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個人のための後退戦マニュアル・その3

ニュージーランドではどこの電力会社から電気を買うか、ふつーに選べる。 3年前、日本にいたときに広尾山の家のクソ高い電気代に頭にきたので、「なんで東京では東京電力からしか電気が買えないんですかあ」と件のトーダイおやじたちに訊いたら、 「そりゃ、ニュージーランドみたいな小国は簡単にそういうことが出来るだろうけど、日本のような国は体系が複雑で難しいんだよ」ということであった。 笑いがこみあげてきて苦しかったのを、なんとか我慢して「そーですか」と答えたのだったが、大国なら大国らしく、ひとつくらい他の国がやってないことを自分の頭で考えてやらんかい、と考えました。 後退戦の殿(しんがり)にいるのは、多分人口の99%を占める「どこにも行かないひとびと」であると思う。 戦争について知識があるひとはよく知っているが、しんがり、って難しいのよ。 このひとたちが敵に背中を見せると全軍が潰乱してオシャカになってしまう。 戦艦大和はフィリピンの沖合でアメリカ軍の軽巡洋艦と駆逐艦の突撃にぶっくらこいて、くるりと反転してとんずらこいちったが、その後、日本の海軍が立ち直ることはなかった。 富士川の西岸で、いっせいに飛び立った水鳥の羽音にとびあがって逃げた平家の軍隊は、結局、潰乱に潰乱を重ねて壇ノ浦で全滅するまで浮き足が止まらなかった。 槍の穂先を敵に向かって揃え、敵に向かっておこたりなく用心しながら、ときどき自分達の実力を見せながら、本国の力が充実するのを待つのは、海外組ではなくて国内組の役割である。 日本が立ち直るためには国内に残る人々の役割が最も大切なんです。 カルタゴという国は敗戦のたびに当事者である軍人を極刑に処して政治の中枢にあるものや富によって社会の支配権を握っていたものたちは決して責任をとらなかった。 ギリシャでは「任命した優れた実務家たちを監視するために民主主義はある」という原則を忘れて、皆で意見を一致させて合意した政策を採用する、という信じられないくらいアンポンタンな政治理念を信じ込んでしまった結果滅びてしまった。 コリントもカルタゴも、自分達の愚かさを反省すらせずに愚かさを賢明さといいなして自分達の空疎な妄想にしかすぎなかった「正義」にしがみついた結果、国土が文字通り更地になってしまった。 カルタゴに至っては更地にした上に、ローマの兵士達が塩をまきくるって、二度と穀物をつくれないようにされた。 丁度、いま東電の神様がセシウムとストロンチウムの同位体をまきくるっているのと似ています。 危機は変化のチャンスでもある。 いままでは自分自身が小役人のようなことを言って、由縁もなくえばっていたりしたのが、「これじゃ全然ダメじゃん」と判るからです。 いまはもうこれまでの「権威や、お上のある社会」のやり方や考え方ではダメダメなのが判ったのだから、「変えなきゃ」という気持ちを忘れなければいいだけのことである。 このブログでもさんざん何回も書いてきたように、日本には変えなければどうしようもないことがうんざりするほどある。 「わしらのニッポン、日本人が世界一」をやって、30年がとこ、ものごとをほうっぽらかしにしたまま来たのだから当たり前なんです。 まず個人ひとりひとりが幸せにならなければならない。 わしは日本の歴史を調べていて、1980年代にあれほどの繁栄をみたのに、それが90年代になるとあっけなく「坂を転げ落ちるように」経済が崩壊してゆくのは、結局、 「お金は儲かったけれどぜんぜん幸せにならなかった」からではないか、と考えました。 社会が空前の繁栄を遂げた、といって、ふつーの、というのは当時の社会の中堅である会社員にとっては、給料の上昇よりも物価の上昇のほうが激しかった。 なかんずく、70年代に田中角栄という極めて人好きのする、誰をも魅きつけずにはおかない人格をもったカネの亡者を首相に据えてしまったせいで、(具体的には農業への補償という仕組みを梃子に使って)土地の値段などは、ロケットのように上昇した。 他の物価でも、たとえば義理叔父の証言によると、子供のときずっとずっとずっと山手線の半周近い「初乗り」が30円であったのに、ある日突然90円になり、それが次の次の週には160円になる、という具合だったそうで、義理叔父のことだから数字はええかげんに違いないが、そういう実感だったのでしょう。 その延長にあって経済が破壊的な速度で容赦なく成長した80年代にあっては、クラブで一万円札を何百枚もばらまいて、それをきゃあきゃあ拾ってあるく若い女優やデルモのねーちんたちを見繕ってはホテルにつれていく不動産会社の社長とか、政治家、あるいは当時はいまよりもさらに社会的地位が高かったらしい暴力団のもんもんなおっちゃんたちとかばかりが大金をつかんで肩で風をきって歩いていたのであって、トーダイといえど他人を踏みつけにする才能に恵まれなかった義理叔父たちは、こんな国は破壊されてあとかたもなくなればいい、と心から呪詛していたという。 ふつーの国では、国が2割もうかると、住んでいる人間にも1割は還元される。 いまわしがその小さな島の空中に腰掛けてこのブログを書いているマンハッタンでは、 日本の国家社会主義経済体制に守られた製造業にボロクソに負けて崩壊寸前までいった経済が、金融とITとパテントによって繁栄を取り戻すにつれて、みるみるうちに街が安全になっていった。 5thAveにすら散在していた危険なブロックを避けて、あっちに渡ったりこっちに渡ったりしながらでなければまっすぐ通りを歩いてゆくことも出来ず、女びとなどはロッカーもしくは鞄にハイヒールをいれて、襲われたとき必死に走って逃げるためにスニーカーにはきかえて通勤するのが常識であって、しかも日が暮れると、引き込まれない用心にビルの側を歩かなかった街が、女同士、午前2時にほろ酔い気分で12センチくらいはあるヒールの靴で歩いていてもあたりまえになった。 太ったおっちゃんが乗ると、そのままパンクしてへたりこむんちゃうか、と思うくらいボロイタクシーは、あっというまに新車になり、いままで家を買うことを考えることも出来なかった中層の下くらいでも家が買えるようになった。 かつては週末の1ドルピザをかじりながらテレビを観るガールフレンドやボーイフレンドと一緒の週末に、ミシュランガイドをひろげて、テーブルにロウソクがともるレストランを予約してでかけるようになった。 病院が建設され、大学の設備が素晴らしいスピードで拡充され、奨学金制度は改善されて、個人の生活が誰がみてもわかりやすい形でよくなっていった。 「社会が繁栄すれば、わしの暮らしもよくなるのだな」とみなが実感したのです。 この事情はオーストラリアでもニュージーランドでも、社会が全然改良されないので有名であって、いまと中世とどこがちゃうねん、とアメリカ人などにゆわれるシブイ社会を主催している連合王国ですら同じです。 個人の生活が楽にならなければ、誰もそんなバカみたいに働くわけないやん。 だから、「いまは我慢して社会のため」とか「ここは辛いが会社のため」というような大時代なバカ理屈は、舌をつきだして、目をひらいて、あかんべのベロベロバーをせねばならぬ。 具体的には高い生産性で仕事をしている若い世代に高給を払わないで「50歳まで勤めたらオカネモチにしてあげるからね」というような田舎に娘を買いに来た女衒みたいというか、妾に毎日自分の褌をかえてもらおうとしているガハハジジイというか、そういう下品な理屈にたった会社に就職してはいけないのです。 … Continue reading

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個人のための後退戦マニュアル・その2

1 ずっとむかし、(とゆって、いま見ると去年の11月だが)「ラナウエイズ」 ≈https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/28/ というブログを書いた。 自分で書いた文章ながら外国語の文章は読みにくいので、適当にとばし読みすると、 いまの日本は集団発狂しているから、いったん外に出て、正気が残存している社会の空気をすって、ついでにIT革命という巨大なパラダイムシフトや人種差別が徐々にだがいまや確実に消滅しつつある事実や、そーゆーことを経験してから、そのうちにはおおごけにこけるに決まっている日本の再建に参加するのも悪くないだろう、という趣旨(多分)のブログで、ついでに「いまの日本社会は旧ソ連と似ている」というような、自分ではすっかり忘れていた偉大な卓見も書いてあったりして、なかなかよい記事である(^^) 後退戦は防衛に適した地形なり町なりを選んで、じっくり腰をすえてしぶとく戦うのが基本だが、清右衛門という友達が「逃散があんだぜ、逃散が」というので、つい遠くにいくことも考えてしまった。 (だから、ここからわしが何かボーロンのようなことを書いたら、それは全部清右衛門  http://prunusmume16.blog28.fc2.com/  ツイッタ @p_mume1980 の責任なので抗議や嫌がらせはそちらのほうへよろしく。 なお、他の記事については、ブブリキという人がすべて責任を負っています。 (ウソです) 具体的な留学の方法などは簡単であって、きみが30歳より若ければ、有名なワーキングホリデービザという誰でも1年から2年は、そこの国へ行って何をやっていてもよい、という素晴らしいビザがあります。 アホでもええねん。 自分のTシャツがたためなくても受け入れてもらえます。 英語が出来なくてもダイジョーブだ。 現地に行ってワーキングホリデーで来た人間用、あるいは、その国のふつーの求人掲示板で職業を見つけて暮らせばよい。 下宿とかも、部屋をシェアすればたとえばニュージーランドなら週50ドル(3500円)くらいからあるだろう。 わしが家に出入りの日本の画廊主人の息子はワーキングホリデービザでやってきたが、女優志望の無茶苦茶はくいねーちんとルームメイトをしておって、英語を全部このねーちんから教わった。 お礼にマッサージをしてあげていたもののよーである。 ただでお礼してたのかと思ったら、ちゃんと1時間10ドルとっていたのだった。 10ドルじゃ、割にあわねっすよ、という。 太股とかすげー凝ってるんすから。 ふ、ふともも。 ふ・と・も・も、ですか? あっ、いや。 それで、一年ごろごろしていて、その国が気に入ったら大学にはいるなり、就職したりすればよいのです。 大学にはいれば3年間の就学ビザに卒業したあと一年間の就職猶予期間ビザがあるはずである。 (わしは留学とかしたことがないので、具体的には自分で調べませう) きみが会社なり政府機関なりで働いている場合は、もうちょっと工夫がいるであろう。 乾坤一擲、職を投げ出して、という手もあるが、乾も坤も一擲すれば二度と返らないという。乾坤象背に帰らず、といいます。 だから会社や政府の制度をうまく梃子にして日本を出て行かねばならぬ。 古い時代、80年代、Mさんは○○省の役人であって、憂国の情に燃えて目の下にクマをつくって毎日3時間睡眠で日本の未来を設計すべく頑張っていたが、 日本のトーダイおじさんたちが口を揃えて「日本史上の最悪党・日本の破壊者」と罵り出すと止まらなくなる中曽根康宏が首相の時代に、キレてしもうた。 酒を飲まないMさんが嘔きくるうまで飲んだ翌日にやったことは「試験に出る英単語」(^^)を買ってくることであって、そこから狂ったように勉強して人事院留学でHBS(ハーバード・ビジネス・スクールという、やたら狭いブロイラー養成所みたいな寮に学生を閉じ込めて「これって一ヶ月分の読書ですかあー」という量の本を一日で毎日読ませて徹底的に自己主張させまくるという経営学の海兵隊訓練所みたいなバカな学校のことです。  チャールズ川よ、静かに流れよ)に行ったそうです。 人事院留学は国費で留学させてくれる代わりほんまは日本に戻って役人を続けねばならないが、「絶対いやだ」とがんばって、就職したアメリカの大学に全部賠償金を払わせて日本には帰らなかった。 向こうに行っっちゃって、その国で必要な人間だと、その国の学校なり会社なりヘアドレッサーなり鮨屋なりが認識してくれればあとはどうにでもなる、という好例であると思う。 歴然たる国法違反だからな。 おおげさに言えば国事犯なのに某旧帝大から教授になってくれと何度もゆわれたそーなので、世の中とかは、やはりそういう隠微な仕組みになっているのです。 (言い忘れたことを唐突に書くとTOEICは全然ダメなテストですねん。由来から言えば役所間抗争から生まれた「役人都合試験」です。 … Continue reading

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個人のための後退戦マニュアル・その1

フィルムのなかのロシア人たちの証言によると、第二次世界大戦東部戦線のドイツ人たちは「薄気味が悪くなるくらい強かった」という。 それだけ聞くと、そーですかあー、と思うだけだが、もう少しくわしく聞いてみると、内容は興味深いと言わなければならない。 ドイツ人たちがロシア人たちのあいだで未だに伝説になっている「ドイツ人らしさ」を発揮したのが開戦初頭の無敵時代ではなくて1943年と1944年というドイツが敗走にはいって久しい(クルスクの戦いは1943年夏)ときの話だからです。 シャーマンM4への「肉弾攻撃」が国を挙げて戦意高揚の英雄譚になる極東の同盟国とは異なってドイツ人は国民性としては、どんな場合でも辛辣な皮肉屋で冷静な国民なので、相手が戦車でこちらが歩兵の戦いだとゆわれると「じゃ、戦争負けなんじゃん」と、あっさり思う。 ドイツ映画の「スターリングラード」で、大挙攻めてきたT34の大群に棒にくくりつけた地雷だけを武器に必死の戦いを繰り広げて撃退した夜、文字通りボロボロになって疲労困憊した兵士達の足下のラジオからフューラーが「我が国の最新鋭機甲師団がT34の大群を壊滅した」という演説するのを聴いて、「そんな機甲師団がいたかなあ」と訝る新兵に「おまえのことだよ」と古参兵が物憂げに吐き捨てるところがある。 一種の会戦主義であったナチスドイツの陸軍は、本来の物資不足に、会戦に備えるためという理由もあったのでしょう、そういう極端な物資の欠乏は日常のことだったようです。 なにしろろくすぽ兵器がないので、大集団で行動するT34を先頭にロシア軍が大挙して突進してくると、前線のドイツ兵たちは文字通り算を乱して一目散に逃げちってしまう。 ロシア軍は勝ち鬨をあげながら津波のような勢いで潰走するドイツ軍に襲いかかります。 「ところが、潰走したはずのドイツ軍は5キロメートルも先にゆくとちゃんと合理的な布陣をして待ち受けているのさ」とロシア軍の将校が感に堪えたように言っています。 あんな軍隊、ほかにあるはずがない。 潰走しても潰走しても、5キロメートル先に行くとまるで計画されたアンブッシュとでもいうような完璧な布陣で待っている。 ああ、これがドイツ人というものなのか、と私は、言葉が不適切かもしれないが、カンドーしました、という。 そのフィルムを観たイギリス人のじーちゃんが、「後退戦こそが文明だからな」とつぶやいたのをおぼえていた、というのが、この長たらしい前置きのブログ記事を書こうとおもった理由である。 (ツイッタを読んでいた諸君は、そーじゃなくて、あんたが日本語話したいのにつきあってくれるひとがみな寝ちったからでしょうが、とゆーだろーが) (ものごとの契機というものは、単一とは限らないのだよ) (ほんとよ) 人間はしつこくあらねばならない、とあらゆるいまに生き延びた文明は証言している。 ことの初めからノルマン人とローマ人の無茶苦茶を極める侵略と支配でぼろぼろだった連合王国人などは、いまに至るまで存続しているのは、ひたすら、しつこいことによってであるとゆえなくもない、と思う。 なにしろノーフォーク人たちに至っては出だしからローマ人たちに自分達の女王を強姦されたあげく王国を簒奪されて立ち上がった正義の戦いにクソ負けに負けて8万人もぶち殺されたりしていたので、執念く負けながら戦わなければ生きてゆくことも叶わなかった。 わしがゆいたいのは、ですね。 国としては原子炉がぶっとんじったのはゆゆしきことだが、個人としては、それくらいがあんだよ、おれは生き延びてみせるし、という立場もありうるだろう、ということなんです。 大量の核物質を内包した原子炉がゆっくりゆっくりぶっとぶという未曾有の事態になるまでは一ヶ月に一度だった部屋の掃除を毎日にする。 晴れていても傘をもってでかけて濡れたら家に帰って必ずシャワーを浴びる。 魚はしばらく諦める。 牛乳もしばらくやめる。 食料品は輸入品に切り替えて、どうしてもダメなら信頼が出来そうなスーパーマーケットの産地表示を確認してから買う。 そうやって生活における行動を少しづつつめてゆけば被曝量は十分の一にはなるだろう。 そうこうしているうちに日常的に正確な汚染・被曝情報が流されるようになるだろうから、そのときは、もっと細かくいじましく生活を抑制していかねばならない。 被曝地生産者の生活はどうなるのだ、それでは国家の経済はどうなってしまうのだ、という「国」の側の意見も当然あるが、それは公の側の意見であって、ここでは「個」の戦いに専心して考えてみようとしている。 生き延びられる自信がついたところで、「おれはもう50歳のジジイだから放射線なんかどうでもいいわ。福島牛が安いっちゅうから、どんどん食べるし」という判断があっても別に悪くはない。 お国のために浦霞をもっぱらに飲み、笹かまぼこを食べくるって、食後は二人静でなにほどの悪いことがあるだろう。 第一、いまの年金制度に国民がしがみついているとすると早く死ぬこと自体、たいへんな国家への奉公です。 しかし、文明というものは往生際の悪さをもって華とする。 兼好法師が「人間は死ぬときの潔さが大事である」とゆったのを本居宣長が、けっけっけ、と嗤って、「そーゆー人間に限っていざというときはじたばた言いやがんだよ。かっこつけてんじゃねーよ、ばーか」とゆっているが、そのとおりであって、 「わたしは、この世界に絶望しているから早く死んでもいいのだ」というのは、10歳くらいの子供に実際にもっともよく見られる幼稚な思想である。 実際、わしは10歳くらいのときに、もう長く生きすぎたので、これからの世界は若い諸君にまかせてなるべく早く死にたいものだ、とつぶやいて、かーちゃんやとーちゃん、許せないことには妹にまで爆笑されたことがある。 思想家というものは、つらいものだ、と考えたが、ま、過去のことはここではよいであろう。 どうせ、ここまで状況がきびしくなってくると、「いさぎよく諦めよう」というバカが夏の夕立のあとの藪蚊のように湧いてくるときがくるに違いないが、日本のひとびとは、かっこつけてるだけの、そういう幼稚かつケーハクな思想に瞞されてはいけません。 有利不利の条件を並べてみて、料理のレシピじみたそのリストをにらんで、自分達に最適の文明のスタイルを考え、一日一日もゆるがせにしないで、丹念に毎日を暮らしてゆくことの疲労は途方もないが、しかし、それが出来るということが文明の本質なのだと思います。 人間は、これまでも、ありとあらゆる不条理な苦難に直面しながら、殆どなんの理由もなく自己を生き延びさせようとしてきた。 … Continue reading

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「フクシマ」のあと

1 ジョイスシアターに行った。 http://www.joyce.org/ ジョイスシアターは、わしのアパートから歩いて5分もしないところにある小さな劇場です。 小さいが座り心地の良い椅子があって、寛いだ雰囲気である。 PAがちょっと古いが、アポロシアター https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/04/10/1976/ よりは、マシである。 マーサ・グラアム ダンス・カンパニー(Martha Graham Dance Company)出身のRamon GuerraがつくったDanza Contemporanea De Cubaは、Sadler’s Wells and the Coliseum TheatreやバルセロナのMercat de las Floresでも公演するが、ニューヨークでは、このジョイスシアターにやってくる。 この頃は3月には、ハバナまでまずインストラクターと一緒に旅行して、Danza Contemporanea De Cubaの日常を観て、それから公演を観る、という面白いこともやっているよーだ。 公演そのものは、いつものDanza Contemporanea De Cubaの、洗練されているとはいえないが、性的暗喩と雄大な肉体の躍動に満ちた三幕ものであって、特に三幕目の、人間が陥る「情熱の地獄」とでもいうべき世界を描いたダンスが素晴らしかった。 激しい諍いに明け暮れるカップル、絶望のなかで暴力をふるいあうゲイのふたり、そういう、人間にとっては見慣れた光景がフリージャズにのって、ほとんど裸体のダンサーたちによって繰り広げられる。 モニは乳房まで見せるヌーディティは不必要だ、というが、それには舞台と客席の距離をゼロにする効果があったと思う。 ツイッタの友達はみな知っているように、ひどい風邪で「ぐるぢい」と思いながら、わしはカンドーしました。 どうも、キューバの人というのは何をやらせてもかっこいいな、とバカなことを考えた。 革命ですら。 2 先週くらいから「フクシマ」のニュースはなくなった。 英語の日常世界では、フクシマは「過去」になった。 日本は国全体がチェルノブイリみたいに印象されて、事故後の「国民なんてどーでもいいや」な対応も、ピント外れな上に恐ろしくダサイ「ローテク」事故処理も、世界中をびっくりさせてしまった。 … Continue reading

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ベンキョーしよう

ロックバンドでねーちんたちにきゃあきゃあゆわれながら人生を過ごす、という手堅い人生の計画をあきらめたのは妹の陰謀だった。 わしをバンド仲間から引き離してあんないけないことやこんないけないことから遠ざけてしまった妹の悪辣な知恵についてはいつかは述べることがあるであろう。 いざ、あんないけないことやこんないけないことが一挙に生活から消滅してしまうと、わしはひどく退屈せねばならなかった。 大学と名の付くものに入るには、まだ間があるはずだったが、わしが生まれて育った国は日本のような工業規格品みたいな国とは違って途方もなくええかげんな国なので、 大学の片隅でしょぼしょぼベンキョーしてもよいことになった。 そこはえらそーで自分は頭が良いと思い込んでいるバカたれがたくさんいる気取り屋の収容所のようなところであって、そもそも収容所そのものに気が遠くなるくらいオバカな細かい規則が網の目のように張り巡らされていてくだらなかったが、それなりに良い所もあったと認めねばならない。 よくないところは、集まっている基地外の諸君が、それまでバンドの形で集合していた基地外とタイプが異なって「遊ぶ」ということにかけては、不細工というか粗野というか、オモロイことが何も出来ないひとびとだったことで、仕方がないから、わしはベンキョーをしようと考えた。 ベンキョーするに際して考慮したことは「向こう500年間に役に立つようなことはベンキョーしない」ということであって、わしは役に立つということが頭から嫌いなので、たとえば頭に「応用」がつくような学問や工学のようなものはとんでもない、と考えた。 いま考えてみると新しい画材・色彩を発明するとか世にも妙なる響きをもつ楽器を考案するとか音響学の奥義を究めるとか工学でも、役立たずの道を囂々と邁進する王道を歩くことも出来たわけだが十代後半のバカガキの頭では、そんな賢い考えは浮かばなかった。 西欧文学をやるのにラテン語が出来ないのでは、階級が下から3番目くらいの序列も知能も低い悪魔でも腹を抱えて笑うだろう。 それも、えーと、えーと、コーギートー、エルゴー、うーんと、スムなんちゅう調子ではダメであって、トマス・モアの一節くらいはカッチョヨク暗唱できるのでなければならない。近代ラテン語は、わしのボロ高校でも英語の時間にやらされるくらいで、差別がはかれないので、文学的教養とか文学的素養とか現代における死語を口走るには、せめて古典ラテン語が出来なくてはダメである。 実際近代ラテン語とそれから派生する諸方言が判らなければ、気取り屋のボストン人が書いた詩ひとつちゃんと読めやしない。  どうようにして科学では数学が出来なければダメである。 世の中には生物系という数学がまるで出来なくてもやれるとされる科学もなくはないが、あれは実は生物というものが(ぴー)…(この部分は良心による検閲の結果削除されました) わしは、どのくらい、ということはないが数学はだからよくやった。 数学者になろうと思ったわけではない。 どちらかというと言語を学習するようにやったのだと思います。 ひとりで机に向かって、というようなことはあまりやらなくて、気の合う友だちとビールをちびちび飲みながら、議論しながらやることが多かった。 そんなバカな、ひとりでやるのでなければ集中できないではないか、と日本のひとならば言いそうだが、慣れればこっちのやりかたのほうが遙かに数学がうまくなる。 輝く偽善のワタミ学術用語を用いれば、おすすめであります。 あるとき妹が妙に深刻な顔をして、わしの部屋にあらわれたことがあって、「おにーちゃん、わたし、このあいだ行ったKのパーティで…あのときよ、きっと…子供ができちゃったの! わたしの人生なんか、もう終わりだわ!」 ちゅうことかな、けけけ、無学者め、マジメな人間が羽目を外すと地獄の門がひらきやすい、という聖書の文句を知らんのか、この世にマジメな人間が破滅するということほどドラマ性があって楽しいことはなかりけりと喜んだが、そうではないのであった。 ベンキョーは、なんのためにすると思うか、という。 (く、くだらん) (全然、悲劇性というものがないやん) (だから優等生て嫌いなのよ) わしが「単位時間あたりの収入を上げるためであろうの」というと マジメに答えないと兄妹の縁を切るという。 ほんとうに縁を切ってくれたら欣喜雀躍だが、これまでの行動に鑑みて妹がそんな好条件で縁を切ってくれるわけがないので、ちょっと考えてみたことがある。 T先生と、わしは散歩するのが好きであった。 秋の丘陵をT先生と散歩していると、わしのパーな頭ではただの「森」なのが、先生の眼には高解像度の自然が鮮明に映っているのであってCGAとUXGAくらい違う。 夜になって「天上の無数の星」というようなことをわしが口走ると、先生はにやにや笑いながら、空に見えている星は空気が完全に澄んでいても5000もないよ、という。 一枚の葉をとりあげて、それから判ることを延々と述べてきかせる。 人間実践検索図鑑みたいなひとである。 先生とわしは同じ世界を見ているのに、そこから得ている情報は虫と神様ほども違うのであって、わしは教育というものなしでは人間というものはただの性能の悪い粗雑な認識装置にしか過ぎないことをよく思った。 勉強しても人間は向上したりはしない。 わしの行った大学は世界でも指折りのカッチョイイ大学ということになっているが、 そこに滞留している阿片崫の住人たちの頭のわるさを観察すれば、そのくらいのことは考えなくてもわかる。 しかし、その頭の悪い住人たちは話をしてみると判ることは、底抜けに愉快で、なによりも認識している世界が精細で豊穣である。 思い込みが少なくて、依拠している現実の有効数字の桁が多い。 … Continue reading

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遊ぼう

モニが、知的なハンサムでそのうえいまどき珍しい温厚で成熟した人格のその青年(わしのことね)と結婚して最も衝撃をうけたのは、わしが、結婚するまえにさんざん聞かされたナマケモノで何もしない人間だという誇張された悪い噂よりも現実はもっとものすごく何もしない人間で、およそ「労働」とかは、けけけ、と笑って鼻紙にして捨てる程度の興味しかもっていない、という事実を発見したことだったそうである。 ほんとうだとしたら、とんでもないやつだ。 ほんとうだけどね。 ほんにんがいうのだからまちがいはない。 朝、とゆってもたいてい午後一時くらいだが起きてくると、まっすぐラウンジのコーヒーテーブルに行ってMBP(MacBookパワーの事です。略するとカッコイイので略しているのね)を開けて黙って静かにブラウザを眺めている。 途中でたっていって、ものすごい集中力で淹れたコーヒーをモニのいる寝室にもっていってから、自分の机にもおく。 おもむろにコーヒーを飲みながら、 「今日はモニさんとビレッジのシシュアンに行くし」と考えます。 今週はダンダンミー(担々麺)を研究しているからで、めぼしい四川料理屋を発見してはあんまし中華料理が好きではないが四川料理だけはおいしいと思う事があるモニをひきずってゆく。 四川人が集まる店は、辛いだけであまりおいしくないようだ。 マレーヒルの日本人がいっぱいいる店は、胡麻の使い方が上手でうまい。 グランドシシュアンのチェーンも安い割においしいのだとゆわれている。 日本の担々麺は麵がスープに入浴しているが、NYCで中国人たちのつくる担々麺は一見素のままの麵にほうれん草と豚の挽肉がのってその上にトングが載って出てくる。 「丼」の半分くらいの大きさの鉢の下には、それが勝負所であるらしき、胡麻油とチリ油が混ざった油たれのようなものが沈潜していて、トングを使って、ぐあっとへっくりかえすといきなり辣油まみれになってところどころに件の豚挽肉がへばりついた混ざりものが出来上がるので、スパゲティと同じ要領でくるくるぱくりと食べます。 うめーんだよ。 なんど食べても不味いのかうまいのか判らなくて、いったいどっちなんだはっきりしろよな、と思いながら中華料理がそれほど好きとはゆえないわしが何度も食べてしまうのだから、きっとおいしいのだと思う。 高級店で食べても5ドルだし。 オークランドはNYCなど全然問題にならないくらいの割合で四川人が蟠踞しているが、四川料理屋に行くとニューヨークとは違って麵がスープに入浴しているのや、スープがないのや、これでもかこれでもかと豚挽肉が載っているのや担々麺って菜食麵ちゃうの?ちゅう感じのや、いろいろあるので、ああいう担々麺はNYCスタイルであるらしいが、いま思い出したが、わしは担々麺の話をしていたんじゃないやん。 閑話休題 モニは、わしが真剣な顔をして何か考えているときは決まって次の食事に何を食べるかということを考えているときだ、といって笑う。 そんなことはなくて、モニが考えるよりも遙かに計画性に富んだ知性の持ち主であるわしは次の次のご飯を考えているときもよくあるのだが、脳が溶けた鷹は爪がマニキュアで光るという。 マリファナくらいなら良いがトルエンは大脳が器質的に溶けてしまうので気をつけましょう。 次の食事のことを考えていることにしておいても良いと思う。 モニがでかける仕度をしているあいだに、わしは昨日の晩につくったバチャータの旋律にあわせて机の下の足でステップを踏みながら、ソリシタ(UK)やロイヤ(米)が書いた法律上のやりとりのメールを読みます。 表計算のシートも広がっている。 これは日本語のブログであって、まさかわしが日本語でこんなことをしてるなんて思う奴は、わしの手下(てか)にはひとりもおらないだろうからヘーキで書くと、わしが見ているシートにはずいぶんヘンなものもあって、わしはそういう些事シートを眺めて電気代の推移で事業に関する社長たちやマネージャーたちのウソを知っていたりする。 吝嗇な冷菜凍死家というのはこわいのよ。 バチャータはおもろい音楽で、なんでもかんでもバチャータに出来る。 「はるばるきたぜ函館へ」だってバチャータに出来ます。 あのひとも山口組の衆のまえで鼻をふくらませてないで、親分衆を舞台にあげてみなでラインを組んでバチャータを踊ればいいのい。 暴力団もいつまでも「伝統」にばかり頼っていては闇の組織になってしまうのではないか。 …あれは初めから闇の組織がバッジつけてえばっているのか。 若いマジメなお坊さんが、土地の有力者に無理強いされてつきあわされた売春宿の宴会で、ああ惨めなことになった、こんなことにつきあわされてしまって神様になんとゆって申し訳をすればいいだろうと唇をかみしめていると、 目の前で踊っていた白拍子が突然菩薩の姿に変化して、それまでの今様(いまよう)も唱和される経文に変わって、まばゆいばかりの光のなかの菩薩が、「悩まなくてもよいのです。わたしがあなたをゆるしてあげましょう」という。 わしは、あの日本の昔の説話が大好きだが、「遊ぶ」ということには神聖性がある、とわしは思う。 ホイジンガやカイヨワはマジメな秀才にしか過ぎなかったのでどうしても「遊び」に意味をみいださなければならなかったが、それでは「遊び」というものの本来の価値は見失われてしまうのではなかろうか。 意味は病気のようなもので、いちどものごとに意味をみいだしてしまうと、それは壁にも道路の表面にも水や空気にさえべったりとくっついて離れない。 病状がすすむと意味を呼吸するようにさえなります。 動物の進化をみてさえ「適者が生存したのだ」といいだす。 猿はもしかしたら、あるとき突然ただおったってしまったのではないか、と考えるのは適者生存の理屈を思いついたあとでは大変なのです。 … Continue reading

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「時間を取り戻す」_経済篇

英語ではconfidenceという。 confidence、という言葉を見て「自信」という日本語が頭に明滅してしまったひとは、もうそこで大誤解が始まってしまっている。 一回深呼吸をして、そーか、 confidence、という言葉があるのだな、と思ってくれるのでなければ困ります。 「経済」というものは一面、政治のように信条によって一致することのない、さまざまな思惑をもつ人間の心理の複合体だが、この confidenceはいわば経済という欲望と恐怖心がないまぜになった巨大な乗り物の燃料で、これによって経済は動く。 confidenceが高まってくれば投資家は投資し、ビジネスマンは「いよいよ貿易風がふいてきたぞ」とつぶやいて、帆をあげて出帆して事業拡張の冒険に乗り出す。消費者は猛烈な勢いで物欲のトローリー(カート)にものを積み上げてレジに並ぶ。 一方で市場が冷え切って困憊しているときに、なんらかの理由によって合理的なconfidenceを獲得しているひとは比較的簡単に市場における勝者になってゆく。 ひらたく言えば「金持ち」になります。 日本の経済が凋落したのは、そして、その低落の谷間から抜け出せないでいるのは心理的には無論このconfidenceが失われてしまったからで、あたりまえだと思うが、経済を再建したいと思えばどうすればそれが再び獲得できるか考えないと仕方がない。 日本にいるあいだ、「どうしてこの国のひとびとにはconfidenceがないのだろう」と考える、わしの眼についたのは、日本という国に参加している人間全体の「途方もない忙しさ」と「空間のなさ」でした。 へっ? そんなことが経済と関係あるの? というひともいるのかも知れぬ。 おおありなんです。 急に訳のわからない不公正ないちゃもんをつけにくるのでおおありくいは嫌いだが、おおありはおおありなんだから仕方がない。 お話をつくるのが上手だとゆわれているしな。 時間というものは一時間あったら50分しか使ってはいけないものだ、とわしは子供の時おそわった。 どんなに根を詰めても10分は休まないとな。 朝の8時から起きて一日を過ごせば、午後8時にはほぼ完全な休息に入らなければ人間は人間でなくなってしまう。 10歳以下の子供なら午後8時はもうベッドに入っている時間である。 眠るためでもあるが、日常とは切り離された時間のなかで、いろいろなことを考えるためです。 日本のひとは時間を隙間なく埋めてしまうのが大好きなようにみえる。 「ぎっちりした時間」が出来上がると、ちょっと嬉しそうだ。 逆に午後4時から午後7時まで「なにもない空白」な時間があると、とても不安になったりしそうである。 この3時間を、どうやってすごせばよいだろう。 ほんとうは、3時間も空いてしまったら、大チャンスなのだから、もしきみが海辺の町で仕事をしているのだったら、ベーカリーによってクリーム・バンを買って、コーヒーのボトルをもって、海辺のベンチに歩いておりていって、ぼんやり海を見ているのが良いのです。 ずっと昔のことを考えて、ああ、あんなことあったなあ、と頭の奥のすみっこで曖昧な輪郭をなしている記憶を呼び起こす。 持っているクルマのサードギアがスムースに入らないのはなぜだろうと思う。 自分にはどんな伴侶が向いているのだろう。 SFって読んだことないけどおもしろいのかな。 文明人の特徴というべきか定義というべきかは、まさにこれであって、文明人で精神が健全なら「3時間」などは、そうやってぼんやりものごとを思い浮かべているだけであっというまに経ってしまう。 そうやって3時間を過ごせないで退屈してしまうひと、というのは、それだけ自分の中の文明が破壊されてしまっているのだと思います。 confidenceというものは、いったんなくなってしまったところからは、世界との距離が少しあって、自分を取り巻く世界のさまざまな要因を「世界が動いているのとは異なった時間のなかで」観察し考えてみないと恢復できない性質のものなので、3時間ぼんやりと海が見られないひとには再獲得できない性質のものである。 世界と同じ時間で自分が動いてしまうことを、多分、日本語では「流される」というような言葉で表現するのだと思うが、言い得て妙であって、自己の意識としての時間の流れと世間の時間とが一致してしまえば、「個」というようなものはなくなって、流れのなかで溺れてしまうだけである。 しかし、そんなことを言っても、おれはビンボーヒマナシで時間がないんだよ、というひともいるに違いなくて、実はそれは正しい、というか、経済上は重要なことを示唆している。 「賃金が安い国は賃金が安い国との競争になる」 というのは別に経済の知識がなくても直感的に明らかだと思うが、デジタル製品がその良い例で現代の経済では「ものをつくる」社会は際限のない低価格競争に必ず巻き込まれる。すると必然的にその市場で労働するひとの賃金は安く抑えられ、安い賃金で労働するひとの社会では時間が失われ、confidenceも失われてゆく。 おもいきって高い賃金を支払うことに決めた社会では、通常、知財産業か知識集約型の社会にならざるをえなくなってゆきます。 むかし、工業に職人的要素が残っている頃は、そうでもなかった。 前にも書いたことがあるが、レクサスの熟練工員はボディの表面を手でなぞってみて、ミクロンの単位の凹凸がわかる。 日本と並んで(といっても日本よりはややうまくもちこたえているが)製造業にしがみついて将来を失いつつあるもうひとつの「先進国」であるドイツ人は、さまざまな職人的な工夫によって機械に「文化」をしみこませるのに巧みなので有名である。 … Continue reading

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