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新しい友達に 1 一色登希彦

アイコンは、かなり早くから気が付いていました。 三等身の男の人が、なんだかあられもない、お尻をもちあげた、切ないかっこうで俯せに、頬を床につけて眠っている絵柄で、よく見ると、白いほうにはA面と書いてあって、黒いほうにはB面と書いてあって、ふたつのアカウントがある。 何をしている人なのか、どんな人なのかも、少しも判らないので、フォローしたり、話しかけたりするのはずっと遠慮していたが、あなたのほうは、頓着せずに、こちらが、フォロワーが3万だとか4万だとか、日本の良民に人気がある「インフルエンサー」の皆さんのアカウントの鈍感と失礼と倫理感の欠落やなんかにむかっぱらを立てて、ぶわっかたれめが、自分のケツの穴に顔つっこんで窒息して死にやがれ、というようなことを述べて、大顰蹙を買って、当然の帰結として、フォロワー数が500とか1000とかいう単位でゾロッと減っているときでも、 やっぱりA面もB面も、なにごともないように淡々とフォローしていて、 ただ黙ってフォローしているだけでも、ここまで来ると変人なのではなかろーか、と考えて、くすくす笑ったりしていたのをおぼえている。 一色登希彦 @ishikitokihiko という名前の人がマンガ家なのだとわかっても、マンガに疎くて、「パタリロ」や「プレイボール」、「すすめ!パイレーツ」くらいしか読んだことがない人間としては、「マンガ家」という言葉が「マンガを描く人」という意味しかもっていない。 あなたが屋台の品だなかだったんだか、なんだったかの画像を載せていたのをきっかけに話しかけることになって、マンガを描くことに精魂つかいはたした人が描いたマンガを読まないのはトンチキというもので、読んでみたら、その「日本沈没」というマンガは、描いた人の体内から彷徨いでた魔神(デーモン)が作者の腕を、ワシとつかんで描いたていのもので、小松左京の、どこかにバブル時代の日本の甘さがある原作とは、まったく異なっていて、まるで記憶のなかの未来を思い出しながら描いている人のように、福島第一事故の不正直な処理を起点にして、どんどん、文字通り精神的文明的に沈没していった日本の姿を記録しているのを見ていって、ぶっくらこいてしまった。 吉本隆明はいかにも、晩年、中島みゆきを「日本語最高の詩人」として絶賛するに至る、愛すべき感情過多情緒過多の抒情詩人だった人だったらしく、 「もっと深く絶望せよ」というようなことを、よく口にして、たしか大江健三郎には「もっと深く絶望しなければダメだ」と公開書簡にして書いていたとおもいます。 いまよりは、数段劣っていた日本語読解力の頃に、読んで、もっと深く絶望せよ、とは、さて、どういう意味だろうと、よく考えたが、深い井戸におりて、絶望の底をもっと掘り進めば、やがてそこに自分の姿を映す水が湧いて、自分の必死の形相の後景には太陽の光が燦然と輝き渡る青空が映っているはずで、その輝かしい円形にめざめよ、という意味であることを悟ったのは、ずっと後のことでした。 ここでは、その「日本沈没」の話をしない。 一色登希彦の、そこまでの一生の全エネルギーが、そっくり移転したような「日本沈没」という空前の思考を刺激する構造やアイデアに満ち満ちたマンガを読んで、マンガにすっかり興味がわいて、マンガが分野として苦手な日本の古書店の手下(てか)に号令して、マンガを集めさせているさいちゅうで、 このあとに、嫌がっても、同族として、やっぱり登場してもらうしかなさそうな南Q太さんのマンガとともに、無謀にも愚かにも、愚神のそそのかしに乗ってマンガについてブログ記事とは少し異なる英語のスタイルの評論を書こうとおもっているからで、こっちは「げ。ガメがやる気をだすこともあるのか。そんなもん本にするに決まっているではないか」というギョーカイの友達もいて、少なくとも英語ならば本にしてツイッタという、場末のやくざなダンスクラブみたいな場所で知り合った何人かの友達たちに贈呈できるからです。 この「日本沈没」という名前で、一色さんは、損をしてしまったに違いなくて、ださくても「新・日本沈没」(は、いくらなんでも、ひどいか)でもなんでも小松左京の原作とは異なる思想に基づいた、たとえばおなじ事象を再現した実験から異なる理論を導き出してみました、とでも言うような、あるいは、マクベスの物語としてのデザインのなかで「蜘蛛の巣城」という、いまだにこれを越えるものがない、最高のシェイクスピア映画をつくってみせた黒澤明に似て、パラレルワールドをつくってみせて、二重に暗示された世界を呈示してみせた自分の努力を、「日本沈没」という題名によって不可視にしてしまったが、それは、ちょっと一色登希彦という人と、ちょっとでも言葉を交わしてみればわかる、一色登希彦という人の本質的な奥ゆかしさで、なんだか、見ているだけで、涙ぐんでしまうような、羨ましい気がする。 では、まるで作者が全身全霊を注ぎ込んでしまったような作品の話をしないで、なんの話を、ここではしようとしているかというと、人間を創造に駆りたてる魔神的な力(デモニッシュな力)の話をしている。 数学にしろ、絵画にしろ、マンガにしろ、作曲にしろ、演奏にしろ、創造の世界を駆け抜ける人の原動力を「自己顕示欲」なのだと述べる人がいるが、それは「ゲスの勘ぐり」というべきで、自己顕示欲自体は本当は悪い欲望でなくても、そういうことを言いたがる涎が端についていそうなしまりのない口元の人の唇からもれてでる場合には、やはり下衆の勘ぐりとしか言いようがない。 そうではない。 この世界には、たくさんの、「絵を描けなければ家に放火するしかなかった人間」や、「演奏しなければ、誰かを拳銃で撃ち殺していたに決まっている人間」がいて、それはなぜそうなるかといえば、普通の大半の人間は、つつがない人間のリズムで暮らしているのに、この種族だけは神様の突拍子もないリズムで生きているだけで、視覚芸術でもいい、文学でもいい、数学でも音楽でもいいから、とにかく、ちゃんと神様と糸電話で直通ホットラインのリズムが伝わってこないと生きていかれない。 いけない告白をすると、一色さんのことを考えると、いつも、 いま向いのアパートから女の子が “お月様”とさけんでいます」 そうぜんとした秋 おれはおまえから 臨月のような平叙文をもらう だが おれはあまりに豊かな歌を聴きながら わいせつな少年のように 不安な義眼をはめて おまえのいない裏街を通りぬけてくる という岡田隆彦の詩の一節をおもいだす。 普段の一見、表面は平静な生活そのものが「臨月のような平叙文」でしかない、 日本語人を発見して、ほんとうはよく考えてみれば当たり前なのだけれども、 こんなに離れて、遠い国にも、仲間がいるのかと息を呑むような気持になります。 表現は一色さんを焼き尽くしてしまうけれども、同族が、灰になって、ためいきをついている一色さんのまわりに集まって祈祷すると、あな不思議、灰であったはずの一色登希彦は、ふくよかな、あのアイコンのような肉体を取り戻して、豊穣な絵と言葉を紡ぎはじめる。 正体を明かさないまま、こんなことを述べるのは狡いが、わしにはわしの言葉で、ちゃんと、それがあらかじめ判っています。 ドマジメ人間だった滝沢馬琴の「里見八犬伝」には、実は、最も現実から離れたところで、最も普遍的なリアリティがあるのですよね。 こんなところで、言ってしまっていいのかどうか判らないが、一色さんは、わしが例によって例のごとく、 「このクソ日本人が、てめえのペニスを噛み切って死にやがれ。誰が、こんなクソ言語にもどってきてやるものか」と述べていたら、ダイレクトメールで、 「日本語やめちゃうの?友達になれると思っていたのに残念だ」と述べに来てくれたのでした。 この世界のあらゆる事情をもう知っているのに、そういうことをわざわざ無防備に述べに来る人は、もうそのときから、わし親友と決まっているのです。 … Continue reading

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タウポ

タウポにときどき出かける。 オークランドから南に300キロくらいくだったところだが、と書こうとおもって、いまたしかめてみたら、275.4キロだそうだが、まあ、クルマでのんびり行って4時間くらいのところです。 儀式のようなものであって、まずワイカトに入る前にマクドナルドに立ち寄る。 モニさんは何によらず夫をあまやかすのが趣味のような人で、そのうち、猫をじゃらす糸の先に子ネズミのおもちゃがついた棒をもって、 「ほらー、ガメー、きゃっ、きゃっ」と遊んでもらえそうな気がするが、それはともかく、食べ物の安全だけは厳しい人で、助手席で、あ、マクドだー、おなかすいたなー、食べたいなー、と述べても、知らん顔で通り過ぎてしまう。 にべもない。 ワイカトのこのマクドナルドだけが例外で、いかにもちょうどいいところにある上に、日本でいえばサービスエリアで、駐車場が広いので、らくちんだからでしょう。 そこからハミルトンを通って、ケンブリッジを抜けて、タウポへ向かう。 ハミルトンの手前までが高速で、そのあと、ハンフリーからはオープンロードだが、最近は新しいオープンロードが整備されて、制限速度が100km/hから110km/hに上がった。 そのまま、ずんずん南へくだっていくと、タウポに着きます。 タウポには、家族用の露天風呂がある。 鉄の引き具で、ぐがっと栓を開けると、日本式に述べれば天然掛け流しの鉱泉がドバッと出てくる。 日本にいたときも、なにしろモニさんが大層温泉好きなので、行きたかったが、わしがむかしから、あの有名な秋の風物「チンポコ潜水艦」をして背泳ぎをするのが好きだった箱根も、湯河原も、男女に分かれていて、モニとふたりでお盆を浮かべて熱燗というわけにはいかなかったので、どうしても温泉に行きたくなれば福井まで出かけていた。 そこには家族用の温泉風呂があって、ときどき出かけてはキャッキャッと喜んでいたが、なにしろ遠いので、難儀でした。 タウポは、男女が一緒に入るのは西洋温泉なのであたりまえだが、そのうえに、塀や植え込みで周囲の視線から遮蔽されているので、裸で、うふふふが出来る。 さらにさらに。 タウポの湖畔をちょうど5000歩あるいていくと、タップのギネスをいれるのが滅法巧いバーテンダーのおっちゃんがいるパブがあって、ギネスは嫌いなモニさん用にベルギーのビールもあるので、温泉で火照ると、冬ならば冷たい風をついて、ほっぺを赤くしながら歩いていきます。 顔なじみのおっちゃんに「やあ」と述べて、黙っていれば、ちゃんとギネスとベルジアンビールが出てくる。 ベラボーにおいしいリブアイステーキを食べて、3パイントも飲む頃になると、すっかりいい気分になるので、えいこらせと腰をあげて、また5000歩、もと来た道を戻ると、あたりまえで、戻らなかったら困るが、ちゃんと部屋にもどって、また温泉につかれます。 タウポはアメリカ人が多い町だが、休日は、もともとテイクアウェイで過ごすニュージーランド人とは異なって、レストランで団欒をすごす人が多いので、料理屋もちゃんとしている。 テーブルが準備されるのを待つあいだ、あちこちから聞こえてくるRの音がおおきいアメリカ訛りの英語を聞いていると、ああ、タウポだなーとおもう。 なんとなく、幸せになる。 最近、悪い癖がでて、またぞろ新しいボートが欲しくなった。 言うと、モニさんに呆れられそうな気がするので、何隻目かは、ここにも書かないが、先手を打っていいわけをすると、カタマラン(双胴船)は食わず嫌いだったのが、カタログを見ると、どうにも広くて居心地が良さそうです。 何のことはない普通のラウンジが、そっくりそのまま船の上に乗っていて、キッチンも広々している。 本来はカタマランといえど、そこまで広々しているはずはないのだけれど、ボートスタジオに工夫があって、どうやら、もともとはレース用のヨットだった船体をディスプレースメントに改造したらしい。 ディスプレースメントというのは、簡単にいえば、おっそおおーいけれども、乗り心地がいい、一週間くらい船上で過ごしてもへっちゃらなボートのことをいう。 ふにゃあ、これはいいなあ、とおもって、ゴロゴロしながらカタログを見ている。 このレース用のカタマランをディスプレースメントに改造する、というのは、ボートに乗るのが好きな人なら直観的にわかる「グッドアイデア」で、カタマランの欠点は高速時にピッチングが起きることだが、ディスプレースメントは、なにしろ、ゆっくりしか走らないのでピッチングの心配はない。 問題は、ある。 長さの45フィートは良いとして、幅の15フィートは、広すぎて、バース(停泊桟橋)が甚だしく限られてしまう。 ディスプレースメントはオーストラリアの海には向いていないので論外だとして、ハウラキガルフがあるオークランドには、東から、パインハーバー、ハーフムーンベイ、OBC、オラケイマリーナ、ウエストヘーブン、ヴァイアダクト、ホブソンウエスト、ベイズウォーターとマリーナがある。 ブルーウォーターを越えてやってくる外国籍ヨットと観光ヨット用のやや特殊なヴァイアダクトを別にすると、7つマリーナがあることになるが、このうち最も大きくて有名なウエストヘーブンは月極になってリースは出来なくなった。 残り6つのうち、サイモンという事業家がもっているパインハーバー、ハーフムーンベイ、ホブソンウエスト、ベイズウォーターは、なにしろ長いことボートやヨットに乗っていればわかるが、とにかく評判が悪い人で、このあいだはバースの持ち主たちにひとり新規工事分費用をひとり頭20万ドルを負担させようとして、とうとう、みっともないことにバース所有者の組合ができて、訴訟の準備に入ったりしていた。 家から最も近いのはOBCとオラケイだが、オラケイは、夕方になると中国から来た観光客が無断で観光地として立ち寄って、最近は日本の観光客などよりずっとマナーがいい中国観光客といっても、田舎からの人達なのでしょう、トイレは汚すは、どうかすると勝手にヨットに入りこむはで、それまでは考えられなかった施錠をするボートも増えた。 OBCが、家からも近いし、クラブも上品でいいが、いかんせん、橋をくぐってハウラキガルフに出なければならないので、曳汐でも、おおきな船は難しい。 そうすると、オークランド湾の北にあるノースランドのマリーナということも考えなくてはならないが、今度は、そうすると家からクルマで、たださえ渋滞が多い橋をこえて、どうかすると二時間はかかりそうです。 つまり、そういうことを考えて、タウポのホテルで、うだうだしている。 タウポはスーパー火山で、巨大な湖と見えているものは、実は火口です。 初めの頃はぜんぜん判っていなかったが、オークランドからこの辺りは火山の密集地で、うかつにも、Mt … Continue reading

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夏、日本

「氷」の赤い文字の旗が風に揺れていて、空には、低い、けれども海に迫った急峻な山を前景に、濃い青色の空と真っ白で垂直な、巨大な積乱雲が立っている。 きみがいる日本が夏のさなかであることを考えていたら、ふと、子供のとき、あれほど大好きだった葉山のことをおもいだしました。 長者ヶ崎の、砂浜はびっしりと人で埋まっているのに沖合には誰もいない海や、森戸や一色の、少しいけば岩礁がある、楽しい海のことを思い出していた。 暑いのは苦手なのに、日本での楽しかった記憶を思い出すと、子供の頃のものはたいてい夏で、おとなになってから再訪した日本のほうは、冬の記憶ばかりなのを、不思議な気持で考える。 子供のころは、暑さに強かったのだろうか? 日本の夏には、思い出がたくさんある。 妹やぼくにとっては食べるものではなくて料理の素材なので、その上にいろいろなものをかけて食べるかき氷が珍しくて仕方がなかった。 もちろん、西洋でも食べる人がいるのは知っていたが、日本の「かき氷屋さん」は、あたりまえだが、独特で、なんだか質素なテーブルと椅子でかき氷を食べているひとちが、全員、ほんとうは人間ではなくて精霊であるような気がしたものでした。 きみは、日本のあの途方もなく暑い夏が、常に「死」の連想と結びついているのに気が付きましたか? 西方浄土、という。 死んで、立山に集まって、恐山に向かって、そこから西方に去っていった死せる人間の魂たちが、お盆になると、逆の道のりをたどって帰ってくる。 また、そんなバカなことを言って喜んでいる、と笑うきみの顔が見えそうだけど、あれには案外なおもしろいところがあってね。 日本語で書かれた本には怪談が無数にあるのだけれど、そのなかで実話と銘打っているもののなかには、ちょうどアイルランドの悪霊のように決まった空中の通り道をとおって、彼岸と此岸を往還する魂の往還路を遮ってアパートを建ててしまって、部屋のなかを通り抜ける亡霊に悩まされる住人の話がよく出てくるが、場所がわかるものに見当をつけて、日本地図の上に記しをつけていくと、案外立山と恐山を結ぶ線の上に点在していたりするのです。 やってみればいいよ。 やってみろ、と言われても、おれが日本語が判らないのを見越していっているんだろう、と言われそうだけど。 世界の奇習のひとつに数えられそうな、日本の、「夏に怪談をして涼む」習慣は、もちろん、お盆のせいだろうけど、例の精霊流しもあって、奇妙な現実感にあふれている。 そして、死の季節が死を呼び込むように、広島と長崎の原爆をもちだすまでもなく、日本の人にとっては、歴史的にも、輝かしい太陽が高天に燦然とのぼる夏は、同時に、ぞっとするような死の季節でもある。 里帰りをした夏、橋をわたって、夜更けに、祖母におぶさって散歩に出たひとの話を聞いたことがある。 そんな夜更けに祖母が幼かった自分をつれだすわけはないので、つれだした祖母がほんとうに祖母だったかどうかも、よくわからないと、その人は述べていた。 橋をわたるときに、川下に赤い光が灯っていることに気が付いたので、 「ばあちゃん、あれはなに?」と訊いたら「電話局の電信塔の灯りだよ」という。 ところが、川上にもおなじ赤い光があるので、「じゃあ、あれも電話局なの?」と訊くと、今度はなにもこたえてくれなかった。 気が付くと、寝床にいて、朝で、みんなにその話をすると、「夢をみたんだろう」と笑われた。 釈然としない気持で朝ご飯を食べて、部屋にもどろうとしたら、廊下ですれちがった祖母が、「他人に言うなと、あれほど言ったのに、おまえはほんとにダメな子供だな」と押し殺した声で述べたそうです。 あるいは子供のときに、むかしの日本式に一本櫓で漕ぐ舟をもっている人がいて、乗せてやるから遊びに来いと言われて葉山に遊びに行った人がいて、夜中にトイレに起きて、用を足していると自分の背よりも高い窓から、年寄りの女の人と孫であるらしいふたりの会話が聞こえてきて、どうやら夕食の仕度をしているらしくて、 ずいぶん遅い夕飯だなあと訝しくおもった。 次の日、その別荘の主人である例の和船の持ち主のおじさんに、隣の家は随分遅くまで起きている、と言ってみたら、 「なに言ってるの。この家は崖に立っているの、きみも知っているでしょう?」 と言われて、トイレで聞いた声は空中から聞こえたものであることに気が付いて、ぞっとしたという。 日本の夏には、そういう話があふれていて、ただ生命の繁栄と輝き渡る森や草原の美しさが氾濫する、きみやぼくが生まれた国とは異なるらしい。 精霊に満ちた日本という日本のイメージは、ラフカディオ・ハーンが奥さんのセツさんと合作した、まぼろしのような日本で、ほんとうには存在していなくて、 夜中に追分の森を歩いていて、きみとぼくが感じた精霊たちの存在は、迷信というよりも、もしかしたら、いっそ偏見なのかも知れません。 でも、ぼくの頭のなかでは日本は、そういう国で、その不可視の美が、いまでもしつこく日本語をやっている理由である気がする。 ほら、六本木の、いまはred areaという名前になっているらしい、ガス・パニックがある路地があるでしょう? あの裏は六本木墓地で、Tがロシア人の女の人を「ひっかけて」、あんなに家が多いところでエッチしてたりしていたけど、フリョウガイジンたちがいなくなると、墓地は墓地にもどって、静まり返って、そこだけが日本に還ってゆく。 日本の墓地は少しもこわくなくて、ぼくは大好きで、夜中に鎌倉の妙法寺の丘を墓石をぬってのぼっていって、腰掛けてスキットルからウイスキーを飲んで、ぼんやりと考え事をするのが好きだった。 こわくないといっても、墓地は墓地なので、よくなぜ日本には死が充満しているのか考えた。 ときどき日本人は文明を死者の視点から観ているのではないかとおもうことがあります。 よりよく死ぬ、ということではない。 … Continue reading

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ガメ式英語習得術

「血が滲(にじ)むような努力をしないと言語は習得できない」という人がいる。 そういう人の書いたものにはたいてい、「一日1時間の学習なんか、なんの役にも立たない」というようなことがどこかに書いてある。 どういう学習方法をとると、「血が滲む」のだろうか、と静かに考えてみる。 ほら、「叩頭礼」ってあるでしょう? そうそう。 清の十全老人乾隆帝が玉座に座っていて、階(きざはし)の向こうの庭に、拝復して、漆行してにじりよって、まず額をそこで打ち付けて恭順の意思をあらわす。 清だと三跪九叩頭の礼、というのね。 どうしても知っていることを言わずにおれない衒学が好きな人が安心するために言えば、明朝までは五拝三叩頭であって、清になると三跪九叩頭に変わります。 英語の本は、たいていマヌケにも「地面に額をこすりつけて」と書いてあるが、マカートニー伯爵やアマースト伯爵が拒絶したのは、そんな甘い話ちゃいますのや。 石に、バンバン頭をぶつける。 おもいきりドタマをぶつけて、額から血が出れば上品で、額から血も出ないような柔(やわ)な礼をする人間は野蛮人とみなされる。 そうすると日本人で外国語を習得する人は、多分、学習机に黒曜石の板をおいて、知らない単語や表現がでるたびにバンバン頭をぶつけているのではないだろーか。 それなら努力すると血が滲むものね。 なんという痛そうな学習方法だろう。 「あなたの英語学習方法は、ぜんぜんダメです!」 と怖いことを述べている人がいる。 たいてい女性差別にうんざりこいたとか、研究がしたいのに、一日の半分エクセルとにらめっこさせられますのや、とか、日本のなかでは自分がやりたいことをやるのに学歴が足りなかったとか、さまざまな理由で日本からとんずらこいてサンフランシスコだのニューヨークだのに住んでいる人であることが多いよーだ。 日本で学んだ英語なんて、まったくダメです! ほおほお。 なるほど。 と思って読んでいると、実はわたしはアメリカ在住の通訳・翻訳家だが、わたしが経営している会社では日本人のために英語教室を開いています。 英語がダメなあなたでも歓迎ですよ、と書いてあって、読んでいるほうは、あのですね、そーゆーツイッタアカウントには【PR】って、ちゃんとつけといてくれないとフェアじゃないんじゃないの? と考える。 英語がわかんないと困る世界になっているのに、英語がさっぱり判らないという厳然たる事実があるので、あっちで騙され、こっちで冷笑され、ひょろひょろと頼った先では「血が滲んどらあーん!」と怒鳴られる。 さて、ここで問題です。 血が滲む努力をする数学者はいるだろうか? 案外、いたりして、と考える。 数学者には冷房を嫌う人もいますからね。 夏などは、窓から蚊がぶううう〜んと入ってきて、大胆不敵にもデコに止まって血を吸っているのにむかっ腹を立ててピシャッと手のひらで叩きつぶす。 あんまりおもいっきり叩きすぎて、眩暈がするので、鏡をみると、デコに血が滲んでいる。 それはともかく。 朝おきるなり、まっすぐノートに向かって、はっと気が付いてみると、もう夜になっている。 次の朝、眼をさますと、まっすぐノートに向かっていって、ぐあああああ、やっぱダメだ、とがっかりしていると、もう夜になっている。 また次の朝も、まっすぐ歩けなくて、へろへろと蛇行しながら、ノートに向かって、夢のなかでダイジョブだったはずのアイデアがダメで、ペンをとめて、 けけけけけ、と叫ぶなり、 All work and no play … Continue reading

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言語と思考 その3

「我はあからさまに我が心を曰ふ、物に感ずること深くして、悲に沈むこと常ならざるを。我は明然(あきらか)に我が情を曰ふ、美しきものに意を傾くること人に過ぎて多きを。然はあれども、わが美くしと思ふは人の美くしと思ふものにあらず、わが物に感ずるは世間の衆生が感ずる如きにあらず。物を通じて心に徹せざれば、自ら休むことを知らず。形を鑿(うが)ちて精に入らざれば、自ら甘んずること難し。人われを呼びて万有的趣味の賊となせど、われは既に万有造化の美に感ずるの時を失へり。多くの絵画は我を欺けり、名匠の手に成るものと雖、多く我を感ぜしむる能はず。絵画既に然り、この不思議なる造化も、然り、造化も唯だ自然に成りたる絵画のみ。われは世の俗韻俗調の詩人が徒らに天地の美を玩弄(ぐわんろう)するを悪(にく)むこと甚だし。然れども自ら顧みる時は、何が故に我のみは天地の美に動かさるゝことの少なきかを怪しまずんばあらず。動かさるゝこと少なきにあらず、多く動かされて多く自ら欺きたればなり。我は再び言ふ、われは美くしきものに意を傾くること人に過ぎて多きを」 透谷が、この「哀詞序」を書いたのは、1893年のことで、日清戦争の前年、夏目漱石は、まだ26歳の青年であって、河竹黙阿弥や仮名垣魯文が、まだ生きている頃です。 日本語の完成者である夏目漱石が26歳の若者であることでわかるとおり、まだ現代日本語は出来ていません。 明治人たちが工夫に工夫を重ねて、戯作調にしてみたり、漢文脈で書いてみたり、さまざまに苦労して日本語で現代世界を記述しようとしていた時期で、現に上の「哀詞序」の引用段にしても、この続きは「花のあしたを山に迷ひ、月のゆふべを野にくらす」と続いていて、忽然と調子が低くなって、背景の知識がなければふざけて書いているのか、と思われそうな表現になっている。 北村透谷という人の苦闘は、透谷が表現したかったものに適切な日本語表現が存在しなかったことに主に存していて、いつかネット上で北村透谷を「表現が下手だ」とくさしている愚かな人がいたが、その人が知らなかったことは、透谷の前には表現そのものがなくて、しかも、後年、次から次に造語して、気が向けば簡単を単簡と書いて飄然としていた漱石のような、世間から見てそうすることが許される文学「博士」という、いまの「博士号」からは想像もつかない重みをもった賑々しい肩書きもなかった、ということでした。 透谷が頼れたものは「声調」だけで、この若い文学者は、純粋に、ただそれだけを頼みの綱に驚くべき文章を書いていった。 「哀詞序」は、日本人が近代以降に書いた文章で、初めに美しいと感じた、わしにとっては記念すべき文章でした。 日本語は、結局、ここから立ち直っていくことが出来なかった。 透谷自体は敬虔なクリスチャンで、もしかしたら、聖書を通じて、問題を感じなかった可能性があるが、その後、翻訳を媒介にしない日本語で書かれたものは、どれもこれも、あっというまに腐っていく代物で、二葉亭四迷も、森鴎外も、遙かにくだって大江健三郎にいたるまで、知的な内容を表現する日本語は、ほぼ、「翻訳体」と揶揄される文体になっていきます。 翻訳体と呼び得ない文体で均整のとれた文章を書けたのは、夏目漱石、島崎藤村、芥川龍之介、内田百閒、….というような極く限られた才能の持ち主たちで、自然主義は一面「日本語をつくる運動」だったが、読んでみると、10ページいかないうちに眠ってしまわないでいるように努力するのがたいへんであるくらい退屈な文章で、この傾向の小説家たちが、だんだん文学表現よりも「これは事実に基づく物語です」な、三流ハリウッド映画のような前提にたった珍奇な現実の事件の面白さに依存するようになって、最後には頽廃的なことに「おもしろい小説を書くためにデタラメな生活を送る」というところまで落ちぶれてゆく。 その間、主知的な文明に対する批評を含むような文学作業に眼を向けると、例えば戦後の文学の最高峰にある「荒地」同人たちは、一読あきらかなほど上田保のT.S.Eliotの訳文の日本語で書かれていて、意識的に有効な文体を求めて書物を渉猟した大江健三郎は渡辺一夫のフランス語文章の訳文におおきく影響をうけた文体で書いている。 その結果、なにが起きたかというと、例えば「荒地」同人たちが戦後に書いた詩は、まるでT.S.Eliotが東京に生まれて日本語で書いてみたような詩で、橋の上に立って、みずもを見つめている男や、灰色の街へ帰ってくる男は、どう見ても日本の人ではなくて、ちょうど映画スクリーンのなかだけに存在した小津安二郎の山の手中流家庭や、小説のなかにだけ存在する司馬遼太郎の明治の元勲たちのように、極めて日本的であるのに現実ではありえない戦後日本人たちを描くことになった。 「誰も見ていない。 溺死人の行列が手足を藻でしばられて、 ぼんやり眼を水面にむけてとおるのをーー あなたは見た。 悪臭と汚辱のなかから 無数の小さな泡沫が噴きだしているのを….. 「おまえはからっぽの個だ おまえは薄暗い多孔質の宇宙だ おまえは一プラス一に マイナス二を加えた存在だ 一プラス一が生とすると マイナス二は死でなければならぬ おまえの多孔質の体には 生がいっぱい詰まっている おまえのからっぽの頭には 死が一ぱい詰まっている」 というような箇所は、戦後日本に還ってきた復員兵を描ききっているが、その描写の仕方は、あきらかに英語人のもので、日本語のなかから生まれてきたとは言えないでしょう。 日本人が、そうやって西洋の神を「借用」して神の視点から現代日本の現実を描いてきたのは、模倣というようなちゃちな作業ではなくて神の視点、あるいは神に正対する視点という本来は日本語の体系には存在しないパースペクティブがなければ、現代日本という日本語の成立事情からは遠く離れた現実を表現しえないからでした。 こういう言い方がわかりにくければ、短歌や俳句が、どの程度、現代日本を描きえたかを考えると、話としてわかりやすいかもしれません。 日本は神を機能として輸入した、多分、ゆいいつの国で、まるで自分達のスタジオや工場ではつくりえない部品を輸入して、自分達が設計した機械にあてはめて動かしてみせるエンジニアたちのようにして、日本の作家たちは知的思考を運転してきた。 なぜ、そういう作業が必要であったかといえば、文学にとっては人間的な真実が必要不可欠で、その真実にたどりついて描写するためには神の視点を意識することが必要だったからに他ならない。 ところが日本経済の80年代の繁栄のなかから、「そんなこと、どうでもいいんじゃないの?」という一群のひとびとが現れます。 名前をだしてしまえば、糸井重里や渡辺和博、赤瀬川原平というような人たちで、これは「おもしろければいい」「うければいい」という人達でした。 なぜ、そういう主張になったかといえば、この人達の職業がコピーライターであり、グラフィックデザイナーであったからでしょう。 「ほんとうのこと」なんて、どうでもいい、そんなことを言う人間はダサイ。 人間、あかるくなくっちゃダメですよ。 それはそれで正しいのだけれども、それが正しい感覚であるためには最低の条件があって、自分たちの言語に取り除きようのないものとして「神」が内在されていなければ無理でした。 ところが、彼らは、「神」のような一文にもならないパースペクティブをもたなかった。 … Continue reading

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言語と思考 その2

コンピュータ、あるいはコンピュータ群が、世界のすべてを語り終えたときに、 「世界を語り終える」という行為は何をしたことになっているかを考えるのは有意義なことであるように思われる。 そこで「語り終えられた」ものは、なにか? 赤色、ということについてさまざまな人が話している。 あれは情熱の色だ、と述べる人がいる。 最もよく知られていることをいえば、赤色とは可視光のなかで700nmの波長をもつもので、デザインの世界の人ならば、マンセル値 5R 4/14を挙げるかもしれない。 英語人ならばredと聞いて脳内に喚起される語彙のなかには、多分、Marsがあるはずで、多少でも教育を受けたことがある人ならば、それが酸化鉄の色にほかならないことを、どこかで思い浮かべているはずです。 Marsといえば、とその方向に語彙のブロックチェーンがつながっていくと、Red giantsを考えて、コアに水素が枯渇した、表面温度が低くなった、老いた恒星をおもいうかべて、世界の無常をおもうかもしれない。 そういうものおもいのまわりには、やはり赤い、red dwarfが明滅していることにも疑いの余地はなさそうです。 Black Fridayという言葉に初めて遭遇したとき、咄嗟に意味が判らなかったのをおぼえている。 Black+曜日、という組み合わせの英語表現は、市場が暴落した暗黒のBlack Mondayが頭のどこかに眠っているからで、それが「黒字になる金曜日」の意味だと言われても、まだ数秒は釈然としない気持が残った。 会計では赤は損失を象徴していて、どこかの冷菜凍死家などは、スプレッドシートを広げて、赤い数字が散在していると、途端に機嫌が悪い顔つきになる。 画面を見つめたままレバノンの会社がつくっている滅法うまいナッツの缶から木の実をひとつ口に放り込んで、ピスタチオで、口のなかが殻の残骸だらけになって、顔を顰めたりする。 赤色ひとつ話していくにも、そうやって無限の立場があるわけで、単語による連想ならば「赤」という言葉から菌糸のように派生するが、菌糸がのびていくべき先のほうから、逆向きに、赤を観る観点というもののほうが無数にある。 ここで「無限の立場」「無数にある」という表現をわざと使っている。 赤色について語り尽くすにあたって「無限の立場」があるのは、なぜか、無限の立場という表現に真実性がちゃんと伴ってしまうのはなぜかというと、もちろん、単純に人間の立場からは有限数がおおきすぎて「数え切れない」からです。 ニュージーランドの、澄み切った大気に輝く無数の星を見上げながら、「おれはいちど数えてみたが、あの『無数の』星は、実は6000くらいしかない」とおおまじめに述べた人がいたが、そのときに「そんなはずはない」とおもう一方で、「そうかもしれない」と考えたのは、人間にとっての「無数」など案外そのくらいのものかもしれないという皮肉な気持が働いたからでしょう。 つまり人間は人間の観点から世界を眺める以上、人間に近い方から精細度が高くて、やがてだんだん疎になる世界への認識の勾配しか持てないのは、ほぼ自明だからで、どれほど想像力がゆたかでも、5万光年先の銀河の恒星系に住んでいる、宇宙人の悲哀について思いを致して泣く人はいない。 そういうことは、もちろん認識の主体である個人からの距離だけではなくて、「おおきさ」の関係のなかにも存在して、たとえばtRNAがときどき妙な挙動をして、どうやら排列された塩基を運搬するだけの役割でないらしいのは、なにしろ肉眼で見えてくれないので、知見として、ごく最近のものに属する。 DNAの二重螺旋という太古の昔から誰の眼の前にも放り出されてあった厳たる現実でさえ、20世紀になるまで、迂闊な観察者の人間の眼には見えていなかった。 さらに小さい世界の素粒子になると、振る舞いさえ、単なる人間の感覚でなしに、人間の科学的思考の感覚にすら反している。 AIが生身の人間の将棋チャンピオンをほぼ確実に負かせるようになった時点で、人間のほうは、ぶっくらこくような現実に遭遇した。 コンピュータが、およそ見たこともない定石、想像もつかない手筋の読み方に従っているのが判って、いわば人間とは異なる思想で将棋を見る観点をもっていて、将棋の素人にとっても、たいへん興味深いニュースだった。 しかも、どうやらコンピュータは、枚挙が終わった時点から、いわばゲームを語り終えた地点から語りはじめの第一手に向かって考える観点をもちうることで、考えてみると、これはニューロコンピュータが目指す先にあるような「飛躍」だけが思考ではないことを示唆している。 機械にとっては、その巨大な枚挙能力に拠った人間の思考とは質的に異なる「思考」がありうる、ということです。 なぜ、そういうことが起こりうるかといえば、それは枚挙的な知性は世界が有限であることを知悉しているからにほかならない。 数えつくせない事象はなく、埋め尽くせない面も、充填しきれない立体も存在しない。 だから論理的には「世界を語り尽くした」時点から逆に事象が起き続けている時間のほうへ遡行していけるわけで、いわば思考の手順を逆向きにすることで、機械は常に、思考において人間に打ち勝つことができる。 そういうことが判って、はじめて、この回の記事の初めに戻ることができる。 コンピュータ、あるいはコンピュータ群が、世界のすべてを語り終えたときに、 「世界を語り終える」という行為は何をしたことになっているかを考えるのは有意義なことであるように思われる。 そこで「語り終えられた」ものは、なにか? 有限な世界という概念の、いわば欠点は、定義上、常にその有限の外側に無限が存在しなければならないことで、前回で述べたように、位相幾何的にそのやるせなさを回避できても、それは「外側」という概念を避けてみせただけで、空間的でない「外側」は、空間上のものではない「有限な世界」に対して、やはり存在してしまう。 通常、人間にとって宇宙全体というのは自然言語であるにしろ数学言語であるにしろ「言語が到達できる範囲のすべて」のことです。 人間が長い間「神」を前提としてきたのは、まことにもっともなことで、神がいないとすると、言語の到達範囲の向こう側にはなにもないことになって、エーテルが満たしていない19世紀物理空間とでもいえばいいのか、言語が思考している有限世界そのものが瓦解してしまう。 … Continue reading

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言語と思考 その1

特技はなにかと訊かれて、とっさにおもいついたのは、一日中天井をみつめて仰向けに寝転がっていても退屈しない能力と、後ろ向きに空中で跳躍する、いわゆるバク宙とのふたつだった。 他には、これといって特技がないのだから、我ながら大したものだと思う。 毎日、なにをしているのかというと、例えば居住用不動産投資について言えば、管理部門から来るレポートをランダムに抜き出して、家や建物の状態を眺めている。 眺めている、といっても、自分の手元に来るとき、チェックが終わって、それがマネジメントにあがってダブルチェックが終わって、トリプルチェックに当たるので、虱潰しに調べるわけではなくて、はあー、そーかあー、この建物は去年の収入がマイナス5660ドルなのかあー、すげー、とかぼんやり考えているだけです。 「あなたも家賃収入を!」 なんちゃって、ニュージーランドでもオーストラリアでも、よく副収入にアパート経営を、と宣伝しているが、インチキで、というよりもイメージ上の詐術であって、居住用不動産の投資であっても、投資は投資なので、改装費がかさんだり、いろいろで、ときには円でいえば億を超える金額がかかってしまうこともあって、あらあー今年はこんなに儲かっちゃっているのかあー、げひひひーん、という年もあれば、妙に少ない桁の数字で、これは何ぞ、とおもってよく見直すと、なんと家賃収入がマイナスになっている年もあります。 投資は投資で、上下が案外と激しくて、10年20年という単位なら安定しているが、キャピタルグロースも含めて、ほんとうは給料生活者が借金をしてまで手をだすようなものではない。 メルボルンの住宅供給がどれだけ増えて、需要がどれだけ伸びて、高収入者から学生まで、どのマーケット層が、どう動いているか、から始まって、膨大なデータが会社から送られてきて、こちらはなにしろめんどくさいので、テキトーに拾い出して、スプレッドシート上の数字を眺めてあくびをしている。 いつだったか例の中傷好きの日本の人たちがやってきて「投資家というのは分秒を刻んで忙しいもので、ガメ・オベールのようにヒマな人間が投資家であるわけはない」と述べあっていて、笑ってしまったが、デートレーダーのイメージかなんかでミセスワタナベの大がかり版を「投資家」なのだと思っているふうだったが、そういうことは嫌いで、わしが投資家をやっているのは、オカネのことを考える時間はもったいない、とおもっているからです。 ときどき、ゲーマー的なアイデアが出来て、よおーし、遊んだるぞ、とおもうこともなくはないが、だいたい3カ月もすると飽きて、 また欠伸をしてくらしている。 頭のなかは何を考えているかというと、どうもあの会社のコーヒー豆は焙煎が深すぎてラテが焦げ臭いとか、チゲ鍋にいれるアサリはアメリカの缶のもののほうがいいようだとか、そんなことばかりで、ろくでもないといわばいえで、そういうことを考えている時間がいちばん楽しいのだから、ろくでもなくてもやめられるわけがない。 最近おこなった大事業でおもしろかったのは、二年ほど科学・数学系以外の本を読むのをやめてしまったことで、それまでは例えば大学にいたときならば一日に最低4冊は読む暮らしだったので、頭が清浄化されるといえばいいか、それまで読んだ人文系の本の内容をあらかた忘れてしまって、非常に新鮮で、よい体験だった。 どうも読書を通して頭に入り込んだ思考パターンや知識は、いっぺん形をなさないまでにどろどろに熔けて、忘却して、例えていえば「薔薇」という漢字の具体的な組み立ては忘れてしまったのに、複雑な漢字の全体のデザインをパターン認識するようにして、鮮やかな黄色や燃えるような赤の、不吉な感じがしなくもない花びらの形が脳内に喚起されるようになって、初めて「薔薇」は薔薇になるらしい。 前にも書いたことがあるが、自分にとっての一生で初めてのロールモデルは、14歳のときに読んだモンテーニュ Michel de Montaigneで、モンテーニュが書いた Les Essaisの内容はほとんど忘れてしまったが、モンテーニュの、一種独特の、彼の思考のアイデンティティそのものであるような「時間」は、多分、いまでも身体のなかに残っている。 プルタークの英雄伝や、日本語でいえば、源氏物語に代表される平安文学も、そうだが、思考は考えた人によって、固有の時間の流れの速度をもっていて、その時間の速度でなければうまく扱えない思想や感情や事象というものが存在する。 平安時代のincestや幼児性愛の匂いがする物語が、恋愛のうねりをもって感じられるのは、あのひらがな文の呼吸のせいで、同時に、例えば吉増剛造のオラトリカルな日本語が詩的な高みに届くのは、あの高速なイメージの移動のせいであるのは、少し注意して読めばあきらかであると思う。 おもしろいことに、こればかりは、どんな言語でもそうで、言語にとっては音は意識の流れのスピードを定義することに使われている。 傾きかけた夕陽の美しさを、 La la la!  ブラボー!! という調子で述べられないのは、制限時速が40kmの住宅地を200km/hでとばしてもろくなことにならないのと事情が似ている。 ずっと前にも書いたが、人間の思考や感情は、人間の直観に反して、多分、枚挙可能なのであると考える。 ひとつひとつ虱潰しにならべていって、枚挙して、ドストエフスキーではないが 「すべてを語り終える」ことが、可能なはずであるのは、まずなによりも語彙が有限数であることから察しがつく。 何兆か何京かの組み合わせが、単語と単語が文法という制約の下でブロックチェーンをつくって、文字通り幾何級数的に組み合わせが増えても、しかし、それは高々有限個の組み合わせであるに過ぎない。 子供のときには、まだ、チェスや将棋はコンピュータが人間に勝つようになっても、中国人のゲームである囲碁だけはコンピュータが勝つのは無理だろう、と書いてある本が存在して、無論、その頃はディープラーニングの理屈もなにもなかった頃だが、子供なりに「それは間違っている」とすぐに考えた。 枚挙的な知性の代表であるコンピュータが勝てないゲームであるためには、論理的に、囲碁の局面が無限になければならないが、現実には、それが何百億あっても有限であるのは殆ど自明であるからで、書いている人が科学者としては子供なりに尊敬していたひとなので、がっかりするよりも、人間の思考が経験してきた現実にいかに引き摺られやすいかということを考えて、この事実は憶えておかなければ、と自分に言い聞かせたのをおぼえている。 人間が無限や永遠についてうまく考えられないのは、自然言語も数学言語も、有限な世界についてしか記述できないことに関係があるのかもしれない。 語り尽くしうる世界は、常にその外側をもってしまうが、次元をかえて地平線の向こうにも無限は続くが、いまいる場所と連続しているのだとか、例の、次元数をかえ、時間と空間の関係を変え、と工夫してみても、やはり人間が使う言語は無限も永遠もうまく考えられない。 英語と日本語の両方が母語/準母語であるひとにとっては、マグロの刺身といわれると舌なめずりをする気になるが、raw tunaと言われると、頭でおなじものだと判っていても、食欲がわかない、という経験は普通のことだろう。 もっと極端な例を挙げると、眼の前に並んだ、ふたつの林檎は、数学にとっては「2」でしかない。 言語を選択して、その言語の語彙をもちいることは、一定のイメージや論理要素を取りだして採り上げることであるとともに、膨大な量の情報を捨てることでもあって、厄介なことに、それが判らない人間には自分が行っている(はずの)思考という行為が、なにをおこなっていることになっているかという肝腎のことが理解できないし、感覚できない。 日本語でものを考えることが有効でなくなりつつあることの根底には、言語そのものの、そういった危うさがあって、日本語人が日本語を使うことに無自覚であることによって、外からみると、日本語世界には言語そのもから現実感覚が失われるという異様なことが起きている。 … Continue reading

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