだ。彼らは治験の結果を待たずワクチンを作り、認可が降りる頃には10億本を用意できるとしている。全人口80億人の内重症化する者は16億人に及ぶが、「来年の早い時期」を来年3月と仮定すると、とにかく重症化率と致死率を下げるためにワクチンを使い「ただの風邪」と見なしうる状況になるまでは更にそこから1年はかかるであろう。上手くいけば。

    社会としてのリスクは色々あるだろうが、個人としては「風邪ひいたので休みます」が通用する社会になるのだから基本的には歓迎している。学生は軍隊生活を、新社会人は強制親睦会をしなくて良くなるから、使えるセーフティネットをフル活用すれば暮らしやすくなっていくだろう。

    それにしても、味も臭いもしないのでは現実逃避もままならんと見えて、痛快である。

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  3. 70colors says:

    2月に北イタリアがまずい、ということになって真っ先に思い出したのがローマの空港におけるトイレのことだった。(ピソと同じ)
    これはもしかしたら、と思ってその時喧嘩していたイタリア友に、万が一にでも喧嘩してでも送るために流せるポケットティッシュを集めて、ウェットティッシュと目薬も、と用意していた。結局、仲直りした上に
    「こちらで買えるから大丈夫」
    ってことでイタリアに行かずに目の前にそれはあります。

    。。ということを、読みながら思い出してうんうんと頷いていたよ。
    先日、日本語だけのTwitterを見てる人をふと覗いたら危機感がまるで違って震えがきた。ああ、こういうことなのか、と痛感した。
    政府や自治体が発表している数なんて全くもって信用ならない。じゃあ何を信用する?って、今まで友達やTwitterの各種言語の記事やTwitterのお友達のおかげで少し早く引きこもりに成功しているけど。それはガメさんのおかげでもある。
    生き延びようね。
    わたしは、生き延びるよ。

    追伸。ガメさんの「日本狭い小さい」エピソードを読むと、友達が日本に来るときほぼ必ず
    「頭の上気をつけて!」って言わなければならないのをこれまた思い出して、笑ってしまった。笑っていいものなのか、ぶつけた頭にお詫びしつつ。

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  4. pyokotan says:

    思いっきり笑った後に、今何をしなければならないかを改めて自覚しました。
    いつも、心を揺さぶられています。 
    ありがとうございます。

    「日本がCOVID-19の拡散が遅い国のひとつであることは、だから紛れもない現実」にたいしての理由がまた一つ見つかったかもしれません。

    https://blogos.com/article/4464

    BCGの接種が行われている国では、COVID-19の広がり方が遅いという「相関性」があることについての指摘です。
    すでに、医療者向けにBCG接種をしているところもあるようです。
    また、老人にBCG接種をすると、肺炎の劇症化を予防するという研究もあるようです。

    少し、光が見えてきたのでしょうか。

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