2017年のサバイバルキット_1

あちこちでテロの爆弾事件が起きて、ショッピングセンターで逃げ惑うひとびとに向かって半自動小銃を撃ちまくる白い男がいて、ほんとはやはり隣国は核ミサイルを撃ちこもうとしているのではないかと、不安な眼差しで空を見上げている人がいる。

ウサマ・ビン・ラディンはアメリカ人と一緒に肩を並べてアフガニスタンで戦う戦士だったが、いざ苦しかった聖戦が終わって、故郷のサウディアラビアに帰ってみると、イスラム人の口からは「傍若無人」としか呼びえない米兵たちの振る舞いに次第に怒りを募らせていった。
ニカブの女たちを指さして手真似で嘲笑して野卑な言葉をなげかけるGIや、イスラムの神にかけらも敬意をみせない米兵達に苛立ったからです。

ある日、ウサマ・ビン・ラディンが通りに立っていると、目の前でアメリカ軍の女兵士が着替えはじめた。
木陰に立って、さっさとTシャツを脱いでブラひとつの姿になって、着替えている。
ビン・ラディンがアメリカを滅ぼすべきだと心に決めたのは、このときだといいます。
なんでも検証好きの日本の人のためにいうと、わしはこんな経緯は勉強したことはなくて、子供のとき、朝のテレビで観たことを受け売りに述べているだけなので、信用できないが、少なくとも英語人に流布された物語では、そういうことになっている。

カネモチのドラ息子の特徴は、突拍子もないことを頭のなかだけでこね回して作り上げて、その計画を現実に実行した場合の現実の地獄絵に対しては一片の想像力ももたないことだが、ウサマ・ビン・ラディンも、その通りの人で、霧がたちこめた朝、ニューアークに着陸しようとしてエンパイアステートビルに激突して危うくビルを崩壊させかけた有名な事故が頭のどこかに残っていたのでしょう、旅客機をハイジャックして、世界貿易センターに突っ込ませると、思いがけない爆発を得て、ふたつのビルは完全に崩壊してしまった。

ベルギー人友は、9月11日は良く晴れたので、テラスで洗濯を、と考えて、テーブルにワインとグラスを並べて、あの生活を楽しむのが得意な人のいつものことで、手作りのサンドイッチも並べて、爽快な午後を楽しもうとしていたところに、視界の横の低空を、旅客機が横切っていった。
飛行機がつっこむと炎を黒煙があがって、これは大変なことになったと思ってテレビをつけたら、二機目が突っ込んでいった。

自分で気が付かないうちに、みるみる涙が両目にあふれてきて、何が起きたのが判らないが、何が起こったにせよ、この数年続いた平穏な幸福は終わったのだと悟ったといいます。

もっと大袈裟にいうと、アメリカの幸福は終わったと感じていた。

実際、この記事を書いている2017年までの時点では、アメリカは、この事件のショックから立ち直ることはなかった。
ちょうど日本の歴史でいえば福島第一発電所の事故のようなインパクトで、アメリカ人たちは怒り、悲しみ、なにごとかと戦おうといきりたったが、自分の「敵」が正当な戦場に軍隊として姿をあらわすことはなかった。
行き場のない怒りは、ニューヨーカーを駆りたてて、イスラム人が経営するお土産家電店につかつかと入っていって大声で中東人を罵倒したり、イスラム人を町でみかけると、すれちがいざまに「自分の国に帰れ」と言わせたりした。

欧州人は、むかしから、テロというようなものにはなれている。
そのころはまだフランスに向かう新規開業のユーロスターがウォータールーステーションから出ていたので1994年のことではないかとおもうが、親の目を逃れてこっそり買ったマクドナルドハンバーガーの空き袋を捨てようと考えたら、ゴミ箱というゴミ箱が封印されていて、閉口したことをおぼえている。
当時はIRAの爆弾事件が続いていたころで、内緒だがアイルランド人贔屓だったぼくは、複雑な気持ちになっていた。

憂鬱な気持ちのままユーロスターに乗って、出された折角の鱈にも食欲がわかなくて、様子を見に来たウエイターが、ひどく落胆した顔になって「お気に召しませんでしたか」と述べたことまで鮮明におぼえているが、そうやって「なれる」ことは本当にはなくても、生活の一部にはなっていたわけです。

こうやって書いてみると異常なことで、30代前半である自分の世代の人間にとっては、例えばUK人であるならば、テロは日常に組み込まれたリスクで、突拍子もないことに、チェンマイでガイドの、待っているときにはいつでも日本の漫画を鞄から取りだして読んでいたガイドの若い男の人に「タイ人はどうやってデング熱を防ぐのか?」と聞いたら、「それは生きるのに必要なリスクですから」と答えられて、ややたじろいだが、そのときに、自分の頭が理解するために努力したのでしょう、脳裏を掠めたのはロンドンのテロのことだった。

英語ではconsequencesという。
自分が何事かをおこなって、その結果の必然として一連の反応が自分に跳ね返ってくることで、日本語だと応報だろうか。
なんだか、ちょっと違うような気がするので英語のままconsequencesというが、21世紀も、17年も経ったいまの世界は、過去の出来事のconsequencesのなかで生きているので、子供のとき、ロンドンのあちこちで爆弾が爆発したのは、クソッタレのクロムウエルがアイルランド人から徹底的に収奪して、ついにはレンガを食べなければならないほどの困窮にアイルランド人たちを追い込んだ歴史の結果であるし、911は、アメリカ人の伝統的な他文明への鈍感さの結果であるに過ぎないとも言える。

日本の都市が北朝鮮の核で焼かれるセットコースに入ったまま、刻一刻と核という広島・長崎以来の文字通りの地獄の業火に向かって進んでいるのは、実に、戦前の日本という歪んだ文明が北朝鮮に残してきた政治・社会的なDNAが、朝鮮人が儒教のときもみせた情緒的な徹底性によって尖鋭化した反応を生みだした結果で、日本はまさに自分が生みだした子供によって、焼き殺されようとしている母親に似ている。

どうすればいいか。
ひとつだけ、日本の人がいちばん考えるのが苦手な社会がおこなってきたことのconsequencesのなかに立たされた個人にとって、サバイバルとして行いうることは、「自分の社会についていかない」という方法以外にはありえない。

1923年の関東大震災のときに人の群れの判断に頼って被服廠跡に向かった人は他の38000人のひとびとと共に炎に焼かれて命をなくすことになった。
例えば日本人ならば、それが思い出すべき教訓で、世界がturmoilのなかにあるときに生きてゆく秘訣は、秘訣はヘンだが、要諦は、他人についていかずに自分の頭で考えて、懸命に計算して、そういう言い方が判りやすければ打算して、でもよい。
いまの時点で、自分はあそこにいなければならない、という地点めざして歩いていくことです。

日本語ネットで出会った、ユニーク(←英語の意味)な知性のタメジロウは誤解している。
若い人に海外への移住をすすめることが多いのは、平均的な日本人の条件ならば海外に出た方が個人として「生き延びられる確率が高い」と思われるからで、いつかこっそり述べたように、自分が日本人ならば、案外、海外移住などは環境が変わりすぎて賭博なので、日本のどこか、ラーメンがおいしいところかどこかを選んで、ひねくれた顔のまま、ヘムッと口を結んで住み着くのではなかろーか。
その場合はぼくは、地元のコミュニティに対しては一顧だにしないだろう。
朝のパンを買いに行ったパン屋の若い女の子に、自分のアカデミックな背景を洩らしたりして、卑怯に及んで、自分の生活を守る障壁をつくるくらいはやりかねない。

日本の諸自治体は面白くて、「海岸性から遠ければ遠いほど平穏である」という特徴を有する。
例えば軽井沢の近くには佐久平という町があったが、この佐久という町は、日本でいちばん日照が多いのと災害が一度もないのとで有名で、地震もなければ、台風すらきたことがない。
なんだか日本の町ではないようなところで、そういう軽口を利いてはいけないが、天日干しの米作と、かつては突出してすぐれていた臨床医療のレベルのほかは、なにもない地域に北朝鮮のミサイルが降ってくるのは、想像のゲームとしても難しい。

日本を、さまざまな理由で出られない人も、まだ諦めることはない。日本に住んで日本人をやめて暮らすことが出来るのは、日本社会で「ガイジン」であった、ぼくはよく知っている。

ガイジンになっちゃえばいいんですよ。
村八分というが、村五分くらいで暮らすのは、現代の日本では十分に可能であるとおもわれる。

日本の、社会としての荊の道は、まだ続くとおもっている。
日本の社会の常で、日本の国としての立場が悪くなればなるほど、社会にも悪意が充満して、魂が呼吸することが難しくなってゆく。
でも、日本に居残ったまま生きていく方法は、あきらめなければ、まだまだあると思います。

義理叔父は感傷的、情緒的なところが少ない珍しい日本人だが、2011年のJFKで、成田行きの飛行機の搭乗を待っていたら、白い家族の子が義理叔父に向かって、まるで神様から直接教わったような鮮やかな発音の日本語で、
「がんばれ、ニッポン!」と叫んで、どうにも、カッコワルイことに涙が流れて止まらなかったと述べていた。

がんばれ日本人。
がんばれ、ニッポン

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猫の幸福

カウチで、どべっと寝転がって顔を背もたれの気持ちのよい表面ですりすりしていたら、
「ガメは、つくづく猫だな」とモニさんが、いっそ、しみじみした口調で述べている。
体長が2mを越える猫って、それは誇りも高い虎かライオンなのでわ、とおもうが、それを口にして大笑いされると自分の気持ちが傷つきそうなので、ぐっとこらえている。

灼熱のマレーシアから帰ってくると、ニュージーランドは、わし最適温度とでもいうべき11〜12℃で、なんだかニコニコしていて、ゴロゴロして、猫だと言われてなくても、喉をならして、みゃあみゃあ鳴きたいような気持ちになります。

近所のパブに行ってステーキを食べる。家族連れが多いパブで、腕のいいシェフがいて、食べ物はなんでもおいしいが、特にアイフィレステーキがおいしいので、よくここにやってくる。
欠点は、いつも賑やかなことで、わしは平気だが、モニさんは大きな声をだすのが苦手なので、話がしにくそうです。

「大きい声を出す練習をすれば?」
「どうやるの?」
「のどの深いところから声をだせばいいんですよ」

モニさんが、やってみると、なんだかおとなの男の声をマネしようとしている子供のようになって、鼻の下に付けひげをつけた少女のような印象の声になってしまう。

ウエイトレスがやってきて、アイフィレの焼き方はどうするか、聞く。
このパブではミディアムレアがちょうどいい。
ピンクで、血が滴らないくらいの、ミディアム。

付け合わせは何にしますか?
「チップスとコールスロー」
「わたしはシーザーサラダとマッシュドポテトにしてください」
ソースは?
「ペッパーコーン」
「わたしもペッパーコーン」
バロッサバレーのシラズを頼んで、シメシメ、今日は楽しい夜になりそうだ、と考える。

ステーキが来ると、モニさんが、「シーザーズサラダって、コールスローのつもりで言ったんだけど、まあ、いいか」とひとりごちている。
モニさんは、頭のなかで、言葉が不思議に変換されて、イメージと言葉が一致しないことがあるので、聴いていても別に驚きはしません。

ソースがマッシュルームソースなので、ウエイトレスに合図をして来てもらうと、
「ペッパーコーンソースと聞くとマッシュルームソースと書いてしまうのは、どういうことなのだろう?」と首を傾げている。
モニさんは、なんだかニコニコしてウエイトレスを見上げている。
もしかしたら前世では姉妹だったのではなかろうか。
そう思って、見直すと、すらりと背が高くて、整った顔の、美しい女の人です。

ニュージーランドに帰ってきたなあ、と思う。
三ヶ月くらいヨーロッパに出かけていても、以前はこんなふうに思わなかったので、マレーシアが熱帯のアジアの国でニュージーランドとは違いすぎる国だからか、それとも、モニもわしも歳をとったのか。

パブで、隣の人がでっかいスペアリブを食べているので、「ずいぶん大きいね」と軽口を利いたり、モニはモニで、やはり隣のテーブルの女の人と久しぶりに見たミルクシェークについて冗談を述べあっている。

日本はゼロトラレンスなのでパブでワインを飲んで運転して帰るというわけにはいかなかったが、ニュージーランドは出来ないことは法律にしないので、二杯くらいまでならワインが飲めるように法律をつくってあります。

外に出ると、そよ風がふいて気持ちがいいので、クルマを置いて、少し散歩する。
まわりの家を眺めながら、ヘンなデザインの家だね、
あの家の玄関はカッコイイな、と言って、ふたりで無責任な論評をする。
なんだか、とても幸せで、人間なんて、この程度の幸せがときどきあれば、十分生きてきた価値があると思えるものなのかも、と妙なことを考えます。

ほら、あそこ、とモニが述べている。
小さく指さしたほうをみると、舗道で、70代くらいの男の人と女の人が、立ち止まって、抱き合ってキスをしている。
よくある光景、と言えば、それだけのことだけど。

若い時から、ずっと一緒に苦労を共にしてきた夫婦なのか、一生の終わりになって再婚した同士なのか、そんなことは知らないし、もちろん、どうでもいいことです。

人間が人間であって、出来ればわがままに暮らして、夕暮れ、一緒に歩いていける程度には健康で、話しているうちに愛情がこみあげてきて、立ち止まって、抱擁して、唇を合わせている。

眺めていると、人間には、要するにそれ以上のことなどは何もなくて、富貴も、地位も、おまけというか、余計なことで、こうやって、モニさんとふたりで、あと何十年いられるか判らないけど、ふたりでいたい、と突然、思い詰めるような気持ちになってしまった。

ガメ、シャツにステーキソースが付いてるぞ、とモニさんが言うので我に返った。

でも、見ると、モニさんの、女神みたいと形容したくなる、あのやさしい顔で、微笑んでいて、どうやら、わしが何を考えていたか、すっかり知っているようでした。

毎日毎日が過ぎて、もっと若い時なら、平穏すぎて退屈だと思ったに違いないが、
いまは平穏に退屈を感じるのは、要するに自分の頭のなかの文明が未成熟だったからだと判っている。

そうして、それが判るようになったのは、モニさんと出会ったからだった。
ひとの運命なんて、たったひとつの邂逅に一生が依存している。

モニ、大好き。
わしは、なんて幸せな猫なのだろう。

Meow!

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ターニング・ポイント

ひとつの言語社会というものは、時間のおおきな流れのなかでは伝統に帰るものなので日本人として心配する必要はないが、いま現在と向こう20年くらいの日本語世界は低調すぎて、何について話をするにしろ、全体として時間のムダであると請け合える。

いまの日本語世界で話しあわれる殆どの問題は、世界のどこかでは、もう決着がついてしまっている問題で、好きな人は議論すればよいが、でも、どうせ何年かしたら当たり前になることなんだから、議論するだけ時間のムダなんじゃない?と思う事が多い。

日本語で話をするのは大好きだが、日本語ツイッタでは色々な人の呪詛が聞こえてくるほどブロックしている人が多くて、ただお友達とだけ話をするチョー小規模なサークルにしてしまったりしているのも、そのせいで、いまさら、20世紀を19世紀に向かって逆進しているような人々と話しても仕方がないから、話すのにめんどくさそうな人は手当たり次第ブロックしている、ということがある。

それで世間が狭くなるかというと、全然そんなことはなくて、返って世間が広くなっていってしまうところが日本語の日本語たる所以で、持っている意見が等質な人が多いというか、日本語の名前が未だにちゃんとおぼえられないタワケのわしからすると、「手が付けられないくらいバカな人」(例:ネトウヨ)
「受けの良いリベラルな主張をしてたくさんの人に受けいれられている嘗ての朝日新聞みたいな人」(例:書きません)とか、そんな調子で、いくつかに分類されて、個々の名前は、あれ、この人とこの人は別の人だったのか、がびいいいーん、と思ったりしていて、相手への認識がテキトーすぎて、実態が判ると、何人かいる、わしにしつこくしつこく付きまとっているトロルの人々も怒るのではなかろーか、と考えることがある。

日本語は政治について話すのに向いていない。
言語として向いていないというよりも、政治について話す習慣の歴史が浅いからで、英語世界でも特にイギリス系の社会ならば、夕食後のテーブルの話題のなかでも大きなトピックは政治で、家族で、親と子が相手の顔をじっと見据えながら、延々と政党の主張の是非について夜更けまで議論するのは、珍しくもなんともない、ごくふつーの「家庭の団欒」の光景です。

息子夫婦とは同居していないじーちゃんとばーちゃんが、住んでいるウエリントンから、えんやこらさとオークランドの両親の家に来ていれば、このひとびとも加わって、
「反アジア人がうけるとおもえば、このままではニュージーランドは日本人の洪水になる、なんて誇大もいいところの好い加減なことをいうピータースのニュージーランドファーストなんかに投票する人間がいるなんて信じられない」とガールズスクールに通う16歳の孫娘が述べると、ばーちゃんが「だから、それはもう謝罪したじゃないの。ピータースは人種や大企業のことになるとおかしなことを言うことはあるけど、わたしたち年金生活者の生活を守るための政策では、よいことをたくさん言っている。あなたがた若い人には判らないでしょうけど、ピータースが内閣に入って実現したバスや劇場の老人割引きパスなんて、平均的な老人には、とてもありがたいものなのよ」と言う。
両親は両親で夫と妻で、国民党と労働党に分かれて、例えばキャピタルゲインタックスの創設が是か非か、じーちゃんとばーちゃんや娘や息子の同意を求めながら議論している。

そういう社会に育っていれば、例えば労働党の立場から国民党を、糾弾的な言葉で非難するというようなことは、よっぽど異様なことなのが説明なしで了解されるので、日本語社会では極く一般的に見える糾弾口調や、妙にささくれだった相手を貶めることを目的としたような言葉には、発せられる余地がない。

別に紳士的であるというようなことを述べているわけではなくて、相手がどうしても憎くて許せなければ、大臣に向かってチン〇ンの張り形を投げつけたほうが、まだ気が利いていると合意がある社会のほうが民主制には向いている、と述べているのに過ぎない

直観的な言い方をすると、優等生的な人間や「良い人」が多い社会では民主制は機能しない。
「男も料理をすべきだ。女にも機会を与えるべきだ。妻の仕事のために、ぼくは家事はなるべく引き受ける。ヘルマンヘッセは、古いが矢張りいいので読むのを進める。趣味は中国語で、中国人だからと言って軽蔑する人はおかしいと思う…」とアイスリンクの上を滑らかに滑るように正しいことばかり述べる人は、差別用語を連発して、なにからなにまで人間の価値に挑戦でもするかのように反知性的な言葉を連発する人間と同じくらい危険な人間だという鑑(かん)がある社会でなければ、民主制のようなものは、もとから機能として完璧どころかダメにダメを重ねていて、投票だけではどうにもならずに、通りにでてデモをしたり、インターネットで意見を述べたりして、合わせ技でやっとこさ機能しているような自由社会維持のシステムとしてボロい制度なので、うまくいくわけがない。

学校秀才や正しいことばかり言う人間を徹底的にうさんくさがる英語人の度しがたい習慣は、過去に、その手の人間に引き摺られて痛い目にあった結果なので、ほら、そこのどれ、と名指しできなくても、ベスト&ブライテストはダメなんじゃないの?という気分がなければ、うまくいかないものであるらしい、というくらいは知っていて損はないかも知れません。

このブログにいくつも宛先として名前が出てくるオダキンは、二次元の悪趣味な絵が好きな人で、その二次元絵が、未成年ポルノの領域と重なって見えた頃は、激しく喧嘩して、お互いの柄にもなく絶交したりしていた。
しかし、その歪さを生みだす内面の正しさへの強い衝動が、本人は言わないだろうが、文字通り職業を賭けた「福島事故の放射能は安全とは言えない」というチョー勇気がある発言につながっていった。

なにしろ同じ大学のなかに理系の一流国立大学教授であることを曖昧なバッジのように使って、「消防署のほうから来ました」と言って消火器を売りつけるおっさんではないが、科学のほうから来ました、で、 大学教師をしていることに飽きているのでしょう、実際には、素人政治活動としか呼びえない活動を、相手が科学素人であることをいいことに、科学者としての活動であるかのように見せかけて行うような、とんでもない破廉恥な同僚がいるのに、「だって危ないかも知れないじゃないか」と述べてみせるという国立大学教師という役人としては破天荒な勇気を見せた人です。

ある物理学者の友達への手紙2
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/09/04/odakin2/

なぜ、すらすらとして開明的な秀才がダメで、あちこちで言うことが間違ってヘンで凸凹しているオダキンがOKなのかというと、つまりは「より人間であるほうが民主制社会に向いている」ということで、オダキンでいえば、救い難いほど頑固頑迷だが、それも要するに個人主義や、それを基礎にした自由主義は、なんだかヘンテコな形をした頑固な「個人としての人間」という固い殻で出来た人間でないと保持していかれない、ということなのではなかろうか。

ここから、このブログは、これまでのお温習いの記事のような場所から舵を切って、だんだん、普遍的な話題に歩いて行こうと思っている。
日本語で書いていることを活かして、いわばカタカナの注釈やレ点がある漢文の領域から、ひらがなの領域へ向かおうと考えています。
日本語ツイッタでヒマツブシをしていたりして、「えー、それはこうなんじゃないかなあー」と思ったことから、少しづつ、ツイッタでもブログでも小説でもエセーでも変わらない、あの基底音のような場所へ行こうと思っている。
どうしても政治について述べたければ、だから、「民主制とはなにか?」というような超ダッサイ題名になってゆくでしょう。

理由はもちろん30歳も数年を超えてしまったからで、例えば40代になって、時事の問題を懸命に論じていたりするのは、いくらなんでもカッコワルイので、もうそういうことは後生にまかせて、そういう問題が胸に迫ったときには、すっくと立って、通りに出て、火炎瓶は流石に嫌だが、石を投げつけるほうに向かいたい。

これから段々わかってくるとおもうが、20代の自分にとっては勤め人になるなどは論外で、ビジネスマンとして成功するなども、ゲーマーのスト2大会で優勝するのと違いを認めることは出来なかった。
クレジットがあがる代わりに銀行の預金が増えるだけのことで、到底まともな人間が夢中になれることではないのは、誰にだって判ることだと思います。

だから世間の分類でいえば「投資家」と呼ぶしかないものになったが、実態は、投資家というよりも「定石発明家」で、別リーグというか、テキトーで、1年のうち20日も働いていれば、過労死を友人みなが(冗談で)心配してくれる境涯に至った。
つまり、ものすごいナマケモノなので、ここからは30代で死ぬのか百歳になっても、まだ生きていて、とつおいつ過去を振り返って、「あの福井のいまはつぶれた旅館で食べた見た目が変わった肉は人魚だったのかな。確かめればよかった」と呟いているのかは判らないが、日本語と他の内緒にしている言語で書いて、サーバーの隅に置いて、遠い未来の若者が、スペインの洞窟のディスクを眺める人のように、何気なしに読んだ誰かが、「この人は、まるでぼくのようだ」と呟く光景を楽しみに、文章を書いていこうと思っています。

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マレーシア独立60周年に考えたこと

ちょうど午前0時ぴったりに、花火というよりは砲撃音のようなすさまじい音で、いっぺんに花火が打ち上げられて、あちこちの高層ビルのガラス壁面に反射して、CBD全体が万華鏡のようになった。

独立60周年記念、道路を行くクルマもクラクションを盛んに鳴らして、子供たちも目を輝かせて走り回っている。

熱帯の国の独立記念日。
ニカブの人も、ショーツに袖無しトップの欧州系人も、並んで、ベンチに腰掛けて、眩く輝く明るく照らされた空を見上げている。

アイデンティティがない国だという。
独立以来、マレーシアは、「マレーシアとは、なにか?」
どんな性格の国なのか、ということに悩み続けた国だった。

マレー系人と話していると、中国系人への敵意のおおきさにびっくりしてしまう。
「あいつらを追い出さないかぎり、この国はほんとうに独立しているとはいえない」という人さえいて、ペナン島出身のリークアンユーが、人気を博して、シンガポールという独立国をつくったことの背景の一端がわかります。

6年前だったかシンガポールに行ったとき、ちょうど出発の直前に、象徴的な事件があった。
シンガポールの共働き夫婦は家事を滅多に行わないので、インドネシア人の家政婦さんを雇うことが多い。
日本でいえば2DKの小さいアパートに、住み込み専用のトイレよりは少しおおきいくらいの小部屋が付いているのはシンガポールでは比較的ふつうのことです。

中国系シンガポール人の夫婦が、数週間の休暇旅行に出かけるのに、いったいどういう考えをすればそういうことになるのか、カップラーメンの山と一緒に、インドネシア人の若い家政婦を、この畳いちまいあるかないかの部屋に閉じ込めて、鍵をかけて出かけてしまった。
窓のない小部屋で、冷房も切られたまま監禁されたインドネシアの女の人は、気の毒に、暑さと換気の悪さのせいで窒息死してしまいます。

インドネシアの英字紙記事は「これは決して特殊な例ではない。シンガポールでは、われわれの同胞が、年々、奴隷としてこき使われ、使い捨てにされている」と述べている。

インドネシア人の怒りはすさまじいもので、口から口に噂は広まり、やがて事実であることがわかると、国民的な規模でシンガポールに対する怒りが爆発して、コンクリート材料の輸出の停止から始まって、一時は、冗談ではなくて、ほぼ国交が断絶しそうなところまでいってしまった。

あるいはシンガポールの市内をマレー系のドライバのタクシーで走っていたら、急な割り込みをするクルマがいる。
運転手の怒り方は、ロンドンの悪態ばかりついて柄が悪いタクシー運転手になれているわしから見ても、やや常軌を逸したもので、吐き出すような口調で、「ちくしょう、中国人ドライバーめ!知ってますか?中国人ってやつらは、みんな、ああなんだ。自分のことしか考えない。決まりを守らない。これがおれの国なら、クルマを止めて、みんなで取り巻いてぶち殺してやるんだが」と怖いことをいう。
最後に中国系人とマレー系人の大規模な衝突が起きたときには、たしか800人だかの中国系人が一方的に惨殺されたはずで、タイの人もそうだが、マレー系の人も、いつもは親切でおだやかなのに、いちど怒りに火がつくと、悪鬼のようになる。

あるいは2007年だったとおもうが、12月31日にシンガポールにいて、翌朝、新年のお祝いを述べたついでに、ホテルのレセプションのマレー系の女の人に、「シンガポールは春節と、年に二回お正月のお休みがあっていいですのい」と、いつものごとくノーテンキな軽口を述べたら、いつも親切で受け答えがやわらかいこの女の人が、ぶっくらこくような怖い真剣な顔で、「あれは違法です。中国人たちは、まったく決まりを守らない。わたしは許さない」と述べたので、話の収拾がつかなくなってしまって、まあ、とにかく、とかなんとか、ぶつぶつと言いながら、そそくさと引き揚げてきたことがあった。

マレーシアの支配層(←嫌な言葉)の人間と話していると、ひとくちにいえば「混迷しているのだ」という印象をうけます。
まだ統一がうまくいっていないのだ、ということもできる。
ペナン島が、あれほど落ち着いた雰囲気なのは、島であることが奏功して、マレーシア一般とやや別の「中国系社会」として安定しているということがあるようでした。
経済的には西欧型の金融とイスラム金融の汽水域になっていて、おもしろいことがたくさんあるが、ここでは、そんな話をしても仕方がないので、やめておくとして、たんなる旅行者としてのマレーシア滞在は、楽しいものでした。

中近東の食べ物が大好きなモニとわしとにとっては、おいしいものがたくさんある天国で、ひさしぶりに、新鮮な香辛料に浸かった、ラムやチキンの、身体中がぽんわり宙に浮いてしまうようなおいしさの、陶酔的な食べ物ばかり食べて、それだけでも、もう、とてもとても幸福で、クアラルンプールはいい町だなあ、とおもう。

ドバイやカタールの有名店の支店があったりして、オークランドにも中東料理店はいくつもあるとは言っても、やはり味の深みと冴えが違う。

ロンドン以来、ひさしぶりにペルシャ系人の友達が嫌うというよりも蔑んでいるアラブの支配層とゆっくり話ができたのも、たいへんよいことで、同席したイギリス人とも話したが、これからの西欧世界とアラブ世界の目立たないような交渉は、これまでのようにロンドンではなくて、だんだんとクアラルンプールのようなところが舞台になってゆくのかもしれません。

ニュージーランドでは妙におおきな声で話して、まわりのひとをびっくりさせたり、甚だしきにいたっては、「写真を撮らせてください」と若い女の人に声をかけて、いきなり抱きついてタイホされたりして、奇矯な行動がめだつ日本のひとたちは、マレーシアでは、うまく社会に溶け込んで暮らしているように見えました。
日本のプレゼンスはとてもおおきいのに、そっくりかえることもなくて、「なんだ、やれば出来るんじゃないか」という感想をもった。
クアラルンプールではマレーシア人に日本人の感想を聞きはしなかったが、聞けば、多分、よい印象の答えが返ってくるのは、別段、実際に聞いてみなくても、町でみかける日本人たちの姿をみていれば、なんとなく想像がつきます。

奇矯な行動、を見たのはペナンのファイブスターホテルだけだったので、観光客と住んでいる人の違い、ということなのかも知れません。

一方では、わが同胞の白いひとたちは、てんでダメで、あらあー、こんなのもあるんだとSuriaというモールのなかのホーカーズで、いいなあーこれ、と思いながら眺めていたら、ストールに近いテーブルに陣取った若いアメリカ人の男のふたり組が、店のカウンターのなかにいるマレー人の店員に、クイッ、クイッと音がしそうなものを飲む手真似で、カウンターのペプシコーラの缶を指さして、手のひらで手招きして、それをここへ持ってこいとジェスチャーしている。
とんでもない、大失礼な仕草で、このバカなアメリカ人ふたりは、21世紀になっているというのに、いまだに白人は少なくともアジア人の主人であると考えているのがわかって、不愉快というか、 ぼーぜんとしてしまうというか、ただひたすら、店のマレー人が、失礼は感知しても、失礼の度合いは感じないでいたことを願った。

だいたい、どこに行っても、アジアの国では、白い人同士は、お互いでかくて白くて、なんとなく間が抜けていて目立つので、リフトはもちろん、道端ですれ違っても、目配せで、やあ、と述べあうことが多いが、クアラルンプールでは、だいたい暑さでボロボロになっていて、顔色が悪いうえに目の下に隈までつくっている人が多くて、ゾンビが熱中症になったような姿で、蒼惶と歩いていて、お互いに目配せをする気力もない。
マレーシアは特に小さな人が多いので、ところどころ、でっかい道に迷って町にさまよいでたクマさんみたいなのが、よろよろと歩いているところは、いかにも東南アジアの国には不向きで、トランプのようなオオバカタレに対する国家安全保障としては、この暑さがいちばんなのかも知れません。

シンガポール人との付き合いは、子供時代からのもので、長いどころではないが、仕事の上では、ここ数年はシンガポール人がよく述べるように、世界中から、コバンザメ商売というか、なんとかシンガポールの成功者にお近づきになって、繁栄のおこぼれにあずかりたい「起業家」がたくさん押しかけていたりして、もう天井に頭をぶつけて繁栄がジタバタしている段階に至ってひさしい。
シンガポールの英語圏と中国語圏の接点という役割は特に金融において変わらないが、物理的には近い、クアラルンプールとシンガポールの、人間の交流においての意外なほどの距離の遠さを考えると、今回はたくさんの人間に会いすぎてぶちくたびれてしまったが、土地鑑とお友達ができて、まあ、よかったかと思っています。

あと一週間くらい、のんびりして、プールで泳いだり、涼しい夜には屋台をひやかしたりして、ミドルイースタン料理をたらふく食べて、予定よりは早いが、メルボルンかオークランドにいったん戻って、ぐーすか眠って、今度はどこかニューカレドニアかタヒチかフィジーで、来年以降の生活について、ろくでもない計画を策謀しようと考えている。

さて、ロティチャナイでも食べにいくかな。
モニさんは熱帯の町にくると、いっそうよく眠って、朝ご飯を一緒に食べるのをこうしてブログを書きながら待っているといっても、もう午後2時半で、朝ご飯なのか昼ご飯なのか、もしかしてハイティーなのか、食事の定義が唯心的に変化して、
唯心仏教が東南アジアで流行ったわけである、と、意味不明なことを考えました。

では

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2025年の日本をめざして_2

歴史は繰り返す、というが、繰り返さない歴史の典型が戦争で、戦争は、ほとんど一度も過去の形態を繰り返したことがない。

むかしは死刑囚は斧でクビをちょん切られるものと定まっていて、いっぺんでクビが切断できればよいが、なかなか頚部切断の勘所に当たらないので、頭にあたったり肩にあたったりクビのまわりがギタギタになって死そのものよりも斧で痛めつけられる苦しみのほうを虜囚は恐れた。

この非人道的な死刑に野蛮を感じたのがギロチン博士で、はずれなしにスパッとクビが切断できるように工夫したのがギロチンです。

戦争における戦車の発明も同等の発想にたっていて、若いときから戦争好きの右翼おやじだったウインストンチャーチルが戦車を発想したのは膠着を常とした当時の塹壕戦を打撃力のある「フィスト」で打開するという、子供のときから人形を使った戦争ごっこばっかりやっていた戦争オタクのチャーチルらしい考えだったが、これが高級将校たちに広汎に支持されたのは、近代塹壕戦があまりに悲惨で、人間の限界を越えて、発狂する兵士は数知れず、生き残った復員兵も廃人同様が続出したので、なんとか塹壕戦をなくさないと、多少でも文明的な戦争はやれなくなってしまう、という理屈だった。

リデルハートが目を付けたのは、戦車の打撃力のある機動性で、打撃力があって機動力があるのなら、これを集団で使用して、ちょうど艦隊のように運用すればよいのではないかと考えついた。
この冗談じみて単純な考えは、思考の飛躍が苦手なイギリスにおいては採用されなかったが、リデルハートの著作を読んで感銘をうけたドイツ陸軍のハインツ・グデーリアンによって現実化されます。

戦車を集団使用して、とにかく敵の抵抗線の最弱部を突き抜けて反対側に行ってしまう。そこから後方の(軍隊にとっては神経組織にあたる)通信網をずたずたにして、各所に点として孤立した敵を、無防備な想定外の方向から攻撃して破壊する。

元祖のリデルハート、グデーリアン、フランスのドゴールのような戦術オタク以外には思いもよらなかった、あとで「Blitzkrieg」と呼ばれることになる、この戦車の集団使用によって、兵器と兵員の質・量ともに圧倒的にドイツを上廻っていた世界最強の兵力を誇っていたフランスは、あっというまに陥落してしまい、最も重要なことは、それまでは「愚かな左翼」を黙らせるために道化としてエスタブリッシュメントが操っているにすぎなかったアドルフ・ヒットラーが、三段跳びで一挙に神韻を帯びたゆいいつ絶対の独裁者「フューラー」として君臨することになってしまった。
昨日まで支配層にとっては冗談のタネだった菜食主義者で偏執的潔癖さをもった 狂人じみたおっさんが、いきなり絶対支配者になったことが、いままでの世界の歴史で最大の危機であったナチの時代を生みだしたのでした。

今度は、どうやら核ミサイルの応酬という新しい戦争を目撃することになるらしい。

前にも書いたが、子供のころ、原爆を生みだしたオッペンハイマーの有名な「I am become Death」のビデオを観て、「60年代は核の不使用どころか、全面核戦争の危険がある時代だったのだなあ。なんという恐ろしいこっちゃ」と考えたことがあったが、冷戦の終わりとロシアの国家破綻を起点にして、ついに「核使用をためらわない」と公言するトランプの登場に至った現代の世界の根底的な問題は、核という絶対暴力が自分達の文明を根こそぎに破壊するものだという認識を人類全体が再び失ってしまったことです。

キューバ危機の頃、たとえばサルトルたち、当時の哲学者は核の暴力の規模があまりに圧倒的なので人間の言語からは真理性と意味とが失われてしまっていることを認識していた。
暴力と言語に代表される認識と思惟の内面意識とは、相対立するもので、暴力が支配する世界においては言語は意味をもたない叫喚程度の意味しかもちえない。
文学などは圧倒的な暴力の下では芸術として無効なのではないか。

人間はそこに戻ってしまったわけで、北朝鮮の核開発は、実際には、その核という暴力が人間の文明の底で息を吹き返して人間の文明から意味を奪い始めたことの歴史的あらわれにしかすぎません。

歴史は、つねに一見連関のない事柄が互い協力するようにして、世界をひとつの方向にひっぱってゆくが、いま日本がメルストレエムの渦巻きに呑まれていくように、核攻撃に向かって一歩一歩あるくことになった理由の根源は、ブッシュのイラク攻撃にあります。
お坊ちゃん学校に行った人間ならおなじみのある、一種の人間味に似た、かわいげのある表情の悪魔であるブッシュは、父親をオカネの入り口にあたる顧問にして戦争で利益をうける各社につけると、アメリカの脅迫に屈して核開発をあきらめたイラクめざして雪崩をうって地上軍を突進させた。
アメリカの国益に敵対する各国の独裁者の面々は、この「惨劇」をじっと眺めていました。

父親の死後、独裁の地位をついだ金正恩が、この過去の歴史から学んだことは、「自分も核を捨てれば必ずアメリカに殺される」ということだったでしょう。

金正恩は結局、アメリカの脅迫をシカトして、核開発に国力全体を注ぎ込み、ミサイルと弾頭の開発に成功して、現状は、衆目の一致するところ、この外交的賭けに完全に勝利した。

北朝鮮が活路をみいだそうとしているのは、大雑把にいえば中国が歩いて来た道のりであることは言うまでもありません。

核とICBMの開発を強行して、とにかく持ってしまえばアメリカは手出しを出来なくなる。
その段階に至れば手近な韓国と日本への攻撃を材料に恫喝することによって外交的な戦果をあげながら、経済を発展させて、世界経済のなかに自国を組み込み、アメリカが一方的に自国を破壊するという目論見を思いとどまらせることが出来る。

世界中に北朝鮮を近い将来の投資先として考えている投資家は、たくさんいます。
勤勉で従順な国民、ほとんど資本主義を知らないウブな市場…投資家にとっては、「わたしを使って稼いでください」と言わんばかりに目の前に身体を横たえている国を前にして食指を動かさない投資家はいないでしょう。
実際、北朝鮮は、いったん国が安定すれば、ありとあらゆる投資機会にあふれていることで知られている。
しかも指導者は残酷性の強い独裁者とはいえ、経済の発展のためならどんな便宜も供与しようとすることが間違いない、しかも先が長い若い指導者であると来ている。

前回述べた絶体絶命の危機から日本が逃れ出る道もここにあって、現実の問題として、北朝鮮に核開発を黙認して、経済発展を積極的に助けるほかには、北朝鮮とアメリカ、といっても戦争になったときの実態は北朝鮮対日本・韓国の戦争を避ける方法は、多分、ほかには存在しないとおもわれる。

問題は、現実に北朝鮮の暴発防止プログラムに入る場合の北朝鮮のスタンスで、いまの状況であると、北朝鮮にとって深刻な問題がおきれば北朝鮮は日本へ小型核弾頭のミサイル攻撃をおこなって、それにアメリカが反応して自国を攻撃する姿勢をとれば、とっておきの大陸間弾道弾でグアム・ハワイ、ひいてはアメリカ本土を攻撃することをちらつかせて抑止する、というシナリオになっている。

つまりは、頭にくれば右手に握りしめた核ミサイルの剣で、おもいっきりアメリカの盾である日本をひっぱたいて、それでアメリカが激昂するようならアメリカ自体の頭上をめがけて剣をふるうと脅す、ということでしょう。
トランプが日本との軍事同盟に基づく義務を結果としてでも最後まで誠実に履行する確率は、1割、あるかないか。

このブログでは何度も出てくるように、中国の特徴は、ひとくちに「中国」といってもひとつではないことで、やや政治力が衰えてきているとはいってもいまだに独立した勢力である人民解放軍と習近平が率いる政府のふたつの勢力が中央にあって、その中央に面従腹背する存在としての地方がある。
中国という国は水滸伝を読めば得心がいきそうな国民性の反映で、世界のなかでも飛び抜けて統一を保つの難しい国で、顔を近づけて仔細に検討してみると、なんだかもう無茶苦茶といいたくなるような内情で、いまのところ統一が保たれているのは、要するに「儲かっているから」という単純な理由によっている。

儲からなくなれば、どうなるかというと、それぞれが自分の相対的な面子の上昇と利益の増大に向かって、他勢力はおかまいなしにふるまいだすわけで、日本にとって切実な問題でいうと、人民解放軍の悲願である「対日戦勝利」に向かって挑発を繰り返しだすのは、まず間違いないところだとおもいます。

そうやって考えると、トランプ大統領や安倍首相がいま向かいだした政策は、バカまるだしなことをやっていて、つまりは習近平を困らせて人民解放軍を助けようとしているようにしか見えないことになる。

習近平からみると、「なんで安倍やトランプは、そんなに戦争がやりたいんだ!」と叫びだしたくなるような事態でしょう。
人民解放軍と、それと結びついた政敵が勢いづくことは習近平が最も恐れる事態だからです。

どの戦争の前にも判で捺したようにシアワセな論者がいて「経済的にみあわない戦争などおきるわけがない」という。
近くも、1938年のイギリス人は、おおまぬけもいいところで、同じ理屈に立って「ついに世界に恒久平和が訪れた」と、いまふりかえってみると、愚かとしかいいようがない平和達成感に酔ったりしていた。
チェンバレンの政治ロジックを嘲笑うかのようにドイツがポーランドに侵攻するのは翌年の1939年のことです。

「利にあわない戦争は起こらない」理論がいかに間違っているかは経済の理屈と国権の理屈は異なるのだということに気が付くだけでも十分でもあるけれども、もうひとつ、いまの日本が直面している世界に添わせて述べると、前回述べたように「軍人は戦争を避けようとする」が、いっぽうで軍人は必要だとみなせば戦争をためらわない存在であることも付け加えておいたほうがいいかもしれません。
トランプ一家と取り巻きがあまりにひどいので日本ではマティスやケリーに期待するという、おっそろしい理屈をなす人がいるけれども、軍人は軍人なので、軍人に政治を期待して破滅的な結果にならないことは珍しい。
「良識のある軍人」ほど破滅を招きやすい恐ろしい存在はないのは、たまたま在任中には決定的な破綻が露見しなかったアイゼンハワー大統領が在任中に行っていた倫理のかけらもない、無惨なほど人間の低いところを見つめた打算だけで出来た行動を見れば十分であるような気がする。
それを冷徹な現実主義と呼ぶ人は、ついに政治にも倫理にもまったく鈍感で縁がないひとです。

軍人が戦争を避けようとする傾向があるのは戦争が現実になにをもたらすかを普通人よりも想像力をもって考えられるからだが、一方で軍人は、その悲惨をもたらす戦争行為をためらわらないように徹底的に自己を教育した存在でもある。

簡単にいえば戦争行為に関して限定してのべれば、軍人は通常の社会の基準からいえば異常者なので、また通常社会の物差しで定義する異常者でなければ戦争を職業とすることはできはしない。

いまのアメリカのホワイトハウスは、どこからどうみても実質は軍人内閣で、戦争に向かう確率は通常の国よりも遙かに高い。
ところが、その遙かに高い確率で起きそうな戦争の、ちょうど戦域に位置することがいまの日本の地政学的な不幸で、あらためて地図を観るといいが、日本は、いま戦争にむかって焦点をつくりつつある、北朝鮮、中国、ロシアのすべてに隣り合っている。
しかも軍事テクノロジーの進歩と核兵器以外有効兵器をもたないビンボ国北朝鮮の存在によって、戦場は東に拡大して、海を隔てた日本こそのが戦場になる形勢です。

アメリカが、外交的敗北を認めて北朝鮮に対して大幅に譲歩して経済を助けることになれば何とかなる可能性もであるが、失敗すれば、今度は中国がアメリカと可視的に対立しだすことは、ほぼ明らかでしょう。
そうなった場合、チョシンの地獄が、数十倍数百倍の規模になって、日本の国土で展開されることになる可能性まである。

仮に北朝鮮の金正恩政権が瓦解した場合でも、アメリカ勢力圏と国境を直截接するわけにはいかない中国は、逆に韓国を支配下におくという離れ業をみせるかも知れません。

日本の安全保障にとって深い関係があるイランについても書いておこうとおもったが、昨日おそくまで遊んでいたので眠くなってしまった。

戦争の危機の話は、もうこのくらいにして、次からは経済の話にしたいとおもっています。

では

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2025年の日本めざして

宇宙好きの子供の悪夢のひとつに、ふらふらと群を離れたおおきめな小惑星が地球に向かい始めて、ある日、科学者が軌道を計算してみると、正真正銘、地球と真っ向から衝突する、というのがある。

北朝鮮と日本の対立は、これと似ている。
政治的諸条件を計算してみると、いまのところ、北朝鮮とアメリカの衝突は不可避で、アメリカと北朝鮮が衝突すれば、最大の標的は、表面は日本が最も好戦的な言辞を述べていたことによって、本音は、いまの北朝鮮の核ミサイル技術の水準で現実に軍事兵器として信頼しうる破壊が行えるのは日本までで、グアムになればもう大気圏への再突入の問題や、GPS誘導を欠いた精度が低い飛翔を余儀なくされることによって、戦争にならないので、日本に核ミサイル攻撃を集中することによって外交的な勝利の端緒をみいだすしかないという理由によって核攻撃は日本を標的にしたものになるだろう。

もっかの状態は、核弾頭とミサイル筐体の量産体制を築きながら、トランプと安倍の愚かさによって手に入れた初期外交勝利を保持して、アメリカ国民に「おまえたちの頭のうえに核を落とせるのだぞ」と恐怖心を植え付けることで、ちょうど60年代の中国とおなじように核の力に守られた独裁社会のなかで、これも中国的な経済発展を目指している。

金正恩は、アメリカとの戦争が、そのまま北朝鮮の破滅であることをよく知っている。
そのうえ、曲芸師的なオポチュニストで、オモチャじみた核・ミサイル技術をちらつかせては外交的妥協を引きだして、長期ビジョンのある経済政策はまったく行わなかった、簡単に言えば遊び人の父親金正日とは異なって、北朝鮮の自己の政権が生き延びる道は躍進的な経済の発展にしかないこともよく判っている。

では、戦争の危険などないではないか、という人がいそうだが、なぜそれでも戦争が不可避なチキンレースの一本道を日本と北朝鮮が段々と距離を詰め合いながら向かい合いに歩いているのかは、日本の人にはアメリカ人にはまったく理解不可能な「圧迫されたもののメンタリティ」が、戦前の行動を思い起こせば、簡単に得心がいくはずで、いったん民族的な怒りに火がついてしまえば、日本人と心性が似て、日本人以上に徹底的な半島人の血がたぎって、誇張ではなく最後の一兵まで戦うだろう。

日本は本土にアメリカ軍が上陸するオリンピック作戦に怖じけづいて、呆気にとられるほど淡泊に手をあげてしまったが、なにしろ、北朝鮮は朝鮮戦争をみれば、国土が完全に蹂躙されて、寸土も余さないほどアメリカ軍に徹底的な敗北を喫しても、まだ戦う意志を捨てなかった国で、ヒットラーのドイツみたいというか、民族として辱められるくらいなら滅亡したほうがマシという国です。

しかもアメリカの大統領はトランプで、この頭が悪い、他者や他文化への想像力をまったく欠いたおっさんは、ディメンシャなのではないかと医学者たちが目下真剣に疑って危惧するほど、おもいつきで破滅的なことを始める癖があって、いよいよ国民の人気取りのために始めたアフガニスタンでの戦争がにっちもさっちもいかなくなれば、「じゃ、北朝鮮」というくらいの気安さで、戦争を始めかねない。

しかも前に何度か書いたように、アフガニスタンは「紙の上では楽に勝てそうにみえるのに、いざやってみると必ず泥沼化する土地柄」の典型で、ソ連の退役将校たちが「アフガニスタンは、やめたほうがいい。あそこは地図上の作戦と戦争の現実が異なる土地の典型だ」と述べているのに、アメリカの将軍たちは「われわれとあなたがたの軍隊とではテクノロジーの次元が違う」と鼻で嗤って、ものの見事にアフガニスタンという巨大な罠にはまってしまった。

しかもアフガニスタンと関わりを持つことは常に、歴史を通して、ロシアとの火種を抱え込むことで、オバマの政権が迂闊に戦争規模を拡大できなかったのもそのせいだが、まわりの軍事専門家がいくら説明しても、トランプの頭には入っていかないらしいが、トランプほどの粗忽さならば、ロシアとの全面対立に発展する可能性もおおきく存在する。

北朝鮮が盛んに中国を非難したりしているのも、中国と事を構えたいのではなくて、中国を可視的に巻き込んで、自分の国とアメリカの対立を中国とアメリカの対立にすりかえようという目論見だが、トランプはこちらも理解していないのは明らかで、この単純で知的能力に劣る老人の目には、中国がいよいよ北朝鮮と対立しはじめたと、なんだかその辺にころがっている政治好きのおっちゃんみたいな理解でいるらしい。

いまのホワイトハウスのボスたちの顔ぶれを見ると、自己クーデター政権というか、求心力の中心は軍人、つまりは軍人内閣で、どこにも自由主義国家らしい片鱗はなくて欧州人たちの失笑を買っているが、いうまでもなく軍人は戦争を嫌う。

あれほど好戦的だった参謀本部が呑んで戦争の拡大を収拾しようとしたトラウトマン工作を蹴ったのは近衛内閣のほうで、軍人は常に戦争についての具体的想像力を持っているので、戦争を簡単に始めたがらない。
ところが総司令官であるドナルド・トランプは戦争への想像力はゼロでしかないのが言動から判っていて、自分の都合が悪くなれば、北朝鮮への先制攻撃に走って、安倍政権もおおよろこびで参戦するのは確実なので、切羽詰まった文大統領は「朝鮮半島を戦場にされるのは、お断りします。やるなら日本との同盟を頼ってやれ」という破天荒な演説をおこなった。

その演説に対する日本社会/マスメディアの反応は「怖じ気づいた韓国の醜態」「敵前逃亡」「卑怯者」というようなものだったので、遅かれ早かれ、やはりミサイルは飛んで来て、当たるも八卦当たらぬも八卦、PAC3では、どんなタイプの核ミサイルも防ぐのは無理だが、せめてTHAADとイージス艦の防空能力に期待して、開戦があとになればなるほど増えてゆく核弾頭の、例えば百発という数のミサイルいっせい射撃のうち、何発落とせるか、星に願うくらいしかやることは残されていないのかもしれません。

最終的に戦争が起こらない僥倖があるとすれば、金正恩政権が倒れるかトランプ政権が倒れるか、あるいは北朝鮮に核開発計画の進行を認めて、おおきく妥協するか、その三つがいちばん可能性があるが、三つとも直ぐに起きる可能性は低い上に、仮に金正恩政権が倒れると、中国が一種の非武装地帯を鴨緑江沿いにつくることになって、アメリカとの対立が飛躍的に高まることになる。
北朝鮮におおきく譲歩すると、核戦争の危機が一気に遠のくが、遠のくといっても、どっかに行ってしまうのではなくて、やはりチキンレースの一本道を、十数年という向うがわに遠のくだけで、すぐに戦争になる可能性がないかわりに、より破滅的な戦争の危機が内包されて、しかも、この路線の最大の障害は、実際には「日本の核武装が確実」になることです。

アメリカの極東政策の基本は、このブログには何度か登場した、いまでは公開されている周恩来・キッシンジャー会談のときから、変わっていない。
「空前の好戦民族である日本を封じ込める」ことで、「日本を守る」という口実で居座っているアメリカ駐留軍の第一の目的は「巨大な軍事力を日本そのものに置くことで日本の軍事化を防止する」ことであるのは、アメリカ軍将校にとっては常識で、キッシンジャー自身が、言葉にして述べている。
中国との軍事的な黙契の大底をなしているのが、この「日本はアメリカが責任をもって封じ込める」という約束で、最近、人民解放軍が、政府の意向にさからって「跳ね返り行動」を取り続けているのは、人民解放軍がアメリカの約束の真実性を疑いだしているからにほかならない。

アメリカ軍が日本を守ってくれる、などという幼児の願望に等しい日本の人の願いとは別の次元で、戦争における自分の足場、いわば極東における真珠湾/グアムとしての日本という名前がついた列島を、敵が仮に上陸してくれば防御線と規定している現在のアメリカの太平洋戦略は改訂されつつあって、日本の重要性は薄れているが、ここに政府としておかれている日本政府が核武装をするとなると、中国にとってだけではなくて、ロシアやアメリカにとってもたいへんなことで、周・ニクソン以来の東アジア和平の枠組みが根底から壊れてしまうので、誰にとっても、そんなことを許すわけにはいかない。

一方で、北朝鮮がどんどん核武装の量と質を拡大していって、いまですら歴史的な好戦性を剥き出しにしつつある日本人が、黙っているわけはない。

紆余曲折を経ながら、どこかで、まったく異なるパースペクティブが得られない限り、極東の核戦争危機は煮詰まっていって、日本が列島ごと廃墟になる可能性は、残念ながら、かなり高いだろうとおもわれる。

どこで、この不可逆的にさえおもえる政治状況ができてしまったのだろう?と考えて振り返ると、日本の人が民主党政権の極端な無能さに苛立って安倍政権を選んだ時点で事態は固定されてしまった。

政治では、ダメなものとよりダメなものがふたつ列んでいるときに、比較的にマシだからという理由でダメなものを選択してしまうのは、よくあることではあっても禁忌で、そこが選挙を媒介にした民主制が生き延びていけるかどうかの要というか、ダメと、よりダメを比較している自分の視座のほうを動かすしか方法がない。
選挙の前に、仮に自分が投票しなかったとして選挙後の政治地図がどうなるかを予測して、それが少しでも自分が「こうなって欲しい」と願う政治地図になるために投票行動をとることを「戦略的投票」と呼んだりするが、到底そんなことで追いつかなければ、急激な俯瞰の転換を求めて、通りにでて叫び、事態が絶望的な場合は暴力革命を志すことすらある。
もっとも自由主義革命の母であるフランス革命が無惨な失敗に終わったことでも判るように、革命がうまくいく可能性はひどく小さくて、歴史上ゆいいつ上手くいった革命はアメリカの独立革命で、これは圧政者がイギリスという外国だったからうまくいったのだが、図式をあてはめると、日本が中国に支配される事態が起きれば、そこには革命がうまく成し遂げられる可能性もあるのかも知れません。

日本の場合は、歴史的にも、文化の本質においても、世界に例をみない、「骨の髄まで」と言いたくなるほどの天然全体主義社会で、民主的に日本を運営していくチャンスがあったのは実像とは似ても似つかない「頭がおかしい宰相」にされてしまったせいもあったが、やや理想主義的に官僚の利権と正面から衝突して、たちまち弾き出されてしまった鳩山首相くらいで、頑張って踏み止まって、政権を支持しつづけるくらいのところに日本に民主社会が実現される可能性があったのだろうが、ちょうどその頃日本にいた自分の経験からいうと、現実には到底起こりえなかったことで、やはり民主制みたいなものを軍人が他国の社会に鋳型として押しつけても、肝腎なところでうまく機能しない。
表面の型をなぞって、その根底にある精神に至るのは、難しいというか、つまりは不可能なのかも知れない。

そうやって考えると、いまの日本が迎えている危機は、要するに寸法の直し方すら教えてもらえなかったお仕着せの服が、身体にあわなくなって、社会ごともともとの全体主義的文明に回帰する過程で生まれた必然なので、考えてみれば当たり前だが、日本人が自分の頭で考え直した自分たちの社会へ作り直していく以外には、戦争の危機回避も含めて方法はないのかもしれません。

中国の若い人などは言葉にしてはっきり「西洋のモノマネしか出来なかった国の悲劇」だと日本のいまの状態を論評していたが、おかしなことをいうと、この人は天才的な頭脳の持ち主だが文学も美術も興味がないひとで、日本の文学と美術とから日本に近付いていったこちらとしては、全面的には肯定できないところがあるとおもう。
そのときは、相手が美術と文学にはまるで関心がないのを考慮して、日本の数学者たちの仕事を例に日本文明の独立性について説明したが、納得したような、しかねるような、曖昧な顔をされて終わってしまった。

やっと日本語で意味が通じることが書けそうな程度に日本語学力?が回復してきたので、ここから、だいたい2025年くらいまでの日本をめざして、日本がダメになった理由、日本がどうすればまた独立性をもった文明として繁栄していけるか、日本語学習者として考えた事をここに書いていこうとおもっています。

うければ、どんどん書くし、うけてないなとおもうと中断して、お話しがどっかへ行ってしまって、本人は遊びにいってしまうのは、いつものことなのだけど

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クアラルンプールで

英語ニュースがトランプだらけなので、うんざりして、日本語ニュースをぼんやり眺めていたら、スピナーが日本でも流行りだしたという記事があって、人気の理由のひとつは自分でも組み立てられることだ、と述べている。

記者も組み立てに挑戦してみました。

そこで目が止まる。
組み立てに「挑戦」する。
日本語がうまく話して書けるようになって「日本人なみですね。いや、もしかしたら日本人よりもうまいかもしれない」と言われるようになった頃は、でへへへと喜んでいるばかりで、なんとも思っていなかったが、だんだん日本語の深みにはまってくると…あ、いや、理解が深まってくると、この「挑戦」が、読んでいてひっかかるようになってしまっている。

むかし東京の目黒で、コンビニの若いバイトがやめてしまったかなにか、なんらかの事情で、70代くらいのじーちゃんたちが3人で、いかにも覚束ないやりかたで店員をやっているのに出くわしたことがある。
肉まん評論家なので、東京にいるときにはよく肉まんを食べて、維新號や神楽坂五十番が好きだったが、別段コンビニの井村屋でも嫌ではなくて、そのときも肉まんを買おうとしていたのだったとおもいます。

ところが、支払いの列でひとり前の大学生の弁当で、「あたためてください」と言われたので、じーちゃんたちはパニックに陥っていたのだった。
驚くべきことに、このじーちゃんたちは、店の電子レンジの使い方が判らないらしくて、客の大学生が、こーするんです、あーするんです、と説明するのを懸命に聴いて、やっと弁当を暖めることに成功する。

「挑戦」という言葉を観ると、そのときのじーちゃんたちのねじり鉢巻きをしてフンドシを締め直しそうな勢いが思い出される。

この生硬な、日本人が意味不明なchallengeの使い方をする原因にもなっている古色蒼然とした表現が、いまだに多用されることの背景には、日本の文化のどこか奥深いところにある、ものに臨むときの生硬さ、気負いがあるのでしょう。

映画を「鑑賞する」という。テキトー日本語学習者の目からみると、これも「ど、どーしたんだ」と、ちょっと上半身を引く体勢になりそうな言葉で、映画を「鑑賞」という感覚は、日本語が判れば判るようになるほど、違和のある、判らない感覚と感じる。

ご趣味は?
AV映画の鑑賞ですけど、というような会話を思い浮かべてしまう。
まあ、ワイルドなご趣味でけっこうですわね。
それで流派は、どちらの?
日本ですか?
それともアメリカ?
最近はpornhubのようなお下品なものが出来て、まったく嫌ですねえ。
外国人は、つくづく、陰翳のある、もののあはれがわからない。

「鑑賞」されては、くすぐったい映画はたくさんあるとおもうが、それでも映画は「鑑賞する」ものだと日本語教科書が教えているのは、実際に頻用されるからで、
この表現が陳腐化をまぬがれて生命を保っているのも、やはり、その背景には日本人の気持ちのどこかに映画を観てなにごとかを学ぼうという制服を着て畏まった気持ちがあるからなのに違いない。

別に悪くはないし、第一、たとえヘンテコだと感じても外国語にめくじらを立てるつもりもなくて、そんなヒマがあれば「めくじら」は目のどの部分にあたるのかを辞書で調べたほうが教養の増進に役立つと思われて、目のヘンなところがおったってしまうと剣呑なことになるのではないかと考えたりもして、思考材料としても有益だが、その生硬さが、日本文明のなにかの部分の本質につながっているような気が、いつもしている。

答えはないのか、って?
答えはないんです。

ずっと読んでくれている人はみんな知っているが、このブログは疑問が出てから、波頭のあいだに「?」が沈んで、数ヶ月を経て、海面に浮上して、また潜航して、
あーでもない、こーでもない、何年もたって、やっと暫定的な解答らしきものがあらわれる息の長さで、なにしろ「ビンボ生活サバイバルその1」が出て、おお、常には非ず面白いのでは、とおもって待っていると、その2は四年後だったりする。

名曲「やぎさん郵便」よりも、ひねもすのたりのたりのたりなブログなので、聴けばガチャポンにご託宣がおりるオラクルのようなわけにはいかないのです。
第一、 アポロンの神殿の祭壇の石の体積を2倍にするのは無理だったではないか。

Batu Ferringhiという浜辺のリゾート地で、ホテルのてっぺんのテラスから、夕陽を背景にパラグライディングするニカブ姿の女のひとたちを眺めて数日を過ごしていたらスティーブ・バノンがホワイトハウスをおんだされたというニュースが流れてきた。

近来にない良いニュースで、これでやっと人間に、というよりももっと特定して述べると白いひとびとに、自分たちの思想と哲学を再検討して、マニンゲンになる時間の余裕が出来た。
前に書いたがバノンなる人は、報道されているよりも実像はもっと怖い人で、述べ続けてきたことを追ってきたほうからいうと、簡単にいえば思想家です。
ビンボな家で、暴力おやじにぶちのめされながら育ったバノンは、やがて憎悪をエネルギーに変える、というお決まりと言えばお決まりのパターンで自分を鍛えてゆく。憎悪を核エネルギーのごとく反応させると巨大な力がわくが、一方では、憎悪の言葉が自分の脳髄を不可避的に支配することのほうは、この手のひとたちのご多分にもれず気が付かなかったようで、誰がみても、ホワイトハウスのなかに入り込めば実現可能なプランであるところが怖かった。

もう何度も書いたので、ここでは繰り返さないが、ひとことでいえば世界の最終破滅戦争を起こして、その核の巨大な破壊の炎のなかから「覚醒した白人種」が立ち上がって再び世界を支配する、という戸塚ヨッットスクール思想で、なんてふざけてはいけないが、コンジョナシが主な欠点な白人文化に喝をいれちゃろうという怖い思想で、トランプなどはどうでもよいくらい怖いおっちゃんだった。

そのバノンがホワイトハウスを出たので、手に入るいちばん良いシャンパンを持ってきてもらって、モニとふたりでお祝いしました。

まるでヴィイに出てくる地の霊のようになんでもよく見える哲人どんが述べていたように、日本に北朝鮮の核ミサイルが飛んでくる可能性は変わらないが、というよりも、北朝鮮が核のナイフを日本の喉首に突きつけたかっこうなのを是認してアメリカが自分の外交的全面敗北を認めて譲歩するか、金正恩が大好きな日本料理を食べ過ぎて頓死するかしなければ、いまのままいけば外交論理的にのべて遅かれ早かれ飛んでくるに決まっているが、世界規模にならない以上、日本の人にしても逃げるところもあれば、第一、北朝鮮の核は向こう20年がとこはキロトン級なので国土が廃墟になり、汚染されても、ま、福島第一事故みたいなもんだからということにして、なんとか被害をまぬがれた地方に住み続けることも出来るかもしれない。

バノンの構想とは次元が異なる話で、ホワイトハウスから破滅思想というおっかないものが退場して、強欲と痴愚だけが留まったので、トランプという厄介な問題は、あちこちで戦乱を起こしはするだろうが、本質的にはアメリカ国内の問題で、アメリカ人たちの問題とみなしてもよいことになった。

テラスのコーナーにあって、電動式ブラインドで人目を遮断して、楽しい裸ではいれるようになっている畳で言えば三畳くらい?のバスタブに浸かって、モニさんとふたりで祝杯をあげるだけの理由はあって、酔っ払って、ほんとうによかった、
これで人間はまた人間の言語の有効性を取り戻す時間がもてる、と考えました。

暑いところが苦手なのは判明したが、いまいるところは一泊が1500USドルだかなんだかのアパートで、根がケチンボのわしとしては、キャンセルしてもオカネは戻ってこないので、計画を切り上げて例えばいったんニュージーランドに戻ろうという気にはならない。

なああんとなく、ずるずるといて、やたら天井が高い部屋の、ガラス壁の向こうに広がるクアラルンプールの町を見渡しながら、陽光に輝く高層ビルの群を観て、「暑そう」とうんざりしている。

クアラルンプールやペナンに責任があるわけではなくて、自分達が暑熱に極端に弱いことを忘れていたこちらがマヌケなだけだが、それにしても、対地角度がちょっと異なるだけで、こんなに暑いなんて、理科でちゃんと教えてくれればよかったのに、と考えた。
教えたのかも知れないが、多分、子供絵本の魔方陣で悪魔を呼ぶことに熱中していたかなにかで、少なくともわしは聴いていない。

十全外人なので熱帯にも征服の手をのばさないわけにはいかなかったが、藤甲軍に手を焼いた諸葛孔明みたいというか、気候が異なるところでは、おもわぬことが起きる。

やむをえないので、冷房をつけて、ゲームをやって遊んだり、本を読んだりしています。
いつ見ても誰もいない、でっかいプールがあるので泳ごうとおもうが、暑いと涼しいことをするのまでめんどくさくなるもので、まだやってみていない。

水泳に挑戦したりモニさんを鑑賞したりして、もう少し、この町にいようと考えています。

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