Category Archives: 食べ物

GRAS

メキシコ滞在の楽しみのひとつは「おいしいトウモロコシ」であると思われる。 紫色のは特にうまい。黒いのもうまいと思う。 食糧危機はこない、という議論は日本語世界でよくみかける。 英語人でも同じことを言うひとがいるのかも知れないが、ぼくは見たことはない。 放射性物質の害などたいしたことはない、程度の問題だ、という議論も日本語では声がおおきいが、英語では「札付き」のひとが述べるのを目にすることがある程度なので、 自分が住んでいる世界には悪いことは決して起こらない、起こったという人は頭が悪い怖がりか悪意のひとである、というのは日本語を使って考える人たちの言語族的な強い傾向なのかもしれません。 食糧危機がなぜ起こらないかというと、食料が限定要因になって人口が抑制されるからで、従っていつも食料は足りているはずである、という。 なんとなくもっともらしいところが、放射能議論でもそうだったが、こういう説を成すひとの可笑しいところで、「なぜ人間は絶対に死んだりはしないか」について滔滔と説明する5歳児を思わせるが、この手のひとはこういうと色を成して怒るに決まっていても、相手の肩書きが物理学者であろうが医学者であろうが、「話すだけムダ」と感じる。 「なぜムダなのか」をこのブログの記事で書くのでもなんでもいいから、書いたものを通じて話すほうが理性的でもあれば生産的でもあるようです。 現実にはいまの世界は食糧危機の時代にもうはいっている。 「Food is Ammunition- Don’t waste it.」 http://www.ww1propaganda.com/ww1-poster/food-ammunition-dont-waste-it は、日本で言えば「欲しがりません勝つまでは」だろうか、第一次世界大戦の有名なプロパガンダだが、事情をよく知っていればもういちどこの標語を復活させたいほど、 食料は乏しくなってしまっている。 えええー? どこの国の話だよ。うちの近くのスーパーマーケットに行くと、食べ物は山のように積んであるぜ、オーバーなこと言うなよ、と口を尖らせてきみは言うであろう。 でも、食べ物はないのよ。 これから説明できるところまで説明してみようと思う。 GMO (Genetically modified oraganism)は、だいたい1990年代から商品化されてきた。 遺伝子組み替え工学が、安い賃金での長時間労働を厭わない労働文化と高い品質に支えられた日本の自動車・家電の大攻勢を受け止めきれなくなったアメリカ産業界の次期のエースとして、CPUなどの高集積チップと並んでテレビ番組でもてはやされだしたのは、フィルムを観ているとブッシュシニアが大統領として仰々しくモンサント工場を見学していたりするので、1980年代半ばだと思われる。 モンサント社がPosilacという商品名で、rBGH、(乳牛から大量のミルクを搾り出すための)ボーバインホルモン http://en.wikipedia.org/wiki/Bovine_somatotropin を商品化したのが1994年。カナダで有名な、Margaret Haydonたち3人の科学者の公聴会が行われたのが1998年で、このあたりから「食品の工業製品化」が進み出したのが観てとれる。 突然変異体を生産効率をあげるために食品に応用する科学の歴史は古くて、1920年代に遡る。 米のCalrose76はガンマ線の照射で作られたし、小麦の品種AboveやLewisはそれぞれアジ化ナトリウムと熱中性子で生成された。 熱中性子(thermal neutrons)と言えば、グレープフルーツのRio RedやStar Rubyもそうである。 容易に想像がつくことだが1953年にJames WatsonとFrancis CrickがDNAの二重螺旋構造を明らかにしたときから科学者たちの食品への応用の長い熱狂的な旅が始まる。 … Continue reading

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BENTO

マンハッタンのチョーボロー・アパートメントにいるときにはチェルシーの南の端っこにあるアパートを出て、ユニオンスクエアのぐじゃぐじゃな雑踏を抜けてイーストビレッジに向かう、という散歩コースが好きだった。 途中に「一風堂」というラーメン屋があっていつもながああああーい行列がある。 「今日はあんまり長い行列ないね」という日でも、よく見ると入り口のバーのところで無数の人間がとぐろを巻いている。 アメリカでは、ふとりまくって階段を上がるのにもぜーぜーゆって、心臓がぐわあああな状態になって足がへろへろ、というような状態になると、「死にたくなければ日本人が食べるものを食え」と医者に言われる。 だから寿司の流行は予見できるものだった。 わしガキの頃は、「どのくらいレンジにかければいいのか書いてないのは不親切だ」と文句をゆいながら電子レンジににぎり鮨をいれて、なんだかよくわけのわからないものになった鮨を食べて、「あんまりおいしい食べ物ではないようだ」と感想を述べる人や、怪力がすごいと思うが、ジャスミンライス(タイ料理屋さんとかで出てくるパラパラの奴)を超パワーで無理矢理固めて握ってある鮨とか、いろいろな初期プロトタイプの「西洋型鮨」があったが、最近は、日本の鮨から派生した、でも、わしなどはおいしいと思う「西洋鮨」として定着した。 ラーメンの流行は予想外だった。 義理叔父は酔っ払うとラーメンが食べたくなるヘンなやつなので、たとえば一緒に日比谷でどばどばと酒を飲んで酔っ払うと「ラーメンが食べたい」と言い始める。 わしは「ガリガリくん」のほうがいいので、アイスブロックにしようと主張するが、人間の世の中では人生の先が短いやつに親切にしてやるのがルールになっているので、タクシーに乗って「香妃園のとりそば」とかを食べにいったものだった。 噂によると本来はおっちゃんはもっと下品なラーメンが好きで、うんと酔っ払うと神保町の「揚子江」などにいそいそとでかけるもののようだったが、そこまではつきあえん。 わしはデリカシーに対するデリカシー(<−ダジャレの定義からはみだした天才的なダジャレ)を欠いた人間なので「日本料理について140文字以内で述べよ」とゆわれると、「全部、同じショーユ味じゃんね」と、ひどいことを言う。いつも日本の人に悲しそうな乃至は嫌な顔をされます。 正直な意見を聞くのが嫌なら質問すんなよ、と思うが、日本の社会ではこういうときはウソをつきまくるのが社会の礼儀だということになっている。 日本の人にあったときに、「外国の方は放射能が心配だと思われるでしょうね」と言われても、油断して、「死んじゃいますから」とか答えると、ニンピニンの人種差別主義者の反日ガイジンだということになってしまうので、「いやああー、ダイジョブなんじゃないですか? 第一、ほら、ホーシャノーたって、見た限りではどこにもないし、誰も死んでないんだから、大騒ぎしちゃダメですよねー」と答えるのが社会の礼儀にかなっている。 日本語というのはウソをつくという非人間的な行為によらなければ社会性と人間性が保てない不思議な言語なのです。 ラーメンも醤油っぽい味で、おまけにバラバラに轢断されて骨の随までぐつぐつ煮られた豚の臭いだと思うが鼻がくさって落ちそうな嫌な臭いがする。 典雅な食べ物がたくさんある国なのに、なんでこんなもんが「国民食」やねん、と思う。 もっと細かいところまでイチャモンをつけると、中国やベトナム、カンボジアというような中華圏(というとベトナム人やカンボジア人はすごく怒るが)では、ビンボ食は全部丼のなかにぶちこんで焼き豚も野菜も麺もいっしょくたに出すが、もっと気合いをいれておいしい麺を食べるときは、「具」にあたる部分と透明なスープに浸かった麺を別々にだす。 安いラーメンなら特に文句はないが、白胡椒をかけると風味がわるくなるからかけるな、レンゲで飲むとスープの旨さが判らないから丼から直截のめ、果てはおそれおおくも金華ハムでとったダシだから残すような客は死ね、みたいな感じのもったいがいっぱいもったいもったいしている店で「一緒くた丼」を出されると、げんなりする。 店のいうとおり「味わって」食べていれば、麺とスープにのっかって危うい均衡にある具は、どんどん味を失っていくに決まっているからです。 鶏の竜田揚げみたいな揚げ物が別皿に切り分けて並んでいて、その上にレモングラスのソースがかけてあるベトナム料理のほうが、ゆっくり、落ち着いて食べられる心地がする。 そーゆーわけで、どーしてマンハッタンのまんなかで、赤毛のにーちゃんが、あごひごの先をラーメンスープで濡らして光らせ、前歯に鮮やかな緑色のほうれん草のかけらをくっつけて、大声で、「ここのスープの味噌はゼンコージ味噌だな。マルコメとは風格が違う」とゆーよーな蘊蓄を傾けることになったのか、いまの英語圏におけるラーメンブームは、わしの理解の能力を遙かに越えておる。 しかしラーメンと時を同じくして流行している「弁当」は別です。 かーちゃんとかーちゃんシスターは歌舞伎が好きでわしもときどきとばっちりで歌舞伎座に連行されることがあった。 「そんなことはありえない」という日本の人に会ったことがあるが、ガキわしは不明な理由で能楽は大好きで、観世も喜多も大喜びででかけたが、歌舞伎は退屈で嫌だった。 Kissのおっちゃんたちが縮小サイズになったみたいな俳優たちがドタバタ走り回って、なんだかよくわからねー上に、劇そのものがチョー長いので閉口した(歌舞伎ファンのひと、ごみん) ただゆいいつの救いは幕間の「幕の内弁当」であって、時間がなくて忙しい上に食べられないものもたいてい混ざっていたが、いま思い返してみると、あの年季と気合いがはいったプレゼンテーションが好きだったのだと思われる。 「いろいろなものをちょっとずつたくさん出す」というのは東アジア文化で、日本の焼き肉屋ではなぜかそういうことをやっていないが、普通は、コリアンBBQの店にいくと、小鉢にはいった食べ物がキムチ、カクテキ、切ったチジミ、山菜のおひたし、蒟蒻の切ったの、トリッパを醤油で煮たようなもの、ぞろぞろぞろといっぱい出てくる。 お代わりは無論タダです。 小鉢の数は通常少ないが、台湾料理屋でも、注文した「排骨飯」の脇に炒り卵や青梗菜の炒め、麻婆豆腐というような小鉢がくっついてくる。 子供のときにかーちゃんやとーちゃんと一緒に何度か出かけた台北のたとえば「青葉」では、そういう小鉢などなかったような気がするのでツイッタで知り合った(台北のマルタ人)勲さんにでも訊いてみないと判らないが、少なくとも英語国のエスニック料理街では、小鉢文化が息づいている。 (閑話休題) 食べ物が世界でいちばんおいしいのはサンチャゴ・デ・コンポステラがあるガリシアかコスタブラバに無茶苦茶うまいレストランが点在するカタロニアであると思うが、日本の料理はプレゼンテーションが圧倒的にすぐれている。 目の前のカウンターやテーブルに、ふわり、と置かれただけで目が輝いてしまうほど「見た目」にぱっとした冴えがあって、日本人のこういう美的センスはどこから来たのだろう?と真剣に考える。 記事の冒頭にあげた「ちらし寿司」もそうだが、飛竜頭(ひろうす)のような、おいしくはあってもプレゼンテーションのつくりようがないものでも、日本の人の手にかかると、「見た目のよい」食べ物になってしまう。 プレゼンテーションの伝統に支えられて、日本の人は「弁当」という見ただけで楽しくなるような食べ物をうみだした。 上の写真のは多分「吉兆」という料亭がつくってくれた弁当だと思うが、ミーティングの席に出てきた二段のこの弁当を開けて、なんだか食べるのがもったいないような、せっかくつくったものを壊すのが悪いことのような不思議な気がした。 ブログに書いたことはないが、わしは日本人の「永遠を求めない心」が好きである。 一時間も経たないうちに客の箸によって破壊されるに決まっている食べ物に趣向を凝らして美しい形を与えようと気持ちを集中させて箸を握る職人さんたちの背後にある須臾のなかに永遠を見ようとする偉大な美意識というものを感じないでいるのは難しいことであると思う。 ツイッタもみている人は気が付いているかもしれないが、この記事は「バジル」(@basilsauce)さんというひとがツイッターの上にあげた娘さんと息子さんのためにつくった下の「おべんとう」の写真 (©basilsauce) … Continue reading

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餃子

中国のひとが普通にレストランで「焼き餃子」を食べるのは最近のことであるらしい。たとえばオークランドで観察していると東北地方系の店は、伝統的な、皮の厚い、水餃子と蒸し餃子が中心で、20個でNZ$6(400円)ちゅう感じです。 具は、本来は野菜が中心だそーだが、「それはむかしはビンボだったからだよ」だとかで、キャベツとか、野菜ばっかしの餃子は徐々に、というのは世代が若くなるにつれて、廃れていっていまは豚肉が多い餃子がやはり人気がある。 上海人のにーちゃんに訊くと、「でも豚はさー、殺すときに『血抜き』しないと不味いんだけど、ニュージーランドでは、そういう屠殺の仕方が残酷だから違法だとかで、ダメなんです」という。だから、いまいちである。 ニンニクとかいれてごまかすっきゃない。 薄皮の焼き餃子は最近の中華料理の流行で、家から比較的近い、というか行きやすい 「グランドパークレストラン」ちゅうような店 http://www.grandparkrestaurant.co.nz/ に行くと、飲茶の時間に「4個NZ$5.5」でメニューにあります。 5.5ドルは、380円ちゅうような値段なので、よく考えてみると、ニュージーランドでは無茶苦茶(高額)な値段である。 スタイリッシュな食べ物のよーだ。 新しいメニューの扱いのにおいがする。 どーも伝統的な「餃子」とは別のものであると意識されているよーで、わしが最前から中華料理店の「焼き餃子」は日本からギッてきたレシピに違いないと考えるのは、主にそーゆーことによっている。 因みに、「薄皮」と書いたが、グランドパークレストランを例にとると、ふたりいるシェフのどちらが作るかによって、形まで違う(^^;) ひとりは日本の餃子よりも薄い皮をぱりぱりに焼いて、銀座の「天龍」みたいなところよりも十倍おいしい。 もうひとりのシェフは、薄皮シェフと厨房において尖鋭に対立しているもののごとくであって、もっちりとした皮の餃子を少ない油で焼く。 わしは、どっちもうめえだな、と感じるが、日本のひとはなんとゆっても薄皮のパリパリであるのかも知れません。 東北系の店は一般に「餃子20個6ドル」と窓や壁に書いてあって、注文するときにゆでて欲しいか、スープにいれるか、蒸してもらいたいか、あるいは焼いて欲しいか述べることになっているので、「焼き餃子」自体は、そーとーむかしから普及しているものであるよーです。 「日本では、焼き餃子は残り物とかをそうやって食べるのであって、中国には焼き餃子はないと聞いたけど」とゆってみると、あんまし英語がわからないおばちゃんが、首を傾けて、「それはヘンな話だのお」とゆっているので、もしかすると、戦争前とかの「おおむかしの話」が、東北地帯、満州ではなくても、たとえば北西の張家口のようなところでは日本の勢威がおおきかったので、そういう町での記憶がいまに伝えられているのかもしれません。いつだったかコンピュータ会社に出資してくれと言いに来た福建省のおっちゃんとロス・アンジェルスのディムサム屋で話しているとき、北のほうの饅頭ってなんにもいれないものなんでしょう?と聞いたら、「いれたくても、むかしはなかの餡をつくるカネないよ」とゆってニッカリ笑ったりする。 なんだか、そーゆー、いろいろな、あんまり追及して考えないほうがよいような理由があるもののよーでした。 わしが初めて日本以外の町で日本風「焼き餃子」を見たのはシンガポールの台湾料理屋だったが、最近ではマンハッタンでも、あそこにもここにもあって、 むかしチェルシーのわしボロアパートのテーブルの椅子に腰掛けてブログに書いた 「老山東鍋」の1ドルで5つ皿に載ってくる焼き餃子は、わしの好物だった。 https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/26/太陽が昇るとき%E3%80%80%E3%80%80wish-you-were-here/ https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/05/17/食物図鑑%E3%80%80その4%E3%80%80マンハッタン篇/ たいして中華料理が好きでないわしが餃子ばかりはよく食べるが、それは淵源をさかのぼって考えると「ドラゴンボール」の記憶によっているらしい(^^) むかしむかしオークランドのドミニオン通りで、英語が「水」さえ通じないレストランで、 ダンダンミー(担々麺)を頼んで、それだけでは足りるわけはないので、ダンプリンを頼もうと思ったら、これが全然通じない。 困ったなあ、英語わかるひと誰かいないかしら、と見渡しても誰もいないので、わしの後ろに延々と列をなしている中国人たちも、みな、ニコニコしていて、しかし、さっぱりわからねえ、という顔でわしをみつめているだけである。 ドラゴンボールを思い出して、あっ、チャオズ!と思って、「チャオズ、プリーズ」というと、あれこれ推測してもわからないので困じはてていた店の主人の顔が、パッと明るくなって、「チャオズ!チャオズ!」「オー、チャオズ!」という。 後ろの列からも「なんちゃらかんちゃら、チャオズ!」という笑い声がしている。 拍手が起きそうな雰囲気であった。 義理叔父は銀座の「天龍」という店が好きだが、わしはMSGで頭痛を起こすので、ダメであった。ほかにも義理叔父には好きな餃子屋がいくつかあって、神保町にお供させられると、ほとんど必ず「スヰートポーヅ」 http://tabelog.com/tokyo/A1310/A131003/13000637/ という店に行く。 行くとふたりでわしは「大皿」義理叔父は「大皿ライス」を食べたものだった。 味噌汁は義理叔父がわしから取り上げてひとりでふたつ飲みます(^^;) 義理叔父は若いころには、この「スヰートポーヅ」から近い「北京亭」にもよく行ったそうで、まだまだ中国人と言えば「チャンコロ」とヘーキで口にする日本の社会の時代空気のなかで昂然と周恩来の肖像を掲げ、箸袋をみれば「シナは中華人民共和国の蔑称です」と印刷してある、その親父さんの心意気と、いやしい叔父のことなので、もちろん餃子がうまいのもすっかり気に入って、古本屋に行けば必ず、まだその頃は「モーツアルト」と呼んだ「李白」珈琲店とともに、寄って時間を過ごしたものだそーだった。 餃子のような食べ物には、誰でもが、たくさんの思い出をもっている。 それは中国東北でのようなそれだけを大量に食べる「主食」(主食、という思想自体は日本だけのものだが)ではなくて、さりとは言えども「おかず」でもありえない「日本の餃子」の不思議な地位のせいでもあるだろう。 餃子が日本中のあちこちで頬張られるようになったのはせいぜい60年代のことで、 … Continue reading

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カレーと偏見

1  偏見の話をしようと思う。 中国人と日本人がふたり並んでいて、どちらを信用するか、と言われれば10人の英語人のうち10人が「日本人」と答えるだろう。 では中国人と日本人がお互いを嘘つきだと罵りあっているときに英語人がどちらを信じるかと言えば、中国人のほうだと思います。 矛盾しているではないか。 矛盾していますね。 でも、事実においてそーである。 日本人や中国人のことをよくしっている、たとえば特派員、というような世界においては常識と化している。あるいはアメリカ、豪州やNZに住んでいる中国人や日本人に対するイメージは、そーゆーものである。 日本人の議論には特徴があって理屈のうわっつらだけを眺めていると、いかにもほんとうらしくみえるが、仔細に見てみると初めに「相手や出来事に対する感情」があり、それに由来する「事実がこうでないと困る」という気持ちがあって、すべてはそのすでに存在する結論を真実らしくみせるために構築される。 南京虐殺、などがよい例で、話の経緯をしる英語人の一般的な意見は、「中国人の数はオーバーなんだろーが『虐殺がなかった』と主張している日本人のほうは、とんでもないウソつきだ」というところに落ち着くと思います。 自分達が最後にもった軍隊が、集団強姦を働いたり中国人を虐殺したりした、というのは日本人にとってはたいへんなembarrassmentなので、あんなことを言っているのだな、と思っている。 日本のひとは恥ずかしさのあまり、全部なかった、ということにしたいに違いない…だいたい、どの本にも、そう説明されている。 日本の人の意図とは異なって「南京虐殺を巡る論争」は日本人の議論には信頼性など微塵もないことを世界に向かって宣伝してしまった。 自爆、というか、あれ以後は中国のひとびとにとっては、尖閣諸島でもなんでも、日本のほうが正しいんちゃうの?という英語人に会った場合には「南京虐殺の議論を見てみい」という、ただそれだけのひとことですむことになってしまった。 日本人は相手を攻撃するときに巧緻に嘘を組み立てることが上手なのは、あれを見れば判る。そういう民族の議論にも真実が有る、と思うきみはナイーブすぎるのではないか。 言うまでもなく、こういう展開は南京虐殺にとどまらず、日本人全体の言語信頼性に関わることで、わしの立っているところから眺めると、長期的には日本人という民族にとって致命的なダメージを与えてしまっている。 日本人の議論には初めに結論があって、日本人は、その初めから決めてかかっている結論をほんとうらしくみせる詭弁の達人である、という現代日本人の「定評」は、多分永遠にはがれないラベルとなって日本人がいくところにはどこにでもついていくだろうと思います。 ついでに余計なことを述べておくと、では、もともと英語人が南京虐殺をどう思っていたのかというと、それは「だって戦争だからなあー」という感想と思う。 そんなこと言っている人は誰もいなかったぞ、と日本のひとならば言いそうな人がいそうな気がするが、それは当たり前で、中国人に対しても日本人に対しても、考えてみれば、それは述べてはならない感想で、英語人同士でもあまり知らない相手では口にだしてはいいにくい。 しかし英語という言語はあきれるくらい現実主義的な常識に圧倒的に依存している言語なので、「戦争のときって普段の人間とまったく異なってるのはあたりまえじゃん」と一も二もなく思っている。 それとも、きみは、「戦争は絶対に起こしてはならない」というのは、人が死ぬから、殺し合いはいけないから、とかっちゅうマヌケな理由だとでも思っていたのかね? だから日本の人が訳のわからん英語でやってきて、「イギリス人だっていっぱい虐殺してるではないか」「アメリカ人だって日本兵をいじめたではないか」「コソボでだって、やってるじゃないか」日本人だけではないのだぞ、と言いに来ると、そのあまりの頭の悪さ(ごみん)と問題のとらえかたのセンスのなさに、うんざりしてしまう。 いまはIPバンをかけて東アジアからのアクセスは遮断してると思うが、むかしは、「日本のひと」がくると、一挙に議論の雰囲気が消滅して、荒涼とした攻撃的冷笑的な言語が支配したものだったのをおぼえている。 このブログ記事を書き始めた頃は、社会実験、というか、従兄弟や義理叔父が「こうやってみたらどうか?」「こう書いたら日本の社会の反応がわかりやすいんじゃねーの?」というのでいろいろと実験をした。その実験をそもそも考えついたのは誰で有るかはいわないが、2010年には「ガメ、十分資料があつまったから、もうやめていいぞ」と言い出した。だからほんとうはこのブログ記事の「役目」はそこで終わっているのです。 このそもそも「ちょっとガメひとっぱしり日本語書いてこい」と言い出したひとは炯眼、というか洞察力がありあまっているひとだが、ブログ記事の結果をまとめて、どう思いますか?と訊くと、「日本は、たとえば原発事故のような事故によって滅びるだろう」という、いまから考えると驚くべきことを述べた。 あんまり驚いたので、閉めたブログ記事の表紙のページに、同じことを書いておいたのでおぼえているひともいるはずである。 「でも、事故が起きたら、日本人はアメリカ人なんかよりも迅速に対応して地域を封鎖するのではないでしょうか?」と言うわしに向かって、そのひとは、にっこり笑うと、 「きみが集めた資料によると、日本人は放射能はそれほど危なくない。事故はあったかもしれないが、たいしたものではなかった、といって、逆に対策を立てないで放置するほうを選ぶということになる」という。 そんなバカな、と思ったが、相手はわしが尊敬しているひとなので、何か反論する、というわけにはいかなかった。 そのひとはチェルノブルで起きたさまざまな隠蔽も詳細に説明してくれたが、でもそれはソビエトロシアの体制から生まれたことではないでしょうか、というと、日本には日本の問題があるからね、というような意味のことを言った。 そのときは聞き流してしまったが、あのひとは、いま日本で起きていること、もっといってしまえば、これから起きるであろうことも詳細に知っていたに違いない、と思います。 2 なんだか他人のブログを肴にするようで気が引けるが、最終弁当さんが、「バターチキン」のことを書いている。 最終弁当さん、というような書き方をしないで、誰のことなのかはっきり言ってくれよ、という人がいるのはわかっているが、あんまりそう他人とべったりするのは好みでない、ということがあるので、判る人が「あー、あのひとのことですね」と判る程度のほうが、わしの好みです。 バターチキン、というのはたとえば、今日はみんなで対スリランカのクリケットマッチをみるべ、というようなときに、では何を食べるかというとインディアンテイクアウェイが手頃でよいであろう、ということになったとする。 ほんじゃ、わし、Chicken Jalfrezi。 おれは、Tikka Saagwala、わたしは、Saag Goshとゆってめいめい注文するときに、ひとりだけインド料理が苦手なスパイスはようわからんし、辛いのは苦手だからなー、というやつが、じゃ、Butter Chickenにするわ、というと、みながドッと笑って、でたあー、バタ・チキン、おまえってほんとうにレッドネックだよなあ、どうしようもないやつ、と冷やかされたりする、という性格のメニューである。 … Continue reading

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アルコールに名をかりて

あんたのブログを読んでいると、酒ばかり飲んでいるではないか、という人がいるが、ひと聞きの悪いことをゆってはいけません。 第一、わしは酒はぜんぜん飲まないので、飲んでいるのはシャンパンやワインがほとんどである。 ときどき、スコットランドやアイルランドの蒸留酒を飲む。 酒は、日本にいるときはお燗なら樽菊正宗、冷たければ立山、八海山(高いほうね)、寒竹、というようなのが好きだったが、福島事故が起きて以来、放射脳なので飲んでおらん。 ドライシェリーのおいしい奴は、日本酒に似ているのは有名で、もっと言うとドライシェリーや酒でなくても、おいしい酒はだんだん味が水に似てくる。 スコットランドの酒屋がよそ者に土産に買っていったりするような狼藉を働かせないためにカウンタの下に隠して売っているような地ウイスキーなどは、一口くちにふくむと、冗談でも表現でもなくて、岩山をしみわたってきた清冽な水の王様のような味がします。 そういうウイスキーを水で何かで割って飲むバカモノはいないが、ウイスキーを何かとまぜてのむのは、常に水がもっともよいのは、もともと水とウイスキーは味が同じだからだとゆってもよいかもしれません。 人間の生活のなかには、さまざまな飲み物があって、それが生活を楽しくする。 いまちょっと考えてみるだけでも冷凍庫にはリモンチェロとヴォッカが寝転がって出番を待っている。このふたつは、冷凍庫のなかでも最も気温が低い部屋に寝そべっていて、 ひっぱりだして、グラスに注ぐと、とろおおおおおりと、満ちて、暑い夏の日にはまことに清涼である。 イタリアの田舎町のバールで遊んでいると、専業主婦然としたおばちゃんが買い物籠をコロコロと転がしながらはいってきて、リキュールを、あるいは、グラッパを、ぐいっと一杯ひっかけてゆく。 か、かっこいいのおー、と考えて、みているほうは痺れてしまう。 イタリアやスペインには「文明の深さ」という点で、どーしても敵いませんね、と思うのはそーゆーときである。 義理叔父は、自分の中学高校があった駅の脇に、外からは店内がみえない聖心インタースクールの女の子達のたまり場があって、制服のまま、談笑しながら女の子たちがウイスキーをストレートで、くいっくいっと開けて、また笑いあいながら出てゆくのを見てカンドーしたそーである。 かーちゃんシスターが、義理叔父は実はそのあと、その「くいっ」を真似して、こと志と異なって、あっさり気絶したのだと内緒で教えてくれたが、気の毒なのでここには書かない。 ニュージーランドにはフランスのものくらいしかないが、大陸欧州には黄色や緑色のハーブリキュールがいろいろあって、わしは、これも好きである。 カバとパンアムトマカにハモンイベリコではじまって、テンプラニーニョに乗り換え、チョウチンアンコウのステーキやアロスやフィデオスの様々な料理をたらふく食べて、 にこにこの3乗になる天上に最も近いランチのひとときは、バルセロナの一日のハイライトであると言える。 そのあと、友達たちが帰ったあと、まだ少し余韻を楽しむためにテーブルでのんびりくつろぐモニとわしに、店がだしてくれるのがハーブリキュールであって、世の中にこれほどうまい飲み物はない。 アメリカにはまともな食習慣というものがなくて、マンハッタンでいっちばんカッコイイということになっているイタリア料理屋に行くと、ビートルズがかかっていたりして、なにを考えとるんじゃ、このボケが、と考えるが、しかしどのレストランにもあるバーにはカクテルがあって、このカクテルこそはアメリカで最もうまい飲み物である。 たとえばわしは「反乱軍兵士」というカクテルが好きだが、ドライマティニはロンドンのジェームスストリートのおやじが上手につくれても、こういう新しいカクテルはどうしてもマンハッタンのバーに限るよーだ。 前に書いたロングフェローの詩にちなんだ名前のバーとは、実は 「One if by Land, Two if by Sea」という名前のヴィレッジのレストランのバーのことだが、 http://www.nytimes.com/restaurants/1002207991656/one-if-by-land-two-if-by-sea/details.html 名前で直感できるように新しいカクテルは少なくても、言わば「実直」なカクテルで、やはり、これも幸せになってしまう。 冬には、やはりビールがよい。 大学町のパブで、1パイントのビールを買って、冷たい外の風にあたりながら、ちびりちびりと飲むスタウトは最高である。 ネクタイを締め、薄手のセーターを着て、おおまじめにジャケットまで着込んでいるお互いのマヌケな姿を眺めながら、友人達とわしとは、何度、議論したことだろう。 モニとわしは大雪が降る日に金沢の町にでかけて、日本式の旅館に宿泊して、障子を開けた向こう側に広がる雪の町並みを眺めながら熱燗の日本酒を飲むのが夢であった。 軽井沢の山の家からクルマででかけると富山までは行くが、そこから西はメンドクサクなって、ついさぼっているうちに、福島の事故が起きて、いけないことになってしまった。 羽田から飛行機で行けばよかった、と思うが、もう後の祭りである。 いつか、モニと日本にでかけて、一面の雪景色に息をのみながら、日本酒をくみかわす機会がくるだろうか、と考えると、なんだか、胸に直截酔いがとびこんで寂寥をひきおこしているような、切ない感じがする。 きっと、もう行けないよね、というモニの声を聴きながら、いまは瓦礫をばらまいたりしてるけど、そのうちには…と言えない自分を発見して、呆然としてしまうのです。

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ワインの香り

いまの世界で最もワインに詳しいのは香港を始め中国沿岸部大都市の成金だろうと思われる。 「ワインクラブ」というようなものが各地にあって、該博な知識をもつソムリエが常駐し、成金おっちゃんたちがクラブにやってきてはワインについての蘊蓄を傾け合う。 考えるだけで血湧き肉躍る光景ではある。 血が沸きすぎて脳溢血で倒れる欧州人もいそーな気がする。 クライストチャーチに初めて「本格輸入専門ワイン店」が出来たときの惨状は目もあてられないものがあった。 わしの好きなワインもあるよーだ、と人に聞いたので、どれどれ、と思って出かけていったのだが、そこには例の蘊蓄族というオバカなおっちゃんたちが山のようにいて、アクセントまで普段は使い慣れない上品風アクセントになって、プラムを口に含んだまま話すひとのように薄気味わるい話し方で、ノーズがどーだ、色がどーだ、カシスはうんたらだと述べくるっているのであって、後ろでオカンジョーのために立って待っていたので延々と続く蘊蓄を聞かされていたわしは、おっさん、あんたが手にもっている、そのボルドーでどたまかちわったろかと、もの静かに考えたりしていたものだった。 物語の多重性、という欧州ではむかし流行った物語のつくりかたがあるが、あーゆーにっちゃらねっちゃらした田舎者ぽい文学とワイン衒学と紅茶蘊蓄には共通したやりきれなさがある。 ロンドンの「上流」ガキが、ワインなんか知るかよ、になって週末がくるたびにヴォッカをいれすぎたカクテルを鯨飲して「愛してるっていってるだろが、こんにゃろ」というよーな激しく文学的な歌詞の曲の強烈な音のなかで踊り狂うことには、そーゆー背景もあるよーだ。 ワインの飲み方、というものには、明らかにお国柄というものがある。 フランス人は意外にいまでもちゃんとしている。 ちゃんとしている、というのは、「適正なワイン」という規範を頑として譲らない人が多い、という意味で、魚料理に赤ワインを頼むと、それが酸味のある軽ううーいピノでも「ほんとうか?ほんとーに、それでいいのか?」と聞かれるであろう。 注文を確かめて、二三歩行きかけてから、踵を返して、テーブルにもどってきて、 「ねえー、やっぱりやめようよ。白にしない?」と言いにくるかもしれません。 夏の午後、ざっかけない店の、通りに出たテラスで友達とのんびり話すには、やはり冷たく冷えたロゼでなければならないし、わしがブルーチーズと書いてマココトという人に怒られたロックフォールのソースをかけて食べるステーキにはシラーくらいの強いワインでないと、もしかすると店の人は二度とテーブルに戻ってきてくれないかもしれぬ。 日本では魚には白ワイン肉には赤ワインと決まったものではなくて、そんなものは迷信みたいなものであるという意見がたくさんあったが、魚を食べるのに赤ワインを頼むのは、わしにはかなり勇気が必要なことであると思われる。どういう種類の勇気かというと「通人ぶっている」と譏りを受けてもへーきだもんね、という勇気であって、かなりコンジョがいるもののよーである。 フランス人は、そーゆーくたびれることをするほど物好きにはなれないのだ、とゆえるかもしれません。 フランスという国のオモロイところは、ド田舎の国道沿いの、長距離トラック運転手が充満しているよーな店のランチ定食でも、ちゃんとフランス料理の基本文法のようなものが守られることで、魚料理は予算の都合で端折られても、食前酒はオプションとしてあり、前菜は断固として供され、たいてい棚にずらりと並んだディジョンマスタードで食べるステーキがあり、大皿に盛られて自分で選ぶ盛大な量のチーズがあらわれ、デザートもまた断固としてテーブルにあらわれ、ディジェスティフをちびちびやって、珈琲にたどりつく。 「様式」というものを未だに骨身にからめて偏愛しているのです。 これがバルセロナになるとチョーええかげんもいいところで、グラシアの裏通りには、わしの大好きな料理屋がたくさんあるが、比較的最近できた高級なレストランは、フレンチっぽい味付けがケーハクになっていなくて、わしは好きである。 大陸欧州というところは外見で社会的地位が判断しやすいというか社会的地位が判断しやすいように外見を繕うということになっているというかなので、一見いかにも大学教授ふうの、というのはつまり大学教授に決まっているが、歴史の本をうんとこさ抱えた、いかにも上流階級のジョーヒンでかっこええおっちゃんがやってきてひとりでテーブルにつく。 ウエイターがテーブルにメニューを置きに来ると 「とりあえず、ビール」という(^^;) まるで新橋の一杯飲み屋に来て、おしぼりの袋をパンッと割る日本のサラリーマンみたいです。 それから、チョウチンアンコウのステーキやなんかを頼んで、テンプラニーニョを飲みながら食べておる。 バルセロナ人は、好きなもの飲めばいーじゃん、というフランス人とはまるで反対の立場であって、これはとーぜんながらマジなシェフの神経を逆なでする態度なので、この頃はメニューの料理のあとに「これ以外のワインは出せません」という風情で、ワインが「指定」してあるレストランもたくさんあります(^^) よっぽど、頭にきているものだと思われる。 該当方式をとっているレストランのひとつは、OOMというホテルにある、とゆえば「ははあーん、あそこか」と思い至るひともたくさんいるだろーが、あれはもちろん有名なレストランで、もっと言うと横にあるろくでもない飲み物しかない妙にだだっぴろくてスカなバーは、バルセロナの上流ぼっちゃんがよくでかけるナンパ社交場のひとつでごんす。 よおく観察していると、暗がりに沈んだ席で、へろい顔をしたにーちゃんがすげー美人のねーちゃんに平手打ちをくらったりしていて、なかなかオモロイ場所である。 OOMのレストランでは日本のひとは皮肉ではなくてお行儀がいいので、ちゃんと指定されたとおりにワインを頼んでゆく。 イギリス人たちは「この通りに頼まないといけないんですか?」と訊ねている。 バルセロナ人たちは、というかスペイン人たちは、あっさり指示を無視して自分が飲みたいワインを頼んでおる(^^) スペインの支配層の、日本やアメリカの政府には思いもよらない苦労が忍ばれるようなコーケイである。 わしがワインとひととの付き合いを見ていて、このくらいがいちばんいいかもな、と思うのは実はアメリカ人たちであって、こういうと大陸欧州人は卒倒するだろーが、ほんとうなのだから仕方がない。 程度がちょうどいい、というか、ワインが好きなひとは熱狂的に好きだが、クライストチャーチのトンマなおっさんたちのように知識をひけらかしたいのでもなく、ただワインという飲み物が好きなひとが多くて、これはしかも東海岸よりも西海岸のほうが「まともなワイン愛好者」が多いよーだ。 ニュージーランドもワイン立国で、天候がもともとSauvignon Blanc作りにむいていたマルボロ地方のクラウディベイワイン http://www.cloudybay.co.nz/Mainpage くらいを皮切りに、世界中にワインを輸出するようになった。 どの程度のワインかというと、いまは死んだフランス人の天才醸造家が 「ニュージーランドの白は疑いようもなく世界最高だ。世界中で、どの国のワインが最もよく出来ているか、と訊かれれば、私は迷うことなくニュージーランドワイン、と答えるだろう」という意味のことを述べたあとに、激情に駆られた人の述べ方で要約した言い方をすれば「だが、ニュージーランドのワインには魂がない。ワインには最も重要な魂が完全に抜け落ちてしまっている」と言っていたのを憶えているが、まことにその通りで、的確な表現と思う。 … Continue reading

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ピザっ!

「冷えたピザが好きですねん」というとぎょっとした顔をする人がいるが、わしは好物です。 おいしいのよ。 現にいまこうやって書いているときも昨日ツイッタでだらしなくだべっておったら日本では同じものが3100円すると判明した300円のドミノスのピザを食べておる。 朝ご飯です。 ピザ、というものはわしにとってはどういう食べ物であったかというと、子供の時でいうと二ヶ月に一回くらい食べてもいいことになっている「悪い食べ物」「いけないもの」「禁断の果実」だった。 よーし、今日はプロジェクタのスクリーンを下ろして、本格的に怖い映画みるぞお、ポルターガイストでひいひい泣いてくれるわ、というような場合、妹とわしは、じっとかーちゃんの様子をうかがう。 ふたりでこそこそ相談する。 おもいきって訊いてみよう、と衆議一決すると、 たいていは妹が大使として派遣されて、 「ピザを食べてもいいですか?」と訊く。 妹が、それで一生の楽(らく)をつくっている、内面とは何のゆかりもない、わが妹ながら純真無垢な感じがする、天使のような笑顔を浮かべてもどってくると、わしも一緒に「いええええーい」 「極悪ピザ、ばんざあーい」と歓喜する。 カウチの上で跳ねます。 普段はコカコーラなど飲んだら座敷牢にいれられてしまうが、ピザを食べるときだけは飲んでもいいことになっていた。 イタリアはマジなピザがうまい国で、あたりまえだが、ドミノスとは違う食べ物です。 マルガリータ。 日本でもおいしいところがたくさんあるが、イタリアは、桁がふたつくらい違ってうまい。 都会の料理屋ではいちばん安い食べ物でもあって、テーブルとテーブルがものすごく近い、ガイドブックに載らない、でも町では有名な「おいしいピザ屋」で6ユーロ(630円)くらいと思う。 もちろんソースによるがパスタの半分くらいの値段。 わしが大好きな某村のピザ屋は、バジルもトマトも庭でとれたものを使う。 頼めばピザの上にのっけてくれる卵も裏庭で猫といつもにらみあいを続けている鶏一家のものである。 ソーセージも何もそういう調子の地元のものなので、ものすごくうまい。 イタリア人は食べ物に対する考え方が日本人とよく似ているところがある。 素材が新鮮でうまければ、それがいっちゃんいーだろー、という考えがそれで、イノシシのステーキでも仔牛でも、オリーブオイルで焼いてそれだけで食べさせたりするのが、うまい。 ピザも、同じ思想に拠っているもののようであって、だから、シンプルなマルガリータがひどくおいしいのだと思われる。 パスタは「アルデンテ」という考えがないので無茶苦茶まずいが、ピザはスペインもうまい。ツナとかタコとか訳のわからねーものが載ってるピザが特にうまいよーだ。 わしのバルセロナのアパートのすぐそばには、途方もなくうまい「スペイン式ピザ」の店があって、この店はたいへん有害である。 バルセロナにはカタロニアやスペインの他の地方のおいしい店が、これでもかこれでもかとあるのに、食べ物を考えるのがメンドクサイと、ついそこのクソうまいヘンタイピザを食べてしまう。 いつもひとが行列しているが、さばくのが速いので、そんなに待つわけではない。 食べ物のために行列するのが嫌いなわしでも、並ぶのが嫌ではありません。 便宜上、「並ぶ」と書いたが、実はスペイン人は並ばない。 なんだか、ぐじゃっ、とひとがいるだけだが、それがスペイン式の行列で、誰が誰のあとか客も店も厳密におぼえている。 観光客がそれと気づかず、先に割り込んで注文でもした日には、大顰蹙もいいところであって、店内が阿鼻叫喚の様相を呈する。 えええー、だって、そんなん店のどこにも書いてないからわかんねーじゃん、というひとがいそうな気がするが、目の前のひとびとを30秒も観察すれば頭が鶏でもわかることで、そういうことを当然と納得することを「文明」といいます。 「並んで下さい」というような張り紙は、したがって、その社会には文明が存在しないことを示している。 イタリア料理にマルガリータがあって、ピザハットにグリージイでべったべったな肉肉したピザがあるのだから、そのあいだには両者をまたぐミッシングリンクがあるのであろう、と考えるのがおとなの分別というものだが、実際、ミッシングリンクは現存していて、その店はブルックリンにある。 名前をど忘れしちったが、マンハッタンからブルックリン橋をぶらぶら歩いて行って、下りてすぐのところにある。 店の壁に、「アメリカピザ発祥の店」と麗々しく書いてある。 フランク・シナトラやマリリン・モンローがこっちをむいてニッカリ笑っている写真が飾ってあります。 えっ?おれの本に書いてある発祥と違うって? … Continue reading

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