integrity

もしかしたら話してはいけないことで、この記事がブログに出たら、ひゃああー削除してください、ということになって、この冒頭の一文はなくなるのかもしれないが、lada @spicelada さんはCCさん@_cc_bangkok の奥さんで、大変聡明なひとです。
CCさんの証言によれば、酔っ払いでもあって、 こういうことを書くと、またはてなから大軍があらわれて、7年間くらいは散々囃し立てられるに決まっているが、女のひとで盛大に酔っ払うひとは、善人であるに決まっていると旧約聖書に書いてある。

旧約聖書のどこに書いてあるか、何ページの何行目か言ってみろって?
知らねーよ、そんなこと。
自分で探せよ、ばかばかしい。

ともかく、ことの発端はlada さんの発言だった。

ある勘違いおじさんについて、lada さんが、知恵をつくしての他人への攻撃にあけくれる彼のような人間が大手をふって歩けるのは、

「でもいいこともしてるじゃん」「いっぱいRTされてるじゃん」という思考で判断している人がいるからで、彼に善意があるかどうか見ていない人が多いからだ。

と述べている。
言われたわしのほうが、ほんとだよねー、でも、それはあまり英語では見かけないことで、日本語では性犯罪者が右翼系の出版社から出版した本が反体制の本として持て囃されていて、一応、「そんな人が書いたものを」と言う人も現れて、ところが、ずっとおおきな声で、「でも、いいことを書いていて、仕事は人間性とは別のところで認められるべきですよね?」という圧倒的な声にかき消されたりしていた。

見ていて、ほええええー、と思ったが、なにしろ、この頃は、相変わらず日本語世界で起きることには興味津々でも、「それは、ヘンなんじゃない?」という気持のほうは、どっかに行ってしまっているので、日本語社会では、そんなものか、で終わりになっていた。

ふと、integrityという言葉を思い出しました。

ネブラスカに、好々爺然とした、有名なじーちゃんが住んでいる。
おもしろい人で、空港に着くと、オンボロのフォードで迎えに来たりするので有名だった。
この人の名前がアメリカの国内外で噂になりだしたのは、だいたい40年くらい前で。
ネブラスカあたりで、40年も前であると、クルマがおんぼろなのは普通のことで、いわば普通のクルマで、普通の格好をした中年のおっちゃんが、なぜ話題になったかというと、1973年、ワシントンポストを買収して、アメリカ社交界のチョー有名人、社主のKatharine Grahamの親友になって、一躍知られるようになった、この風采のあがらないおっちゃんが、やたらと投資が上手な億万長者だったからです。

この人は、すさまじい読書家で、美しい、ユーモラスな文体で書かれたたくさんの書簡や報告書があるが、当然、有名になった言葉もたくさんある人だが、そのなかでも飛びきり有名な言葉に、

We look for three things when we hire people. We look for intelligence, we look for initiative or energy, and we look for integrity. And if they don’t have the latter, the first two will kill you, because if you’re going to get someone without integrity, you want them lazy and dumb.

というのがある。
たしか、フロリダ大学のビジネススクールの学生たちへの講演で述べた言葉で、あとに、おなじ内容をジョージア大学で述べている。

このintelligence、energy、integrityは、バフェットじーちゃんが、いまでもよく挙げる「成功する人間の三条件」で、しかも
「integrityはみっつのなかの最重要条件で、これがない人間には、残りのふたつ、intelligenceとenergyは、あっても仕方がない、いや、ないほうが世の中のためである」と言い切っている。

言わばintegrityこそが必要条件で、残りのふたつは十分条件であるに過ぎない、と言う。

もちろん、ツイッタでも書いたが、このバフェットじーちゃんの「人間、integrityがチョー大事なんだぜ」という考えは、じーちゃんの独創というよりは、質朴で健康な社会を好む英語人には18世紀くらいから遍く共有されている考えで、おおもとは、というよりも家庭や職場の至る所で語られていた内容が文章で書かれて、有名なものになったのは、
Samuel Johnsonの

Integrity without knowledge is weak and useless, and knowledge without integrity is dangerous and dreadful.

くらいからだろうと思います。
このイングランドのリッチフィールドに生まれたジョンソン博士も、たいへん面白い人で、書いた本の中で最も有名なのは「英語辞典」だとおもうが、
「オート麦」の語釈を「イングランドでは一般に馬が食べるが、スコットランドでは人間の食べ物」と定義して、大物議を醸したりして、傑作なおっちゃんで、読んでいると大笑いな逸話がたくさんあるが、ここでジョンソン博士の話なんかしていると、夜中になっても記事がおわらないので、やめておく。

ときどき、わしは日本の人口の半分くらいブロックしているのではないかとおもうが、甲斐があって、ヘンな人は、見えない所で、ぐだぐだ悪口を言っているだけになったので、twitterのバグで、ブロックしているのに突然タイムラインにあらわれる「やーい、ガメ・オベールのウソツキ」みたいなのを除くと、平穏で、最近ではツイッタは、ほぼ、日常のよもやま噺と、なんだかよく判らない考えやなんかが出てきたときに、みなで、これはこうなんじゃないかなあー、あっ、それは違うんですよ、ほら、こーゆーふーなの、と皆で議論する場に変わっている。
仲良し同士で話をして、くだらない、と言う人がよく来るし、ひどいのになると、信者だ、とかいう、例の、あの目も当てられないくらい低能で退屈な語彙で攻撃する人が、現れるが、言われても、なんじゃそりゃ、というか、仲良くない同士で話をして、どーするんだ、と考える。
どうも仲が良い人同士は、考えがおなじなのだと思い込んでいる様子だが、あのね、ふつーは、仲良し同士というのは、考えがまるで違うことのほうが多いんです。

だから大学の近くのパブから始まって部屋に場所を移して、明け方近くまでペールエールを飲みながら議論するのが楽しかったんでしょう?
意見がおなじだったら、さっさと酔っ払って、寮の床を踏みならして男同士でラインダンスでも踊っていた方がマシである。

わしタイムラインのなかで最も聡明で、あんたはX線か、というくらい身も蓋もない本質を一瞬で見抜いてしまう人に哲人どん@chikurin_8thがいます。
聡明なうえに、それを、よく判んないよう、とおもってうんうんうなっているわしらに、ごく簡明に、判りやすく説明する能力は、どんな国でも頑迷で、意地っ張りで、自分が頭がいいと思い込んだ結果、いろいろと理解する能力を阻害されている若者が揃っている名門大学で哲学教授として、ながいあいだ教えてきたことで身に付けた職業的なスキルなのでしょう。
ゴーゴリのヴィィに出てくる大地の精霊みたいというか、ものごとが混沌として、全員わけがわからなくなってくると、「哲人どんを呼んでこい!」という声が、タイムラインのどこからともなく起こって、ほんとは教員業で忙しい哲人どんが、やれやれよっこらせ、と腰をあげてやってくることになっている。

Wikipediaに他言語記事が並んでいるのに日本語版記事がないことから、みながもった疑惑にあっさりこたえてくれています。

個人としては日本語に、integrityという単語そのものが存在しないことは、だいびっくりのn階乗(n>5)くらいの!!!!!!で、そんなことがあるのか、ひょえええーと考えて、ぶっくらこいちまって、椅子からずり落ちそうなくらいの驚きだったが、ここから、やはりびっくりしたらしい、タイムラインのお友達たちの発言が続いていきます。今回は不用意な始め方をしたので、ぬけがあり、排列の手際もわるいが、あとでおいおいなおしていくとして目についた限りを並べてゆくと、

まあ、いつものことで、もう少しゆっくり考えて、みなで議論したりしながら考えをまとめるとして、どうやら、この「能力や業績があれば、人間性に欠点があっても、いいじゃないか」という、おもいきって言うと、日本人に特有な考えは、またしても日本の社会では「個人」は一顧だにされなくて、「日本」という全体にどれだけ奉仕するかによって価値の値札を貼り付ける、天然全体主義の価値観が関係があるように見えます。

日本の社会が、いま血を流すようにして、女のひとたちが自分たちも人間なのだ、と叫び、かつては企業戦士ともてはやされた男たちが、「もう限界なんです。お願いです。休ませてください」と声をしぼりだすように抗議しているのは、21世紀も18年目になってしまって、世界がいままでの歴史とは桁違いの生産性を社会に要求するようになって、西洋型の社会が、どれも、「他の人間にはマネができない個人の能力」を極限までひきだすことで社会の生産性をあげる方法に習熟しつつあるときに、旧態依然の全体主義文化で競合しようとしている無理が、軋んで、限界を越えてしまっているからでしょう。

その無理を無理でないかのようによそわせているのは、多分、integrityという考えが存在しないマネジメントにあるのかもしれません。
あるいは、社会が天然全体主義文化にしがみついたまま、当然の帰結として、どんどん沈み込んで、停滞を極め出すと、従来では相手にされえなかったような低劣な人間が大集団で闊歩し出すようになって、思考の軸からすでに歪んでいるような、いわば「箍が外れた」状態に転落していったのも、なんとか踏み止まって、正しいことを行おう、善から遠ざかるのはやめようという内から湧くintegrityがなくて、外からの、他人の目、企業からの評価、社会からの要請というような外からintegrityの代替として機能する「よい日本人としてふるまう強制力」が個人をすりつぶした結果、無惨なくらい人間性を軽んじた、目もあてられない品性の人間が大声で喚きちらしながら大道を往還する社会になってしまった。

日本人が、文明の仕組みをもち、個々の教育程度も高く、なにより、ごく自然な気持から勤勉に働いてくらしたい「マジメ」な国民性をもちながら、なかなか立ち直れない理由のひとつはintegrityを欠いた社会そのものの評価軸にあるのかもしれません。

実は、哲人さんやmagicpro @magicproと、前に、ツイッタをなんとか自分の思考の限界を越えて向こう側にたどりつけるような道具に変えられないかしら、と話しあったことがあった。
そのときは全然ダメで、マストドンでやってみようと考えたが、こっちは、わし自身の日本語能力が500字という大きな枠で会話することに耐えられないことが判明してダメで、あきらめてしまった。

ツイッタは問題がおおく、使いにくいSNSだが、いまのところは話して遊ぶのに使いものになりそうなのは、このくらいしかないので、使い方を工夫して、話によいところがあれば、どんどんブログに転載して、といっても、文句がでれば発言を削除しなければならないのはあたりまえだが、少しまとまった形で見られるようにして、それを見て、また会話をする、というふうに持っていきたいと考えています。

今回はintegrityという、ややおっかない、厄介なおおきな言葉が相手だったが、おいしい食べ物の話でも、逆立ちの仕方でも、多少でも話がまとまって、おおー、こんなことがあるんだ、こんな考えがあるのね、に至ったことは、ツイッタ記事としてまとめておきます。

もとよりツイッタには、Momentsのようなまとめ機能があるが、それはだいすけさんなり誰なりにまかせることにして、Togetterが日本語では広く使われているが、あれは悪意による編集が簡単で、案の定ろくでもないまとめが並んでいるので、そもそも見たくない。

ふだんは、相変わらずの茶飲み噺がよいが、なにかの弾みでおもしろい議論にいきあたったら、また、記事にまとめてみます。

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Night Market

マーケットというものが、もともと好きなのだとおもう。
どんな町にいても、「マーケット」という文字を見ると、ふらふらふらと、そっちに足が向いてしまう。
狭い道を抜けて、あるいは大学の構内を横切って、歩いて行くと、ひとのざわめきが聞こえてきて、視界がひらけると、まるで絵本を開けたら、そこに美しい草原の絵が広がっていたとでもいうような、走ってとびこんでいきたくなる、人波と屋台が会場を覆いつくしている。

その国によって特徴があるのは、もちろんで、風変わりで最も楽しかったのは、イタリアの田舎町で遭遇した自転車市で、古いビアンキや、自転車のパーツやフレームがずらりと並んで、飽きることがなかった。

日本やイギリスなら、身体が引き締まったサイクリストたちが、筋肉質の足を誇示するように剥き出しで集まっていそうだが、あにはからんや、予見に反して、どてっと太ってお腹が出たおじさんたちが、三々五々、あちこちに集まって自転車談義に花を咲かせているのがおかしくもあった。
イタリアぽい、と考えた。
イタリアの人が聞いたら、怒るだろうが。

オークランドにも、もちろんマーケットはあります。
いま見ると、70にちょっと欠けるくらいの数のマーケットがあるよーだ。
家の近くでは、パーネルといって、パーな人が眠っているような名前だが、ほんとうは高級住宅地である町に隣接した、目抜き通りのはしっこのところで毎週土曜日と日曜日に開かれるFrench Marketがある。

http://www.lacigale.co.nz/french-market/

クレープの屋台が出ていたりして、小さいひとびとのお気に入りだが、価格が高いものが中心で、オカネを使うのが嫌いなわしは、「高い。なんじゃ、これわ。ぼっているのではないか」とブツブツ言ってモニに笑われる。

欧州料理に欠かせないハーブがひととおり揃っているのが取り柄で、庭のバジルをとりつくしてしまったのに、スーパーマーケットでも、収穫が少ない年で、軒並み売り切れている、というようなときに便利なのは、しぶしぶ認めなくもない。

オークランドから南東に、クルマを40分くらい走らせると、小さな村、Clevedonがある。ここには毎週日曜日に近在の農場が集まって開いているマーケットがあって、むかしドイツ人の一家が玄妙な味わいの手作りソーセージ用カレーソースを売っていた頃は、や、やばいカレーソースが切れそうだ、とつぶやいて、禁断症状で手が震えだしたりしないうちに、というので大急ぎで駆け付けたりしていたものだった。

なんだか、ものすごくおいしい搾りたてのオリーブオイルを出している屋台もあって、シーズンになると、そろそろ出るかなあーと呟いて、買いにでかける。

Clevedonは一年を通して収穫する牡蠣の養殖で有名な村なので、帰りには当然牡蠣を買って帰ります。

週末の朝は野菜や果物、ポリネシア系の店はタロ芋やココナツ、アジア系のものならば豆腐やバオを売っているマーケットのどれかに行く。
なんだか微妙に背が高くて縮尺がやや誤っているおおきさで、でへでへした顔で、チキンサテの串をくわえて、口の端やほっぺにピーナッツソースをくっつけたまま歩いている若い男がいたら、多分わしで、よくみると背中には、十全外人と漢字が書いてあったり、真っ赤なゴジラが火を吹いている絵がついていたりしているのではなかろーか。

オークランドには、もうひとつ、毎週、平日もほとんど毎日どこかで開かれているナイトマーケットがある。

http://aucklandnightmarkets.co.nz

野菜や果物のストールが中心の朝市と異なって、こちらは食べ物の屋台がずらりと並んで、ペナンやなんかに馴染みがある人は、あれもシンガポールのようにホーカーズというのかどうか、あの屋台が集まって、チョーおいしい食べ物が、うっそおおおーんな低価格で並んでいる、ハンサムでケチな人(例:大庭亀夫)なら心が躍る常設食べ物大会の雰囲気が、そのままニュージーランドに越してきているのだと思えばいいかも知れません。

アジア系も欧州系もポリネシア系も、おおきな夜市ならば、よりどりみどりで、マレーシアのサテ屋さんの隣では、韓国系のおばちゃんたちがプルコギを並べて売っている。
うー。おいしそー。
涎をたらしそうな顔をして見つめて立っていると、胡乱な男が、涎をたらしながら、店の前に立っていると売り上げが落ちると心配するのでしょう、「ちょっと食べてみる?」と差し出されて、辛い鶏の焼き肉を食べてみると、ちくそー泣きたい、とおもうくらいおいしい。

15個で5ドル(400円)の焼き餃子や、焼売、焼きソーセージ、と食べていると、あっというまに時間が経って、最後のチーズケーキを平らげてタメイキを付く頃には、7時過ぎにやってきたのに、あっというまに9時くらいになっている。

ポリネシア系の子供が裸足で走っていって、そのあとから、見るからにビンボなおとうさんとおかあさんが、なんだかヒソヒソ話しながらついてゆく。
そのうちに、おとうさんが、財布をとりだして、名残惜しそうに5ドル札を子供たちに渡している。
オークランドは、どんなに政府が頑張って隠そうとしても隠しきれないほどインフレーションがひどくなってきているので、統計の数字など誰も信じていないほど、生活は苦しくなるいっぽうで、night marketのような場所があることで、やっと家族団欒の外出で息をつけるおもいの人は、たくさんいそうな気がする。

駐車場には、ニュージーランド名物の一枚だけ車体とドアの色が違うカローラや、気息奄々とした音を響かせながら、駐車場に滑り込んでくる、屋根やボンネットの塗装が南半球の強烈な紫外線で剥げたサニーが並んでいる。

そういうものを眺めていると、オカネって、個人の生活にとって、なんなのだろう?
幸福と持っているオカネの量は、グラフにすると、どんな相関関係があるのだろう?
と、バカなことを考える。

ロンドンでもニューヨークでも、あれは多分、日本の蕎麦屋さんやなんかの影響で、コミューナルテーブルがすっかり定着したが、オークランドのビンボ夜市でも、ほんとはただのテーブルなんだけど、あんまり人が多いので、どのテーブルもコミューナルテーブル化していて、隣のフィジーから来たインド人のおばちゃんに、山芋の料理の仕方を教わったり、サモア人のおっちゃんに歌を訊いたら、突然、おおきな美声を張り上げて、8小節も歌ってくれたりする。

ナイトマーケットは、人間が人間らしく活き活きしていて、ケチわしとしては重要なことに、5ドルが15ドルに使えて、大好きであると行くたびにいつも思う。

ガメは、屋台の食べ物を食べてるときには、すごく幸福そうだなあー、とモニが感嘆するように述べている。
もう一緒に暮らすようになってから長いので、そのあとの「子供みたい」という科白を、言わずにのみ込んでいるのが手に取るように判ります。
家では、ひとりでアイスクリームをぐわしぐわし貪り食っていて、ふと顔をあげると、モニさんと、小さなひとびとと、猫さんたちが横一列に並んで、立って、猫さんたちは前足を立てた例の猫いばりの座り方で座って、じっと、わしを見つめていたりする。
父親の威厳ということを考えて、内心、周章狼狽する。
ナイトマーケットでは、ひとごみのどさくさにまぎれて、懐に忍ばせた特製餃子ソースや、紅酢、はたまた辛子に至るまでをかけて、サモサ、餃子、焼売、ホットドッグ、サテ、…と、ハシゴして満悦に至る。
らくちんの秘術を、いかんなく発揮できます。

モニさんは、あんまり食べなかったのに、なんだか、とてもニコニコしていて、
幸福そうで、もしかしたらこのひとは、わしの胃袋におさまった食べ物で満腹できるのではないかという年来の疑いを新たにする。

この辺で、やめておきます。
でもね、ナイトマーケット、すごおおおおく、楽しいんだよ!
マレーシアのペナン島には、食べ物のおいしさの点で到底かなわないが、あそこは暑すぎるんだもの、オークランドでいいや、オークランドで、と独りごちてみる。
人間の一生なんて、どうなるかわかりゃしないので、小さいひとびとがおおきくなったら、ビンボな中年になっていくのかもしれないが、それでも、人間は必ずこういう場所を発明して、オカネがあるのがなんぼのもんじゃい、の、都会の楽園を生みだすに違いない。

死ぬときには遺言で、吾子(あこ)よ、ビンボになったらナイトマーケットに行くのだぞ、らくちんを忘れてはならぬ、と記しておこうと思います。

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オカネ嫌いのための投資入門

本を読まない人は投資家は無理である、という話をしようとおもっていたのだった。
いまなかだいすけは、投資家というものは複数のモニターに囲まれて刻々と変わる市場の価格に目を光らせながら、あちこちに指示を出して暮らしているものだとおもっていた、と述べるので、か、かわいい、とおもわずにこにこしてしまったが、
一日に何度も株を売買して、あるいは通貨を売買して、理の当然に、だんだん資金を減らして、やがてはクビをくくるしかなくなりそうな、デイトレーダーのイメージで投資というものを考えていたわけで、だいすけさん、いままで「投資」をしてみようとおもわなくて良かったね、と、こっそりつぶやいてみたりしていた。

投資家といっても、いろいろなのは、ビジネスマンというだけでは、「ビジネスをしている人」という意味しかなくて、蕎麦屋さんもいれば戦闘機をつくって売り込みにかかる人もいて、多岐にわたるように、おなじことで、投資をする人、というだけのことで、それだけでは何をしているかさっぱりわからない。
ぼくは不動産の投資家で、居住用と商業と、両方にまたがっている。
おもいつきのせいで入ってきた、あんまり少なくない収入で、11軒の家を買ったのが初めで、この初めの住居用の不動産は、現金で買い取ったが、素人の哀しさ、当時はリターン、つまり家賃収入が10%をやや越える程度で、しめしめ、これでPCゲームをやって暮らせるじゃん、と思ったが、修繕費、レイツ、いろいろ支払いがかさむのが不動産投資の嫌なところで、現実の実入りはずっと少なくて、不動産からの利益を拡大するために、不動産収入だけで12軒目を買おうと考えたら、借金しなくてはならなくなってしまうではないか、と腹をたてていたりした。

…普通の人は、安全な借金なのだから、ふつうに銀行から借りるんだけどね。
自分に課したルールとして、借金はしないことにしていたのです。
不動産投資で無借金なんて、ははは、あんた、そんな無茶な、という人が「プロ」のなかには必ずいるに違いないが、オカネのことを考えるのは嫌なので、お話しをシンプルにするために、借金はしない、いちど買った不動産は売らない、というふたつのルールを自分に課していた。

そこからが投資への道で、道というとおおげさだが、通常の不動産や不動産開発に頼っていると、むははは、もうこれ以上はオカネは要らんわい、になる頃にはひひじじいになっているに決まっているので、自分だけの風変わりなポートフォリオ、というか、ポートフォリオの組み合わせをつくっていくことになってゆく。
評価に数学の知識を動員したところがミソで、うまくいったが、それはここで書いても、よいことはひとつもないので、書いてもしかたがない。

誰かが自分は若くて一文無しだが、どうすればよいだろうか、とツイッタで話しかけていて、無論、子供電話相談室(←いまでも、あるのだろうか? いちども聴いたことがないが、なだいなだの本を読んでいたら、たいそう面白そうな番組で、いちど聴いてみたいとおもっている)ではあるまいし、答えなくてもいいわけだが、「自分が一文無しの若者だったら」という仮定で、どうやったら労働で人生をすり減らさずに食べていけるだろうか、という命題が名大で、東京なら明大なのだろうが、おもしろくて、日本語で書きながら考えれば楽しめるのではなかろうか、と考えた。

とーこーろーがー。
過去に金銭について述べたものを遡って眺めてみると、いやったらしい、涎が口の端から垂れていそうなおじさんみたいなのが、いっぱいたかって、愚劣を究めた「おまえは間違っている」「そんなことは誰でも知っている」から始まるアホなコメントがゴミ箱にてんこもりになっていて、そーか、オカネの記事はストレスのもとになるのだったな、と思い出しました。

株式投資というものは、デイトレーディングのようなやくざな考えは捨てて、ふつうの方法で臨めば、企業をつぶさに見ていくことによって、世界の仕組みがだんだん分明になってくる、という重大な利点がある。
経済を通した「世の中の仕組み」のようなものが見えてくるし、あるいは経営者の考えが、例えば年度ごとの報告書を読むことによって、判って、なるほどこういう考えかたがあるのだな、おおー、こういう立派な考えから利益が生まれることがあるのだ、と、人間についてすら学習する材料にあふれている。
数的な指標にしても、PE(←日本では確かPER)を初めとして、その指標が結局は何を示しているかを、全体から見返るようにして見る方法が身についてくると、投資インデクスの教科書の上滑りでない、指標の評価の仕方がわかって、おもしろいことがたくさんあります。

おもしろいことは、さまざまな会社で、いくらでも起きていて、ひとつくらいは例を挙げると、先週だったか、オーストラリアのDomino’sの社長が、「よい報告がある」と述べて、ついに長年、株式保有者の皆さんと話しあってきた従業員の賃上げが出来ることになりました、と書いている。
あの人は、この数年、自社の従業員の賃金を上げることを大反対の株主たちと粘り強く交渉していて、ついに賃金の大幅アップと、もうひとつにはパートタイマーが十分に労働時間をとれて、自社の仕事だけで生活できるようにするシステムの提案を通してしまった。
この人と、まわりの役員たちは、たいへん面白い人達で、ロボットカーにピザを配達させるために役所と交渉したり、もっかはドローンによるピザの配達の認可を取り付けるべく奮闘している。
GPSによって、いま自分が注文しているピザが、どこを移動中か、常に顧客に見えるようにしたのも、この会社がいちばん早かった。

どんな人だろうとおもって調べてみると、本人がDomino’sのパートタイマーの出身で、宅配ピザの現場を熟知していて、しかも、最もよいのはintegrityと英語で呼ぶ資質にすぐれている。

この会社についても、おもしろい人だなあ、とおもったので、株式の価格が、業績が不振だったり、アナリストが「これではダメだ」と結論をだして価格がガクンとさがったりするたびに、こそこそ買い集めて、それでもほんの少ししかないが、自分で見てこのくらいのコストならいいのではないか、とおもう価格になるたびに買い足している。

おなじ長期にわたって付き合おうと考えた銘柄でも、テスラのように、ファンが多い会社は、ちょっと、これは儲かりすぎだんび、と考えて売って、イーロン・マスクは失敗も多い人なので、失敗して、どかんと下がると、また買って、というように値動きが荒ければ売り買いしながら伴走することもあるが、ふつうは、本業の不動産とおなじで、いちど買ったら、そのままほっぽらかしで、ときどき見て、おおおー下がってる、おおおおー上がってる、でアホそのまんまで、それでも一年になんだかんだで、初めの年の25%が最低で、世の中の金余りもあって、そのあとは、あんまり数字を書いても仕方がないから書かないが、リーマンでチョーたくさんの銘柄が、ゴミ箱に捨てられたような価格になった頃に始めた「趣味の株投資」開始以来、世の中の大半の株投資家とおなじに右肩上がりで、この9年ほどを過ごしてきている。

そーゆー程度の株式投資の知識、というか株式と付き合いながら考えたことを書こうとおもったが、不愉快な人間が集まってくるだけなのを思い出したので、うっかり約束した約束の履行は、この程度にします。

ひとつだけ、どうしても述べておかねばならないのは、投資で生活を楽にしたければ、オカネの仕組みについて、たくさん読書しなければ、どうにもならないことで、日本語世界では、よく自分の知性に特殊な自負を持っている人は、「そんな退屈なことが出来るか」と言うが、そういう人も含めて、落ち着いて、百冊をくだるはずはない、投資を理解するために必須の本を読むのが億劫な人は、投資がいつのまにか投機になって、自分で稼いだオカネが誰かの懐に移動してしまうのは判り切ったことなので、すっぱり観念して、労働と、その労働に見合うと社会が判断した対価である給料とで、残りの人生を生きていくしかない。
それは、それで、楽しい人生でありうるのは、当たり前で、オー・ヘンリーでもなんでもよい、今度は文学の世界の本を読めば、わりと簡単にコツがつかめそうです。

どんな世界にも「まあ、いろいろ考える前に、この本を読めば」という本が存在するが、投資の世界では、それが

The Intelligent Investor

という、Benjamin Grahamが1949年に書いた、チョーチョーチョー有名な本で、内容は古色蒼然としているが、これはアマチュアもプロも、法律のループホールを見つけて稼ぐタイプの人や、もっと簡単に最近ならCDO (Collateralized Debt Obligation)のような、ちょっとでも数学知識がある人間なら、誰でも詐欺にしかすぎないと判る「理論」をでっちあげて、白昼正々堂々とウォール街を動かして大規模な詐欺を起こす/片棒を担ぐタイプの人間でなければ、あるいは、そういう犯罪的な「投資家」であっても、どんな人でも読んだことがある本で、
ええええー、投資の本なんて、読んだことないし、なに読めばいいか判らないよ、という人は、なにも考えずに、この本を買ってきて読むのがよいと思われる。
たしか日本語訳も出ているのではないか。

前に書いたように投資と投機を隔てるのは、投資と呼びうるものは元金がなくなる可能性がない方法で、しかし、例えば偶然、あるいは世評につられて買った銘柄が、たまたま数倍になることはあっても、それは、表面はおなじに見えても投機がたまたまうまくいったにすぎない。
投機、というのは、つまりは博奕で、ぼくなら、そんなつまらならないことをするくらいなら、まっすぐラスベガスのシーザーズパレスに行って、いちばん奥の部屋のテーブルで、数晩ブラックジャックの興奮に耽溺するだろうと思われる。
あれはあれでオカネが稼げないわけではなくて、オーストラリア人のじーちゃんが、ひと晩で50億円近く稼いだりしているのでもあります。
もっとも、投機で50億円稼ぐ人は投機で50億円なくなる人でもあって、見ているほうは面白いが、やっているほうは、さぞかし退屈で、ストレスがたまるだろう、と、いつも同情する。

元手を失うようなやりかたをする人間は、もともと投資に向いていないので、投機の地獄を通行するか、地道に労働するしかない、と何度も書いているが、要は、
オカネをちゃんと稼ごうとするのは、オカネのことを考えるのが嫌だからで、
そういう点から言っても、なんだか一日中PCのモニタとにらめっこしているような忙しい投資をやっていては、いったいなんのためにオカネを稼ごうとしているのか判らなくなってしまう。
一日に一時間もオンライントレーディングに費やす病膏肓に至ると、病気で、しかも中毒性がありそうなので、健康体にもどれるかどうかが心配される。

さて、うっかり約束してしまったので、この記事を書いたが、前述の理由によって、もうオカネの話はしません。

The Intelligent Investorが代表だが、投資の本だと言っても、良い本は、やはり良い本の特徴を備えていて、なんどか読み返して、本そのものと対話することができる。
本に、「ベンジャミンちゃんね」と話しかけていると、奥さんに離婚される恐れがあるが、そういうことではなくて、思考のラケットを使ってボールを打ち合う、という意味です。
他にやることがないときならば、ゲームとして、そんなにつまらない遊びでもない。
ためしてみても、いいかもしれません。

これとは別に、実は集団が投機をするときの運動を理論化して、オンライン取引の即時性を利用して、例えばソフトウエアをつくって投機そのものの確実性を高めるという最近流行の方法があるが、こっちは、退屈でもあれば、比較的高度な数学的な技量を必要とするので、こんなところで書いても仕方がない。

ほんでわ。

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2018年へのメモ

1 課税攻勢元年

金融機関ハ本令施行ノ際現二存スル預金其ノ他金融業務上トノ債務ニシテ命令ヲ以テ定ムルモノ (以下封鎖預金等卜稱ス)ニ付テハ第三条第二項ノ規定二依ルノ外其ノ支拂ヲ爲スコトヲ得ズ

という第一条から始まる「金融緊急措置令」が発せられたのは1946年2月17日のことでした。
日本政府は、このとき「戦争が起こした社会の疲弊によるハイパーインフレ解消のために新円に切り替えるため」と説明して国民は納得したが、おもしろいのは、現実には預金封鎖を必要とするほどのハイパーインフレは、当時の日本のどこにも存在しなかったことで、ほとぼりが冷めた2015年には、NHKの特集番組のなかで、証言が公開されて
福田赳夫が「通貨の封鎖は、大臣のお考えではインフレーションが急激に進みつつあるということで、ずっと早くから考えていられたのでございますか?」と問うのに、預金封鎖当時の担当大臣澁澤敬三が
「いや、そうではない。財産税の必要からきたんだ。まったく財産税を課税する必要からだった 」と、あっけないくらいに、ものすごいことを正直に述べている。

もちろん、資産そのものに課税するのは世界中見渡しても前代未聞(*)で、課税というよりは国家の徴税権を利用した国家権力の恥も外聞も無いなりふり構わぬ国民からの富の強奪でした。

この預金封鎖は、このあと2年間続いて、世帯主で月300円、世帯構成員が1人100円に引き出しが制限される。

いまの日本円におおざっぱに換算すると、月に引き出せるお金が世帯主が10万円ちょっと、家族ひとりあたりが35000円から36000円か、そんなものではないでしょうか。

日本の国債は国内の国民から借りているから財政破綻は起こりえない、とチョーしあわせな意見を述べる人がいるが、それは取りも直さず、政府が破綻するよりも先に個人の生活が破綻することを意味していて、ダメ押しの事実を述べれば、政府が財政的に破綻してしまえば国民の政府に対する請求権は消滅するが、おもしろいことに、というか、あんまりおもしろくないのかもしれないが、財政が破綻しても、国家が存在するかぎり徴税権は消滅することなく存在して、1946年の例で判るとおり、生活は生存に必要な最低生活しかできない預金引き出しの制限をかけても、収入に対しては増税して強制的に課税を増やして財政の再建に注ぎ込むことは出来る。

もうひとつ、この預金封鎖の頭がよかったところはインフレ対策に見せかけながら「資産そのものに重課税する」という荒技、というより反則技を使ったところで、知っているかぎりにおいては、堂々とこのタイプの資産課税をおこなった近代国家は、戦後日本だけであるとおもいます。

そんなひどい、とおもうかも知れないが、当時の日本人は、いまの23〜4万円にあたる「月500円生活」に比較的満足で、家計簿が大流行し、節約の知恵がもてはやされて、案外、ビンボを楽しんでいたもののよーでもある。

悲惨を極めたのは、戦前には厳然と存在した日本の「上流階級」で、現金資産はそのまま政府に没収されてしまったのも、おなじで、この預金封鎖令とGHQによる農地解放で、階級ごと、あっけなくふっとんでしまって、跡形もなくなってしまう。
日本の大衆社会の淵源がこれで、「カネモチは自業自得」で終わりにできるお国柄で、ほぼ不問に付されてしまった。

もう何年も前からブログに書いているとおり、日本の財政は危機を通り越して、ナイアガラの滝の瀑布の突端で、爪先だって踏ん張っている状態なので、どんなにもっても2020年まで、日本社会らしく、あーでもないこーでもない、ありとあらゆる、さーきーのーばーしーの秘術をつくして、がんばりまくっても2025年までには100%オダブツの見通しなので、株価をあげればなんとかなるさのアベノミクスに、株がさがれば公金をつぎこんで株価をあげて、なけなしの国民が貯め込んだお金を外国人投資家に貢ぐ結果になった事にもあえて目をつぶって、つぎこんですっからかんの国の財布は、経済がなんだろうが政府の手にしっかりと握っている徴税権で奪った金で膨らませる以外に方法は残っていません。

だから、多分、増税につぐ増税で、それも日本の政府のいつものやり口を考えれば
ステルス税を増やし、おおめにみていた交際費をしめあげ、あそこにもここにも課税して、どんどん増税して、ひょっとしたら呼吸するのにも課税を始めるかもしれません。
はい、息を吸ってえー、吐いてえー、ちゃりーん、一回5銭なので、本日は22000回で、1100円の課税になりますー、まいどー、なのではなかろうか、
というのは冗談だが。

経済に較べると、財政は普通の国民には不可視で、いまの安倍政権に至っては、もともとオカネに弱い人なので、首相そのひとが財政と経済の区別がついていないのではないかしら、という発言もよくあるが、破綻するまでは実感できないものの筆頭で、非難できるものでもないが、危ないものは危ないので、財政の専門家たる財務省の役人たちは、いくらなんでも、もう危ないとわかっているので、どんどん増税するのは判っている。

2018年から始めないと間に合うわけがないので、今年が増税元年になることと、もうひとつは、1946年もそうしたように、人民戦線主義的というか、「カネモチは悪だ。なんか悪いことをやってるから儲かったんだ」が浸透している国民性を考えると、そろそろ富裕層の狙い撃ちが始まるのではないかとおもっています。

日本は富裕層も、案外のんきで、「安倍ちゃんは、勝ち組の味方だから、でへへへ」で、安心しているのかも知れないが、日本政府は牙をむきだすと、実績から言っても富裕層に容赦する、ということはありえない。
むしろ逆で、大多数の国民は富裕層が破滅しても「いい気味だ」くらいにしかおもわない国民性を熟知していて、初めの大攻勢は富裕層に向かって行われそうな気がします。
日本に住所がある人は根こそぎだとおもうんだけど

 

 

2 習近平の黄金夢

 

アメリカの大統領がトランプになったときには、まだ半信半疑だったのが、重い腰をあげて、本人に会ってみて、現実離れした幸運が実際に身の上に起こったのだと理解したとき、習近平はコーフンで眠れなかったに違いない。
とんでもないマヌケがアメリカの大統領になるという見果てぬ夢を、いったい何人の中国共産党指導者は視てきたことだろう!

中国の外交には癖があって、相手がちょっと油断すると、そそそくさくさくさと、躙(にじ)り寄るように地歩を獲得する。
むかし中国とソ連が国境問題で緊張していたとき、夜中にソ連兵がコーヒーを飲みながら国境線を望見していると、先週はたしかに黒松の向こうにあった鉄条網が、木のこっち側にある。
あれ?と思って双眼鏡をかまえなおして目をこらすと、なんと、夜闇にまぎれて、匍匐した数百人の中国兵が、そっと鉄条網の杭を抜いて、数メートルずつソ連領内へ動かしている。

いや、そんな70年代の古い例をもちださなくても、短気な日本の人ならば尖閣の、寄せては返す、中国流の領土拡張戦術に、やりきれないおもいをかみしめて、うっかり石原慎太郎の尖閣棚上げを台無しにする、辛抱のない暴挙に喝采して、あまつさえ、いったい何をどう考えたら日本側の主張の正統性を根本から破壊する、野田佳彦の尖閣国有宣言に頷いてしまった人もいそうな気がします。

「アメリカ・ファースト」と述べることは、そのままアメリカがグローバル・リーダーとしての地位を放棄したことを意味している。
アメリカが世界の王で、他の国は王からの権力の簒奪を狙うにしろ、王を支持するにしろ、王が揺るがしようもなく座している王座をめぐって外交を展開する、という従来の枠組みを、なぜかアメリカのほうからおりて、これからは強い者勝ちの乱戦でいこうぜ、といいだしたわけで、そのアメリカの愚行によって起きるのは、アメリカの拡大していた力の縮退です。

アメリカは、トランプがツイートするたびに縮んでいる。
欧州はすでに愛想をつかして、NATOそのものの枠組みを見直し始めている。台湾は見るからに悲壮な決意を固め、イランはペルシャに立ち返って、サウジアラビアの擡頭をおさえて中東世界の王たろうとほとんど無意識のように蠢動しはじめている。

もともと力の真空ができやすいアフリカ大陸に至っては東のソマリアから西のマリまで、北アフリカからレソト・南アフリカに至るまで、あちこちに真空地帯が生じて、アフリカ専門家は、どもならんわ、おれ、もう知らんと述べていた。

習近平が毛沢東をこえる権威を身に付けるチャンスを見逃すはずはなくて、中国でその手の箔をつけるためには、

1 台湾を武力併合する
2 日本に対して戦勝する

のふたつが最もてっとりばやい。

北朝鮮が核をバランス棒にして綱渡りを続けてこられたおおきな理由は、まず第一に中国がアメリカの属国(と露骨に言われれば韓国も日本も怒るに決まっているのでアメリカの呼び方にならって、礼儀正しく、同盟国、と呼んでもよいが)と直截国境を接することを外交上のタブーとして、北朝鮮の存続を全力をあげて支持してきたからだが、もともと金正恩と個人としての反りがどうしてもあわない習近平は、ここにきて、覚悟をきめて、アメリカ軍抜きならば韓国軍をも含めた国連軍の監視下においてもよい、と例のまわりくどいやりかたで述べている。

オバマ政権が縮小したアメリカ軍は、もっか戦線正面を一個半しか持つ能力がない。
「半」はとっくの昔に解決してしまったはずのアフガニスタンに釘付けなので、仮に朝鮮半島で戦端を開いてしまうと、中東も東欧もガラ空きで、そうなると習近平は南シナ海の例の人工要塞島をてこに、どんどん圧迫を強めて、拠点基地であったはずのグアムを戦域化して、ダーウィンと直截対峙するところまで行くだろう。
陸軍や空軍とことなって、海軍はつかいものになるまでには30年はかかるが、圧迫を強めるためだけのためならば、空母を数隻浮かべておけばいいだけなので、ソマリア警戒のときのような、みっともないスキャンダルを起こさなければ、中国海軍の「威容」を保っていける見込みがついている。

アメリカ軍は早々と北朝鮮が日本をミサイル攻撃する拠点となる、山脈北側に点在して秘匿された基地に手をつけずに、アメリカ本土に届くおそれがある長距離ICBMのローンチパッドと弾薬デポだけに攻撃目標を限ると半ば公式に表明してしまったが、この「日本を守るのはあきらめました」といわんばかりの作戦は、つまりは、北朝鮮に地上戦の戦線をひらく能力をアメリカ軍が持っていなくて、戦争が長引いて、北朝鮮が初めの一撃で早期に瓦解しない場合は、要するに、韓国軍と日本軍であとを引き継いで戦争してね、ということでしょう。
実際、アメリカ軍のいまの実力では、ほかに戦争の始めようがない。

周到に周到をかさねた準備をしていたところに、アメリカのほうからグローバル・リーダーの地位を放棄してくれたのだから、ここで勝負にでなければ習近平は返ってメンツを失うことになる。
トランプが生んだ真空が中国を危険な国変えてしまったのだ、といってもいいようにおもいます。

3 ツイッタ戦争

第一次世界大戦は1914年6月、オーストリア・ハンガリー二重帝国の嗣子、フランツフェルディナントが暗殺されたことによって始まった、と教わって、そーですか、と納得してしまう人は、そもそも歴史のセンスがまったくないので、よっぽど自分の歴史に対する姿勢を考え直したほうがよい、とよく言われる。

ほんとは、そんなことで世界大戦が始まってしまっては困るからで、むかしの物理学者たちが考えたエーテルではないが、目に見えない何かが歴史的な大気に充満してしていなければ、そんなことで戦争になるわけがない。
戦争へと向かう起点ではありえても、発火の原因にはなりえない事件でした。

これで、どう、誰が考えても戦争をして得なことがあるわけがないので戦争は起こらない、というのは、昔からあんまり現実を顧慮しない人間がすがりつくように信じた妄信の典型で、現実には計算によって戦争を起こした例は、少なくて、戦争はほとんど不合理な理由によって起きるもので、例えば1941年にアメリカと戦端を開いた日本のように、社会をおおいつくす不燃性の圧迫感に堪えかねて、理屈にもならない理屈で、いわば「スカッと」するために自暴自棄的な開戦をした例もあれば、キューバ危機がもう少しで世界を灰にするところだったり、スタニスラフ・ペトロフが間一髪で世界を救ったりした事件を仔細に見ていけば、いまでもまだ世界が存続しているのはラッキーだっただけで、ラッキーなうちに直通電話をひいたり、情報を共有したり、誤解がつみかさなる余地をへらして、偶発戦争の確率を漸減させてきたのがいまの世界だった。

ところが、アメリカに戦争の現実感に乏しい、リアリティショーと現実の区別がついていないらしい大統領があらわれ、中国は一時の貿易損失を計算にいれても、十分に採算があう、自分が世界の覇者たりうるチャンスが来たと知悉している、しかも国内にライバル政治家がいない指導者にひきいられて、そこに軍事的虚勢を張り続けることによってしか未来をみいだせないビンボ国が核をにぎりしめて眉を逆立てている。
その北にはロシアという韓国とおなじ程度の国力しかないが、軍事力だけは膨大な国が、KGBの陰謀戦のエキスパートに率いられて、世界地図を眺めている。

まるで1960年代に書き散らされた三流SFが、そのまま地球の上の現実に引っ越してきたようなお膳立てで、世界は、去年、誰かが外交専門フォーラムで述べていたように「これで偶発戦争が起きなければ不思議」という状態にある。

昨日(1月3日)、去年の4月18日に北朝鮮のIRBM(中距離戦略ミサイル)KN17が打ち上げに失敗して, 순천시 (順川)市に落下して被害をもたらした経緯が
The Diplomatの記事になっていたが、では、このミサイルが福岡に落ちていたらどうなっていたのか?
あるいは、ソウルに落ちていたら、どうなっていただろうか?

純粋な偶発に加えて、偶発戦争が起きれば願ったりかなったりの人民解放軍は、日本の電子戦能力調査から一歩進んで、東京を目標とした模擬爆撃の爆撃機編隊を飛ばして演習しているが、随伴の戦闘機は、プロらしくない、まるで暴走族の若者のような挑発を空自やアメリカ軍機に対して行うことがよくある。
この挑発に、気が短い空自パイロットが乗って場合は、どんなことが起こるか?

火薬庫のうえで、煙草を喫いながら毎晩博奕を打っていれば、いつかはなんらかのきっかけで引火して誘爆するのではないかと考えるのは、わりあいに普通の心配におもえます。

世界は、ほとんど「戦争をのぞんでいる」ような相貌をみせていて、このことには、つまりは富の偏在からくる世界的な社会のフラストレーションが背景にあるが、それはまた今度述べるとして、2018年は、戦乱の世紀の嚆矢になる可能性が極めて高いということくらいは、頭にいれておいたほうが、いいよーな気がします。

4 火も、また涼し

日本人なのだから、日本に残っていて悪いわけはないが、財政の逼迫に起因する重税国家化にくわえて、もうひとつ頭にいれておかなければいけないのは、日本列島の物理的位置は数十センチしか変わっていなくても、地政学上の位置は、北朝鮮の核ミサイルテクノロジーの長足の進歩と、アメリカ軍の日本駐留の意味が日本の軍事大国化抑止から、前線基地へと変わってきたことによって、おおきく変化してしまっていることで、日本の人が最もイメージしやすいものでいえば、日本は、すでに中東の人工国家イスラエルとおなじような位置になっている。
軍事技術が停滞していた過去100年でいえば、朝鮮半島の位置に日本は移動しているので、すぐに始まるか数年後か、いまの政治地図がブラックスワン的に壊滅的に変わらなければ、ほぼ確実に戦争に巻き込まれる。
なんども書いたように、この戦争不可避へのコースに舵をとったのは、特殊な地政学的条件と自分が加害者であった歴史条件を逆手にとった妙手であった平和憲法下の戦争放棄を捨てた安倍政権と、それに圧倒的支持を与えた日本人自身に他ならないが、いまさら、そんなことをいいつのっても、仕方がないので、日本はみずから開いた地獄の門から飛び出してくるものと正対して、民族として、国として、生き延びなければならないでしょう。

もう少し事態が逼迫すれば、悪い冗談のようだが、今日あたりは危ないから横須賀には出かけない方がいいかも知れんな、と頭の隅で計算したり、向こう五年は住むとなると、沖縄への栄転は断ったほうがいいかもな、と打算したりする生活が普通になるかも知れません。

自分が日本人で、あのときツイッタで会った友達なら、どうするだろう、とよく考えてみるが、案外、ビンボで気楽な境涯なら、外国になど行かず、なれた町に住み続けて、

五月雨、五月雨、ときどきミサイルがふってくる東京
と戯れ歌を歌いながら、放射能がいっぱい入っていそうな羽田のアナゴを食べに、銀座を歩いているかもしれない。

それはきっと、常住坐臥、安静な心というようなものでなくて、心のどこかに、いつもやけくそみたいなところがあるからで、理屈よりも、感覚を優先するからでもあるでしょう。

ビンボなら増税といったって、月3000円で、酒と煙草をやめる口実になっていいんだよ、くらいの減らず口はたたきそうな気がする。

ほんとは、ただ自信がないからだけなのかもしれないが、でも移住して新しい町に住むなんて、めんどうなことはやりたくねえ、と言うのではないかしら。
東京から大阪に引っ越すだけでも、文明が異なりすぎて考えとしてゾッとするのに、メルボルンなんて、くるみ餅もねえところに引っ越せるかよ、と思うに違いない。

まことに愚かなことだが、愚かであるほうを、理屈だてて正しいことよりも選ぶ人間の心根に従って、多分、東京に住み続けて、夜の高い空でキラッと光るミサイルを眺めながら、「綺麗だなあ」とつぶやいて、死んでいくのではないかとおもいます。

いつから、おれは、人間でなくなったんだろう、と訝りながら。

 

(*)現金資産対象の資産課税をキプロスが2013年にやっている、と@newarrowcomのご指摘がありました。

 

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新年、おめでとう

今年も1年間、付き合ってくれてありがとう。
ぼくの日本語の先生は、ガメ、日本語ではね、お礼の言葉は、立ち止まって、唐突にふり返る人のように言うのが、いちばんカッコイイんだよ、と言っていたけど、あれは、日本語には限らないのではあるまいか。

大町のローソンから、折れて、友達の家へ向かうんだ。
もう10年も前のことだけどね。
鎌倉の駅で降りて、裏駅のわきの小さなコーヒー屋でコーヒーを飲んで、御成通を歩いて、左におりて、大町へは行くんだよ。
途中に和菓子屋さんがあってね。
波乗り饅頭というヘンな饅頭があるの。
ここの主人は、とてもいい人で、…と言っても、会ったのはぼくが子供のときにいちどきりだったけど、仕事の人ではないようなやりかたで、
折りをつくる手を休めて、「きみは、どこから来たの?」と言う。
なんとはなしにイギリスと言いたくなかったので、「うんと遠くから」と答えたら、しばらく天井をみるようにして考えていて、「うんと遠くから、って答えはとてもいいね」と言ってくれて、ぼくは、多分、あのときから、鎌倉という町が好きになったんだとおもう。

西脇順三郎先生が、戦時下、憤懣を噛み殺して歩きながら
「学問もやれず絵も描けず」と、大層芸術的な愚痴を述べたのは、あの道をずっとずっとまっすぐ行ったところにある切り通しで、むかしは浄明寺にあった親切な鮨屋のひとびとが、「ぼっちゃん、もう夜だから、あの切り通しを通って帰ってはいけませんよ」
「あそこは、怖い幽霊がでるからね」と述べて、でも、ぼくはローソンに寄っていかなくてはならないし、森が好きだし、なによりも外国人だから日本の幽霊はでないとおもう、と、いま考えてみるとあんまり論理的でない理由を述べたら、心配して、若い衆をつけてくれたのだった。

そうだよ。
ぼくは1年の最後の日で、昼間からお酒を飲んで、心が柔らかくなっているので、述べると、ぼくは日本という国が大好きだったんだよ。
多分、日本人であるきみよりも好きだったのではないかと思っています。

ぼくが初めて日本にやってきたときは、田舎ではまだ外国人の子供は珍しかったのか、奈良の定食屋で、オムライスを頼んだら、給仕するおばあちゃんの手がガタガタ震えていたのをおぼえている。

90年代が目の前の日本で、そんなはずはない、といつか言われたけど、鎌倉や横浜では顔つきが日本人と違っていても、ふつうに扱ってくれたけど、田舎では、というよりも、東京やなんかではまだ「ガイジン」のアイデアは残っていて、あんまりここに書いてもしかたがないから書かないが、あとで笑い話になるようなことがたくさんあった。

カンザスのアメリカ人の女の人で、日本語が信じられないくらい上手な人がいて、弘明寺や横浜でときどき一緒に遊んでもらって、冗談がうまい、カッコイイ女の人だったが、あるとき、ほとんど涙ぐむようにして、
「ガメ、日本に住もうとおもったりしちゃダメだぞ。日本人は絶対に外国人を仲間とは認めない。絶対に、心を開いたりはしない。
日本に住むのだけは絶対にダメだぞ」と言う。
いつも咄嗟の反応がマヌケなぼくのことで、(多分、口を半開きにして)びっくりしてなんと言えばいいのか判らないまま、見る見る涙があふれてくるカンザス人のヴァイオレット色の目を見つめていた。

多分、ぼくは、こんなふうに言いたかったのではなかったか。
「ぼくはガイジンのままで、いいんです。
自分の母国でもガイジンでいたいくらい。
ぼくは、この世界が、あんまり好きではないのかも知れません。
友達は好きだけど」

原宿でおりて、ハンバーガーのウエンディーズに向かっていたのだとおもう。
表参道の坂をおりて、なんだか圧倒的な数の人の群れを見ていた。
土曜日だったのかも知れません。
隣を歩いていたのは誰だったかも、もうおぼえていないが、日本語や英語ではなくてフランス語で話していたのをおぼえている。

群衆は何のためにあるのか。
人間の生命は、どんな場合でも等価であると言えるか。
数とおおきさは生物の集団に対して予想外なほどのおおきさの影響を与えることが知られているが、それが人間に対してだけは適用されないのはなぜか。

早熟な、ませガキだったぼくは、隣の人とちょっと話さないで黙ったまま歩くと、ろくなことを考えない。

そうやって歩いていたら、突然、日本に対する「愛情のようなもの」が、噴きだすようにこみあげてきて、困った。

(閑話休題)

ぼくはきみの国を再訪することはないだろう。
旅行自体に興味がなくなってきたし、それでも出かけようと決めている場所のリストには、故郷を別にして、サンセバスチャン、マルメ、ウィーン、トロントと決まっていて、生活圏といったほうが判りやすいメルボルンを別にしても、まだ出かけるならばプライオリティが高い町がたくさんあって、どう数えても、ストップオーバーならばともかく、きみの国の町を再訪する機会はないように思えます。

松江という町に行きたかった。

https://leftlane.xyz/2017/11/11/odakin2/

別府にも松山にも行ってみたかった。

でもなんだか、ぼくにはぼくの言葉で、「きっともうあの懐かしい日本には行かないだろう」と判る。

誤解しては困るが、放射能とかミサイルとか、まして、地震は関係がない。
嫌いになったわけでも、興味がなくなったわけでもない。
でも、いまもある国なのに、過去のなかに立っている国であるような気がするの。
ぼくがどんなに行こうと考えても辿り着けはしない、遠い過去に存在する国であるような気がしているのだとおもいます。

ぼくは、やがて、日本語という言語を忘れるだろう。
日本語で話しかけられれば、答えるていどには、死ぬまで言語能力として残っているだろうけど、いま、こうやって、血が通って、きみの父祖が、きみの先祖が、笑いながら、あるいは憤怒のなかで、思惟した言葉としての日本語は、ぼくの脳から去っていくに違いない。

ときどき、それは英語母語人としての防衛反応なのではないかとおもうこともある。

一日に話している時間はフランス語がいちばん長いが、でも母語は英語で、日本語は、なんだか隙さえあれば、時間が余る度に必死に書いていないと忘れてしまう。

語彙の喪失から始まって、外国語を無理して準母語なみにしようと考えた人間に襲いかかってくる症状を、自分の言語能力に観察しています。
だって、まわりに日本語を話す人がいないんだもの。
義理叔父は、いまでも日本語で話しかければ日本語で答えてくれるが、従兄弟は、もう日本語を捨てていて、日本語で話しかけても、英語でしか答えてくれない。

だから、ぼくの日本語はもうすぐ死んでしまうだろうとおもうが、もう1年でいいから、日本語を書いて遊んでいたい。
日本語でしか言えないことがある。

この感情を精確に理解できるのは、ぼく自身以外には、存在するわけがないわけだけど。

いま、時計をみたら年が明けているので、大好きな国の友達にあらためて挨拶を送ります。

明けまして、おめでとう。
今年もいい年になるといいね。
2018年も、きみやぼくは人間でいられるだろうか?
やさしい心をもっていられるのかしら。
この世界に起きていることは、きみやぼくを明らかに試しているが、
それはどんな意味において試しているのか。

ほんの数秒後の未来へ向かって手を差しのばすと手首から先が消えてゆくような気がする。
通りを渡ると、自分の姿が、霧のなかに消えて、向こう側には着かないような気持になる。

いったい、ぼくたちは、どこへ向かっているのだろう?

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生活防衛講座その4_ビットコイン篇

1BTC(ビットコイン)が2万ドル(AUD)を超えた、というので大笑いしてしまった。
いまは調整が働いて、半分くらいになったようだが、それにしても誤解に誤解が重なって、ビットコインが投機の対象になった上に、普段は投機に狂わない人たちまで、家を売り、クルマを売り、奥さんや子供を売った話は聞かないが、そういう人までいそうなくらい、夢中になってビットコインに狂っていくようすは、いっそ古典的なバブル現象で、黒いチューリップか、あるいは南海の泡沫か、21世紀になっても、こういうことは起きるのだなあ、と感心してしまう。

ブロックチェーン理論に興味があったので、そこから派生したビットコインについて、日本語でも、2010年頃から、ツイッタやなんかでいろいろな人と話してきたのをおぼえている人もいるだろう。
ビットコインの側から興味を持ちだしたらしいセツ@seapolloさんから始まって、哲学者らしくブロックチェーン理論の側に興味を示して議論に加わった哲人どん@chikurin_8thまで、いろいろな人が集まって、マストドンやツイッタで、あーでもないこーでもない、と話しあうのは楽しいひとときだった。

買ってみないと判らないよね、というので、ぼくがビットコインを面白がって買ってみたときは、おおよそ1bitcoin=1US$で、暫くはコーヒー屋でコーヒーを飲んで、支払いのときにみるとビットコインのサインがあるので、
「もしかして、ビットコインで払えるとか?」
「ええ、払えますよ」
で、大喜びでウォレットを開いて払ったり、ビットコインで買い物が出来る機会があるたびに、興味津々で使ったりしていたが、そのうち、飽きてしまって、仕事のほうでは会計処理がめんどくさいこともあって使いそびれて、ブロックチェーン理論のオベンキョーは続行したものの、教材として買ったビットコインは、大半、というよりも殆ど、そのままほっぽらかしになってしまった。

それがバブルというものは、恐ろしいもので、例えば仮に1000ドル分、1000ビットコインをウォレットに入れっぱなしにして、飽きてしまって、そのうちに忘れてほっぽらかしていた人は、今年になって、ビットコインの大騒ぎが報道されて、ウォレットを開けてみると、2000万ドル弱、20億円ほどに換金できるのを発見したわけで、実際、英語世界では、むかし大好きだったボーイフレンドに言われて、2000ドル分買っていたのが、40億円になって、ぶっくらこいてしまった若いウエイトレスや、酔っ払って買ったのはいいが、本人によれば10億円を超える価値があるはずのビットコインの、コードが思い出せなくて、というか記録していなくて、目の前の大金が引き出せなくて輾転反側、身悶えする地獄の日々を送っている会社員、文字通り、悲喜こもごも、もっかバブルに踊る英語社会を、そのまま体現したような喜劇が繰り広げられている。

ビットコインは、もともと投機や、まして投資の対象として向いていないことは、チューリップの球根が投機に向いていないのとおなじことで、言うまでもない。
ところがバブル社会の心理はおもしろいもので、ひねくれた言い方をすれば、投資に向いていなければ向いていないほど、かつての欧州人がチューリップの球根に巨額の資金を注ぎ込んで破産していったように、ビットコインにも多額の資金が注ぎ込まれている。

https://en.wikipedia.org/wiki/Tulip_mania

投機対象としてのビットコインの笑い話じみた市場に触れたついでに、投機対象としてのビットコインそのものについて述べておくと、おおかたの投資会社の予測は、これから8000ドルくらいまで落ちていって、そのあたりで落ち着くだろう、というものです。
予測をしているのは投資会社であっても、このブログでは明瞭に区別しようとしているように投資(investment)と投機(speculation)というふたつの、ほとんど正反対の行動のうち、ビットコインの売り買いは、明らかというのもアホらしいほど明らかにspeculationで、おいおい説明していこうと思っているが、例え初っぱなに元カネが10万円で10億円稼いでもダメなものはダメで、投機は人間をおぼれさせてビンボにする。

もっとも、それではぼく自身が「ビットコインなんて泡沫の最たるもので、最後はチャラよ、1ビットコインが1ドルに戻るのよ」と思っているかというと、そんなことはなくて、多分、2年か、10年か、30年か、時間軸の遙か遠くを見る視線への漸近線では、10万ドルくらいのところで落ち着くと考えています。
だから、どうしても投機がやってみたくて、途中のハラハラドキドキ、ぐわああああ、いええええーいの感情のローラーコースターに耐えるコンジョがあれば、ずっと持っていれば、なんとかなるよーでもある。

ビットコインには違うオモロイ側面があって、miningが出来る。
なんのこっちゃ、と思う人は、悪いことは言わないから、これからオベンキョーしてみればよい。
他人が気張らしに書いたブログなんか読んでも、ほんとに面白いことは何もわかりません。
実務的なことについて、ブログ程度の長さと気楽さで書かれた文章は、入り口やヒントにはなっても、そこから何事かをちゃんと学ぶということは出来ないので、ああ、そういうことがあるのか、で自分でドアを開けてみないと、なあんにも始まらない。

PCゲーマーコミュニティの人間は、みなおぼえているはずで、ビットコインは登場した2009年には、「もしかしてゲーマーのパートタイムジョブとして最適でわ?」と、ゲーマーたちが色めき立って、ほんとはfpsが稼げるGPUを手に入れたいだけの本心を隠して、ぶわっか高いグラフィックカードを買う資金をおとーさまやおかーさま、あるいは、旦那や奥さんから調達するための口実にした。
やってみると2枚差しくらいでは遅くてどうにもならないので、結局は、物置にいっぱい余っている旧式PCパーツを動員して、専用コンピュータをつくる羽目になる。

miningにめっちゃくちゃな計算量が必要なせいで、マルティプルGPUで並列処理したほうが効率よくビットコインをmining出来るからで、AsrockのH110PRO BTC+
https://www.asrock.com/microsite/H110ProBTC+/

のようなグラフィックカードが6枚挿さる、チョーへんてこなマザーボードを買って、ぶおおおおおーん、騒音と、冬でも室内温度が30℃を越える、暑熱地獄に耐えて、えっさほいさとビットコインを採掘した。
当時のPCマガジンや、ゲーム雑誌、ゲームフォーラムを見ると、こんなに苦労しても全然収入にならねーじゃん、という、ゲームソフトを買う時間とオカネをひねるだすためには、結局スーパーマーケットの店員やなんかで、身すぎ世すぎしなければならなかったPCゲーマーの悲嘆の声があふれている。

それが1BTC(ビットコイン)が1000ドルを超えだして、PCのほうもmining に特化されたAntminerシリーズ

http://bitmain-miner.co.uk/?gclid=CjwKCAiA4ILSBRA0EiwAsuuBLbyuWthPT-t606PLLfvpXw2XLjNqG0RiP9NM337tTJ_9EpFwEBwukRoCn_wQAvD_BwE

が主流になった頃から変わってきて、いまでは個人ベースの採掘はもちろん、ビットコインファームがあちこちに出来ています。

ブロックチェーン理論からの当然の帰結で、ビットコインが採掘は時を経るにつれて難しくなっていく。
ちょっと考えでいうと一定量のビットコインしか埋蔵されていないのに参加者がどっと増えたのに加えて、例えば、ふたりのminerがおなじブロックを同時に発見した場合、短いほうのチェーンは破棄されたりする頻度がおおくなるからだと思いますが、実際には、いまの時点で、どの要因がいちばん強く働いているかは、ぼくには判りません。

いまインターネットで、ちょっとだけ眺めていると、個人の片手間の小規模採掘で、うまくやっている人で月60万円、平均して20万円/月くらいの利益をあげているのが普通の姿のようですが、英語社会では、ビンボゲーマーの楽しみで、案外、一日採掘専用化した元ゲームPCの画面を眺めて、「おお、今日は1200円もうかったやん」をやっている人も多いように見受けられて、これは、なんとなく楽しさが判るような気がする。

90年代、インターネットがまだネットスケープナビゲーターベースで、ずー、ぴー、ずずずずー、がががががあー、ぎゃあああー、というモデムの音とともに、ずるっ、ずるっ、ずるっとwebページが出ていたりしていた頃には、
「ロトの当たりナンバーを予測するサイト」というものが、たくさんあって、コンピュータだけは持っている英語国の田舎のビンボニンは、数学を必死に勉強して、なんとか独自の「ロト数字組み合わせ確定理論」を見いだそうとしていたものだった。
そんな理論、できるわけはないが、ヒマに明かせて、牛や羊の面倒を見ながら、そんなことばかりやっている「ダメゲーマー」ビンボニンは、多かった。
彼らの至福は、大量に時間を費やして夢をみることで、到底、現実の一攫千金ではなかったように思います。
ビンボの幸福、というのは、往々にして、妄想からやってくる。

ぼく自身は、「ビットコイン2万ドルに近づく」の「おバブル」なニュースを聴いて、持っていたビットコインは、アホらしくなって売ってしまった。
ビンボ講座で力説しているとおり、投機で得たオカネは労働や投資で得たオカネから、いわば「差別待遇」にしておかないと、後々、ろくなことはないからで、投機でおもいもかけず得たオカネは収入と思わず、どこかに、現金の形でも、なんでも、ほったらかしにしておくのが最も正しい。

ビットコインは、皆にも勧めたように、投機ではなくて新しいブロックチェーンの時代を理解する教材として、自分でも買った。
買うと買わないとでは、やはり、おおきく異なって、ブロックチェーン理論に支えられた世界がやってくる跫音というか、その新しい世界の手触りのようなものが、やはり判るような気がすることがよくあった。
まだまだブロックチェーンは第一歩を踏み出したばかりのところで、いずれは、不動産屋や銀行のようなものまで、理論の消しゴムで消し去るように、消えて、二世代も経てば「そういえば、そういう商売があったんだよなあ」になっていくだろうが、ビットコインは、ブロックチェーン理論の大地に頭をだした竹の子というか、初めの「現実」で、そういうものは常に、オカネの理屈なんかちっともわからない、ビンボゲーマーのような、ビンボニンの世界から始まることを、面白いと思います。

実際、パーソナルコンピュータ自体が、そうだったが、ビンボニンの見果てぬ夢は、時に、世界を革命的に変えてしまう。
ビットコインは、だから、ヴァスティーユ襲撃のようなもので、この狂躁曲も新しいものが嚆矢として現れるときにつきもののバカバカしさだと思えば、楽しく、遊んでつきあっていけるものだという気がする。

きみもウォレット、ダウンロードしてみれば?
Bread、けっこういいよ。
始めは、1000サトシ(1000X(10のマイナス8乗))だって、いいやん。
新しいものって、おもろいよ。
例え、それがオカネ世界のものでも。

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空を見上げる若い人への手紙3

英語から日本語の世界を訪ねてみると、政治への怒りや、社会的不正義への怒りが渦巻いている。
憲法9条を改正するとはどういうことか、歴史修正主義を許すわけにはいかない、日本は、このままではダメになる。

日本語の世界に住んでいると気が付かないが、あるいは日本の外に住んでいても、日本語との色が濃い縁を保っていれば気が付かないが、それは、とても英語世界の日常とは異なる風景で、良い悪いではなくて、社会や政治について強い関心を持つ国民性を持った日本の母語である日本語社会と、音楽や絵画、食べ物や、自分が夢中になっている人のほうに遙かに関心がある英語社会との違いだろうと思います。

東京でタクシーに乗ると、面白いのは、どの運転手さんも、政治に対するひとかどの政治評論家のような自分の識見を持っていて、あのひとたちも当のアラブ人やアジア人にあんなことばかり言うとは思えないが、イーストエンドからチェルシーにもどるまでのあいだじゅう、アジア人観光客の悪口や、ロンドンはいまやロシア人が売春宿に払うカネと、アラブ人が飲み屋で払うカネだけで食ってるんでさあ、というような話に終始して、柄も悪くて、識見のかけらもないロンドンのタクシードライバーとは、知的レベルが根本から異なる、という印象を与えられる。

ぼくは、きみたちが国会議事堂前に集まって、おもいおもいに、てんでに声をあげるニュースを観るのが好きだったんだけど、ときどき、きみたちは居酒屋で夜と触ると政治の話をするだろうか、と考えて、そうではなくて、いま流行っている音楽や、欧州の新しい思潮について話している、と想像することのほうを好んだ。

理由ですか?
理由なんてものはなくて、きみたちが糾弾することばかりを能にして、肩で風を切るひとびとでないと思いたかっただけだとおもいます。

きみたちは石を投げたりはしなかったが、ぼくたちは、かじかむ手に石を握りしめて、迫ってくる警官隊に投石した。
悲壮な気持や、あまつさえ、体制への怒りというようなものではなくて、ぼくは、「体制に向かって石を投げるのが好きだった」と述べたほうが、より現実に近いと思います。

体力にすぐれていたので、友達の女の人を引き倒して、物陰に連れ込んだ警官たちを見咎めて、物陰で、他の場所からは見えないのをいいことに、警官たちをこっぴどく殴りつけることもあった。
それも、もちろん、正義心に駆られてではなくて、なんというか、語弊がある言い方をすれば、スポーツのようなものだった。
多分、国家という絶対暴力がライオットポリスの姿でみせた片鱗に対して、自分自身の個人としての暴力が、どのくらい有効か、たしかめてみたい気持があったのだと思います。

SEALDs、って言うんだっけ?
きみたちが始めて、タイミングが悪かったけども、正当にも、解散した運動は、日本訪問をやめてしまったあとの、日本の政治社会に対する、ほとんどゆいいつの「良い記憶」で、表札だけは民主制の、天然な全体主義社会である日本で、ぼくが見た、ゆいいつの自由の影であったとおもっている。

石を投げたって、世界は変わらないんだよ。
まして、みなで正当なことを述べても、世界が変わるわけはない。
暴力についていえば、世界が変わるような暴力は、パンの値段が暴騰したことに怒って、バスティーユの、政治とはあんまり関係がない門衛たちを襲って、台所からもちだしたクリーバーでクビをちょん切って、納屋から持ってきた鋤に挿して、安いパンを寄越せと行進する、パリのおかみさんたちの暴力だけが世界を変えうる。

あるいは不当な税金に怒って、
One if by land, and two if by sea
と述べた植民地人が手に手にもった旧式銃だけが世界を変えうる。

そういうことどもを、異なる方角からいうと、政治に関心を持つ人間には政治を変える力はない。
政治に無関心な人間の団結だけが政治と社会を変えてきた、という人間の皮肉な歴史があるのだとおもいます。

最後に話したとき、きみは、「オープンマリッジの講習会に行くのだ」と述べて、ぼくを笑わせた。
笑ったのは可笑しかったからではなくて、きみが、なんというくだらない人間になったのだろう、と考えたからでした。
端的にいえば、きみが、自分とガールフレンドの関係にまで政治性をもちこんだのを感じとったからです。
人間と人間の関係のなかへ、原理をもちこめると考えるきみが、ぼくには、とても疎ましかった。
きみのまわりでパターナリズムとかなんとか、判ってもいない、くだらない用語を弄ぶ、とうに中年を過ぎたおじさんたちがSEALDsの「軍師」になっていたりして、なんだ、そういうことか、とぼくはがっかりしたのでもあった。

世界は「経験」の悪い息で濁っている。
おじさんやおばさんたちは、なぜ自分たちが狡猾にも、この世界を生き延びてきたかを、ちゃんとおぼえていて、その成功体験を、より若い世代に伝えようとする。
こうすればいいんだよ。
こういうときには、こんなふうに考えればいいんだよ。
こんなふうに言ってやれば、こういう右翼的な考えは黙らせることが出来るんだ。

判った、あなたたちの言うことは判ったけど、
でも、誰もぼくのことを判ってやしないじゃないか!!

かつて、バーダーマインホフの頃、欧州では、そのひと言で、政治的なおとなたちは沈黙することになった。
なぜ政治を良くするために参加する人間が、個人として人間でなくてはならないのか、彼ら政治的人間には理解できなかった。
いまの欧州の、すべての有効な社会運動は、その経験と反省に立っている。
政治の本質が非人間的なものであるという、共通の理解に立っているのだと思います。

ぼくが、この短い、余計な記事を書いてみようとおもったのは、きみがデモのあとに空を見上げた、という、ただその行為にかかっています。
どんな青年が、政治的なデモのあとで空を見上げるだろう、と考えて、きみたちのSEALDsという運動の正統性を理解した。

きみは、いまごろ、「オープンマリッジの講習会」にガールフレンドと出たあとで、なにを考えているだろう、とおもう。
もちろん、ぼくにとっては、結婚と新車の購入とに分明な区別がつかなくなったアメリカ人の詭弁にしか過ぎない「オープンマリッジ」などは、意匠も意匠、須臾の間にあらわれたやくざな考えにしか過ぎなくて、そのこと自体は問題ではないが、
そういう行動が自分を救うかもしれないと考えたきみの、傷ましい「浅さ」のことを考えた。

その浅さは若いことから来たものではない。
その浅さは、とっくの昔にこの世界に絶望した、悪んだおとなの頭に由来している。

ほんとうは、シェイクスピアでもよければ、近松門左衛門でも世阿弥でもよい、古典に親しめば、人間の意匠と真実の区別は、簡単につくようになります。
理屈で考えようとすると、必ず踏み込むことになる迷宮から、古典の作者たちはきみを救ってくれる。

なぜ政治的人間であることがダメなのか。
どうやって意匠にすぎない思想を、本源の思惟と見分けるのか。
もっといえば、人間の真実はどこにあるのか。

その程度のことは、古代ギリシャくらいですでに完結的に述べられていて、そうした真実を、笑いや、感動の涙のなかで理解したければ、比較的新しい叡知であるシェイクスピアでも、事は足りる。

文明の歴史に照らせば、日本語も日本語社会も、必ず立ち直るに決まっているが、あと最低でも50年はかかる話で、これからの日本語社会は、自ら招き寄せた戦乱の世紀や、財政の崩壊や、経済の世代替わりを経験していかねばならない。
考えてみると、きみのような20代の日本人にとっては、苦難の一生が、先達によって準備されてしまっているわけで、市井の投資家おっちゃんであるジム・ロジャーズが何度も繰り返し述べているように、まるでありとあらゆる苦難に晒されるために生まれて来たような世代です。

タイミング、ということだけど。

いまは、あんまり見るべきものがない日本文明も、また復活するときが来るだろう。
いっぽうで、経済や「国力」が回復することはないだろうとおもう。
日本人が行った最悪の選択は安倍政権への支持で、この選択は、例えば財政的には日本を経済世界で盤若な存在にしてた基礎的な国富を破壊してしまった。
産業を育てるという地道な努力にはいっさい興味をもたずに、机上のおもいつきでアベノミクスと名付けた「秀才のマヌケな考え」をあますところなく体現したプランを、あろうことか国家の財政基本プランにもってきて、ここまでの近代日本を支えてきた国家の基本となる財政性格を変えてしまった。
いわば、「美しい国」の政治的主張だけではなくて、国家の実質においても、世界中の人の鼻つまみ者だった、戦前の軍事大国/経済小国に、日本は後退しつつある。

さっき書いたジム・ロジャーズは、あの人は日本が大好きな人なので、日本の若い人達に対して親切心を発揮して「いますぐに国を離れろ」「どうしても、それが出来なければ農業をやって生き延びることを考えよ」と述べている。

そうして、それは、そのままほかの世界中の投資家の日本への意見であると思います。

「このままでは日本はダメになる」という意見をツイッタやなんかで見かけるたびに、ぼくは日本人の暢気さに息をのむ。
まるで、癌の予防本に読み耽る末期癌患者のようです。

いつか、どこかで会えるといいね。
ぼくは、ますます人に会うのが嫌いになっていて、あんまり公の場に出かけないが、相変わらず自分でシルクプリントでつくった赤ゴジラのTシャツを着ていることが多いの。
投資家の会合でも、ひどいときは、ショーツと赤ゴジラで出かけてしまったりする。

でも、人間が人間に邂逅するときは、最も予期しない形でも会うという。
そして、ぼくは、とてもきみと会うことになるような気がします。

そのときのために

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