日本の記憶1

鐙摺(あぶずり)の山が見えて、その向こうには真っ白な入道雲が、起ち上がっている。
冷たい海に囲まれたふたつの国で育ったぼくは、日本の雄大な夏の雲が大好きだった。

ずっと後になって、西脇順三郎の詩に

積雲の悲しみ

という言葉が出てきて、その表現をずっとおぼえていた。
ぼくの日本語のなかには西脇順三郎の表現がたくさんつまっているが、ぶらぶら歩きのはての

三軒茶屋でつかれはて
蕎麦に生姜汁をぶっかけてくった

だったか、西脇順三郎特有の滑稽で美しい詠嘆のあいまに洩れる言葉や、

戦争中に、都会を避けるようにして鎌倉の大町に住んでいた頃につくったのでしょう、

学問もやれず、絵も描けず

というような嘆きの言葉に、戦前から途切れることなく続く、日本語人の、細々とした、ためいきそのもののような知性の輝きをみていた。

あの詩に出てくるトンネルは、釈迦堂のトンネルで、なんども通ったことがある。
幽霊がでるので有名なところで、夜は通ってはいけないことになっていたが、どういうわけか日本の幽霊を怖いと感じたことがなかったぼくは、子供のときも、おとなになって日本を再訪してからも、あんまり気に留めることもなく大町と浄明寺をつなぐ近道として使っていた。

どんなことを憶えているかというと、例えば葉山の狭い表通りに、風に懸垂するように揺れていた「氷」のサインをおぼえている。
長者ヶ崎の小さな砂浜で、若い女の人と一緒に、肩肘をついて寝転んでいた、やくざの背中一面の、華やかな色合いの刺青をおぼえている。

記憶のなかでは、葉山はいつも夏で、江ノ島は冬で、鎌倉に義理叔父の実家はあったので、一年中、何回も出かけたはずだが、場所によって季節が固定している。

子供のときは、葉山が好きで、ずっと早くになくなってしまったが、銀座スエヒロのしゃぶしゃぶ・すき焼き食べ放題のレストランがあって、おなじチェーンの店が江ノ島にもあったが、なぜか葉山の店のほうが好きで、せがんで、そちらにばかり連れて行ってもらった。

子供のときの日本の記憶を話すと、モニはいつも決まって、
「ガメは、ほんとに食べ物のことしかおぼえてないんだな」と述べて、なんだか屈託なく、とても嬉しそうに笑う。
いや三浦のスイカ売りもおぼえているよ、といいかけて、いや、そうかスイカも食べ物だったな、と気が付いて、自分でもふきだしてしまう。

東京よりも、鎌倉と葉山のほうが好きで、理由は簡単で、いまの人に話しても信じてもらえそうにないが、20年以上前のそのころは、まだ、こちらからみると、外国人は「ガイジン」で、相手が子供でもかまえて応対されることのほうが多かった。
館林という町で、プールに行ったら、高校生くらいの男の人がふたり走ってきて、すれちがいざまにお尻をつかんでいったのは、論外で、極端な例だったが、向かい合っていると、かまえているのがわかって、つかれて、しばらくすると、悲しい気持ちになったりしていた。

これも日本の人は信じてくれないそうだが、むかし、かーちゃんシスターが東京でいちばん困ったのは、ガイジンとみるとタクシーが止まってくれないことで、義理叔父と仲良しになってからは、一計を案じて、まず義理叔父が立って、タクシーを停めて、例の自動ドアがあくと、物陰からかーちゃんシスターが走り込んで、無理矢理乗ってしまっていたそうでした。

ぼくにも、嫌でない、おもしろい経験があって、奈良の町で、いまはもうないかもしれないタウンシップの定食屋さんで、義理叔父とカウンターに腰掛けて、前から食べたかったオムライスを注文したら、店のおばあちゃんが、お盆にいれてもってきてくれたのだけど、そのトレイを持つ両手が震えて、スプーンと金属の皿が、カタカタと鳴っていたのを、昨日のようにおぼえている。

鎌倉は、多分、その頃はまだ田舎と表現してよい町であったのに、子供の心にも、外国人と日本人をまったく区別しない町で、あとで判明した理由は、もともとイギリス人やドイツ人、フランス人が、多く住んでいて、慣れていたもののようでした。

とても居心地がよかった。

ぼくの頭のなかでは、家のことはなんでも家の手伝いをしてくれている人たちがやってくれて、友達は、きっと、この続きもののなかで述べる「歌子」のほかは、みんな外国人ばかりだった東京は、なんだか欧州のでっぱりのようなコミュニティで、鎌倉と葉山こそが日本だった。

ぼくの「日本人」のイメージは、だから、鎌倉人たちで、やさしくて、親切で、落ち着いていて、おしつけもしなければ、冷淡でもなくて、それでいて、明日から連合王国に帰るのだと判ると、「また必ずあおうね」と、眼をみつめて言える人達だった。
老齢の人が多かったので、もう多くの人が亡くなっているが、一方で、その頃の同年代の友達も何人かいて、いまは、あたりまえだがおとなで、なんでか鎌倉に住んでいるままの人は少ないが、いまでもemailのやりとりがあります。

梶原から北鎌倉に抜ける道の途中に、小さな小さな水田があったり、鎌倉山の、左に行けば林間病院?があった道を右にまがって、、満月の夜更けには、小さな小さな、でも燦然と輝いている富士山が見えて、うっとり見とれてしまったり、
その先の富士見坂をいくと、突然、目の前に午後の陽光を乱反射して、チョコレートの銀紙をいっぱいしわしわにして敷きつめたような海が七里ヶ浜の向こうに広がっていて、後年おとなになってから、再訪して、ははは、これって、坂をのぼりつめたところで、目の前に、わあああーと海が広がって、

箱根路を わが越えくれば 伊豆の海や 沖の小島に 波のよる見ゆ

で、実朝みたいでチョーかっこいいのでわ、とふざけて考えたりした。

その同じ路を、いまは、9歳のぼくが歩いていて、この日本という不思議なアジアの国を、好きになりそうだ、とわくわくしながら、歩いている。

そのことを、ときどき、このブログに続き物として書いていこうと考えました。

鐙摺の山の向こうの入道雲は、頭が気圧の低い大気につかえて、横に広がりだしている。
「金床雲、というんだよ。その雲がみえたら、おおいそぎで砂浜めざして泳いでもどらないとダメだよ」という義理叔父の言葉をおもいだして、陸めざして全速力で水泳する。

暖かい、のびやかな水で、身体の両脇を滑らかに流れていく。
砂浜にあがると、日本人の、40歳くらいの男のひとが、見事な英語で、
「ずいぶん泳ぎが上手な子だなあ!」と言って、おおげさにほめてくれた。

やったぜ、と意味もなくこぶしをふりあげたくなる気分。
ぼくは、この日本という国が大好きだ!
パラダイス!
パラダイス!

なんだか、昨日のことのようにおぼえている、あの興奮が、日常、まったく日本と縁が無いに等しいのに、いまだに、こうして日本語で文章を書いている、ヘンテコリンな毎日につながっているのでしょう。

自分で書いていても、なんで、こんなことを書いているのかわからないけど、また、2,3と書き継いで、日本の思い出や、日本で考えたことを、記録しておきたいとおもいます。

こうやって日本語で、日本のことを書いていると、どんどんやさしい柔らかい気持になってゆく、ただ、そのことだけのためにも。

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聴き取りにくい声 1

いままでの自分の一生で、最もよかったことは、もちろん、モニさんと出会ったことだった。
もしモニさんと会わなければ、ぼくは一生というものが、どういうものであるべきか、考える事さえなくて、ふらふらと町を歩いて、土曜日の朝には知らない女の人のベッドで眼をさましていただろう。
人間には、生きるに値する生があるのだと考えるようになったのは、まったくモニさんのおかげで、そう考えてみると、現実にそうであるよりもなにであるよりも、そう考える姿勢でのぞむ一生のほうが、遙かに快適で、意味が感じられて、満足がおおきいのがわかった。

まるで、かすれがちな鉛筆のスケッチが、色彩のついたペイントに変わるくらい、モニさんと会う前と会ったあとでは、自分の一生がまったく異なってみえたのは、不思議なほどだった。

だから、質と次元が異なるので、「二番目によかったこと」というようなものはないが、数学を勉強したことは、「頭をちゃんと動かす言語」を手にいれた点ではよかったとおもう。

あんまり詳しく書くわけにはいかないけど、ぼくの学歴は変則で、他のひとよりもずっと早く大学までを通過している。
こっちのほうは、どうだろう、いま考えて見ると、まわりに較べて自分が子供すぎて、といっても体格はおなじくらいで、あまつさえ、もしゃもしゃ髭を生やしていたので、少なくともパッと見た目は判らなかったかもしれないが、学校という制度への異和感は、周囲とのちぐはぐな感覚からできたのかもしれなくて、あんまりよくなかったのかもしれない。

あれは多分、女の人に生まれたほうが、男たちの女の人一般に対する、「保護」というような勘違いが功を奏して、まったくのミスマッチがマッチする結果になって、人よりもはやく大学を卒業することに、それほど奇異な感覚をもたなくてもいいのかもしれない。

迷路のパズルは出口から入り口をめざしたほうが簡単なのは知っているでしょう?
あれは論理よりも心理的なものではないかとおもうが、オカネを稼ぐのもおなじで、一生の終わりにおける富貴と安定をめざすよりも、出だしで、どおおおんと稼いでしまったほうがいい。
最近は、実際、高校生くらいで一生を楽に暮らせてしまう金額を稼いでしまう、例えばプログラミングが好きな人がたくさんいるので、案外、このブログを10年後くらいに読む人は、「なんで、こんな誰でも考えることを、わざわざ文章にして書いているのだろう?」と訝るかもしれないが、ぼくが大学で一生をすごす考えに見切りをつけて、自分では「冒険」と呼んでいた生活に乗り出したころには、そういう考えをする人間は皆無で、ひどい人になると、「きみは、いざダメでも家が富裕だから、いいよな」と言ったりするつもりで、家のオカネに手を付けるという、それだけは、一生のおおきな心の傷になるので、避けようとかたく心に決めていたぼくは、えらく腐ったものだった。

でも初めにオカネを稼いでしまったのは、やっぱりよいことだった。
それは、これから世の中にでてゆくきみには、役に立つ知識なのではないかとおもっています。

このあいだは、他人の目のなかで生きるな、他人の期待のなかで生きるほど悲惨をまねく生き方はない、と言ったのだけれど、自分で自分に期待しすぎるということもやはりないとはいえない。

自分には他人にないなにかがあるはずだ、と信じて、実際、それはきっとあるんだけど、たいてい、自分があると感じる方向とは見当違いのところに存在することにも、人間の不幸は起因しうる。

聴き取りにくい声を聴くのは、このブログのメインテーマのひとつだが、自分の内なる声にもおなじことがいえて、例えば、ギターの弦を弾いて、「あれ、いまの音、楽器がたてた音とはべつに、心のなかでした音はなんだろう?」とおもう。
数学ができて、物理が得意で、ところが、ほんとうは音楽のほうに天才が存在してギタリストになった人がいる。
あるいは、アメリカンフットボールのプロとして、つまりNFLで、オフェンシブラインの要に立って、巌のようであった人が、実は、数学者としてのほうが遙かに才能があった、ということがある。

少し話が変わるが、男として育ってきたけれど、内心の声は、どう聴いても女の人の声で、おもいきって女として暮らし始めたら、堰を切ったように幸運と幸福が押し寄せてきた人がいる。

ときどき、野球がない国に生まれたら、ベーブ・ルースはどんな一生を送っただろう、というような話で、パブの立ちテーブルを囲んで笑い声が響くことがある。
だが、科学がない世界に生まれて、科学そのものばかりか、科学に必要な道具まで生み出してしまった人もいる。

このアイザック・ニュートンという人の際立った特徴は、ほかの天才がなべて持っている「幼少時の天才ぶりを示す逸話」が皆無であることで、どんなに調べてみても、精巧な風車小屋をつくった、という記録しか残っていない。
それが突然、という印象で万有引力と二項定理を発見したのが1665年、バローが「あれ?この若者はもしかしたら、大変な才能をもっているのではないか」と疑問におもいだしてから、たった2年後のことで、人間の才能というものは、あぶりだしのための化学薬品がなければ不可視なのだ、ということが、これほど判りやすい人はいない。

しかも、この人は自分がいったん達成してしまったことに対しては、徹底的に無関心で、有名なプリンキピアは、ハーレーが彗星の運動の法則性について、はるばるオックスフォードからケンブリッジまでやってきて、ニュートンを訪問しなければ、世の中には出ないはずの本だったのは、いまでは、よく知られたことだと思います。

このアイザック・ニュートンと、つかみあいの喧嘩じみた、大喧嘩を「誰が初めに解析学を創始したか」について延々と繰り広げたライプニッツも、実は、同類といえば同類の人間で、この人は、ちゃっかり、「世の中の人に判りやすい受け狙いの哲学」と「どうせ誰にも理解できはしないが、自分では確信している、ほんものの哲学」にわけて、後者は公表にいっさい興味をもたず、前者でらくちんなオカネ稼ぎをして暮らしていた。
一方で、精魂こめて書いたはずのジョン・ロックに読ませるためのめっちゃでっかい論文は、ロックが死んでしまうと、公刊もせず、誰にもみせずに、ほうっぽらかしてしまうという体たらくだった。

この仲が悪かったふたりから、真への衝動はなにか、人間を突き動かすものはなにか、ということを読み取るのは、そんなに難しいことではないような気がする。

きみは、違う答えを期待していて、え?とおもうかもしれないが、人間を深いところで突き動かして、真に偉大な知的活動に導くのは、魔術的な衝動ではないかとぼくはおもっています。

かーちゃんの知恵で、家事を面倒みてくれるひとたちとともに農場にほっぽらかしでいさせてもらえる時間をすごしたぼくは、退屈が極まって、膨大な余剰時間のなかにおかれると、人間は、不思議な情熱を感じるようになることを学んだ。
自分で考えて、いちばん可笑しかったのは、頭では、そんなことはありえないと熟知しているのに、ロトの番号を予知する方法があるのではないかと考えた期間があったことで、いま考えても信じられないというか、普通の精神状態ではなくて、ばかばかしくて情けないが、ところが、このときに、まったく同じ魔術的な時間と精神状態のなかから、あとでインベストメントでおおきな利益をもたらすことになる、非公開なのでまさか言わないが、方法をみいだすことになった。
魔法の薬を調合したり、錬金術師の精神状態とおなじであるはずで、考えて見ると、アイザック・ニュートンが最後に没頭した研究も土から黄金を生みだす錬金術だった。

賭けてもよいが、アイザック・ニュートンは、魔術的状態に陥らない、平板な理性とともにある状態では、錬金術など、可能であるわけがない、と考えていたはずです。
土くれから黄金ができるわけがないのは知っていたが、土から黄金をうみだす方法がみいだせるのではないかと魔術的な確信をもっていた。

いつか、きみに「科学の両親の片方が魔術であると知らないのは、日本の科学思想の不幸な点であるとおもう」と述べたでしょう?
したり顔で「あのくらいの放射能が安全であることは科学の鏡に照らして常識に類する」と述べたがるようなタイプの教室科学者には、理解のよすがもあるわけはないが、科学はもともと暴走どころか、魔術の後身とみなすことができて、例えば数学者には、いまでも魔術的な感興で、少し身体が浮いている人がたくさんいます。

身体は男だが実は自分が女であったり、論理の向こう側から、いままでに既知の論理ではありえない論理が呼びかけてくる声が聞こえたりすることには、共通の聴覚が必要で、この聴覚は、平々凡々たる人間が、幸福な一生を送るためにも、まったく違わず、寸分おなじ能力として必要なのだとおもう。

この記事を読んでもわかりにくければ、また、もどってくるよ。
タイマーが鳴って、
さっきから煮込んでいた酒の肴のアイアリッシュシチューが出来たようだから、残りは、また。

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花のなまえ

子供の頃、いちばん好きだった遊びはユークリッド幾何学だった。
五つの公理があって、そこから導かれる数々の定理を証明して、世界を少しずつ語りつくしていく、あの快感は、いま考えても、ほかにはあまり比類がない快楽だったとおもう。

もちろん、学校では、そんなものはまったくやっていなくて、ただ自分で見つけてきて、世の中に用事がなくなって使われなくなった言葉を死語というが、いわば死学で、子供の頭で考えても、まったくの時間のむだだったが、どうやら、むかしから、無駄なことにしか惹かれない性格で、自分の将来の生活に役立ちそうなことには、なんの興味ももたなかった。

父親の家系も、母親の家系も、一生職業についたことがない人間が、ごろごろいるダメな家に生まれたので、そういうこともよかったのかもしれない。
先祖には、まだ馬車が走っている時代に、イタリア出身の娼婦の女の人に、すっかり魂を奪われて、出奔して、イタリアに帰ってしまった、そのひとを追って、ローマに住み着いてしまった人もいたりして、それがまた、尊敬のまなざしとともに語られる家の雰囲気だったので、別にダメでよくて、気楽なもので、学校は行きたくないときは行かなかったし、朝から晩まで数学ばかりやっていても、嫌な顔をされたことはなくて、ありがたいというか、張り合いがないというか、一生なんて、なんだかテキトーでいいのだ、ということは、多分、だから、自分の考えであるよりも、家の思想であるのかもしれません。

家の敷地を流れていた小川を跳ぶことから始まって、運動も好きで、長じては、クリケットや乗馬のような、めくるめく気分の高揚があるスポーツだけでなくて、ただバカみたいに走ったり、泳いで湾口を横切るというようなことにも、興奮があることを学んでいった。

運動をする人はみな知っているが、えっこらせ、うんとこしょ、と声が出ているような動きが、運動を重ねるにつれて身体が軽くなって、軽々と、重力をシカトして身体を動かすことが出来るようになる。

いちばんの違いは、リズムをつけて、タッタッタ、ターンとこなすような、例えば跳躍なら跳躍が、リズムもなにもなくて、無造作に、いきなり本題の身体運動に入れるようになることで、身構えずに、まるで月の地面に立っている人のように、バク宙をできるようになるところまでくると、人間の知性などは、身体の運動能力の付録であるようにおもえてくる。

人間の最も惨めな生き方は、他人の目のなかで生きることだろう。
他人の目のなか、とは、言い換えれば、他人の価値観に応えるための一生ということで、有名な大学に入れば、ほめてもらえるし、ある場合には、ただ職業を述べただけで、賛嘆してもらえることすらある。

「他人」のなかで、最も恐ろしいのは親で、巧妙な親になると、例えば医師に息子を仕立てたいと考えていても、直截はいわず、「ぼく、立派な医者になって病気の人を救いたい」と述べた途端に眼を輝かせたりして、親と子のあいだで通じるサインで、巧みに息子を誘導して医師に仕立て上げてしまったりする。
有名な大学をでて、医師になって、あるいは医学研究者になって、まわりの人間に敬意をもたれて、行くさきざきで「すごいですね」と言われて、自分の人生をすってしまう人間などは、それこそ何十万人もいる。
難しいことではなくて、医業に「むいていない」人間で、自分の知っている人間を考えても、容赦のないことをいえば、他人の発想を援用した、ゴミのような論文を書いて、大学の準教授にまで、うまくなりおおせて、なにしろ英語人という生き物は口さがないので、陰では、ただのバカなのではないか、あれは医学の研究をしたかったのではなくて、医学者になりたかったのだろう、とまで言われながら、自分の専門とはまったく関係がなさそうな人間に出会うと、まるでまともな研究者であるかのようにふるまって、鬱憤を晴らす人間もいる。

これ以上ないほど惨めな一生だが、医学を物理学、あるいは数学に置き換えてさえ、この手の人間は無数に存在する。
みながみな、他人の視線のなかで生きたがために、自分の人生を無駄に費消してしまったひとびとなのだとおもう。

人間にとっては、自分がなにをやりたいかを発見するのは、たいへんな難事業だが、考えて見ると、なにごとか、自分の価値を発現する職業をみいだして、そこで、余人にはなしえないなにごとかを達成しようとすること自体が、いわば、自分の一生を危うくする発想で、別になにもしなくて、なにごともなしえないで終わっても、それのどこが悪いのか、ということを、両親から教わった。

せっかく健康な肉体をもって生まれてきたのだから、自分が生きていることを満喫して、また彼岸に帰ればよいではないか。
と、いまは思っている。

人間は魂として存在する期間が長いというが、仮に魂という存在の様式があるとして、魂にとってはローストラムを食べる味覚の喜びがなく、愛しい人の肌に触れる触覚の愉楽がなく、自分の身体が地面を蹴って、宙で反転する、筋肉の躍動の快楽を味わう能力もない。
肉体は現世の快楽の受容器で、せっかく肉体をもってうまれたのに、たとえば本ばかり読んで、魂でもやれることばかりやって、老いてしまうのでは、人間のやりがいがないというか、不燃の一生であるとおもう。

男と女の違いは、女に生まれつくと、男に生まれた場合と異なって、肉体を意識させられる機会が多いことであるのは、ほとんど考える必要もない。
まず、調子が悪い日が、男に較べると圧倒的に多い。
気分がすぐれない、身体が重い、自分で理解できないほど奇妙な判断を繰り返す、PMSだけではなくて、ホメオスタシスという、恒常性のバランスそのものが、ぐらぐらするので、今日は魂どころではないな、これは、と考える日が多い。
男のほうは、もともと肉体の構成が単純で、あんまり肉体を意識しなくてもいいように出来ているというか、もっと簡単にいえば、粗製で、最低限の要素で成り立って、テキトーなので、自分に肉体があることを忘れやすい。
女のひとびとのほうが、人間の一生の意味を深いところで捉えて、「生」ということについて、深く深く考える傾向がある所以であると思います。

人間の社会性は、実際には、動物として生き延びるための本能にしかすぎない。
動物としての自分と距離をおいて一生をすごそうとおもえば、社会性などは邪魔なだけで、垂直に、深い井戸を覗き込むようにして言語をつかったほうが、人間として価値がある一生をすごしやすいのは、言うまでもない。

人間は、個人として一個の完結した宇宙で、その宇宙に法則が生まれて、光が生じはじめることが、人間にとっての成熟であるに違いない。
数万光年を生きて、意識をもたない宇宙に較べて、人間という宇宙は80年という寿命しか持っていない。

どんなに名を残そう、この世界に新しいものをつけくわえようと頑張ってみても、一個の完結した宇宙である以上、それは意識の意匠にしかすぎなくて、現実は、肉体と中枢神経が感受した「快」の積み重ねができて、死とともに雨散霧消するのでしかない。
人間の言語が神を前提とし、善を願い、永遠という野原に自分を置いてみたがるのは、いずれも人間の意識が、自分が死ねば、この宇宙は無に帰するのだという寂寥に耐えられないからであるに過ぎない。

無惨、ということがあてはまりそうなほど人間という小宇宙は儚い存在だが、せめても自分の意識が存在しているあいだ、この世界を楽しんで、手に手をとって、お互いの儚さを大事にして、悪意や憎悪から自分を引き離して、たださえ短い小宇宙の寿命を無駄に費消することを避けて暮らすのがよいようにおもわれる。

ほら、日本の詩人も言っているでしょう?

ミルクを飲むように
花の名前をおぼえるように

それが、どれほど大事なことかわかったときに、人間の一生は、やっと、始まるのだとおもいます。

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真善美依存症

三十年以上も生きていると、こっちのほうに行くと危ない、というのがだんだん判るようになってくる。

Raspberry piは小さな小さなコンピュータで、目の前にあるModel B 3+でいえばおおきさは、8.56cmx5.65cmx1.7cm、CPUは1.4GHzのquad-coreのARM Cortex-A53と、ちっこくても、堂々たるコンピュータです。
USB(2.0)のポートが4つに、Ehernet、ビデオ出力はHDMIが付いている。
値段はたしか、近所のコンピュータ屋で、$50、つまり4000円くらいだったとおもう。

Noobsをいれて起動すると、いきなりパチモンofficeのセットや、pythonシェル+エディタや、要するにコンピュータで使いそうなものは、なんでんかんでん入っていて、遊べてしまう。

Windowsは、誰がなんだと言っても、顔がいやだが、noobsは、顔がもう相性の良さが感じられて、ドロップメニューがだらんと垂れ下がって、エディタやなんかが並んでいると、ブヒブヒ言って喜びそうになってしまう。

危ない、とおもう。

研究者は研究の道具としてPythonを使う。
若者は、というのは例えば高校生は、将来、自分の知的活動を支えるスキルのひとつとしてPythonを勉強する。

それは、わかる。

だが、30歳をすぎたおとなが、いいとしこいて、Pythonでプログラムを書くのがやみつきになるとは、どういうことか。
というよりも、むかし病みつきに病んで、これではならじとやっとリハビリに成功して、エディタが開いていない状態のモニタが並んでいるデスクに平静な気持ちで座っていられるようになったのに、またいつのまにか無限ループに入ってしまったプログラムを、ワイングラスを片手に、ボーゼンと眺めている。

その上に、ですね。
Raspberry piにあってはbreadboardという恐ろしいものと相性がいいのですよ。
Breadboard、知りませんか?

 

Breadboard Starter Kit for Arduino, includes components

 

こういう抵抗器やなんかと一緒のキットで、このまんなかで威張っていて、穴がぶつぶついっぱいあいているボードがbreadboard。
ハンダづけなしで、パーツを挿していって、おお、LEDが点滅している、パチパチパチ、とか言っているうちに、病膏肓に陥って、破滅するやつ。

プログラムで電子回路を動かす白痴的な喜びは、やってみた人でないと理解できない。

いまこうやって書いている日本語学習の趣味などは、かわいいもので、破滅につながるわけはない。
ブログ記事は、さすがに、片手間とはいかなくて、一時間か長ければ二時間、みっちりとモニタに向かわねばならないが、言語スキル維持にはtwitterという便利なものがあって、こっちはデスクの右の横っちょにあるモニタを、ちらちら眺めて、テキトーに受け答えしていれば、すんでしまう。
Pythonをちょっと書いて、ま、間違えた、をして集中力が切れると、twitterをちら見して、あっ、もじんどんがコーヒー飲んでるわ。浅煎りのコーヒーってうまいのかな、手元で絵を描いて、あ、また間違えたになって、twitterを瞥見して、josicoはん通勤先が変わったやん、給料もあがったんだびな、おごってもらいに行かねば、やりかけていた数学のグラフをびいいいーと描いて、あ、また間違えた間違えた、tweetの日本語も間違いだらけやん、をしたりしているうちに、陽は傾いて、飽きればモニさんがご本を読んでいるカウチに行って、ごろにゃんをする。

自分にとっては、しかし、一部プログラミング言語や、一部数学分野は、そういう安穏な生活を乱す凶悪なもので、なんだかヘンテコリンなことをおもいついて、夢中になりだすと、眼が血走って、失敗しておもわず裸足なのにデスクの足を蹴って、「い、いでえ」と痛いおもいをして世界を呪ったりすることになる。

敬して遠ざけるにしくはなし。

でも、ああいうものっちゅうのは、理性がコントロールできないくらい面白いんだすな。
あのめくるめく興奮と陶酔から、あんまり長いあいだ離れていると、つらい。

自分が、なにをやって、どんなふうに生きていくかは、考えるのが辛気くさいが、クルマのWOF、日本でいえば車検とおなじで、ときどきマジメにやっておかないと事故になる。

なんでもいいから稼げばいいのなら、早い話が、銀行強盗で数千億円、というような荒技でも、恙なくこなす自信がある。
あるいは、あれは意図したことでなくて、単にブロックチェーンの教材として購入したものが、投機の対象化して、どどどどどおおおおおんと騰ってしまって、こんなんじゃ本来の決済手段にならひんやん、アホらし、と考えて市場で売ったら、ひと財産できてしまったという、ちょーマヌケな成り行きのbitcoinみたいなものもある。
オカネを稼ぐのはことほどさように、正面きって考える鬱陶しささえ克服すれば、ド簡単なことで、「わたしは数百億円を、たった3年で稼ぎました」と述べてシャンパングラスを手にプールサイドで風に吹かれている若いおっちゃんの顔が、たいてい馬鹿面(ばかづら)なのは、そういう理由によっている。

友だちをみまわすと、ダンサーがいて、画家がいて、作家がいて、会社の経営者がいて、世の中で名前が売れると収入にゼロがいくつもついて増えるので、やむをえず有名になって暮らしている友達たちがいる。
アメリカなどという国は、有名であることがそのままオカネになる国で、若い女の人で、歌うことや演技には才能がない人が、やけくそみたいな、胸も、股股さんまで、透けてみえる服を着て艶然と微笑んでいたりするのは、そのせいです。

しかし、そりゃどうも落ち着いて暮らすには不自由だろう、と考えることには正当性がある。

本ばかり読んで暮らすと、ある日、ふと鏡をのぞきこむと紙魚になっている可能性がある。
紙魚になっていなくても、本ばかり読んで現実の世界に触れなければバカになっていることのほうは、太鼓判を押す。
本読みがバカなのは、世界共通の常識ですから。

若いときには、綺麗な女の人の、なめらかな肌や、スタンドの光に、ぼおっと浮き上がる金色の産毛や、枕に横顔をうずめて眠っていて、そっともらす吐息やなんかの虜になって、ヒマさえあれば女のひとと同衾する時期もあるが、客観的には、そういうことは、ハメハメ男とでも呼称されるべき滑稽で、だいいち、英語でいえばポルノ、日本語ではAVというものもあるが、あんなぐじゃぐじゃなみっともなさで、しかも、男の側の、眼も当てられないがくがくしたかっこわるい身体の動きは、誰かが見ていれば爆笑ものであるというか、女のひとは一般に男よりも賢いので、言葉にしないだけで、
「あんたがかわいいから、我慢して、こんなみっともないかっこをしてあげてるの、わかってるの?」と考えているのに違いない。

荒淫矢のごとしエッチもページに顔を埋めての沈思黙考も、札束が天井からドサドサ落ちてくるがごとき日常も、そうして、やってみると、どれもダメだが、では、どうすれば、だいたい正気でいられるのは20歳くらいから60歳くらいまでの40年弱しかないとおもわれる人間の一生を、死ぬ前のボケ頭で、まあ、こんなもんかと、ふり返って満足に過ごせる可能性をつくっていけるかというと、遊行、たいしたあてもなく一生の時間をぶらぶら歩きながら、笑ってはいけません、善と美と真理を信じること、そのみっつに、少しでも近付くことにしか人生の価値などはないのがわかってくる。

はいはいはい。
新興宗教の勧誘かよ、って、きみね、真実というものは臆面もないものなのですよ。
そりゃ、ぼくだって、もうちょっと気が利いたことを言いたいが、
真善美しか、この世界に真の価値があるものはないんだから、仕方がないじゃない。

具体的には、きみが男だって男のひとが対象でも全然かまわない、ぼくの場合はモニという女の人だったが、どんな嵐のなかでも、きみをやさしい気持にリセットしてくれる人に、なんとか巡り会うことです。
婚活、じゃ、電卓のボタンをたたく音がうるさすぎてダメっぽいが、それでもなかには打算から生まれる真の愛情がないとはいえないだろう。
デートサイトは、ときどき運悪く殺されてしまったりはするが、婚活よりも、真実の愛(けけけっ、「愛」だって)にめぐりあう可能性は遙かに高そうにおもわれる。

やさしい人が傍らに眠っていて、人間は、初めて世界を直視できるようになる。

なんだか、ちょっとも理屈がわからない、って?
そういうときはね、ほら、ニンジンも信心からて、言うじゃない。
妊娠も信心から、だったかな?
ちゃんと、おぼえてないけど。

まあ、たまには理屈がわからんことも、誰かが述べていたとおりにやってみるか、と考えてやってみればいいのですよ。

ほんとだよ。
嘘かもしれないけど、
でも、まあ、ほんとうなんです。

でわ

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integrity2

 

(この記事は前回の「integrity」

https://gamayauber1001.wordpress.com/2018/01/18/integrity_1/

の続きです)

 

 

 

人格の垂直性、では、長たらしくて、到底訳語とは言えず、かっこわるいが、自分にとっては「integrity」に最もしっくりくる日本語は「垂直性」で、ただ垂直だと、なんだ、ただ、おっ勃つことなのかと言われそうなので、人格の、くらいのサービスは付けておいたほうがよさそうです。

日本語の最大の遺産は現代詩であることは、ほとんど言うまでもない。
田村隆一は、「荒地」同人以来、山脈のようにつらなって素晴らしい景観をなす戦後詩人たちのなかでも、日本語に言語の実質をもたらした点で、ひときわ目立つ詩を書いた。

2

言葉のない世界を発見するのだ 言葉をつかって
真昼の球体を 正午の詩を
おれは垂直的人間
おれは水平的人聞にとどまるわけにはいかない

この「言葉のない世界」は、最後、

13

おれは小屋にかえらない
ウィスキーを水でわるように
言葉を意味でわるわけにはいかない

で、それこそ、ぞっとするほど垂直な表現で終わっていることで判るように、自らの言葉の垂直性についての表明だが、もちろん、それはそのまま人格の垂直性の表明になっている。

才能のある詩人というのは、どんな言語に生まれてもすごい嗅覚をもっていて、田村隆一は、戦後の、水平な、低徊をきわめる、パキスタンの首相に「エコノミック・アニマル」と呼ばれて、世界中から日本人が蔑まれた時代に、日本語の語彙に存在すらしないintegrityという概念、というよりも社会の背骨が日本には欠けていることを知悉していた。

ここで、おもしろいのは、といって面白がってはいけないだろうが、戦地を飢えと病に悩まされながら彷徨した鮎川信夫や大岡昇平とは異なって、田村隆一は、花街の料亭に生まれた、持ち前の都会的な要領のよさと、天賦の強運を発揮して、航空兵の教官として、実戦にはいちども参加せずに敗戦を迎え、戦後の都会人たちが飢餓と世界でも最低の部類だった治安の悪さに悩まされていたころ、若狭で、毎日おいしい魚を腹一杯たべて、くちくなると、若狭湾を泳ぎ渡って、青空をながめていた。

田村隆一は現実をみないで、すんでしまった。
他人の妻に手をだしてみたり、駆け落ちしてしまったり、当時の人の証言によると、いよいよ酔っ払うと、まともにベッドめざして口説くのもめんどくさくなって、バーのドアを開けてはいってくるなり、いちばん美人の女のひとにまっすぐ歩み寄って、「あなた、ぼくとイッパツやりませんか」と、ガメ某青年とおなじようなことを述べて女の人を、かっ攫うように連れ出してしまったり、あるいはこれは自分でエッセイに書いているが、電車に乗るのがめんどくさくなって、オカネの持ち合わせもないのに新橋から鎌倉二階堂の自宅までタクシーに乗って、払えないので、午前2時に稲村ヶ崎に住んでいた東山千栄子(小津の「東京物語」の母親役の人、戦前の貴族階級の出身)をたたき起こして、タクシー代を払ってもらって、
いつまでもいつまでも東山千栄子の、あの温顔で、ニコニコしながら手をふって見送る姿を後ろをふり返って眺めながら、「運転手さん、人間は、ああじゃなくっちゃいけない」とノーテンキを述べたりしていた。

田村隆一は、しかし、あるいはだからこそ、観念の階梯を駆け上ることに長けていて、この人にあっては、integrityは概念であるよりも、言語的な感覚であったでしょう。

前に貼った画像とおなじものを、もういちど貼っておきます。

ここで、この哲学者の友達が述べているように、日本語が使用されている社会では、integrityと手を携えて社会に存在するべきcommitmentも、実は存在していないのだ、とさりげなく指摘している。

Integrityもcommitmentも存在しない社会など、ホラー映画そのもので、勝てば官軍、勝ってしまえば、負けた方が真理に近かろうがなんだろうが、全部チャラで、おなじ哲人どんが、

と述べているが、考えてみると、integrityなどなければこうなる、という社会に日本は実際になりはてている。
このやりとりの元になっている海外在住の日本人たちを見て、みなで話しあったとおり、海外に住んでいても、日本語の思考がこびりついていて、それを意識できないひとたちもおなじで、言語というものの呪いに似たちからと影響力のしつこさについて、あらためて、考える。

タイムラインでintegrityの欠落が、どうやら、日本社会の、どうにも隠しようがなくなってきた、お下品ぶりの真因であるらしいと話しあわれるようになってから、誰それの本に出てきた、そういえばアメリカの大学にいたときに教授が述べていた、といろいろな人が記憶のなかから取りだして証言してくれているが、多分、英語で人口に膾炙した最も初めのものは、

Integrity without knowledge is weak and useless, and knowledge without integrity is dangerous and dreadful.

というジョンソン博士の言葉だとおもうが、英語の世界は実をいえばintegrityについての発言だらけで、たとえば、このあいだトランプと大喧嘩をぶっこいて国務長官をやめさせられたRex Tillersonもエクソン時代に

Throughout my life and career, I have continually been impressed with the importance of integrity – whether it was growing up as a Boy Scout, working in one of my first jobs as a university janitor, or being a leader in a Fortune 500 company.

なんちゃって、誇らしげに述べているし、ポップ歌手のKaty Perryも、

I’m a good girl because I really believe in love, integrity, and respect. I’m a bad girl because I like to tease.

と、読んでいて微妙な気持になることを述べている。

だんだん判ってきたのは、例えば、いま日本の人を通りに駆りたてている安倍政権のスキャンダルにしても、東京電力の福島事故に対する頬被りも、世界じゅうの若い人間の厳しい視線や国際司法裁判所の裁定をものともしないで、強行されて、その民族としての「面の皮の厚さと遵法意識の欠如」がオーストラリアとニュージーランドの、夏の恒例の話題になる捕鯨も、なんだか、えらいたくさんの日本にまつわる問題が言語としてintegrityの欠如に起因していて、あれもintegrityこれもintegrityで、なんだか、逐一のべているとアホみたいなので、口にしたくなくなるほどです。

もうかれこれ10年くらい日本語と付き合っているが、最近わかってきたのは、要するに西洋の尺度で日本を測るのは無理だ、という、がっかりするような当たり前の結論で、西洋的な概念でいえば、日本人は民族として倫理どころか道徳すらもったことがなく、明治以来、西洋の考えに類似していそうな規範なり精神的な拠り所なりを拾ってきては、角を削り、ネジ穴があうようにして、えいやっ、と西洋の「道徳」や「倫理」が元からあったような顔をすることに決めてしまったのが日本の近代文明であるとおもう。
出来上がったものは、極めて人工的な一種のパラレルワールドで、西洋風に機能しているが、やや理解が難しくて、当座の要にはいらないようにみえたintegrityのようなものは、おっことしてきてしまった。
Integrityは、利得のためには不要不急と判断されて、ほっといておいたら、実はそれこそが西洋社会の要で、肝腎そのものであったというマンガ的な例で、
他のすべての知識やエネルギーとともになくてはならない民族的資質で、しかも、integrityが欠落して賢く勤勉な人間ほど、他の人間たちにとって、傍迷惑で有害な存在はない、と繰り返し述べられているように、日本の近代は、西洋から役に立ちそうな手足だけをもいで持ち帰って、胴体や頭は、ゴミ箱に捨ててきてしまった。

考えてみればintegrityもcommitmentも存在しない社会で、民主制を敷くことのバカバカしさに気付かなかったのは、いかにもアメリカ軍人らしいマヌケさで、まったく人間性への洞察を欠いた社会制度を基礎にすえて、「オカネはやる。ダイジョブだから、これでいけ」と言われて、どんと背中を押された日本人は、やるせないというか、泣くに泣けない、無効な歴史を築いてきて、いま、次から次に矛盾からきた亀裂が広がりはじめているだけなのだとも言えそうです。

現実に社会を支えてきたのはintegrityもcommitmentも欠いた、いわばお題目の民主制と自由主義ではなくて、日本人を終始一貫してまとめあげてきた、滅私を至上とする情緒の段階から個人をすりつぶす日本式の全体主義だった。
「民主主義」という、そもそも語の前半と後半が別の位相の概念を、ふたつくっつけた、ヘンテコリンな誤訳語が、日本ではdemocracyを意味することになっていることが、すでに、自分たちの社会への根源的な誤解をあらわしている。

日本社会の実相は、さきほど哲人どんが述べていたように、「一所懸命」で、非道でも叩かれても、斬られても、一心不乱に利得にしがみついて、社会のことなど知ったことか、おれが生きていけて、やっとナンボのものじゃないか、おまえらの夢みたいなタワゴトに騙されてたまるか、というくらいが、ほんとうのところなのかも知れません。

そういう伝統の社会にintegrityなどともってこられても、うるせーな、おれはおまえのお花畑で一緒に散歩するわけにはいかねーんだよ、としか反応が起きないのは当たり前で、まあ、ここに、あなたが拾い忘れていったintegrityがありますから、おひとつ、これからでもいかがですか?というわけにはいかないでしょう。
傍で考えても、気が遠くなりそうな作業だが、日本人は日本語を根底からつくりなおして、現実に対して有効な言語に再生しなければならない。
Integrityを移植するなんて無理なので、日本式の全体主義でもなんでも、そこに「志操」でもなんでもよい、自分たちの概念を埋め込まなければならない。
とにもかくにも、なんとかして、自分たちの倫理を構成しなければ、どんどん情報が流通して、各国各民族の内情も、次第に実相が明らかになっていくインターネット後の世界では、日本はまるごと江戸村になって、観光客を一週間か十日、おもしろがらせて、楽しませるだけの、国まるごとのテーマパークのような存在になって終わるでしょう。

それでも、オカネがもうかって、楽して暮らせればいいや、という声が聞こえてきそうだけど。

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ある物理学者の友達への手紙6

初めは理由があったわけだけど、いまとなっては「ある物理学者の友達への手紙」というタイトルは、ダサイが、話が続いているわけだし、もうこのままでいいや、と考えた。
ほんとうは、「オダキンへの手紙」とすべきなんだろうけど。

初めてオダキンと邂逅したのは、多分、ツイッタ上で、経緯から考えて、2011年の春か夏であったはず。

そう。あの福島第一事故で、いまとなっては科学者としての立場を悪用した安普請の政治活動にすぎなかったのがあきらかな、その頃は、「大阪大学の先生が、あんな事故はたいしたことないと言ってるぞ」で、たいへんな勢威だった菊池誠と放射能安全合唱隊に、そりゃ、あんたがおかしいんだ、と盾ついているヘンな奴がいて、あまつさえ、よく読んでみると、この人は京都大学の教員で、勇気があるというか、無茶苦茶というか、「よく判らないものは、とりあえず危ないと考えるほうが妥当なんじゃないですかね」と、当時の日本の人には珍しく、あたりまえのことを述べているので、おもしろいね、この人、と思ったのが初めだった。

言うと照れるだろうから、あんまり言わないが、ものすごい勇気がいることなんだよ。
職場だからね。
「オダキンという匿名で」と書いている腰が抜けるほどバカな人がいたが、オダキンが書いたものを見れば、そこいらじゅうに本名が書いてあって、それどころか、でっかい二次元絵が胸に書いてあるTシャツを着て、教壇に立っている写真まで出ている。

あのちょっとあとで、「自分は、大半が福島事故で漏出した放射能は危険だという同僚や上司に逆らって、あれはそれほど危険な量ではない、と勇気をふるって主張したが、精神的に大変でした」と書いている、一瞬、頭がくらくらするほど卑劣な人間がいたが、そういうオオウソツキ人間が大手をふって歩いていて、しかも、それに「ご苦労様でした」「たいへんでしたね」と労うコメントがつくほど、モラルの程度のわるい世界に取り囲まれていて、ふつうのことをふつうのこととして述べるのは、やはり、たいへんであったろうと思います。

オダキンに判っていることでも、勘弁してもらって、この記事を読んでいるお友達のためにお温習いしておくと、チェルノブル(チェルノブイリ)と、福島第一事故の違いは、いっぺんに放射性物質が空中高く拡散されてしまった事故と、メルトダウンを起こして地中にもぐっていってしまった事故の違いで、チェルノブルよりも福島第一事故のほうが遙かに深刻だが、チェルノブルの事故が参考にならないのはだから当たり前で、困ったことに、空中に一挙に拡散された場合に較べて、影響は長期的なものなので、当事者側、つまり東電や政府が嘘で塗り固めようとした場合、被害側、つまり国民は、反駁するのに、たいへん難しい立場に置かれてしまう。
科学の初歩でもかじっていれば、すぐに判ることで、科学の方法は既知の観測データを使って仮説を立てて、実証するのだけれども、前例がないものにはデータがなくて、「科学的な反駁」ができるころには、手後れで、犠牲者がごろごろしていることになる。

宇宙的な力、という言葉を使えばいいだろうか。
ドイツ人が、それまでは、もともと物理学者のメルケルを先頭に、クリーンエネルギー政策にかなうとして推し進めていた核発電計画を、あわてて取り止めて、巨額のオカネを費消して政策の転換をおこなったのは、多分、科学的感受性とでもいうべきものが発達しているお国柄のドイツ人たちは、核の力が、宇宙の原初的な力に属していて、とても人間の手に負えるような力ではない、と福島の大惨事を見て、直観的に理解したからでしょう。

日本の場合は、極めて不幸なことに、そもそもメルトダウンしているまっさいちゅうに、メルトダウンしているかいないかという、バカみたいな議論を延々と続けてしまったという不幸もあって、あっというまに手の施しようがなくなってしまった。
凍土壁も、なにも、世界に向かって公約した福島事故を「コントロール」する約束は全部ダメで、結果的に世界に対して国を挙げてウソをついて、大量の汚染水がいまだに太平洋に垂れ流しになっている。

もっとも被害にあっている太平洋岸諸国の人間も、なにしろ核発電所の事故なんて経験がないので、いいかげんなもので、太平洋の膨大な量の水の稀釈力で、影響が出るのが遅いのがわかったことをいいことに、あんまり考えないことにしたもののようです。

いまぼくがいるニュージーランドでいえば、汚染水がこの国の北端、プアナイトアイランドにとどくのが、だいたい40年後で、なあーんだ、40年後ならば、おれはもうジジイではないか、それじゃ娘たちに怒ってもらえばいいや、ということになっている。

しかし、すべてのことにはconsequenceというものが伴うのは、あたりまえで、それが30年後でも50年後でも、福島事故の影響がどこかで強くでてこないと考えるのは、シアワセに過ぎる考え方で、そんなことは絶対に起こらないが、地にもぐった核物質の影響が出るのは、いわば慢性病で、それが誰のめにもあきらかになるのは、多分、オダキンが死んでしまったあとで、もしかしたら、案外、「このくらいの放射能は安全だ、愚か者たちめ」の悪人どもは、それを計算したうえで、自分が生きてるあいだにはばれやしねーよ、とタカをくくって、遮二無二安心したがってるひとびとの心の弱さにつけこんでいるのかもしれない。

気が付いたでしょうけど、ツイッタ上のボスキャラがあってだね、
自分が重ねた悪事に気が付かないで浮かれているぶんには、いいのだけど、ツイッタのDMをつかって話しかけてきて、はてなトロルの犠牲になっていて同情する、というようなことを述べてあって、まあ、移民でたいへんだったんだろうなあ、とおもって見ていたら、わしにしてみれば、そこは譲れるわけがないという一線をこえて、自分の悪事を誇るような傲慢なことを言い出したので、不愉快なので、述べたら、おおさわぎしだした。
いつものように、こっちがヘンな人にされていくわけだけど、日本語友達たちは、、見慣れていて、いつものことなので、人間っつーのは、怒ったりしたときに本性がでるんだね、お互いに自戒しなければ、などと言い合いながら、案外、静かにしている。

あれはツイッタの世界でのことなので、フォロワーというバロメーターがあって、テレビの視聴率みたいなものなんだろうけど、日本の人がどういうふうに考えているかをみるのには便利なところもある。
300くらい減るかなあーとおもっていたら、案外すくなくて、100人くらい減った。
よく考えて見ると、そのうち60人くらいは自分でブロックしているので、40人くらいかな。

その過程で、決まり文句というか、ニセガイジンとか信者とか、これはちょっとおもしろいな、とおもったのは「ツイッタで自分の帝国をつくろうとしているのでしょう」というのがあって、これは独創的だな、とおもって吹きだしてしまったのだけど、信者信者といわれているのは自分のことでなくて、友達たちのことなので、オダキンをだしに説明しておくことにした。(いま見ると、言葉が悪いね。お下品である)

あのときは、さ。
ぼくはもう完全に頭にきていたんだよ。
見てればすぐ判るが、わしが突然猛烈に怒り出すのは、期待していた人間が、志操の低さを露呈したと感じるときです。
どうも考えてやっているわけではないので、こういう癖はとまらない。
実生活では、もうあんまりやらないけど、顔色ひとつ変えずに、ボッカアアアーンとぶん殴ってしまったりするので、むかしはシロクマという渾名がついていた。
シロクマは、怒っていても判らないので、サーカスの調教師の死亡率が最も高いのね。
ツイッタは不自由で、ぶんなぐっちまうわけにはいかないので、外国語で怒る、という曲芸みたいなことをしなくてはならなくて、たいへん難儀である。
むかし、はてなトロルがニセガイジンと騒いで、そのときはめんどくさくなってきたので母語でののしりたおしたら、英語人がおもしろがってぞろぞろ集まってきてしまって閉口したことがあったが、日本語だと、うまく怒れないね。
なんだか芝居がかってしまって、歌舞伎役者かよ、な日本語になってしまうようです。

棚上げにしたでしょう?
尖閣方式だ、なんちて、いくら派手に喧嘩して、絶交していても、オダキンはオダキンなので、人間性を疑うわけにはいかなかった。
ところが、そのあいだに、オダキンが喧嘩のもとになった二次元絵文化について、ずっと考えているようなのがわかりました。
英語人たちはバカだから、どれもこれも未成年ポルノのようにいうが、そうじゃないんだ、とオダキンやタメさん@Tamejirouたちは考えているわけだけど、外国人という他人の目を考えて自粛、というのではなくて、なるほど野放図にいくと、こういう誤解が生まれるわけだな、と考えているのがわかった。
ま、案外、なかば無意識な作業なのかもしれないけど、見ていて、言葉で説明されるよりも感じていることがわかりやすかった。

このブログや、ツイッタ、実を言ってしまえば、皆には内緒にしている英語の文章にも
「聴き取りにくい声を聴く」
「言っていることを聞かずに、やっていることを見る」

という言葉は何度も出てくる。
「おばあさんの知恵袋」というか、もともとは投資家というショーバイから来た生活の知恵です。

例えば、細部にあたることでいうと、きみは、なんでもないことのように大阪の職場と東京の家庭とを往復しているが、ふたつの都市は、500kmだっけ?離れていて、実行するのはたいへんなことです。
ぼくはね、むかし、300km離れている町に週一回、3日の滞在で通ったことがあるが、2ヶ月でストレス負けした。
だから、ほんの少しだけ、判るような気がするの。

それと、息子さんと娘さんに、ユークリッド幾何やなんかを教えていたでしょう?
ユークリッド幾何は、まったく何の役にも立たなくなった体系で、ぼくは大好きで偏愛していたので子供のときに、ひとりで5つの公理から、最後まで、ひとりで証明していって遊んでいたけれど、スコラ学みたいなもので、娘さんたちが嫌がるのを見るたびにハラハラしてしまったよ。

でも、大阪から帰ってきて、くたびれてるとーちゃんは、辛抱強く教えていました。
見ていて、やっぱりオダキンは、オダキンなのだ、と嬉しかった。

ご承知のとおり、もっか、英語世界はボロボロで、伝えられてるのと違って、2007年を挟んだバブル景気が長すぎて、ぐらぐらしているが、生活実感上は、人心が驕慢になって銀行や不動産屋のバカなやつが威張りだしたことのほうが鬱陶しい。
日本だと、こういう状態は、えーと、80年代半ば、かな?
40年近いむかしだから、いま60歳くらいの人は、若いときにマジメな人間であったならば、あまりのことにゲンナリした記憶があるのではなかろうか。

この辺りでいうと、なにしろオーストラリアで26年目、ニュージーランドで17年目のバブル景気なので、40代くらいの人間でもバブル景気をふつうの経済だと勘違いしているので、異常な経済しか知らなくて、もっと早くに金融バブルで頭がおかしくなっていたアメリカ人やイギリス人たちとおなじことで、常識に狂いが生じてきていて、例の、復活した、おおっぴらな人種差別も、その狂気の一環といえなくもない。

時間があれば、趣味なので、日本語は必ずやるのだけど、別にたいへんなわけでなくても、だんだん英語社会でのお呼びが増えて、なかには断れないものもあって、めんどくさい。
どんなに遠ざけても、先を歩いている人をみていると、40代になると、公用という名の雑用地獄で、さぼるならいまのうちだな、と考えています。

なんだか、いつにましてヘンテコな手紙になっちゃったけど、また書きます。
いろいろ言ってるけど、まさか自分が二次元絵愛好家の日本のおっさんを大親友と考えるようになるとはおもわなかった。
あらためて、人間の一生は不思議なものであるな、とおもってる。
よくめちゃ食い写真を載せているが、もう歳なんだから、暴飲暴食をつつしんで、自愛を心がけてください。

ぼくはオダキンがよくツイッタに載せている食べたものの写真を見るのが好きなんだけど、傍から見てると、まほ亭がだす食べ物は、とても健康に配慮されているように見えますね。
コンビニは、忙しいからしょうがないのだろうけど、やっぱりダメだよ。
添加物表にあるのは、あれは法定リストにひっかかってしまうものを、やむをえず載せているわけだけど、ああいうものを使うコンジョがある食品会社は、法定リストに載らない、もっとものすごいものも使っていると想像するのが普通であるとおもう。

でわ

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破壊せよ、と神は言った

ビットコインは、ほぼ死んでしまった。
投機の対象としては、さっきみたら1BTCが$8000近辺で、まだ生きているが、なにしろ決済手段として使いものにならなくて、仮に、ビットコインでかつ丼を食べた支払いをすると、調べてみていないが、多分、1000円のかつ丼に2400円の決済手数料、しかも決済されるまでの待ち時間15分というようなことになるのではないだろうか。
人間の貪欲に殺されてしまったわけで、よく出来たアイデアだったのに残念であるとおもう。

他の仮想通貨も軒並みダメで、仮想通貨自体、多分、しばらくは銀行間の送金手段のような、ものすごく限定された範囲で使われるだけになるのではなかろうか。
その場合、例えば「三菱銀行コイン」のような命名のほうが手っ取り早いくらい、投機対象にされることを避けた、閉鎖的な仮想通貨になるような気がする。

ブロックチェーン理論が現実に持ち込まれる嚆矢で、いきなり蹴躓いてしまった。
いずれはブロックチェーンという数学的理論の裏打ちがある保証理論が再度経済世界にもちこまれて、いまの、見せかけ理論しかない、いわば心理学的な市場理論(みたいなもの)に取って代わるに決まっているが、なにしろ、ビットコインの相場がさがると、GPUを寡占的に生産するNVIDIAやAMDの株価がさがるのは、まだ判るとして、ブロックチェーン事業を拡大するIBMの株価までさがってしまう、相変わらずの、連想ゲームじみた市場のケーハクさでは、ブロックチェーンそのものが進歩の足を止められるわけで、不動産会社や銀行が過去のものになる、より理性が支配する経済社会の未来が、また少し遠くなってしまった。

ビットコインが植物人間化した、いまの廃墟で、残っているものは、笑い話だけで、自分の周辺でいえば、2010年くらいから、会う人ごとにビットコインは面白いし、ブロックチェーンを理解するとっかかりになるから、買ってみろ、と奨めて歩いていて、その結果、メルボルンやオークランドで、若い友達たちに会うと、
「ガメ、わたし、3億円できちゃったんだけど、どうすればいいだろう?」と、見ようによっては浮かない顔をしている女の大学生や、「2億円あると、学習意欲がわかないんですよね」とヘラヘラしている男の大学生が、いっぱいウロウロしていて、こういうひとびとは、だいたい、秀才などでは全然ない、日本式の就活がもしあれば、真っ先に不採用を決めたくなるタイプなので、神様がきまぐれで、小さな村のなかで宝クジの一等賞を配って歩いたとでもいうような、ヘンな風景ができてしまっている。

ホーキング博士は、一般社会へのインパクトは、科学者としてよりも科学の解説者としてのほうがおおきかっただろう。
いくつものドキュメンタリを主宰して、神など仮定しなくても、この宇宙は説明できることを、何度も、上手に説明した。

人間は理性の部分は、自分で自惚れているよりも遙かに小さいので、正しく理解されていないが、神を仮定しなくても宇宙が説明できると判ってしまったことは、たいへんなことで、判りやすく述べると、カトリックもプロテスタントも、地上の絶対神を仮定する宗教は、神よりもすぐれた仮説が現れることによって、われわれの時代で、一挙にカルト化してしまった。

困るのは、われわれが考えるときに使う自然言語自体が神の存在を前提していることで、こう書くと、必ず、どこかの頭のわるいおじさんが、「神なんて信じる中二病をまず捨てることから学びなさい」と言ってくるのが日本語のめんどくさいところだが、それはどういう性質のインチキな発言であるかというと、なるほど日本語は、もともと中国語を読解するための注釈語としての性格が強くて、他人の考えを摂取するのに向いているばかりで、自分でなにごとかを仮定するには向かない言語なので、言語自体の機構は神を前提していない。

けれども明治以来の、とにかく、なにがなんでもヨーロッパのマネをしなければならないという脅迫観念じみた信念で、「恋愛」を造語し「純潔」を造語し、造語造語を繰り返して、ゴテゴテと西洋の観念を自分達の言語の語彙に塗りたくって、とにもかくにも、同じ機能をもたせるに至った。

だから借りてきた相手の言語が絶対神なしでは成立しえない体系であることが、ただ形だけ、ちゃっかり借りて着服してしまったほうには成立の経過や基調になっているものが判っていない、というだけのことです。

模倣というものの宿命とも言える。

しかし、無茶をやれば、破綻があちこちに起こるのは当たり前で、ついこのあいだ、哲人どん@chikurin_8thを宗匠とするツイッタのタイムラインで話題になったとおり、なんだかブラックな笑い話じみているが、日本語は、例えばintegrityやcommitmentは、あろうことか、訳語もつくらないで、落っことしてきてしまった。
なんだか耳なし芳一の経文を書き込み忘れた耳のような話だが、現実で、いま安倍政権がスキャンダルで揺れている原因も、要するに真因は、integrityのない人間が役人であり、政治家であるという日本の、極めて特殊な状況に拠っている。

We look for intelligence, we look for initiative or energy, and we look for integrity. And if they don’t have the latter, the first two will kill you, because if you’re going to get someone without integrity, you want them lazy and dumb.

と、ネブラスカのカネモチのじーちゃんが述べた、そのとおりのことが、なんのことはない、大西洋を越えて、欧州を通り越して、ロシアの広野をわたった、そのまた向こうの世界の東のはしっこで、現実になっているだけのことであるとおもう。

日本語をやってみると、日本人のintegrityやcommitmentの概念の欠落は、唖然とするほどのもので、最近ネットで遭遇したことに限っても、わざわざ海を渡ってアメリカにまででかけて、ビンボ人からオカネをむしりとる集団金融犯罪に加担していても、犯罪のお先棒を担いだことそのものを自分の成功談としてなつかしんで、そもそも自分がやったことの何が悪いかまったく判っていない人や、まともそうに見えたので、では皆と一緒に考えようと誘ってみると、とんでもない傲慢なお答えで、げんなりしてブロックすると、理由もなくブロックしやがってと大騒ぎする人がいて、親切心を起こして解説してもよいが、逆上しているうえに、そもそも頭のなかに存在しない概念を解説したところで判るわけもないので、ほっておくことになる。

日本語社会では、ヴォルテールの態度を要約した言葉ということになっている
「私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る」
が、やたら繰り返されて、あるいは、なぜか
noblesse oblige
という言葉がやたらと好きで、こういう気取った表現が大好きで、魚屋のおっちゃんでも、ほら、ノブレスオブリなんとかって言うじゃないですか、いまのニッポンのエリートは、ああいうのがないんだよね、と述べて、わしをぶっくらこかせたりしていたのは、考えてみると、integrityもcommitmentも概念として存在しない世界に生きていて、なんとなくそこにぽっかりと穴があいて、むこうがわに空虚の暗がりがあるのを、人生の経験から、直観していたのだと理解される。

神が死んでしまったので、おもしろいことに、西洋もだんだん日本に近付いてきたのは、例えばドナルド・トランプのような男が大統領になって、どうやら、ジョー・バイデンが割のわるい勝負に起ち上がるならともかく、そういうことでもなければ、年齢にも関わらず二期目も勤めそうであることでも判るとおり、integrityもcommitmentも、少なくともアメリカでは、どうでもよくなってしまった。

アメリカ人と話してみると、ウォール街人をはじめとする東部エスタブリッシュメントへの怒りはすさまじくて、どうもこりゃ、この人は口ではトランプはダメだと言っているが、あのトウモロコシ頭に投票してんな、と考えることが多い。
厄介なのは、歴史をさかのぼって、神を前提としたintegrityとcommitmentの力にすがって是正されてきた問題、例えば人種問題で、その辺の枝振りのいい木に、ぶち殺したアフリカンアメリカンたちをぶらさげて歓喜の声をあげたり、日本からの移民は委細かまわず収容所にぶちこんだりしていた頃に、アメリカは戻ってしまいつつある。

気の早い人は、いま始まりを告げた時代として「新・暗黒時代」と命名までしていて、「あの道徳心のかけらもない中国人どもは、みんな自分の国に叩き返してしまえばよい」というような、あんた、何世紀の人ですか、というようなことを平気で言う。
余計なことを書くと、「いや、たしかに中国人はひどいから」と言ってくる人がいそうなので念の為に書いておくと、ここでいう「中国人」には、当然日本人も含まれています。

このブログには、むかしから、表向きは人種差別なくなったことになってるけど、そーでもないのよ、とか、連合王国人の有色人差別の意識は、うわべは別として、ちっともなくなってないかもよ、と書かれていて、そのたびに「いったい、いつの時代のイギリスの話をしているんだ」「アメリカの事情を知らなさすぎる。わたしは日本人だが、いまのアメリカで、そんなこと考える人など誰もいない」と、たくさんお便りをもらうが、そうこうしているうちに、現実の白い人たちは、それまで上手に隠していた感情を、隠すのもめんどくさくなって、ロンドンのまんなかで、騎馬警官に「おまえの国に帰れ」と馬上から唾を吐きかけられた中国系イギリス人(実はロンドン大学教授をしている娘の母親)や、ずかずかと入ってきたと思ったら、おまえらが住めるところがいつまでもあるとおもうな、と言うなり、店先のステレオをぶっ壊していくマンハッタンの通行人であるとか、いままでは、そういうことをやっちゃいかんのだよ、の連合王国やアメリカ合衆国の聖域であった大都会ですら、そういうことがいくつも起きて、怨嗟の声が渦巻いている。

まして田舎(でんしゃ)においておや。
ミシシッピ州のコロンバスに出かける友達(←白いアメリカ人)に、別のことを思い浮かべて、「ガンマンに気を付けろよ」と冗談をのべたら、あっさりとマジメに「おれは白い人だから大丈夫だよ」と言うので、なんだか暗然とした気持ちになった。
あんまり友達と話すのに適切な事柄ともおもえなかったが、いつか、この人が「ルイジアナはいいぜ。人がみな親切で、礼儀正しくて、近所の人間が呼びにきてご近所がみんなでランチを食べたりするんだよ。モニとふたりで越したらどうだ」と言っていたのをおもいだして、「あれは、有色人種だと、どうなるんだろう?」と訊いてみたら、ちょっと顔をしかめる感じで、「そりゃ、ダメだよ」という。
どうダメなのか、訊くのは怖いので、訊かなかったが、どうもこうやって世の中はだんだん後じさりしているよーだ、ということは、よく判った。

オークランドのクイーンストリートという目抜き通りで、夜更け、フラメンコを観た帰りにバーによって、モニさんとふたりで歩いていたら、
「神は死んだ!」と叫んでいる人がいる。
見るからに浮浪化したじーちゃんで、酔ってもいるようでした。
よろよろとよろめきながら。。
「判ったか?!神は、死んだのだ!」と叫んでいる。
ひとこと、ふたこと聴き取れないことを呟いてから、
「神は死ぬ前に、この世界を破壊せよとおっしゃったのだ!」と叫んで、
突然、モニとわしの顔を正面から見つめる姿勢になったので、びっくりしてしまった。

モニさんは、気の毒に、とつぶやいていたが、わしはいつもの悪い癖で、あのじーちゃん自身が神なのではないか、と考えていた。
神は死んだのではなくて、死んだふりをすることに決めたのではないか。
きみは笑うかもしれないが、なにしろ、神様が実在してくれなくては、きみもぼくも言葉を失って、というのはそのまま認識の手がかりを失って、つまりは現実そのものを喪失して、この世界を、霧のなかで、彷徨するしかなくなる。

判っていることは、世界が再び、強欲と力による支配の時代にもどっていっていることで、小さな人たちにも、気付かれないようにそれに備えるだけの教育がみにつくように誘導しなければならなくなってしまった。
人間に不幸をもたらす「知恵」を与えるのは嫌だったが、仕方ないのではないか。

神がいない世界は、言葉の塔が崩壊する世界でもある。
壊れた塔の瓦礫のうえで、人類がどんな生活をつくるのかは、モニとわしには観ることができない。

でも、そこに至る経過は、芝居の第一幕をみるように、2050年という、例の引き返せない点まで続いていくはずで、やれやれ、くたびれることになったなあ、とおもっています。

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